Deathberry and Deathgame   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

第十四話です。

後半にリーナ視点を含みます。
苦手な方はご注意下さい。

宜しくお願い致します。


Episode 14. The dianthus and the deathberry

「ブラボー隊、スイッチ! チャーリー隊、アルファ隊の後退を援護!!」

「解放隊しっかりせえや! 追い打ちの薙ぎ払いが来るでえ!!」

「エギル、ボスの足を払ってくれ。体勢を崩して一気に畳みかける」

「よぉし、任せろ!!」

 

 戦闘開始から十六分が経過、トゲ頭の主導で撤退するアルファ隊とエギルを先頭に突っ込むブラボー隊が交錯した。HPバーが残り一段を割り込み、新しく追加された長い舌での刺突が虚閃っぽいレーザーの一閃の後に繰り出される。

 エギルがガードする前に俺が飛び出し、《浮舟》でカチ上げて軌道を逸らす。ゴムのように伸縮するクセに金属並の強度を持つ薄ピンクの鞭を『宵刈』の切っ先が捉え、火花を散らしてふっ飛ばす。

 

「ナイスだぜ一護! 食らいやがれえええっ!!」

 

 大虚……もとい『The Deadsoul』にも劣らない野太い咆哮と共に繰り出されたエギルの単発重攻撃『グリズリー』が、ブーツのように尖がった足を真っ向から弾き飛ばした。その横をスイッチを叫びながらキリトが疾駆、宙に浮いたままの足の背後に回り込んで、ソードスキルを発動する。隙の少ない薙ぎ払い二連撃《スネークバイト》がアキレス腱――大虚にそんなものが備わってるのかは知らねえが――の辺りを斬り刻んだ。

 

 それと同時に俺は逆脚の近くに待機、同時に刀を上段に構えて溜めを作る。刃を覆う蒼い光は見る見るうちに強くなり、まるで青白い炎が燃えているようにも見える。

 

「一護、いいぞ!!」

「おう!!」

 

 キリトが後退すると同時に声を上げ、それを受けた俺は踏込と同時に刀を全力で一閃、ボスの足首をへし折らんばかりの強打を撃ち込んだ。

 カタナスキルの熟練度が上がったことで追加された『溜め斬り』は、ソードスキルの発動体勢を取りつつモーションの開始を自制することで使える。最大三秒間のチャージ時間と引き換えにスキルの威力を大幅に上昇させることができ、集団戦でその隙をカバーできさえすれば、強力な火力源になり得る。ボスのHPバーがグリッと減ったのが、見なくても手ごたえで感じ取れた。

 

「スイッチ」

 

 冷静な声が聞こえ、技後硬直の解けた俺はその場から飛び退く。入れ違いで突撃したリーナの飛び膝蹴りがボスの踝に命中、俺の一撃で揺らいでいた軸足がズルッと動く。さらにリーナは空中で三連撃《クイックビンゴ》を発動、同じ部位目掛けて連続の刺突を叩き込む。追い打ちとばかりに着地の直前《水月》をブチ当て、しかし更なる追撃はせずに蹴りの反動で足元から逃れた。

 

 なぜなら、

 

「ボスが倒れるぞ、全隊突撃!!」

 

 HPバーがレッドゾーンへと突入しそうな勢いで減っていくボスの巨体がぐらりと傾き、前のめりに倒れてきたからだ。ディアベルの号令で、下がっていた二小隊の連中がなだれ込むようにして突撃してくる。俺たちもそれに負けじと、落下予想地点から離れつつトドメのラッシュに参加すべく身構える。

 

 そして、ボスが膝を突き、上半身がゆっくりと傾き始めた――その時、頭上にオレンジの光が見えた。悪寒が俺を襲う。

 

「やめろ! 全員コイツから離れるんだ!!」

 

 そう叫び、俺は思いっきりその場から飛び退る。一瞬固まったブラボー小隊の連中も、すぐにそれに従い、各々待機場所から退避した。

 

 直後、頭上にあったオレンジの光が地面に突き立ち、ボスの身体を囲った。

 

