Deathberry and Deathgame   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

第二十話です。

本日は二話分連続投稿をしております。お手数ですが、先に第十九話をお読みくださいませ。

引き続きケイタ視点を含んでいます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願い致します。


Episode 20. The Advance of Black Cat (3)

<Keita>

 

「せぃやあああああっ!!」

 

 気合と共に棍を一閃、斬りかかってきた賊の短剣を弾き飛ばして、カウンターの刺突を叩き込む。止まらずに手首を軸にして棍を旋回、横から迫っていた槍持ちをけん制しながら、僕は荒い息を強引に整えた。

 戦闘開始からまだ十分と経っていないはずだったが、既に疲労が全身に圧し掛かってきている。棍を握る手に、上手く力が入らない。一護さんとの組手で一時間は持つようになったと思ってたんだけど、実戦じゃそうはいかないみたいだ。

 

「オラあっ、死ねやクソガキィ!」

「ッ!?」

 

 ご丁寧に叫び声と共に打ちかかってきた斧使いの一撃を棍の右端で受けて逸らし、左端を胸に叩き込んだ。さらにそのまま右、左、右、左、と連続して打撃を飛ばし、四方八方から滅多打ちにする。何割かは防がれたりするけど、そこは手数と速度で補う。

 リーナさんに教わったこの技は、元々順手と逆手の切り替えの練習用のものだった。しかし、単調ながらも堅実に連続技が繰り出せる長所は殺すには惜しい。初見の相手にならそうそう見切られないだろうし、気にせず連発して顔、肩、腹と棍の石突を叩き込んでいく。

 

「このっ、調子に乗ってんじゃ、ねえっ!!」

 

 上段の構えで迫ってきた大剣使いが、僕を両断するような勢いで斬りおろしを放つ。その威圧感は確かに凄いけど、一護さんのそれに比べたら全然遅い。慌てずに見切って躱してから、

 

「剣と逆側から、襲うっ!!」

「ガフッ!?」

 

 左手側に潜り込んで棍をフルスイング。こめかみを思いっきりぶっ叩いた。思わずたたらを踏む両手剣使いに追加の一撃を打ちこんでから飛び退き、迫る賊との間合いを確保する。

 

 すでに何発か食らってしまっているせいで、僕のHPはイエローに突入していて、もうすぐレッドゾーンにまで達しようとしている。視界の左上に表示されている他のみんなのHPも、似たり寄ったりといったところだ。いつもなら戦々恐々としているところだけど、吹っ切れた今じゃ関係ない。棍を構えて駆け回り、迫りくる敵の攻撃を次々に躱し、受け止め、隙を見ては強打を叩き込む。焼き切れそうな神経を酷使しながら、立て続けに死線をかいくぐっていく。

 

「……やれやれ、ちょっとやんちゃしすぎ、だよ」

「グッ!?」

 

 軽い口調と共に振り下ろされた白刃を視界の隅で捉え、僕は咄嗟に棍を両手で持って頭上にかざし、中央部分で斬撃を受け止めた。さっきまでの賊とは一線を画す衝撃が手首を痺れさせ、手を放しそうになるのを必死でこらえた。

 

 斬りかかってきたのは、連中の頭領であるマルカスだった。困ったような表情は未だに穏やかと言えるものだったが、打ちこみはそれは正反対の強烈さだった。歯を食いしばって曲刀を押しとどめながら、僕は無理やり笑みを浮かべて見せる。

 

「言った、だろ……! 僕らをナメるなって……狩るのは、僕らの側だ!」

「成る程。確かに、そう言えるだけの技量はあるようだ。力量を見誤っていたことを、ここに謝罪しよう」

「いや、まだだ……まだ、お前は僕を見誤ってる。そうやって、悠長にしていられるのも、今のうち、なんだよっ!!」

 

 声と共に僕は右手を棍から放した。頭上で止まっていた曲刀をそのまま右へと受け流し、左わきへと潜り込む。同時に、

 

「くたばれ、ミスマッチ!!」

 

 単発重攻撃《アイアンブロウ》を発動。鈍色に輝くオーラを纏い、棍の一閃が脇腹へと命中――

 

「甘いよ」

 

 する直前、高速で引き戻された曲刀によってガードされ、棍の先端が大きく弾かれる。何とか制御を取り戻そうと力を籠めた僕だったが、

 

「で、遅いよ、と」

 

