真剣で私に恋しなさい!―Existence of a duplicate―   作:輝雪

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そろそろオリジナル&中二要素が出てきますぜ、旦那。




008 悪意の芽

 

 

 

 

 

 

 

pririririririri――

 

まだ薄暗く朝日が顔を出した直後の時間。

そこはとあるマンションの一部屋。

黒髪の青年が眠るベットの傍に置かれていた携帯から無機質な電子音が響く。

青年――御崎 雹はベットから手を伸ばして携帯を探しだし、そして通話ボタンを押した。

 

「あ゛ぁ、誰だ?」

 

通話に出るその声は一発で機嫌が悪いと理解できた。

非通知で掛けられた電話のため誰が掛けたか分からないが、安眠を邪魔されたせいで雹の怒りメーターは結構な速さで上昇していた。

 

『あっ、私だよ、私。解かるかな、私、私。い――』

 

そんな時に聞こえてくるフザケた口調の声。

一瞬で針はメーターを振り切った、雹はブツッと容赦なく通話を終了。

再び布団にもぐり眠りに着こうとした所で、

 

priririririri――

 

再び部屋に鳴り響く着信音。

 

「……」

 

イラッとしながらも携帯を手に取った。

出来れば出たくなかった。

だが、出なければ永遠に着信が来るだろう、半分嫌がらせの意味も込めて。

雹は相手の性格をよく知っていた、電話を掛けながらニヤつくよく知った男の顔が脳裏に浮かぶ。

 

『いきなり切るなんて酷いね、アメリカンならぬジャパニーズなジョークじゃないか』

 

渋々、耳に押し当てた携帯から響いた声。

男にしては少し高めのソプラノボイス。

その声は若く、推測できる年齢はおそらく二十代くらいであろう。

 

「こんな時間に何の用だ? 大体てめぇ、どうやってこの番号知った?」

 

『あ、ごめんね。そういえばそっちは今、朝だったかな? こっちは夜なんだけどねぇ……まぁ、そこは置いといて、どうだい川神は?』

 

「場所まで把握してやがんのか……暇人が」

 

『大切な親友の事だからね、念入りに調べておいたのさ。』

 

「誰が親友だ、虫唾が走る事ぬかすな」

 

『ツンデレかな? いや、君も可愛い所あるよね』

 

「殺すぞ」

 

『だから冗談だよ。まったく……仕方ないなぁ、せっかちな君のためにそろそろ本題に入ろうか。今、川神で武士道プランが行われているだろう?』

 

「ああ、だから? 武士道プランが面白そうだから来る、とかぬかすなよ?」

 

『いや、残念な事にまだ仕事が残っててね、それがなかったら今すぐにでも飛んでいきたいんだけど……。おっと、本題はそれじゃなくてだね……まぁ、端的に言えばクローンの彼女達、命狙われてるから』

 

「……」

 

『おやおや、その沈黙、もしかして心当たりでも?』

 

楽しげな雰囲気を隠そうともしないでのたまう。

暇を持て余すこの男にとってこういう話題は数少ない娯楽の一つなのだろう。

笑い声にも似た口調に雹の中でさらに怒りのメーターが、それこそカンストする勢いで上昇するが、無理矢理押さえつけて詳細を問い詰める。

 

「……イカレた人権屋か? クソ宗教団体か? それとも国家レベルでの話か?」

 

『さぁ? そこまで知らないかな』

 

「念入りに調べたんじゃないのか?」

 

『君の周りについてだけね。私は他者の存在を否定することでしか、自らの優位を確立できないようなゴミクズに興味は無いよ。しかし、クローンの何が気に入らないんだろうね? 私に言わせれば遺伝子操作で作った作物も大して変わらないと思うのだけど』

 

まったく感情が読めない声音でつづられる言葉。

 

「人間ていうものは異端を嫌うんだよ。その存在が自分達よりも優れているなら尚更、嫉妬やら妬みやらを抱く。そんな事、昔からてめーも知ってんだろ。つーか、そんな事はどうでも良いからもっと情報寄越せ」

 

電話の向こうで、あははと嗤う声が聞こえた。

 

『了解。そうだねぇ、まずは……国家絡みという線は無いよ。相手は仮にも世界を股に掛ける大財閥、表立って敵に回すのは得策じゃないだろうからね。それに国家が動きを見せた、って話は私の所には入っていないしね』

 

「ありがたい情報どうも。人の周り勝手に探りまわった落とし前は今度、きっちり付けてやるから」

 