「な、なんや! あのけったいなバリアは!!」

「うるせえ! 俺に訊くんじゃねえよクソトゲ!!」

「あん!? アンタには訊いてへんわボケぇ!! 黙っとれチンピラ!!」

「んだとテメエ!!」

「そこのバカ二人、喧嘩しない。それより……ボスの様子がおかしい」

 

 面突きあわせてにらみ合っていた俺等だったが、冷静なリーナの言葉に我に返り正面へと向き直る。

 

 そこには、自分の面に手をかける、大虚の姿。

 虚が仮面を剥ぐ。その行為の意味を俺が思い出したのと同時に、咆哮と共にボスの白い面が引き剥がされ、砕け散った。

 

 途端に巻き起こる旋風。視界を潰され、風圧でたたらを踏む俺たち。

 

「全隊、一旦後退!! 体勢を立て直す!!」

 

 ディアベルから即座に後退命令が飛び、俺を含む全員がボスから離れた。

 一番ボスの近くにいた俺とリーナが本隊と合流し、ボスの方へと向き直った瞬間、暴風が止み、砂塵の中で大虚が歪に姿を変えていき、一体の巨人が出来てきた。

 

「何……だと……!?」

 

 露わになったその姿を見て、俺は絶句した。

 そこにあったのは、毛皮に覆われた屈強な上半身、鹿を思わせる大きな一対の角に長い蛇の尾。

 

 まだ完成してないが、見紛うハズもない。あれは――『アヨン』だ。

 

 なんで、アレがギリアンから出てくる? アイツは確か、女破面三人の腕から作られるんじゃなかったのか? キルゲとかいう滅却師と戦ったときは、確かそうだったハズだ。それが、なんでこんな出方をするんだよ!?

 

 それにおかしいことがもう一つ。コイツがSAOの中にいることだ。

 死神くらいならまだわかる。現世の人間の中には、死神について知ってるヤツも何人かいる。SAOの開発陣の中にそんな奴がいた確率は、低いだろうがゼロじゃない。

 でも、アヨンは違う。

 聞いた話じゃ、コイツが衆目にさらされたのは、俺が目にした一回と、愛染が現世に攻め入った時の一回、合わせてたったの二回だけだ。だから、その存在を目にしたのは、隊長格と井上、チャド、浦原さんだけのはず。可能性を広げても、破面の軍勢の連中と親父、夜一さんまでだ。そんな知名度の低い化け物の姿を完全に再現できるわけがない。

 

 もしかして、隊長の誰か、あるいは浦原さんがこのゲームに干渉したってのか?

 そうとしか考えられねえ。だって、そうでなきゃあんな――あんな、()()()()()()()()()()みたいに忠実に再現できるハズが――そこまで考えて、俺はある一つの結論に辿り着いた。

 

 まさかコイツは……いや、このボスに纏わる全てのクエストは……、

 

 

 俺の()()()()()()()作成されてるのか。

 

 

 そう考えると、全ての謎が説明できる。死神の存在も、斬魄刀も、虚も、みんな俺の頭の中から生まれたんじゃないか。

 

 前に『プレイヤーのメインスキルに合わせてクエストが生成されたのでは』とリーナは言ったが、『プレイヤーの記憶の中から使えそうなエピソードを引き抜く』ことだってできるんじゃないか。プレイヤー自身が体験した恐怖、不安、絶望。そういうものの中から使えそうな記憶を抽出し、ゲームのイベントに反映することが。

 果たしてナーヴギアにそれが可能なのか、それは今この場では調べようもない。ただ、このクエストに関する全ての情報が、最初に東部の最上層に到達したプレイヤー、すなわち俺とリーナのうち、俺の記憶から引き抜かれたと判断するのが、一番の正解のように思われた。

 

 ――つまり、この状況は、俺の恐怖が基になって生まれたんだ。

 

 見れば、アヨンの上に表示されたHPバーが回復している。全回復ではないが、レッドゾーンまで削れていたはずのHPの二段目までは埋まってしまった。そして、さっきまでの大虚が俺の記憶通りの動きをしていた以上、コイツも俺の記憶にある通りに暴れ狂うだろう。見境なく、ただ殺すために。

 

