とある魔術のグループ   作:静かな人

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一ヶ月と一日ぶりの投稿になります。本当は春休み中に投稿したかったのですが、文章を考えている内に時は流れ、気づけば高校の制服を着ていまして。やはり高校は忙しく、時間がなかったのも投稿が遅れた原因の一つです。
少し『聖人』の設定が違いますが、ご了承ください。


科学サイドの『聖人』

荒道大地は病院から自分の財布を探しだし、外に出た。一番初めに服を買いに行った。いつまでも手術着でいるわけにはいかない。適当な緑のジャージを買って、その場で着る。

次はコンビニに行く。カルシウムのサプリメントを十袋とビタミンDのサプリメントを五袋量購入する。

次は食べ物、第二十二学区のレジャー風呂に行く前にラーメンを食べていたが腹が減っており、戦の前の腹ごしらえと言う事だ。弁当におにぎり、サンドイッチ、牛乳にお茶、水と次々にカゴに入れて、レジに持って行くと店員が口を開けて、唖然とした顔でバーコードリーダーに通していく様は笑いそうになった。

 

「いただきます」

 

コンビニの上に登り、そう言って今買ってきた全ての物を胃袋に収めていく。

その間にも荒道の脳は働き続ける。歩いている途中に後方のアックアに対する対抗策は見つかった。今はそれは可能かを念入りに頭の中でシュミレートする。

 

「ごちそうさまでした」

 

食べた後は睡眠をとる。医者の前ですれば説教間違いなしだろうが荒道は気にせず寝る。いくら対抗策が見つかろうがそれをする体がなければ話にならない。今一番優先されるのは体の回復だ。

手を枕代わりにして、静かに寝息を立て始める。

 

そして3時間後、荒道は起きる。

 

「ほっ、と…うん、いい感じだ」

 

起きてすぐに体を動かし、調子を確認する。内蔵の傷は全て治り、骨もカルシウムとビタミンDのおかげで、健康そのものになっている。包帯を外してみるとそこに傷はない。アックアと戦った時にはまだのぼせていた頭もスッキリして、いわば万全の体調だった。

 

「さぁて、行きますか!」

 

普段からは想像も出来ない獰猛な笑みが荒道の顔に刻まれる。

 

 

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五和たち、天草式十字凄教は第二十二学区の地下市街で後方のアックアに挑んでいた。今はイギリス人にいる彼らの女教皇・神裂火織は『聖人』であるため、皆が『聖人』の動きに慣れていた。彼らにはその経験を活かす頭があり、それを形にする技術があった。

だがアックアには届かなかった。天草式一人がアックアに挑んでも勝てるはずがない。だから彼らは集団で力を発揮する術式を使い、どうにかアックアの動きについていったが、アックアが自分の得物であるメイスに込める力を少し強くするだけで集団で作っていた陣形が少しずつ崩れていく。

ワイヤーを人の生命線と仮定し、それを破壊した者に罰を与え、どんな文化圏の防御術式を術式を使っても、防げない術式を使ったがアックアが持つ『聖母の慈悲』という特性により、罪を払拭され、傷一つ与える事さえ出来なかった。

天草式全員で発動する『聖人崩し』という『聖人』の特徴を逆手に取り、理論上約三十秒ほど『聖人』をただの人間にする術式を使ったがそれすらもアックアの手によって逆算・解除された。

 

そして、今、五和の前には後方のアックアがいる。

 

「上条当麻の右腕を差し出すか、それともここで路上の染みになるか、選ぶのである」

 

返事はない。いや、返事をするまでもない。槍を持って五和は立ち上がる。

 

「そうであるか…では消えてもらうまでである!」

 

アックアが戦闘で壊れた第三階層の天井に向けてメイスを掲げる。星空を写り出していたスクリーンから滝のように流れ落ちていた水が意志を持ったようにうねり始める。それはまるで、重機のアームのようだった。

大きさ二十メートル弱の水の塊が自分を押し潰そうとしても五和は目を閉じなかった。

 

だから気づけた。

 

冷たい、凍るような殺気が忍び寄っていたことに。

 

「これは…」

 

五和とは違う方向を見てアックアが小さく呟いた。そして笑う。これは強者を見た時の顔。何度か見た事があったがその何十倍も深く刻まれている。

 

