第四次聖杯戦争にセイバーが召喚されました。   作:主(ぬし)

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遅くなってしまいました。相変わらず遅筆で申し訳ないです。遅筆なうえに完成度も低い稚拙なものですが、よかったらどうぞ。


第二話(2023年)

ぱっか~~~~ん。

 

 

 

 深夜、空気の冷え澄んだ港湾区画にアホのごとく間の抜けた金属音が甲高く響き渡った。次いで、ガッチャンと大柄の鎧武者が派手に尻餅をついたような重い音が低く響く。

 事実そうであった。

 

「───……!? ……!?」

 

 尻餅をついたまま、鎧武者───漆黒の騎士が、自身に何が起こったのかわからず呆然と左右に首を回す。酩酊したように視野がクラクラとして定まらないのは直前に喰らった脳天への一撃のせいだろう。気づけば目庇(まびさし)に限定されていた視界が広がっており、兜の喪失をぼんやりと悟らせたが、狂化した彼(バーサーカー)にはそれ以上思考を巡らせることは不可能だった。

 不意に、目の前に何者かが颯爽と現れた。“隙”や“間合い”といった領域の先にある超越的な歩みで、煌びやかな存在が彼の前に鮮やかに屹立する。忘我のまま見上げれば、晴天のような戦装束と磨きぬかれた鎧の少女騎士。右手に伝説の聖剣エクスカリバーを携えた彼女こそ、金髪の麗しい騎士王に―――彼の主君に他ならない。その泰然とした姿にこそ、彼の狂気(いかり)は無性に掻き立てられる。

 

「……Arrrthurr……!!」

 

 ビキビキと音を立てて紫色の血管がこめかみに筋を走らせる。自分でも的はずれな怒りだとわかっていた。しかし、それを振り返り自制する理性は失われている。制御不能の感情が胸の内で猛り狂い、穴という穴から怨念となって吹き荒れ、大地のコンクリートにミシミシと爪が食い込む。憤怒が顔面に夜叉の如く滲み出るその刹那、

 

 

()()()()()()()()()()()我が盟友(サー・ランスロット)

 

 

まるで、道に迷っていた友人を苦笑しながら迎えに来たような―――

 

そんな、理屈抜きの親愛を湛えた微笑みを前に、狂気は跡形もなく霧散した。

 

 

 

 

 

 

 

数秒前。

冬木市海浜公園、港湾区画にて。

 

 今宵の星は、夜空ではなく地上で輝いていた。その御剣(みつるぎ)から赫奕と放たれる無尽蔵の星の輝きに比すれば、遠い星雲などことごとく掠れてしまう。

 騎士の栄光。騎士の誉れ。騎士の象徴。あまねく騎士たちの頂点に立つ()が今まさに力強く掲げるその宝剣こそ、世に名高き世界最強の聖剣(エクスカリバー)に他ならない。

 

「Arrr───thurr───……!!」

 

 だからこそ、漆黒の騎士は憎む。聖剣を掲げる王その人ではなく、聖剣により始まった運命そのものを憎む。失ってしまった栄光を悔やみ、傷つけてしまった人々を悔やみ、そして絶対の忠節を誓った主君への裏切りを悔やむ。

 せめて主君が怒りに身を燃やして彼を手に掛けてくれれば、まだ救いがあった。敬愛する主君の正当な怒りによって己の行為を断罪されて逝けるのなら、臣下としての救いがあった。しかし、理想の王たる主君は彼以上に悩み苦しんでしまった。儚い矮躯を震わせながら、どうにかして己の妻と忠臣を護ろうと呻吟に悶え苦しんだ。挙句の果てに、彼の裏切りによって崩壊を始めた王国のために身命を賭し、最後の戦場(カムラン)で短すぎる生涯を閉じた。事切れるその時まで不忠の騎士を責めることなく、理想の体現者は志半ばにして永久の眠りについた。殺めたばかりの息子の遺骸を前に、血に染まる丘で無念を噛みしめて非業の最期を遂げた。

 まだ年若かった。寿命の半分も使い尽くしてはいなかったろうに。祖国のために身命を捧げた健気で儚い少女だったのに。王国はまだ聖王を必要としていたのに。あらゆる騎士たちの献身も、忠誠も、奉公も、全てを台無しにしてしまった。今までの努力も犠牲も、何もかも全てが水泡に帰した。(わたし)の裏切りのせいで。

 

違う。違う、違う、違う!!違う!!!