 どんな動きをしてくるか分からず、みんなは固まったまま動かない。中には微かに震えている奴もいる。そりゃあそうだ。鈍い幽霊があんな怪物に変化すりゃあ、誰だってビビる。それを引き起こしたのは、多分俺の記憶。

 

 そして、その諸悪の根源は――

 

「――フザけんじゃねえ」

「……一護?」

 

 リーナの訝しむような声。俺はそれには答えず、刀を構える。

 

「人を大勢閉じ込めるわ、勝手に死んだら終わり(デスゲーム)にするわ、挙句人の頭ん中勝手に漁るわ……クソヤローだな、茅場(テメー)は……!!」

 

 赦さねえ、絶対に赦さねえ。怒りが脳内を席巻する。頭に仮想の血が上り、視界がグラグラと煮えたぎる。この世界を作った男に、そして目の前で模られていく異形に、俺は凄まじいまでの殺意を覚えていた。無限に湧いてくるんじゃねえかってくらいに強い激情は、たとえこの刀で腕を斬り裂き、足を千切って落とし、首を刎ねても治まりっこない。ポリゴンの欠片の一つすら残さず、塵になるまでぶった斬ってやる……!!

 

 その衝動に身を任せ、刀を握り締めて突貫しようと身を沈めた――その時、目の前に()()が飛んできた。慌てて刀を振り、顔面にぶっ刺さる寸前で弾く。

 

「アッブねえな! いきなり何しやが――」

 

 突然の暴挙に文句を言おうとした俺だったが、そこにいた奴の目を見て、その言葉を飲み込んだ。

 

 そこには、鬼のような形相をしたリーナが立っていた。

 その表情はあまりに険しく、かつて二層の噴水の前で見せた怒りの表情よりも、何倍も、いや何十倍もの怒気に満ちている。自分も同じようにキレていたはずだったのに、その険しく歪んだ端正な顔を見た瞬間、俺は怒りが急速に退いていくのを感じた。

 

「いい加減にして」

 

 低く、澄んだ声が響いた。そのあまりの鋭さに、他の面子のざわめきも消える。

 

「一護がアイツの何を知っているのか、何にそんなに動揺してるのか、そんなことは知らないし、どうでもいい。

 けど、今の貴方の、その怒っているように見せかけた、揺らぎまくりの姿だけはどうしても許せない。アイツが何者でどれほど強かろうと、貴方が何者で何を知っていようと、今するべきことは、衝動に身を任せた特攻と言う名の自殺じゃない。そうでしょ?」

 

 リーナの持つ短剣が、砕け散りそうに軋みを上げ、小刻みにカタカタと震える。見れば分かる程に、その細い肩に力が入っている。

 

「貴方は生きなきゃいけないの。例えなにがあろうとも、生きて、勝って、この世界から出て、私と一緒に茅場をブン殴らなきゃいけないの。あの夜、二層の小さな噴水の前で、私とそう約束したはず。こんなところで、激情に駆られて、あんな気持ち悪い生物と相討ちにでもなられたら困る。貴方も、私も、ここで死ぬわけにはいかないの。

 ――しっかりしなさい、一護!!

 今! 貴方の剣に宿るべきなのは、そんな感情(もの)じゃないはずだ!!」

 

 ――キミの剣には、"恐怖"しか映っちゃいない。

 

「必要なのは『怒り』でも『迷い』でも、ましてや『恐怖』でもない!!」

 

 ――戦いに必要なのは"恐怖"じゃない。

 

「寸分の狂いもなく攻撃を躱し!」

 

 ――躱すのなら"斬らせない"

 

「ここにいる仲間を護り!」

 

 ――誰か守るなら"死なせない"

 

「立ちふさがる敵を斬り捨てる!」

 

 ――攻撃するなら"斬る"

 

「どれだけ状況が絶望的でも、どれだけ相手が恐ろしくても、貴方が剣士であるのなら、他の些末事なんてどうでもいい!!

