中学校を早退してネルフ本部にやってきたシイ達は、リツコから今日行われる実験について説明を聞いていた。大切な実験と聞かされていたが、ここでようやく詳細を知った。
「相互換実験……ですか」
「ええ。これからレイは初号機へ、シイさんは零号機に搭乗して貰うわ」
「ちょっと、あたしは?」
一人名前を呼ばれなかったアスカは、目をつり上げてリツコに尋ねる。
「アスカは通常通り、弐号機の機体連動試験を受けて頂戴」
「え~何であたしだけ別なのよ」
不満を隠そうともしないで、アスカはリツコへ文句を言う。『初めて』や『特別』と言った単語が含まれている実験に参加出来ない事は、彼女のプライドを刺激するのに充分だった。
「弐号機は初号機、零号機と互換性が無いわ。それだけの理由よ」
「ぶぅ~」
唇を尖らせて不満を露わにするが理解力の高いアスカは、どれだけ文句を言っても状況が改善されないと分かっていた。それでも一言文句を言わずにいられないのは彼女らしいが。
「実験はレイから始めるわ。アスカは別の実験場で同時刻に。シイさんはその後ね」
「わ、私が最後なんですか……」
「ふふん、ならあんたがあたふたする様を、管制室からバッチリ見せて貰おうかしら」
「酷いよアスカ~」
「……大丈夫、私も見てるから」
「うぅ、もっと緊張するかも」
他のチルドレンに見られながら実験を行うのは初めてで、しかも今回はレイの零号機に搭乗する。シイは早くも緊張で顔を引きつらせていた。
「ほら、アスカもレイもあまりシイさんを追いつめないの。今回の実験はとても大切なものなのよ」
「……赤木博士も同じだと思います」
「うっ……コホン。それでは二人は、早速実験の準備に取りかかって頂戴」
自分の発言で一層萎縮してしまったシイに、リツコは一瞬たじろいだが、直ぐさま冷静な科学者の仮面を着け直して指示を下す。
「は~い、じゃあシイ、また後でね」
「……また」
「う、うん。二人とも頑張ってね」
シイに見送られてアスカとレイは、それぞれの実験場へと向かうのだった。
真っ白な壁に囲まれた実験場。拘束具によって壁に固定された初号機に、レイが搭乗したエントリープラグが挿入され、実験が始められようとしていた。。
「エントリープラグ挿入完了。起動プロセス、全て問題ありません」
「レイ、準備は良い?」
『……はい』
「では第一回機体相互互換試験、始めるわよ」
リツコの開始宣言に管制室の空気が引き締まる。スタッフ達が端末を操作する中、祈るように目を閉じるシイに、ミサトは優しく声を掛ける。
「ねえシイちゃん。そんなに緊張しなくても大丈夫よ」
「でも、もし初号機が綾波さんに失礼な事をしたら……」
「失礼って……ま、何となく言いたいことは分かるけど」
普段自分が操縦しているエヴァに他人が乗るのは、想像以上にストレスがかかるのかもしれない。被験者であるレイ以上に緊張しているシイを見て、ミサトはそんな事を考えていた。
「シイちゃんは初号機の事を信じてるんでしょ。ならドンと構えて見てあげなさいって」
「はい……」
二人が会話をしている間にも、実験は順調に進んでいった。
「初号機起動完了」
「問題は無いようね……レイ、どうかしら。初号機に乗った感想は」
『……碇さんの匂いがします』
「えっ!?」
リツコの問いかけにレイが答えると同時に、シイは自分の手を鼻に近づけて、自分の匂いを必死で確かめようとする。くんくん、と小さく鼻を鳴らす姿に、管制室のスタッフは思わず和んでしまった。
「み、ミサトさん。私臭いますか?」
「ん~いい匂いはするけど」
((葛城三佐めぇぇ~!!))
