「はぁはぁ……」
走ってどれくらいの時間が経ったのでしょうか。
ルイズとムーミンは見知らぬ道の真ん中でへたりこんでいます。
「何なのよ! あいつら、突然襲って来たりして」
むき出しの殺意を感じた恐怖。そしてルイズを守って倒れた護衛の姿が脳裏にちらつきます。
人が血塗れになって倒れ伏す姿を見たのは初めてです。かなりの出血量で無事だとは思えません。一歩間違えば、それは自分だったのかもしれません。
込み上げてくる震え。体を抱き締めるルイズ。
誰がなぜ襲ってきたのか。
ガリアによるトリステインとゲルマニアの不和を狙った謀略、あるいは不平貴族による襲撃かもしれません。
ルイズの頭は予想外の事態に整理できず混乱しています。汚れた顔を拭う余裕もありません。
仰向けに寝転がったムーミンは呼吸が戻ると首だけ動かしてルイズに尋ねました。
「ルイズ、怪我は無い?」
ムーミンの声にルイズは、はっとします。
自分の事で一杯でしたが気付きました。ムーミンが守ってくれたのでルイズに怪我はありません。
「うん、大丈夫よ。そう言うあんたこそどうなのよ」
自分を助けてくれたムーミン。食い意地の張った使い魔から、頼りのなる使い魔にルイズの意識では昇格しました。
「ちょっと擦りむいたぐらいかな」
「そう。使い魔ならご主人様を守るのは当然よね」
外傷はそれほどありませんが、ルイズを守るために無我夢中で走りムーミンはくたくたです。こんなに本気で走った事は記憶にもなく無理をした様です。体の節々が痛み身動きが取れません。
「……でも、良くやったわ。ありがとう」
ルイズはムーミンを誉めました。
「もう大丈夫そうよね」
そう言いながら周囲を見回したルイズは眉をひそめました。辺りの風景に見覚えはありません。
道は歩けばどこかに繋がっています。ルイズは立ち上がり埃をはらうと歩き出しました。
木の枝に停まる鳥のさえずりを聴いてムーミンが言いました。
「お腹減ったよルイズ」
あれから何時間か道をあてもなく歩き、口にした物と言えば途中の小川に流れる水だけです。ムーミンの言葉にルイズは内心で同意しながらも、皮肉で返します。
「あんたの発想がどこから出たのかわかるわ。わかるけど、少しは自嘲しなさいよ。あんたは食べ過ぎだから少しぐらい痩せた方が良いわよ」
ムーミンの丸みをおびた体はお腹が出ていました。ムーミンも自覚症状があるのか自分のお腹を撫でると何やら考え出しました。
ルイズも空腹を感じていましたがそれよりも気になる事があります。
「それより、ここはどこなのよ?」
これまですれ違う人もいませんでした。人通りが少ないのか、落ち葉は踏み荒らされていません。
一本道を歩いてるだけなので迷ってしまったと言えるのかは不明ですが、現在地を見失っていました。
疲れて道端の木にもたれかかるルイズ。
さっそくムーミンは食べれる物が生えてないか探します。
ゼンマイ、ワラビ、フキノトウ。そう言った物でもあれば良いのですが都合良くはいきません。
「うばぁー、ぺっぺっ」
ムーミンは道草を食べて吐き出しています。
毒草ではなくて良かったのですが、迂闊すぎる行動です。道草を食べてはいけません。
「馬鹿ね……」
ルイズの言葉に元気はありません。夕暮れに吹く風が肌寒さを覚えます。民家は見当たらず、このままなら野宿をするしかありません。
トリステイン王国の名門貴族、ヴァリエール公爵家の三女がです。
「野宿なんて私、初めてよ」
今日はここで過ごすしか無いのでしょうか。
雲の隙間から見える太陽、風に揺れる木々。普段見る事の無い風景で、家路がとても遠くに感じられました。
泣きそうになるルイズ。
ムーミンを抱き寄せ膝の上で抱えるルイズ。
砂を踏む足音に頭を上げると、人影がルイズの足元に伸びてきました。
「あの、貴族様。何かお困りでしょうか?」
お使いか何かの帰りでしょうか。通りかかった黒髪の少女が恐る恐る話しかけて来ました。
純朴そうな雰囲気と土とブドウの香りがします。
ルイズは人見知りするタイプで初対面には無愛想です。
ほら、今回もまた――
「何よ、あんた」
上から下まで遠慮無く観察するルイズの視線に少女は怯みます。
服装は、ヴァリエール公爵家で働く使用人よりも貧相な物でした。
「ルイズ。親切に話しかけてくれた人にその態度は無いよ」
平民にとって貴族は生殺与奪が気分次第で行える畏怖対象です。普通なら近寄りたくもありませんが、困ってるルイズの様子を見て話しかけました。よっぽど人が良いのでしょう。
「う、うるさいわよ馬鹿豚。ご主人様に恥をかかせるんじゃないの」
ルイズは持っていた杖でムーミンの頭を軽く叩きます。
「ん、んん」
固まる少女にルイズは咳払いをして話しかけました。
「そこの平民。ここはどこなの?」
人に物を教えてもらう態度ではありませんが、少女は貴族の横柄さに慣れていたので普通に答えます。
「ここはタルブ村の近くです、貴族様」
少女の返事にルイズはきょとんとします。自分の記憶でタルブと言う地名は一つしか知りません。
「タルブ? タルブってワインの名産地の?」
少女はさも当然と答えます。
「はい、そのタルブです」
ヴァリエール公爵領にいたルイズ。タルブの位置を頭に描きます。
地図に描かれる直線。
「はあああっ?!」
実家に戻るどころか見当違いな遠方に来てしまいました。