 迷わないで、一護!! 例え相手が誰であっても、必要なのはただ一つ!!」

 

 ――ほら、見えませんか。アタシの剣に映った――

 

「絶対に生きて勝利する、戦うための『覚悟』だけ!! 私の知る誰よりも強い貴方には、それが出来るはずでしょ!!」

 

 ――"キミを斬る"という"覚悟"が。

 

 かつて俺が教わった、戦うためのコツ。

 分かっていたつもりだった。戦うために必要な、揺らぐことのない『覚悟』。鉄より強い、堅固な意志。

 

 まさか、リーナにあの人と同じようなことを言われるとは、思わなかった。

 

「……チェッ。わかったような口ききやがって……」

 

 形ばかりの悪態を吐きながら、俺は刀を持ち上げる。刀身に映る俺の顔は、この上なく不機嫌そうで、けれど確かに揺らいだ、みっともないモンだった。自分で見てても笑けてきちまう。いつまで経っても変わらない、魂の底の、俺の無力。本当に、どうしようもねえ甘ったれだ、俺は。

 

 だから、

 

「……セイッ!!」

 

 俺は自分の頭を、刀の柄で思いっきりシバいた。ゴンッという鈍い音と強い衝撃が脳をブチ抜き、眩暈で倒れそうになるのを何とか堪える。

 

 何とか踏みとどまり、一息吐いて、もう一度刀身に自分を映す。

 そこにいたのは、しかめっ面をした、目つきの悪い俺。飽きる程に見てきた、いつもの『黒崎一護』だ。

 

 多分、俺は今まで、心のどっかで不貞腐れていたんだ。この世界に入って、死神の力が使えなくなって、その理不尽な喪失に、無意識にしがみ付いてきた。

 それなのに、目の前に死神や虚が現れて、記憶通りの力を振るって来て、なんで俺にはその力がねえんだって、心の底で思っちまったんだ。でも俺は、そのみみっちい未練を茅場への怒りにすり替えちまった。自分の底をまるで見ようとしなかった。その結果がこの様だ。情けねえ。本当に、情けねえ。

 けど、今はもうそんなことには拘らない。斬月がなくたって、死覇装が着れなくたって、俺の魂はいつだって「死神」なんだ。今はそれで、それだけで十分じゃねえか。

 

 もう動揺はない。刀を鋭く一閃し、足に意識をこめてしっかりと踏ん張る。

 

「……おし、行くか」

「うん」

「……リーナ」

「うん?」

「さんきゅ」

「……うん」

 

 短いやりとりの後、リーナは俺の前から退き、右横に立った。気のせいかもしれないが、その足取りは随分と軽い。

 と、それと反対側、俺の左にも人影が立った。真っ白なリーナと対照的な真っ黒い影。

 

「それじゃ、俺も行くかな」

「キリト」

「ま、俺も腑抜けた面してたし、ここは自分への罰として特攻に志願するよ」

「……そうかよ。んじゃ、せいぜい玉砕しねえようにするこった」

「当たり前だ。なにせ、俺とお前には『死神』の加護があるんだからな」

「……へっ、それもそうか」

 

 顔を見合わせ、ニッと笑う。同時に、あいつののほほんとした笑顔が脳裏をよぎる。

 

「俺も参加するぜ。あのデカイ奴のドロップアイテムで、一儲けする野望があるからな」

 

 さらにその隣に、斧を担いだ黒い巨漢が並び立つ。

 

「オレも行こう!!」

「俺もだ!!」

「アンタたちにだけ、恰好ええ面はさせへんでえ!!」

 

 その横に、後ろに、次々とメンバーが集う。連携はどうしたとか、集まるなよ鬱陶しいとか、そういう文句が頭を過る。

 けど、今は、今だけは、このままでいいんだ。

 俺は征く。みんなと力を結集させてアイツを倒す。虚をほっぽって帰りやがった、アホで能天気な死神の代わりに。

 

「――黒崎一護、十八歳! 現在、死神業代行!! これより、ド阿呆(シニガミ)が閉じ込めた悪霊を、ここにいる十四人と共にブッ倒す!!」

 

 声を張り上げ、刀を(かざ)す。周りの連中もそれに合わせ、各々の武器を構える。

 

