“三瀬”の艦橋から、燃え盛る“栗駒”が見える。その合間から上がる砲炎も。
今、“三瀬”は“栗駒”と敵艦の間に割り込むため、主機を一杯にして突き進んでいる。彼我の距離は二万を切った。反航戦のため、お互いの距離が見る見るうちに縮まっていった。
千尋は両手を胸の前で合わせ、感覚を研ぎ澄ます。“三瀬”と一体となった五感、そして彼女の第六感が“栗駒”と敵艦の姿を捉えた。
暗闇では、よく見えない。視覚が当てにならない以上、『霊感』だけが頼りだ。
―――こっちに注意を向けさせることができれば・・・!
測距儀が旋回し、敵艦へと正面を向ける。同じように、前甲板二基、後甲板三基の一五・五サンチ三連装砲塔がその砲口を右斜め前方へ向けた。
―――落ち着いて。やれば、できる。
自分に言い聞かせ、諸元を算出し始める。測距儀を通して『霊感』が捉えた敵艦までの距離、方位、敵速を弾き出し、そこから方位角と俯仰角を導く。それが諸元となって、各砲塔へ伝えられる。
と、その時。それまで夜空を覆っていた雲が、ゆっくりと風に流され、薄くなっていく。南洋の星が、その瞬きを表し、静かに海面に反射した。やがて、太陽から役目を引き継いだ、闇に燦然と輝く地球の衛星が、ベールをほどく。
今宵は満月。一片たりとも欠けぬ月光は状況に似合わない優しさを振り撒き、三隻の巡洋艦を等しく照らす。眩しさに目を細め、艦体一杯で光線を浴びる。
変わったのは、景色だけではなかった。
艦橋が光に包まれる。千尋は咄嗟に、自分の肩を―――さっきまで妖精のいた辺りを見る。第二種軍装の妖精は淡い光に包まれ、その形を失おうとしていた。光の塊となった彼が、千尋の肩から飛び降りる。
妖精を包んだ光は、やがて粒状になり、その数を増やしていく。大きくなった光のモニュメントは密度を急激に増していき、再び形をとっていく。
千尋よりも頭ひとつほど大きな背丈。服装は変わらず、白の第二種軍装のままだ。広い肩に、少佐を示す徽章が煌めく。
光が引いていく。相変わらず艦橋を照らし続ける月光に、彼の姿が浮かび上がった。
「艦長・・・!」
彫りが深く、日本人と言うより欧米人を思わせる顔立ちの彼―――軽巡洋艦“三瀬”艦長の浅羽少佐は、千尋の呼びかけに柔らかく微笑んだ。
「ひと月ぶりだ、三瀬」
千尋はこくりと、嬉しそうに頷く。浅羽もまた、にやりと不敵に、口角を釣り上げた。
「俺たちのことも忘れちゃ困るぜ、三瀬ちゃん!」
さらに、艦橋に声が響く。野太く、やる気に満ちた声に振り返ると、
「みなさん・・・!」
作業服に身を包んだ水兵たちが、無精ひげに笑顔を浮かべていた。
「詳しいことは後にしよう。三瀬?」
「はい。操艦、お渡しします」
「よっしゃ来た!任しとけってんだい!」
艦内は、にわかに騒がしくなった。主砲塔で、機関室で、魚雷発射管で、いくつもの声が上がり、気合いと共に千尋から操作を引き継ぐ。これが、本来“三瀬”のあるべき姿だった。
「三瀬、君はいつも通り、『霊感』にだけ集中していてくれ」
「はい!」
百人力とは、まさにこのことだ。三瀬はこれ以上ない頼もしさをひしひしと感じ、自らの務めを果たそうと、精神を研ぎ澄ます。巫女服の浮かび上がるような感覚。そして頭の中には、周囲の空間を三次元的に再現したイメージが映る。
「合戦用意!」
浅羽の号令が響く。
「・・・敵艦位置、速度出ました。諸元、送ります」
千尋の『霊感』が、敵重巡の姿をくっきりと示す。各砲塔に送られた諸元に基づいて、旋回角と仰角がかけられた。
「“栗駒”と敵艦の間に割り込め!」