『ふふ、期待してるよ。じゃあ、最後にもう一つ良い事を教えてあげよう。恐らく、そちらに向かう刺客は“傀儡師( ワイアプラ)”だよ』

 

「あん?」

 

傀儡師( ワイアプラ)

恐らくクローンを狙う人間のコードネームか何かであるのだろうが、雹に聞き覚えは無い。

 

『裏じゃちょこっと名の通った殺し屋、実力はそれなりって所だね。何か面白い技を使うって話だよ』

 

「そいつが来るって? 奴さんやる気満々だな」

 

そんなにクローンを殺したいのか? と内心で毒づく雹。

携帯を握る手に力が入る。

 

「誰が依頼したのか分かるか?」

 

『いや、私が手に入れたのは日本に“傀儡師《 ワイアプラ》”が向かった、っていう情報だけ』

 

「何日前の情報だ?」

 

『三日前くらいだね。もう、今頃は日本に侵入してると思うよ。……まぁ、この程度の輩なら所詮は君の敵じゃないさ』

 

「何の話か分からないな」

 

『あはは、そうかい? じゃ、また会える時を楽しみにしてるよ』

 

「おい、ちょっと待て。そいつの特徴は?」

 

『いや知らないな、性別も不明だし。という訳で頑張ってね、期待してるよ。面白い顛末が聞けるのを』

 

「死ねばいいのに」

 

通話を切る。

ついでに電源もオフにしてベットの脇に投げ置く。

 

「クソ、完全に目が覚めたじゃねーか」

 

厄介なことを聞かされたお陰で身体が活動形態に入ってしまった。

寝起きで普段より更にボサボサの頭をガシガシと掻く。

 

「まったく本当に面倒ばっかだな、川神(ここ)は……」

 

忙しくなりそうだ、と胸中で呟く。

まさか懸念してたことがこれほど早くに起こるとは予想外だった。

カーテンの隙間からほんの少し朝日が差し込む窓。

光を遮っていた厚めの濃い紺のカーテンを完全に開けて、部屋に明かりを入れる。

雹は窓から川神学園の方に視線をやった。

そして溜め息一つ。

今の雹の何を思っているのかを知るのはまさに神のみぞ、といった所であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝日は完全に昇り、サラリーマンは仕事に、学生は学校へと行く時間帯。

騒がしい通学路をいつものメンバー4人で登校していた。

 

「昨日の幼女、可愛かった。あのままずっと時が止まればいいのに。あぁ、どうして時は流れてしまうのだろう?」

 

「ハゲは脳みそまでツルッツルなのかなぁ?」

 

「ケーサツ呼ぶか? 公然猥褻物が歩いてますって」

 

「違うんです! 毎回言いますけど俺は父兄的な思いで見ているのであって、断じて性の対象とは見ていないですから!!」

 

「ほぉ、その割にはFクラスのロリ委員長が理想の恋人なんだろ?」

 

「な、何故それを!?」

 

知っている!? と驚愕をあらわにする準のケツに蹴りを入れた。

普段なら口だけで済ますが、朝のやり取りで微妙に機嫌が悪い雹は準に八つ当たりしてストレス発散をしていた。

ちなみに情報のソースは小雪である。

 

「ゴフッ、ケツが……割れる」

 

「ウゼェ、元から割れてんだろーが」

 

何てこと(準弄り)をしていると、気が付けば多馬大橋――通称、変態橋に差し掛かっていた。

後ろからチリンチリン、という自転車のベルの音が鳴った。

ケツを抑えながら地面を転がる準は無視して、雹達三人は音の方を向く。

 

「葉桜か」

 

「うん。おはよう、御崎君」

 

そこには自転車に跨った清楚が居た。

清楚はゆったりとした動きで自転車を降りて、手で押しながら笑顔で雹の傍に歩み寄った。

隣で冬馬たちが驚いた顔をしている。

雹が京極以外と仲良くしているのが珍しいのだろう。

 

「何時もこの時間なの?」

 

「ま……大概はな」

 

「じゃあ、私も一緒に行ってもいいかな?」

 

「ああ、好きにしろ」

 

頬を染めながら控えめに問う清楚。

今まで同世代の友達と普通の生活が出来なかった清楚にとって友人と登校するという事は新鮮で楽しいものなのだろう。

そんな清楚を横目に雹は内心で笑みを浮かべた。

学校ではクラスも同じで大体は一緒に居れるので護衛に支障はないが、問題は登下校時をどうするかだったのだ。

提案しようとしてた事を先に実行してもらえて助かった。

こちらから話した時は、場合によっては事情を説明しなくてはいけなくなる可能性も否めなかったからだ。

 

