鋼鉄のシスター   作:ジェラシー卑屈川

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どうも、最近月一で投稿出来ていて調子のいい作者です。

さて今回はオーバーロードへの独自解釈が含まれますので悪しからず。

あと書いていたら強烈なキャラクターが誕生してしまったのでお楽しみと言うかご注意ください。

そして無駄に長いです。


慈悲の十字架

 ナザリック地下大墳墓『宝物殿』

 

 ここにはかつてその名を知らぬものがいないほど世に悪名を轟かせた者達が、努力と知恵、時には己の血をもって集めに集めた数えきれない程の財宝が保管、安置されいる。

 

 更にこの宝物殿には入り口となる“扉がない”。

 

 扉がないとはどういうことなのか、それはこの宝物殿がナザリック地下大墳墓内にありながらその何処からもここへと繋がる通路はなく、普通では決して侵入することのできない完全な独立空間となっているためだ。

唯一この空間に入ることが許されるのは、ナザリック地下大墳墓内を自由に転移できる効果を持つ『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を所持する者のみ。だが、万が一にも襲撃に会い、敵にリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを奪われ宝物殿への侵入を許した際にも対応できるよう、様々なデストラップが備えられている。

 

 それにしても凄い、凄いとしか言いようがない。

 仰ぎ見るほどの天井は夜空に輝く星々の様に燦然と輝き、視界に全てを納めるのが難しい程の広さをもつ部屋の中央には、御伽話でしか聞いたことのないような金貨や銀貨、財宝がまるで山脈の様にどこまでも高く積み上げられている。よくよく見ると、それらに埋もれるようにして超一級品の工芸品や芸術品も混ざっている。しかし超一級品に対する保存状況としては些か乱雑ではないだろうか、と疑問に思うだろう。だが仕方がないことのだ。

 

 なぜならこれらを置く場所がないのだから。

 

 この広い空間の巨大な壁面は全て陳列用の棚となっており、そこには所狭しと宝物が並べられ、そのどれもが一目で足元に転がっている超一級品よりも価値の高い物ばかりだと分かる。

 

「まぁまぁ、こんなに沢山ため込んでいらっしゃったのですね。」

 

 《反重力装置》の出力を調整し、浮力を高めて飛行しているローザリアは眼下に広がる光景に感嘆とも呆れともつかない感想を漏らす。

 

「ローザリアさんは余り宝物殿の方へは来ませんでしたもんね。まぁ、でもこんなのは目的の物を得る為の過程で生まれた副産物の様なものですよ。それを知らないわけではないでしょう?」

 

 対するアインズは〈飛行(フライ)〉の魔法でローザリアに並列飛行する。

 

「えぇ、まぁ。私は皆さんの様にあまりお金を掛ける事が出来ませんでしたから、自分の武器と言える物もたった一つしか持っていませんけれど。でも今思い返してみても大変だったなぁ…完成させるまで一体どれほどかかったのやら。」

 

 せっかくだから自分専用の武器を作ろうと決心してからの、完成までにかかった長い道のりを思い出し懐かしさに目を細める。

 

「はは、確かに。必要なデータクリスタルを集めるために古代遺跡のダンジョンに入ったら馬鹿みたいに強い敵MOBがわんさか出て来て、やっとの思いで突破したと思ったら、最下層でレイド級のボスが出て来た時は泣きそうになりましたよ。今では楽しかった良い思い出です。」

 

「ふふ、でもこうして無事に武器を完成させられたのはアインズさんと皆さんのお力添えがあったからです。あの時は本当に有難うございました。」

 

「いえいえこちらこそ、普段なかなか出会えない機械系の敵と戦えて楽しかったですよ。…あ、目的地が見えてきましたね。」

 

 彼らの向かう前方に黒く大きく穴の開いた場所が見える。その先は宝物殿で最重要区域となる武器やその他の倉庫が控えている。

 ほどなくして、二人はその黒い穴の近くに降り立つ。目の前にそびえる全ての光を吸い込んでしまうような漆黒の闇は、その暗さに距離感が掴めなくなってしまいそうだ。

 この二次元的な暗闇は倉庫へと繋がる扉であり、特定のパスワードに反応して開くタイプだ。

 

(さて、困った。その大切なパスワードが思い出せないぞ…。)

