Deathberry and Deathgame   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

二十九話です。

前半部分はアルゴの記事です。
文字詰め詰めのため、読むの億劫な人は"◆"まで読み飛ばしてくださいませ。

宜しくお願い致します。


Episode 29. Academic Revolution

「――特集! あのギルドの大躍進の秘密に迫る!!

 

            文責:情報屋アルゴ」

 

 

 第一層に本拠地を置く、プレイヤー支援ギルド『技能・戦術・戦略アカデミー(Skill, Strategy and Tactics Academy)(以下SSTA)』の勢いが止まらない。二年前、デスゲームが開始された頃から存在するこのギルドは、現在教員数百二十名、スタッフ六十八名、登録している生徒数一四三○名と、『アインクラッド解放軍』を超えるSAO最大級のギルドへと成長している。

 

 ソードスキルのレクチャーボランティアとして発足したSSTAがどのようにして発展していったのか、本記事ではその過程について詳しく解説していくことにする。

 

 

 まず第一に、ドロップ組の吸収による戦力の増大が挙げられる。

 ドロップ組とは、モンスターとの戦闘および死への恐怖、過酷なレベル上げの疲労による挫折、アインクラッド攻略への諦観などの理由により、攻略組からドロップアウトしたプレイヤーを指す言葉である。

 確かな戦闘技術を持ちながら一線を退いた彼らに対し、SSTAの幹部であるディアベル氏は一人一人個別に接触を試みた。自らも第一層で攻略からドロップアウトしたという過去を基に、ドロップ組の精神的ケアに努め、信頼関係を築いていった。そして、精神面が落ち着いた時点で、

 

「キミが戦場に出ないと言うのなら、その剣を戦うためではなく、後進を導くために振るってはくれないか」

 

 と切り出し、定額の報酬と引き換えに、戦闘技術を生徒たちに指導するよう依頼したという。

 

 この結果、ドロップ組の八十二パーセントがSSTAに新たに教員として加入することになり、より幅広い層のプレイヤーへの技術的支援や指揮指導が可能になった。また、元攻略組ということで宣伝効果も大きく、生徒数は多いときで百人増加した月もあったとのこと。提供される資源により設備の拡張も行われ、現在では第一層『はじまりの街』の西部の八割がSSTAの敷地もしくはその関係機関が占めている。

 

 第二の理由として、SSTAが主催する「アカデミー・トーナメント」の成功がある。

 前述の経緯を経て大幅な人員増加を果たしたSSTAであったが、それに伴い資金調達部隊が稼ぎ出す資金が増加。卒業生からの寄付と合わさりギルド内で大量のリソースを抱えることになった。

 ドロップ組の加入により平均レベルも攻略組に迫るものとなり、保有するシステムリソースの量も莫大となった当時の状況について、ディアベル氏は「支援ギルドとしての在り方にそぐわない」と判断。なんらかの形で資源を放出することが急務であると考えた。

 

 そこで同氏はアカデミー内でデュエル形式のトーナメントを開催し、ドロップ組から寄与された上級装備や莫大なコルを入賞賞品、あるいは賞金として生徒に進呈することを企画した。

 

 攻略組であったプレイヤーが上層で得たシステムリソースを次代の攻略組へと引き継ぎ、彼らが成長の過程で不要になった装備を任意の「寄付」という形で回収、さらに下位層への支援を充実させ、ボリュームゾーン全体の底上げを図る。支払われた授業料の一部は支援金として卒業生に貸与するシステムも作成し、各レベル帯間で資源を巡らせる。

 この組織力を活かした「システムリソースの循環サイクルの構築」こそがアインクラッド開放促進に貢献でき、かつSSTAというギルドの存在意義に相応しいと、発案者であるディアベル氏は主張。ギルド内の全幹部から賛同を得て、同氏が主体となって計画は推進されることとなった。

 

 「アカデミー・トーナメント」では参加プレイヤーは各レベル帯ごとに階級分けされ、それぞれが一対一のデュエル形式である「シングルマッチ」と、旧校舎内部をフィールドとして設定し、十人で時間内のキル数を競う「フリー・フォー・オール」のいずれかを選んで参加することができる。

 特に談合と一部の特殊アイテム使用以外のあらゆる行為が許可されている後者のルールでは、屋内の障害物を活かした立ち回りや、アイテムを効果的に使用するテクニック、奇襲に対する確実な迎撃が重要となる。

 これにより、これまでデュエルでは活用されることの少なかった「索敵」や「隠蔽」といった補助スキルの流行と、盾による堅実な防御の重要性を広めることに成功している。SSTAの事務部によると、両ルールを合わせた参加者は初回で四百人を超えており、かつ回を重ねるごとに人数は増加していく傾向にあるという。

 

 また、このトーナメントの上位入賞者からは攻略組入りするプレイヤーも多数出ている。この点に関しては、第一回での血盟騎士団長ヒースクリフの視察、続く第二回の聖竜連合の幹部陣観戦などに見られるよう、大手ギルドからも注目が集まっている。確認が取れた範囲では、血盟騎士団に二名、聖竜連合には三名のSSTA卒業生が在籍しており、SAO攻略においてSSTAの存在は無視できないものとなっている。