「よーそろー!」
荒々しい受け答えも、千尋には気にならない。むしろ心地よくさえあった。彼らは、タウイタウイに来た時からの戦友だから。
「!敵艦、目標を本艦に変更しました!」
「想定通りだ。砲術!」
浅羽は艦橋トップの射撃指揮所に陣取る砲術長以下、砲術科員を呼び出した。伝声管から、快活な答えが返ってくる。
「いつでもどうぞ!」
「よし!やるぞ!交互撃ち方、はじめっ!!」
次の瞬間、各砲塔の一番砲が咆哮し、五発の一五・五サンチ砲弾が闇夜へと躍り出た。六○口径という長砲身砲から放たれた砲弾は一万五千を切った距離を超音速で飛翔し、その水柱を、敵重巡洋艦の周囲へ生じさせた。
「初弾夾叉です!」
「流石だ砲術長!次より斉射!」
およそ十秒。再装填が終わった主砲が、一斉に炎を吐き出した。計十五門の砲口から大太鼓を思わせる音が響き、びりびりと艦橋の窓を震わせる。千尋は全身で、“三瀬”の咆哮を聞いていた。
敵重巡もまた、発砲する。こちらは目標を変更したばかりで、各砲塔一門ずつの交互撃ち方だ。八インチと、“三瀬”よりも一回り大きな砲弾が、放物線を描いて落下してくる。
弾着は“三瀬”の方が早かった。十五発の一五・五サンチ砲弾が流星のように降り注ぎ、数多の水柱を噴き上げる。その間に、命中弾の光がきらめいた。
『命中、二!』
見張りから、伝声管を通して報告が上がる。
一拍遅れて届いた敵弾も、同じように水柱を上げた。初弾夾叉という恐るべき精度を持った敵のレーダーに、身震いする。これで、条件は五分だ。
「怯むな!斉射間隔はこちらの方が短い、手数で押してけ!」
すぐさま、第二斉射が咆哮を上げた。先の第一斉射と同じように十五門の主砲から褐色の炎が沸き起こり、腹の奥底に響く大音声を轟かせる。
弾着を見届けると、ほぼ同時に第三斉射が放たれた。
『敵艦斉射!』
敵重巡も斉射に移行する。“三瀬”のものよりも一回り大きな砲弾が、放物線を描いて頭上に迫った。甲高い風切り音が聞こえる。
弾着の瞬間、艦体を揺さぶる衝撃と打撃音が、艦橋よりも後ろから届いた。辛うじて踏ん張り、三瀬は被害を確認する。
「煙突基部に被弾。一番高角砲大破!」
メインマストのすぐ後ろにある長一○サンチ高角砲は、すでにその原型を留めていなかった。被弾箇所から黒煙が立ち上っている。
「艦体に被害は?」
「特に認められません」
「了解!」
“三瀬”の砲撃は続く。一度に十五発の砲弾がスコールのごとく敵艦を包み、確実に被害を与える。が、“栗駒”の砲撃にもびくともしなかった敵艦は、多数の命中弾を受けているにも関わらず、何事もなかったように再び斉射を放った。
―――まずいかも。
千尋の額を汗が伝う。
“三瀬”は、軽巡としては破格の大きさと、それに見合う防御能力を備えている。排水量で言えば、重巡とさして変わらない。とはいえ、軽巡の装甲などたかが知れており、連続した八インチ砲弾の直撃に耐えられる道理はなかった。長期戦になれば、不利なのは“三瀬”の方だ。
だからこそ、手数の多さを生かして短時間の間に多数の命中弾を与え、敵重巡から戦闘能力を奪うつもりだった。
五度目の斉射。それからすぐに、敵艦の艦上にも砲撃の火焔が踊る。発砲炎の中にがっしりとした箱形の艦橋がそびえ、こちらを威圧していた。肉眼でも確認できるほどに、彼我の距離は近づいていた。
二度の破壊音が、連続して響き、艦を震わせる。それに負けじと、一五・五サンチ砲が轟く。
『“栗駒”退避始めました!』
