真剣で私に恋しなさい!―Existence of a duplicate― 作:輝雪
人間という生き物は好奇心が旺盛だ。
己の興味のあるものは危険と知っていてなお求めることがある。
他者の迷惑など考えず、自らの欲求を満たすために行動する。
だからこそ――
――3-Sの教室は大変なことになっていた。
クローン転入二日目。
午前の授業が終わって、現在は昼休み。
窓からは春の穏やかな日差しが差し込み、教室をポカポカと春の快適な気温へと誘っていた。
そんな穏やかな気候とは裏腹に3-Sは普段よりもかなり騒がしかった、いや正確に言えば廊下が。
理由は単純だ、昨日転入してきた葉桜清楚の存在が原因であった。
噂のクローン、その姿を一目でも見ようと、教室に大勢の生徒が押し掛けたのである。
授業の合間合間の休み時間でもあったが、長い休みである昼休みは比べ物にならなかった。
流石に全員が教室に入ってくる、などという馬鹿な事態は無かったが、それでも廊下に人が集まれば喧しくなるのは必定である。
ちなみに騒いでいる生徒の殆どが男子であった。
「うぜぇ……」
ウンザリとしたニュアンスの雹の声音。
少し離れた窓際の席から廊下を眺めながら文句を吐く。
ガヤガヤとした数多の声が教室へと入ってくる、『可愛いなぁ』とか『マジで清楚ジャン』とか、どいつもこいつも同じ様なことしか言わない。
もうちょい言葉のボキャブラリー増やせやボケ、と雹が思わず八つ当たりしたくなる(実際やりそうになった)のも仕方ないだろう。
「ある程度はやむをえないとは言え、此処まで来ると少し迷惑だな」
隣に座る京極も同じ意見なのか、眉を顰めて廊下を見つめる(この場合は睨むだろうか?)
基本的に何事にも動じない京極が多少とは言え、不機嫌に為るほどの事態であった。
雹が堪えられるはずもない。
「京極、お前追っ払って来いよ。出来るだろ? ていうかやれ、今すぐに」
「無茶を言う。……どうせ数日もすれば収まるだろう、それまでの辛抱だ。諦めろ」
「安眠妨害反対!」
「まったく。そんな事よりも……どうするつもりなんだ?」
「はぁ、いきなり何だ……つーか主語とか述語って言葉知ってる? 毎度毎回、謎かけでもしたいのか、お前は?」
京極からの主語の無い問いを呈される。
そこには少し何かを期待したモノが混じっていた。
だがその視線は無視してとりあえず文句をつける雹だったが、京極が笑みを浮かべてるのを見ると具体的な内容を話せ、と京極の方を向いて視線で続きを促した。
それを受け取った京極は微笑を浮かべたまま話を始めた。
「葉桜君の事だ、昨日の事を謝罪するつもりなのだろう?」
「……なに? エスパーかよ、お前は?」
驚愕よりも呆れの成分を多く含んだ雹の声音。
こいつ、言霊のほかに読心術も使えんのか?
もはや鋭いという領域ではなかった。
「読んでなどいないさ。ただ、君の視線や雰囲気で予想しただけだ。これでも君とはそれなりの付き合いなのだからな、大体は分かるつもりだよ。……まぁ確信はなかったのだが」
またもや雹の心情を見透かしたようなことを言う。
ほんとに心を読んでいるのではないだろうか、この言霊使いは?
