Deathberry and Deathgame   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

二十七話です。

連続リーナ視点、ラストです。

前半は事件の顛末の回想です。
説明文っぽくけっこう文字も多いので、細かいところまで読むのが面倒な人は"◆"まで読み飛ばして下さいませ。

宜しくお願い致します。


Episode 27. Rainy, Sunny

<Lina>

 

「――以上が、『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』討伐作戦の報告全文です」

 

 アスナがそう締めくくると、一言も声を発さずに報告を聞いていたヒースクリフは重々しく首肯して、短く「ご苦労」と告げた。それを確認したアスナは一歩退き、私の左隣に並んで団長殿からの指示を待つ。

 

 ラフコフ討伐戦の夜が明け、さらに数日が経過した六月十七日の正午。

 

 私は一護や他のギルドリーダーと共に血盟騎士団本部の最上階にいた。

 報告の立ち会いを頼まれたのは、私と一護の他に、キリト、クライン、シュミットの三名。うち、キリトは辞退したため、ここにはいない。討伐戦後、相当に消耗した様子だったため、アスナもホームへと帰る黒衣の剣士を労り見送っていたし、参加を強いることもしなかった。

 

 反対に、最も大暴れしたはずの一護はひと眠り後にあっさり回復。今は私の右隣でいつも通りの、いや、その二割増しのしかめっ面を作っている。その何とも分かりやすい苛立ちの原因は、今朝の情報ペーパー・ラフコフ壊滅特別号で「第二のユニークスキル使い」としてデカデカと一面を飾ってしまったこと。それから、朝からホームに多数の情報屋たちが押し掛けてきて全員まとめて草原に突き落す羽目になったことだろう。落ちていく情報屋の中に見覚えのある小柄な女性プレイヤーがいた気がしたけど、気にしたら負けってことで放置した。

 

 あの夜、『笑う棺桶(ラフィン・コフィン)』は完全に消滅した。

 

 構成員三十三名のうち、二十一人が死亡、十二人が捕縛された。

 上級幹部のうち、ジョニー・ブラックとザザのコンビは、一護に手足を切断されて抵抗力が弱まっていたところを血盟騎士団によって捕縛。他の幹部も、死んだ者と捕まった者が半々程度といったところだった。

 

 また、一護の《過月》で死んだかと思われていたPoHに関しては、HP残り数ドットという瀕死状態で捕獲されている。あれだけ一護に斬られて生きているなんて、なんとまあしぶとい男だ。

 

 トドメを刺し損ねた一護曰く、

 

「あのヤロー、最後の一撃の瞬間に、包丁を《過月》にブチ当ててダメージを減らしてやがった。追撃しようにも、あの直後に俺のゲージが尽きちまってたしな」

 

 とのことだった。一護の縮地に初見で抗った挙句そこまでできて、しかもゲージ残量ゼロという悪運を引き寄せるなんて、やっぱり奴は怪物だ。あの仄暗い微笑を思い出し、心の底からそう思う。

 

 一護の言う「ゲージ」とは、彼の『縮地』に付けられた制限のうちの一つだ。HPゲージの下に新たなバーが追加され、『縮地』を一度でも発動すると何をしようとも一定のペースで徐々に減少していく。

 もしゲージがゼロになると、システムによって凄まじい負荷が全身にかかり、三分間はあらゆる動作が不可能になる。ゲージが尽きるかシステム画面を呼び出して『停止』コマンドをクリックすることで減少は止まり、そこから五分経過するとゲージが回復し始める。ちなみに、スキル熟練度が上がってもゲージの総量は増えていかず、回復速度だけが上昇しているらしい。

 

 『縮地』に関して、使用した際のデメリットは他に二つある。

 まず、『縮地』発動の瞬間から四秒フラットの間、ソードスキルが使えなくなる。実際、PoHとの戦いの中でも一護が《残月》や《過月》を使う際、構える速度を落とすことでペナルティタイムを消化していたらしい。本人は「緩急つけるのに丁度いい」と嘯いていたけど、その顔には『マジうぜえ』と大書してあった。力には代償が付き物ということで、無理やり納得はしてるみたいだ。

 

 また、着地の際に気を緩めると派手にずっこけ、相当量のダメージを負うようだ。移動速度が上がっただけで筋力は変化しないため、意識しないと踏ん張りきれない、とのこと。あの夜は片脚だったため、彼がうっかりミスってズッコケないかと私は内心ヒヤヒヤしていた。あの状況下でコケたら、確実にPoHの包丁による逆襲に遭っていただろうし。実際はというと、一護は着地の瞬間に刀を地面に突き刺して勢いを殺し、不足した脚力を腕力で補っていたそうだ。相変わらず、やることが無茶苦茶だ。

