「ファイア」
声とともに魔力がひるがえり、パチリと音がなって火の粉が舞った。
本来ならば炎を生み出すはずだった力は、集中の不足から無為に放出され空気に溶ける。
アルトは、その光景を前にして歯噛みした。
師が……師となったエクスデスが、夜営のたびに使う炎の魔法ファイア。
最も力の弱い魔法の一つとして教わったこの魔法を用いても、今のアルトには種火を生み出すことすらできなかった。
『焦ることはない』
そう言って自らをたしなめる師の言葉を、アルトは受け入れられずにいる。
森を抜けるまでもう幾日か、それまでの間にこの力を物にしたいという心があったからだった。
「エクスデス師、自分は不安なのです。森を出れば、いつ帝国兵と戦いになるかもしれないと思うと」
事実、帝国兵は精強だった。
王国最精鋭の誉れ高い近衛騎士団をもってして互角、王都陥落はけっして奇襲と策略の結果だけではない。
高い冶金技術によって生み出された強固な甲冑と武器の数々、優れた士気と統制された指揮系統。
帝国はおそるべき敵だ。今のままでは勝てないと、アルトは心を焦らせる。
『そうか』
エクスデスは、アルトの内心を吐露するような言葉を耳にして、一言そう言って黙り込んだ。
甲冑に包まれて顔色は伺えず、感情の色を表すことのない平坦な声音。
時折、奇妙な笑い声をあげて喜色を示すことこそあるものの、アルトの目にするエクスデスの姿は概ねそう言った印象だ。
畏怖。
アルトからの感情に名を付けるのなら、その表現が一番適切だろう。
言葉を交わし、教えを受けてもなお、巨木のようだと初見で抱いた印象は覆されていない。
しばしの無言のあと、エクスデスは地面から木の枝を一本拾い上げアルトに差し出した。
『折って見せよ』
アルトはそう言って差し出されたその枝を受け取ると、たいして力を込めることもなく折って見せた。
乾いた小枝でしかないそれを壊すことは、難しいことではなかった。
エクスデスは、それを見届けるとまた一本の枝を拾い上げる。
『プロテス』
そうして言葉とともに魔法を発現させると、淡い黄色の輝きを放つようになった枝をアルトへと手渡した。
「これは……」
軽く力を込めても、枝は折れなかった。
より強く力を込めれば、あるいは折ることができるかもしれなかったがアルトがそれをする前に、エクスデスが口を開く。
『他者の守りを厚くする白魔法だ。火を灯すことだけが、魔法ではない』
言ってから、エクスデスはさらに続けて様々な魔法の系統が存在するのだと説明をする。
癒しと守りに重きを置く白魔法。
攻撃に重きを置く黒魔法。
他者を援けあるいは妨害することに重きを置く時空魔法。
様々な魔法がある中で、自分に適した魔法はどれかを見出す必要があるとエクスデスは言った。
アルトは、手の中で淡く輝く木の枝を見ながら考える。
(自分は、一人で何をしようとしていたのか)
思えば、似たような話は騎士団の先輩からもされたことがあった。その時に折られたのは、木の枝ではなく弓矢の矢だった。
束ねた矢は折れない。
魔法を使った分だけ多少おもむきは違ったが、エクスデスの示したかったのはそれではないかとアルトは思う。
否、違っていてもこの際は構わなかった。
このまま力を求め、その力をもって何を成すかとアルトは自らの状況を省みる。
皇帝の暗殺でも狙うのならば、今のままでもいいだろう。
しかし、血塗れで玉座に倒れ伏す顔も知らぬ皇帝の姿を想像して、アルトは「違う」と首を左右に振った。
(自分は騎士だ。近衛の、騎士だ)
ならば、この身は主君のために。
わずかな間に遠い日のように感じるようになった騎士叙任式を思い出し、アルトはそっと目を閉じる。
そして、今はただ王女の元へと馳せ参じることだけを考えようと決める。
エクスデスと言う埒外の力を持つ者の助力を得れば、それはきっと難しいことではない。
そして、その後は……。
(仲間が必要だ。志を共にする仲間が)
王女がどのような選択をするのか、今のアルトには分からない。
帝国と戦い、王国の再興を目指すのか否かということすらも。
そして、アルトは王女がどのような選択をしたとしてもその意思を尊重して援けようと思っている。
しかし、一人ではきっと何もできない。
ゆえに仲間が必要だと考えた。
数の不利を背負いながら帝国兵の足止めを成しえた理由は、近衛騎士団の団員たちが連携して事に当たったからだ。
共に王女を支える仲間を見つけなくてはならない。
「感謝しますエクスデス師。自分の目指すべき道が、見えたような気がします」
アルトの言葉に、エクスデスは何も言葉を返さなかったが、静かに一つうなずいて見せた
それから3日。
アルトたちは、ようやくにも深い森を抜けて平原の開けた風景を目にすることができた。
そして若き騎士は、その日までに自身にとって一つの契機となった守りの魔法を身につけることとなる。
つづく