「そんで、鎌掛けてみたと?」
「ああ、その通りだ。最もこんなにも素直に引っかかるとは思わなかったがな」
そんな素直な性格はしていないかっただろう、と京極は続けた。
雹は同意も否定もしなかった。
ただ苦笑するだけ。
「……まったく、テメーも良い性格してんぜ」
やれやれ、と肩を竦めるジェスチャーをする。
だが表情には笑みが浮かんでいる。
嵌められたことは少々気に入らないが、特に悪い気分でも無かった。
それにこんな簡単な話術ともいえない誘導に引っかかる自分が悪い。
己の甘さを痛感しつつ、雹はご褒美として京極の問いに答えてあげることにした。
「今日中にはな。でも生憎俺はシャイな性格でな、こんな人前では恥かしくて謝れないんだよ」
「シャイとは、君には随分と似合わない言葉だな」
今度は京極が苦笑しながら言う。
雹はほっとけ、と拗ね気味に返して席を立つ。
何をしに行くか理解した京極は一応、注意する。
「授業が始まるまでに戻ってくるのだぞ」
「この騒ぎが収まってたらな」
教室を出る雹をこれは戻ってこないな、と再び苦笑いを浮かべながら見送る京極。
雹は教室を出る際、教室の端でクラスの女生徒に囲まれて談笑している清楚を一瞥。
ほんの一瞬だけ笑みを浮かべた。
(まっ、上手くやれてるようで何よりだ)
そして人でごった返した廊下を上手い事すり抜けて雹は騒がしい教室から避難した。
時計は進み、放課後。
教室に戻るために雹は廊下を歩いて、3-Sに向かっていた。
茶道室で寝てたら気が付けば放課後になっていた、京極の注意はまったく意味を成さなかったようだ。
教室に着くと自分の席のスカスカの形だけの鞄を持って踵を返す。
それほど遅い時間でも無いのだが、珍しく教室には誰も居なかった。
(謝んの忘れてた……もう下校してるだろうしなぁ。……寝過すとか、ガキか俺は?)
自分の情けない失態に辟易する雹。
もう謝るの明日でいいか、とスッパリ諦める。
そうと決まればさっさと帰ろう、そう決めて雹は教室を出る。
教室を出たところで、人の気配を感じて、ふと自分が歩いてきた廊下とは逆方向の廊下を見るとこちらに歩いてくる生徒がいることに気付いた。
「あ……」
「や、どうも」
あちらも雹に気付いたのか声を上げて、そして気まずげに目をそらしたが雹は気にせず遠慮せず挨拶を返した。
彼女は自分に会いたくなかったかも知れない。
だが、雹には好都合だった。
「えっと、そ、それじゃ……さ「丁度良かった。ちょっと付き合ってくれ」――え?」
その生徒が何か言う前に雹の台詞が被せられた。
廊下に立っている女生徒――葉桜清楚はまさに鳩が豆鉄砲食らったような顔で立ち尽くした。
そして徐々に顔が赤くなる。
彼女の脳内では『付き合ってくれ』の言葉だけが永遠とリピートされていた。
「え、あの、そういうのはお互いを知ってからというか……」
清楚の絞り出すような言葉に素っ頓狂な声を上げる雹。
「……? 何の話だ?」
「え?」
「え?」
首を傾げる雹と困惑する清楚。
残念な事にこの二人、会話がまったく噛みあってなかった。
★★★
(どうしてこんな状況になってるんだろう?)
清楚はスイスイ号を押しながら前を歩く一人の青年の背中に視線を向けながら思った。
放課後、図書室から教室に荷物を取りに戻り、スイスイ号で帰宅する予定だった。
だが、教室の前の廊下でこの人と遭遇。
その後、付き合ってくれと言われ、現状態へといたる。
(さっきは本気で焦ったなぁ。こ、告白されたのかと……勘違いだったけど、ああ恥ずかしい)
改めて考えるとまた顔が熱くなるのが分かった。
自分の思考で赤面しながら清楚はクラスメイト――御崎 雹の背についていく。
道中、雹は無言。
清楚もどう話せばいいのか分からないので黙っていた。
(いきなり何なんだろう?)
昨日、拒絶された。
それは仕方ないと自分でも思う、自分の正体も解からない得体のしれない人間と関わりたいと思う方が珍しい。
だからこそ解からなかった、彼は自分に何の用があるのだろうか?
