真剣で私に恋しなさい!―Existence of a duplicate― 作:輝雪
静かな図書室に丁度、4限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「……ん?」
ふと聞こえたチャイムの音に反応し顔を上げる雹。
手にした小説はすでに4冊目に突入していた。
雹が読書している間にもう昼過ぎになっていたようだ。
そういえば何人か休み時間に図書室に来ていたな、と思い返す。
本に集中し過ぎて全然、意識していなかった。
雹は無言で立ち上がり、何冊か横に積まれていた本をもとの棚に戻す。
そして図書室を後にする。
(あー、喉乾いた。ちょっと篭り過ぎたか?)
朝からずっと図書室に篭りきりで読書をしていた雹。
その間、飲食はまったくしていない、喉が渇くのは至極当然のことだった。
炭酸系が飲みてーなぁ、と呟きながら歩く。
今はあの喉を通り抜けるシュワシュワ感が無性に恋しかった。
図書室を出た雹の足は自然に食堂近くの自動販売機に向かった。
食堂の傍、ものの数十秒で自販機にたどり着いた雹は、小銭を取り出そうと後ろポケットから茶色っぽい二つ折りの財布を取り出す。
そして小銭入れを見る。
と、何故かそこで雹の動きは不自然に止まる、否、固まる。
「……」
そこに、小銭入れの中に入っていたのは十円玉3枚に一円玉が4枚。
つまり計34円しか入っていなかった。
自販機で飲み物を買うにはまったく足りていない。
そこで一度ゴホン、と気を取り直し今度は千円札を取り出そうとする――
しかし無かった。
野口さんも樋口さんも諭吉さんも一枚も入っていなかった。
まぁ、諭吉さんと樋口さんは自販機では使えないのだが、あれば購買で何か買える。
「……」
何度も確かめる。
財布を逆さまにしたり、振ってみたりする、が聞こえるのは十円玉の動く音だけ――現実は厳しい。
財布の中身は変わらない。
雹の首筋を汗が一筋、伝う。
――どないしましょ。
雹の今の内心を表すとしたらそんな感じだろう。
残金34円。
飲み物云々以前に昼飯代すらない状態だった。
(……とりあえずは朝の梅屋、釈迦堂にツケといてよかった)
遠い目をしながら現実逃避気味に考えた。
「さて……」
気を取り直し、解決法を模索する。
とりあえず第一の問題は昼飯である。
一食くらい抜いても問題にはならないが、それは本当に最後の手段だ。
今考えて、パッと思いついた方法は――
①盗む
②借りる(という名の強盗or脅迫)
③カツアゲ
さて、どうしよう?
頭をひねる雹だがなんか色々おかしい。
まず発想が物騒すぎる。
どれもこれも普通とは程遠いし、三つともあまり変わらないのだが……。
――無難に二番か
まったく無難ではないが解決方法は決定。
雹は行動を開始した。
一体誰が犠牲になるのだろう。
★★★
そこは2-S。
偉人たちのクローンである義経、弁慶が仲睦まじく昼食をとっていた。
「主、ご飯粒ついてる」
「ん、すまない、弁慶」
「違うでしょ? こういう時は謝らないの」
「ああ、ありがとう弁慶」
主従というよりは、まるで姉と妹のようだった。
因みに与一の姿は無い、きっと独り屋上で黄昏てでもいるのだろう。
そして少し離れた場所では小雪、冬馬、準も食事をしていた。
「若、何してるんだ?」
食事中ずっと弁慶と義経を見つめている冬馬。
弁当を突きながら、一緒に食事していた準は思わずツッコむ。
ちなみに小雪はマシュマロパンと表記された謎の白いパンを夢中で頬張っている。
どこに売ってんの? と聞くのが何か怖い。
「いえ、あれからずっと流し目を送っているのですが、やはり反応してくれませんね……残念です」
「いや、このやり取り、朝にもあったから。二度ネタだから……」
はぁ、とため息が二つ。
一つは呆れ、もう一つは落胆の色があった。
「若ももうちょい節操も持とうぜ」
「まぁ、自重したら負けかな……と思いまして」
その台詞を聞いて、
「やめて!? かなり先輩の影響受けてるよ、若!?」
思わず叫んだ準。
何ていうか、あの人はもう本当に居ても居なくても迷惑かけるなぁ。
此処にいない唯我独尊、傍若無人、傲岸不遜を絵に描いたような先輩を思い浮かべる準。
基本的には高性能(ハイスペック)のくせに、いや寧ろ無駄に高性能(ハイスペック)過ぎるからこそ、とんでもない事をやらかす。
ホント、あの人に自重という言葉を誰か教えてあげてほしいくらいだ。
もはや誰とは言うまい。
(どうせ影響を与えるなら良い所を与えてくれればいいものを……お陰で俺が大変なんだよなぁ)
準の苦労は絶えなかった。
頑張れ苦労人、負けるな常識人!
まぁ、ロリコンだけどね。
さて突然だが、この世界には『噂をすれば影』という言葉があるのを知っているだろうか?