 

 こんなはずではなかった。こんなことを望んでなどいなかった。皆、最善だと思ったことを必死にやっただけだ。誰も彼も、恋した女を、在るべき秩序を、騎士(おとこ)の矜持を、主君への忠誠を、ただただ命がけで果たそうと全てを投げ打っただけだ。その結末が最悪のモノと至ったのなら、それは───それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうして、彼は運命を呪う狂戦士(バーサーカー)となった。運命の起点となった聖剣を憎み、それを抜き放った主君の運命を憎んだ。

 

 嗚呼、我が王よ。儚くて偉大なブリテンの勇者よ。どうしてそんな(モノ)を手に取ってしまったのですか。どんなに陰惨な時代でもいい。どんなに乱れた国でもいい。あんな皮肉で悲惨な終焉を迎えることに比べれば、我らの邂逅に何の意味があったのか。

 騎士になどならなければよかった。王になど()って下さらねばよかった。貴方とも、彼らとも、彼女とも、最初から出会わなければよかった。我らが伝説の始まりを()()()()()()に出来れば、どれほど救われることだろう。

 

 ───ああ、そうだ。ソレを、そのキラビヤカな剣を叩き折ればどうだ。そうして忌々しい伝説を微塵に砕いてやれば、運命の出発点もまた消えてくれるのではないか。

 

 そうだ。そうすれば、きっと、俺の裏切りも、彼女(グィネヴィア)の涙も、主君も忠臣も王国も、全てが最初から無かったことに出来るのだ。きっと皆が救われるに違いない。望むに違いない。喜んでくれるに違いない。ああ、ならば───()()()()()()()()()()()

 

 もはや有るか無しかもわからぬ思考の中、彼が狙い定めたのは他ならぬ彼の主君(セイバー)だった。否、主君の姿をした“運命”だった。今の彼にとって、運命を覆す試みだけがたったひとつの贖罪の術であり救済の道だった。

 

呪われた運命よ、いざ刮目するがいい。呪われた騎士の狂気(いかり)を目に焼き付けて砕け散れ―――!!

 

 兜の目庇の下、血走った眼光がギロリとセイバーを凝視する。次の瞬間、鉄靴(ソルレット)がアスファルトを激しく踏み砕き、乱舞する狂槍が目にも留まらぬ速さとなって大気を切り刻む。剣閃は視認可能領域を超えてストロボのような瞬きへ加速する。彼は狂戦士と成り果てても尚衰えぬ精確な体捌きで地を踏みしめ、凄まじい勢いで間合いを詰めていく。それは最強騎士の神業に狂化ステータスの膂力増強が相乗された結果であった。如何なる達人ですら防御も回避も叶わない爆発的な剣撃の嵐がセイバーに迫る。

 

「逃げてッ、セイバ―!! いくら貴女でもこれは……!!」

 

 カマイタチすら発生させる恐るべき攻撃に、気を動転させたアイリスフィールが身を乗り出して訴える。だが、セイバーは動かない。煌々と輝く剣を片腕のみで振り上げたまま、襲い来る風圧など意にも介さずピクリとも動じない。

 セイバー自身が身を以て知っているはずだ。生前、剣術の技量においては最強騎士の名を欲しいままにしたランスロットに及ばなかったことを。

 

「セイバー、何を……!?」

「あ奴、死ぬ気か───?」

「む───?」

 

 ランサー、ライダー、そしてアーチャーまでもがセイバーの真意を図りあぐねて瞠目する。誰がどう見ても絶体絶命の状況だ。漆黒の凶刃はすでに彼女の眼前だ。直ちに宝具を開放するなりしなければ切り抜けられない窮地に違いない。

 

 

 だというのに、彼女は何故、()()()を浮かべているのか?

