今日も一日の授業が終わりました。席を立ったルイズに並んで歩くキュルケの姿は見慣れた物に成りました。
最近はここにムーミンの姿が加わって、才人とシエスタが離れて歩いている光景が普通です。
ルイズが起きてる間、シエスタや才人は起きていなくては行けません。親衛隊もそうです。でもルイズは干渉されるのが苦手です。
必要最低限度の用事だけやって貰うと、授業が終わると早々に居室へ戻ります。ルイズがうろうろすれば彼らにも負担を与えるからです。これも上に立つ者の心配りでしょうか。
夕食後、お風呂で心身共にさっぱりしたルイズは自室に戻ろうと廊下を歩いていました。ここからはプライベートな時間で、よっぽどの事でも無ければ使用人も休んでいます。
ムーミンは才人に付き合ってなにやら大鍋を取りに出かけており、シエスタも才人を物置に案内しています。
(鍋で何を作るのかしら?)
くい、と引っかかった様な感覚を覚えて視線を下げたルイズ。
「何よ?」
視線を向けるとキュルケが使い魔として召喚した火トカゲが裾を噛んでいます。
「フレイムだったかしら」
しゃがみこんでフレイムと視線を合わせたルイズ何となくフレイムの体を撫でました。
ひんやりとした手触りが風呂上がりの火照った体に気持ち良い。
(夏には重宝しそうね)
フレイムを抱き上げてそんな事を考えているとクイクイと襟元を引っ張られました。
「何?」
視線を合わせると何か伝えたい様子が感じ取れました。ムーミンならともかく、他人の使い魔では読み取る事もできませんでした。
とりあえずフレイムを床に下ろすと、フレイムは着いてこいと言う風に時々振り返りながら先導します。
「キュルケの部屋?」
扉をノックしようとして中から「もう食べられないよ~」と言うムーミンの声が聞こえました。
「へ?」
そっとドアノブを回し隙間から窺うと楽しそうにムーミンにお菓子を奨めるキュルケの姿がありました。
「何してるの、あんた達?」
ムーミンは才人の手伝いをしていたはずです。
「あら、ルイズ。貴女もどう? 私が焼いたのよ」
笑顔でルイズにお皿を奨めるキュルケ。お皿の並んだ焼き菓子はルイズが見ても美味しそうです。
「そうね」
寝る前に食べると太らないかと脳裏を過りましたが、食欲をそそる砂糖の甘い臭いに誘われ本能に従う事にしました。
咀嚼するルイズにワインを注いだグラス差し出します。
「あ、美味しい。うちの料理長が作ったお菓子にも負けないわ」
リスの様に小口で啄むルイズの姿にキュルケは笑いました。
「美女は幾つも特技を持ってるのよ」
火のメイジだからでしょうか。焼き加減も絶妙です。魔法で調理したと言います。
「凄いわね」
素直な称賛がルイズの口から漏れました。火のメイジとは言え、厨房を使わずに菓子を作る手並みは見事です。
昔、家の料理人が料理とお菓子は平民が使える魔法だと言っていた事を思い出しました。
(でもこれじゃ、平民だけの魔法は無くなっちゃうわね)
ルイズだけの魔法もいつか見つけられるかも知れないと思っていましたが、キュルケの悪意のない行動で勝手にへこみそうです。
「ルイズ?」
「何でもないわ」
勝手に嫉妬して勝手にへこむ。自己嫌悪に陥りそうでした。
落ち込むルイズを見てキュルケは買い物でもすれば気分転換になると提案しました。
「明日、何処か遊びにいかない?」
ちらりとムーミンに視線を向けたルイズは、剣を欲しがっていた事を思い出しました。
「そうね。ちょうど用事も在った事だし」
大きなお鍋がありました。ぐつぐつと温められるお湯。
ざばーん、とお湯の中から少年が顔を出しました。
「う~日本人はやっぱり風呂だよな」
庭の片隅で才人は自作の五右衛門風呂に浸かっていました。着想のヒントは、ムーミンが鍋で煮込まれた事があると言う話を聞いて思い出したのでした。
「それにしても……」
才人はムーミンの事を考えました。
(あいつ、変な奴だな)
最初はむかつくカバだと思っていましたが、ルイズの事以外では気さくで陽気なカバでした。
釜を運ぶのも、風呂作りも手伝ってくれましたし仲良くできそうでした。
(悪い奴ではない)
シエスタと同じでルイズに仕える仲間です。でもムーミンは別格で、家族と言っていました。
才人は家族と家を思い出し、ふと空を見上げると月が二つ見えました。
「本当に別の世界なんだな……」
日本でお空に見えるお月さまは一つだけ。家は遠く帰る道さえ分かりません。
ふいに涙腺が緩み、お湯に顔を突っ込みました。