第四次聖杯戦争にセイバーが召喚されました。   作:主(ぬし)

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ここが未来か


第四話(2039年)

時は遡る。

 

 

 

 

 

「アナルは名詞じゃなくて形容詞─────!!!!」

 

 フリーライターとして言葉の正しい使い方に一家言あったのだろう。限界まで開けた顎から虹色の光の奔流を吐き出しながら、バーサーカーのマスター、間桐雁夜は雄叫びを虚空へと向けて流れ星の如く解き放った。

 キラキラとした星屑が天空へ飛び散り、夜空へ吸い込まれる。と同時に、痩せた肉体からふっと力が抜けてドシャッと大地に突っ伏す。天に向けてぐっと高く差し出された彼のケツには、まるで選定の時を待つ聖剣のように綺羅びやかな剣の鞘が突き立っている。否、しかして実際にそれはカリバーンの鞘、『アヴァロン』であった。

 

「よし、これでバーサーカーのマスターの救済は完了です」

 

 雁夜のケツからスシュポンッッと卒業証書を入れたあの筒のような音を立ててアヴァロンを抜き取り、パーフェクト・セイバーが背後の少女をにっこりと振り返る。なにが「よし」なのか。

 

「あわわ……あわわわわ……」

 

 そこでは、少女───間桐桜が尻餅をついて腰を抜かしていた。突然間桐邸の正面玄関をぶち破ったと思ったら親戚の雁夜叔父さんのケツに鞘を突き刺した凶悪無比なサーヴァントに大きな恐怖を覚えたのだ。無理もないよ。

 

「はじめましてですね、桜。心配いりませんよ。彼のように、このアヴァロンの癒やしの力ですぐに魔蟲の害毒を浄化してあげますからね……」

 

 窓から差し込む月明かりを鞘の光沢が鋭く跳ね、反射した光がセイバーの笑顔を怪しく照らしあげる。会ったこともないのに妙に馴れ馴れしい態度だ。その背後では雁夜のケツがビクッビクッと浜辺に打ち上げられた魚のように痙攣している。常軌を逸した景色だし、どこからどう聞いても頭のおかしい凶悪犯の台詞と表情だ。もともと度胸のない桜には効果てきめんだった。

 

「い、いや───!せめて、せめてお尻の処女だけは」

「問答無用」

「あへぇ────!!??」

 

 セイバーの踏み込みから逃げられるはずもなく、ズムンとめり込む無遠慮な衝撃を臀部に感じたと同時に桜もまた星屑の煌めきを口から放出し、白目を剥いて気絶した。彼女が自らの肉体から一切の呪いが消えたと気がつくのは、ケツに包帯を巻いた雁夜によって起こされてからであった。

 『全て遠き理想郷(アヴァロン)』は、あらゆる傷を癒し、あらゆる呪いを撥ね退けることが出来る超常の宝具だ。神話級の効力の前には、たかだか500年生きたくらいの老魔術師がコトコトじっくり煮詰めた呪い程度、ケツからの高圧洗浄でスッキリ爽やかである。

 桜のケツから鞘をスポンと引き抜き、「さて」とセイバーが部屋の隅の暗がりに何気なく視線を投げる。

 

「次は貴様の番だぞ、マキリ・ゾォルケン。神妙に尻を出せ」

「……貴様、何が目的だ」

 

 間桐家の当主、間桐臓硯が暗闇から滲み出るように姿を現した。その表情は、自らの本名をズバリと言い当てられたことで憎々しげに、かつ心から悔しげに歪んでいる。完璧に姿を隠していた自負があった。闇と同一化した彼は、並どころか高位の魔術師にすら見つからない自信があった。それだけに、彼を台所に飛んできたちょっと大きめの羽虫の如くひょいと見つけてみせたセイバーの底知れなさに恐怖した。バーサーカーとの戦闘は、偵察用の魔蟲を通じて一部始終を見ていた。故に、目の前の少女の形をしたサーヴァントが天井知らずの戦闘力を秘めていることは理解していた。「このサーヴァントと戦っても勝てない」と第六感で確信し、臓硯は不本意の極みでありながらも姿を晒して時間を稼ぐという唯一の選択肢をとることにしたのだった。

 いつ何時、斬り掛かられてもいいように、自身の仮初の肉体に瞬発の準備を促す。肉体側が「無駄だ」とヒステリックに叫ぶにかかわらず、逃走を強いる。失ったはずの汗腺が冷や汗を垂れ流し、和装の背をじっとりと濡らした。しかし、ここで死ぬわけにはいかない。不老不死という目的のため、断じて死ぬわけにはいかないのだ。

 

「くくく、アーサー王よ。聖杯に何を求めるにせよ、貴様の願いは届かんよ。なぜなら、聖杯は汚染されているからだ」

 

 喉を鳴らし、おぞましい笑みを刻む。彼はセイバーの動揺を誘おうと試みた。その隙を狙って逃亡を図ろうと画策したのだ。そしてその試みは、

 

