魔法が出来ないのに座学では優秀、家柄も公爵家と申し分ないルイズ。嫉妬からルイズに対する悪質な嫌がらせが一年生の期間で42回ありました。
殆どが親衛隊や身近に居たキュルケによって未然に防がれましたが大事になる事もありました。
キュルケとタバサを決闘させようとした事件はゲルマニアとガリアの局地紛争に発展し数千の命が失われました。陰謀に関わった貴族は赤子も含めて一族が処刑され王都に続く街道に磔にされました。
「愚かしい限りだね」
通りかかった馬車から学友だった亡骸を見上げてギーシュは呟きました。
これまでにも学院での生活は親衛隊から報告され、娘に対する仕打ちに公爵は躊躇なく動きました。襲撃事件があってから公爵家の権力を行使することにより家族を守ろうとしたのです。ヴィッツレーベン、ヘプナー、ヘルドルフ、ネーベと言った家名が永久に途絶えました。
事件の裏にマリコルヌが暗躍しているのは明白でしたが、事件の尻尾はつかませずそのまま進級の季節を迎えます。
使い魔召喚の儀式は進級試験の一環で避けては通れない物です。
ルイズの順番になりました。ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべたマリコルヌは行き過ぎとしても、殆どの生徒は失敗するだろうと思っていました。
「頑張って」
キュルケの応援に頷き、絡められていた腕をほどくとルイズは前に出ます。
皆の視線を感じましたがルイズの心は落ち着いていました。
召喚は初めてではありません。
(ムーミン――)
心に思い描くのはかつての優しき使い魔。
杖を振るった瞬間、激しい爆発が起き土砂を噴き上げました。粉塵が辺りを覆います。
いつもの失敗魔法よりも激しい威力です。
「ルイズ!」
ざわめく生徒達の中で飛び出そうとするキュルケの腕をタバサが掴み引き留めました。
「待って」
「何よ」-.
タバサの視線の先に人影が見えます。
小柄な背中からもわかります。ルイズです。怪我はしてない様ですしっかりと立っています。
ルイズの無事にほっとするキュルケの耳に他の生徒の声が入りました。
「何かいるぞ」
砂塵が収まると見えてきたのは亜人で、丸みを帯びた体型をしています。突き出た顎、垂れ下がった尻尾。
キュルケが気になったのはルイズの反応です。その姿を見てルイズは目を見開いていました。
ルイズには見覚えのある者でした。
ずんぐりむっくりとした体型。頭に生えた耳、お尻には尻尾もあります。
(まさか……)
プリーツが乱れるのも気にせず影に飛び付くルイズ。
「ムーミーンー!」
抱きついたルイズはムーミンの名前を連呼して抱き締めます。ええ、それは忘れもしない大切な家族です。
ムーミンの噂を聞いていたタバサは目を細めました。
「あれが灰色の死神……」
ルイズを守り幾多の戦場を潜り抜けた歴戦の猛者。ふとムーミンと視線が合いました。愛くるしい姿をしていますが、血の香りを嗅いだ気がしてタバサは背筋を震わせました。
「痛ぇ!」
ルイズの足下から悲鳴があがりました。
ルイズに踏まれた少年の姿がありました。ハルケギニアでは珍しい黒髪です。
「痛い、どけよ!」
文句を言いますが再会を喜ぶルイズの耳に届いてはおりません。
「ムーミン、ムーミン」
幼児退行したようにムーミンの名前を呼び泣きじゃくるルイズを抱き留めてムーミンは口を開きます。
「おはようルイズ。もう晩御飯かな」
泣いてる主人にかける言葉とは思えません。思わずルイズは怒鳴り返します。
「何言ってるのよ、あんた!」
周りの生徒は驚愕の表情を浮かべてルイズ達を見ています。
人語を解する亜人。キュルケはルイズの傍らに近付きました。
「ルイズ、大丈夫なの?」
様子を見れば害意は無さそうだとは理解できます。しかし教師の立場では違います。
「ミス・ヴァリエール。危険です、離れなさい」
コルベールは杖を構えて声をかけました。
「大丈夫ですコルベール先生。これはムーミン。私が以前、使い魔にしていた家族です」
落ち着いたルイズの言葉にコルベールは警戒を解きます。
空気を読まずにムーミンが言いました。
「お腹すいたよルイズ」
相変わらず食いしん坊な様ですね。
「あんた、私の涙を返しなさいよ!」
少年は自分の上でやり取りする主従に文句を言いました。
「いいから、お前ら退いてくれよ」
一人と一匹の下敷きにされた少年はルイズに声をかけますが相手にされていません。ムーミンの事で一杯だから仕方ありません。
客観的に外見だけ見ればルイズは美少女です。美少女に踏まれるのはご馳走と言う人も世の中には居ますが少年はそこまでの境地に至っておりません。
「あの、ここはどこ? ねえ、聞いて」
聞き流される言葉、訳のわからない状況に少年は半泣きです。
教師はルイズを誉めました。努力家だが、今まで魔法を成功させた事の無いルイズの召喚成功は喜ばしい事です。
「使い魔召喚で人と亜人が現れるとは珍しい」
コルベールはルイズの非凡な才能に感心しました。
「ルイズ、お腹が減ったよ」
くすくすと笑うとルイズ。穏やかな空気に安らぎ覚えました。
「良いわ。部屋でシエスタに何か持ってきて貰うから」
ルイズとムーミンの会話に水を射すようだがコルベールは監督者として声をかける。