「ねぇ、その、一体どこに向かってるの?」
恐る恐るといった感じで清楚は問いかけた。
もしかしたら自分に対して嫌がらせをするためなのか、という恐ろしい想像も頭を過ぎり、清楚を不安にさせる。
もし雹を知っている者――おもに京極や後輩ズ――ならがそれを聞けばそんな心配は笑いながら否定するだろう。
『雹(先輩)ならそんな回りくどい事はしない(しません)』と。
雹が本気で嫌がらせするつもりなら、間違いなく堂々と、直接的に行うだろう。
だが雹とは初対面の清楚が
「ん? ああ……」
前を歩いていた雹は軽く振り返り、懐から一枚の金色に輝く豪華なチケットのような物を取り出した。
「これの期限が後三日でな。ちょうど良いから今日使おうと思って」
「なんかとても光ってるけど……何かのチケット?」
無駄に装飾がされた交換券《それ》は、夕日が金にキラキラと反射して目が痛いほど輝いている。
思わず目を瞑ってしまいそうになったほどだ。
「限定の交換券だな。京極からとある交換条件で手に入れたもんだ」
それを聞いた清楚の感想は、
(交換券? 何ていうか……ただの交換券に何でこんな――)
「アホみたいだろ? 俺も初めてこの交換券見たときは作った奴の頭を疑ったからな。限定とはいえただの交換券に何してんのって感じで」
「そ、そこまでは思わないけど……何と言うか、少し無駄かなぁって」
確かに使い捨ての紙切れにどんだけ力入れてんだと突っ込みたくなる代物であった。
清楚が輝く交換券を見て眉を軽く寄せた、どうやら目が痛かったらしい。
雹も同様に目が痛いのか、顔を顰めながら交換券を懐に戻した。
「それは何の交換券なの?」
「それは着いてからのお楽しみという事で」
雹は楽しそうな声音で、それだけ言うとささっと歩き始めてしまった。
清楚ははぁ、と意図せずため息をついてしまった。
そこでようやく気付いた。
自分が先程までの緊張を感じなくなっている事に。
(思ってたより怖い人でもないのかな?)
清楚は緊張した表情から柔らかな笑みになり、先よりも数段軽い足取りで同級生の背を追った。
「ここが目的地? なんか和菓子を売ってる所が多いね」
清楚は物珍しそうにあたりを見回して、楽しげな笑みを浮かべていた。
今までは普通とは言えない生活を続けて、日常というものにあまり触れる機会が無かった清楚。
視界に映るすべてが新鮮で、今初めて普通というものを感じているのだろう。
「ああ、まぁな。仲見世通り、この辺りの店はなかなか良い和菓子を置いてるんだよ」
商店街の一角。
仲見世通りを並んで歩きながら、雹は嬉しそうにはしゃぐ清楚をみて軽く笑みを漏らした。
そして行くぞ、と放っておいたら何時までも動かないであろう清楚を促し一軒の葛餅の店に入った。
店員に案内され、雹と清楚は向かい合う形で比較的入り口に近い二人用テーブルの座席に座る。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「ああ。これ頼む」
雹は金色に輝く交換券を店員に渡す。
「畏まりました。では、そちらのお連れ様のご注文は……?」
「あ、いえ、私は結構です」
「畏まりました。では少々お待ちください」
店員は恭しく頭を下げて厨房の方へと入って行った。
「葛餅の交換券だったの?」
「そうだ……いや違うのか? 葛餅っていう点では間違ってないが……そうだな、葛餅だけじゃないな」
雹の説明に首を傾げる清楚。
顎に手を当てて首を傾げる仕草はかなり様になっていて控えめに言ってもかなり可愛かった。
少し悩む様子を見せたが、すぐにわかるかと考えるのをやめた。
そして沈黙が場に落ちる。
「……葉桜、悪かったな」
「えっ?」
雹は清楚を正面から見据えて、謝罪の言葉を口にした。
突然の事態に清楚は戸惑った表情を張り付けている。