言葉の意味は簡単。
誰かについての噂やら話やらをしているとその場にその話題にしていた人物が現れる、というものだ。
何を馬鹿な、と思う人もいるかもしれない。
だが、この言葉は意外に馬鹿に出来ない。
例えば、あの三国志の英雄の一人である曹操孟徳。
その曹操についても、『曹操の悪口を言うと曹操が来る』という話もあるくらいだ。
遙か昔から使用されている言葉なのである。
まぁつまり、何が言いたいのかというと――
「おい、ハゲ。――金貸せや」
本当にあり得る、という事だ。
「ちょっ、先輩ぃ!? 何でここに!?」
普通にいつの間にか隣にいた雹に動揺する準。
本当にいつ入ってきた!?
「金」
生々しい一言と共にスッ、と手を差し出す雹。
そんな事どうでも良いからとっとと寄越せ、そういう事らしい。
だが、いきなり言われても困るので事情を聞き出そうとするが、
「いや、まず事情を説明し――「ウエーイ、ハクだー!」」
準が言葉を言い終える前に小雪が(満面の笑みを浮かべて)雹に突進とも言いかえられそうな抱きつきをかましに行く。
雹は冷静に横に軽く身体をズラし、それを回避する。
無駄に華麗だった、とのちに冬馬は語る。
「――うみゅう」
ドテン、と渾身の抱擁を躱された小雪は派手に教室の床に倒れ込んだ。
思いっきり顔面から行ってるし、勢いからして普通に怪我をするレベルだが、なぜか怪我一つない。
これがギャグ補正というやつだろうか?
「……何やってんだ、ウサギ?」
呆れたという声音を隠そうともせずに呟く雹。
いきなり突っ込んできて、躱したら思いっきりすっ転んだ。
マジでこいつは何がしたいのだろう?
雹には理解不能だった。
「むう、どうして受け止めてくれないの」
立ち上がった小雪は表情に不満を浮かべながら口を尖らせた。
小雪としては優しく抱きとめてほしかったらしい。
普通に来るならともかく、かなりの身体能力をもった小雪が渾身のダッシュで飛び込んでくる殺人タックルを受け止めるのは普通に勘弁してほしかった。
「アホか。あんなの喰らったら普通にイテーだろ」
「ブーブーブー、ハクのアホ、意地悪、意気地なし」
「……おい、何でいきなりケンカ売られてんだ、俺?」
「こらこら、雪。あまり先輩に迷惑を掛けてはいけませんよ」
若干不機嫌に為りつつにある小雪を宥めるように頭をなでる冬馬。
こちらは準ほど雹の登場に動じてはいなかった。
純粋に慣れたというのもあるだろうが、基本的に冬馬も
「しかし、先輩。こちらの教室に来るなんて珍しいですね。どうかしたんですか?」
先程、準が問おうとした事を引き継ぎ問いかけた。
「いや、話せば長いんだが――」
「何です? 時間もありますから聞きますが」
「何かあったんスか、先輩?」
軽く鬱向き、言いよどむ雹を見て、少し心配げに問いかける後輩二人。
確かに雹は傍若無人で、卑怯で、人を人とも思わぬクソ野郎の上、マジで同じ人間? って聞きたくなるような男かもしれないが、自分たちには掛け替えのない友人であり、敬愛する恩人だ。
何かあるなら力になりたい。
「ああ、実はな……財布に金が入ってなかったんだ」
「えッ?」
「はい?」
「それだけッスか?」
「ああ」
「……短ッ!! 一文で終わったYOぉ!! さっきの前振りは何だったんだ!?」
「成程、つまり金欠であるから金を貸してくれという事ですか?」
冬馬が何時もの微笑を浮かべて、冷静にまとめる。
「まぁ金欠とは少し違うけどな。で……事情は分かったな? とっとと今日の昼飯代貸せや、ハゲ」
口座から金を下すの忘れていただけだ。
「ひ、人にもの頼む態度じゃねーよ、この先輩!! てゆうか何で若はそんなに落ち着いてんの!?」
「愛ゆえに……ですよ」
「最近、マジで若がやばい気が……いや、前からか? はぁ、解かりましたよ。いくらですか?」
「二千くらいでいい」
ブツクサ言いつつも準は普通に財布を取り出す。
貸す気はあるようだった。
雹に金を貸すのはこれが初めてでは無かった。
今までも何度かあったのだ。
「それだけで良いんですか? 先輩の事だから財布ごと寄越せって言うかと思ったのに」
「お前は俺を何だと思ってんだ?」
「だって先輩だしなぁ……」
「……おい、誰かこのハゲに日本語教えろ」
何てやり取りをしながら、準はあっさりと札二枚を渡す。
この先輩は借金を踏み倒すなんてことはしない(少なくとも自分たちとの間では)
寧ろ、逆に貸したのが五千円だけなのに一万円になって返ってきたりする事がある。
本人曰く、『一々、清算が面倒だから』との事だった。