 

 ナザリックにはこういったパスワードを必要とするギミックが多い。そのため良く訪れるような場所のものは問題なく覚えていられるのだが、ローザリアよりは宝物殿に訪れるにせよこんな場所まで来る機会はそうそう無いため、記憶もおぼろげとなりアインズはなかなかパスワードが思い出せないでいた。

 

 しばらく思案するものの、一向に思い出せる気配がしないので応急的手段をとることにする。

 

「仕方がない、『アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ』。」

 

 アインズの言葉に反応し、湖面から浮かび上がる様に漆黒の扉の上に白い文字が現れた。

 もしかしたら経験がある人もいるかもしれないが、こういったパスワードを忘れてしまった時に自分が設定した問題に答えることでパスワードのヒントが得られる、もしくは直接的に教えてくれると言う保険的機能がある。ナザリックの場合、全てに共通する第二のパスワードがありそれを入力することで正式なパスワードのヒントが得られる仕組みになっている。そしてその第二のパスワードと言うのが『アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ』と言う訳だ。

 

 第二のパスワードのお陰で無事にヒントを得る事が出来た。できたのだが…

 

「…まったく、タブラさんは凝り性だからな。」

 

 漆黒の扉の上には『Ascendit a terra in coelom′ iterumque descendit in terram′ et recipit vim superiorum et inferiorum』と書かれており、どうやらラテン語の様だ。これが扉を開くためのヒントであるのは間違いないのだが、どういった意味だったのかまた思い出さなくてはならなくなってしまった。

 

(これでは堂々巡りじゃないか…)

 

 思わぬところで足止めを食らい、苛立ちと焦りで頭を抱えそうになる。

 

「『――かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは全て汝より離れ去るだろう――』ですかね?」

 

 隣に居るローザリアが不意に紡いだ言葉は正解だったらしく、眼前に広がっていた暗闇はある一点に集中するように吸い込まれ、気がつけば倉庫へと繋がる道が開けていた。

 

「お見事です。でも、どうして?」

 

 アインズが疑問に思うのも不思議ではない。冒頭でも伝えたように、彼女は宝物殿へと来る頻度は極めて少なかった。それなのにアインズでもめったに来ないこんな場所のパスワードを彼女が知っているのは少々変ではないだろうか?が、その答えもすぐに分かった。

 

「あぁ。いえ、私の実家は教会でしょう?なので外国語の本が多くて、それにラテン語はキリスト教と深い関係がありますから、多少読めるんです。驚きました?」

 

「えぇ、それはもう。ローザリアさんがいなかったらこの扉はいつまでたっても開きませんでしたよ。では思い出の品を取りに戻るとしましょう。」

 

 扉から先は先程までとは打って変わった世界が広がっていた。例えるなら博物館や美術館の展示室という言葉以上に相応しいものは無いだろう。床に隙間なく敷き詰められた黒色の石は光量の落とされた照明の光を淡く照り返し、静けさと荘厳さを感じさせる。

 左右には様々な武器が整頓されたうえで美しく展示されている。それらは全てありふれた金属などで鍛造されたものでは無く、選りすぐりのマジックアイテムを使って作られた魔法武器なのだ。刀身に炎を湛える剣や全てが結晶でできた槍、中には何でできているのか想像すらできない不気味なオーラを放つ斧など、その数は数えきれない。

 そんな武器たちには目もくれず(ローザリアは珍しそうにキョロキョロしていたが)二人は100メートルほど歩いたところで終着点となる長方形の部屋に出た。

ここにきてまたがらりと部屋の雰囲気が変わる。今までが博物館なら、ここは古墳だ。より一層照明が落とされた暗い空間には、何か大きな物が置かれているようなくぼみが規則正しい間隔で空いている。

 

「アインズさん、ここは?」

 

「ここは、霊廟です。ギルドの皆さんがログインしなくなってから、皆さんから預かっ武器や防具を保管するために僕が新しく作ったんですよ。もし誰かが帰ってきてもすぐに装備を返せるように…ね。」

 

「…。」

 

 そう話すアインズの口調はどことなく寂しげだった。

 アインズの様子から、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンを去っていった仲間たちが、結局誰一人として帰ってこなかった事実を想像するのは容易だろう。

 