 

 このような『縮地』の「高性能と引き換えに高難易度かつミスしたら即死に繋がるピーキー性能」は、あつらえたように一護に向いていた。手に入れてからの三か月間、ひたすらに鍛練することで感覚をものにしたらしく、あの夜の『縮地』乱発は、まさにその集大成と呼べるものだったと思う。速すぎて、私には碌に見えていなかったが。

 

 ……と、そんな感じで一護が奮闘したわけだったのだけれど、やはり自陣営にも犠牲は出てしまった。私たち正面組からは六人、裏口組からは五人のプレイヤーが消滅していた。うち三名は血盟騎士団から出ていており、そのせいかヒースクリフの両隣に座る四人の幹部の表情は暗い。ついさっきまで報告文書を読み上げていたアスナにも、普段の朗らかさは見られない。

 

 原因は二つ。一つは攻略組の根底にあった「人を殺傷する行為への恐怖」という点。これが原因でトドメを刺せず、逆襲を食らってしまった者も多かったようだ。キリトを始め、複数人はこの件はトラウマと化している。

 最も多くの構成員を斬ったはずの一護は精神的にかなり頑丈らしく、私が見ている限りでは堪えている様子はない。動揺とかならともかく、恐怖に怯える一護なんて私には想像もできないけど。

 

 もう一つが「犯罪者捕獲用アイテムを利用された」点。これに関しては、捕えたラフコフ構成員への尋問と再検証でタネが判明している。

 元は、NPCショップで販売されている対オレンジプレイヤー用の護身アイテムだったらしい。鎖の一方がプレイヤーへ、もう一方が地面へと自動で高速射出され、接触すると無条件で貫通する。プレイヤーは貫通された部位を動かすことが出来なくなり、頭部にヒットすれば一本で全身を無力化できる。もちろん、一般(グリーン)プレイヤーには反応しない。

 

 では何故今回、私たちがこの餌食となってしまったのか。それは、このアイテム『バニッシュメント・チェーン』に備わる一つの機能に原因があった。

 この鎖、所有しているプレイヤーがオレンジ化していた場合、まず所有者自身を拘束する仕組みになっている。犯罪者が対犯罪者用アイテムを悪用することを防止するためのシステムのようだ。その特性が働く範囲は極めて広く、少なくとも半径二十メートルは効果範囲になることが後の実験で判明している。

 ラフコフの連中はこの機能を活かし、予め収納(ボックス)アイテムの中に納め、枝道に設置しておいたようだ。第一陣によって攻略組がラフコフとボックスの間に挟まる状況に誘導され、それを影から見ていた少数の第二陣がタイミングを合わせてボックスを解放。結果、鎖は射線上に居た多くの攻略組と、元の所有者である一部のラフコフの構成員を捕え、動きを封じたのだ。

 

 幸い、このアイテムは第一層の防犯ショップでしか売られておらず、しかもそこは軍が御用達として昔から敷地内に囲い込んでいる場所にあったため、アイテム流出の絶対量拡大の懸念はなかった。おそらくラフコフの連中が持っていたのは、最初期に出回ったものか、あるいは軍のメンバーから強奪などの手法で手に入れたものかのどちらかであろう。

 すぐにこの情報は公開され、警戒を呼び掛けると同時に、アイテムの処分を呼びかけているところだ。「効果の程は分からないケド、やらないよりはマシだナ」とアルゴが言いながら警告記事を作成していたのを思い出す。

 

 そうして回想を続ける私を余所に、騎士団中で唯一平常運転のヒースクリフは真鍮色の瞳で私たちを見渡すと、手短に労いの言葉を述べ、構成員から回収したアイテムの売却金額から均等分割で手当てを支払うことを告げた。別にお金欲しさに参加したわけではないので、特に有難みもなく頷いて受け取っておく。モンスタードロップではない、プレイヤーの骸から得たコルは、なんとなく重たいように感じた。

 

 最後に、近く行われるであろう六十一層のフロアボス攻略会議での再会を社交儀礼的に約束し、私たちは大部屋から退出していく。先頭のクラインとシュミットが出て私が続き、最後に一護が退出しようとした時、

 

「一護君」

 

 不意に穏やかな声が響き、一護を呼び止めた。後ろで一護が立ち止ったのを感じ、私も振り返る。両の指を組んだヒースクリフが感情の読めない表情でこちらを見ていた。

 