「ありがとう。後ろの人たちは御崎君の友達?」

 

「初めまして、清楚先輩。葵冬馬と申します、以後お見知りおきを。お近づきのしるしに放課後、お食事でもどうですか?」

 

「えーっと、また今度ってことで、ごめんね?」

 

丁寧に名乗りを上げる冬馬。

最後はナンパになっていたが何時もの事なので誰も突っ込まないし、清楚もさらっと流した。

 

「どうも、井上準です。友達、というより後輩ですね」

 

いつの間にか元気になっていた準は面白いものを見つけた子供のような笑みを浮かべた。

 

(転校生にさっそく手を出すなんて先輩も隅に置けないなぁ)

 

口に出せば、また蹴りが飛んでくるので、内心で笑うだけ。

だが表情に出過ぎていたのか、雹はニヤニヤしているハゲにもう一度蹴りを叩きこんだ。

再び地面へと屈する準。

 

「キモイ笑みを浮かべるな」

 

「げふぁ……何て理不……尽、あんまり……だ」

 

またもやケツを抱えて倒れ込む準。

うちの先輩方は理不尽で不条理な人しかいないのか? と胸中で絶望した。

一緒に校内ラジオのパーソナリティをしている某武神が準の脳裏に浮かぶ。

そんな準を尻目にいきなりの出来事に理解が追い付かない清楚は準を気遣うように心配の声を上げた。

 

「えっと、大丈夫?」

 

「気にするな、どうせすぐ直る」

 

清楚の心配を雹は一蹴。

こんな光景は四人の間では珍しいものではない。

現に冬馬も小雪も欠片ほども心配していなかった。

倒れた準の横でいたずら小僧の笑いを浮かべた小雪が、

 

「お兄ちゃん、助けてー」(幼女ボイス)

 

「はっ、こ、この声は!?」

 

バッ、と一瞬で起き上がり、

 

「どこかで幼女が助けを求めている!? 行かなければ、紳士として!! 待っていろ、今お兄ちゃんが行くからなぁぁ!!!」

 

先程までの痛みはどこかに消えたのか、ズドドドドド、と砂煙をあげながら目にもとまらぬ速さでどこかへ駆け抜けていった。

見果てぬ幼女を追い求めロリコンは彼方へと消えた。

 

「ね、大丈夫だったでしょー? ハゲはロリコンだから」

 

「えっと、本当に大丈夫?」

 

清楚が呆れのようなものを目に宿して雹を見た。

雹はそれは頭的な意味での問い? と聞いてみたくなったが我慢。

 

「問題ねーだろ。いつもの病気が発症しただけだ。どうせ、授業までには戻る」

 

「すごいね、色々と」

 

「まぁな」

 

しみじみ呟く清楚に雹は同意しかできなかった。

ちなみに色々の部分に自分が含まれていることなど露ほども想像していない雹であった。

自分の事を棚上げするのは雹の特技に一つである。

 

「おい、ハゲは放っておいて行くぞ。最近、遅れると京極がうるさいからな」

 

「うーい(そうですね)」

 

「もう京極君は親切で言ってるんだから、そんな風に言ったらダメだよ」

 

「あー、はいはい。分かった分かった」

 

適当に相槌を打つ。

 

「もう、御崎くんは――「お……」え、何?」

 

昨日のように清楚が雹に説教をしようと詰め寄ったが、雹はわざとらしく声を上げて視線をズラした。

清楚もそれに釣られて視線を移す。

 

「あっ、義経ちゃんたちだ」

 

清楚が後ろを指差して言った。

義経、弁慶、与一のクローン三人と風間ファミリー九人が一緒に登校していた。

清楚が手を振るのを見て、雹は清楚の関心が自分から移ったことに安心する。

昨日のような説教は御免だった、清楚の説教には何故か逆らえないのだ。

 

「せいっそちゃーん! うーん、相変わらずカワユイなぁ。なでなでしてあげよう」

 

「きゃ、きゃあ……百代ちゃん!?」

 

真っ先に飛びついてきたのは百代だった。

人目も憚らず乳繰り回す。

 

「大和くん、おはようございます。朝から出会えるなんて運命ですね、放課後、二人っきりで仲を進めませんか?」

 

「葵……さっそくか」

 

「BLだと!? だけど大和を渡すわけにはいかない!!」

 