「そんじゃあ、行くぜ!!」

「各隊総員展開!! 状況に柔軟に対応しつつボスを討伐せよ!!」

 

 変貌を終え、今まさにこっちに飛びかかろうとしていたアヨン目掛け、俺たちは一斉に駆けだした。

 

 俺の見間違いじゃなけりゃあ、その時、みんなの顔には笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

〈Lina〉

 

 あれから二日が経った。

 

 死にかけながらも、変貌した19層フロアボス『The Deadsoul』改め『The Chimera』をなんとか討伐し、私たちは無事に20層に辿り着いていた。

 あの後、夜を徹して行われた宴会の乱痴気騒ぎは、もう二度と経験できないだろうというくらいの盛り上がりっぷりだった。全員が命を賭し、そして誰も死なずに打ち勝った。その事実が私たちの心を大いに感動させ、感情を爆発させたのだろう。思い出すと、よくあれだけのテンションを最後まで維持できたものだと、ちょっと呆れてしまう。まあ、私はいつも通りに自分の生理的欲求に忠実に食事をしていただけだったけど。

 

「……ンな薄着で、なにボケッとしてんだオメーは。風邪引くぞ」

 

 そんな声と共に、私専用の特大マグカップが差し出される。お礼を言って受け取ってから、私の隣に座ってココアを啜る一護を見た。

 今日はボスとの戦闘の疲れが抜けないということでオフになっていて、そのため彼の服はかなりラフだ。黒いシャツに同色のカーディガンを羽織り、ボトムスは細身のズボン。足元に至っては靴下にサンダルだ。本人曰く、「ブーツだと足が締め付けられてかったりぃんだよ」とのこと。オッサンくさいという私の指摘はスルーされたが。

 そういう私も、今日は武装など一切していない。薄手の白ニットに紺のスカートとストッキング。足元はスニーカーを履いていたが、今は脱ぎ捨ててソファーの上で体育座りのような恰好をしている。以前この座り方をしていたら、一護に「見えるぞ」と言われたが、「見たいの?」と返したら黙ってしまい、それ以来こうしていると、一護はこっちを見なくなった。見かけによらず、そういう方面の免疫がないのかもしれない。

 

 忠告に従い、その辺に放り投げてあったブランケットを羽織ってココア片手にぬくぬくしていると、一護が手に持っていた情報ペーパーをバサリとテーブルに投げ捨てた。眉間の皺がいつもより深い辺り、なにか気に入らないことでも書いてあったのかもしれない。そう推測しながら、私は身を乗り出して一面の記事を読んでみる。

 

「――激闘の末の勝利! 攻略組、第19層突破! 立役者は純白の『闘匠』に支えられた橙色の『死神代行』……『闘匠』って、私?」

「オメー以外に誰がいんだよ。ったく、アルゴの奴、また大袈裟に書きたてやがって……」

 

 クソ忌々しい、と呟きながらマグカップを傾ける一護を横目に、私は記事を斜め読みする。

 大袈裟と一護は言ったが、要点はしっかり押さえられていた。ボスの第一形態との攻防が順調に進み、突然第二形態に変形して部隊が動揺、しかしそれでも退くことなく全員で戦い、無事勝利した、と。

 私の啖呵云々の部分は恥ずかしくて丸々読み飛ばしたが、一面を大きく飾る一護と私のツーショット――宴会で一番人気だったフライドチキンの取り合いに挑む一護と、彼の手にあるチキンに背後からこっそり齧り付く私の、だが――は流石に無視できなかった。いつこんな写真を撮られたのやら。油断も隙もないとはこのことだ。

 

 一護と同じようにペーパーを投げ捨て、三人掛けの大きなソファーに戻る。20層のこの宿に泊まってから一日も経ってないが、この場所が早くも私たちの定位置になりつつある。ピッタリくっつくわけでもなく、さりとて端同士に座るわけでもなく、人一人がギリギリ入れないくらいの、ごく自然な距離だ。

 

 その距離から彼の横顔を見上げながら、私はふとあることを思い出した。

 