「貴様の仲間に感謝するのだな」

 

アックアに操られ、宙に浮いていた水が用水路などに落ち、津波を発生させる。

その後、瞬間にして、アックアは消えてしまい、そこには闇が残るだけだった。

 

「貴様の…仲間に感謝しろ…?」

 

天草式にあそこまで殺気を出せる人間はいない。もし仮に術式などでできたとしてもアックアなら見破り、すぐさま先ほどまで浮いていた水で自分を圧殺しにきたはずだ。

 

「一体、誰が…?」

 

 

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「貴様は全身の骨を粉々にし、一歩も動けないほどに痛めつけておいたはずである」

 

展望デッキの上に人影が二つ、一つはゴルフウェア系の服装に身を包んだ後方のアックア、もう一つは緑のジャージの前を開け、黒のインナーが見える荒道大地。

 

「残念だったな。どの骨もヒビが入った程度だったよ」

 

「どちらにしても動けないと思うのだが?」

 

「じゃあ、お前は何を見てるんだ?完治したんだよ。正直、前より調子はいいぞ」

 

一つ間をおき、険しい表情で荒道はアックアに質問する。

 

「何故お前は当麻の右腕を狙う?」

 

「それが世界で起きる騒乱の元凶だからである」

 

岩を削り出したようなアックアの表情は何一つ動かない。自分の答えに絶対の自信を持っている。多分この男に同じ質問をして、違う答えが返ってくる事は無いだろう。

そして、荒道は表情に出さないが驚いていた。その理由が私怨、私欲のためではなかったからだ。

 

「お前はいい奴だな…」

 

学園都市の暗部に身を置いている、悪党としての目線だった。目の前の後方のアックアはローマ正教の『神の右席』という暗部に所属しているのにも関わらず、上条当麻の右腕を狙う理由が自分のためではなく、世界のためだったからだ。

荒道は今までこのような人間は見た事がなかった。だから興味を持った。

 

「私の事を善人と言うのならなら、おとなしく右腕を差し出しだせ」

 

さらなる質問を重ねようとした時、アックアの声が入った。アックアの言葉に荒道は答える。

 

「それは無理だな。俺も親友の右腕が取られるのを見逃す訳にはいかないからな」

 

即答だった。荒道にもアックアと同じく、何百回、何千回と問われても変わる事の無い意志がある。

 

「お前は一体何者なんだ?」

 

荒道はアックアに気になっていた事をそのまま問いにする。

 

「私はただの傭兵崩れのゴロツキである」

 

少しわかった気がした。後方のアックアが世界のため戦う理由が。傭兵だと言ったアックアに聞きたい事が出来た。

 

「戦争ってのはどうだった?」

 

「たくさんの兵が死ぬ。それは構わん、兵士というの死がつきまとう仕事であり、兵士達もそれを覚悟しているのだからな。だが戦争というのは、無関係な罪無き民が死に、傷つき、飢え、涙を流すのである」

 

荒道は一つの疑問が解けた。幼い頃にやらされた実験と言われた戦争、それはどちらなのか自分は分からなかった。だがあれはやはり実験だった。民の犠牲が何一つなかったのだから。

 

(こんな時に何を質問しているのやら…)

 

心の中で少し自分に呆れていた時にアックアが話しかける。

 

「私も貴様に幾つか質問がある」

 

「何だ?」

 

かなりの予想外だった。だが荒道はあれだけ質問に答えさせたのだ、応じなければフェアでは無い。アックアは肩に担いだメイスを先だけ地面につける。

 

「貴様、人並みの何倍も力はあるか?」

 

「多分ある」

 

旅の最中に訪れた工事現場で大の大人が動かせなかった物を持ち上げけると驚かれたものだ。それに駆動鎧と戦った時の事もある。

 

「貴様、人並みの何倍も早く動けるか?」

 

「そこらの高校生よりは早いとは思うぞ」

 

五十メートル走でぶっちぎりの記録を叩きだしたのは最近の事だ。

三再び質問がかけられる。

 

「貴様、普通の人間よりも幸運だと感じた事はあるか?」

 

「わからないな」

 

