Deathberry and Deathgame   作:目の熊

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第十六話です。

宜しくお願い致します。


Episode 16. Red Heath after Black Cat

 20層のフィールドダンジョン『ひだまりの森』に行くのは、確か今回で二回目だった。取り立てて広いわけでもなく、強いモンスターが出てくるわけでもないこのダンジョンは20層が開放された直後から攻略組が参入し、速攻でマッピングが終わってしまった。武器の素材によく使われるアイテムが出るってこと以外は特に魅力は無く、俺たちを含む当時の攻略組連中はさっさと迷宮区へと興味を移した。

 まあ、そんくらい影の薄いダンジョンってこともあって、出てくる敵の種類とかレベルとかはすっかり忘れちまっていた。ただ、最前線より八層も下のダンジョンなら、モンスターのレベルは俺たちよりも遥かに格下。何がどんだけ出てこようが、まず問題にはならない。

 

 問題になったのは、

 

「全員後退。一護、前よろしく」

「へいへい」

 

 コイツら『月夜の黒猫団』の連携が予想以上になってねえってトコだ。

 

 今日八回目の後退命令がリーダーのケイタ――じゃなくてリーナから飛び、HPバーを減らした唯一の前衛であるテツオを殿に、黒猫団の連中がジリジリと下がる。それを追撃しようと追いすがったカマキリモンスターの鎌の一撃を手にした()()で弾き、勢いそのままに斬り飛ばす。普段の刀の三倍はあるんじゃねえかって重さに右手が持ってかれそうになるが、重心を落として体勢をキープ、揺らぎそうになるのをどうにか堪えた。続けざまの一閃でもう片方の鎌の根元を切断、武器なしになったカマキリを蹴っ飛ばして、

 

「テツオ、スイッチ!」

「おうっ!!」

 

 糸目のメイス使いを前に出す。テツオは手にしたメイスを大きく振りかぶると、

 

「でりゃああぁぁっ!!」

 

 気合と共に一閃。メイス基本スキルの《ダイアゴナル》をカマキリの細い首に炸裂させ、HPバーをゼロまで削り取った。特に死亡アクションもなくポリゴン片になって散ったカマキリを見て歓声を上げて喜ぶ黒猫団の連中だったが、その陰でリーナがこっそりため息を吐いていた。

 コイツがちゃっかり指揮権みたいなモンを持ってんのはヒマを持て余したからだけじゃなく、戦闘に必死すぎて誰からも指示が飛ばない現状を見てられなくなったから、らしい。まあ、その気持ちは分からなくもねえ。前衛のテツオ一人がモンスターの攻撃を食い止め、そこを後ろから槍とかで刺しながらズルズル後退する、っていう基本スタイルを見てると、俺たちの仕事内容に指導が含まれてなくても「誰かさっさと前衛代わってやれよ」と言いたくもなる。

 だが、前衛職がテツオしかいねえらしいコイツらにそりゃあ無茶な注文で、結局俺にお鉢が回ってくるってワケだ。引率として付いてきた以上カバーに入るのは別に良いんだけどよ、もう何か俺とテツオがスイッチすんのがデフォになっちまって、俺が黒猫団の準レギュラーみてえになってきてる。ただ引率すんのもつまんねえってことで装備をクソ重い大剣『ベルセルク』に変えて戦力をデチューンしちまってるとはいえ、いくらなんでもそりゃねえだろ。

 

 この剣は、俺がちょっと前から鍛練用に使ってるモンだ。両手用大剣であるコイツを振り回したところで、この世界じゃ筋肉なんて欠片も付きやしねえから筋トレ的な意味での鍛練にはならねえ。が、重い大剣(コイツ)を持った状態で攻撃の出ばなを速くしていけば俺が求める「攻撃の緩急で敵を仕留める」スタイルにより近づくことができるし、しかも打ちこみの瞬間に身体の重心をブレさせない練習にもなる。っつうことで、最近じゃあ格下相手に戦うときはもっぱらこの『ベルセルク』を振ってる。鉄塊のようなずっしりとした重さが手首にかかる感覚は、始解状態の斬月を振ってるときを思い出す。

 