 

 

 困惑するそれぞれの反応を置き去りに、宝具化した鉄塊が大きく弧を描いて振りかぶられる。狙い澄ましたるはヒト型全ての急所、すなわち脳を擁する頭蓋だ。王冠に飾られた金髪の頭頂部目掛け、今、限界まで引き絞られた筋肉が音を立てて解き放たれる。

 

「Arrrrrrrrrrthurrrrrrrrrrrrrrr!!!」

 

 咆哮を迸らせ、電光石火の一撃が振り下ろされる。音速の壁を真っ二つに叩き割り、ねじ切られた大気が断末魔の悲鳴を上げる。膨張する衝撃波すら置き去りにした音速の槍の切っ先が金髪に触れる。

 もはや何をしても間に合うまい。ある者は見るに堪えかねて両手で視界を覆い、ある者は息を呑んで目をかっ開き、ある者は興ざめだと踵を返しかける。

 そして、

 

 

 

 

ぱっか~~~ん。

 

 

 

 

 その音が響いたのだった。

 

 

 

 

「はっはっは。どうした、“湖の騎士”よ。円卓最強と名を馳せた卿ともあろう者がずいぶんと鈍いではないか」

 

 その場にいるセイバー以外の全員がポカンと口を開けて呆けた。辛勝などではない。圧勝という言葉も当てはまるまい。まさに鎧袖一触、袖を払うが如くの勝利。まるで赤子の手をひねるように、セイバーはバーサーカーの全身全霊の一撃をあっけらかんと返り討ちにしたのだ。それこそ、ダメージが兜のみで収まるように手心まで加えて。

 

「こ……こんなことが……」

 

 圧倒的なまでの実力差がなければ起き得ない結果に、アイルランドの英雄にして世界第一級の武芸の実力者であるランサー、ディルムッド・オディナの肉体内で心臓が胸郭に体当たりをした。腹の底から震えが走り、滝のような汗が吹きでる。目の前の少女(セイバー)が、伝承のアーサー王よりも遥かに強いことを理解したからだ。言い伝えよりずっと過酷な強敵たちを打ち倒し、壮絶な修羅場をくぐり抜ける経験を積み重ねた猛者であると理解したからだ。その手に握る一対の魔槍がやけに頼りなく感じて、ディルムッドは歯噛みした。己が全力で相対しても、今のセイバーに勝てる想像がまったく描けなかった。

 

「ははあ、さては大方、私の嫁を寝取ったあと坊主になってフランスなんぞに隠居したせいで、すっかり修練を怠っていたのであろう?似合わんことなぞせずにさっさと還俗すればよかったものを。そんな体たらくでは、キャメロットで卿との手合わせを今か今かと待っているギャラハッドやガウェインを失望させてしまうぞ」

 

 なんとも軽々とした口ぶりだった。先ほどの斬り合いは吟遊詩人が世代を超えて高らかに謳い伝えるほどの世紀の死闘だったはずなのに、それを乗り越えたとは思えない、ヘリウム満タンの風船のようにフワフワと気の抜けた物言いだった。そして、そこには一切の皮肉も誹謗を含まれていない。互いに勝手知ったる真の友と心得ているが故に心の深い部分にまで踏み込めるに違いなかった。

 

「“湖の騎士”って……」

「ランスロットのこと、だよな……?」

 

 目を丸くしたアイリスフィールとウェイバーが口中に独語する。その名は欧州圏では知らぬ者のいない名だった。ランスロット・デュ・デュラック。フランス出身の美男子にして、キャメロットの円卓の一角を担った騎士。古今東西において右に出る者はいない一騎当千の剣兵(つわもの)にして、主君の王妃を簒奪した不義の騎士……。