「なんだよ」

「『縮地』スキルの使い心地はどうかな」

「ンなこと訊いてどーすんだよ。それとも、アンタも実は流行りネタ好きってか?」

「いやなに、単純な思いつきの興味さ。返答するのが嫌なら無視してくれても構わない」

 

 部屋の最奥から一護を真っ直ぐに見つめるヒースクリフ。その言葉に、一護はこちらに背を向けたまま、数秒沈黙した。

 

「まあ、悪くはねーよ。少なくとも、スキルリストから引っこ抜く程じゃねえ」

「成る程……答えてくれてありがとう。用件は以上だ」

「……そうかよ」

 

 意味わかんね、とつぶやき、一護が踵を返す。それに合わせるようにして私も前へと向き直り、正面玄関へ続く螺旋階段へと進んでいった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 血盟騎士団の本部から退出しグランザムからホームへと帰還する途中で、一護は「用があるから先に帰っててくれ」と言い残し、独りで小雨の降りしきるロザージュの商店街へと行ってしまった。

 

 残された私は仕方なくホームへと戻り、定位置のソファーへとダイブした。ここ数日のドタバタで蓄積した疲労のせいか、寝っころがった身体がやけに重い。このままソファーの中へと沈んでいきそうな感じさえする。

 

 身じろぎするのも億劫で、不格好な体勢のまま私は目を閉じた。

 

「…………はぁ」

 

 思わずため息が漏れる。惰眠を貪る心地よさ故ではなく、胸中にわだかまる澱のような暗い感情を吐き出すために。

 ゆっくりと、重く、長い深呼吸を繰り返してみる。沈むに任せ、全身の力を抜いてみる。けれど、窓の外同様に陰鬱な雲が立ち込めた胸中は全く晴れない。それが嫌で、また一つ、ため息を吐く。

 

 ……まさか、こんなになるなんて。

 

 彼への想いを自覚した。

 たったそれだけなのに、少し一護と離れただけでこんなに寂しいと感じるなんて、思わなかった。一緒に行ってもいい? そう訊けなかったことをこんなに後悔するなんて、まったく思わなかった。

 

「一、護…………」

 

 掠れ声で、小さく呟く。

 

 途端に、胸の底から締め上げられるような感覚に襲われる。痺れにも似た疼きを抑え込むように、その場で自分の肩を抱く。感情がコントロール出来ず、体内で暴れ回っているように感じた。

 その暴動を私は歯を食いしばって我慢し、耐え、堪え……きれなかった。

 

 私はがばっと上半身を起こし、ウィンドウを開く。

 すぐに表示されたマップの中で彼の名を探してみると、主住区の南端に反応があった。あそこは特にこれといったお店もないはずなのに、どうして。そう思いながら見ていると、彼の反応が主住区から出た。宙を駆け、さらに南の浮遊群島へと進んでいく。

 

 なにをしているんだろう。無性に気になった。

 

 別に、大したことじゃ、ないのかもしれない。

 もしそうなら私が知る必要は無いし、仮にそれが大したことだったら、後で話してくれるだろう。冷静な私が心中で告げる。全く持って正しい判断。いつも通りの、私の思考。

 

 ――けど、それでも気になった。

 

 私はホームを出ると、そのまま宙へと身を躍らせた。

 宙を踏みしめ、群島を蹴りつけ、南端へと駆けていく。虚空を蹴り風を切る感覚は、普段は心地よく感じるはずなのに、今はどうでもよかった。濡れて頬に張り付く髪も気にすることなくただひたすらに飛翔し、彼の元へと急いだ。

 

 すぐに、一護の姿は見つかった。

 周囲で一際高いところにある浮島。大きな石碑のような岩が突き出たそこに、雨具も持たず独りで立っている。手に持っているのは、花束だろうか。白、黄、紫のコントラストが、彼の纏う黒い襟なしコートによく映えていた。

 なんて言葉をかけたらいいのか分からなくてそのまま突っ立っていると、一護は花束を岩の下に供え、ゆっくりと目を閉じて首を垂れた。その顔は相変わらずしかめっ面で、けれど、どこか優しいものを感じる不思議な表情だった。

 

 私はそろそろと浮島に降り、静かに彼の隣に立った。一護はパッと片目を開いてこっちを見やったけど、結局無言でまた目を閉じる。

 そのまま数分間、私たちは小雨が降る中、一言も発さずにただじっとしていた。雨音がはっきりと聞こえるくらいの静寂が辺りを埋め尽くし、この場所がアインクラッドではない、どこか別の世界のように感じられた。

 