見張り員が、傷付いた重巡洋艦の転針を知らせた。横目で確認した艦影は、原型がわからないほどに燃え盛り、赤々と艦橋の窓を染めた。速力も低く、一二ノット程度しか出ていない。
幸い、魚雷の誘爆を心配する必要はない。砲雷分離思想によって魚雷発射管を全廃している“栗駒”には、そもそも魚雷が存在しないからだ。
『こち・・・“栗駒”。支援・・・しゃす・・・無事を祈・・・』
雑音の激しい通信は、“栗駒”から“三瀬”宛に届いたものだった。砲戦の狂騒の中、艦橋に満ちた気丈な声に、誰もが息を呑む。拳をきつく握り締め、決意を新たにする。
「“三瀬”より、“雲仙”。“栗駒”の退避を確認しました」
すかさず、千尋は“雲仙”で指揮を執る舞に通信を入れる。返事はすぐに来た。
『了解。こっちも出たから、後は任せて』
支援艦隊が出たことに、艦橋が安堵の空気に包まれた。これで後は、“栗駒”が十分な距離を稼ぐまで、ここを持ち堪えればいい。
と、浅羽がおもむろにマイクを取った。
「わかった。本艦は“栗駒”の撤退を支援するため、敵重巡を撃破する」
『おおー、師匠!!』
スピーカーから、舞の興奮した声が聞こえた。
『起きてたんですね!』
「うむ。月が陰ってた時はどうしようかと思ったがな」
『そういうことなら、そちらはお任せします。後、十分ぐらいで着きますから』
「了解」
通信の終了と同時に、七度目の斉射が放たれる。
彼我の距離はすでに八千まで接近し、反航戦となっている敵艦が今まさに横を突っ切ろうとしていた。
『敵艦、本艦右舷を通過します!』
「今だ!面舵一杯、同航戦に移行!」
「よーそろー!」
浅羽の号令一下、それまで艦の前方を見つめるだけだった操舵手が、舵輪を大きく右に回した。
一万トン弱の艦体は、すぐには舵が効かない。惰性で前進を続ける間に、もう一度斉射を放つ。その直後に、“三瀬”が艦首を右に振り始めた。
相対位置の変化に戸惑っているのか、しばらく敵艦の砲撃が止んだ。先程までの狂騒が嘘のように、両者の間には奇妙な沈黙が流れる。
「主砲を左舷九○度へ!!」
とはいえ、それは一時のこと。“三瀬”が回頭を終え、同航戦になれば、再び中口径砲弾の応酬が始まる。しかも、面舵を切ったことで彼我の距離は六千近くになるはずだ。超近距離でのジョブの打ち合いという、お互いに精度の高い観測機器を搭載した状態では考えられないような戦い方だ。
『回頭完了!』
「砲撃を再開!」
『敵艦再び発砲!』
三つの報告と命令はほぼ同時だった。ほとんど水平になった主砲には、すでに照準の必要などない。最初からの全力斉射。弾着などお構いなしに、装填機構の性能が許す限りに、連続斉射を放つ。鋼鉄の暴風雨となった一五・五サンチと八インチ砲弾が入り乱れ、被害が連続する。
「高角砲も射撃を始めろ!ばら撒けるだけばら撒け!!」
ついには、対空射撃用の高角砲までもが、敵艦へ向けて射弾を放った。
四度の斉射をした辺りから、敵重巡の艦上に被弾による火災炎と、どす黒い煙が立ち上ぼり始めた。超至近距離から撃ち出された“三瀬”の砲弾が、多数の命中弾によって確実な被害を与え始めたのだ。
ただ、“三瀬”も無傷で済むはずがなかった。命中した八インチ砲弾が艦上構造物を焼き、三番砲塔を爆砕する。旋回盤がねじ曲がったのか、一番発射管が動作不能に陥っていた。
「っ・・・!!」
被弾の度、千尋の体に刺すような痛みが走る。焼けるような感覚は、船魂となった彼女が“三瀬”の被害を直に感じているからだ。巫女服は裂け、ところどころ白い肌が見えている。
―――後、少し・・・!!