「いやーしかし、一護さんってやっぱ強いな! 男として憧れるぜ!」

「世辞を吐く前にオメーは戦闘に参加しろ。その手に持った短剣(ダガー)は飾りなのかよ」

「へへっ、オレはいわゆる最終兵器ってヤツで――」

「そんなチャチな最終兵器なんて見たことない。世迷言ほざいてないで前衛とスイッチする技能を磨いて。鍵開けしか能のない人間なんて、存在価値は無に等しい」

「うぐっ、リーナさんけっこう辛口……」

 

 黒猫団で一番ノリの軽い短剣使いのダッカーが、大袈裟にヘコんだようなポーズを取る。普通ならムードが和らぐんだろうが、生憎とリーナはこのテの人種が嫌いらしい。冷たい視線を一閃しただけでダッカーをシカトし、ケイタに向き直る。

 

「次は?」

「そう、だなあ……うん、もう十二時を過ぎたし、そろそろお昼にしようと思う。二人の分もお弁当用意してきたから、良かったらどうぞ」

「だれ製?」

「えっと、一応サチの手作りなんだけど――」

「食べる」

 

 料理に関しては「プレイヤーメイド>NPC製」らしいリーナはケイタの言葉を遮って即答した。つーか、タダでもらえる食い物に対して、コイツが受け取らないって反応を返すことは既製品の保存食でもない限り滅多にねえ。これで出てきたのが黒パンに水、とかだったら、多分コイツのアイコンがオレンジになっちまうだろうが。

 

 ダンジョン内の安全エリアに移動した俺たちは、手ごろな芝生の上に腰を落ち着けた。配られた弁当を礼を言って受け取り、その辺に転がってた石柱っぽいなんかの上に座る。とうの昔に一人でいただきますをしてたらしいリーナが弁当片手に寄ってきて、俺の隣に腰掛けた。車座になって和やかに昼食を摂る黒猫団を見ながら、俺はリーナに問いかけた。

 

「アイツら、どう思う」

「ギルド内の雰囲気はいい。強くなることしか考えてない最前線のプレイヤーたちにはない、結束力みたいなものがある。とてもいいこと」

「だな。なんつーか、攻略のためのチームってだけじゃなくて、本当の『仲間』って感じがする」

「うん。けど、ただそれだけ。一ギルドとしては初級もいいところ」

 

 ニンジンっぽい味がするのに色がドキツい紫の謎の野菜を咀嚼しながら、リーナは淡々と評価を下す。

 

「まずスキル構成がおかしい。両手遠距離武器持ち三人、短剣オンリーが一人、盾メイサーが一人。どう考えても前衛が回らない。そのメイサーも、盾をろくに使えないせいでHPがガンガン減ってく。複数相手や連戦なんて絶対にできたものじゃない。

 それに、各個人の戦闘姿勢もなってない。特にあの長槍使い二人(ササマルとサチ)。正面の敵をスキルも使わず背後からちくちくするだけって、ダメージソースとしている意味あるの? 短剣使い(ダッカー)にいたっては鍵開け以外ほとんど役立たずだし。リーダーの棍使い(ケイタ)メイサー(テツオ)を支援しようとしてるのはいいけど、前に出るのが中途半端なせいで、ヘイトが一時分散するだけで終わってる。そして全員動かなさすぎ。突っ立ってないでさっさと展開しろって何回言おうと思ったことか」

「言おうと思った、じゃねえだろ。フツーに指示飛ばしてただろうが」

 

 こっちに来てからすっかり食い慣れた猪肉を噛み千切りながら指摘した俺を尻目に、リーナは食べ終わった弁当を脇に退け、自分のストレージから事前に買ってあったらしい菓子パンを取り出した。やっぱ弁当一個じゃ量的に満足はしなかったか。完食したってことは、味は及第点以上なんだろうが。

 まあ、コイツの相変わらずの食い意地の張りっぷりはさておいて、連中の評価内容についちゃあ――リーナの酷評とも言えるキッツイ言い方はともかくとして――俺も同じ意見だ。前衛のテツオには戦線を一人で支え切れる程のタフネスはなく、それ以外の連中は敵が懐に入ってくるのがイヤで前に出られねえ。一角みてえに武器をガンガン振り回して距離を詰めさせないとか、もっと他にやりようがある気もするが、その辺りはディアベルの仕事だ。俺らの出番じゃねえ。