元々静かだった店内がさらに静かになったように清楚は感じた。
「昨日の朝の事だ。……あー、なんというか……お前の正体がどうこうとかじゃなくてだな、俺の問題というか……とにかくお前は何も関係ない。全部俺の都合だったんだよ。だから――」
――悪かった
もう一度そう詫びた。
対して清楚はどう反応していいのか分からなかったが、一つだけ理解出来たことがあった。
葉桜清楚《じぶん》を否定された訳ではなかった。
それだけで心が軽くなった、嬉しかった。
「うん、気にしてないよ」
清楚は素直に謝罪を受け取った。
だが素直に謝る雹を見ていると、何だか可愛くてさっきまで怯えていた自分が可笑しくなってきた。
だから清楚は少し意地悪をしてみた。
「でもタダじゃ許してあげない。一つ条件があるよ」
「条件?」
雹は頭に疑問符をいくつも浮かべて清楚に疑問を呈した。
その声音には少し警戒の色が含まれていた。
条件、という言葉に何かトラウマでもあるのだろうか。
「うん。今度ね、私に川神市を案内すること。分かった?」
「は? それだけで良いのか?」
一気に気の抜けた表情になる雹。
どれだけ警戒していたのかが窺えた。
「うん、よろしくね。御崎くん」
どんな堅物の男でも一発で魅了してしまいそうな極上の笑みを清楚は浮かべ、右手を差し出す。
そして雹もその笑みに釣られてか、先程の困惑の表情を潜めて微笑みを浮かべ、同じく右手を差し出す。
「ああ、よろしくな」
二人は優しく、だが確かに握手を交わして、頷いた。
それから世間話をしながら待つこと五分ほど。
突如としてそれは現れた。
「お待たせいたしました。『アルティメットスーパー葛餅パフェ――ファントムDXver1,21』でございます」
「え゛?」
巨大なスイーツの塔が店員2人掛かりで運ばれてきた。
直径50㎝はあろうかというグラスに下からアイスクリーム(バニラ、チョコ、抹茶etc)白玉、葛餅、そしてトッピングに○ッキーやオレ○、小豆にフルーツなども乗せられていた。
これ一つで軽く7.8人前、いや10人前はあるかもしれない。
言葉を失う清楚をスルーして雹は嬉々として目の前の巨大パフェに手を伸ばした。
「なにこれ……あれ? パフェって……こんなだっけ? それに名前が長い上にver1,21って何? アップデートしたの? パッチ当てたの? これからも進化しますっていう意思表示なの!?」
頬を引き攣らせ、清楚のツッコみがマシンガンのように打ち出される。
見事にキャラが崩壊している清楚。
哀れに思った雹は見なかった事にして、混乱しつくしている清楚にスプーンを渡す。
「ん、食べないのか? 遠慮なく食っていいぞ、これも謝罪の内だ」
「あ、うん。ありがとう」
無意識に受け取ったスプーンでパフェを掬おうとした所でとあることに気付き顔が熱くなった。
(ってあれ……これってカップルがする事じゃないのかな?)
清楚自身そういう経験はないが、恋愛小説などでよくあるシーンを思い出す。
同じパフェをつつくなど普通はほぼ初対面の男女がすることでない。
チラッと雹の様子を窺ってみるが、あちらはそんな事は気に留める様子も無くパクパクと箸――もといスプーンを進める。
清楚も年頃の乙女なのだ。
あからさまに意識されても困るが、まったく意識されないというのも女として何かイラッとくる。
「もういいや、いただきます」
清楚も半ばヤケクソ気味にパフェにスプーンを突っ込んだ。
そしてスプーンに乗せたアイス(チョコ)と葛餅を口に運ぶ。
「あっ、おいしい」
素直に美味しいと思った、先程までの不満が全て吹き飛ぶほどだ。
アイスは濃厚で、葛餅は口の中でとろける。
正直今まで食べたスイーツの中では断トツの一番であった。
「まぁ、一応幻のパフェだからな。あと名前の件は気にするな、川神で細かい事気にしてたら生きていけないぞ」
