オートパイロットの実験も中盤に差し掛かった時、突如警報が鳴り響いた。
「どうしたの?」
「シグマユニットAフロアに、汚染警報が発令されました!」
「汚染警報!?」
全く予期していなかった報告に、リツコとミサトの顔色が変わる。その間にも続々と入ってくる情報を、スタッフ達が口早に報告する。
「第87蛋白壁の劣化、発熱を確認」
「第6パイプにも異常が発生しています!」
「……第87蛋白壁って確か」
「ええ、実験前に青葉二尉が言っていた浸食部。そして……ここの直ぐ上よ」
ただならぬ事態に深刻な顔で天井を指差すリツコ。今のところ原因は不明だが、場所が場所だけに実験へ影響が出るのは避けられないだろう。
「た、蛋白壁の浸食部が増加。凄まじい速さです!」
「リツコ!」
「ええ、やむを得ないわね。実験中止、第6パイプを緊急閉鎖して」
「了解!」
素早く下された指示によって、実験が行われているプリブノーボックスと浸食部は、非常用シャッターで物理的に遮断された。
「ふぅ、これでどうにか――」
「だ、駄目です。浸食は壁伝いに侵攻しており、せき止められません!」
一息つこうとしたミサトだったが、マヤの報告に顔をしかめる。防壁が無力化されてしまえば、物理的に浸食を止める事は困難だからだ。
「浸食がここに到達するのは?」
「およそ180秒後です」
「ポリソームを出して。浸食が出現したと同時に、レーザーを発射」
模擬体がそびえる実験室の壁から潜水艦の様なマシン、ポリソームが数台発進する。遠隔操作されたポリソームは、浸食到達予想地点に向かいレーザーの発射態勢をとった。
「浸食、来ます!」
到達予想時刻になり管制室は緊張感に包まれる。全員が浸食予想部分へ視線を向ける中、異変は予想外の所に起こった。
『きゃぁぁ!』
突如管制室に響く悲鳴、それはレイのものだった。慌ててリツコ達が視線を向けると、動くはずのない模擬体の右腕がハッキリと動いていた。
「レイ!?」
「模擬体の右腕部に浸食発生。下垂システムにまで及んでいます」
「不味いわ、全プラグを緊急射出。レーザーを撃ち込んで」
シイ達を乗せたシミュレーションプラグは強制排出されると、実験室を抜けてジオフロントまで脱出する。それと同時にポリソームが浸食部へレーザーを放った。
浸食部が徐々に焼き払われ、間もなく消滅出来ると思われた時、突如出現した光の壁にレーザーが弾き返されてしまう。
「ATフィールド!?」
「そんな、まさか……」
「パターン照合。これは……波長パターン青、使徒です!」
マヤが浸食の正体を告げる頃には黒いシミの様な浸食部変質し、赤い斑点の様な輝きが見られた。
※
発令所で待機していた冬月の元に、リツコから緊急通信が入った。
『プリブノーボックスに、使徒の侵入を確認致しました』
「使徒だと!? 使徒の侵入を許したのか」
『申し訳ありません』
「……セントラルドグマを物理閉鎖。シグマユニットと隔離しろ」
リツコを叱責しても事態は改善されないと、冬月は頭を使徒の対応へ切り換えて直ちに指示を下す。使徒の侵入という緊急事態に発令所がざわつく中、姿を現したゲンドウが声を張り上げた。
「警報を止めろ!」
「りょ、了解。警報を停止します」
気圧された青葉が端末を操作し、本部内に鳴り響いていた警報が止められた。
「探知機のミスによる誤報。日本政府と委員会にはそう通達しろ」
「了解」
ネルフが使徒を探知すると、自動的に関係各省へ連絡が入る。それを良しとしないゲンドウは、今回の使徒侵入を誤報として片づけようとした。
「セントラルドグマへの侵入を許すな。シグマユニットは破棄しても構わん」
「エヴァはどうなっている?」
ゲンドウの隣へと移動した冬月が尋ねる。
「現在ケージにて待機中。パイロット回収後、発進準備に入ります」
「パイロットは?」
「ジオフロントの地底湖にて、射出されたプラグを確認しています」
第三新東京市の地下に広がるジオフロント。そこにはネルフ本部を中心に、地下とは思えない程の自然が広がっている。プラグが着水した地底湖は、本部から少し離れた位置にある巨大な湖だった。
「回収までは少し時間が掛かるな……」
「パイロットを待つ必要はない。直ちに地上へ射出しろ」
「えっ!? しかし」
「エヴァ無しでは使徒を殲滅することは……」
「その前に使徒に汚染されれば全ては終わりだ」
唯一の対抗手段であるエヴァが敵の手に落ちれば、ネルフに打つ手はない。無防備なエヴァを守るためには、安全な地上へ退避させる必要があった。
「了解。射出準備に入ります」
「初号機を最優先しろ。その為に他の二機を犠牲にしても構わん」
不可解な指示だった。もし三機のエヴァに優先順位をつけるなら、最新型の弐号機が選ばれるべきだろう。だが圧倒的な威厳を持って下されるゲンドウの指令は、青葉と日向の反論を一切許さない。