 

 そう考えながら俺も弁当を食い終わった時、談笑の輪からケイタが抜けてこっちに向かってきた。

 

「一護さん、リーナさん。午前中はどうもありがとう。やっぱり、攻略組の力はすごいな。すごく頼もしいよ」

「気にすんな。こっちは仕事でやってるだけだ。立ってねえで、その辺に座れよ」

 

 俺が促すと、ケイタは俺の向かいの瓦礫の上に腰を下ろした。ちなみに、俺らの名前にさん付けをしてんのは、コイツが「引率してもらう身として、敬語じゃなくてもせめて敬称くらいは付けないと」って言い出したからだ。他の面子もそれに賛同し、「やっぱり様付けで呼んだ方が……」とかほざくリーナを俺が抑えて結局こうなった。どいつもこいつも真面目ばっかだ。

 

「それで、その、ちょっと依頼というか、お願いしたいことがあるんだけど、いいかな」

「内容と報酬によりけり。下限は十万コル」

「……ってのは冗談だ、スルーしとけ。大袈裟なことじゃねえなら受けてやるよ。何だ」

「むぅ」

 

 抗議の視線を寄越すリーナを捨て置いて、俺はケイタに続きを促す。

 

「うん。聞いてるかもしれないけど、僕たちは明日からディアベルさんのギルドで講習を受ける予定なんだ。見ての通り、ウチのギルドはスキル構成のバランスが悪い。だから、後衛の一人を盾持ち片手剣士に転向させて、前衛を増やしたいと考えてる。二人いれば、今みたいに回復がおっつかなくてジリ貧ってことは防げるからね」

 

 流石に現状くらいは分かってたらしい。解決策も、まあ妥当なトコだろう。前衛職の中で、盾持ち片手剣士は多分一番多いスキル選択だ。その分情報も出回ってるから、参考元も山ほどある。

 

「で、その転向する後衛っていうのはサチなんだけどさ、どうも勝手が分からないみたいなんだ。僕を含めた他のメンバーもテツオと上手い連携の取り方っていうのが出来ない。ディアベルさんたちにはその辺を教わる予定なんだけど……」

 

 ケイタはそこまで言うと視線を逸らして口をつぐんだが、こっちが続きを促す前に意を決したように俺たちに向き直り、

 

「その前に一護さん、リーナさん、二人にも少しコーチをしてもらいたいんだ」

 

 「俺らの出番じゃねえ」ハズの仕事内容の追加を依頼してきた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 リーナの中に浮竹さんの如き教育熱ないしは博愛精神が根付いていたのか、それともケイタが提示した1レッスン五千コルというボッタクリセミナー並みの授業料に惹かれたのかは知らねえが、相方のゴリ押しに根負けした俺は、ケイタの追加依頼を受けることにした。

 予定していた狩り一通りを終えた俺たちははじまりの街に転移して、SSTAの訓練所の一部を借りた。人に剣を教えるなんて大層なことやったことねえよ、という俺の訴えを無視して「同じく片手剣士だから」と俺にサチを押し付けたリーナは、他の四人を率いて早速実戦形式の訓練……という名のイジメを始めた。それなりに重量のあるはずのメイス相手に短剣で真正面から打ちあってるのは流石だが、俺の方が向いてんじゃねえか、ソレ。

 

 で、俺とサチの方はと言やあ、開始十分で訓練が頓挫したっきりだ。

 何をやったモンかもわかんねえから、とりあえず適当に盾を構えさせてこっちの攻撃を防ぐ練習を始めてみたんだが、これがさっぱり上手くいかねえ。盾を身体の真正面に構えたっきり、俺の剣に怯えて完全に固まっちまった。盾に向かってゆっくり斬りつけただけで目ぇ瞑っちまうような有様だし、剣が怖えなら拳でどうだ、ってことで素手で相対してみたんだが、結果は変わらずじまいだ。むしろ怯えの度合い上がってねえか?