隣では冬馬が大和に迫り、しかし、させまいと京が間に入る。

その際に京の顔が微妙に赤く染まってるのは見なかった事にしておこう。

 

「おい、モロ見ろよ、いいなぁ。清楚先輩のおっぱい、俺様もグヘヘ」

 

「岳人、流石に下品だよ。でも気持ちは分からないでもないけど……エヘヘ」

 

「二人とも下品な事を……! まったくだらしないぞ!」

 

(百代が一方的に)乳繰り合う清楚と百代を見て興奮してる男二人とそれを叱咤する金髪の女。他のもエージェントがどうだの、機関が来るだの、暗殺者が狙ってるなど言ってる男が一人。

言ってることは妄言であろうが雹にとってはそうでもなかった。

 

――実際に当たっているのだから笑えねぇ――

 

そんな突っ込みを胸中で呟き、このカオスな状況から一人この場を離れようとするが、残念ながら逃げられなかった。

誰かが腕を組んで止めてきたからだ。

 

「逃げるのはダメだね」

 

ニコ、とさっぱりとした笑みを浮かべる弁慶。

右腕を優しく、しかしガッチリとホールドされており動けない。豊満な胸がひじに当たり柔らかな感触が伝わってくる。

 

「逃げようなんてしてないぞ。ただ学校に行こうとしただけだ」

 

「じゃあ、一緒に行こうか」

 

更に腕を強く組まれ、体まで預けてきた。

雹とて男なので、肘に当たる柔らかな感触が嫌いなわけではない。

だが、時と場合を考えてほしい、と思った。

恐らくわざと当てているのだろう、弁慶の顔に浮かぶ意地の悪い表情が証明している。

そこで不意に辺りが静かな事に気付く。

さっきまで騒いでいた冬馬や百代たちの視線がいつの間にか雹たちに集中してた。

 

「ああ、分かったから腕は外せ」

 

「仕方ないか……」

 

不満そうな表情を隠そうともしないながらも、意外と素直に離れる弁慶。

雹も少々拍子抜けだった。

 

「あんまり我侭言って嫌われたくないしね」

 

「そうかよ。とりあえず今度からは時と場合を考えろよ」

 

「時と場合を考えたら良いんだ?」

 

「はぁ……」

 

諦め気味に溜め息をつく雹に清楚が不思議そうな表情で疑問を呈した。

 

「あれ、弁慶ちゃんと仲良いね? 知り合いだったの?」

 

クラスも違い、学年も違う雹と弁慶。

普通は接点が見つからない二人が仲良くしていることを疑問に思ったようだ。

冬馬たちや義経も気になっていたようで耳を傾けている。

黙り込んだ雹のかわりに弁慶が答える。

 

「うん、私と雹は所謂運命の相手と言うやつ」

 

「おい待てコラ」

 

雹はたまらず反論する。

そんな誤解を招くような言い方をしたら厄介ごとが舞い込んでしまう。

 

「勝手に妙な事捏造するな、阿呆」

 

「誤解じゃないと思うけど? 実際、私は運命感じたしね」

 

軽く顔を顰める雹の嫌な雰囲気を察した清楚が助け舟を出した。

 

「よく分からないけど仲がいいのは良い事だね」

 

『清楚さま、そろそろ急がなければ遅刻してしまう時刻です』

 

そんな中、突然清楚に妙に機械っぽい声が掛けられた。

 

「えっ、もうそんな時間?」

 

「今の誰だ?」

 

小雪や冬馬に目を向けるも、二人とも首を傾げて知らない、と表情で伝える。

ならば一体誰が?

まさか清楚の腹話術でもあるまいし。

 

『こちらでございます』

 

声の方に全員が目を向ける。

その瞬間、驚愕が辺りを埋め尽くした。

 

「じ、自転車……?」

 

「「「「「「「自転車!?」」」」」」」

 

事情を知っているクローン以外の声がハモる。

会話に参加していなかった周りの風間ファミリーもこれには驚いた。

 

「あ、そういえば紹介してなかったね。スイスイ号だよ」

 

「へぇ、面白いな。しっかし、喋れるんなら何で昨日は静かにしてたんだ?」

 

雹の疑問。

昨日、つまり仲直りデート(?)の時である。

確かに清楚と並んで歩いているときは一言も話さなかった。

その疑問はスイスイ号本体が自ら答えた。

 

『はい、あの時は空気を読んで黙っておりました。馬に蹴られたくはありませんので』

 