 ローザリアは慰めてよいのかどうか言葉に詰まる。自分は父の死を理由に引退せざるを得なかったが、それでもアインズを孤独にしてしまった張本人の一人であるのには変わりないのだ。

 

「まぁでも、こうして本来の使い方が出来るんですから作っておいて損は無かったと言う事ですよ。あ、もしかして心配してくれました?」

 

 しかし二言目には寂しげな雰囲気は消え去っていた。それこそローザリアの憂い気な表情を見ておちょくる程度には。

 

「もうっ!…でもあれからずっとお一人で辛かったのは事実でしょう?」

 

「確かに何度も寂しい思いはしましたけど、今こうしてローザリアさんに出会えたので、そんなものは吹き飛んでしまいましたよ。」

 

 アインズは朗らかに笑う。

 裏の無い笑い方から、どうやら本心からそう思ってくれているようだ。

 ローザリアはスッと心が軽くなったような気がした。

 

「あ、この部屋に入る前に今装備しているリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを外して、この上に置いておいてください。」

 

 アインズがパチンと指を鳴らすと、床から直径30㎝程の円柱がせり上がり腰の位置で止まる。

 アインズはその上に外した指輪を置き、ローザリアもそれに続いた。

 

「なぜ、外さなければならないのですか?」

 

「簡単なセキュリティですよ。この中に保存されている物はどれも大事なものですから、この指輪を手に入れた部外者がここに入って盗みを働くことを想定して、リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを装備している者に対して中のアヴァターラが問答無用で襲いかかる設定にしてあるんです。それこそ僕たちにも例外なくね。」

 

「なるほど。アインズさんがこんなにも大事にしてくださっていたなんて、とてもうれしいです。」

 

「いえいえ、当然のことをしたまでですよ。さて、ではローザリアさんの装備を取りに…「これはこれはっ!!」…ん?」

 

 ローザリアのアヴァターラへと足を向けた矢先、唐突に二人の会話に割り込む声が薄暗いこの部屋の虚空に響いた。何事かと二人は声のした方向へと視線を向け、そしてアインズの気分は最悪のどん底へと落ちることになる。

 

「これはこれはっ!!アインズ様にローザリア様、久しく御目に掛かれて光栄にございます!アインズ様はもとより、ローザリア様のご帰還はアルベドよりメッセージにて伺っておりましたが、こうして拝謁賜わればその美しさは何たるや!!このナザリックに住まう全ての女中を集めようともその足元にすら及べない究極の美貌!!そしてオリュンポスの美の女神アフローディテも嫉妬に狂うその体躯!!まさに神をも超えた存在がこのナザリックの頂点に君臨あそばされる事実にこの愚生、至福の喜びで全身が打ち震える思いであります!!」

 

(しまった、こいつ(・・・)の存在をすっかり忘れていたっ…!!)

 

 二人の目の前に現れたのは全く凹凸のないのっぺりとした顔に、子供が黒いクレヨンで目と口の位置にグルグルと塗りつぶしたような穴が開いている。まるで身長の高いハニワの様だ。そして黄色い軍服と帽子を被ったハニワはカツンと小気味よく踵を鳴らし、ビシッと大げさに敬礼のポーズをとる。

 反対にアインズは気分でも悪くなったのか、両膝を床につき両手で頭を抱えて身悶えしていた。

 

「…あなたは、えーと…そう、確かパンドラズアクターさん…で良かったかしら?」

 

「えぇそうですとも!本日はようこそ宝物殿へお越しくださいました!!」

 

 ローザリアから名前を呼ばれ嬉々としてそれに答えるこのハニワは、宝物殿を守護管轄する領域守護者パンドラズアクターである。

 

「その…この際だから教えて欲しいのですが、私って皆さんが仰るほど、えーっと…“美しい”、ですか?」

 

 ローザリアはナザリックに来る以前から美しい美しいと人々から持て囃されており、それはここに来てからより一層強まっていた。彼女としては美しいと言われることに対して特に嫌悪感は抱かず、むしろ嬉し恥ずかしい気分で心地は良かった。だが余りにも皆が皆言うものだから現実世界の黒須真理亜と異世界のローザリアとのギャップに少し戸惑っていたのだ。これもまた黒須真理亜の精神とローザリアの体との同期が上手くいっていないせいで起きている不具合の一つなのだろう。