千尋は目一杯歯を食い縛った。ここを踏ん張らなければ、栗駒は救えない。“三瀬”の役目は、彼女を無事に仲間へ引き渡すことだ。
「総員踏ん張れ!ここが正念場だぞ!」
浅羽もまた、乗組員たちを鼓舞する。応、という返事があちこちで上がった。大丈夫だ、この艦はまだ戦える。
六度目の斉射弾が命中した後、ついに敵重巡の砲火が沈黙した。それまで活火山のように砲弾を吐き出していた主砲に、再び火焔が踊ることはない。あちらこちらから上がる黒煙が、艦の姿を覆い尽くしていた。
『敵重巡沈黙!大火災!』
「撃ち方やめ。各部被害報告と応急修理急げ」
あちこちから被害報告が上がってきた。何とか敵重巡に競り勝った“三瀬”だったが、自身の被害もばかにならない。三、四番砲塔が爆砕され、一番砲塔は左舷を向いたまま旋回不能になった。カタパルトを含めた航空艤装はきれいさっぱり吹き飛び、崩れた航空作業甲板が魚雷発射管にのしかかって使用不能にしている。左舷側の高角砲が全て破壊され、黒煙を噴き上げる鉄屑となり果てた。
幸いにして、浸水は軽微だったため、隔壁の補強作業は最低限で済んでいる。
「・・・三瀬、敵戦艦の動向はわかるか?」
一難去ってまた一難とはこのことだ。応急作業の続く艦内の狂騒をよそに、浅羽は千尋に問いかけた。
「・・・距離三万。左舷方向です。こちらへ向かってきます」
千尋の『霊感』はそう告げていた。
「数は?」
「戦艦一、巡洋艦一、駆逐艦三です」
「・・・こちらに引き付けるしかない、か」
ちらと、浅羽は右舷側の窓を見やった。闇夜に松明のように見えているのは、燃え盛る“栗駒”だ。このままでは、敵艦のいい的になってしまう。
それだけは、何としても避けなければならない。
「敵艦隊の前に展開してひたすら回避、っていうのが一番確実だが・・・」
浅羽は考え込むようにあごに手を当てた。
「・・・三瀬、また君の力を借りることになりそうだ」
やがて顔を上げた浅羽が、険しい顔で千尋を見つめた。
「・・・はい」
千尋は力強く頷く。
「任せてください。必ず、皆さんで一緒に帰りましょう」
「・・・ありがとう」
浅羽は黙礼すると、艦内放送のマイクを取った。
「艦長の浅羽だ。総員その場で聞いてくれ。“栗駒”は現在まだ退避中だ。これを狙って、敵戦艦部隊が接近している。本艦は増援部隊が到着するまでこれを引き付け、可能な限り回避し続ける。いいか、この作戦はタイミングが命だ。総員が“三瀬”と息を合わせて、自らの仕事を全うしてくれ。以上」
マイクを置き、操舵手と、それから千尋に目配せをした。二人は顔を見合わせ、了承の首肯をする。
千尋は両手を合わせると、自らの『霊感』を最大限まで高める。巫女服が浮き上がるような感覚だけではない、まるで風が流れているように髪がなびき、体そのものが宙に浮くようだ。
高められた『霊感』が、それまでの全方位索敵から特定範囲への高密度高感度なものに切り替えられる。敵艦の距離だけではない、各部の細かいディティールからレーダーの方向、砲塔の旋回や俯仰までわかる。
「・・・距離二三○(二万三千メートル)。敵戦艦、本艦を捕捉しました」
「来るぞ!総員衝撃防御!」
次の瞬間、
『水平線に砲炎!敵戦艦です!』
「敵弾捕捉しました!ちょい右、お願いします」
「ちょい右、ヨーソロー」
敵弾が飛翔する。主砲口径は一四インチ級。それが四発飛んでくるのを、千尋はしっかりと捉えた。
二十数秒後、敵弾が落下して、盛大に水柱を噴き上げた。ぎりぎりで効いた舵が、これを回避する。夾叉も命中もない。
『左舷に弾着、近い!』
「・・・やはり、恐ろしい精度のレーダーだな」
浅羽が唸る。千尋の『霊感』があるとはいえ、これは厄介だ。どこまで持つか、まったくわからない。
「っ!次弾来ます、針路そのまま!」
「針路そのまま、ヨーソロー」
先の射撃から約三十秒、第二射が飛来する。今度も四発。砲撃戦のセオリー通り、交互射撃による弾着修正を行っているようだ。
再び水柱が上がる。今度も左舷にまとまって落下し、“三瀬”に衝撃と水の飛沫を浴びせた。
―――ちょっと厳しいかも。
背中を冷たい汗が伝った。一瞬でも気を抜けば、“三瀬”など一撃で海の藻屑に変えてしまう砲撃が命中することになる。今、この艦の運命は千尋に委ねられているのだ。
「第三射来ます!面舵一杯、反転してください!」
「面舵一杯、ヨーソロー」
“三瀬”が再び急回頭をする。弾着ギリギリで艦首を右に振った“三瀬”は、そのまま大きな弧を描いていく。彼我の相対位置を変更することで、回避を試みたのだ。
こちらが大きく位置を変えたことで、敵戦艦の射撃も一旦止む。諸元計算をやり直しているのだろう、不気味な沈黙が流れている。
「敵艦右舷、距離二○○!」
“三瀬”の回頭が終わると、待ち受けていたように敵戦艦が発砲した。精神のすり減るような心地をしながら、千尋はその弾丸をとらえる。数は四つだ。
「舵そのまま!」
「舵そのまま、ヨーソロー」
再び、艦の左側にまとまって弾着する。相変わらず近い。射撃精度は確実に上がっていた。
間髪を入れず、五度目の砲撃が放たれた。再び四発の砲弾を捉えた千尋は、息を呑む。
―――お願い、間に合って!