(ミサト……なんて事を)
(不潔。でも羨ましい)
シイの首筋に鼻を近づけて匂いを確かめるミサトに、敵意丸出しの視線が集中する。それに気づいたミサトは、慌てて顔をシイから離すと、誤魔化す様に愛想笑いを浮かべた。
「で、でもリツコ。プラグ内に匂いなんて残るの?」
「……いえ、あり得ないわ。恐らくシイさんの残留パターンを、匂いとして感じ取ったのね」
「そうですか……ほっ」
リツコの冷静な分析にシイは胸をなで下ろした。
「レイ、他には何かあるかしら」
『……いえ、特にはありません』
「そう。マヤ、数値はどう?」
「シンクロ率は零号機の時と、殆ど変わりません。ハーモニクスも問題なしです」
マヤの報告にリツコは満足げな表情で頷く。シイと初号機の数値には及ばないが、レイの数値も実戦可能なレベルに達していたからだ。
「あの~リツコさん。それなら初号機は綾波さんも動かせるんですか?」
「一応ね。ただ、やはり専属搭乗者であるシイさん程は、上手くシンクロ出来ないでしょうけど」
(……そういや、あの時碇司令は、レイを初号機に乗せようとしてたっけ)
第三使徒襲来時にシイがエヴァ搭乗を拒んだときの事を思い出し、ミサトは僅かに顔をしかめる。
(碇司令は知っていたの? 一度も実験していないのに、レイが初号機に搭乗出来る事を……)
抱いていたゲンドウへの疑惑は、ここに来て一層強くなっていった。
「データは充分取れたわね。実験は終了します。レイ、お疲れさま。あがって頂戴」
『……はい』
第一回機体相互互換試験は問題なく終了した。緊張の面もちで見守っていたシイも、大きく息を吐いて無事終わった事に安堵する。
「よかった……。リツコさん、アスカの実験はどうなりましたか?」
「……あ゛!」
「あんた、まさか忘れてたんじゃ」
「ば、馬鹿言わないで。当然覚えていたわ。そちらも問題ないわよ、ねえマヤ」
「え!? あ、えっと……はい、問題無く終了しました」
((忘れたんだ。絶対そうだ))
「コホン。では引き続き、零号機とシイさんの実験準備に取りかかりなさい」
部下達から向けられる疑惑の視線に、リツコはこっそり冷や汗を流しながら指示を出すのだった。
第一回機体相互互換試験は、零号機とシイの実験へと移った。実験を終えたレイとアスカも管制室に姿を見せ、シイの実験を見守っている。
「パイロット、エントリープラグに搭乗完了」
「了解。プラグ挿入開始……終了」
「全システムオールグリーン。起動準備完了しました」
スタッフからの報告にリツコは軽く頷くとシイへと声を掛ける。
「シイさん、実験を始めるけど……準備は良い?」
『は、はい』
管制室に届くシイの声は、姿を見なくても分かるほど緊張でガチガチだった。これでまともに実験が始められるのかと、アスカは呆れたようにため息をつく。
「ったく、そこまで緊張する事無いでしょうに」
「まあ、シイちゃんらしいじゃない」
「ま~ね。このあたしが見ててやるんだから、精々頑張りなさいよ」
「……落ち着いて」
アスカとレイの励ましに、シイの不安定だった精神状態は落ち着きを取り戻す。注目されていると思えば緊張の元だが、見守られていると考えれば安心感に繋がる。
仲間の助けを受けたシイは、小さくお辞儀をしながらお礼を告げた。
『うん、ありがとう』
「では、第一回機体相互互換試験、始めるわよ」
リツコの合図で零号機の起動が始まった。
「零号機、第一次接続開始」
「順調ね。シイさん、どうかしら零号機は」
『……不思議な感じです。身体がふわふわして、自分じゃ無いみたいで……』
リツコからの問いかけに、シイはぼんやりとした声で答える。同じエヴァンゲリオンなのだが、初号機に搭乗したときとはまるで違う感覚に、何処か戸惑っている様だ。
「マヤ、数値はどう?」
「初号機ほどの数値は出ませんね。ただ、ハーモニクスは問題ありません」
リツコはディスプレイをのぞき込み、シイの実験データを確認する。マヤの言うとおり初号機とのシンクロ率には及ばないが、起動出来るレベルには充分達していた。
「……悪くないわ。これなら、あの計画を実行出来る」
「ダミーシステムですか……先輩に言うのも何ですが、私はあまり」
「感心しないのは分かるわ。私自身ですら好ましく思っていないもの」
予想外のリツコの言葉に、マヤは驚いたように目を見開く。
「えっ、ダミーは先輩の発案だと聞いていましたが……」
「いいえ、発案者は碇司令よ。実際に計画を進めているのは私だけどね」
「そう、だったんですか」
「ただ備えは必要なの。例えその結果、人を傷つける事になっても」
寂しそうに呟くリツコ。それはマヤに対してと言うよりは、自分自身に向けている様だった。
マヤとリツコは小声で会話をしているため、少し離れた位置に居るミサトには殆ど声は届かない。だが断片的に聞こえてくる単語に、ミサトは険しい顔を作る。
(ダミーシステム? パイロットに万が一の時の備えか……それがこの実験の目的?)
(だとしたら、何故それを隠すか。……他に目的があるから、かしらね)
(少なくともリツコはその目的を知ってる。碇司令も、多分副司令も)
(……何か企んでるわね。私達に知らされていない何かが、ネルフにはあるんだわ)
ミサトは腕を組んだ姿勢のまま、ネルフへの疑惑を深めていった。
このあたりから、物語がきな臭くなって行きます。原作では流されるままでしたが、流れに逆らえるのかどうかが、今後のポイントですね。
次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。