ルイズさんと灰色豚   作:キューブケーキ

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お買い物

 ムーミンパパにとって、この日のお出かけは生涯忘れない思い出となりました。

 なぜって?

 そのお話はこれから始まります。

 虚無の日はハルケギニアの休日です。と言ってもサービス業に休みはなくお店屋さんや、一部官公庁は業務をしていました。

 ルイズは王都にやって来ました。賑やかな人通りは香水や体臭、食品と汚物の臭いが混ざって悪臭のレベルでした。

 気分を悪そうにするルイズとは異なりムーミンは楽しげに尻尾と耳を揺らせています。

 ルイズが王都に来るのは随分と久し振りです。最後に来たのは王都騒乱と呼ばれるヴァリエール公爵家別宅襲撃を含めた一連の事件以来です。お買い物を楽しむには忌まわしい記憶がついて回る場所ですが、せっかく友達に誘われたのです。今日は楽しむつもりです。

 気合いを入れ直したルイズにムーミンが話しかけて来ました。

「ルイズ、あれなに?」

 屋台で焼かれている肉の塊を見てムーミンは指差します。

「あれは土豚ね。食べたいの?」

 物珍しさを感じてかムーミンはあれこれ聞いてきます。

「ルイズ、あれは?」

「あれは煙草屋よ」

 棚には紙巻き煙草や嗅ぎ煙草、パイプが並んでいました。

 鼻をクンクン鳴らして興味を寄せるムーミンの姿にキュルケは、すってみる? とタバコの体験を勧めてみました。

「ちょっと、キュルケ。変な事、教えないでよ」

 煙草は健康にもよろしくない常習性の高い葉っぱです。ルイズとしてはおすすめできません。

「ルイズ」

 ですが、ムーミンはまあるいおめめで良い? と伺いをたててきました。ルイズの言葉を待っています。

「う~」

 期待するムーミンの眼差しを受け止めると駄目とは言えませんでした。

 ルイズが頷くと、だっとお店に走っていきました。

 ニヤリと笑ってルイズの肩にポンと手を置くキュルケは、全て分かったと言う様に頷いてました。

「いらっしゃいませ貴族様。あちらの亜人は、貴族様の使い魔でございますか?」

 店員の声も気にせずムーミンは店内の臭いを嗅いでいます。チョコレートやリンゴ、さくらんぼの臭いがします。

「そうよ。煙草を買うのは初めてなの」

「さようでございますか」

 幾つか試して見たところで、ムーミンはパイプを気に入った様でした。

「これを貰うわ」

 嗜好品の煙草は贅沢品になります。葉っぱを毎回買ってあげる事は出来ますが、贅沢は癖になるといけません。

「煙草は一日一回だけよ」

 ルイズにパイプを買って貰ったムーミンは大喜びで、早速くわえています。

 ルイズも贈り物を喜ばれて満更でもありません。ムーミンの喜ぶ様を見て微かな笑みを浮かべました。

 こうしてムーミンはパイプを手に入れ、ムーミンパパになっても、大切にいつまでも愛用しました。でも煙草はほどほにですけどね。

 

 

 

 パイプと煙草を買って寄り道をした一行は本命の武器屋に向かいました。

 王都には幾つかの武器屋が在ります。戦争に行くような業物、儀礼用の華美な物。それぞれ扱っている店舗が違います。

 お財布の事情もあって手頃な安さをルイズは求めました。

「こっちで良いのね?」

「はい、お嬢様」

 シエスタの案内で庶民向けの武器屋に行きました。立地条件の良い表通りに面した店は土地代も高く、上乗せされた価格は稼いでる人しか手が出せません。

 裏通りに建ち並んだ商店の一角に武器屋はありました。

「いらっしゃい……ませ?」

 店主の挨拶が疑問系に成ったのも仕方ありません。

 店に入って来たのは黒いシルクハットを被りパイプをくわえた亜人。シルクハットに赤い巻きが映えています。

 亜人でもお金を払ってくれるなら客ですが、素っ裸なのでお金を持っている様には見えません。

 暴れられても困ると考えた始めたらルイズ達が後に続いて入ってきました。

「いらっしゃいませ、貴族様」

 店内を眺めながら雑談を交わす一行を見て、使い魔召喚の季節だと思い出しました。なにしろ相手は魔法の使えるメイジです。亜人を使役する者が居てもおかしくはありません。使い魔と主人だと理解できました。