 その前に曲刀の追撃が命中。右肩から先が斬り飛ばされた。一瞬飛んでいく自分の腕を目で追いそうになったが、

 

『敵から目を逸らすんじゃねえよ!!』

 

 脳裏に一護さんの言葉が響いた。それに突き動かされ、残った左手で棍を掴むと、

 

「ぅおおおあああああっ!!」

 

 全力の薙ぎ払いを繰り出し、トドメと言わんばかりに振り下ろされた一撃を辛くも凌いだ。振り切った棍の慣性を利用して大きく後ろに飛んで着地、しようとしたが、膝から力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまった。棍を手放しはしなかったが、もう立つ力は欠片も残っていなかった。

 

「はぁっ、はぁっ、よおリーダー……そっちも、グロッキー?」

 

 背後から荒い息混じりの声が聞こえた。振り向くと、そこには満身創痍といった様子のダッカーが僕と同じように膝を突いていた。その奥にはササマルが尻もちを付き、さらにその奥ではテツオが倒れ伏していた。

 

「くっ、ははっ。まあ、ね。流石に、キッツイかな……げほ、げほっ!」

 

 強がりの笑みを浮かべて、咳混じりにそう切りかえす。ふと視界の端に目をやると、全員のHPがレッドゾーンまで削られいた。あと数度攻撃を食らえば死ぬような状況であるというのに、何故か怖くは無かった。

 

 この十分間、自分は今まで生きてきた中で一番濃い時間を過ごしたように思う。

 攻撃を一度受ければ死が一歩近づき、防げば寿命が一瞬だけ延びる。その刹那を何十回と繰り返し、自分が自分ではなくなるような感覚すら覚える程に、僕は、僕らは戦いに全てを賭していた。なんて分の悪い賭けにベットしたもんだと我ながら呆れるけど、何を言い、何を思ったところで、今更遅い。命を博打の掛け金にして負けた以上、ここで死ぬことは仕方がないんだ。

 たらればを言ったらキリがなさそうだけど、せめて、一護さんとリーナさんに、十日間だけの僕らの師匠に、お礼の一つくらい言いたかった。サチにもちゃんと強くなったところを見せて「今までゴメン。これからは、僕らが護ってみせる」と、そう言いたかった。

 

「ふう、ずいぶん抵抗してくれたけど、これで終わりかな。中々楽しい狩りだったよ。黒猫君たち」

 

 一センチだって上がらない頭の上で、マルカスの声が響く。この男の声が、人生最後に聞く人の声だと思うとイラッとくるな。せめて、仲間の声を聴きながら逝きたかった。

 ささやかなワガママを心の中で吐きながら、今にも振り下ろされるであろう刃を受け入れようと、僕が目を閉じようとした、その瞬間だった。

 

 突如背後から飛来した白い閃光がバンディットに衝突し、そのまま彼方へと吹き飛ばした。同時に黒い疾風が僕の前に立ちふさがり、マルカスの曲刀を受け止める。激しい衝撃音が鳴り響いたが、その大きな背中が揺らぐことは微塵も無かった。

 

「んんー? 全く、誰だい? 他人の狩りをジャマするなんて、無礼にも程があるよ?」

 

 やや不快な色の覗く声でマルカスが問う。

 対して、黒衣の人は至極落ち着いた様子で、

 

「答えるまでもねエだろ。テメエらの、敵だよ」

「……成る程ね」

 

 色の無い声でマルカスが応じる。

 

「……こっちも、一つ訊きてえ」

「なにかな」

「コイツの右腕をやったのは、テメエか」

 

 そう問われると、マルカスは低い笑い声を漏らした。

 

「ああ、そうだよ。狩りにおいて、獲物の四肢を潰していくのは基本だからね。奇をてらわず、理にかなった仕留め方をするのが狩りの美学ってもの――」

「そうかよ」

 

 マルカスの演説を遮るように、黒衣の人が言葉を挟む。同時に響く、軋むような金属音。どうやら曲刀を押し上げたらしい。マルカスの微かに唸る声が聞こえる。

 

「ンじゃあ、その『狩りの美学』ってのに則って……」

 

 今まで静かだった黒衣の人の語尾が、微かに荒ぶる。まるで今までの冷静さが嵐の前触れだったとでもいうかのように、炸裂する寸前のエネルギーを含んだ声。

 

 その声の残響が消えるより前に、

 

「もらうぜ、テメエの右腕!!」

 