 

 そんな彼女の気を知らず、パンドラズアクターはローザリアの質問に対し大きすぎる身振り手振りでローザリアの美しさを語り始めた。

 

「それはもう!頭の先から爪の先まで一寸たりともミスのないこの計算されつくした美貌と御体は芸術を超えた神秘の領域に到達、いえ超越しておられます!この美しさを言葉で表すなど底の知れた卑しい者がする所業ですが、しかしあえてその汚名を自ら被り表現するならば!燦然と煌めく宝石箱の云々…」

 

「ちょっとこっちに来ようかパンドラズアクター君!?」

 

 パンドラズアクターの熱弁を遮る様にアインズが割って入る。先程まで部屋の隅でうずくまっていたが、今は怒気を噛み潰したような表情でパンドラズアクターに詰め寄り、肩を掴んで端っこの方へズルズルと引きずって行ってしまった。パンドラズアクターはと言うと、引きずられながらも執念深くローザリアがどれほどまでに美しいのかを声が聞こえなくなるまで語り続けていた。

 

(あらあら、連れて行かれてしまいました。それにしても、あそこまで褒め称えられてしまうと一周回って冷静になれるわね。でもお陰で少し誇ってもいいかなって思えるようになりました。感謝しなくてはいけませんね。でも、これから外の世界に行く機会があるとしたら、美し過ぎると言うのはもしかしたら面倒を起こしかねませんね…何か対策を考えておかないと…。)

 

 ふと視線をアインズ達の方に向けると、顔と顔がくっつきそうなほどの距離でひそひそと話し合っていた。

 

(そういえば、パンドラズアクターさんはアインズさんが作り出したキャラクターでしたっけ。ああやって自分が手掛けたキャラクターと面会出来ると言うのはなんだか羨ましい思いがしますね…。言うなれば親子の様なものですから、きっと積もる話でもあるのでしょう。一先ず邪魔をしない様にしませんとね。)

 

 うんうんと頷きながら静観することに決めたローザリアは、慈母の様な表情で二人を遠く見つめる。

 …優しさも時には刃と化すことを彼女が知るのは、まだまだ先の様だ…。

 

 数分後、話が終わったのか二人は再びローザリアの下へと帰ってきた。

 

「お待たせしてしまってすみません。」

 

「いえ、それよりもうお話はもう宜しいのですか?」

 

「えぇ…いや、もう少し彼とはしっかりとした話し合いをしたいところですが、ローザリアさんの件を忘れる訳にはいきませんから。」

 

 アインズの少し後ろに立っていたパンドラズアクターが耳ざとく反応する。

 

「そういえば、本日はどのような御用件で宝物殿へお越しになられたのですか?」

 

 アインズは舌打ちしたくなる気持ちをグッと堪え、努めて平常に聞こえるように言葉を選んでいく。

 

「今日はローザリアの装備を取り戻しに来たのだ、パンドラズアクターよ。」

 

「おぉ、そうでしたか!ローザリア様の装備と言えば『慈悲の十字架(ザ・クロス・オブ・マーシー)』でございますね。」

 

 彼は宝物殿の領域守護者の役割を与えられているのに相応しく、保管されているアイテムの殆どを熟知している。その中にはもちろん、かつてギルドの仲間たちが使用していた各々の装備品も含まれている。

 

「ローザリア様の趣向がとてもよく凝らされた大変素晴らしい逸品だと思います。それに、彼女(・・)とはよく仕事の合間に話し相手になっていただいております故、特に至高の御方々の装備の中で印象深く残っております。」

 

 えぇ…?装備品が話し相手って…少し彼を宝物殿に籠らせ過ぎてしまったようだ。もっと外に出していろんな人と交流させよう、うん。

 

「…パンドラズアクターよ、この用事が終わったらお前も祝賀会に参加すると良い。」

 

「宝物殿の守護は宜しいので?」

 

「あぁ、許す。ナザリック総出で行われる一大行事だ、全員で参加せよと皆に伝えてある。もちろんその中にはお前も含まれているのだ、存分に祝い楽しむと良い。」

 

「有難きお言葉。不肖パンドラズアクター、喜んで参加させていただきます!」

 

「うむ、では宝物殿の領域守護者に命ずる。我々をローザリアのアヴァターラまで案内せよ。」

 