荒道は前にEU加盟国全域の宝くじを『五等〜三等当たればいいだろう』と冗談半分で(というか、この時の荒道には住所が無いので、銀行で受け取るような額になると受け取れない)買うと、一等が当たってしまい、どこかの募金箱に入れたのを未だに覚えている。それ以外はあまり幸運だと思える事は無いので、そう答えた。

 

「何が言いたい?」

 

アックアはわざわざ果たし状を送るような人間なので、この会話の中に魔術的な意味を持たせ、攻撃に利用するなど、こちらが不利な事をするとは思え無いが、やはり不気味な物を感じる。

 

「後少しだ、答えろ。…貴様は私に攻撃する際に肉体強化の能力などは使ったのであるか?」

 

「いや、使ってないが」

 

「貴様は完治しているそうだが、さっきの連中に回復魔術などでも使ってもらったであるか?」

 

「いや、自分一人で治した」

 

実際に天草式は何の回復魔術も使ってはいない。

 

「そうであるか。ならこれが最後の質問である」

 

アックアが口を動かし、言葉を発する。

だが荒道にはその言葉が理解できなかった。アックアの日本語が間違っているのでは無い。むしろ流暢で完璧だ。理解できなかったのはその言葉だ

 

「もう一度言うのである」

 

アックアが先ほどと同じ事を言う。二度目の言葉は理解できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「………は?」

 

言葉を理解してもまだ意味がわからない。

 

「だから、貴様は『聖人』であるのかと聞いているのだ」

 

三度めにしてようやく意味も理解できた荒道は動揺する心を抑えて聞く。

 

「根拠は?」

 

「先の質問の答えである。そのパワーとスピード、そしてその再生能力。能力や魔術など無しに実現するのは無理な話である」

 

そう、不可能なのだ。カルシウムや栄養分をどれだけ取ったって、骨や臓器に栄養が行くのはまだまだ時間がかかる。ましてや、骨のヒビや裂けた内臓を修復するなんていうのはできるはずがない話だ。

他にも自分が人から外れた身体能力を持っていると思った節を頭の中で探している最中にアックアが独り言のように話す。

 

「水に潰され、立つのがやっとの状態からからここまで回復したのだから、体力もかなりのモノであるな」

 

アックアの言葉も無視して、荒道は自分の体の中に力が渦巻くのを感じていた。荒道はずっと能力はあるがそれを除けば、自分はただの『人間』だと思っていた。

 

「フフ…俺が『聖人』?…いいね、いいね!実にいい!」

 

荒道が自分が『聖人』だと、自覚するたびに力はさらに大きくなる。

普通の『人間』が『自分は『聖人』だ』と思っても、何もならない。当たり前の事になるが、『聖人』ではないからだ。

だが荒道は『聖人』だというのに『自分は『人間』だ』といつの間にか思っており、それが無意識のうちに『聖人』としての力を殺していた。

そんな彼が『聖人』だという事を自覚すればどうなるか。

『人間』という固定観念に縛られていた莫大な力は体を駆け巡り、それに取って変わる『聖人』という固定観念はその身に余る力を無意識のうちに制御する。

 

全身に『神の力(テレズマ)』が広がる感覚が収まり、定着する。細胞一つ一つが活性化したような感覚が指先まで感じられ、吸い込む空気も普段とは全く別物に思える。

 

『人間』荒道大地は『人間』という固定観念を打ち破り、

()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

「さて、もう質問はないか?」

 

「ないのである」

 

言葉で語る時間は終わった。次は拳で語り合うーーー否、殺し合う時間だ。

 

レベル5に匹敵する能力を持ち、『聖人』の力を自覚した少年、荒道大地。

『聖人』、『神の右席』、二つの力を行使し、圧倒的な力を持つ男、後方のアックア。

 

科学サイド、魔術サイド、両サイドの強大な力を持つ者同士が揺らぐ事なき自分の正義を胸に激突する。

 

 

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ドロリ、と荒道の体から、正確には着ているジャージから、鈍く光る液体が現れる。それは瞬く間に荒道の両方の手元に集まり、等間隔に線が入った両刃刀を二本生成される。

そして荒道の目に明確な殺意が宿る。『生物的な恐怖』を与える目をしていたがアックアは、

 

「いい目をするようになったのであるな」

 

そう評しただけだった。

荒道は両手に長さニメートル、幅十五センチの大剣と言ってもいいほどの全てが鉄でできた剣を静かに構える。

そして、一気に動き出す。

 