大雑把すぎるにもほどがあるが貸す側としてはまったく文句はない、というより万々歳である。
それに何だかんだで、準も冬馬も安心していた。
沈痛な面持ちで言いだすものだから何かもっと重大な事かと心配したのだ。
自分たちの心配が杞憂に済んでホッとしていた。
「ああ、助かった。明日には返す」
「了解です」
千円札を二枚、受け取った雹はヒラヒラと手を振り、教室を出て行こうと扉に向かう。
だが、雹が扉にたどり着く一メートルほど手前で、先に扉が開かれた。
「フハハハハ、我、帰還したぞ!!」
高笑いと共に教室に入ってきたのは額に大きな傷のある、金ぴかのやたらと豪勢な服装の男。
――九鬼英雄だった。
「お帰りなさいませ、英雄様!」
英雄の専属メイドであり、同時に護衛も務めている忍足あずみが、教室の端から飛んできて笑顔で拍手をしながら出迎える。
「うむ、出迎えご苦労」
「勿体無いお言葉でございます、英雄様!」
雹の目の前で主従のやり取りが為される。
他のクラスの面々は何時もの事か、とスルー。
だが雹にとっては、ぶっちゃけ邪魔で鬱陶しかった。
何で扉の前でするんだ。
「鬱陶しい、退け」
思ったことを口にした。
その言葉は当然、目の前にいる英雄にも届く。
しかし、あの九鬼の御曹司相手にこんな事言える人間はどれだけいるだろう。
雹は九鬼という事にまったく気づいていないが(気付いていた所でまったく気にしないが)
「む……。貴様は一体誰だ? そういえば何度か見かけたな、我が友、トーマと話しているのを」
「人に名前尋ねるときは自分から名乗るっていう常識、ママから教わらなかったのか、金ぴか?」
雹が煩わしげに返す。
そんな事はどうでも良いからさっさと退いて欲しかった。
これから腹ごしらえに行くのだから。
ちなみに二人のやり取りに雪たち三人は、
(先輩、また変なあだ名付けたな。しかも金ぴかて、何処の英○王だよ……てゆうか、常識とか言い出したぞ、あの人)
(見たまんま、という感じだね~)
(間違ってはいませんからね。まぁ、間違っても初対面に対する呼び名ではありませんが。あ、後、後半の台詞は聞かなかったという事で)
何ていうやり取りを雹の知らないところでやっていた。
雹は溜め息を一つ吐いて英雄の脇を抜けて教室を出ようとするが、あずみがそれを許さなかった。
小太刀二刀流。
両手に携えた小太刀が雹の首筋に当てられる。
「英雄様への侮辱は私が許しません」
「……」
メイド口調のまま雹に言外で謝罪しろ、と脅す。
だが、雹は動かない。
後、数ミリ進めるだけの力を入れれば頸動脈が切れるという状況でありながら、雹は動じる事も無くただ立っているだけ。
「おい、やめろ! 昼時にそんな物騒な物取り出すなよ!」
この事態を拙いと思い、後ろで傍観していた準が止めに入る。
このままじゃヤバイ、止めないとマジで危険だ。
このままじゃ――
――
「はぁ、面倒くさ」
「よい、あずみ! 刃を引け!」
どうやって止めるか悩んでいた準の前に予想外の所からの助けが入る。
英雄の鶴の一声によりあずみは小太刀を収める。
ホッと胸を撫で下ろす準、後ろで心配顔で見つめていた冬馬も胸を撫で下ろしていた。
「次は許しませんよ? 覚悟しておいてくださいね」
あずみの警告。
自らの方が上だと、強者だと疑いもしていない完全な上から目線。
その時、今まで微動だにしなかった雹の瞳がゆっくりとあずみに向けられる。
そして、
「ああ、
雹は苦笑とも嘲笑とも取れる笑みをあずみに向ける。
そして踵を返したところで背後から声が掛かった。
「我は九鬼英雄だ。貴様の名は?」
厳かな問いかけ、背に感じる気迫はまさしく王者たる資格を持つものだけが出せるものだ。
雹は、少し納得した。
どうやら口先と態度だけの輩ではないらしい。
だからと云って気に入るかどうかは別問題だが。
「ただの先輩様だ」
今度こそ教室を後にした。
その時、騒ぎの外から武蔵坊弁慶が雹の方を興味深げに見ていた事に気付いた者は誰も居なかった。
『ふぅ、良かったなぁ、何事も無くて。なぁ、若?』
『ええ、まったくです。先輩の事ですからいつ、手を出すかとヒヤヒヤしました』
『しかし、先輩が大人しく引くだなんて珍しい事もあるもんだ……明日は大雨か?』
『あずみさんの運が良かったのかもしれませんね』
『いやぁ、若。流石にそれは無いと思うけど……日頃の行い的な意味で(ボソッ』
『おい、ハゲ。焼きそばパン買って来い! 大至急、三分で帰って来なかったら死刑な』
『はいはい、分かりましたよ、っと。――絶対に運が良かったっていうのだけは無いわ』