「すこし聞きたいんだけど、何で幻なの?」
「確か使ってる材料のいくつかが貴重であまり取れないから……って聞いたような、聞かなかったような? どうだったっけ?」
「いや、私に聞き返されても……」
などと、他愛もない話をしながら仲良くパフェを減らす作業に専念する二人。
その巨大なパフェが残り三分の一ほどになった時、店内の入り口が騒がしくなる。
そして清楚のよく知った声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声に――スプーンは動かしたまま――視線だけをそちらに向ける。
雹も同様に視線を向けた。
「フハハハ、なかなかいい店ではないか! ヒュームもそう思うであろう?」
「はい、確かに。しかし、私はもう少しシックな雰囲気の方が好みですが。ここは少し派手すぎます」
バッテンの傷がある少女と金髪の執事が居た。
堂々と立ち振る舞う九鬼紋白と主人である紋白の斜め後ろに立つ執事、ヒューム・ヘルシング。
二人が入ってきただけで店の雰囲気が変わった。
とてつもない存在感であった。
「む、清楚ではないか。お前も噂の葛餅パフェを食べに来たのか?」
「紋白ちゃん、何でここに……ううん、違うけど、色々あって……うん、そう友達と来たの。川神市の案内のついでに」
「友達? む、そやつか――フハハ、仲良くやっているようで何よりだぞ。ふむ、ではお前の名は? 感謝するぞ、清楚と仲良くやってくれて」
バッと扇子を雹に向ける。
問われた雹はと言うと普通に無視してパフェをつつく。
一見、紋白に気付いていないかのように自然体だが、顔には面倒事は御免です、としっかり書かれていた。
「聞こえていないのか?」
「おい、貴様。返事をしないと串刺しだぞ」
その程度の誤魔化しがこの最強不良執事こと――ヒューム・ヘルシングに効くはずも無く、あっさり見抜かれる。
ついでに脅しも掛けられた。
渋々、雹は紋白に向き合って、
「ハイ、ナンデゴザイマショウカ? ワタクシノヨウナゲセンノモノニオコエヲカケテイタダケルナンテ」
思い切りの棒読み口調で応えた。
端から見れば挑発しているようにしか見えない。
まぁ、実際挑発、と言うよりからかっているのだが。
もはや開き直った雹。
どうせならこの場を好き勝手引っ掻き回してやろう、とほくそ笑む。
「……」
ビキリ、ヒュームの額に青筋が一本。
雹はヒュームの予想通りの反応に満足げに頷く。
「冗談だっての。怒んなよ、器の小ささが露呈するぞ」
ハッハッハッ、と笑いながら炎にガソリンをぶちまける様な台詞を放つ雹。
青筋が一気に増え、店内の空気も精神的に低くなる。
ここで手を出さないのは生来のプライドの高さゆえだろう。
ふと対面を見ると清楚も顔を青くして、首をフルフルと振っていた。
これ以上は危険だ、という事らしい。
雹は仕方なく目標を紋白に移した。
「で、そっちのちっこいの。とりあえず名乗るときは自分から名乗れよ。ほれ」
「誰がちっこいのだ! 我は九鬼紋白である!」
「お、落ち着いて、紋白ちゃん」
若干興奮しつつもしっかり名乗る紋白。
基本的に素直なのだろう、と生暖かい目で見つめる雹と紋白を宥めようとする清楚。
「そうか。じゃ、俺なんかに構ってないで葛餅頼んだらどうだ? 食いに来たんだろ?」
「はっ! そうであったな……ヒューム! 葛餅パフェを一つ頼むのだ!」
本来の目的を思い出したのか、奥のテーブルへと移動、椅子に腰かけメニュー表を手に取る紋白。
その表情には先程までの怒りは無く、お菓子を目の前にした子供の笑みであった。
紋白の執事たるヒュームもそれに続いて主が居るテーブルへと向かう。
「貴様、覚えておけ」
雹の横を通り過ぎる際、底冷えするほどの激情を抑え込んだヒュームの声音が雹の耳に届いた。