 やがて、一護は目を開き、石碑を見据えたまま言った。

 

「……なんか用か」

「ううん、別に。なんとなく来てみた」

「そうかよ」

「……いない方が、いい?」

「別に。ここにいても、面白いコトなんてなんもねーけどな」

「問題ない。貴方の愉快な横顔が見えれば、退屈はしないし」

「なんだそりゃ」

 

 いつもの減らず口も、どこか勢いがない。というよりも、穏やかで柔らかい感じがする声だった。今まで聞いたことのないその声音に落ち着かなくなり、私も無名の碑を見つめながら、問いかける。

 

「ここで、なにしてるの?」

「墓参り」

「……墓参り?」

「ああ。今日は、おふくろの命日だからな」

「……あっ」

 

 やってしまった。そう思った。

 せっかく彼が一人でいたのに、その大事な時間を身勝手にも邪魔してしまったんだ。自分の浅慮を恨み、後悔が胸の内を支配する。

 ひとまず今の失言を詫びなければ。そう思い、一護の方に身体を向ける。

 

「その、えっと……ごめんなさい。悪いことを訊いて」

「あ? なんで謝んだよ。別にわりーことなんてしてねえのに」

「でも……」

「でももクソもねえんだよ。俺が気にしてねえンだから、オメーが気に病む必要なんざ一ミリもねえだろ」

「…………ん」

 

 小さく頷く私を見て、一護は小さくため息を吐いた。そのまましゃがみ込み、三色の花束に目を落とす。

 

「……この世界、墓地っつったら、ダンジョンみてえなホラーテイスト全開のヤツしかねえだろ? あんなトコに参るのなんかイヤだったから、ここ何日かで一番それっぽい場所を探して、そんでココに決めたんだ。去年は確か、最前線だった三十何層だかの丘の上でやったっけな」

「去年と同じところじゃ、ダメだったの?」

「別にダメってことはねーけど……なんつーか、どうせ代わりの墓探すんなら、そん時で一番現実世界に近い場所にしたくってよ。本当の墓に行ってやれねえなら、せめてそんくらいの苦労はしねえとって思ってな」

 

 ま、おふくろはそーゆー細けえことは気にしねえ人なんだけどさ。そう付け加えて、一護は苦笑してみせた。そのブラウンの目には、初めて見る彼の慈愛の色が映っていた。

 

 不器用で優しいその瞳の色に、しかし私は見蕩れることはなかった。代わりに抱いたのは、何か別の複雑な感情。小さな針で刺されるような微かな痛みが心の奥でうずき出す。

 

「でも、それももう終わりにしてえ。残ってるフロアの数は六十一層(ここ)を含めてあと四十。ペース上げて頑張りゃ、次の命日には何とか間に合う。いや、間に合わせるんだ。そのために俺は強くなったし、まだ強くなる」

「この世界を、壊すために?」

「ああ。そんで、現実(むこう)で茅場をブン殴るためにな」

 

 そう言って拳を握りしめる彼の姿は、勇ましく、力強く、一縷のブレも見えなくて。だからこそ、私は気づいた。ようやく、気づくことが出来た。

 

 

 ――ああ、そうだ。

 

 

 私は、()()()()()()()になりたいんだ。

 

 

 圧倒的で、比類ないくらいに強い今の彼には、戦力的な助けなどきっと要らない。下手に付きまとったところで、むしろ足手まといになるだろう。

 

 しかし、そのまま強くなり続ければ、待っているのは周囲からの畏怖の感情。強すぎるが故に他者の常識を打ち砕き、無意識に遠ざける。周囲に多くの人が集まっていても、その人たちが内心で彼を恐れてしまえば、待っているのは強者の孤独。哀し過ぎる、剛力の代償。

 例え一護がそのことを気にせずとも、敵を蹴散らし「仲間を護る」と叫ぶ彼にとって、その仲間との心の距離が開いてしまうのは決して嬉しいことではないだろう。

 

 だから私は、その孤独から彼を護りたい。

 そのためには、物理的に傍にいるだけじゃ足りない。心に寄り添い、理解し、感覚を分かち合う。

 あの強さを持つ彼が現実世界でどんな生き方をしてきたのか、それを知る術はない。でもその代わりに、この世界に来てからの一年半の間のことなら、全て覚えている。怒り、眠り、笑う彼の顔も、その言葉も、欠けることなく私の脳に焼き付いている。一緒にいた時間は短くとも、その密度だけなら誰にも負けないつもり。その全てを以って、彼と共に歩み、戦い、尽くす。私の持ちうるありったけ、細胞一片に至る全部をそこにつぎ込んで。