「はっ!」

 

 ビシッとまた敬礼のポーズをとった後、迷いのない足取りでパンドラズアクターは先陣を切る。といってもただ真っすぐ道を進めばよいなだけのだが、これは異世界に来てから学んだアインズなりの愛情表現だ。守護者や他のキャラクター達は自分たちの創造主であるアインズの役に立てることを最上の幸福としている。だから時折こうして直接的にアインズへ奉仕をするような仕事を与えてやると非常に喜んでくれるのだ。

 

 それぞれ音色の異なる三人分の足音が、静かに響き渡る。

 

 ものの数分も歩かないうちにローザリアのアヴァターラの前へと着いた。

 

 しかし、何と言うか他のアヴァターラに比べて極めて味気ない見た目をしている。と言うのも琥珀色に輝くアヴァターラの首元に、白いロザリオがかけられているだけだからだ。横に並ぶ大きな武器や見事な甲冑、怪しいローブなどを着込んだアヴァターラと比べてしまうといかんせん迫力に欠けてしまうのも仕方がないと言えば仕方がない。なにせ、ローザリアは装備可能な武器以外の武具を一切装備する事が出来ないという特殊なパッシブスキルが発動しているからだ。

 

 これは課金種族である【機械仕掛けの神(デウス・エクス・マーキナー)】によるもので、データクリスタルを用いてあらかじめ用意されていない全く新しいスキルを作り出すことが可能なのだ。だから彼女の持つ変身能力や次元眷属などは彼女しか持ちえない特別なスキルなのである。その代わりとして、能力パラメータを左右するような装備品や防具などは一切装備する事が出来ないと言う厳しい制約があるのだが、正直防御力の面では彼女の右に出るものは居ないため、必要ないのもまた事実。ただし例外として、彼女が低い体温を隠すために手に付けている白いレースの手袋は防御性皆無で特殊効果を何も持たないただの手袋であるため、装備することが可能となっている。

 

 ローザリアは一歩近づき、アヴァターラへと顔を近づける。

 

「ふふ、これを見るのも久しぶりね。それにとてもきれいに磨いてあるわ、これも貴方が?」

 

「はい!私の仕事は宝物殿の守護であり、管理であります。そのため至高の御方々様の装備品の管理は最重要事項でありますれば、いついかなる時でも最高の保存状態を保つのも私の使命です。さあどうぞ、ご自身の装備品でございます。ぜひ手に取ってご覧ください。」

 

「あら、でしたら私の首にかけて下さりませんか?」

 

「へぁっ!?そそ、そのような栄誉ある行為、私の様な一介の領域守護者には相応しくないかと…」

 

 唐突な創造主の物言いにさすがのパンドラズアクターも狼狽える。

男からしてみれば、女性の首元にネックレスを掛けるという行為がどれほど敷居の高い行為なのか分かってくれるだろう。それにもまして相手は雲の上に住んでおられる存在だ、敷居が高いにも程がある。

 

「そんなに謙遜せずとも、これは普段から奇麗にしていただいたお礼だと思って下さい。さぁ、どうぞ。」

 

 そう言ってローザリアはパンドラズアクターに背を向け、頭に被っている長いヴェールを片側に寄せてその下に隠れていたうなじを露わにする。これにはパンドラズアクターのみならずアインズも生唾を飲んだ。

 

(うわ、エロい。)

 

 思わずアインズはそんな感想を漏らしてしまった。そして言葉に出さなかった自分ナイス!と小さくガッツポーズをとる。

 

 古来より女性のうなじには男を惑わす魔性の魅力があると言われている。

髪の長い女性であれば滅多に見せない領域を無意識に、あるいは狙って見せることによって生まれるその煽情的な光景は、男の心に潜む眠れる獅子を呼び覚ます。

 

 パンドラズアクターは悩んでいた。自分には余りにも不釣り合いなほど栄えある申し出を甘んじて享受するのか、それとも厳然たる態度で主従関係を明確にするために拒絶するのか。しかしナザリックに住まう者達の思考には、誰かが仕組んだわけでもないのに大前提として、至高の御方を失望させることなど決してあってはならない、という回路がある。従者ならば当然の志ではあるが、これは“失望させて見放されたくない”という気持ちの裏返しでもあるのだ。だからパンドラズアクターはこの大前提に戻って考え直した、もしここで拒絶したならば目の前の女性はどんな表情をするのだろう、と。

