ルイズさんと灰色豚   作:キューブケーキ

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痛いです、お姉さま

 やってしまいなさいと言うルイズの許可を得て、ムーミンはモットを袋叩きにしました。

 ルイズの目に浮かんだ涙を見れば嫌がる事をされたと理解できます。ルイズを泣かす事は許しません。使い魔は主人を守る物ですから。

 部屋にはむせかえるような血の臭いが漂っています。血塗れになり床で芋虫の様に悶えるモット。全身打撲による骨折、内臓損傷と言った重傷ですが死んではいません。

 表情を変えずにルイズが殺さないようムーミンに命じたのです。その時のルイズは貴族の風格を漂わせていました。

「ムーミン、しゃがみなさい」

 ルイズはモットが無力化されたのを見届けると命じました。

「何で?」

 手に付着した血をシーツで拭っていたムーミンは問い返します。

「私、裸足なのよ。そのまま歩けって言うの?」

 ムーミンのゴム底の様な足の裏と違いルイズはお嬢様です。珠の様な足に怪我をしてしまいます。

「やれやれ」

 苦笑を浮かべルイズに背中を向けてしゃがみこむムーミン。

 ルイズは蔑んだ目でモットを一瞥すると、ムーミンに背負われ館を出ます。

「さあ、帰るわよ」

 台風の様に暴れまわった亜人を止められる様な猛者は館にいませんでした。

 茫然と見送っていた使用人達はモットを思い出し、慌てて寝室に向かいます。

「旦那様!」

 駆け寄ってきた使用人の手を振り払い、モットは口元の血を手の甲で拭いました。

「ぐう……おのれ……」

 激痛に苦しみ血の混じった唾液を吐き出すモット。

 ルイズが逃げた為、いずれはヴァリエール公爵の耳に届くでしょう。そうなればいくらリッシュモンでもモットを庇いきれません。このまま逃がせば身の破滅です。

「そう言えば……」

 ――迷子で村にやって来たそうです。

 村人の男から聞いていた事を思い出しました。

 まだやり直せる機会があると気付きます。

 ヴァリエール公爵領に帰るには距離があります。それまでにルイズを始末出来れば全て無かったことに出来ます。

「待ってろよ、小娘」

 自分の治療に水魔法の秘薬を使わせながら、モットは復讐を脳裏に描き歪んだ笑みを浮かべました――

 

 

 

 モットの館を出たルイズとムーミンですが、タルブ村への帰路がわかりません。

 道なりに歩いていると分岐路に出ました。

「右か左か。どっちに行く」

 標識も出ておらず不親切です。

 ルイズはムーミンの背中から降りて地面を観察します。

「んー、轍の量はこっちの方が多いわね」

 轍は馬車や荷車が通った時に跡が付きます。

「じゃ、左?」

 ムーミンの問いにルイズは頷きます。

「良いわ。交通量が多いなら大きな街か村につくでしょうし」

 当たっても外れても何処かに着くのは間違いないでしょう。

 再びムーミンの背に乗るルイズ。

 疲労からうつらうつらとしています。

「ルイズ、食べる?」

「んー?」

 差し出されたパンを受け取ります。

「あんた、どこからパンを」

「えへへ」

 館を出る前にムーミンが厨房から失敬したパン。軽食代わりにつまみながら先を進みます。

 ムーミンの頭の上で腕を組みながら頬付けをしていたルイズはうたた寝をしています。

「あ、街が見えてきたね」

「んっ?」

 ムーミンの声に目を醒ますルイズ。視線の先に白い街並みが見えました。

 川で大きくは二つに区画整理された街。トリステインでも規模の大きな街は限られます。

「トリスタニア」

 ルイズは街の名前を口にしました。

「王都よ、あれは」

 また実家とは違う方向に来てしまいましたが、今回はさほど心配をしておりません。

 王都にはヴァリエール公爵の別宅もありました。王都の仕事でヴァリエール公爵の帰宅が遅くなる時や、夜会に誘われた時に使用されます。普段は本宅同様に使用人が館の管理をしており、姉のエレオノールが王立魔法研究所にここから出勤しています。

