真剣で私に恋しなさい!―Existence of a duplicate―   作:輝雪

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006 茶道室にて

 

 

昼休みの後、午後の3-Sの授業風景には珍しく雹の姿があった。

普段は大抵、午前に出席して、午後はサボるのだが今回は朝の騒動のせいで出席できなかった。

本心を言えば、屋上やら茶道室やらで休息を取って居たいが、出席数が足りずに留年というのは雹としても好ましいものではないので、おとなしく出席した。

もっとも文字通り出席しただけであったが。

授業開始三秒で睡魔に身を任せた。

 

 

 

そして特に何事も無く放課後――

 

 

 

帰り支度――と言っても鞄を持つだけ――を済ませ、踵を返す。

その時、後ろから聞こえた京極の挨拶に軽く手を振って答え教室を後にする。

何時までも教室に居座る意味が無いからだ。

部活に所属している訳でも無く、放課後駄弁る友人がいる訳でも無い。

そう聞いてると何だか淋しく聞こえるから不思議だ。

教室から出た雹が足を向かわせた方向は校門の方とは違った。

普段、使われていない第二茶道室へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、飛車取った。そして桂馬が成るってことで」

 

「ぐっ……、そう来るとは予想外だぜ。なら、これでどうだ……」

 

「甘ぇよ、必殺『歩兵返し』」

 

「ぐおっ。あ、相変わらず嫌な手使うなぁ、お前さんは」

 

茶道室にこだまする二つの男声。

そこでは雹と2-S担任、ヒゲこと宇佐美巨人が将棋盤を挟み仲睦まじく? 将棋を指していた。

ちなみに歩兵返しとはただ歩を盤上に置くだけである(雹命名)。

 

「おいおい、もうちょっと手加減してくれてもバチは当たらないと思うんだが?」

 

巨人が苦しそうな(ただ悩んでいるだけだが)表情をしながら次の手を模索している。

戦況はなり追い込まれていた。

 

「充分してるわ。大体こっちは飛車角なしでやってんだ、文句言うなよ」

 

始めた当初、雹はハンデとして飛車と角を抜きでやらされていた。

巨人が大人のプライドを捨て、懇願した為である。

にも拘らず、局が進むにつれて形勢は雹の方へと傾いて行った。

巨人側にあった角はいつの間にか雹の持ち駒に、そして飛車はたった今取った所。

因みにハンデなしだった場合はもうとっくに終わっている。

 

「良いからとっとと次の手打て」

 

「まぁ、そう言うなよ、ふーむ。で……お前さんの方は最近、調子は?」

 

巨人が駒を動かしながら問う。

いきなりの問いかけ。

 

「……別に、特には何も」

 

「そうか」

 

一瞬、朝の事が脳裏を掠り、言葉に詰まりそうになる。

だが、それはほんの一瞬ですぐに答えを返す。

巨人はそれに気づいたのか、気付いていないのか、話を続ける。

 

「一部の先生方がなぁ、お前の態度が悪い云々で俺に抗議しに来ることが多々あるんだよ。俺はもうお前の担任じゃないのにな、まったく」

 

「ふーん? それはまた……まぁ、俺は教師には嫌われてるみたいだしな」

 

「自覚あるのかよ……」

 

「まぁな」

 

ニヒルな笑みを浮かべ、頷く雹。

巨人はそれを見て肩を竦めた。

教師陣での雹の評判は勿論良くはない、というより嫌われている。

授業はサボるは、遅刻はするは、出席しても寝てばかり。

そして注意しても糠に釘、暖簾に腕押しで反省はまったく無し。

そのくせ成績優秀で、テスト点、課題点ともに学年トップクラス。

文句をつけようにも学生の本分である学業は完璧で、ストレスだけが溜まっていくという状態。

そんな状態で悪意は持たれても、好意など持たれるはずが無かった。

雹は教師の間で完全に不良扱いされていた。

クラスメイトに嫉妬され、教師に嫌われる――普通なら登校拒否レベルだ。

 

「問題児を持つと大変だな」

 

疲れた表情を浮かべる巨人に向けて言う。

同情したような口調だが、ニュアンスは完全に他人事である。

 

「そういう訳でもうちっとしっかりしてくれるとオジサン嬉しいぜ」

 

こんな言い方だが、巨人も心配しているのだろう、無論自分が楽したいという部分があるのも否定しないが。

雹もそれが理解できない訳ではない。

だが、どうもこの巨人(ヒゲ)は自分の事を随分とセンチメンタルな人間だと思っている節がある。

他人に負の感情をぶつけられるなんてことには慣れてる。

一々、そんな事気に留めるほどでもないのだが。

 

「ま、善処しよう」

 

今度は雹が肩を竦めながら言う。

巨人は完全に肩を落とした、あまり意味がなかったことに気付いたのだろう。

 

「俺の事より、あの小島との進展は?」

 

「ああ、それなんだけど……この間飲みに行けたんだけどなぁ」

 