「現作業を中断。初号機を最優先に地上へ向けて射出。司令の命令だ」
日向は現場の作業員に指示を伝え、無人の初号機が地上へと送り出される。
「さて、エヴァを使わずにこの厄介な使徒をどう殲滅する?」
「……人の力を使ってだ」
冬月の問いかけに、ゲンドウは発令所へ駆け込んできたリツコを見て力強く答えた。
※
使徒の浸食は留まることを知らず、実験が行われていたプリブノーボックスから、シグマユニット全体へと広がっていた。非常用シャッターによりセントラルドグマと物理的に閉鎖が行われる中、赤く輝く使徒の姿を肉眼で確認している男が居た。
「あれが使徒か。この機会を狙っていたのは、あちらさんも同じだったのかな」
軽口を叩く男の目前で非常用シャッターが閉鎖されていく。冬月の指示通りシグマユニットは、セントラルドグマと隔離されていったのだ。
「ま、俺の用件は大体済んだし、後は本職に任せるとするかね」
男は何処か余裕を持って呟くと、誰に知られることなく姿を消した。
※
セントラルドグマの閉鎖は終了した。だがそれと時同じくしてシグマユニット全域、ネルフ本部の大深度施設は殆どが使徒に占拠されてしまった。
「赤木博士、どう見る?」
「今回の使徒は、触れた物を自己として取り込む性質を持つ、細菌サイズのものと推察されます」
「自己として取り込む、か」
「はい。この使徒に核という概念があるのかすら、現状では分かりません」
リツコの仮定にミサト達の顔が険しくなる。もし仮定が正しいならばエヴァでも殲滅は困難。下手すれば使徒に乗っ取られる可能性も高い。
(碇司令の判断は正しかったって事か。初号機を優先したのは、何か訳ありっぽいけどね)
ミサトは司令席に構えるゲンドウへチラリと視線を向けたが、言葉を発することはしなかった。
「厄介だな。対応策はあるかね?」
「こちらをご覧下さい」
冬月の問いかけにリツコはメインモニターに、使徒浸食部の境界線を表示させる。爆発的な速度で浸食した使徒だったが、ある場所だけは浸食を免れていた。
「これは?」
「無菌状態維持の為、オゾンを噴出しているエリアです」
「じゃあ何? 使徒は酸素に弱いって事?」
「あくまで可能性の一つだけどね。ただ試してみる価値は充分あるわ」
「よし、使徒の浸食部へオゾンを注入しろ」
リツコの考えに賛同した冬月が指示を下す。使徒の浸食部へ大量のオゾンが注入され、酸素濃度が急速に高まっていく。それは絶大な効果を発揮し、使徒はオゾンに追い払われる様に侵食部を減らしていった。
「おぉ、凄い効いてる」
「いい感じね」
「使徒浸食部、減少していきます」
マヤの報告に、行けるかと言う空気が漂う。だが異変は直ぐに起こった。
「……あれ、変だぞ」
「浸食部が……増大していきます」
「オゾンを増やせ」
「駄目です。浸食部拡大。オゾン注入の効果はありません」
減少していた使徒の浸食部は直ぐさま元に戻り、今度は先程まで浸食出来なかった、オゾン噴出エリアまで拡大していった。使徒は先程までとは一転して、オゾンを好物のように積極的に受け入れている。
「オゾンを吸収してる……進化しているの……凄い」
短時間で弱点を克服しそれを自己の味方に付けた使徒の姿に、リツコは思わず感嘆の声をあげた。
「オゾンを止めろ」
敵に塩を送る行為と分かった以上、オゾンの注入は逆効果。冬月は苦々しい顔で指示を下す。
「どうやら使徒の環境適応能力は、私達の常識を遙かに凌駕する物の様です」
「って事は、こっちが使徒の弱点を見つけたとしても」
「効果があるのは最初だけ。直ぐさま対応されて、逆効果になるわね」
肩をすくめながらリツコは告げた。一度で倒せなければ、二度目からは通用しなくなる。それは今までのどの使徒よりも、対抗するのが難しい性質だった。
「だが使徒が生命体である以上、完璧な存在である筈が無い」
「はい。まずはMAGIに情報収集をさせて、対策を練るべきかと」
「致し方ないな」
現状では打つ手なし。認めたくないがそれが現実だった。
「マヤ、MAGIを――」
リツコが指示を出そうとした瞬間、本部館内に緊急警報が鳴り響いた。
「どうしたの!?」
「メインコンピューターが、ハッキングを受けています!」
「こんな時に……」
忌々しげに顔を歪めるリツコ。外部から侵入を受けている状態で、MAGIを情報解析に専念させるのはリスクが高い。侵入者へ防壁を展開するなど、そちらにも力を割かなければならなかった。
使徒とハッキング。二つの敵は、容赦なくネルフへと襲い掛かるのだった。
ようやく姿を見せたイロウルさん。今思い起こしても、やはり歴代使徒の中でも最恐、一番質が悪いと思います。
普通に戦ったらまず勝てませんからね。
今回も区切りが非常に悪いので、続きも投稿致します。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。