 彼らはセイバーが口にした二つ名とエピソードからバーサーカーの真名を推理して驚いたが、それがアーサー王(セイバー)の死のキッカケを作った裏切りの騎士の名だと知るに至ってさらに驚愕した。しかしそれ以上に、自らと王国の滅亡の原因を作った不忠者にこうも親しげに話してみせるセイバーの度量の大きさに、驚愕を通り越して呆れを覚えた。

 

「───……」

 

 真名で呼ばれたバーサーカーは、しかし応えない。応えられない。乾坤一擲の技をまんまと防がれ、返す刀でしたたかな一撃を───しかも峰打ちを喰らった故の惨めな敗北感からではない。どんな顔をして(おもて)を上げればいいのか、わからなかったからだ。兜を失って曝け出された自分自身の醜い顔を主君に見られたくなかったからだ。かつての美貌は見る影もない。灰色にくすんで狂気に歪んだ愚か者の顔貌など、情けなくて見せられなかった。

 永遠の忠誠を誓ったのに不貞を働いて裏切った者の憐れな末路、それが自分だ。こうも容易く、ものの見事に敗北を喫してしまっては、もはや格好が付く付かないどころの話ではない。いったいどのような顔で向き合えばいいのか。

 狂化していても尚忘れることの出来ない悔恨に魂までも苛まれ、黒の騎士は地に沈み込むように力を失って、

 

 

許す(・・)

 

 

 その言葉に、いとも簡単に救い上げられた。

 意外な───自分には絶対に与えられることはないと諦めて、だけでも心のどこかで喉から手が出るほど欲していたその言葉に、黒い騎士は弾かれたようにハッと顔を上げた。

 そこにあったのは、生前にだって見たことのない、実に爽やかで純粋な微笑みだった。まるで父のように、母のように、兄のように、姉のように、成功も失敗も幸福も後悔も何もかもを無条件に受け入れて包み込んでくれる、かつて自分が崇拝し、“この方になら”と心身を預けた主君の微笑みが燦々と彼を照らしてくれていた。

 

「全てを許す。卿の不貞も、裏切りも、仲間殺しも、何もかも」

 

 嘘偽りない口調と表情で、セイバーは尚も微笑み続ける。到底宥恕されるはずのない重罪を口にしながら、あたかも子どもがしでかした瑣末な悪戯を笑い飛ばすように、軽い足取りで黒い騎士に向けて歩む。騎士が呻き、見開かれた目が激しく問う。「なぜ」、と。

 

「もはや誰も怒ってはいないからだ。皆、卿を許している。ガヘリスとガレスも、お前に斬られたことを恨んでいないと言っている。許さんと言ったバカ息子は、まあ、許すように私がちょっとアレな感じでえいやっと説得した」

「アレな感じで、ってどうせまた剣でぶっ叩いてモガモガ」

 

 眉を顰めるウェイバーの口をアイリスフィールが慌てて塞いだ。

 そんな一幕などまったく目に入っていないランスロットは、しかし沈み込む一方だった。彼は高潔であるがゆえに愚かな自分自身を許すことが出来なかった。

 

 だが、私は殺してしまったのです。あらゆる人たちを深く深く傷つけてしまったのですよ。台無しにしてしまったのですよ。私を慕ってくれていた騎士たちを、戦場を共にした仲間たちを、やっと立ち直りかけていた民たちを。

 

「ならば、また皆でやり直そう」

 

 それでも、私は、私は───貴方を───。

 

「ええい、もう!うじうじとしつこい!シャキッとしないか!シャキッと!」

 

 

ぱっか〜〜〜ん。

 

 

「────……ッッッ!!??」

 

 またもや間の抜けた音が響いた。今度は兜無しでの一撃だったため、峰打ちとはいえさすがのバーサーカーも頭頂部を両手で抑えたままゴロゴロと地面を転がって悶絶する羽目になった。激痛を想像したライダーが片手で口を覆って「うわぁ」と引き攣る。

 

「ふむ、“昭和(ショーワ)の家電は叩けば直る”と士郎が言っていましたが、やはり円卓の騎士にも通じるみたいですね」

 