「ずいぶんと人間臭いAIですね」

 

『おいおい、馬だって? だとするならオラの出番じゃないかい?』

 

「こら、松風。静かにしなさい!」

 

冬馬が感心したように頷き、馬のストラップが騒ぐ、そして刀をもった女の子――黛由紀江が叱咤する。

ストラップと話す帯刀少女……雹は視線を逸らし何も見なかったことにした。

 

「うっひゃーーー、スッゲー。喋る自転車だぜ!! 変形は!? 変形はできないのか!?」

 

大声を弾ませるのは大興奮のキャップこと風間翔一。

 

『残念ながらそのような機能はセットされておりません』

 

「ちぇー、クッキーみたく変形できたらかっこよかったのになー」

 

不満げに呟く翔一。

みんながスイスイ号に集まってワイワイと騒いでいるとき、一台の原付が通った。

その通り過ぎる瞬間、原付に乗った男は義経の鞄をひったくって行った。

 

「あっ……義経の鞄が――」

 

「させません!」

 

いち早く反応したのは由紀江。

一瞬で刀を抜刀、そして神速の一太刀を原付に叩き込むが、

 

「くっ、これは……手加減したとはいえ私の斬撃を弾くなんて!?」

 

防刃コーティングがされた装甲に弾かれる。

由紀江もまさか自分の斬撃が弾かれるのは、予想外だったのか驚愕が隠せない。

 

「主の持ち物を盗もうなんてなんて許せないな」

 

弁慶が近くに落ちていた石を掴み、投げる。

投擲された石はもはや銃弾とも遜色ないレベルの速さで原付へと迫る。

 

「!」

 

だが、原付に乗った男が拳で叩き割った。

油断してたとはいえ、仮にも義経から鞄をひったくったというだけのことはあってただの素人ではないようだった。

 

「……京、どうだ? 狙えるか?」

 

「うーん、流石にこの距離は少しキツいよ。でも大和が愛のパワーを分けてくれるならできるかも」

 

京は冗談じみた台詞を言うが、表情は笑っていない。

実際にこの距離で矢を当てるのは至難の業なのだろう。

天下五弓に数えられる京が狙えないとなれば、ほかに命中させられる滅多に人間など居はしない。

原付はさらに遠くへと逃げていく。

 

「先輩、何とかできませんか?」

 

見かねた冬馬が雹に頼み込んでいた。

此処に居るほとんどの人間が雹を知らない、頼ろうとも思わないだろう。

だが、冬馬は知っている。

この男の実力(ちから)を。

 

「……」

 

しかし、当の本人はやる気もなさそうにポケットに手を突っ込み、現状を傍観するだけ。

そんな中状況は動く。

源氏三人衆の一人――那須与一が叫んだ。

 

「あれは、機関の人間か!? 拙いな、クラウディオ、ソドムの弓を!」

 

「ここにございます」

 

与一の叫びにどこから現れたのか、与一の傍に大弓を持った執事服の老人が立っていた。

丁寧な所作で差し出される大弓を受け取り構える与一。

フッ、と不敵な笑み(と本人は思っている)を浮かべる。

 

「お前は天国と地獄の狭間を彷徨う事になるだろう、食らえ、必殺“七大地獄への誘い(ワールドツアー)”」

 

大弓から放たれた矢は空気を切り裂きながら、原付へ飛翔した。

その矢は誰もが当たるヴィジョンを予想した。

しかし、予想外な事にひったくりは飛んできた矢の側面に拳を当て、軌道を逸らした。標的を外された矢は勢いを落とすことなく道路わきの建物に突き刺さる。

矢を払ったその動きはもはや素人というレベルではない、少なくともひったくりを行うようなチンピラが出来る動きではなかった。

 

「馬鹿な!? あれを躱すなんて……素人じゃない!?」

 

「いったい何者だ? しかし、あれほどの腕を持つ奴がひったくりとは……」

 

大和とクリスがみんなの心情を代表したように声をあげた。

辺りを支配するのは驚愕、この感情だけ。

そんな中、雹だけが何かを感じたように細めた。

 

(あの動き……)

 

「なっ!? この俺の一撃を防ぐとは……やはり機関からの刺客か!? くっ、しくじったな! 技を見せるべきじゃ無かった」

 

厨二をこじらせたような台詞だか、与一の驚愕と動揺は本物だろう。

必中と思われた自分の一撃が簡単に防がれたのだ。

 

「姉さん! あいつをブッ飛ばしてくれ」

 