「今日はどう言った物をお探しで?」

「この子に合う剣を探してるの」

 遊びに使う消耗品だから、練習用の使い潰せる安物で良いとルイズは告げました。

「亜人に剣を持たせると! いや、こいつは驚きです」

「あら、そう?」

 店主の長話は面倒になって途中から適当に聞き流し、乱雑に固められた剣の束を指差します。

「あれ全部貰えるかしら」

 特売の処分品ですが50本以上はあります。

「全部ですか!」

 剣とは言っても、ルイズから見れば遊びで使い潰す玩具です。まとめ買いした方が手間も省けます。

「ヴァリエール公爵家に請求してちょうだい」

 ルイズは手形にサインをして渡しました。店主はサインを確認すると恭しく頭を下げました。

「ありがとうございます」

 手形とは貴族にとって地位の証明と言えます。ルイズの手入れされた桃色の髪、上質な服、そして従者が二人に亜人の使い魔。上流な貴族と窺えました。サインの名前もヴァリエール公爵家の者、騙ればただでは済みません。

 剣は才人が背負って持ち帰りますが半端じゃない重さです。

「お、重い」

 一行を見送ると店主は手形を後ろに見せました。

「驚いた。さっきの貴族、有名なヴァリエール公爵様の三女だ」

 しかし後ろには誰もいません。

「例の襲撃事件か」

 返事を返したのは立てかけてあった剣、喋る魔法の剣です。

 名前はデルフリンガー。

 若い頃からの付き合いで、店主にとって家族同然でした。なのでデルフリンガーは非売品でした。

「ってことは、あの亜人がご主人様を守って戦った灰色卿か」

 庶民の間でもムーミンの活躍は尾ひれがついて噂が広まっています。

「亜人がねぇ。大したものだ。案外、使い手だったりしてな」

 デルフの言葉に店主は聞き返しました。

「使い手って何だ?」

「使い手? そう言えば何だったかな」

 何か大切な事だった様な気もしましたが、デルフは思い出せません。ま、良いかとその時は話を流しました。忘れると言うことは、それほど大切ではないと言うことなのでしょう。

 

 

 

 ムーミンの買い物を終えて、遅めのお昼ご飯になりました。ルイズも楽し気な表情を浮かべており、その様子を後ろから続くシエスタは控え目な笑みを浮かべて見守っています。

(こんな狭い道、どうにかしろよ)

 大荷物を持って着いて行く才人には辛い移動です。貴族と平民の違いか、周囲は気にも止めませんでした。可愛そうですね。

 ルイズが楽しんでいる事は雰囲気から周りにも伝わりました。

 貴族の子女がお供を付けずに街に出かける事はあまりありません。メイジと言っても魔法は飛び道具の一種で、過密した市街地での戦闘は部が悪いです。

 今日はメイジが三人、お供が二人、亜人が一人と戦力的に十分で、街を楽しめそうです。

 普段、家や食堂で食べるこれぞ貴族と言う食事とは違い、庶民の味が体験出きる貴重な機会です。ですからキュルケはこの機会に楽しい共通の思い出を作ろうとしました。

「ルイズは何か食べたい物ある?」

 お金儲けが上手ければ貴族になれるゲルマニア出身のキュルケさんは、気さくな性格でそれほど身分に拘りません。世の中は実力こそ全てであり、美味い物を作る腕に身分は関係無いと平民の店にも出入りしていました。

「何でも良いわ」

 ルイズは不衛生な街並みを散策する事も初めてと言えます。ムーミンにご主人として良い所を見せたいですが、こう言う時にどの店に行ったら良いかは分かりません。

 キュルケは適当に指差しました。

「じゃあ、あそこ何てどう?」

 魅惑の妖精亭。何でも良いと言った手前、キュルケの決定に従いますが、なんだかそこは、薄着の女の子が接客していかがわしい雰囲気の漂っているお店でした。

「ツェルプストー」

 ルイズが久々にキュルケを家名で呼びました。目も何だか厳しいです。

「何かしら」

「親切だと思っていたけど、まさかそっちの趣味だったなんて」

 店内の雰囲気は女性が好んで入りたくなるような感じではありませんでした。どちらかと言うと、若い女の子を侍らせて男性が楽しむ場所です。現にルイズのお供で来ていた才人少年は、疲労を忘れてだらしない表情を浮かべています。

(胸が良いの? そんなに胸がある方が良いの!?)

 女性は男性が思っているよりも視線には敏感です。ルイズは才人が胸を見ている事に気づいてイライラしました。自分の持たない豊満な胸を持つ同性と、その胸にデレデレとする少年で楽しんでいた気持ちも吹き飛びました。

 何だかんだと言って見せに入り席に案内されると、キュルケは手慣れた様子で給仕の女性にオーダーを伝えました。才人とシエスタは立場上、同席は許されませんが隣のテーブルで同じ料理を出されて御相伴に預かっています。

「何、しかめっ面してるのよ。そんな怖い顔して、心にゆとりを持ちなさい」

 フォークの先でハシバミ草を避けていたキュルケがルイズに尋ねます。

「余計なお世話よ」

 ブスッとした表情ですが、苛立たしい視線の先には、たゆんたゆんと揺れる女性達の胸があります。

 不機嫌な理由に気付いてキュルケは、くすりと笑いました。

「心にゆとりを持つと胸も大きくなるそうよ」

「何それ」

 胡散臭げな表情を浮かべるルイズに対して、キュルケは自分の胸を強調する様に見せ付けました。

「現に私の胸だって、ほら」

「う~」

 歯を食い縛り唸りだしたルイズは、隣で食事をするムーミンに抱きつき現実逃避をしました。

 食事をするだけで何も起きないと思われたのですが──

「誠意を見せろ平民!」

 冗談を言いながらも食事を取っていると罵声が聞こえました。どうしたのかしら?