 空恐ろしいことを呟きながらエクスカリバーを素振りの要領でぶんぶんと振るって、やれやれと形のいい鼻からため息をはふんと落とす。ちなみに、昭和の家電は技術が未発達だったこともあり、コンデンサやケーブルといった部品のサイズが大きくかつ取り付けが甘かったために接触不良が起きやすかったことが原因で叩くと接触が良くなったのであって、間違っても今の家電とサーヴァントを斜め45度から叩いてはいけない。

 

「真面目で堅物というのは必ずしも美徳ではないぞ。他ならぬ私が言うのだからな」

 

 洗い流したように美しい紺碧の戦装束を颯爽とはためかせ、バーサーカーの前に仁王立つ。そして片眉を優しげに上げて、再びたおやかに微笑む。

 

私が許す(・・・・)。卿自身の赦しなど関係ない。私が、卿の罪を、許す。他ならぬ卿の(あるじ)が。それ以外の誰の許可がいるというのだ?」

 

 有無を言わせない、まさしく王の口ぶり。しかし、そこに傲慢さはなく、ただただ度量の深さが垣間見えるのみだった。人間の姿をしているのにナイアガラの滝を見下ろしているような気持ちにさせる、王の中の王のそれだった。

 

「……アナタ、ハ……」

 

 錆の浮いた声が喉から絞り出された。そのことにウェイバーがポカンと口を開けて驚愕する。本来ならバーサーカーとなったサーヴァントは会話など出来ない。それを犠牲にしての狂化ブーストだからだ。そんな不可侵のルールすらも呆気なく覆させてしまうほどの“絆”が二人のあいだに甦った証拠だった。

 バーサーカーは───否、ランスロットはセイバーを呆然と見上げた。生前は、それこそ人を寄せ付けないという点においては月に住むのも同然のような人だった。自らを“王”という装置(・・)として固く規定し、清廉潔白を自他共に厳しく課していた。感情を挟む余地を赦さずに杓子定規な対処を行ったことにより離れていった人心は数知れない。それが彼女の美徳でもあり欠点でもあった。言い換えれば、それがアーサー王という人物の生まれ持った性分で、変えることのできない魂の在り様だった。できない、はずだった。

 

「……あなたさま、は、ついに……」

 

 だが、これはどうしたことか。一体全体、何が彼女をこうもポジティブに変えたのだろうか。どんな経験を経て、魂の在り様すらも変えることができたのだろうか。

 今の彼女には以前の張り詰めた危うさは欠片も見えない。清濁併せ呑み、適度に法を重視し、適度にグレーゾーンを見極めて悪巧みもする。適度に脱力し、適度に意識を張る。空回りすることなく要領よく思考を巡らせ、自らの実力を隅から隅まで把握した上で“あとはなるようになる”とどっしりと構えている。そして、事実どんな理不尽が襲いかかってきても片手でどうにかしてしまいそうな頼り甲斐のある雰囲気をたっぷりと纏っている。何が起きても余裕をもって事態を収拾してしまいそうな全能感を備えている。まるで曙光を身のうちに宿したような王気(オーラ)を煌煌と放つさまは、思わず目を眇めるほどの眩い感動を覚えさせた。

 その瞬間、ランスロットは完全なる正気を取り戻した。

 

「ついに到達されたのですね、真の騎士王(・・・・・)の器に」

 

 突如として流暢な物言いとなったバーサーカーに驚き、ギルガメッシュすらも思わず瞠目した。全能を自負する英雄王の彼を以てしても、バーサーカーを狂化から解き放つなどという大それた奇跡は起こせないからだ。

 光を呑み込む闇の色に淀んでいた鎧が、磨き上げた黒真珠の如きなめらかな煌めきを放つ。その腰にはエクスカリバーと対を為す人類の秘宝アロンダイト。かつてキャメロットにこの騎士ありと称賛を浴びた“湖の騎士”の全盛期の姿がそこにあった。

 狂気の淀みを颯爽と振り払って居ずまいを正したランスロットに、セイバーは歯をすっかりと見せて、にんまりと笑ってみせた。

 