 

 このようにSSTAの成長に多大な貢献を果たしたディアベル氏は、七月十八日付けでアカデミー長へと昇進。現在は第一層転移門広場での定期的な炊き出しの実施や、非戦闘系職向けの入門講座の開講などに力を入れており――」

 

 

 

 ◆

 

 

 

「――護君、一護君。そろそろ決勝戦が始まるぞ?」

 

 情報ペーパーを読んでいた俺は、ディアベルの良く通る呼び声に反応して顔を上げた。

 

 一般席よりニメートル高くなっているここ「来賓席」からは、仮説スタジアムと化した訓練所の全体が見渡せる。その中心部、半径二十メートル程度の円形のステージの両端から、二人のプレイヤーが歩み出てくるところだった。

 

「ったく、せっかくの弟子の晴れ舞台だってのに、リーナの奴、急用だとかでアルゴとどっか行っちまいやがって……」

「まあ、用事があるなら仕方ないよ。パーティーには顔を出すんだろう? そこで今日の試合の映像を流す予定だから、その時に見てくれればいいさ」

 

 俺の隣に座ったディアベルは、そう言ってティーカップを傾けた。

 白い騎士服の上から重ねた濃紺のローブと同色の四角い帽子(モルタルボード)は、まさに教師って感じの雰囲気を醸し出していた。胸に付けた金のバッジは、最近卒業生からプレゼントされたものらしい。特に派手でも地味でもないデザインなんだが、コイツが身に付けるとまるで長の証とでも言うかのような妙な説得力のようなものがある。

 

 そんなアカデミー長サマの出で立ちから目を正面に戻すと、ちょうど二人がステージ上に上がりきったところだった。

 

 一方は「月夜の黒猫団」リーダー、ケイタだ。

 全身のカラーリングは昔同様の緋色だが、昔着ていた騎士服ではなくて裾がゆったりした中華風の衣装を纏い、その上から軽量級金属防具を装備している。手には朱と金色で彩られたシンプルな両手棍『金箍棒(きんこぼう)』が握られていて、傍から見れば立派な中国武術の使い手ってトコだ。

 

 もう一方は見たことのない奴だ。プレイヤー名はヴォルケ(Wolke)

 逆立った金髪に青い目。大腿部にゆとりを持たせたズボンにブーツを履き、上はタンクトップに最低限の革防具。篭手をはめた手には武骨な大剣が握られていて、昼間の太陽を反射して鈍色に輝いている。こっちは熟練の傭兵って感じか。

 

 デュエルの申請、受諾が行われ、二人の頭上に『Keita vs Wolke』と書かれたウィンドウが出現。それを見て沸き立つ観衆の中心で、ケイタは棍を中段に、ヴォルケは大剣を下段へと構える。そのまま相手を見据えたままピタリと動きをとめ、開戦のブザーを待つ。

 

 数十秒後、開始のブザーが鳴り響くと同時に両者が突進。ケイタの突進攻撃『ヘビーバリスタ』と、同じくヴォルケの『アバランシュ』が激突した。激しい衝撃音と共に互いの武器が弾かれ、体勢が崩れる。

 

 その反動を利用するようにして、ヴォルケは大きく身体を旋回。相手の胴目掛けて回転斬りを放った。ケイタは滑るように二歩後退。鋼鉄の塊のような剣の強振を紙一重で躱し、

 

「破ッ!」

 

 気合一叫。鋭い踏み込みと共に相手の小手を打ち据える。

 

 スキル攻撃でなく急所でもない部位への攻撃のため、ダメージ量は大したことは無い。しかし、ケイタは気にも留めない様子で間合いを詰め、立て続けに連続打撃を打ちこんでいく。

 

 大剣の長い間合いの内側に入られたヴォルケは、強引に押し切るようにして大剣を振った。轟という空を裂く音と共に刃が迫るが、ケイタは無理をすることなくバックステップで回避。短髪の下の双眸を涼やかに保ったまま、相手の出方を見ている。

 

 再びヴォルケが突撃し、今度は地を割らんばかりの斬りおろしを繰り出した。さらに攻撃の手を緩めず、そこから斬り上げ、水平斬りへと繋げ、ケイタを間合いに入らせないように猛攻撃を仕掛けていく。

 

 嵐のように荒れ狂う剣戟。レベルからして、多分俺が食らっても無視できない程度のダメージを秘めていると思われる剛の連撃を、しかしケイタは全て受け流していく。

 

 完全には受け止めず、しかし手放しで回避することもなく、柳のようなしなやかさで根を操り、敵の連撃を捌く。その手並みの鮮やかさに、見ている観客からも「おお……!」という感嘆の声が上がった。

 

「なんつーか……相性がいい相手と当たった、って感じだな」

「そうだね。ヴォルケ君は見ての通り、火力で押し切るスタイルなんだけど、如何せん武器の性能や自身の身体能力に頼りすぎてしまう癖があるんだ。モンスター相手や同じ筋力重視のプレイヤーとの対戦にはかなり強いんだけど、反対にケイタ君みたいな相手の動きを学習していくタイプには弱い」

