ルイズとムーミンは部屋に缶詰め状態です。外には危害を加えようと言う襲撃者がいたのですから仕方ありません。
ルイズは姉の事が心配でたまりません。自分を守って倒れた護衛の事を考えると、世の中に絶対安全等と言う物は無いと思います。
「大丈夫だよ。何とかなるさ」
小さな体を震わせるルイズ。ムーミンの言葉はルイズの耳を素通りしていました。
ピンと耳を立てたムーミン。最後の護り手、ルイズの騎士として扉の前に鎮座しています。
使用人達も、何事も無ければヴァリエール公爵領にルイズを戻す準備をしている所でした。
ヴァリエール公爵家息女の安全確保。護衛は職務を遂行すべく二階に阻止線を構築していました。逃げてきた使用人も加わりちょっとした戦力にはなります。エレオノールはその中心にいます。
「お嬢様、お下がりください。ここは我々が!」
「ありがとう。でも私はメイジです。賊ごときに我が家を荒らされる訳には参りません」
土メイジとして研究畑を進んで来たエレオノール。母の血筋でしょうか、初めての対人戦闘ですが自分でも驚くほど落ち着いていました。
エレオノールの造り出した壁が廊下を強固な防御拠点に変えていました。
「かったるいよな、こう言う仕事は」
傭兵は壁を崩そうとしますが、攻城戦の装備までは用意していません。
襲撃者の中にはメイジも混ざっていますが、同じ土メイジはいませんでした。確かにマチルダも土メイジですが指揮官として全般指揮に当たっております。指揮官陣頭等と言うのは知的ではありません。
風メイジが居ればエア・ハンマーで空気の塊を撃ち込むと言う方法もありますが仲間に居ません。無い物ねだりです。
外で待機しているマチルダに槌を錬金して貰いに伝令が走ります。
「あーあ、何で傭兵に何かなったんだろう」
戻って来る間、階段に座り込み軽口を叩く余裕を見せる傭兵達。
床に敷き詰められた絨毯は薄汚れています。本来なら自分達の収入を凌ぐ代物だと、座り心地から理解できます。貴族への嫉妬は生きていれば必ず通る道で今更です。
「金目の物を探す時間はあるかな?」
名門ヴァリエール公爵家。それなりの物が転がっていると想像できました。
この後の事を考えるなら逃走資金は幾らあっても困りません。
「いや、殺したら直ぐに燃やすそうだから時間はないだろうよ」
残念ですが城から応援が駆け付けて来る可能性は高いです。リッシュモンが消化活動や城の防備を手配し襲撃の対応を送らせていますが、略奪に時間を割く余裕はありません。
「――ポンピン、パンペポリンシャン、ニョロリンコ」
エレオノールの口から紡がれる詠唱の呪文。
階段を上った廊下の先には錬金されたゴーレムが並んでいました。襲撃者に向かって行きます。
「ゴーレムだと!」
慌てて立ち上がる傭兵達。本格的野戦ではなく不意急襲を前提にしていた為、軽装備しかありません。
一体程度なら攻撃力も大してありませんが数は力と言います。
数の揃ったゴーレムとの戦闘では、正面からまともにぶつかっては勝ち目がありません。疲弊した所に死角から攻撃が向かってきます。
「がっ、は……」
漂う血の臭気。頭を砕かれて倒れた仲間を見て傭兵達が騒ぎます。
湯気をあげて壁を染めるのは頭部を構成した物でした。
「曹長、ヤバイです!」
酷い死に方をした仲間に怖じ気付くのも仕方ありません。
「あのメイジを黙らせろ!」
戦い馴れていないエレオノー達が数でも勝る襲撃者を善く食い止めていました。
「魔法を集中しろ」
壁に打ち込まれる火球。叩きつけられる炎は土の表面を焦がすだけです。
持続する戦闘において、錬金を極めた土メイジの持久力は火や風、水メイジを凌ぎます。
敵が疲れを見せた所でエレオノールは声をかけました。
「そろそろ終わらせて貰うわね」