「面舵!」
その願いを込めて、操舵長に指示を出す。敵弾の飛翔音が近づく中、“三瀬”がゆっくりと艦首を右に振り出す。
「近いぞ、総員衝撃に備えろ!」
浅羽の指示から数秒、敵弾の水柱が左右両舷に立ち上った。ここへきて、ついに“三瀬”は、敵艦の夾叉を受けたのだ。
「敵艦、斉射に移行します!」
焦りをにじませて、千尋が叫ぶ。万事休すかに思われた。
次の瞬間、敵戦艦を巨大な水柱が包み込んだ。それだけでなく、艦上で炸裂する命中弾の火柱まで見えた。メインマストほどもある丈高い水柱が崩れたとき、敵艦の艦首と艦尾から、二本の煙が立ち上っていた。その根本に、赤々とした炎も見える。
千尋は、瞬時に状況を理解して、『霊感』の効果範囲を全周囲に切り替えた。“三瀬”の後方から高速で接近する、四つの艦影をはっきりと捉えた。
「味方艦隊です!」
「離脱する、取舵!」
浅羽の判断は早かった。直後、第二射が飛来して、敵艦を水柱が包み込む。先の弾着から十秒ほどしか経っていない。異様な早さだ。
『お待たせ!』
スピーカーから聞こえたのは、増援部隊を指揮する舞の声だ。マイクの向こうで、艦娘の雲仙が戦闘指揮を執っているのもわかる。
『千尋は奥入瀬と一緒に栗駒先輩をお願い。敵艦はこっちで引き受ける』
「了解しました」
転針した“三瀬”は、増援部隊とすれ違い、同じように隊列を離れた軽巡洋艦“奥入瀬”に続く。這う這うの体で待避する“栗駒”を護衛するためだ。
『ドック空いてるから、帰ったらすぐにぶちこんで。千尋も入っちゃっていいから』
「わかりました」
『了解です』
千尋と奥入瀬の返事が重なる。それに満足したのか、舞はそれ以上何も言わず、増援部隊を指揮し始めた。いくつもの指示と返事が届く。
「・・・また、通信回線を切り忘れてるよ」
脱力したように帽子を取った浅羽が、仕方のないやつと呟いて苦笑した。
『龍風、綾風、突撃!雲仙はそのまま撃ち続けて!!』
急速に戦場から遠ざかりつつある“三瀬”の後方で、連続した砲声が響く。“雲仙”に装備された長三六サンチ砲がその圧倒的な速射性能を遺憾なく発揮し、敵艦隊に雨霰と砲弾を浴びせかける。十秒ごとの斉射が大気を震わせた。
突撃した二隻の島風型駆逐艦は、D型砲塔の射撃で敵駆逐艦を蹴散らし、肉薄雷撃を慣行しようとしている。
―――大丈夫。提督が、みんなが護ってくれる。
味方の奮戦を見届け、千尋は前を睨んだ。今、彼女が為すべきは、傷付いた仲間を護ることだ。
「大丈夫、護れるさ。俺たちならな」
千尋の肩に手を置き、浅羽が優しく微笑んだ。千尋は大袈裟に頷くと、
「私が、護ります」
力強く宣言した。
二隻の軽巡が“栗駒”と合流した頃、真昼のような光が辺りを包み、千尋は目を細めた。かなり遅れて、おどろおどろしい轟音も届く。
敵戦艦が轟沈した瞬間だった。
◇
「栗駒さん!!」
奥入瀬に支えられてドックから出てきた栗駒を見つけ、千尋は駆け寄った。紺の詰襟を緩め、ボロボロになった制服を羽織った栗駒は、煤っぽい端正な顔でこちらを振り向いた。
「千尋か。助かった。貴様の助けがなければ、沈んでいるところだった」
疲労の濃い表情に、笑みを浮かべる。胸が締め付けられるようだった。
