ムーミン谷のムーミンハウス。それはムーミンパパが建てたお家です。
ベランダに出て、若い頃の冒険を聞かせていたムーミンパパ。ムーミントロールとスニフとスナフキンが相手をしていました。
「ねえパパ、それでルイズって子はどうしたの?」
ムーミントロールの言葉にムーミンパパは若干の怒気を込めて言いました。
「良いかいムーミン。私とルイズは信頼関係で結ばれていた。だけど他人が呼び捨てする事はとっても失礼な事なんだよ」
びくりと肩を震わせたスニフとスナフキン。堅い口調から不快に感じたムーミンパパの苛立ちが伝わってきました。
「ごめんなさい、パパ」
ムーミン坊やは素直に謝り、パパはそれを受け入れました。
「それでだ、魅惑の妖精亭でジェシカに出会ってお礼の言葉を貰った私達は魔法学院に戻ったんだ」
ムーミンパパは目を閉じて回想を続けます。
日が傾き始めた夕方、厨房の裏手に人影がありました。
マルトーさんと才人です。あら、でも何だか空気は沈んでいますね?
「俺はヒーローに成り損ねたんですよ」
「人生はままならん。それは自業自得だ」
買い物から帰った才人はマルトーさんに愚痴っていました。ですが返ってきた言葉は慰めとは程遠い物です。
夕食の仕込みが終わって一段落着いた所なので良いですが、これが忙しい時だと殴られるか放り出されていました。
「自業自得って何も悪い事はしてませんよ」
魅惑の妖精亭での出来事は、ムーミンばかりちやほやするルイズに格好良い所を見せるチャンスでした。
打算的な考えがあったのは否定しません。ルイズの使用人であればヴァリエール公爵家の権威で手出しをされません。貴族に虐げられる少女を助ける事も可能でした。
しかしルイズはヴァリエール公爵家の名前を出しませんでした。そしてムーミンが活躍しただけでした。
才人もルイズを守る位置にいましたが存在感が薄いままでした。フラグは立たず待遇改善もありません。もちろんそれは才人から見ての評価であり、ルイズはルイズでそれなりの評価はしていました。ですが人の気持ちや考えと言う物は言葉にしなければ通じません。
「お前は何を考えて毎日を過ごしているんだ才人」
マルトーさんから見て才人はただ状況に流されているようにしか見えませんでした。
家族と引き離され、見知らぬ土地に放り出された。確かに状況を考えれば同情の余地はあります。
しかしです! それよりも後ろ向きな所が気に入りませんでした。
「愛する者を守る為なら戦う。真の男ならな」
主体性を持つムーミンの行動をマルトーは褒め称えました。血も涙も無いように誤解されていますが、男とはかくあるべきと認めていました。
普段、ムーミンはルイズの側で騎士の様に控えていますが、自由を愛する冒険者の魂を失ってはいません。
と言ってもお風呂まで一緒に入るのは冒険のし過ぎです。さすがに遠慮していました。
湯船に浸かりながらルイズは、使い魔のお披露目に先駆けてムーミンに何が出来るか考えました。
(そう言えばムーミンって亜人なのよね)
学園の庭でなめくじを箱一杯集めたり、それをマリコルヌが大切な物と考えて奪い取ろうとしたりと話題に尽きませんが、ハルケギニアでは駆除対象の亜人です。
(ムーミンに限れば大丈夫かな)
例の事件でアンリエッタ王女様の覚えもめでたく、ルイズを守る騎士と認められているのですから。
ムーミンに注目する者は居ました。何しろ戦闘能力の高い亜人ですから。
「お嬢様、頭を洗いますから目を閉じてくださいね」
「あ、うん」
考えるのは後です。
ぎゅっと目を瞑るルイズを確認するとお湯をかけるシエスタでした。
シエスタがルイズの湯あみを手伝っている頃、ムーミンは他の使い魔と交流していました。使い魔は使い魔同士、仲良く過ごしています。
「そうなの。お姉さま、お肉くれないの」
「お肉ね。僕も好きだよ」
年若い竜とムーミンはお喋りをしています。
