その天災は、突如ここ「カルネ村」の広場に降り立った。
それは無機質な脅威。
それは宇宙からの試練。
それは神の最高傑作。
それは…抗う事すら冒涜と云えよう、超越した力。
村人はようやく一段落した今朝の悲劇を半ば忘れるほどに恐怖した。
いや、恐怖などとは違う。もっと本質的な…畏れ。
それは歪んだ時空から突如降り立ち、全身を怒りで震わせながら、大気すらも逃げ出すほどの大声で叫んだ。
「でてこんかいホネェェェェ!!!!!!」
全てが震え、全ての生物が恐怖から体を強張らせ、逃げることすらできずにこの天災に居合わせた己を恨む。
その場にいた全ての生物が、本能から、抗えないと強く確信する。
逃げる際に視界の邪魔になってしまったら。この息が聞こえて煩わしさを与えてしまったら。
生きているそれすら怒りに触れてしまったら。
自分の命など、瞬きの間もなく消し飛ぶ。
だから息をせず、動かず、ただ、待つ。怒りが収まるのを。天災が過ぎ去るのを。
天災に向かって疾走するそれを村人が視界に捉えたのは、どれだけの時間がたってからのことだろう。
1時間か、10時間か。恐怖に耐えた時間など正確には覚えていない。
ーー実際には5秒、なのだが。
それは命の恩人、村の恩人。偉大なるマジックキャスター、アインズ様。
諦めるしかないような天災も、先ほどまでのようにこの御方がどうにかしてくれる。そう信じ、祈る。
その矢先、轟音が耳を襲う。
先ほどの叫びではなく、金属が金属と強くぶつかる音。地面を何かが抉る音。
突然薄れた圧力からようやく顔を動かすことに成功した複数の村人が、それを後悔するように、顔を青く染める。
天災とアインズ様の間にあるのは溝。
溝は天災の右に向かって長く伸びており、砂埃を上げている。
その溝の先には、先ほど村を襲った騎士ですら玩具のようにあしらわれた、死の騎士…であろうモノが転がっている。
それは辛うじて動いているものの、もはや先ほどまでの恐ろしさなどなく、ただのガラクタにすら見えた。
いったいなにがどうなっているのか。
もはやこの村は…この国はダメかもしれない。
恐怖の限界から思考を辞めた村人達は、ただ、全てが終わるのを待つのだった。
村長から情報を提供して貰っていたとき、村の中心に敵意が生まれた。
モモンガはそれを察知し、それがNIKUYAであると感じ、ない皮膚から冷や汗を掻いた錯覚を感じた。
なにかナザリックで問題があったのか。
もしやNPCに言いくるめられて俺を討伐に来たのか。
いや、NIKUYAさんはそんな人じゃない。そうだとしても、敵意丸出しで単身襲ってきたりはしない。
ならば…そうか、俺がなにかしたか。なにをした…そう、村を助け、軍と戦闘した。
NIKUYAさんがあんなに怒りを露わにしているということは、助けたことより戦闘したことについてだろう。
それらはすでにNIKUYAに伝わっている、どこまで伝わっていて、どこで怒ったか。
「アルベド、デミウルゴスにメッセージを送ったのか。」
モモンガと同じように動揺しているアルベド。
「はい、あらゆる事態を想定し、随時報告しておりました。」
「そうか…戦闘についてはどう報告した。」
多分、ここだ。この報告をデミウルゴスがNIKUYAさんに伝え、何かが琴線に触れたのだろう。
「下位天使複数と戦闘後、敵の切り札であろう天使の7位階魔法により少量のダメージを受けたが、大事には至らず、勝利。と。」
「…ダメージ、か」
それだ…慎重に行きましょうね、と約束した矢先に外に飛び出し、大騒ぎした挙句にダメージを食らう。
逆の立場なら超位魔法用意して殴り込みに行くわ。
…これは由々しき事態だ。何とかして、それこそ土下座でもして怒りを治めてもらわないと。
空気を裂き、NIKUYAの咆哮が響く。
「あーもう考えても仕方ない!土下座だ!」
村長宅の扉を押し開け、全力疾走でNIKUYAの前に立つ。
「NIKUYAさん、ごめんなs
「こんのアホ骨がぁぁ!!」
NIKUYAの拳が振りかざされる。
あ、これ駄目だ。死ぬかも。
100lvのガチ脳筋ビルドの攻撃力は理不尽である。食らえば死ぬか動けなくなるか。
回避するのは容易だし、魔法で牽制してれば回避すら必要ない。その点でいえばモモンガのほうが有利ではあるのだが。
仕方がないとはいえ、自ら死地に飛び込んでしまった。もう、NIKUYAの手加減を祈るしかない。
だが、モモンガが全壊(骨なので)することはなかった。咄嗟に間に入り込んだデスナイトが、モモンガの盾になったのだ。