「知っている」

「………は?」

 

 ものの見事に見抜かれて失敗した。

 

 「アヴェンジャーのクラス、真名をアンリマユ。第三次(ぜんかい)の聖杯戦争で変則召喚されたサーヴァント。奴のせいで聖杯が汚染されていることはよ〜く知っている。本人に会ったこともある。まあ、悪い奴ではなかったぞ」

「は……は?何を言っている?なぜそのことを、貴様が……」

 

 驚愕による意識の空白。動揺を誘われたのはむしろ自分だった。一瞬にして最悪の空白(すき)を生じさせたことに臓硯が愕然と後悔したのも束の間、たしかに視界に捉えていたはずのセイバーの姿がストロボのようにかき消えた。尻を突き出して倒れ伏す雁夜と桜を見て「背後(ケツ)だ!」という当然の帰結に行き着くも、ランスロットをして足元にも及ばなかったセイバーの瞬発速度に追従できるわけもなかった。

 ズヌン!と腰から背筋に向かって重い衝撃が走った。脳髄まで衝き上げられるような電撃的ショックにつま先がピンと伸びる。身体に鉄柱を埋め込まれてその場にガッチリ固定されたような感覚にビクリと硬直した臓硯の耳元で、セイバーが囁く。

 

「理想を追い求めるがあまり、理想に振り回され、雁字搦めになって身を滅ぼす。どこかで聞いた話だな。まったく耳が痛い」

 

 その声に敵意はなく、代わりにあるのは儚い同情心だった。

 

「き、貴様、何の話を、というか何故執拗にケツばかり狙って、」

「数百年という延命の過程で、肉体を魔蟲に置き換えたことの苦痛によって魂が摩耗していき、理想を抱く志も、なぜそれを抱いていたのかという記憶さえも消え失せた。実に健気で悲しい男だな、マキリ・ゾォルケン」

「な───」

 

 臓硯は絶句する。それは、もはや臓硯自身すら忘れてしまっていた彼の人生の背景(バックボーン)だった。500年前にロシアで生を受けた彼の本名はマキリ・ゾォルケン。若かりし頃は、人に降りかかる悪しき理不尽を憂い、嫌悪し、撥ね除けるために魔術師の道を歩み、聖杯にその願いを託そうとした正しき魔術師だった。そのために激痛を伴う延命を重ね、肉は削ぎ落とされ、蟲の集合体(かたまり)となっていった。それは摩耗以外の何物でもなく、生きながらに腐敗していく地獄でしかなかった。その果てに何時しか目的と手段が入れ代わり、崇高な理想は失われ、高潔な魂は劣化し、延命のみのために延命を繰り返すバケモノと化してしまった。

 誰も知るはずのない本質を真正面から───正確には真後ろ(ケツ)から───突きつけられ、臓硯の自我はショックで飽和する。

 

「儂は───()は───」

「成仏するがいい、古き正義の求道者よ。悪鬼に堕ちた貴様の魂にも一抹の救いがあることを祈る」

 

 そして、光。内側から浄化されていく光。長らく忘れていた陽光の温もりが下半身から上半身へ瞬時に染み渡った。神経を蝕む痛みが春風に吹かれた如く取り払われれば、万力のようだった激痛に挟まれて軋みを上げていた本来の臓硯(・・・・・)の意識が放散し、淀みと澱が撹拌され、再構成される。これこそアヴァロンによる完全浄化の為せる秘技だった。廃人寸前だった雁夜と桜を健全な人間へと回帰させた奇跡だった。だが、血肉を全て悪しき魔蟲に置換している臓硯にとって、“聖なる浄化”とはそのまま“消滅”を意味する。だからこそ、臓硯は闇底へのスパイラルに墜ちる他なかった。

 

(いや───もういい)

 

 臓硯は静かに眼を瞑る。彼は自身の消滅をなんの躊躇もなく受け入れた。不死は叶うはずのない身に余る願望であり、この消滅は遠回しにしていた運命だったと理解した。むしろ赦されざる暴挙を重ねた己に、この温かい浄化は望外な幸福であると悟ったのだ。

 ついに臓硯の肉体を構成していた魔蟲全てが素粒子レベルにまで分解され、天に向かって天の川の如くおだやかに揺らめきながら伸びていく。肉体のくびきから解き放たれた意識が茫漠として広がり、世界へと還っていく。

 

 

 

 

───まったく、しょうのない人ですね、マキリ───

───ユスティーツァ!私は君に───

 

 

 

 

 果たしてそのような再会が叶ったかはわからない。わからないが、星空を見上げて柔和に微笑むパーフェクト・セイバーの様子を見るに、おそらく臓硯は最期の最期に会いたかった者と会えたのだろう。ここまでで何回ケツやら尻やらといった単語が出たことやら。

 

「……終わったのか、セイバー」

 