思わず捨て台詞古! と突っ込みそうになったが何とか飲み込む。
ヒュームが離れたのを確認して、ふぅとため息一つ。
「……面倒は去った」
「今のは自分で面倒を起こしたように思ったけど? 普通に返事すれば終わってたのに」
恨めしそうな清楚の視線が雹に突き刺さる。
せっかくの食事の気分をぶち壊されてご立腹のようだった。
「目をつけられる時点でアウトだっての。どうせ避けられないのならいっその事面白く掻き回そうと……」
「もう、止めてね」
「それは約束できな――」
「止・め・て・ね!」
「はい、了解しました」
据わった眼に睨まれ、身を危険を感じた雹は素直に降伏することに。
美人の据わった眼というものほど恐ろしいものはないな、と実感した雹。
気を紛らわせるためスプーンに手を掛けた瞬間、また新たな客が入店してきた。
「あれ、なぁ。この子もしかして、武士道プランとかでテレビ出てた子じゃね?」
「ほんとだ。へー、テレビで見るより可愛いね、君」
金髪にピアスの男と金髪剃り込みの男。
如何にもチャラ男な二人組が入り口近くのテーブルに座っていた清楚に気付き絡む(ナンパともいうが)。
「ねえ、これから遊ばない? 奢ってあげるからさ、楽しい事しよーよ 」
「いえ、私は……」
「あっ、もしかしてこれが彼氏? えー、釣り合わないな、君みたいな可愛い子と。こんな弱そうな男捨ててさ、俺たちと来なよ。絶対面白いから」
「そうだぜ、いろんなこと教えてあげるから」
清楚がナンパされ、困り果てている状況に先程罵倒されまくっていた雹はと言えば、
「おっ、コーンフレークが出てきた。もうチョイで底が見えるな」
難しい顔してパフェ相手に格闘していた。
流石の清楚も真剣に堪忍袋の緒がキレそうにになった。
(目の前で絡まれて困ってるんだよ、連れの女の子が! こっちは必死で抵抗してるのに!!)
「御崎くん!!」
「うおっ! どうした、大声だして」
「どうした? じゃないよ! 人が絡まれてるのに、なに暢気にパフェ食べてるの!?」
清楚の大声に驚いて身体を揺らした雹はおっと危ない危ない、と呟き、葛餅を落とさないように器用にスプーンのバランスを取る。
「いや、応援はしてたよ? それに
清楚に対して、と言うより独り言のように呟く。
「こいつ何言ってんだ?」
「ビビってんだよ。へたれが、つまんねー、の!」
チャラ男その一(ピアス)が雹を挑発するつもりで、雹が口に運ぼうとした葛餅onスプーンを叩き落とした。
叩かれた腕から弾かれたスプーンと葛餅が地面に落ちたその瞬間、チャラ男その一は
「は?」
その二(剃り込み)は状況が把握出来ない。
一体何が起きたのか、理解できなかった。
無論マジックのように本当に煙のみたく消えたわけで無い。
ではどうなったのか?
答えは簡単だ。
吹き飛んだのだ、目視できないほどのスピードで外へと吹っ飛んだ。
「なんだ、どうなってんだ!? 何がおこ――」
「おい、拾え」
騒ぐその二だが、背筋が凍るような声に身体を震わせ口をつぐんだ。
まるで死神の鎌が首に掛かっているような感覚。
本能で理解した。
この目の前の男がなにかしたのだと。
椅子から立ち上がった雹に後ずさり、逃げようと必死に出口に向かう。
「ひぃ……」
だが雹は逃がすことなく、その二が動いた瞬間に足を引っ掛ける。
その二は当然バランスを崩し、その場に倒れる。
「もう一度、言うぞ。
頭上から掛かった声に逆らう気力など有りはしなかった。
言われるがままに震える手で落ちた葛餅とスプーンを拾う。
「食え」
「えっ、そ、それは……」
床に落ちた葛餅は当然と言うべきか、埃まみれになっている。
とてもじゃないが食えたものではない。
しかし、そのような反論は許されなかった。
問答無用の蹴りがその二の顔面に飛んだ。
鼻血が飛び散る。
「がぁッ」