 逆に攻撃すんのは出来んのかって思って立場を逆にしてみたんだが、へっぴり腰で振るわれるサチの剣が俺に当たったことは一度もなかった。俺はその場から一歩も動いてねえ、どころか、刀を中段に構えたままだってのに、だ。

 そりゃそうだ。なんせ、ニメートル以上も離れたところ、多分いつもの長槍の間合いからおっかなびっくり剣を振ったところで、俺に届くはずなんかねえからな。市丸の斬魄刀じゃあるまいし。

 

 勝手がわかるわかんねえ以前に、戦おうって意志が感じられねえ。これ以上やったって実りがねえのは分かりきってる。そう考えて、俺は構えたままだった刀を閃かせ、サチの剣に当てた。いきなり俺が動いたことにサチは驚きと恐怖の混じった顔を見せるが、剣を手放しはしなかった。そのまま二度、三度と斬り結び、四撃目で俺の斬り上げがサチの剣を跳ね飛ばした。固い地面に硬質な音をたてて落ちた剣を横目に俺は納刀し、腰に手をあててサチを見やった。

 

「俺の一本だ。勝利者権限で、一旦休憩」

「……え? でも」

「いいから、黙ってその辺座れ」

 

 ふっ飛ばした剣を拾ってサチに手渡しつつ、近くにあったベンチを顎をしゃくって示してやる。ついでにストレージから非常用に携帯しているワインモドキのグレープジュースの瓶を二本取り出して、片方をサチに押し付ける。小さな声で俺に礼を言ったサチは、そのまま縮こまるようにしてベンチに座った。そこから少し離れた場所に、俺も腰を下ろす。

 遠くの方で、リーナが檄を飛ばしながらケイタたちとやりあってる。あ、ダッカーが膝蹴り食らってふっ飛んでった。後ろにいるササマルを巻き込んでゴロゴロと転がってく二人に、追い打ちの踵落としがクリーンヒット。一応何やら指導はしてるっぽいが、傍から見りゃ完全に弱い者いじめじゃねえか。

 呆れ半分でその虐殺行為を見ながら、ジュースの瓶を傾けていると、傍らで俯いていたサチが消え入りそうな声で、

 

「……ごめんね」

「別に謝ることじゃねえよ。やりたくもねーことやらせてんのに、やる気出せ、なんて身勝手なことは言わねえよ。気にすんな」

「ごめん」

 

 謝んなっつってんのに、サチは謝罪の言葉を繰り返す。濡れ羽色の髪が、暗い表情の顔に影を落とす。手に握った瓶の首を、所在無げに玩ぶ。今までこうして生き残ってこれたってのが不思議なくらい、弱弱しい姿。その姿は、自分の非力を苛んでいるというよりも――

 

「……お前さ、戦うのが嫌なんだろ? 敵と戦ったり、傷ついたり、それで死んじまうのがよ。多分、はじまりの街から出たくねえってくらいに」

「え……なんで、そこまで分かるの?」

 

 怯え十割だったサチの表情が、ちょっと驚いたようなものに変わる。訓練が始まってからずっと死んだみたいだった面構えに、初めて血の気が通ったように見えた。髪と同じくらいに濃い黒目が俺を見上げ、その先にあった俺のブラウンの目と視線がバチンと合う。が、すぐに向こうが逸らした。何だか怯えってよりは、上手いリアクションが分からないって感じの気まずそうな表情を浮かべている。あの人付き合いの悪い真っ黒片手剣士に、少し似た感じがした。

 そんなサチの顔から俺も視線を逸らして、遠くでやってるリーナと黒猫団の男連中の斬り合いを眺めながら、手にした瓶の中身を一口呷った。

 

「……相手と剣を合わせると、相手の考えが少し分かる。心が読めるとか言うんじゃねえけど、どういう覚悟で剣を振ってんのか、俺を認めてんのか見下してんのか、そういうのも含めて。その相手ってのが強いほど、その思いが強いほど、剣から伝わってくる思いってのもデカいんだ」

「……なんか、詩人? みたいだね」

「うるせーよ」

 

 これも初めてみる、サチの気弱そうな笑みを横目で見やりながら、そのまま言葉を続ける。

 

