穏やかな日差しの午後、お昼ご飯を食べ終えたムーミンは木陰で休んでいました。
ムーミンが学院の中庭で孤児院の歌であった「フィリフヨンカよ永遠なれ」の替え歌「フィリフヨンカは墓の下」を歌っていると才人がやって来ました。
突き付けられる剣は刃を潰した訓練用の物ですが、重さは本物です。
「ムーミン。遊ぼうぜ」
才人の言葉にムーミンは目を細めて立ち上がると、片手で軽々と剣を受け取ります。
「かかってこい小僧。俺が戦争を教えてやる」
「やってやるよ豚野郎。俺だって元高校生だ、虐めに比べればカバなんて怖かねえ!」
今日は何の役に成りきってるのでしょうか? 二人はのりのりです。他の使い魔や使用人が見学をしています。お遊びの範疇で大事にはいたらないので、毎回、剣劇を見学してる様な物です。
ムーミンは今と言う時を心から楽しんでいました。今の生活はムーミンにとって初めての自由です。
孤児院での生活は虐待もなく満足な食事を与えられていました。自由時間もありました。
ですが心を満たされる事がありませんでした。時間と躾で全てが管理された生活。ああ、なんと苦しい日々でしょうか。
その為、ムーミンは囚人の様な生活で洗脳されていたと信じています。だからこそ今の自由な生活、それと才人との遊びも楽しいものでした。
ムーミンに向かってダッシュする才人。斬撃をヒラリ、ヒラリと避けるムーミン。
「その程度か」と冷笑を浮かべたムーミンに対して才人は「舐めるな!」と雄叫びをあげて飛びかかります。
ルーンの力で能力が強化されている訳でもないのに中々の動きです。
日頃のまき割り等で鍛えられているのでしょう。それに時々、衛兵の訓練を見学していました。世の中には悪い貴族やごろつきもいますからね。
「甘い」
ムーミンの放ったストレートブロウが才人の顔面を捉えました。
加減をしているので頭が砕けたりはしません。ですが殴られれば衝撃は大きいです。
「ぶべら!」
月まで吹き飛ぶと言う例えほどではありませんが、軽くぶっ飛ばされました。
ムーミンに全く歯が立たない事を悟ると才人は剣を投げ出して芝生の上に寝転がりました。
「汚ねえぞ、剣の試合でパンチをするなんて」
「戦いに卑怯は無い。それよりも自分の道具は粗末にするな」そう言うとムーミンは才人の剣を拾って渡しました。受け取りながら才人は尋ねます。
「ムーミンは何でそんなに強いんだ?」
「勘だよ。びびったら負けだ」
ムーミンは生まれてきてからこれまでの経験を話しました。誇張はありますが、本質は変わってはいません。
「僕は冒険家になるつもりなんだ」
最後に言った言葉に、才人は何を言ってるんだこいつはと呆れ返りました。
ムーミンはルイズの傍に居れば一生、困ることの無い暮らしが約束されています。何を好き好んで冒険家になんて成るんだと思いました。
「まぁ、良いんじゃないか」
やっとのことでそれだけが言えました。
ムーミンが遊んでいた頃、教室では授業が行われていました。
教卓の後ろにはトリステインを中心としたハルケギニアの地図が広げられております。
「トリステイン・ゲルマニア間の競合地域では匪賊の討伐が進み安定に向かいつつある。しかし全部を掃討するまでには至っていない。ゲルマニアが匪賊の策動を許しているとの風聞もある」
ちらりとゲルマニア留学生に視線を向ける講師は風メイジのギトー先生です。生まれによる生徒の差別をしませんが、性格に難があり素行不良であっても能力のみを評価する(目溢しをする)人物です。
「ヴァリエール公爵は私兵を以て同地の警備に任じ、王軍派遣部隊を以て追撃を行っていたが聖域に逃げ込まれては手出しが出来ない。そこで王家は外交交渉による解決を模索している」
ギトー先生が話を続けようとしたら、教室の扉が突然開かれました。
講義の最中、飛び込んできたのはコルベール先生です。
「何事ですかな」
コルベール先生の頭からかつらがずれて爆笑されたりしましたが、アンリエッタ王女が来訪すると言う知らせを持って来ました。
事情はともかくとして、授業は中止、教職員・生徒全員が出迎えの為に校門に向かいます。
魔法学院に向かう行列は近衛兵に固められておりました。馬車の中で枢機卿と向かい合って座るのはトリステイン王国を名実共に統治するアンリエッタ・ド・トリステイン。神聖不可侵な王女様です。
