午前中の入学式が終わり、午後は身辺整理として明日からの授業に向けての準備時間に割り当てられています。お茶に女子を誘う薔薇を持った少年、図書館で本を積み上げる小柄な少女。夕食までの時間をそれぞれ過ごしています。
「ではミス・ヴァリエール、失礼いたします」
取り巻きの女生徒達と挨拶を交わして、これからの学院生活を送る居室に入ったルイズ。
気疲れでしょうか、お疲れの様で小さく溜め息を吐きました。
室内を見渡すルイズ。
ルイズの学院生活に当たり、組分けと部屋割りだけはヴァリエール公爵にも手回しが出来ませんでしたが、天蓋付きの豪華なベットを始めとした家具が揃えられていました。
ベットに近付くと枕に顔を埋める様にぼふっと倒れ込みました。
何も動きたくはない。考えたくはない。そんな風に意識を沈め様とした時でした――
コンコン、と扉を叩く音がしました。
無視しても良いのですが、育ちの良いルイズさんはそんな不作法な真似はしません。のっそりと立ち上がると扉を開けます。
「居たのね」
戸口には健康的な褐色の肌を持つ少女が立って居ました。ルイズに対して長身な少女は見下ろす形に成りながら、胸を強調する様に反らせて名乗りを上げました。
「私は隣になったキュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ。宜しく」
フォン・ツェルプストーの家は、ヴァリエール公爵家と何度も揉めた相手で、流した血と涙は並々ならぬ物がありました。親の世代の遺恨を子供世代が引き継ぐのは、親しい友人や親族を失ったと言う事情です。
噛み付くであろうルイズを想像して、どう言い負かしてやろうかと考えていたキュルケでした。が――
「そう……私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
しかしルイズは素っ気なく、キュルケは拍子抜けしました。ツェルプストーの家名を聞けば過剰反応すると思っていました。そうすればからかう筈でした。
「そうって、貴女、ヴァリエールでしょ?」
対敵諜報活動の一環として情報収集を怠っていなかったツェルプストー家。
キュルケも父からヴァリエール家の苛烈な性格は聞いていました。戦場で中隊を壊滅させた公爵夫人の猛威、その性格を引き継いだ長女。病弱な次女は別にしても、三女のルイズも同じ物を持っていると考えられました。
「ええ」
覇気の無い陰鬱な雰囲気の少女を前にして、キュルケはまじまじと相手を観察します。
(これがヴァリエール?)
学院で自分の対抗馬となり得る存在。楽しませてくれる相手の筈でした。
ルイズの濁った瞳を見てキュルケは怖じ気付きました。深淵を見て冷たい手で心臓を掴まれた。そんな気がしました。
「用件はそれだけなら失礼させて貰って良いかしら」
「え、ええ……」
扉が閉められると重い空気が途切れ、キュルケはルイズに気圧された自分に気付いて憤慨しました。
「何、あの態度。ヴァリエールのくせに済まして!」
キュルケは、前の学院で問題をおこしトリステインに一年生として編入して来ました。
ヴァリエール公爵家の娘が入学すると知り、良いからかい相手だと楽しみにしていました。
しかしルイズの瞳を思い出すとその怒りの勢いも下がります。
(――あれは、あの娘の目は、全てに絶望していた)
前の学院でからかった相手の目を思い出しました。恋人をキュルケに奪われ自殺騒ぎを起こした少女。恋愛をゲームと捉えるキュルケですが、まだ経験も浅く退き時を見誤ったのです。
本気だった少女、遊びだったキュルケ。その結果にキュルケも傷付きましたが、醜聞が広がりすぎました。
重ね合わせた記憶から、今にも壊れそうなルイズの危うさを知ったキュルケ。知ったからには、安易な気持ちでからかう事は出来ません。ツェルプストーの娘としてではなく、キュルケ個人としてルイズと接する事になりました。
夕食の時間になりました。ベットに横になっていたキュルケは起き上がります。