「五秒くれてやる……それを食べるか、それともここで死ぬか、今すぐ決めろ」
死神からの絶望の選択肢が与えられる。
選ぶ選択肢は初めから一つだった。
「よ、喜んで食べさせて頂きますぅぅ!」
葛餅を口に突っ込んでダッシュで店から逃げて行った。
店内も静まり返っているが、雹は何事も無かったかのように席に戻る。
テーブルに城にされているスプーンを手に取り、食事を再開。
「まったく俺の前で甘いものを粗末にするとはいい度胸だな……って、どうした葉桜?」
対面でフルフルと身体を震わせている清楚を見て首を傾げた。
「御崎君」
いつもより1オクターブ低い声で名を呼ぶ。
それはまるで噴火前の火山のイメージ。
三秒後、案の定それは、
「ん?」
「そこに座りなさい!!」
大爆発が起きた。
勢い良く立ち上がり、ビシィと指を雹に指す。
「お、おお、何だ?」
「座りなさい!」
「いや、もう座ってる……」
「正座しなさいって事!」
思わず頷きそうになるほどの迫力。
雹は椅子の上に器用に正座する。
それに満足した清楚は怒りの説教を開始。
「連れの女の子が絡まれてるのにスルーした上に、やっと助けてくれたと思ったらキレた理由が葛餅ってどうい事かな!?」
「いや、でもな……」
「デモも、テロも、ストライキも関係ないよ! まったく御崎君は――」
~~しばらくお待ちください~~
「すいませんでした」
正座で頭を下げて――ほぼ土下座――謝った雹はようやく解放された。
店に来る人の視線がきつかった。
他人の視線を気にしないと言っても、意味も無くさらし者になる趣味は無いのだから。
雹と清楚は怒涛の勢いでパフェを食べつくして、店を出る。
「じゃあ、自分で帰られるか?」
「そこは送っていこうか、じゃないかな?」
「いや、そんなに暗くないし、護衛も居るから大丈夫だろ?」
「さっきも言ってたけど、その護衛って何の事? もしかしてスイスイ号?」
疑問符を頭に浮かべる清楚に気にするな、と手を振り誤魔化す。
知らないのなら知らないでいい。
自分に護衛が付く必要がある、等という余計な心配をかける理由はどこにも無いのだから。
それに他にも気になることがある。
だが、そんな事はおくびにも出さないで、優しげな笑みを浮かべた。
「じゃあな」
「うん、また明日」
スイスイ号に跨り、清楚もまた笑顔で手を振って帰っていく。
雹は軽く手を上げて応えて踵を返した、笑みは完全に消えていた。
冷静に先程浮かんだ疑問に思考を張り巡らせる。
(やはり妙だな……武蔵坊には護衛の気配はなかったはず、なのに葉桜には付いていた)
文学系で戦闘力が無いと言えばそれまでだが、どうにも腑に落ちなった。
護衛のつもりなら、なぜ店の中で助けに来なかった?
たかがナンパとはいえ、本人は嫌がっていたはずだし、万が一ついて行き面倒事に巻き込まれるのも九鬼として望むことではないだろう。
他に可能性があるとするなら、後は――
(監視……か)
可能性を思い浮かべればいくつでも出てくる、だが感覚的には
しかし何のために?
九鬼の人間か……だとすれば何故?
それともクローン技術を狙う人間の手先か……。
しかし雹はそこで意味のない思考を断ち切る。
他人の意図などどうでもいい。
彼女の身に何が起ころうと邪魔してやればいい。
(感謝しろよ? これも詫びの内に入れといてやるよ、俺のタダ働きなんて滅多にみれねーぜ)
ただ、不敵に笑った。
「おかえりなさいませ。おや、ヒューム? どうしたんですか、ご機嫌斜めのようですが……?」
「クラウディオか。何でもない、ただ生意気な赤子が居ただけだ」
「ほぅ、あなたに噛みつく若者が存在するとは……。今の若者も捨てたものではありませんね」
「フン、あの赤子はただ、蛮勇と勇気の意味を理解していないだけだ」
「あなたが手を出していなくて安心しましたよ」