 満足気な様子のパーフェクト・セイバーの後方からダークスーツに身を包む長身の男が歩み出る。彼女のマスターである衛宮切嗣だ。

 

「ええ、間桐についてもこれで解決です。残すところはアーチャーのみとなりましたね」

「キャスターとアサシンに続いて、ランサー、ライダー、そしてバーサーカー。5つの勢力をこうも簡単に打ち破ることが出来るとは……」

 

 喜びを通り越して困惑の表情を浮かべる。無理もない。パーフェクト・セイバーの快勝っぷりは間近にいた切嗣にすら信じられないものだった。

 まず、凶悪殺人鬼コンビだったキャスターとそのマスターは被害を増やす前に早々にズバッと袈裟斬りにし、アサシン勢力は衛宮切嗣との華麗な共闘で撃破(神父は再起不能(リタイア)になるまでタコ殴り)。その後、意を決して決闘を挑んできたランサーを正々堂々と打ち破り、そのマスターは適度に痛めつけたあとロンドン行き飛行機のエコノミークラスに詰め込んだ(婚約者はプライベートジェットで帰った)。そして、征服王アレキサンダーたるライダーとの決戦においては───

 

「エクスカリバーとカリバーン(・・・・・)、まさかあれほどの威力とは思わなかった」

 

 壮絶な光景を思い出した切嗣が感嘆とも呆れとも判別できない溜め息を漏らす。

 本来、サーヴァントとして召喚されるアーサー王(セイバー)の宝具は攻撃聖剣『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』のみだ。しかし、パーフェクト・セイバーはもう一振り、生前に失ったはずの選定聖剣『勝利すべき黄金の剣(カリバーン)』をも保持していた。全盛期を遥かに超える莫大な魔力、それを注ぎ込まれたエクスカリバーと同性能を有するカリバーン。この対城宝具2連撃は、通常のエクスカリバー開放時の威力の単純な2倍に収まらない。ライダーの宝具『アイオニオン・ヘタイロイ』もド派手極まりないものだったが、もはや重量級熱核兵器数発分に匹敵するTNT換算60万トン分の破壊光線を前にしてはどんな大軍も塵芥まっしぐらだった。

 

「これが星々の息吹か。世界の果て(オケアノス)より珍しいものを見られたな」

 

 ライダーはそう呟いて掻き消え、残されたマスターの少年は丁重にロンドン行き飛行機のエコノミークラスに放り込んだ。飛行機内でなぜかもう一人の乗客とすったもんだのひと悶着があったらしいが、知ったことではない。責任は乗せるまで(フリーオンボード)の精神は大事なのだ。

 

「疑っているわけじゃなかったが、本当にお前は歴史を一巡しているんだな。さすがだ、セイバー」

「パーフェクト・セイバー」

「さすがだ、パーフェクト・セイバー」

 

 条件反射の如く律儀に言い直した切嗣に、セイバーは満足そうに

 

「パーフェクト・セイバー」

 

 パーフェクト・セイバーは満足そうに頷いた。切嗣は小さな、しかし不快ではない溜め息を吐いて苦笑いを浮かべた。と、何かに引っ掛かってはたと表情を一変させる。

 

「そういえば、さっき聖杯が汚染されていると言っていたが……」

「ああ、そうそう。言い忘れていました。聖杯はとても良くないサーヴァントのせいですっかり濁ってしまい、優勝者の願望をひねくれて実現しようとする役立たずになりました。“この世のすべての悪”なんて二つ名の真っ黒な反英霊を召喚するからです。私の知る歴史では貴方が勝利した挙げ句にとんでもないことになりましたね。いや懐かしい」

「……は?」

 

 とんだ爆弾発言である。

 

「ど、どこのバカがそんなバカなことを」

「貴方の依頼人で、貴方の岳父です」

 

 ユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン。アインツベルンの当主にして切嗣の妻であるアイリスフィールの製造主(ちちおや)である。第三次聖杯戦争で禁じ手のアヴェンジャー召喚を行った挙げ句に開幕ダッシュで敗退したうえ聖杯を台無しにしたのはこの老翁だ。だいたいコイツのせい。

 それを聞いた切嗣は傍らにあった間桐邸の電話に飛び付くと、他人の口座引き落としであることをいいことに躊躇なく国際電話を掛け、アインツベルン本城のアハト翁を呼び出してクドクドと苦情を叩きつけ始めた。

 そんな彼の背中にクスリとした笑みを咲かせたあと、パーフェクト・セイバーは最後の戦いに思いを馳せる。そして、()()()()()()()を口にした。

 

「さあ───行くぞ、英雄王。武器の貯蔵は十分か?」




この小説を書き始めた時は実家暮らしの独り者で、4話を更新するときには結婚して家持って子供二人になってるなんて、人生何が起きてどうなるかわからない。だからきっと、こんなセイバーだっているはずだ。

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