 

 そこからはパンドラズアクターの決断は早かった。

 

狼狽えて縮こまった体をシャキッと正し、踵を奇麗にそろえ、左手は腰の位置に真っすぐ伸び、右手は今日一番の鋭さを持った敬礼をとる。

 

「パンドラズアクター、誠心誠意心を込めてローザリア様の御申し出を遂行させていただきます!!!」

 

「はい、お願いしますね♪」

 

 パンドラズアクターはローザリアのアヴァターラへと近づき、『慈悲の十字架(ザ・クロス・オブ・マーシー)』へと手を伸ばす。

ネックレス状の数珠を繋ぐホックを外し『慈悲の十字架(ザ・クロス・オブ・マーシー)』をアヴァターラから取り外すこの一連の動作は何十回何百回と整備のために行ってきた慣れ親しんだ動作である筈なのだが、緊張のあまり手の震えが止まらない。

 

 額に汗がにじむ。ここからが本番だ。

 

「ではローザリア様、失礼いたします。」

 

 覚悟を決めたパンドラズアクターは深呼吸をして呼吸のリズムを整える。

 慎重に且つ素早く無駄のない動きでローザリアの胸元の丁度良い位置に『慈悲の十字架(ザ・クロス・オブ・マーシー)』が収まるよう調整し、最後にチェーンのホックを止める。

 

「…装着、無事完了いたしました。」

 

 全てをやり遂げたパンドラズアクターは久しぶりに呼吸をしたような思いがした。

 

 ローザリアは片側に寄せていたヴェールを元に戻すとパンドラズアクターの方へと向き直り礼を述べる。

 

「とても丁寧に着けてくださってありがとうございます。なんだか私まで大事にしていただいているみたいで嬉しかったです。」

 

「はうわっ!!」

 

眼前に今まで見たことが無い美しい満開の花が咲いていた。その眩しい輝きにパンドラズアクターの心はいとも容易く撃ち抜かれてしまった。

 

 純粋無垢な淑女の笑みほど尊いものは無い。ああ、やってよかった、喜んでもらえてよかったと、心から思わせてくれるそんな笑顔だ。

 

「こ、こちらこそローザリア様の御首元に『慈悲の十字架(ザ・クロス・オブ・マーシー)』を御納めする大役を任されまして、大変幸福でありました!」

 

 分度器で計ったら90°くらいまで曲がっていそうな礼は、赤面した顔を隠すには丁度良いのだろう。

 

 

 

「ん~もぉうるっさいな~」

 

 

 

 間延びした、いかにも寝起きで機嫌が悪い様子がうかがえる声音からしてどうやら女の子の声が聞こえて来た。それも比較的近くから。

 

(なんだ?最近は挨拶も無しに喋りかけてくるのが流行りなのか…?)

 

 怪訝な表情でアインズはあたりを見回すが、何処を見ても女の子の姿は見つからない。

 

「お~パンドラちゃんじゃん、おっはー。あれ?でも私の整備って今日だったっけ?」

 

「お、おはようございます、マーシー様。」

 

 顔の見えぬ存在から朝の挨拶を交わされ、律儀に挨拶を返す。ん?今マーシー様とか言わなかったか?パンドラズアクターの奴。

 

「まぁいっかー。それにしても今日はなんだか随分と上質な枕を使ってるじゃない。こう両脇から柔らかいもので支えられてるフィット感が堪んないっつーか何つーか…イイネッ!!」

 

 アインズは思考する。この場でパンドラズアクターが発した「マーシー」という単語に該当する者は一つしか存在しない。

 うん、と考るまでも無く結論に行き着いたアインズは、恐る恐るローザリアの胸元に目をやる。

 

―――『慈悲の十字架(ザ・クロス・オブ・マーシー)』がローザリアさんの胸の上で跳ねてる!?

 

 開いた口がふさがらない、とは今みたいな状況を指すのだろう。もしかしたら顎が外れてしまっているかもしれないが、もしそうなっていたとしても骸骨だから直接治せて楽でいいよね。あはは

 

(違うっ!そんなことを考えている場合じゃない!一体何が起きているんだ?!)