轟!!と両者が同時に地面を蹴る。

右から来るアックアのメイスを右の剣で止め、剣を伝わる衝撃を受け止めながら、左の剣でアックアの体を狙う。だが、アックアはすぐさま左の剣をメイスで弾く。

次第にそれは加速していき、もう並みの魔術師なら目には見えないレベルの攻防だ。互いの武器を強くぶつけ、一度後ろに下がる。

 

「やはり、無駄がある」

 

「無駄?」

 

臨戦体制を解かずに荒道とアックアは言葉をかわす。

 

「普通の『聖人』というのは体に宿る『神の力』を術式に通して、身体能力の強化や魔術を発動させたりするものである。だが、貴様はただ単に『神の力』を全身に巡らせて身体強化に使っているだけである。それが無駄だと言っているのだ」

 

「なるほど」

 

その言葉を皮切りに再び武器を交える。その間にもアックアは冷静な分析をし、攻撃の最中に話しかけてくる。

 

「無駄を考えてもパワーとスピードが普通の『聖人』には劣るのであるな。体力と耐久力、治癒力に優れた『聖人』……『頑丈な聖人』とでも呼ぼうか」

 

「そうかよ!なら『頑丈な聖人』の力、見せてやろうか!?」

 

瞬間的に荒道のスピードが跳ね上がる。しかし、それだけで殺れるほどに後方のアックアは甘くない。

だから荒道は、二手、三手と積み重ねる。

 

左の剣がアックアの顔に向かって突き出される。でも、距離は後二メートルはある。普通は届きはしない。だが、唐突に剣が伸びた。

 

「なっ!?」

 

さらに、メイスを止めていた右の剣と伸びた左の剣を『虚偽地球』で固定し、自分は完全に身軽になり、『聖人』と自覚するまでと比べると倍以上のスピードでアックアに後ろ回し蹴りを繰り出す。

 

バァン!!ビンタの音を何倍にも増幅させたような音が響き渡る。

 

「触れれたぞ!…お前に!!」

 

荒道の蹴りはアックアの手に止められていたが、攻撃を当てる事すら叶わなかった相手にこれは大きな進歩と言えた。

 

「その程度で喜ばないで欲しいものである!」

 

アックアは接近している荒道にメイスを振るう。荒道はまるで糸に操られているかのように、宙を舞い、後ろに下がる。

 

下がる際に一緒にしっかりと能力で持ってきた剣が縮み、元の形に戻る。

 

「実に面白い剣である」

 

アックアの言葉に答えるように荒道は自分の前で剣を軽く振るう。すると、荒道が握る剣の柄の部分と剣先のスピードがあっていない。なぜならばこの剣は刃の真中にワイヤーを通して、刃に等間隔に刻まれている線で分かれるようにし、鞭のようにしているからである。

 

「蛇腹刀っていうんだ。とある映画を見て思いついてな」

 

言葉もそこそこにまた両者がぶつかり合う。だが荒道が使うのはただの剣ではなく、蛇腹刀だ。

振るえば、鞭のように動き、蛇の如くアックアの喉元を狙うがアックアのメイスにことごとく弾かれる。

だが、諦めずに二本の蛇腹刀を繰る。

この聖人の間で行われる戦闘は派手な爆発こそ無いもの、もう普通の魔術師では踏み入ることの出来ない領域までに達している。

 

二本ある蛇腹刀を利用した時間差攻撃、挟撃、鞭のようにしなることを利用したメイスを潜り抜ける攻撃。その全てが避けられ、弾かれる。

アックアは今、この珍しい武器を吟味しているのだろう。その間こそがチャンスになる。

荒道が蛇腹刀を繰る姿はさながら指揮者のよう。金属と金属がぶつかる旋律は聞こえても、肉を裂く音と断末魔の死の旋律は一向に聞こえない。逆にその旋律自分が奏でるのではないかと思えるほどにアックアの姿には余裕がある。

 

蛇腹刀がアックアの横を潜り抜ける。荒道に能力『虚偽地球』の能力範囲は半径三十メートル。蛇腹剣の長さは最長で八メートル。能力を使えば余裕で操る事ができる。剣先がアックアの背後にある二本の蛇腹刀は操作され、アックアの背中を目指す。その時、アックアが呟いた。