「飲みに行ったつってもどうせ、それ、あれだろ……教師全員参加とかいうパターンの奴だろ?」

 

「そうなんだよなぁ。ああ、梅子先生と結婚してぇ」

 

結婚。

巨人の台詞を聞いて雹の脳裏に浮かんだのは、

 

「どう考えてもヒゲが尻に敷かれている様子しか思い浮かばねって。鞭で打たれんぞ、(ケツ)

 

「ああ、いいなぁ。あの尻に敷かれてみたいぜ。もちろん打たれるのも梅子先生なら歓迎だな」

 

教師としてアウトな台詞を吐きだす巨人。

間違っても生徒の前でいう言葉ではないのだが。

 

「ていうか、付き合う前に何で結婚って言葉が出て来る? ふつう付き合うが先だろーが……」

 

雹のもっともな指摘。

いや、そもそも付き合う云々以前に一緒に食事すらマトモに行けてないのだが。

正面からの正論に巨人は引くことも無く言い切った。

 

「目標は高く持つべきだろ? おっ、良い事言ったな、俺」

 

巨人が自画自賛してる所を雹は無表情で無視。

そして非情の事実を突きつける。

 

「あ、とりあえず王手な」

 

「な、何だとッ!?」

 

そして場に沈黙が落ちる。

チクタク、という壁時計の音と、巨人の唸る声だけが響いていた。

 

「……」

 

「……」

 

「……参った」

 

雹の宣言にガクッ、と肩を落として負けを認める巨人。

現在の戦績、雹が全戦全勝。

盤上では見事に巨人の王将が追いつめられていた。

 

「じゃ、後片付けよろしく」

 

盤上、つまり巨人に背を向け畳に寝転がる。

負けた方が片付けと、いつのまにか暗黙の了解となっていた。

もっとも巨人がずっと負け続けなので、雹が片付けた事は一度もないが……。

巨人も特に文句をいう事も無く、片づけを始めるが、

 

「はいはい、やりますよ……って、ヤバい! 御崎スマンがちょっと片付け頼むわ、会議遅れちまう!」

 

ふと、腕時計に目を向けた巨人が青い顔して、部屋を飛び出して行った。

廊下から『小島先生に良いとこみせねぇといけねーのに!』とかいう叫びが聞こえた。

それを聞き流し、後ろに目を向けると散らばったままの盤と駒。

 

「しーらね」

 

顔をそむけて知らぬふり。

そして先程と同じように寝ころび、まぶたを閉じた。

寝ころんだ所で廊下からこちらに向かってくる足音が耳に着いた。

基本的にこの第二茶道室を正式な理由で使用しにくる人間は滅多にいない、それこそ年に一、二回ほどだ。

雹は此処に向かってるわけではないのか、と思考を打ち切る。

それにたとえ教師が入ってきたところでやましい事はしていない、問題はなかった。

思考している間も途絶えることはなかった足音は近づき、遂に扉は開かれた。

 

「ふぅん……ほんとに逢えるとは私の勘も冴えてるね」

 

女の声が扉のすぐ近くから響く。

柔らかく綺麗な声音。

扉に向け背を向けている雹には誰が入って来たかは見えない。

こんな教室に来るとは随分な変わり者だな、と自分の事を棚に上げて雹は振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

放課後、廊下を歩く一人の女生徒がいた。

しなやかで綺麗な黒髪。

学校指定のシャツは第二ボタンまで開けられ、胸元が微妙に見えており、高校生とは思えない艶やかな色気がにじみ出ている。

2-S所属、武蔵坊弁慶はとある人物を探し歩いていた。

 

「うーん、何処に居るんだろ?」

 

酒――もとい川神水を多少、飲んでるのかその歩みはふらつき気味だった。

微妙に赤くなった顔が尚、色っぽさを加速させていた。

廊下ですれ違う野郎どもが前のめりになりながら通り過ぎる。

そんな視線を向けられてることなど露知らず、自分の考えに没頭する弁慶。

 

(適当に歩いてたら見つかるかな)

 

本当に適当な事を考えて、適当な結論を出し、気の向くままに自分の勘に従って歩く。

だが弁慶が足を向けた場所はまるで運命が導いたように、奇しくも探し人が居る場所だった。

何となく、フラフラと茶道室の手前の廊下まで歩いてきた弁慶。

 

(ここに居るって私の勘が言ってる……多分)

 

先程より赤くなった――もちろん酔いで――顔で一人頷き、廊下を歩く。

そして一つの教室が目に入る。

『第二茶道室』と書かれたプラカードが提げられている。

中には人の気配もする。

弁慶は少しの不安と大きな期待を無意識の内に胸に抱いていた。

 

(これで逢えたら本当に運命だね)

 

胸中で独りごちる。

弁慶はゆっくりと第二茶道室の襖に手を掛けて、そしてゆっくりと開いた。

そして室内を見回した弁慶の眼に入ってきたのは、

 