「成り上がり者のゲルマニアは、機を見て滅ぼさねばなりません」
「御意に御座います」
マザリーニ枢機卿から見てアンリエッタ王女は男子に生まれなかった事が悔やまれます。アルビオン王家の皇太子に習い、不満分子を徹底的に狩り出した決断は称賛に値しました。お陰で国内の膿は出しきり治安情勢も安定していると言えました。貴族の中に居た不逞の輩を処刑する事で平民に対するガス抜きにもなり、飴と鞭の使い方は絶妙です。
「向こうから手を出して来たのですから覚悟あっての事、選択は必要ないでしょう」
アンリエッタ王女はアルビオンやガリアの代表と接触しゲルマニア問題の決議を行っていた帰りでした。
アルビオンでの反乱鎮圧で、ゲルマニアの軍事顧問と傭兵が捕縛され反乱に対する支援を行っていた事が会議で明らかにされました。トリステインは盟友であるアルビオンを助け、ゲルマニアへの経済封鎖を行う事に成りました。いざとなれば戦いも辞さないトリステインの姿勢は、伝統に胡座をかくだけの保守派とは違うと諸国の指導者に見せつけました。
ロマリアとガリアも今回の懲罰に参加します。自分の国で同じことをされてはたまりませんから、当然と言えば当然です。ロマリアにしてみれば聖地奪還の通り道でもあり、エルフとの聖戦発動の前に各国が疲弊する事は避けるべき事でした。利害の一致によって、ゲルマニアはハルケギニア全土を敵にしたと言えます。
学院が近付くと近隣の住民が馬車の外からアンリエッタ王女万歳、トリステイン王国万歳と讃える声が聴こえます。窓を開けるとアンリエッタは手を振りました。アンリエッタ王女の尊顔を拝して民は歓喜の表情を浮かべています。これも高貴なる者の勤めです。
夜になるとアンリエッタ王女がルイズの部屋にやって来ました。お友だちとの再会とお喋りが目的です。女子寮は男子禁制の聖域で入口横の宿直室を通過できれば、後はこっちの物です。
「久しぶりですねルイズ。それとムーミン」
フードを被ってはいましたが、入室前の名乗りで姫様だとルイズには伝えられていました。念のために女性衛士が部屋の外を固めていますので、不心得者が立ち聞きをしようとしても無理です。
「姫様」
ムーミンにしては珍しく膝をつき礼をしました。
それも当然でアンリエッタとルイズは幼友達です。ルイズの襲撃事件後、見舞いでヴァリエール家を訪れた時にムーミンと知己を得ていました。
アンリエッタはお供を連れていました。使い魔のフレドリクソン。ムーミン族ではありませんが、ムーミンと同じ亜人で赤い耳が特徴的です。
「やあムーミン」
「君か。元気にしてたかい」
フレドリクソンはお城で研究を行っていました。ときおり、甥のロッドユールがお城に必要な物を届けているそうです。国がパトロンであるので予算はほぼ無制限ですが、最近は兵器の研究が多いそうです。
「ああ、お陰さまでね。君こそ活躍してるそうじゃないか」
「大したことはしてないよ」
謙遜するムーミンにフレドリクソンは続けます。
「僕の船がやっと出来たんだけど、今度、乗りに来ないかい?」
フレドリクソンは風石に頼らない船を研究していました。数少ない友人に自慢したく成ったのでした。
「構わんよ」
冒険家を志すムーミンは発明家のフレドリクソンと馬が合いました。
使い魔同士で親交を暖めている間にご主人様同士でも何やら内緒のお話をしていました。
「それではルイズ、正式な書面は王宮に戻り次第、ヴァリエール公爵を通して渡します」
「はい姫様」
お話は終わったようです。アンリエッタを見送ろうとルイズが立ち上がると、アンリエッタは手を差し出して来ました。
「姫様?」
「何をしてるのですルイズ。服を着たままでは眠れないではありませんか」
王族にも心を許せる友と過ごす時間は必要なのです。寂しかったり辛い事を一人で我慢してると人は死んでしまいます。
ああ、と納得したルイズはお着替えをお手伝いしました。
幼い頃の様に同じ寝台に並んで横になり、近況など他愛の無いお喋りをして一夜を過ごしました。
ムーミンはフレドリクソンを誘って、他の使い魔と中庭で楽しく夜会を始めました。
「お肉、お肉が欲しいのね!」と叫んだ誰かのせいでご主人様が怒鳴り込んで来るまで。