 

「その程度であるか?」

 

その直後アックアが一回転し、メイスで蛇腹剣を粉々に吹き飛ばす。

蛇腹剣の破片は普通はそのまま下に落ちる。だが荒道の『虚偽地球』で操作されればそれは別だ。大小様々な破片がアックアを三百六十度取り囲む。

 

「そう来るであるか!」

 

もう一度一回転し、破片を全て吹き飛ばすが荒道はその隙を突く。ジャージのなかに残っていた鉄を蛇腹刀の形に作り変え、アックアの真上から斬りかかる。だがアックアはまだ底を見せていなかったというのか、今まで以上の速さでメイスを真横にして防御する。

荒道が今まで『虚偽地球』でアスファルトの氷柱などを作って、攻撃していなかったのは体力の保持と『奇抜な攻撃で相手を動揺させ、その隙を突いての一撃必殺』を狙っていたからだ。蛇腹刀もその一環、見たことのない武器を使って動揺させることで隙を作る。

この発想に至ったのはアックアのに正面から挑んでも勝てないと悟ったからだ。

相手の隙を突いて必殺の一撃を叩き込む。今がそのタイミング。

だが、それが出来ない。メイスで押し返しされるているからだ。込められた力が圧倒的すぎる。荒道から攻撃を仕掛けたというのに、アックアのメイスに吹き飛ばされない様に能力も全開で耐えるのが精一杯で、攻撃に回す余裕が一分も無い。

アックアの足が動く。それは蹴りなどの攻撃ではなく、文字を書いていた。荒道が全力で攻撃しているのにも関わらずだ。

そして、それが光る。浮かび上がった文字はlaguz (ラグズ)。水のルーンだ。魔術に疎い荒道でも知っている極めて凡庸で有名な魔術。

ルーンから水が生み出され、その水が複雑な魔法陣を描くと五十メートル横の人口的な川から水柱が立ち、鞭の様に分かれて、荒道を襲う。

荒道は攻撃をすぐさま中止し、回避行動に移る。そのスピードはたびたび見せる、音速を超える動き。

全てを避けきると荒道とアックアは再び睨み合う。

 

「『神の右席』ってのはルーン魔術みたいな普通の魔術師が使う術式が使えないんじゃなかったか?」

 

「先ほどの連中にも説明したのだが、私は『神の力(ガブリエル)』の特性を持っている。そして受胎告知との繋がりから聖母崇拝の秘儀をある程度行使することができる。その効果は罪を打ち消す『聖母の慈悲』。それを使えば『『神の右席』が一般的な魔術を使えない』という罪を打ち消す事など造作もない事である」

 

アックアがメイスを上へと向ける。するとこの階層の至るところから水が立ち上る。

それは圧巻の一言だが、今は見惚れている暇はない。あれら全てが自分を叩き潰すための凶器なのだから。

水柱が龍のごとく多角的に攻めるが荒道は音速で移動しつつ、蛇腹刀でそれらを切り裂いて行く。

半径三十メートルの能力のセンサーで、水が宙に浮かせておいた砂な原子などを押し退ける動きで、数え切れない程の水柱を観測し、力技でねじ伏せる。

水柱の一つを排除するとその先にいたのはアックア。五メートルもあるメイスを軽々と片手で頭上まで持ち上げている。だが、振り下ろされる瞬間に荒道の体が何かに吹き飛ばされた様に飛び、ギリギリでメイスから逃れる。だがそのスピードは今まで以上、音速の二倍程だ。

アックアは水の攻撃を止め、冷静に聞く。

 

「それが貴様の切り札であるか?」

 

「何回でもできる切り札を切り札って呼ぶのならな」

 

仕組みはとても簡単だった。今の荒道の背骨以外の骨には鉄の原子が入っている。それらを『虚偽地球』で動かし、瞬発的な速さを出す事ができるのだ。

体の外に纏うようにしなかったのは鉄の原子を浮かせる体力を使わないでいれるからだ。骨のミクロな間を縫うように鉄原子を入れておけば、普通に立っている時は体力を浪費せずに済む。

 

「お前もさっきの水が切り札か?」

 

「あれが切り札とは舐めないで欲しいものであるな。…とはいえ、次からは本気で相手をしよう」

 