「ふぅん……ほんとに逢えるとは私の勘も冴えてるね」

 

自分の探し人の姿だった。

教室の畳の上に寝転ぶ一人の男の姿。

寝ころんでいる探し人ははこちらに気付いたのか、振り返った。

そして目と目が合う。

静かな黒い瞳と。

その時、弁慶は理解した。

何故自分は話した事も無い彼にこれだけ興味を惹かれたのか、何故自分は彼を必死に探していたのか。

答えは簡単だった。

 

 

――綺麗な黒色だ

 

 

自分の何かがそう理解した。

心の根底に在るものが。

心の奥の奥で。

初対面で在りながらおぼろげに彼の本質が理解できた気がした。

酔ったフラフラの足取りで弁慶は男に近づく。

そしてストン、と倒れ込むように傍に腰掛ける。

身体を揺らすだけで触れ合う程度の距離、間違っても初対面での距離ではない。

だが、弁慶は気にしない。

寧ろ離れている方が嫌だった。

 

「ねぇ、名前は?」

 

「御崎 雹」

 

「そう、雹って呼んでいい?」

 

「好きにしろ」

 

ただ名を聞くだけの短いやり取り。

それでも弁慶の心は安らぎを感じた。

まるで春の木漏れ日の中に居るようだった。

 

「私は武蔵坊弁慶。よろしくね」

 

名前を言った所で雹の身体が一瞬反応する。

再びこちらを向いた雹と目が合う。

 

「……クローンか?」

 

今度はあちらからの問いかけ。

弁慶は雹に身体をもたれさせながら答える。

静かな教室に二人の静かな声が響いている。

 

「そう。武士道プランで転入してきたの。2-Sに」

 

「……ふぅ、そうか」

 

「うん? 少し不機嫌?」

 

雹はそれを聞いて少し驚いたように目を見張った。

弁慶は図星かな?、と首を傾げる弁慶。

そして無言で雹の頭を優しく撫でる。

まるで母親が子供をあやす様に、その間雹は意外にも黙って為すがままにされていた。

そして弁慶は満足げに手を放す。

 

「ん……やっぱりあなたは黒いね」

 

「おい、失礼だな」

 

雹は訳が解からんという顔で返す。

初対面の人間に突然、あなた黒い(腹黒い)ですね、と言われれば誰でも困惑するなり怒るなりするだろう。

だが弁慶は首を横に振り、

 

「違うよ。あなたの心の色。決して他の色に染まることなく、でも他者の色を塗りつぶす――」

 

――残酷で綺麗な黒色、だと弁慶はそう言った。

その台詞を聞いて雹の昔の記憶が脳裏にフラッシュバックする。

かつて彼女に掛けられた言葉が。

 

『あなたは他人の色には決して染まらない黒ね』

 

あの人が自分に掛けた言葉。

まさか、同じことを言われる日が来るとは。

 

「なるほどな」

 

雹は一人納得したように頷くと、礼を言うように今度は雹が弁慶の頭を撫でる。

慈しむように、優しく。

 

「ん、気持ちいいな」

 

弁慶は雹に甘えるように完全に寄りかかり、目を閉じる。

心地いい人の体温を感じながら。

そして暫くすると静かに寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雹は自分の目の前で眠る女性を静かに見つめていた。

スヤスヤと安心しきった顔つきで眠る後輩。

何で自分にこんなにも気を許しているのかは解からない。

だが、気を許しているのは自分も同じだと雹は気付いていた、そしてその理由にも。

彼女に似ていたんだ。

容姿、性格、雰囲気?

違う。

具体的には言えない、言葉にできない。

でも、どこか同じ匂いを感じた気がした。

普段の自分ならこんな距離に初対面の人間を置くことなど、頭を撫でさせるなど尚更、許しはしないだろう。

即刻、拒絶しているはずだ。

雹はもう一度弁慶の寝顔を見る。

幸せそうに眠る彼女を見て雹は思う。

 

「そうだな。もう俺には関係ない、そしてお前らも」

 

彼女たちが何であれ、自分の過去にはなんの関係も無いのだ。

自分は何を気にしていたのだろう。

朝もずいぶん無様な姿を晒した。

葉桜清楚。

彼女には謝らないといけない、自分のせいで傷つけて決まったのだから。

 

「はぁ。……甘くなったな、俺も」

 

まさか、自分が他人を思いやるとは。

自分で自分に呆れながら、雹は弁慶を起こさないようにゆったり立ち上がり畳に弁慶を寝かせる。

そして茶道室に何故か(・・・)常備されている掛布団を掛ける。

 

「じゃあな」

 

彼女はクローンだといっていた。

ならばその内、武士道プランの関係者が迎えに来るだろう。

顔を合わせても面倒になりそうだと判断した雹は一人教室を出た。

辺りは夕暮れ。

オレンジの太陽光が雹の目に入り、手で軽く光を遮る。

夕焼けの光に照らされながら雹は帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

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