「シルフィもムーミン見たいに人型で呼び出されていたら、美味しい物を食べれたのかしら?」
相手はタバサの使い魔シルフィード、一番の仲良しでムーミン以上に食い意地が張っている竜の女の子でした。
「どうだろうな。僕は特別だから」
買って貰ったパイプを口にくわえて誇らしげに答えるムーミンです。
端から見れば格好をつけているだけですが、ムーミン自身は特別な星の下に生まれカリフォルニアの王様になることも可能だと信じていました。なぜカリフォルニアと言うと、暖かな太陽に恵まれた場所を求めるトロールとしての本能がそう告げているのでした。
「シルフィだって特別な竜よ──って、あ痛っ!」
頭を器用に前足で押さえるシルフィードの横に小柄なご主人、タバサが身の丈以上に大きな杖を持って立っていました。
「声が大きい。喋るならもっと静かに」
普通の竜は喋りません。シルフィードは特別な竜、韻竜でした。もし他の人に見つかればバラバラに解体され研究されるかもしれません。ですからお話をするのは極一部の相手だけです。
「う~痛いのね!」
抗議するシルフィードの頭をもう一度、ポカリと杖で殴るとタバサはムーミンに話しかけました。
「貴方に頼みがある」
「頼み?」
唐突な申し出です。きょとんとした顔のムーミンにタバサは強い決意を感じさせる表情で告げました。
「貴方の戦闘技術を私に教えて欲しい」
タバサは力を求めていました。そして目の前に居る
彼女の本名はシャルロット・エレーヌ・オルレアン。蒼い特徴的な髪からガリア王家の系譜に列なる者と学園でも噂されていました。その正体は、王位簒奪を狙った謀叛人オルレアン公の息女です。母は夫の死で心の均衡を崩してしまいました。
謀叛人の娘として汚名だけが残ったタバサ。偽名を名乗り身分を隠すのも、生きてい為の術です。
彼女が求めるのは「復讐の為の力」です。
現在のガリア王国を治めているジョゼフ王は柔軟な思考を持ち、異民族であるエルフや翼人と友好関係を結ぶ融和政策を行っていました。これはブリミル教の教えに叛く事です。
ですから王を殺害しても謀叛にも成りません。異端者を葬るのは正義の行いで、それは誉められる事です。
(本当はお父様が王位を継ぐべきだった。でもあの無能王がお父様を殺した)
その様に周りから言われ、ジョゼフ王は倒すべき父の仇と刷り込まれていました。
健全な肉体に健全な精神は宿ると言いますが、健全な精神ではなくても、偏った信仰と復讐心が動機であっても、信念があれば大抵の困難は乗り越えられます。
(お父様の仇、あいつさえ居なければ……。必ず殺してやる)
病にふせる母の姿を見ていると嫌でも気付かされました。幸せだった日々は失われたのです。
逆恨みだと言われても、その怒りをぶつける対象はジョゼフ王しかいませんでした。
その結果、彼女は復讐に取り憑かれたのです。ああ、何て可愛そうなタバサなのでしょう。
普段の物静かなタバサの様子から、そんな暗い情念を抱いているとは知らないムーミンです。そして気付きもせずに「僕の教えは甘くないよ」と簡単に引き受けました。
ルイズが浴場を出ると日はすっかり落ちてしまいました。髪をなびかせる夜風が心地好く感じられます。
シエスタを従えてコツコツと靴音を規則正しく響かせながら、寮に続く渡り廊下を歩いていたルイズは中庭に目を向けました。泥だらけのムーミンとタバサが、シルフィードの体を背もたれにして芝生の上で横になっています。
「ムーミン、タバサ」
近付いて声をかけますが遊び疲れたのか眠り込んでいます。満足そうな寝顔を見ていると楽しんでいた事が分かります。タバサもいつもの人形の様な雰囲気が取れて、年相応な表情を浮かべています。
「何やっていたのかしら」
視線を周りに向けると、シルフィードがきゅいきゅいと鳴きながら小首を傾げました。
「って、訊いても答えてくれる訳がないか」
そう呟くと、二人をどうしようか悩むのでした。