『聖人』と『頑丈な聖人』、今ここに本当の戦闘が始まる。

 

 

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第二十二学区・第三階層からは音が消えていた。

 

得意とする水の魔術を駆使し始めたアックア。体に仕込んだ鉄を使い、高速移動を可能にした荒道。

二人の『聖人』は武器をぶつけ合う。その合間にアックアは直径二キロ、質量5000トン。つまりはこの第三階層全体の水を使って攻撃をする。

だが、荒道もそう簡単にやらせない。アックアが描く魔法陣をコンクリートの弾丸で貫く。荒道は魔法陣のどの部分が何を起こすかなど、ましてやその魔法陣から水が出るか火が出るか、それすらもわからない。だからよく言えば広範囲に、悪く言えば当てずっぽうにコンクリートの散弾で魔法陣を破壊し、魔術を使わせない。

 

それでもアックアが魔法陣を使わずに水を操った場合は蛇腹刀で切り裂く。水は時に槍のように、時には重機のアームのように、姿を変えて荒道に襲い来る。

それらの一撃必殺の技を避け、切り裂くとアックアが今まで以上の速さで滑るような動きで荒道の懐に潜りこむ。

この移動のタネはわかっている。アックアは自分の足の裏に水を発生させることにより、地面との摩擦をなくし、移動しているのだ。

だが、わかったところでどうしようもないのが現実。多様に変化する水を迎撃した際の隙を突いて、アックアは攻撃している。普通ならこのまま横腹にアックアの一撃をくらって、吹き飛ぶはずだが、そうはならない。荒道は『聖人』であると共に能力者でもある。

『虚偽地球』によって身体中の骨に仕込んだ鉄を動かし、回転するようにして、右から迫るアックアのメイスを紙一重で飛び越え、躱す。

そうなれば、荒道の眼前にあるのは武器を振りきった、無防備な状態のアックア。

蛇腹剣を一時的に普通の剣へと戻し、アックアの腹めがけて突き出す。いくら圧倒的な力を振るうアックアでも人間だということには変わりはない。幅十五センチの大剣の突きをくらえば、死までは行かないがダメージはかなり大きいはずだ。

 

しかし、その一撃は阻まれた。アックアの仲間が来たとか、アックアの術式が防いだ、とかいうことではない。

 

後方のアックア、本人に止められたのだ。

 

「なっ…!?」

 

荒道がそれを知覚したのは剣の突きとメイスがぶつかった際の衝撃が、刀を伝わった時だった。

 

それ以上は追撃せず、一度後ろに大きく飛ぶ。あの状況でアックアは冷や汗、一つとしてかいてはいない。

明らかな違和感を荒道は感じていた。

 

(何故こいつはここまで力を出せる…?!俺のパワーとスピードは『虚偽地球』で補っている。それでもパワーとスピードじゃ、こいつには勝てない?!)

 

単純な『聖人』としての力を超越している。純粋なスピード比べで負けているのが事実だ。

 

(そのトリックがどこかに…!)

 

そこで荒道は思考を切った。いくらアックアの力の謎を解明しても魔術の扱えない荒道ではどうにもならないかもしれないからだ。

 

アックアが水を率いて、突撃する。

蛇腹刀を操り、水と五メートルのメイスの連撃を防御する。アックアの動きが一瞬、固まる。荒道はそれを少し遅れて理解する。次の一撃の溜めだということに。

 

「ふっ!!」

 

短く吐かれた息とともにアックアのメイスは放たれる。荒道は反応が遅すぎた。メイスは蛇腹刀でガードしたがその勢いはガードを突き抜け、荒道は砲弾のようなスピードで吹き飛ばされる。

 

「ぐおぉぉぉぉ!!?」

 

荒道は高速移動のために能力の演算に体力を使ってもなお、アックアに追いつけず、一方でアックアは底なしの力を振るい続ける。

そんな状況では荒道の体力が切れ、集中力が途切れるのは当たり前のこと。何よりも反応に遅れた事が物語っている。

 

百メートルは吹き飛んだと言うのに、いつの間にかアックアは倒れている荒道の前にいる。

アックアは淡々とした口調で話しかける。

 

「今一度聞くのである。『幻想殺し』はどこであるか?」

 