「オメーの剣からは、ただ嫌だ、って声しか聞こえてこなかった。たった四合しか剣を合わせてねえから、それ以上は分かんなかった。けど、たった四合でも、その気持ちの強さは分かった。だから、そっから先は勝手に想像した。そんだけだ」

「……そっか」

 

 どこか安心したような、少し柔らかい声でサチは短く呟くと、そのまま自身の膝を抱き込んで、そのまま顔を伏せた。リーナと同じような格好をとってるくせに、そこに感じる空気はまるで別物。アイツのはただひたすらに落ち着いた安息みてえなものを感じるが、コイツの纏った雰囲気は迂闊に触れればそのままぶっ壊れちまいそうな脆さを感じさせた。目立った防具なしってのがそれを加速させてるんだろう。

 午前中までの俺だったら「こえーなら防具で身を固めとけよ。そしたら死なねえから」と言えたんだが、剣を合わせた今だとそうはいかなくなった。多分、戦いに臨むための防具で身を固めたら、ずっと戦いの空気が身体に纏わりついてくる。嫌いな戦いがずっと自分の傍にあるなんて、コイツには耐えらんないんだろう。それくらい弱くて、戦闘嫌いなんだ。別に確証なんてなかったが、なんとなく、そう感じた。

 

 そんな奴にリーナに言うようなノリで「スカートで体育座りなんかすんなよ」とは言えず、俺は視線を前に固定したまんまで、テキトーに間持たせの話題を切り出した。

 

「そのカッコ、ウチのリーナもよくやってんだけどよ、なんか意味でもあんのか?」

「ううん。別に大した意味なんてないよ。ただ、こうやって縮こまって視界を真っ暗にすると、何だが心が落ち着いてくような気がするの。それだけだよ」

「ズイブン根暗なクールダウンだな。もうちっと外っ面のいい方法はねえのかよ」

「キミなら、どうするの?」

「俺か? 俺は……昼寝するとか」

「ふふっ、私とあんまり変わんないよ」

「うるせ。昼寝の方が百倍マシだっつーの、少なくとも見た目と精神衛生上はな」

 

 そのまましばらくポツポツと雑談を交わしていると、ヘロヘロになったケイタたちを捨て置いて、リーナが一人で戻ってきた。

 

「よお、終わったか」

「ん、とりあえず一旦中止。そっちは?」

「俺らは終了。俺もコイツも、なんか気分がのらねーんだ。別に金も要らねえし、特訓はナシだ」

「私は要るの。貴方が要らないなら私に貢ぐために働いて」

「独裁者かテメーは。ンなことするぐれえなら自分で使うっつの……んで? なんで中断してきたんだよ」

 

 そう問いかけると、リーナは目の前で指を振ってメッセージウィンドウを呼び出し、可視化して俺に見せてきた。差出人は、偶に遭遇する女剣士アスナだった。

 

「えーなになに……俺ら二人に用があるから、最前線の街まで来い? ギミックエリアの攻略には参加しねえって前に言っただろうが」

「だから、その他の用と考えるべき。例えば、この私にご飯を奢るとか」

「それはねえな、あのクソ真面目が俺らにメシ奢るなんて気が利いたことするわけねえだろ。賭けてもいい」

「それじゃ、五百コル賭けよ」

 

 いやに自信満々のリーナに促され、俺はベンチから立ち上がる。手に持った瓶の中身はとっくに飲み干してたから、その辺に捨ててポリゴン片に分解する。ゴミが出ねえって、地味にいいシステムだな、コレ。現実でも実装してくんねーかな、とか思っちまう。

 

「んじゃ、そういうワケだ。ちょっと行ってくる。あそこで死んでるお仲間にも伝えといてくれ」

「う、うん、わかった」

 

 サチがこくりと頷いたのを確認して、俺たちは最前線の28層主住区へと向かうべく、転移門広場へ向けて歩き出した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「急に呼び出してごめんなさい。お詫びってわけじゃないけど、ここのご飯私がオゴるから」

「……私の勝ち。五百コルいただき」

「……クソッたれ」

「え、な、なによ」

「気にすんな、なんでもねーよ」

「明らかになんでもある目付きなんですけど……」

 