“栗駒”の損傷は、ひどいを通り越して、港湾部員が絶句するほどだった。四基の二○・三サンチ連装砲はすべてが爆砕され、後部の艦上構造物はもはや原型をとどめていない。煙突が半分にちぎれ、マストがねじれて倒れかかっていた。
それだけではない。栗駒はあの場に留まるために、艦体を構成するブルーアイアンを強制的に活性化させ、大破した箇所を無理矢理修復するという荒業をやっていた。
それだけの無茶をやっているのだ。完全復旧には一週間がかかると見積もられていた。
「・・・無事で、よかった・・・」
言葉が続かない。千尋は息を吸い込み、覚悟を決めて話した。
「すみません・・・私の不注意で・・・。私がしっかり見張っていれば、敵艦隊の接近を未然に防げたはずです・・・」
泊地に停泊中だったとはいえ、近海に接近した敵艦隊を捕捉できなかったのは、千尋のミスだ。そのせいで、“栗駒”と“霜風”が大破、“三瀬”も中破の損害を受けたのだ。輸送船団が無事だったのも、結果論に過ぎない。
うつむいた千尋は、そのまま頭を下げようとした。
「千尋」
その時、力強い声に呼ばれた。うつむいた顔を、ゆっくりと上げる。
額に衝撃が走った。思わず、手のひらで抑える。栗駒がデコピンを見舞ったのだ。
「・・・痛いです」
「いい感触だった」
栗駒は不敵に笑うと、奥入瀬に頷いて、医務室へと歩いて行った。千尋はその後姿を、静かに見つめていた。
と、髪の毛が無造作に掻き撫でられた。見れば、いつのまにか浅羽が横に立っていた。一部始終を見ていたのだろうか。
「無事で何よりだ」
「・・・はい」
しばらく、二人ならんで風に当たっていた。ドック脇を吹き抜ける風は、赤道近くとはいえ肌寒く感じられた。
「さて、そろそろ戻らなくては。時間切れだ」
おもむろに口を開いた浅羽は、東の空を指差した。そこには、今まさに昇ろうとする太陽があり、空を白く変え始めていた。眩しい朝が、今日もやってこようとしている。
「またひと月後に、今度はゆっくり会おう」
「・・・はい。楽しみにしています」
その言葉を聞き届けるのを待っていたように、浅羽の体が小さな光の粒に覆われ、やがて薄くなっていく。ある瞬間から一気に縮小した光は、そのまま一点にまとまっていった。後には、第二種軍装の妖精だけが残っていた。妖精はてくてく歩いてくると、思いっきりジャンプして千尋の肩に乗った。
『千尋さん』
海の方から、スピーカー越しに千尋を呼ぶ声がした。振り向けば、泊地最大の巨躯を誇る超弩級戦艦の艦橋トップから、紀伊がこちらへ何事かを叫んでいる。
『敵艦隊の追撃に向かいます。泊地の方、よろしくお願いします』
そう言って、紀伊以下五隻の機動部隊が出撃していく。
「了解です」
彼女からも見えるように大げさに頷いて、五隻の艦艇を見送った。“紀伊”を先頭に、空母“紅鶴”、直衛防空艦“九頭龍”、駆逐艦“荒風”、“早風”が続いている。泊地を出たところで、輪形陣を形成するようだ。
―――今はやれることをしよう。
千尋は両の手を握りしめ、泊地の庁舎へと足を向けた。作戦室からなら、艦隊に必要な情報を届けられるはずだ。
泊地に接近していた敵艦隊を撃滅するのに、それほど時間はかからなかった。
新作が投稿できるのはいつになるか未定ですが、一月辺りにはある程度形になっているかと・・・
なにとぞ、よろしくお願いいたします