騎士アルトは、王国近衛騎士団に所属する騎士である。
近衛の中では最も若く、その特徴的な赤毛は見る者の目を引きつけ、真面目で実直な性格は多くの騎士、王族の歓心を買っていた。
騎士団の次代を担う者として剣腕を鍛えてきたアルト。そんな彼を初陣で待ち受けていたものは、亡国と言うどうしようもない出来事だった。
宣戦布告もないまま突如として侵攻を開始した北の帝国は、またたく間に王国の領土を席巻。
北方の守護である大貴族の裏切りもあって、開戦よりわずか半月で王都は陥落し国王はじめ王族はそのほとんどが断頭台の露と消えた。
近衛騎士団も王都の攻防戦で磨り潰され、最後に確認された生き残りはわずか一個小隊にも満たない数だった。
その数少ない生き残りも、唯一生き残った主君の血筋……王女を逃がすために潰えて消えた。
迫り来る帝国の追っ手から殿軍となって王女が乗る馬車を逃がし切ったその後に、近衛騎士団は帝国に対する最後の反撃を慣行。
アルトは、アルトだけは、ただ年若いという理由で、その攻撃に参加することを許されなかった。
逃げろと。
そう命じられて、森の中に投げ込まれた。
自分も戦えると、一緒に死なせてくれと、アルトは叫ぶことが出来なかった。
王女を頼むと、生き延びて自分たちの戦いを報告しろと、そう言われてしまったからだった。
軍馬のいななきを背に受けて、アルトは森の中を駆け抜けた。
振り向かなくても分かっていた。帝国軍の本隊、今まで戦っていた先遣隊とは比べ物にならない数が迫っていると。
そのまま一昼夜、ただくたに駆け抜けたアルトは、自分が酷く疲弊していることに今さらながら気がついた。
傷口が傷む。殿軍として戦う中で負った大小の傷が熱を持っていた。
体が重い。王都陥落以来、まともな休息をとってはいない。
空腹が、渇きが、眠気が、意識を閉ざそうと襲い掛かってくる。
森の中は、獣の気配が多い。
三日目には、どうにかして木のうろに身を隠して休むことが出来た。手持ちのわずかな食糧は、その時点で全て消費した。
四日目。水場を探してさまよった。生の木の実をかじり草の露をすすりながら、森の中を歩く。
五日目。傷口が赤く腫れ、体全体が熱を持っていることに気がついた。
六日目。剣を杖にしなければ歩くこともできなくなった。目は霞み、眼前の景色すら判然としない。
そして七日目。
「うっ……」
軽い頭痛と眩暈を感じながら、アルトは意識を覚醒させた。
ようやく見つけた水場を目の前にして、ついに限界を迎えて倒れたことまでは覚えている。
ぼんやりとした頭で周囲を見回し、記憶にある通りの泉を見つけると手を伸ばして清水を口に運んだ。
甘露か。
久々に口にしたまともな飲み水は、自然そう思ってしまうほどアルトの五体に染み渡った。
不思議と体は軽く、傍らには愛剣もある。
これならば、森を抜けられるかもしれない。
アルトがそんなことを考えた、その次の瞬間。
『目が覚めたか』
厳粛な雰囲気を伴いながら、声が響いた。
それは巨大な人型をしていた。
今は泉のほとりに座しているが、立ち上がればアルトの背丈をゆうに超えるだろう巨体。
半ば自然に埋没して、草と土にまみれた甲冑騎士。
巨大な甲冑も、その内にあるだろう巨躯の肉体も、探そうと思えば人の内にあるいは存在するかもしれない。
しかし、目の前の"それ"は明らかに人とは違う、異質な、常ならぬ存在だとアルトは思う。
まるで巨木のようだ。
アルトの抱いたその感想は、偶然か否か"それ"の本質をきわめて正確に見抜いていた。
「あなたは、いったい何者なのだ?」
投げかけた問いに、巨大な騎士は何事かを考えるような素振りを見せ、またフルフェイスの兜をアルトの方へと向ける。
そして口を、そう兜の内にあってうかがう事はできないが、おそらくは口を開いた。
『我が名はエクスデス』と。
つづく