大和は最後の手段を決行。

人類最強たる百代なら走ってでも追いつけるだろう。そう判断しての事だった。

 

「退け、邪魔だ」

 

いよいよ自分の出番だな、と楽しげに顔に笑みを張り付ける百代に向けて雹が言い放つ。

全員の視線が雹に集まる。

その大半が何を言っている? というような非難交じりの視線だった。

特に百代の強さを一番よく知っている風間ファミリーのメンツからすれば雹は余計な茶々を入れる邪魔者でしかなかった。

 

「何? おい、おま――」

 

お楽しみを邪魔されたのか少し機嫌の悪い声音の百代だったが、雹は無視。

とは言っても雹本人は無視したつもりはない、ただ初めから眼中に入っていなかった。

 

「葵、借りるぞ」

 

雹は冬馬が持っていた二つの鞄の内、一つを手に取る。

それは先程走り去った準が忘れて行った鞄を冬馬が持っていたのだ、その皮で作られた学生鞄の重さを確かめ、満足げに頷く。

一冊一冊がそれなりの重さを持った教科書が入った鞄は結構な重量だった。

正直、雹はこのひったくりの件に介入するつもりは微塵も無かった。だが、少し事情が変わった。

どうやら、さっそく働かなければならないらしい。

 

「御崎君?」

 

「まぁ、見てろ」

 

何するの? と言外で問う清楚に短く答え、雹は鞄を大きく振りかぶる。

冬馬たちギャラリーが見守る中、振りまぶった鞄を――

 

「オラァ!」

 

思いっきりブン投げた。

投げられた鞄は常識外の速度を叩きだし、砲弾となりながら原付へと迫る。

パァン、と甲高い何かが弾けるような音が鳴った。それは音速を超えたことで、発生する破裂音であった。

四角形で空気抵抗の受けやすい鞄が音速を超える、一体それほどの膂力が必要なのかは想像に難くなかった。

しかし、またもや原付に乗った男は反応。

もはや人間離れした(・・・・・・)反応速度と動きで迫る鞄を叩き落とそうと――

 

「!!」

 

――落とせなかった――

 

当たらなかった訳ではない。

叩き落とそうと一撃当てた上で弾かれたのだ。

弁慶の石が銃弾なら、雹の投げた鞄はミサイルであった。

確かに逸らすために自らの拳を叩きつけたが、そんなものを物ともしないで、雹の砲弾は原付を無慈悲に吹き飛ばした。

 

「おぉ……」

 

感嘆の声を上げたのは誰か?

 

「先輩、流石ですね! これで義経さんの鞄も返ってきます」

 

賞賛の声を上げながら駆け寄る冬馬。

その顔には笑みが浮かんでいる。

やはりこの人は頼りになる、冬馬の心の中は尊敬の念が絶えなかった。

 

「御崎君、すごいね!」

 

「流石は私の見込んだ男。かっこよかったよ」

 

「ハクーー!!」

 

嬉しそうに駆け寄る清楚とまたもや右手に抱きつく弁慶。

そして最後に小雪のダイブ。

 

「グオ! こんのアホウサギが! いきなり背中にタックルかますな!!」

 

「タックルじゃないもーん」

 

いつもなら華麗に躱してやれるが、現在は右手を弁慶に掴まれ、左手側には清楚が立っている。

弁慶たちのせいで身動きが取れない。

無理矢理、動き気にもなれずタックルが背中に直撃した。

 

「ですが、見事でした」

 

「偶々だ。――ああ、葵、こいつ等連れて先に行ってろ。俺はやることができた」

 

右手を弁慶から開放して、清楚と一緒に冬馬に押し付けた。

冬馬もいきなり押し付けられて困惑するかと思えば、そうでもなく二つ返事で引き受ける。

 

「えー、ハクは来ないの?」

 

「確かめたいことがあるんだよ。先行ってろ――葵、ウサギも連れてけよ」

 

「分かりました。皆さん行きましょう。このままでは遅刻してしまいますし」

 

「あの……義経は礼を言いたいのだが……」

 

「心配いりません。先輩はそんな事気にするような人間ではないですよ、むしろ礼なんて煩わしいと思うタイプの人間ですから」

 

冬馬は小雪や弁慶たち、風間ファミリーを学校へと向かうように促した。その際冬馬が自分の事を滅茶苦茶に言っていた気がするが気にしない方向で落ち着いた。

それを横目で確認した後、吹っ飛んだ原付の方へ歩みを進める。

 