「渡さねぇって言ってるだろうがよ!!」

 

勢いよく、起き上り、二刀の蛇腹剣を構える。

荒道は悟っていた。後方のアックアは普通には勝てない、と。

 

そして彼にはそんなものどうでも良かった。

 

一気に骨の中の鉄を動かしての加速を行う。迎え撃つアックアは右から、圧倒的な力を使い、薙ぐ。

荒道はここで避けるか防ぐかの二択ができる。彼は防ぐを選んだ。

ただ、防ぐのは蛇腹刀ではなく、荒道の右腕だ。

右手の蛇腹刀は左の蛇腹刀と合わせた。

 

荒道は腕の一本や二本はどうでも良かった。

 

だから鉄で補強されている骨を粉々に砕かれても呻き声一つ挙げずに眼前の敵を睨む。アックアはそれでもメイスで押すので、まだ骨の中に残っている鉄で骨を繋ぎ合わせ、腕として使い続けられるようにする。

左右の蛇腹剣が合わさった蛇腹剣は単純に距離を二倍に伸ばすことが出来る。

アックアとの距離は3メートルを切り、必殺の間合い。

そこでアックアは驚きの行動に出る。

 

荒道の剣を手で掴み、横に流した。

 

「何を驚いているのであるか。貴様と同じ事をしたまでである」

 

今なお剣を掴み、手から大量の血を滴らせながらもアックアは何一つ変わらぬ顔でこちらを睨み、何一つ変わらぬ声で話す。

圧倒的な強さと覚悟のほどをもう一度思い知らされたが荒道もここまで近づいてやすやすと引き下がれる訳が無い。

 

周りに浮かせた鉄の原子をアックアが振るうメイスと拮抗させる。剣は手放し、体の鉄を動かす。

骨の砕けた右腕とまだ無事な左手を同時にアックアの腹に打ち込む。

 

「うらぁぁッ!!」

 

しっかりと腹部に両拳を打ち込んだのだが、

 

「ぐぅッ…!!」

 

とアックアは呻くだけ。その言葉を発し終わると巨大な足が稲妻の如く、荒道の鳩尾を打つ。

痛みで声が口から出ようとするが、肺の中の空気が強制的に吐き出されて叫ぶ事が出来ない。

酸素を肺に行き渡らせてから荒道は起き上がる。

しかし、そこにアックアはいない。上へと飛んでいる。

 

そこには直感で『死』を感じさせるものがある。

 

「ーーーー聖母の慈悲は厳罰を和らげる(T H M I S S P)

 

アックアがつぶやくとそれに応じて背後の月が爆発的に輝く。

荒道は瞬時に気づいた、あれは本物の月ではなく、プラネタリウムに映し出された月だということに。

普通はそんな物は魔術に使えないが、アックアの聖母崇拝はそれを可能にする。

そして、『死』は明確に強くなっている。

 

時に、神の理にも直訴するこの力(T C T C D B P T T R O G ) 。」

 

人口の月が魔術的干渉を受けてショートをし始めている。

荒道は蹴り飛ばされた際にも能力で持ってきていた鉄を一度溶かし、周りに配置して、いかなる攻撃にも備える。

 

慈悲に包まれ天へと昇れ( B W I M A A T H)!!」

 

アックアの攻撃方法は単純だった。そのまま落下して、メイスを叩きつける。

圧倒的な『聖人』の力を『神の右席』の力で強化した一撃、それに二十メートルの落下も追加される。

ただただ単純な力は圧倒的な圧力を持って、荒道に襲いかかる。

 

小惑星の衝突にも匹敵する威力を持つアックアのメイスと荒道が激突する。

 

世界から音が消えた。

 

 

==========================

 

 

「があぁ……!」

 

瓦礫の山の上で荒道は立ち上がる。でも、その足は宙を踏んでいるようで安定しない。

 

荒道はアックアの一撃を空中で受け止めた。落下する際の加速を最小限にしようと思ったが甘くはなかった。初めは溶かした鉄を合わせて、分厚い壁を作った。だがそれは最も簡単に引き千切られ、鉄を裂いても勢いが落ちないメイスを剣で受け止めたがそこから先の記憶が無い。

 