 訝しむような目で俺を見るアスナを無視して、俺はメニューからベスビオを大盛りでオーダーする。値段は八百コル。みみっちい計算だが、リーナへの掛け金を差っ引くと、三百コルの得だ。リーナの方の収益は二千コルに届きそうだけどな……クソッたれが。

 

 集合場所からほど近いところにあるNPCイタリアンレストランの中、その隅の席に俺たちは陣取っていた。あと一人来るから、とだけ言い残して去っていくアスナを見送り、秒速で出てきたパスタを俺はやけ食いする。何でこう毎度毎度、俺はコイツとのかけ引きに負けてんだよ、スッゲー腹立つ。無性にカッカすんのは、きっとベスビオに入ってる唐辛子だけのせいじゃねえハズだ。隣で涼しい顔してサラダパスタの特盛を消化してる、某相方が原因だろう。

 中々帰ってこねえアスナを待ちながら俺たちは無言で食い続け、俺の二割増しの量があったはずのリーナのパスタが俺と同時になくなった時、視界の隅でレストランのドアが開き、一組の男女が入ってきた。片方はさっきまでここにいた女剣士だったが、もう一人の男は新顔だった。

 

 年は二十代半ばってとこか。真紅のローブを羽織り、武器防具の類は一切見えない。身体を上下させず滑るように動く姿は、剣士ってよりは魔法使いって言った方がしっくりきそうな雰囲気だ。銀灰色の髪は長く伸ばされ、背中で一つに束ねられている。

 

 アスナの先導で男がこっちに向かって歩いてきた。それを見た俺は、一瞬だけ、背負った刀の柄に手をやりそうになった。警戒心が湧き上がってくる。

 この世界には霊力なんてものは存在しない。だから、俺が幽霊を見ることはねえし、誰かの霊圧を感じることもないはずだ。けど、この男からは、というよりもその目からは、確かに「圧」を感じた。今まで戦ってきた連中の放つ、気を抜いたら気圧されちまいそうな、こっちを殺しにくる重圧とまでは言わない。それでも、コイツは油断ならないヤツだと、俺の感覚が言っていた。隣に座るリーナも、どこか気配が戦闘時のそれに近くなってるように感じる。

 

 やがて、男が俺たちの前に立った。思ったよりも身長が高いそいつの金属を思わせる色の目と見上げた俺の視線が合うが、向こうは全く逸らそうともせず、むしろごく薄くだが、はっきりと笑った。

 こっちも視線を逸らさないまま、いつものしかめっ面を保った俺は先手を打って質問を投げる。

 

「……誰だ、アンタ」

「これは失礼。ボス戦では何度か会っているはずだが、こうして面と向かって話すのは初めてだったね。まずは、正式な自己紹介から始めようか」

 

 穏やかな声で男が喋る。その落ち着きを通り越して超然とした佇まいは、あの大逆の罪人を彷彿とさせる。心の中で警戒レベルを一段階上げた俺を余所に、男は至極落ち着いたテノールでこう続けた。

 

「私はギルド『血盟騎士団』にて団長を務めるヒースクリフという者だ。『死神代行』一護君、『闘匠』リーナ君、君たち二人を私のギルドに勧誘するために、この席を設けてもらった。こちらの身勝手で申し訳ないが、どうか容赦願いたい」

 

 そう言うと、ヒースクリフはもう一度だけ、その顔に微笑を浮かべた。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
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ケイタはせっかくの機会だからとトッププレイヤーの指導を受けたかったようですが、実際に受けたのは殴る蹴るのスパルタ教育でしたとさ。
そして、昼飯をしっかり食べておきながら、おやつに大盛りパスタを食う一護。相方の影響受けまくりですね。

あと、ヒースクリフ登場でした。
この時点で血盟騎士団(と聖竜連合)が存在してるっぽかったので、ここで登場してもらいました。アニメの三話、すなわち月夜の黒猫団編でテツオが両ギルドの名前を口にしてますので。アスナが入団してたかはわかりませんでしたが、これ以上情報がなかったので、もう騎士団入りしてもらいました。

次回の更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。

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