「おい、待て! お前中々やるじゃないか。名前は?」

 

百代が笑みを浮かべ雹の前に立ちふさがる。

いい玩具を見つけた子供のような笑みだった。

強すぎて退屈を持て余す百代にとって、由紀江、弁慶、与一と言う達人と言っても過言ではないレベルの武人たちが取り逃がしそうになったひったくりを捕まえた雹は、久々に期待できる獲物なのだろう。

 

「……おい、葵。任せた」

 

が、雹はまたもや無視して冬馬に一言掛けてる。

訳は『百代(こいつ)何とかしろ』である。

後ろで百代が何か叫んでいたがそんな些事(・・)は雹の耳には入っておらず、百代の横をすり抜けて原付と倒れた男のもとに向かう。

そして気絶して動かない男の傍にしゃがみ込んんだ。

 

「これは……糸か、やっぱし間違ってなかったわけだ」

 

男の身体に引っ掛かっていた物を手に取り調べる。

細くて透明な糸が首近くに引っ掛かっていた。

それを雹は引っ張ったり、曲げたりして材質を調べる。

 

「金属じゃないな。……釣り糸に近いか?」

 

恐らく素材はポリエチレン辺りだろうと雹は考えた。

 

「それに……この痕」

 

男の首筋にあるまるで針を刺したかのような傷痕。

それを見て雹は己の想像が間違っていなかったことを確信した。

 

予想通り(ビンゴ)

 

ひったくりの後ろに黒幕が居るのは間違いない。

透明な糸を使用して遠くからこの男を操っていたのだろう、それこそ傀儡(マリオネット)のように。

この手口、おそらくは朝に電話で告げられた刺客“傀儡師《ワイアプラ》”の仕業で間違いなかった。あの異常なまでの反応速度と動きは男の肉体の稼働範囲や限界を無視して第三者が操っていたせいだろう。

ひったくりが不自然なまでに真っ直ぐにしか逃げなかったのも、糸の操作範囲が直線にしかセットしていなかったからだ。

 

「早速、仕掛けて来るとは……向こうもやる気満々だなぁ、おい」

 

知りたいことはすべて分かったのか、雹は立ち上がる。

しかし、そこで分からないのが理由だ。ひったくりをする理由が分からなかった。

実力を試したいのならばもっと直接的に襲うなどして行えばいいし、罠を掛けるために誘い出すためなら人通りが多いこの辺りで行うのは間違いなく悪手だ。

 

「それともあれか? 攻撃しようと思ったら鞄が引っ掛かったとかいうオチか?」

 

まるでギャグのような可能性を考えたが、そこで冗談を捨てて考え直す。

誰かを殺すのに人の目が多いのは障害にしかならない。だが、中には例外もある。

 

事故死ならどうだろう?

 

誰がどう見ても運悪く(・・・)交通事故や爆発事故に巻き込まれたとしたなら。

それは目撃者(ギャラリー)が多い方が確かな証拠となる。

 

(つまりは事故現場に誘い出すための囮。最悪失敗してもクローン、もしくは護衛たちの実力を見れればラッキー、って感じか。……という事は、現在、傀儡師さんはどっかから盗み見ている訳か……)

 

やれやれ、と肩を竦める。

雹は男の近くに落ちていた準の鞄を拾った。音の壁を超えることになったそれは見事にボロボロに朽ち果てていた。

雹もさすがにバツが悪そうな表情を浮かべた。

 

「あー、俺のせいじゃないよな?」

 

あ、そうだ全部こいつのせいにしよう、とひったくりに押し付けることを決めて雹は準への言い訳を考えながら登校を再開した。

本人の知らぬところで勝手に責任を押し付けられたひったくりであった。

 

「お待ちください」

 

後ろから掛かる声。渋めの老人の声音だった。

また厄介ごとか? と内愚痴りながら、上半身だけを軽く捻って後ろに顔を向ける。

立っていたのは九鬼の従者が身に着ける執事服を着た一人の老人。

先程与一に大弓を渡していた人物――クラウディオ・ネエロが立っている。

 

「何だ? 悪いが遅刻しそうでな、急いでくれると助かるんだが?」

 

「はい、お時間は取らせません。なんでしたら学園まで車でお送りいたしましょうか?」

 

その執事はにこやかな笑みを浮かべている。しかし、そこからはまったく感情を読み取らせない。

少しだけ興味が湧いたのか、雹は体を返し、向き合う。

よく見るとその老執事が只者ではない事がよく理解出来た。恐らく実力もかなりの物だろう。

普通なら雰囲気に呑まれ、委縮してしまうだろうが、雹は薄く笑うだけ。

 