「姉様、戻っているのかしら?」

 自分が悪いわけではないのですが理不尽な姉の事です。怒られる事を確信してルイズはげんなりとしました。

「おい、あの娘亜人に乗ってるぞ……」

 道幅が広くなり人通りも多くなって来ました。亜人に背負われたルイズに好奇の視線が集中します。

「なんで下着姿何だ?」

 その一言で下着姿なのを思い出し、羞恥心から顔に血液が集まるのを感じたルイズ。体を縮込めようとしますが無駄な努力です。

「ルイズ、ルイズ。暴れないでよ」

 ムーミンが抗議の声をあげますが、ルイズは顔隠す事で頭が一杯です。ムーミンの尻尾にも手を伸ばしますが長さが足りません。

「痛いよルイズ。引っ張らないで!」

 そう言いながらもルイズを落さないよう気配りを忘れません。

「最悪だわ……何だって私がこんな目に……」

 ムーミンの頭の上でルイズはぶつぶつ言っています。露出狂の性癖も無いため、顔をムーミンの背中に押し付け隠すのが精一杯です。

 平民、貴族を問わず向けられる視線。

「何だあの娘は」

「さぁ」

 街中を奇異な物の様に晒し者になって移動しました。

「これも全部、あの変態メイジのせいよ!」

 別宅には昼過ぎに到着しました。

 慌ただしく動き回る使用人達。戦時さながらの緊迫した空気が漂っていました。

「あの……」

「ん――ルイズお嬢様!?」

 薄汚れた亜人に乗って少女が現れた時、ヴァリエール公爵別宅の使用人はルイズだと直ぐに気が付きました。特徴あるピンクの髪もそうですが、ルイズ襲撃と行方不明の知らせは届いており発見しだい連絡するよう厳命されていました。

「ちびルイズ!」

 頭上から名前を呼ばれルイズは頭を上げました。

「姉様……?」

 金髪の女性が二階から足音も高く駆け降りて来ます。ルイズの姉、エレオノールその人です。

 ルイズが襲撃で行方不明になるとエレオノールは捜索に加わろうとしましたが、父ヴァリエール公爵に王都に戻る様に命じられていました。両親の険しい表情と空気から、素直に引き下がり帰りはしましたが、ルイズは大切な家族です。心配で仕事も手につきませんでした。

 階下から聴こえたルイズの名前。窓から顔を覗かせれば見間違えの無い妹です。

 エレオノールはルイズに飛び付きました。

「心配したのよ、馬鹿ルイズ!」

「は、はい。姉様」

 エルオノールの感情発露に戸惑うルイズでしたが、いつものように頬をつねられたのはお約束です。

「いたいれふおへいはま」

 抱き締めていた腕を緩めルイズの姿を一瞥すると目を細めるエレオノール。

「それと、その格好はどう言う事か説明して貰うわよ」

「あ……」

 場所を居間に変え、事情を説明するとさらに叱られました。

「逃げるにしても場所を選びなさい!」

 ムーミンにも話を聞こうとエレオノールは思いましたが、食事を済ませると満腹感からルイズの膝元で寝ています。

「だらしのない使い魔ね」

 そう言いながらもエレオノールの視線は軟らかい物でした。

 妹を守ってくれたムーミンに感謝しています。ムーミンがいなければルイズは傷物になっていただけでは済まず、こうして再開する事もなかったかもしれません。もし妹を失えばと考え、身震いと同時にモットに対する激しい怒りを覚えました。

「――ともかく、お父様とお母様に貴女の無事を知らせるのが先ね」

「はい……」

 襲撃事件発生から行方不明になり大騒ぎだったと言います。どれ程家族が心配したか計り知れません。後は姉や両親に任せる事だとルイズも理解しています。

「……感謝してるわよ」

 眠るムーミンの頭を膝枕して撫でながら呟くルイズでした。

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