 

 現実から目を背けかけていた自分にキレの入ったツッコミを入れ意識を取り戻し、改めて観察する。

 

 うん、どう見たってあれ(・・)が喋ってるよね。パンドラズアクターは本当のことを言っていたのか…

 

 そして胸の上で十字架が喋っている様子を間近で見ることになった当の本人はと言うと、目が点になったままフリーズしてしまったかのようにピクリとも動かない。

 

「あの、その、マーシー様?えぇっとですね…」

 

「おぉっ!?よく見なくてもこの形はおっぱいじゃん!!しかも超おっきい!!なーになーにぃ??遂に私の願いごと叶えてくれたのパンドラちゃん!!」

 

「いや、えっと、ですから…」

 

 本気と書いてマジに狼狽えるパンドラズアクター。それも先程の様な主従関係がもたらす狼狽え方とは違う、素でヤバイ時に出る方だ。

 

「うぇへへへへへへ、こんな素晴らしいおっぱいに巡り合えるなんて、マーシー感激っ!んでんでんで、こんな素晴らしいおっぱいの持ち主は一体誰なのカナー?」

 

 落ちたとしても決して怪我をしない柔らかい双丘の深い谷間に、己の身をぐいぐいと潜らせながら今までパンドラズアクターに固定していた視線を外し、このお山の持ち主であろう人物の顔を見上げる。

 

「うわーお、これまた超美人さんじゃないですか奥さん。いや~幸せだなぁ僕ぁ…ん?でもどっかで会った事あるよーな?んーー??」

 

 器用に十字架の短い方で腕を組み、小首をかしげるかのように全身を傾け、さも考え事をしている人のような仕草をとるこの十字架(?)はムムム、と己の記憶をたどって今目の前にしている人物がいったい誰なのか思い出そうとしているようだ。

 

 不意に大きな影が十字架を覆う。

 

「んぉ?」

 

 そして次の瞬間

 

―――ぎゅううううううううううううううう!!!

 

「いだだだだだだだだだだギモヂイだだだだだだだだだだだだ!!!!!!!!」

 

 大きな影はローザアリアの手だった。

 バシバシと掌から免れた部分で懸命にギブアップサインを送っている。

 

「貴女は!いったい!どこで!そんな!お下品に!なったのですかっ!!!」

 

「そ、そのイダッ声はイダダッまさかイダダダッ御主人さmイダイッ!ギブギブギブギブ!!!!!」

 

 『』のギブアップコールを聞いても暫く握るのを止めなかった。

 

 少しして、ローザリアも流石にかわいそうに思ったのか握る手を緩めてやると、『慈悲の十字架(ザ・クロス・オブ・マーシー)』はすかさず隙間から這い出て来て肩で息をする。ピクピクと痙攣し、なんだかボロッという効果音が似合いそうなやつれ方をしていた。

 

「はぁーっはぁーっ…死ぬかと思った…。あーそれにしても、お久しぶりですご主人様。」

 

「まったく、一目見て自分の主だと気付けないのはどうかと思いますよ、『慈悲の十字架(ザ・クロス・オブ・マーシー)』?」

 

「長いのでマーシーちゃんで。」

 

「…ゴホンッ。マーシー?」

 

「あはは…でもでも、ぶっちゃけ私って眼はそんなに良くなくって、それこそ輪郭を把握するぐらいしが限界なのですぅ…あ、でもその代わり音声認証は感度抜群のビンビンですよ!だってさっきの一声ですーぐにご主人様だと分かりましたから!」

 

 えっへんと、十字架が人の胸の上で胸を張ると言う何とも奇妙な光景だ。

 

 いい加減『慈悲の十字架(ザ・クロス・オブ・マーシー)』について少し説明しようと思う。

 『慈悲の十字架(ザ・クロス・オブ・マーシー)』はローザリアが唯一所持する明確に武器とよべる神器級(ゴッズ)アイテムだ。普段は今の様に十字架の形をして彼女の胸元にぶら下がっているのだが、ひとたび戦闘になれば武器として展開、運用が可能となる。