 

 であるからこそ、仮の墓石に向ける彼の優しい目を見たとき、私は嫉妬(うずき)を覚えたのだ。彼を愛して護り育てたであろうこの人のように、私もなりたくて。その眼差しを、私に向けて欲しくて。

 

 なんて重い女なんだろう、と自分でも思う。

 想い人の母親にまで嫉妬するなんて、独占欲が強いとかいう次元じゃない。「恋煩い」を通り越して、「恋患い」に片脚突っ込んだ感じになってしまっている。

 

 でも、一度自覚してしまうと、抑えることなんてできなかった。

 魂を枯らしてでもいい、好きな人を隣で支えたい。余所からどう見られようと構わない。彼の助けになるのなら、一番傍に居られるのなら、何だってしたい。果てしなく高い壁が立ちはだかろうと、絶対に超えて見せる。

 

 いつの間にか、雨脚は弱まっていた。上空に立ちこめる灰色の分厚い雲が薄くなり、切れ間から太陽が覗いて天気雨の様相を呈している。未だにぽつぽつと振る雨粒が陽光を乱反射して、湿った空気を貫くように燦然と輝いていた。

 

 その明るさに背中を押され、私は閉じていた口を開く。

 

「――東伏見(ひがしふしみ)莉那(りな)。十月三十一日生まれの十八歳。向こうでの髪は黒、目は青。祖母がスウェーデン人のクォーター」

「…………は?」

「身長は百六十センチ強、体重四十八キロ。すりーさいずは、上から八十八、六十、八じゅ――」

「ま、待てまてマテ待て!! テメエはいきなり何言いだしてんだ!?」

 

 いきなり話し出した私に驚き、少し赤面した一護が素早く私の声を遮った。

 

「……なにって、自己紹介」

「ンなことは分かってんだ! いやテメエの本名聞いたのは初めてだし自己紹介でスリーサイズをブッ込んでくるとは思わなかったけど……ってソコはいいんだよ!! なんで唐突に自己紹介(そんなこと)ベラベラ言い出したんだよって意味で訊いてんだ!!」

「単なるけじめ。気にしないで」

「気にしないでって……あークソ! ホンットにオメーはマイペースな奴だな!!」

 

 呆れ果てたような声を漏らす一護。マジでわけがわかんねえ、とばかりに眉根をひそめ、濡れた橙の短髪をガリガリと掻き回す。

 確かに、傍から見てたらわけがわからないだろうけど、でも今だけは勘弁してほしい。ここが仮のお墓なら、親御さんへの挨拶(せんせんふこく)だけは、やっておきたかったのだ。

 

 私は石碑へと向き直る。

 雨に濡れ、しかし雲間から覗く太陽に照らされて黒々と光る岩肌を見ながら、心の内で呼びかける。

 

 

 ――初めまして、一護のお母さん。

 

 

 私は、一護のことが好きです。

 

 その強さが、不器用さが、優しさが、大好きなんです。

 

 

 けれど、私は彼よりもまだまだ弱い。

 

 剣も心も、彼には遠く及びません。

 

 足手まといです。

 

 

 だから、もっと強くなります。

 

 剣も心も、もっともっと鍛えます。

 

 彼に好いてもらえる努力だって、絶対に欠かしません。

 

 

 でも、現実世界へ帰るまで、告白はしません。

 

 そんなことをしたら、きっと私は今より弱くなってしまうから。

 

 だからもう少し、もう少しの間だけ、この恋心は彼に内緒です。

 

 

 いつか、二人(わたしたち)の剣がこの世界の天を衝く、その日まで。

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

というわけで、四章終了でございます。
一章分丸々、六話連続リーナ視点で書いてみました。女の子視点って、書くのにすんごいエネルギー食うんですね。めっちゃ疲弊しました……。

ラフコフのトップスリーは生かして捕獲です。
この世から駆逐してしまうと(書けるか不明ですが)続編のフラグを折りかねないので。
多分、今作ではもう出番はありませんが。

リーナの本名その他の情報が解禁されました。
血筋的には北欧系です。部位的に成長著しいのは血統ということですね。


最終章は原作一巻後半、アニメだと十話以降のお話になると思います。
一護が手にする最後の刀、彼に振り向いてもらうためにアレコレ頑張るリーナ、憎き奴との戦いに加え、今までの総まとめを兼ねておりますので、拙作で登場した沢山のキャラたちが再登場するかと思います。(某ビーストテイマーさんは除いて)

お暇なときにでも楽しんでいただければ作者冥利に尽きます。

次回の更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。

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