 そういえば、あのボス戦で見せた、一護の過剰とも言える動揺の理由をまだ訊いていない。

 あの時は「どうでもいい」と言ってしまったし、別にいつか訊こうと決めていたわけではなかったが、「かすれば三割持ってかれる」ヘルネペントとの戦いの中でも迅速な切り換えを見せた彼が、彼処まで乱されたのは何故なのか、それを知りたくないと言えば嘘になる。

 

 でも今は、それを訊くことはないような気がする。

 多分それは、一護にとってとても重大なこと。自分から「実はあん時――」なんて言い出せないくらい、重い問題。それを訊ける深さまで、彼の心に立ち入る方法の持ち合わせは、今の私にはない。

 

 だから、待とう。

 彼がそれを話してくれるまで。あのしかめっ面が揺らぐくらいに重い事実を、心の底からすくい上げて私に見せてくれるまで。

 たとえどれ程の時間がかかろうとも、それまで、私はずっと待つんだ。いくら彼が十八歳(としうえ)だと言っても今の彼は私の『相棒』、気遣い(それ)くらいはできなきゃダメだろう。

 

 そう考えた私はその話題を脳内から打ち捨て、代わりに何でもない話題を切り出した。

 

「……そう言えば、一護ってどんなチョコが好き?」

「あ? ……まあ、特にコレってのはねえな。チョコなら全般的に好きだ。何だよ、バレンタインの話か」

「うん。きっちり百倍返しを狙うからには、ちゃんと一護の好みに合ったのをあげようかなって思って」

「前半の文章がなけりゃ、素直に礼が言えたんだけどな。面と向かって百倍返せなんて言うんじゃねえよ、この強欲女」

「そこはむしろ『百倍でいいのか? 俺は千倍でも万倍でも一向に構わねえぜ?』って言える器の大きさを見せるトコでしょ、この甲斐性無し男」

「テメエ、俺がンなことをうっかり口にしようもんなら、確実に骨の髄までしゃぶりつくす勢いでタカるだろ。魂胆が見え見えなんだよ」

「ちっ、ノリの悪い」

「うるせ」

 

 両足を投げ出してふんぞり返る一護と、ブランケットをひっ被って膝を抱える私。

 

 二人で益体もない会話をしながら過ごす冬の午後は、立ち上るココアの湯気のように、穏やかにゆっくりと過ぎていった。




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

二章終了です。読んで下さった皆様、本当にありがとうございました。
ここまでの文字数が十一万字弱。文庫本で約一冊分に相当する量です。もっと長く、かつクオリティの高い作品を書かれている作者様は沢山いらっしゃいますが、私にとっては人生初の経験でこざいます。
そんな長い物語を未熟者が書きましたので、ヘタクソな文の構成でとても御見苦しかったと思います。特に、プロットが曖昧だったせいで無理やり書いた感がある、十話以降……。
ですが、多くの方のご声援で何とか形にすることができ、無事に本編の第一段階を終わらせることができました。感謝してもしきれません。
完結まではまだ先の長い拙作ではありますが、今後とも精進し続け、またWeb上に投稿するからには、読者様のお目汚しにならない程度の作品には仕上げたいと思っておりますので、どうかよろしくお願いいたします。

……前半部分、すごいトンデモ展開ですみません。筆者の頭ですとこれが限界なのです。
ただ、「ネットから伝承を収拾してクエスト生成」や「プレイヤーの感情や脳波をモニタリングしてケアするシステム」なんてものを備えるカーディナルなら、これくらいの機能は持ってるんじゃないかと思って書いてみました。こうかいはしていない。
あとついでに、一護の本名と年齢が知れ渡りましたね。ドンマイ。

12/1 20:55
前半の一護の動揺とリーナの啖呵の流れを少し変えました。

次章はもう少し上の層のお話になります。オリジナルではなく、原作準拠のエピソードです。……ここまで言えば、流れ的にわかっちゃう人も多いのではないでしょうか。新規原作キャラがいっぱい出ますので、上手く動かせるよう悪い頭をフル稼働させて頑張ります。

ただの「一護―strawberry ―」から戦いに生きた「死神一護―deathberry ―」へと戻った彼と新たに登場するヒロイン候補のお話、楽しんでいただければ幸いです。

次回の更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。

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