役割を果たそうとしたソレは、NIKUYAの怒りと力を受け、地面を抉る鉄球に成り下がる。
特性により体力を1残したそれは、動ける体ではなくなり、ただ、主人への攻撃がこれ以上ないことを祈るのであった。
その時間稼ぎに心から感謝しつつ、モモンガは営業で培ったすべての技術を動員しーーアルベドと共にーー土下座した。
「NIKUYAさん、申し訳ございませんでしたー!!」
NIKUYAが出てきたゲートからさらに人が出てきたのも気にせず、ただ心から、謝罪する。
勢いよく下げられた頭は地面を叩き、小さな地響きを起こす。
「モモンガさん…もう…」
NIKUYAから掠れた声が聞こえる。
怒りはさっきの一撃で収まったようだ。
「ごめんなさい、NIKUYAさん…ダメージも、大丈夫ですから。もう二度と、こんな危ないことはしません。だから…」
顔を上げ、NIKUYAを見据える。震えていたそれは、力を無くしたように膝から崩れ落ちる。
「じんばいじだんだがらぁぁ…」
そのゴーレムの目があるであろう処から、液体が溢れ出る。
隣にたっている、先ほどゲートから現れたシャルティアが状況を飲み込めずあたふたし、何故か同じように泣きわめいている。
自分の隣で土下座しているアルベドも、全身を震わせ、声を押し殺し泣いている…
「ふふっ」
自分のためにこんなに心配してくれる人が居るんだ、ちょっとでも疑った自分に腹が立ち、それよりも、こうして泣いてくれていることに、嬉しさを感じ、つい笑ってしまった。
「笑い事じゃ!ないから!もう!この!骨!」
NIKUYAからの平手の応酬を食らいながら、やはり自分は良い仲間と部下を持ったと、確信するモモンガであった。
「で、アインズ・ウール・ゴウンを名乗ると。」
今日空き家になったという軒を借り、適当に盗聴対策を施し、NIKUYAとモモンガが緊急会議をしている。
「ええ、なので、これからはアインズと呼んでいただけると…やっぱり駄目ですかね?」
「いや、構いません。…他のメンバーが帰ってきたらその都度聞いてください。」
「そうですね。ありがとうございます。」
なぜ村を助けたか、何があって戦闘し、なぜダメージを受けたか、これからこの村をどうするかを話し合い、一段落した二人。
デスナイトは時間経過のHP回復によって半分ほど回復し、いまは村の復興を手伝っている。
アルベドとシャルティアにはこの軒の護衛を任せている。
村の周囲には隠密に長けたシモベが複数潜伏し、侵入者が来ないか見張っているらしい。
「じゃあ、えっと…この村は外界進出の足掛かりになるから繁栄を手伝う、それと、人間のフリして冒険者やりたい、俺も冒険者なれよ、と。」
「そうなりますね。」
「…馬鹿じゃないの?」
「……ごめんなさい。」
さっきダメージを受けて、危険な可能性もあると判明したばかりなのに、危険を伴うであろう冒険なんて。
この骨、もしかして浮かれてる?
「…なんで冒険者なんて?」
「そりゃあ、私たちもともと冒険者としてユグドラシルに降り立ったじゃないですか。」
「…なるほどね。」
「それに、この現実感…自然。空は明るいし、風はいい匂いがする。草は青くて、鳥が自由に飛び回ってる。こんな綺麗な世界、冒険しないほうが無理でしょう!」
気持ちはわかる。ユグドラシルをはじめたのも、新しい世界を見たかったからだ。
それよりもリアルで広いであろう世界に来たのだ、好奇心が刺激される。
アインズの言う通り、空気は美味いし太陽は温かい。22世紀ではヴァーチャルでしか体験できないソレが、ここでは現実なのである。
それにこの世界には都合よくも「冒険者」なんて職業があるらしい。
「じゃあ二人でやりましょう、冒険者。」
「マジですか!ありがとうございますNIKUYAさん!」
「ただし!!」
「はい!」
「護衛として二人、連れていきましょう。」
当然の判断である。危険があるかもしれない世界に、二人で旅立つなんてそもそもNPC達が許してくれるわけも無し、俺も許さない。
「私としては、二人でユグドラシル時代みたいな冒険をしたいんですけど…NPCがいると演技が…」
「演技をしてるていで素でいきましょう。あの子らはそれで騙せます。」
「騙…そうですね、演技のフリ、いいですね。」
「じゃあ連れていくNPCを決定する会議を…」
この会議は日が沈むころまで長引き結局決まらず、後日決めることとなった。
「…日も沈みましたし、帰りますか?」
「そうですね。じゃあ帰りましょう、NIKUYAさん。」
村長に軒を借りた礼を言い、アインズの開いたゲートからナザリックに帰還する。
左利きです