 銀色の閃光が走り、一拍おいて、マルカスの右腕が曲刀を握ったまま斬り落とされた。

 一体何が起きたのかマルカスが把握する前に、黒衣の人の廻し蹴りが脇腹に叩き込まれ、隻腕となった犯罪者の頭領は突然の乱入者に驚いていた部下たちの元へとすっ飛んで行った。

 

 砂塵と驚愕の声とを背景に、その蹴りを放った流れのまま、黒衣の人がこちらに振り返り、僕を見下ろした。

 暗くて細部まではよく見えない。ただ、持っているのが粗末な作りの刀であること、それから髪の色が派手なオレンジ色であることだけは夜の闇の中でも十分に分かった。

 

「――よお」

 

 一護さんが、そこにいた。

 

 僕は、咄嗟に何かを言おうとした。

 

 危険な夜の狩りに出てきたことへの謝罪。

 駆けつけてくれたことへの感謝。

 なぜここだとわかったのかという疑問。

 

 しかし、そのどれかを口にしようとする前に、

 

「なんだてめえ、いきなり出て来てお頭の腕斬って、挙句に果てに蹴り飛ばすだあ?」

「ナメくさってるにも程があんだろォがゴルァ!!」

「面倒くせえ、コイツもぶっ殺しちまえ!!」

 

 頭領の飛来に巻き込まれなかった側の部下たちが、一斉に斬りかかってきた。僕も援護しようと、何とか立ち上がろうとしたが、身体が動かない。手に持った棍を杖代わりにして何とか上体を起こした直後、

 

 一人目の賊が顔面を蹴られ、地に付したその頭を踏みつけられた。

 二人目の賊は槍を突く前に、片脚を腿から斬り落とされてそのまま転倒。

 三人目の賊の振った短剣は、素手で受け止められて握る腕ごと切断された。

 

 さらに続いてきた集団の前で、一護さんは足元の一人目の賊を蹴り上げて空中で両足の膝から下を断ち、残骸を脇へと放る。そのまま刀をゆっくりと水平に構えると、神速の踏み込みと共に一閃、したように見えた。あまりの速さに太刀筋が見えなかったが、間合いに踏み込んだ賊たちが一斉に吹き飛んでいくのだけが、僕の目に映っていた。

 

 性懲りもなく起き上がって再突撃を仕掛けてくる賊たちに背を向け、一護さんは刀を緩やかに納刀していく。先頭を走るメイス使いがあと一歩で間合いに入ろうか、という直前に納刀を完了。直後、賊たちのHPが一瞬で削り取られ、全員がその場にダウンしてしまった。ほとんどの者のHPはレッドゾーンまで達しており、とても継戦可能とは言えないような有様だった。

 

 そんな連中を全て無視し、一護さんは僕の方に近づいてくると、懐から取り出したポーションの瓶を手渡してくれた。掠れた声でお礼を言って受け取ると、彼は小さなため息を吐いた。

 

「サチといいオメーらといい、なんで日暮れになるといきなりふらっといなくなるんだよ。アレか、『月夜の黒猫団』ってのは、そーゆー意味で名付けたのか?」

「い、いや、そんなことは……」

「キッサマアアァァァァァァアッッ!!」

 

 突然響き渡る絶叫。何事かとそちらを見ると、部下たちに埋もれるようにして倒れていたマルカスが、斬られた腕を抑えながら修羅の形相を浮かべて激昂していた。

 

「よくも、よくも腕を斬り落としやがったなああああぁぁっ!! おいお前ら、ソイツをぶっ殺せ!! 容赦なんかするな、徹底的に斬って! 殴って! ぶっ刺して!! 奴のポリゴンのひとっ欠片も残んねえぐれえに、粉々に殺し尽くせやあぁぁぁっ!!」

 

 闇の中でもはっきり分かるほどに、顔を憤怒の朱に染めて吼えるマルカス。しかし、その怒号に乗っかって動き出す者は、誰一人としていなかった。全員武器は構えてはいるもののその目に戦意は無く、怖気づいたかのように一歩一歩と下がっていく。

 

 それを見た一護さんは、再びちいさくため息を吐くと、スッと立ち上がって周囲を見渡した。鋭い眼光にがぐるりと旋回し、その視線の先にいた者は皆すべからくすくみ上った。

 

「……どうした、来ねえのか? 俺を殺せって、親玉から言われてんじゃねえか。俺はまだケガ一つしちゃいねえぞ。それとも、へっぴり腰で後ずさりするってのが、オメーらの『狩りの美学』だって言いてえのか」