武器の種類は無機物生物種のみが使用できる銃だ。それもかなり高性能で、弾丸は実弾ではなく、ローザリアから直接供給される魔力を銃弾にして撃ち出すため、彼女の魔力が尽きるまで撃ち続けることが可能だ。そして何より、この武器は“変形”するのだ。武器展開時はデフォルト設定として初期形態は大口径ハンドガンの形をとるが、それ以降は彼女の任意のタイミングで決められた数種の銃に変形できるのである。つまりこの銃一つさえあれば電撃戦も遠距離戦もこなせる優れモノなのだ。

 さて、では何故武器が喋る奇天烈な事態になっているのかも説明しよう。

 簡単に言うと、この武器開発に携わったメンバーの一人がいたずらで簡易的なAIを取り込んだからである。このAIは至極単純なもので、周りで発せられた言葉を記憶し無作為に喋る、例えるならインコの様なものであった筈だった。それがなぜあのような変態に育ってしまったのか…恐らくだが、ゲームとは得てして男女の割合では男性プレイヤーが多いのが世の常だ。例外的に女性だけで結成されたギルドなんていうものも存在していたが、ギルド:アインズ・ウール・ゴウンは漏れなく、男のほうが多かった。そして男が複数人集まると自然発生的に起こる話題がある。さて、ここまで言えば後はまぁ…つまりそう言う事だ。

 

 女性からしてみれば非常に嘆かわしいこの事態であるが、相手は唯一自分だけが所持するアイテム。ここは不出来な娘を持った親の気持ちで割り切るしかないだろう。

 

「はぁ、なんだか先が思いやられます…」

 

「はっ!ご主人様お疲れですか!?そー言う時はですね、おっぱいを良く揉むと…」

 

 減らず口のバカ娘にスッと右手を差し向ける。

 

「ヒィッ!!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

 

「はぁ…」

 

 これから先、溜息をつかなくて良い日が来るのか不安になるローザリアだった。

 

「あの、終わりましたか?」

 

 ずっと傍観を続けることしかできなかったアインズがやっと口を挟めるタイミングを見出して、おずおずと声を掛けて来た。

 

「あぁっすみません!すっかり無駄な時間を取らせてしまって…」

 

「い、いえいえ話が収束したのならそれは結構なことです。しかしびっくりしました、まさか装備品まで喋り出すとは、まだまだこの世界は油断大敵ですね。」

 

「あ、骨のにーちゃんも居たんだ。やっほー久しぶりー」

 

 ふりふりと手を振り今更な挨拶をアインズに送るマーシーはいつの間にか、また半身をローザリアの胸の間に挟み込んでいた。

 

「またそんなところに!…もうっそれより貴女はもっと敬意と言葉遣いと言うものをですね…」

 

 やばい、またローザリアさんがお説教モードに入ってしまう!こうなったらええい!ままよっ!!

 

「あーいや!大丈夫です!どっちかっていうとそのぐらいフランクなほうがやりやすいと言うか、硬い人たちが多い中でマーシーさんみたいな存在は新鮮と言うか、とにかくそのままで大丈夫です!」

 

「そ、そうですか?アインズさんがそうおっしゃるなら…」

 

 よし、何とか回避できたようだ。…意外と本心だったりするのは内緒にしておこう。

 

「さて、ローザリアさんの装備品も無事渡し終えましたし、祝賀会の会場へと向かう事にしましょう。さっきお二人が話してる間にアルベドに進捗状況を聞いておいたんですが、もう既に準備は整っているそうなのであとは僕たちの到着を待つだけだそうです。」

 

「それは大変!早く向かわないと、あの子達とっても律儀だから私たちが来るまでいつまでも待ってしまうわ。」

 

「まったくです。とりあえずこの部屋を出て、指輪で飛びましょう。」

 

「わかりました。」

 

「よし、パンドラズアクターも行くぞ。」

 

「Einverstanden!(了解しました!)」

 

「だからそれを止めろと言っている!!」




ここまで読んで下さりありがとうございます。

こういったSS何かもそうですが、アニメ化されていないラノベなんか読みますと勝手に脳内の声優さんがセリフに声を当ててくれることってないですか?…ないですよね。

なんでこんな話をしたかっていうと、書きながらマーシーちゃんのセリフがくぎゅう声で再生されたからです。(ちなみにキャラクター性は『プリズマ☆イリヤ』に登場するルビーちゃんを参考にしました。似ても似つかないですが)

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