「ミス・ヴァリエール、召喚が上手くいって喜ぶのは分かるが、先に契約を済ませたまえ」
「あ……はい、ミスタ・コルベール」
先ずやるべき事を済ましていない。振り返ったルイズは足下の少年を視界に入れた。
「――ところで、あんた誰?」
ルイズの居室で床に座った少年は自己紹介します。
「俺は平賀才人、気がついたらここにいた」
ここがトリステインの魔法学院と言う事は帰り道で説明されました。「まじかよ……」と呟いた才人をとりあえずルイズは部屋に連れてきました。
「あんたも召喚魔法で来たのね」
ムーミンだけで良かったのにと呟くルイズですが、才人にとっては迷惑としか言い様がありません。ルイズの何でもないと言う態度がかんに障りました。
「おい、お前のせいなのか! 俺をこんな所に連れてきたのは!」
噛みつかれてルイズは黙っていません。
「何よ、あんた、平民のくせして何て口の利き方してるのよ!」
才人は服装こそ、そこらの平民より質の良い代物を着ていましたが杖を持っていません。メイジが杖を肌身から外す時は風呂か寝る時だけです。寝る時ですら手近な場所に置いてあります。ルイズと言うよりも、ハルケギニアの常識に照らし合わせるならば杖の持っていない者は平民だけ。平民が三女とは言え、公爵家令嬢に利くような口ではありません。
「何が平民だ、ふざけるな!」
売り言葉に買い言葉、才人はルイズにつかみかかろうとしました。
「ちょ、何よ……」
その姿を見て、クックベリーパイを食べていたムーミンが才人に飛びかかりました。
「痛ぇ! 話せ、カバ」
使い魔のルーンの効果か、才人がいくらか暴れてもムーミンの腕はゆるみません。
「もう一度聞くわ。あんたは何処から来たの」
民主主義、自由平等と言う概念はトリステインにありません。傍から見れば才人は無礼であり、これでもルイズは譲歩してる方だと言えます。
「日本、東京都の秋葉原」
用意されたお茶で喉を潤してルイズは考えます。
(貴族に対する態度がなっていない。どこ田舎から来たのか知らないけど、国名から考えて遠方の国らしいわね。有力者の子弟であった場合、下手をすれば拉致で外交問題になる、か……)
脇ではムーミンがクッキーをボロボロとこぼしながら食べています。
「もう、綺麗に食べなさいっていつも言ってるでしょ」
ムーミンの口元を拭うルイズ。世話をやく様子を唖然と見ている才人。自分との待遇差を感じました。
「――それで、サイトって言ったわね」
話を振られて反応の遅れる才人。
「あ、ああ」
「私の使い魔はムーミンで決まりだけど、貴方はどうするの?」
見ず知らずの世界に飛び出した才人。一人で生きていけるほどの技能や知性、生活力も無く頼る者も居ません。
「間違って召喚されたのだし、最低限の援助はしてあげる」
ヴァリエール公爵家に仕えるか、学院で働くか、あるいは他の道を選ぶか。
ルイズは気前良く就職先を斡旋すると言ってくれました。しかし才人はそう受け止めません。
ルイズのせいで巻き込まれた。責任は全てルイズにあると思っています。
それは見方によっては正しいです。
「ふざけるな、誠意を見せろ! 誠意を!」
ですから才人の激怒も正しい物でした。
「お前が貴族か魔法使いだか知らないが、俺を家に帰せ!」
国に帰るなら旅費を出しても良い。しかし国名に聞き覚えはない。交流の無い国では手立てがありません。
「無理ね」
ばっさりと切り捨てるルイズにキレる才人君でした。
「お前な――」
ムーミンが才人を椅子から床に叩きつけました。
「お前じゃない。ルイズだ」
ムーミンはサイトの頭を床に踏みつけながら言いました。
「カバのくせに一人前の口を利きやがって! ご主人様に対してお前の口調は良いのかよ!」
頭蓋骨がみしみしと音をたてているのに糞度胸と言うか、空気が読めていません。
「ああ、ムーミンは良いのよ。家族だから」
「糞……」
抵抗は無駄と大人しくなった才人をルイズは解放させます。
落ち着いた所で雇用契約を取り決めました。
ルイズは衣食住と給与、公休を約束する。代わりに才人はルイズ付の使用人として当面、雇われる事になります。
「で、俺は今夜どこで寝れば良いんだ?」
眉をひそめるルイズ。妥協してルイズに従うしかないと自分自身を納得させた才人ですが口調までは変わっていません。
「あんたねぇ……ご主人様に対しての言葉遣いって物があるでしょう? まったく、どこの田舎で育ったんだか……。あんたの寝床はシエスタが来たら使用人の部屋が空いてないか訊いてみるわ」
顔合わせの紹介は部屋に戻った時に済ませていると言うことで、食器を下げに来たシエスタに案内されて才人は下がって行きました。
その後、才人に代わって入って来たキュルケとタバサから質問攻めにあって夕食の時間に遅れたりと忙しなく時間は過ぎ就寝の時間になりました。ルイズが一人で寝るには広すぎるベットもムーミンと一緒なら一杯です。
「今日は色々あったわね」
隣で眠るムーミンは既に寝息を立てています。
ルイズは無くした大切な物が戻ってきました。もう離さないと、ムーミンを抱き締めて眠ります。
一人と一匹を窓から差し込む月の光が優しく照らしていました。