「どうだ、少しは人の心がわかるようになったろう?」

 

 またもやランスロットは即答できなかった。顔を向けられなかった。今度は、頬を流れ落ちる感涙を見られたくなかったからだった。「王は人の心がわからない」などと言ったのはどこの糸目野郎だろう。開けても閉じてもその目は節穴だ。そんなもの文字通り寝言だったに違いない。何故なら、この御方はこんなにも(おお)きな懐の持ち主へと到れる器を秘めていたのだ。

 

「苦労ばかりかけたな、ランスロット卿。もう大丈夫だ」

 

 熱い男泣きに肩と唇を震わせながら、ランスロットは頭を激しく左右に振るって否定した。今までの苦労がすべて報われた想いだった。主君が自らの命を懸けるに等しく、またそれ以上の掛け値なしの大人物であったと識ることが出来る……なんと幸福なことだろう。まさに騎士冥利に尽きる。今ほどこの聖王に仕える騎士であることを誇りに思ったことは無かった。

 

「一旦、『座』に還るがよい。そこにキャメロットの騎士たちが待っている。皆、お前との再会を待ち遠しく思っている。モードレッドの奴めがしつこく言ってきたら、“次はもう一本のツノを折る”と伝えるがいい」

 

 しかと王の命を聞き入れたランスロットの肉体が光の粒子となって空中に溶けていく。驚くべきことに、それはサーヴァント自ら聖杯戦争から離脱を選択した故の現象だった。サーヴァントとは、未練を残した英霊が聖杯にその解消を頼んで現世に生じた泡沫のような存在だ。即ち、ランスロットはもう、この世に一切の未練などなくなったのだ。彼はもう、欲しかった赦し(もの)を手に入れられたのだ。

 

我らが王城(キャメロット)にてお待ち申し上げております、我が王」

「うむ。すぐに呼ぶことになる。存分に鍛え直しておくがいい」

 

 「御意に」。短い言葉と僅かな蛍火だけを跡に、ランスロットは現世との繋がりを自ら手放し、己がいるべき場所へと還った。港湾区画に静けさが舞い戻る。誰も彼も言葉を忘れたように呆気にとられていた。ただただ、目の前の騎士王の底知れないカリスマに慄いていた。黄金のサーヴァントを含めて。

 

「そう───すぐに喚ぶ(・・)ことになる」

 

 そう言って自らを振り仰いだセイバーの好戦的かつ挑戦的な視線を、ギルガメッシュはもう雑種の戯れ言とは切り捨てられなかった。彼の固有能力『千里眼』ですら、もはやセイバーが引き起こす未来の波紋を見通せなかったからだ。即ち、セイバーが『千里眼』を拒絶する能力を保有しているか、もしくは彼は決して認めようとしないが───『千里眼』が通じない格上(・・)の相手である可能性があるという疑念がギルガメッシュの脳裏に横たわっていた。

 セイバーの笑みが勝利を確信して鋭さを増す。彼女は、ギルガメッシュのエヌマ・エリシュ(きりふだ)を知っている。そして、それを打ち破る手段を持っている。そんな予感がヒシヒシと背筋を刺した。第六感が警報を放つという久方ぶりの感覚をギルガメッシュはすこぶる不快に覚えた。

 

「……ふん」

 

 セイバーの勝ち気な視線を憎々しげに、しかし逃げることなく真っ向から受け止めて、ギルガメッシュは密かに心に決めた。

 この女は───否、この騎士王(・・・・・)は油断ならない。

 

 

 

 

 

 

 

 だが、結論を言ってしまえば、結局、油断をしなくてもギルガメッシュはセイバーには及ばなかった。何故なら、今度のセイバーの切り札は、エクスカリバーやカリバーンではないからだ。そんな(モノ)ではない。騎士王の真の宝とは、騎士王が剣よりも信頼するモノたち(・・・・)とは─────




好きな漫画家は日月アスカ先生。あの線の描き込みには執念を感じる。すこ。
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