辺りを見渡すとまだ第三階層にいるようだった。地面で受け止めていれば下の階層に通じる穴が開いていただろうが、空中で迎撃したのが功を成したようだった。アックアのパワーをモロに受けて叩きつけられた荒道の周りはクレーターが出来ていたのだから。

 

「貴様の身体はもう既に限界が来ているのでないか?」

 

唐突に聞こえた声の方向を向くと、やはりいたのは後方のアックア。

 

今までどんなに吹き飛ばされても保持してきた鉄は先の攻撃の時には意識を失い、持って来れなかったが幸いにも、自分の周りに落ちているので、回収して自らが作ったクレーターから飛び出す。

 

アックアがさっき言った事はあながち間違いではなかった。荒道の身体は正常だ。だが、それを動かす体力がもう無い。エンジンに異常は無いのにガソリンが無い状態だ。この戦いに荒道の予想外が二つあった。

一つはアックアの強さ。荒道も舐めていたわけではないが、予想以上だった。

もう一つが『聖人』を自覚したこと。荒道の身体能力は『聖人』を自覚した瞬間に跳ね上がった。それはいいのだが、荒道には自分がどこまでの力を使えるのか、わからなかった。『底が見えない』というのはスポーツなどでは良い事だが、殺し合いになれば話は別。自分の力を把握できていない。戦場で自分の弾丸の数がわからないようなものである。

それでも、能力だけでは本気のアックアの動きについていけなかったので『聖人』を自覚したのはやはりメリットの方が大きいがもう体力がないのは変わらない。

 

次が最後の攻勢になる。

 

鉄で手に二本の蛇腹剣を作り出し、残りは蛇腹剣の刃の一つ一つをバラバラにした物を周りに浮かべる。

 

体を動かし、その運動方向に骨に仕込んだ鉄を音速で移動させ、『頑丈な聖人』であるために劣るスピードを補う。

アックアも水を宙に上げ、迎え撃つ。

 

音速で蛇腹剣とメイスが打ち合うたびに、音が破裂する。その周りでは形を変える水と蛇腹剣の刃のパーツが攻防を繰り広げている。

 

その最中、アックアの背後に二本の円錐状のアスファルトが立ち上る。荒道の能力『虚偽地球』が操っている。アックアの心臓に向かって、突き出される。

 

だが、アックアは余裕を見せるかの如く後ろへ飛び、紙一重で躱す。ここで、荒道は一気に詰める。宙に浮くアックアより高い位置から蛇腹剣を一本投げつける。

 

アックアはこれを水で軌道を逸らそうとするが、荒道が操る蛇腹剣のパーツがそれを妨害する。だが、アックアは表情一つ変えることなく、メイスで音速の四倍で接近する蛇腹剣を弾く。

 

ここが最後のチャンス。

 

攻防の間に地面に着地しているアックアはメイスを振り、体は空いている。そこに残る気力、体力をつぎ込み突撃する。この戦いの間にも一度、アックアの体が空いている状態に剣を突き出したが阻まれた。だが、今度はそれ以上のスピードでアックアの心臓を目指す。

 

「うおぉぉぉお!!」

 

しかし、その雄叫びは続かず、荒道の体がブレる。

 

そのまま、アックアに向かって突っ込むーーー否、落ちていった。

 

荒道の体は地面につかなかった。落ちている最中に戦闘態勢を解いたアックアに首を掴まれたからだ。

 

「体力切れ、であるか?」

 

「……その通りだ…」

 

もはや否定できない。アックアに突撃する最中に体力が完全になくなった荒道は口を動かすのが精一杯。

 

「貴様との戦い、久々に楽しかったのである。名を名乗れ、記憶の片隅に留めておこう」

 

「荒道……大地…。…それに…やるなら早く…しろ」

 

「では、荒道大地。さらばである」

 

そう言って、アックアは荒道を地面に叩きつけ、跳ね上がった所をメイスで吹き飛ばす。

実に一キロの距離を飛び、最後は第三階層の壁に当たって止まった。

 

『頑丈な聖人』荒道大地は敗れた。

 

だが、もう一人『聖人』が上条当麻を、天草式を助けるためにアックアと同じ地面に降り立つ。




荒道に設定をつぎ込み過ぎた気がしますが、後悔はしていません。次が原作16巻の最後になると思います。
結構前から書きたかったことを全部書ききりました。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。

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