炎は王都の外延部で燃え盛り黒煙が白い街並を黒く染め上げています。
悲鳴と怒声、人が押し合い圧し合い戦時下さながらの混乱が人々を襲っていました。
恐怖がもたらす混乱。情報攪乱が拍車をかけ魔女の大釜と言った状態です。
庭師が手入れしたヴァリエール公爵家別宅の庭も襲撃者によって踏み荒らされていました。
獣皮の脂が焼ける様な臭いが、庭に立つマチルダの鼻孔をくすぐります。その正体に思い当たり僅かに表情を歪めました。
「どうかしら」
嘔吐感を隠して進捗状況を尋ねました。
「一階はほぼ制圧完了。二階階段にメイジが立ち塞がって少々手こずっています」
ここまでの手際から制圧完了も時間の問題だとマチルダは考えました。
その時でした――
轟音と共に一階の窓が吹き飛び、大量の土砂が吐き出されました。
「な、何だこりゃ……」
土砂の中から突き出た人体の一部。屋内に突入した傭兵達のなれの果てです。
「あら、もうお仕舞いかしら」
エレオノールが口元を微かに歪めてながら出てきました。
「お、お前がやったのか!」
優雅に一礼を返すエレオノール。
「糞、死ね!」
逆上して破れかぶれで斬りかかる傭兵達。周囲から向けられる凶器に臆する事なくエレオノールは呟きました。
「鬱陶しいわ」
地面から錬成された巨大な腕が傭兵を握り潰す。
虫を潰す様に呆気ない物でした。エレオノールの目に感情は浮かんでいません。
「うわああっ!」
襲撃の主戦力たるメイジ達が撃破され、エレオノール相手に魔法の使えない平民は不利です。歴戦の傭兵と言えども対魔法戦闘に特化したメイジ殺しと呼ばれる者は一部だけで、仲間には居ませんでした。
内心で舌打ちするマチルダ。部隊は潰滅、襲撃計画が破綻しています。
同じ土メイジとしてマチルダは相手の能力を見誤りませんでした。
自分もゴーレムを錬成しエレオノールに向けました。
マチルダがエレオノールを牽制してる間に残った傭兵は館に突入し様としました。
「行かせないわ」
エレオノールの杖が向けられた地面に裂け目が大きく走り、何人かが呑み込まれました。
「何だと!」
底さえ見えない深い裂け目、飛び越える事も出来ず行く手を阻みます。
「ヴァリエール公爵家に仇なした罪は死を以て償って貰います」
口上を述べていたその時、エレオノールは背後に微かな空気の乱れを感じました。
意識を背後に向けた瞬間、体を熱い物が貫きました――
エレオノールの腹部から突き出た青白く光る杖。エア・ニードルの呪文がかかっています。
「あっ、ああ……」
振り返ると仮面の男が背後に立っていました。
「うっ……くっ……」
崩れる様にうつ伏せに倒れるエレオノール。流れ出る血と共に体温が急激に失われていきます。朦朧とする意識に男の声が聴こえました。
「土くれのフーケにしては不甲斐ないな」
苦痛に身悶える中でエレオノールは、男の声にどこかで聞き覚えがあると思いました。
「あんた、何者?」
平静を装いながらもマチルダは突然現れた仮面の男に驚きを感じていました。
襲撃の一味には居なかった風のメイジ。それも腕利きだと推察できます。
庭の芝生を踏みエレオノールに近付く足音。生き残った傭兵達が集まって来ました。
倒れたエレオノールを犯すのでしょうか?
いいえ、違います。
たった一人のメイジによって壊滅寸前に追い込まれました。その脅威が地面に顔を擦り付け呻いている。彼らの意識にあるのは脅威の排除です。
「早く殺っちまえ」
恐怖を払拭しようと止めを刺そうとする傭兵。振り上げる剣。
「待て」
声をかけたのは仮面の男です。先程、エレオノールを倒した事から自分達の味方だと判断できます。
「殺るのは三女を始末してからだ。姉の命がかかっていれば出てくるだろう」
ルイズをおびき出すには姉を囮にするのが一番。そう言っているのでした。