 居もしない人間の声ではありません。貴族が給侍の少女に絡んでいます。

「何よ、あれ。みっともない」

 ルイズの声が離れていても聞こえたようで、貴族は此方に矛先を向けました。

「威勢が宜しいですなミス。ですが、礼儀を弁えぬとお家の名に傷が付きますぞ」

 席を立ってルイズ達のテーブルにやって来ました。ルイズは「ちょっと、止めなさい」と言うキュルケの声を無視して応じました。

「そっくりそのままお返ししますわ、ミスタ」

 キュルケの様に知らない国の出来事ではありません。自国の貴族が無法を働いているなら諫める手間を惜しみません。ですが世の中はそう簡単に行きません。

「小娘が、調子に乗るな!」

「あらそう?」

 怒気を向けてくる貴族ですが、ルイズは微塵も揺るぎません。

 杖を向けようとした貴族の腕がムーミンに掴まれました。

「何だ、その薄汚い手を放せ!」

「聞き間違えかな。今、ルイズを馬鹿にしなかったかな?」

 ムーミンの瞳に恐怖を感じて、はね除けようとしましたがちっとやそっとの力ではピクリとも動きません。

「この無作法者め! 主人共々、礼儀が成っておらん」

 貴族のお供がムーミンに向かって来ます。才人とシエスタが素早くルイズの下に駆け寄りました。

 溜め息を吐くとムーミンは帽子をルイズに預けました。

「そぉい!」

 店の外に投げ飛ばされたゴロツキ連中は空を仰ぎ倒れました。青い空に流れる雲は気持ち良い天気ですが、体は節々が痛みます。

「あ、痛っ!」

「痛たっ!」

 そこまでならコントで済みそうですが、ゴロツキ連中は剣やナイフを取り出しました。得物を出すと言う事は、血を流す覚悟が出来たと言う事です。この場合は自分達ではなくムーミンを始末する積もりですが。

「覚悟しろ、豚野郎!」

 その言葉にムーミンは「俺とやり合って生きて帰った者は居ないぞ」と言う様に手招きしました。

 ムーミンの余裕ぶった態度が頭に来たのか、一斉に向かってきました。才人はムーミンに加勢しようとしましたが、ムーミンは素早く片を付けました。

 一人目は膝を蹴りで砕き、姿勢が崩れた所で顎を殴ります。ムーミンはゴロツキが落としたナイフを拾うと、背後に回り左手で頭を押さえて右手に持ったナイフで喉をかき切りました。濃厚な血の臭いが辺りに漂いました。

 躊躇なく殺したムーミンに周りのゴロツキは動きを止めてしまいました。

 ムーミンの方には遠慮がありません。逆手に持ったナイフで残りのゴロツキを切り裂き、手傷を負わせると止めを刺します。

 続いて二人目、三人目と転がった死体を前に、絡んできた貴族は杖を手にブルブルと震えています。

(この亜人は何なんだ!?)

 今まで男は圧倒的強者で、貴族(メイジ)の権威でひれ伏しない者は居ませんでした。

 才人が落ちていた剣を掴むと貴族に突きつけました。

「杖を捨てろ。他の奴等と同じになりたいのか」

 ムーミンは行動で才人に男の生き様を教えました。お人好しでは誰も守れず勝てない。やると決めたなら徹底的に叩き潰さなくてはならないと。邪魔をする者は誰であろうと許さん。それがムーミンです。

「ふざけるな、私は貴族(メイジ)だぞ!」

「ふざける? 何言ってるの。口を閉じてひざまづけ。今から血の涙を流させてやる」

 ムーミンが格好をつけて舞台俳優の様な台詞を男に告げた時、一段落着いたと判断したキュルケが声をかけました。

「あ……ムーミン、そこまでにした方が良いわよ。これ以上、汚すと店に迷惑だし」

 ムーミンも遊びは終わりと殺気を収めました。男はキュルケの言葉に救われたのでした。周囲の空気が一気に弛緩しました。

 慌てて逃げ出す貴族は死体を残したままです。この後、その貴族が国からお仕置きされるのは別のお話です。

「さあ皆で片付けをするわよ」

 ルイズ達のお出かけはこんな感じで終わりました。

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