「残念ながら、知らない人に付いて行っちゃダメ、って母親に教えられていてな」

 

「ほっほっほ、それは良き母上でいらっしゃいますね」

 

「だろ? 俺には勿体無いくらいだ」

 

軽いジョークを交し合う。

お互いに笑みは浮かべているが目は笑っていなかった。

雹もこの執事――否、九鬼と敵対する関係ではないと解かっている。だが、侮るつもりも警戒を緩めるつもりもない。

少なくとも馴れ合う関係ではないのだから。

 

「で、用件は?」

 

「御崎様、今回のひったくりの件、九鬼を代表してお礼申し上げます」

 

恭しく頭を下げる老執事。

その様子に無駄に丁寧なしぐさだな、と意味も無く感心する雹。

名前を知られてる辺りから察するに、川神学園にいる人間のプロフィールは網羅しているのだろう。

それについては問題がある訳でも無いので雹は気にもしない。

自分の本当の情報はいかに九鬼財閥といえども知ることはできないだろう。()の、それも深い部分と繋がりがあるというのなら話は別かもしれないが。

 

「どーいたしまして。じゃ、もう良いな」

 

「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

踵を返した雹の背中に声が掛かる。

やはり礼を言うためだけに呼び止めた訳ではなさそうだった。

 

「この件についてあなたはどうお考えですか?」

 

「九鬼の警戒不足。これが最高レベルの護衛だってんならもうオワタと言うしかないな」

 

「それは耳が痛いですね。確かに今回の件は我々の警戒心が甘かったのは否定できません。ですが私がお聞きしたいのはその事ではなく、あの犯人を見てあなたが感じたことでございます」

 

「1、クローンが狙われてる 2、あのひったくりは利用された 3、どっかの黒幕様に。これでいいのか?」

 

「ありがとうございます。では最後に……あなたはかなりの手練れとお見受けいたしました、どうか義経様方をお気に掛けていただけないでしょうか?」

 

再び頭を下げるクラウディオ。

その姿を見て雹は内心で吐き捨てる。

 

(この狸ジジイ、始めから気付いてたな)

 

恐らく九鬼はすでに暗殺者の存在に気付いている。

流石に正体までは把握していないだろうが、狙われているという事にはとっくに知っていたらしい。

 

(成程、試練のつもりか……。このくらいの事態は自分たちで対処しろって事ね……)

 

サポートはするが、解決は自分たちでやれ、とそういう事であろう。なかなかにスパルタな方針で教育を施しているらしい。

しかし、それに巻き込まれる方はたまったものではない。

 

「チッ。……遅刻しそうだ、送ってけ」

 

「畏まりました」

 

雹はあっさりと先程の自分の言葉を撤回、超上から目線で言い放った。

自分をこき使おうというのだ、このくらい要求しても罰は当たらないだろう。

それにそもそもこの事態を引き起こしたのも、暗殺者の存在を知っていながら対処しなかった九鬼が悪いのだから。

どこかに連絡するクラウディオを横目に雹は面倒な事になった、と億劫気にため息を吐く。

この暗殺者の件は、あくまで清楚を守るだけのつもりで黒幕の逮捕乃至(ないし)処分は九鬼に押し付けるつもりだった。

だがこうなっては仕方なかった、自分が動くしかない。

清楚に被害が出てからでは遅いのだから。

無駄な労力を使いそうになるこれからを想像して雹は再び溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむぅ、思っていたほど難易度は高くなさそうだねぇ。英雄のクローンと言うから警戒していたんだが……。あの程度相手に手こずるとは……どいつもこいつも平和ボケしているんじゃないのかね?」

 

立ち並ぶビルの一角からひったくりの一件を盗み見ていた一人の人間。

その顔には半分は能面のような仮面が被さっており、もう半面には胡散臭い笑みが浮かんでいる。

にじみ出る雰囲気は一言でいえば『暗い』である。

 

「では、さっさと仕事を終わらせて帰りましょうかねぇ。覚悟し置くといいなぁ、クローン諸君。君たちに恨みは無いけど、マネーのため死んでくれたまえ」

 

ヒャハ、と気味の悪い笑い声と共に傀儡師(ワイアプラ)は次の計画を実行しはじめた。

静かに、しかし確実に命のやり取りの幕が切って落とされた。

 

 




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