 

 一護さんの挑発にも、誰も乗ってこない。むしろ、その挑発内容通りに、後ずさりし始める奴まで出てきた。連中は皆、一護さんの圧倒的な戦闘能力に怯えきっているみたいだった。

 それどころか、

 

「お、おい、アイツの恰好……」

「ああ……オレンジの髪に、ブラウンの目。そんでボロボロの粗末な刀……」

「……『死神代行』。こいつ、死神代行・黒崎一護だ……!」

 

 ようやく一護さんの正体に気づいたみたいだった。

 怯えが三割増しした連中を尻目に、しかし一護さんはさして気にした様子も見せなかった。

 

「……まあ、何でもいーや。そのまま固まっててくれたほうが、何かとやりやすいし。なあ? リーナ」

「うん、やりやすかった」

 

 いつの間にか、一護さんの傍らに白い人影が立っていた。薄手のケープを纏い、手には短剣。月光を浴びて輝く純白の髪は、雪のように美しかった。

 

「リーナ、さん……」

「なに? 集団家出の言い訳なんて、聞きたくないんだけど」

 

 いつも通り、澄んだ声で辛辣な言葉が返ってきた。それもちょっと嬉しいかな、なんて言ってしまうと、ダッカーの仲間入りになってしまうから、決して言わないけど。

 

「んで? 仕事は終わったかよ」

「ん」

 

 ごく短く肯定したリーナさんに促されて、僕は辺りを見渡す。

 そこには、いつの間にか麻痺毒を食らって倒れ込む賊連中の姿。どうやら麻痺毒のエンチャント付きの短剣で全員を闇討ちして回っていたらしい。全く気づけなかった辺り、相当な速さで完遂したんだろう。さらに、視界の端、僕らの仲間を示す三本のHPゲージは全て満タン。麻痺による捕獲に先んじて、黒猫団のメンバーの回復まで済ませてくれたみたいだった。

 

 棍を杖のようにして立ち上がると、両脇からササマルとテツオが支えてくれた。手に持った棍は、ダッカーが受け取ってくれた。皆と疲れた笑みを交わし、無事を確認する。

 

「くそっ、くそがぁっ……だ、だがなあ、どうせ麻痺なんざ時間が経ちゃ消えるんだ。麻痺が解けちまえば、犯罪者を殺せねえチキンなてめえらに、俺らの逃走は止められね――」

「いいこと教えてやるよ」

 

 もう先ほどまでの余裕の欠片も見えないマルカスの台詞を再び遮り、一護さんの声が響いた。

 

「当初の予定じゃ、俺らは集められる最大数の戦力でテメエらを包囲、確保する予定だった。だけど実際、この場にいるのは俺らだけだ。なんでか分かるか?」

 

 そこで言葉を切ると、一護さんはいつもの不敵な笑みを浮かべて、

 

「テメエらをとっ捕まえとくのは、()()()()だけで十分だからだよ」

 

 そう言いきった。

 直後、木々の間から二人のプレイヤーが姿を現した。

 一人は真っ黒い衣装に身を包み、手には片手剣を持っている男性。線の細い顔立ちをしてはいるが、その纏った空気の鋭さは尋常じゃなかった。そしてもう一人は、目にまぶしい白地に紅の染め抜きがされた騎士服の女性。手に携えたレイピアに引けを取らない鋭利な眼光で、犯罪者たちを一睨みする。

 

「おい、あの黒ずくめ……盾無し片手剣ってことは、まさか『黒の剣士』じゃねえだろうな……?」

「それにあっちの女騎士、あれって『閃光』のアスナだろ。なんでこんなトコに……!」

「つうかあの白い女、『死神代行』の隣にいるってことは、『闘匠』リーナじゃねえかよ……」

 

 『死神代行』『闘匠』『黒の剣士』『閃光』

 どれも一度は耳にしたことのあるビックネームだ。アインクラッドにその名を轟かせ、ボリュームゾーンの下位にいた僕らでさえ名前くらいは聞いたことのある、トップレベルの剣士たち。

 

 その攻略組最高峰の四名が、今、この闇夜の森に集結していた。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
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『デスサイズス』討伐完了回でした。
一護たちが28層から駆けつけた理由や、キリトにくっついていた女性を含め、次回は事の顛末を書いていきたいと思います。

次回の更新は、申し訳ないですが来週の火曜日とさせていただきます。
年末はなにかと予定が立て込んでまして……申し訳ないです。

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