お腹は減っていません。でも規則正しい食生活が美容と健康に必要だと教えられていましたから食堂に向かう事にしました。
ふと思い出すルイズの顔。放って置けない物がありました。
(あの娘を誘おう)
キュルケは気合いを入れて居室を出ます。
「えっ……」
廊下にはルイズの護衛が控えていました。女子寮である為、男子生徒の姿は見受けられませんが、佇む姿を見てキュルケは王族に対する衛士を思い浮かべました。
「失礼、ミス・ヴァリエールに用件があるので通して貰えるかしら」
同性から見ても魅力的なキュルケの容姿に嫉妬の視線を放つ少女達。そんな反応には慣れており、キュルケは鼻で笑う余裕さえあります。
列が割れてルイズが姿を現します。ルイズと他の生徒の関係は理解できました。
(なるほど、主家と家臣か……)
キュルケの言葉にルイズは小首を傾げます。容姿端麗で絵になるルイズですが、瞳の色は沈んだままです。
「なにかしら、ミス・ツェルプストー」
ルイズの言葉でゲルマニアのツェルプストー家と知れざわめきが起きました。今度はルイズに気圧される事もなくはっきりと言いました。
「これから夕食だけど一緒にいかがと思って」
ぎょっとする周りのトリステイン貴族達ですが、ルイズの返事は周りを驚かせました。
「良いわよ」
二つ返事で了承するルイズにキュルケも思わず聞き返してしまいました。
「本当に?」
宿敵であろうツェルプストーとヴァリエールの関係を考えれば、それも仕方ありません。
「ええ。誘ってくれたのは貴女でしょう?」
ルイズの言葉にキュルケは軽く謝罪しました。
「ごめんなさい。じゃ、行きましょうか」
食堂に向かい並んで歩く二人を見て周りはびっくりしています。
「何でミス・ヴァリエールとゲルマニアの女が」
ルイズは隣に並んで歩くキュルケに視線を向けました。周りの言葉を気にしていない。自分らしさと強さを持つ様に見えました。
(私とは違う……)
そう思うキュルケでしたがルイズは強くありません。ムーミンと別れた事で生まれた心の隙間は埋めることが出来ず片翼をもがれた気持ちでした。いつか心の傷が癒される時も来るのでしょうが、それはまだでした。
「――ねぇ」
考え込んでいる内にキュルケがルイズの手首を掴んでいました。
「え?」
自分の手首とキュルケの顔を見るルイズ。どうしたのと言うルイズの表情に対してキュルケは訝しげです。
「何処まで行くの。食堂、ここだけど」
「あ……」
通り過ぎようとしていたルイズ。肩をすくめるとキュルケは「行くわよ」とルイズを引っ張って入ります。
並んで食事をする二人の少女。食堂は食事をする場所なので普通の光景ですが、それが犬猿の両家となれば注目の的です。
会話の糸口を掴めないキュルケでしたが、それ以上にちらちらと向けられる視線が不快指数を上げました。その空気を絶ち切る様にルイズが席を立とうとしました。
「……ごちそうさま」
ふと見ればルイズの皿は半分も減っていません。料理が全般的に脂っぽくてしつこいお味と言う事もありますが、キュルケは納得しません。他にも食べれる物はあるのです。
「駄目よ、ヴァリエール。食事はしっかりと摂りなさいとご両親に言われなかった?」
これなら軽いから食べれると、フルーツとサラダを皿に盛るキュルケ。世話焼きな気質に押し切られ苦笑を浮かべてルイズはキュルケから皿を受けとります。
(仲良く出来るかも……)
ムーミン以外に初めてそう感じた相手でした。
ルイズの席を囲むように散らばっていた親衛隊は複雑な心境です。
仇敵ツェルプストーの娘が主家の息女に接近した事は問題です。ルイズが拒んでいない以上、迂闊な行動は取れませんし、しばらくは様子見です。
トリステイン魔法学院は勉学だけではなく社交の場でもあり、留学生との交流は国益に沿う物です。ヴァリエールとツェルプストーの融和は、ゲルマニアとの緊張緩和に繋がります。
ルイズにとって傍迷惑な話ですが、そんなこんなの絡み合った事情から注目されていました。