「上層じゃモブ連中のAIも厄介になってきてるし、尚更致命的な欠点だろ。今のケイタなら初見でも上手くやりそうだけどよ」

「うん、彼はこの一年半で相当上達したよ。多分、戦闘能力に関してはオレなんかよりも遥かに上だろう。一護君やリーナさんに師事した甲斐があったというものだね」

「……ぶっちゃけ、半分イジメみてーな稽古だったんだけどな」

「いや、例え虐めに近いものだったとしても、こうして成果は出ている。師が良き弟子を持ち、弟子が良き師に巡り合えた末の当然の結果、とでも言えばいいのかな」

「オメー、随分と小難しい言葉で話すようになったじゃねえか」

「いやあ、つい定例集会のクセでね、あはは」

 

 ディアベルとそんな会話をしながらも、俺はひたすら回避に徹するケイタの姿を見続ける。防戦一方のはずなのに、その表情には焦りの欠片もない。流石に毎日毎日俺とかリーナにボコされてきた分、度胸はついてるみてえだ。

 

 ケイタの強みは二つ、器用さと高い学習能力だ。

 攻撃にはパワーもスピードもないが、その一挙一動がとにかく巧い。視線をわざと一瞬外してみたり、足捌きの速度を変えて敵のペースを崩したり、紺の振りを乱してみたりと、一つの攻防にその都度最適な技巧を仕込む。自身が筋力にも敏捷にも依らないバランスビルドであることと棍の多様性を活かした、よく言えば変幻自在、悪く言えば小手先の器用貧乏なスタイルが特徴的だ。

 また、何百何千とブチ込まれるリーナの攻撃に対処すべく磨かれた、相手の動きを読み切る力がある。振り注ぐ無数の攻撃のパターンを把握し、自分の力量と照らし合わせ、どうすれば勝利できるのかを瞬時に判断する。それにより、初見の敵が相手だろうと、アイツは確実な勝利をもぎ取れるようになっていた。

 

 ……と、今まで受けっぱなしだったケイタが、ここでついに反撃に出た。

 

 斬りおろしの直前にヴォルケの脇が開く。それを逃さず捉え、振り下ろされる大剣を上体をうねらせるようにして躱しつつ、懐へ肉薄。

 

 ほぼゼロ距離の状態から顎先に掌底一発。続けて身体をコンパクトに捻って回転し、猿臂、裏拳、シメに棍の逆手突き。小攻撃の連続ヒットで着実にダメージを与えていく。

 

 が、相手もやられっぱなしじゃない。逆手突きの後に開いた間を突き、ヴォルケの足払いがケイタにヒットした。

 

 筋力差に押され、ケイタがそのまま後方へと倒れ込む――かと思ったが、なんとケイタは倒れる勢いそのままに片手倒立を決め、自由になった足で追撃の一撃を跳ねのけてみせた。曲芸のような脚撃に、ヴォルケの怜悧な表情が驚愕の色に染まる。

 

 その隙をケイタが逃すはずは無かった。

 逆立ちのまま両足で相手の首に組みつき、仮想の腹筋を総動員して地面に叩きつける。反動を利用して跳ね起き、大上段に棍を振りかぶって、

 

「――トドメだ!!」

 

 相手の顔面を砕かんばかりの勢いでブッ叩いた。

 ヴォルケのHPは一気にイエローまで減少。直後、試合終了のブザーと共に、上空に一枚のウィナー表示が出現した。

 

『WINNER Keita! TIME:01:58』

 

 

 

 ◆

 

 

 

「よお、お疲れ」

 

 試合終了後、表彰式の準備ができるまでの間の時間を使って、俺はケイタの控室に来ていた。流石に緊張とか疲労で消耗気味だが、まだまだ元気そうに見える。

 

「わりーな、ウチの相方は野暮用があって来てねえんだ。パーティーには間に合うから、そん時のプレイバック映像鑑賞で勘弁してやってくれ」

「いや、忙しい中来てほしいって無理を言ったのは僕の方だし、それだけでも充分ありがたいよ」

 

 相変わらずの人の好さそうな顔に笑みを浮かべたケイタは、そう言ってから、ふと真顔になった。

 

「……一護さん、貴方のおかげで今、僕はこうして強くなれた。サチを苦しみから救ってくれて、僕らを強くしてくれて、すごく感謝してる。本当に……本当に、ありがとう」

「ンだよ、急に改まりやがって。礼なんて前に山ほどもらったっつの」

 

 真摯に礼なんて言われると、なんかちっと照れくさい。それを誤魔化すように、ケイタから返答がくる前にさらに言葉を重ねる

 

「それに、オメーらが生きて強くなってくれりゃ、俺やリーナは十分満足だ。師匠と弟子、なんて気取るつもりもねえし、俺らの関係ってのは、多分『さんきゅー』『おう』くれえで丁度いいんじゃねえか?」

「そ、そんなに軽かったけ?」

「軽いじゃねえか。少なくとも、酒の席じゃそんなモンだったろ」

「あ、あれはもういいじゃないか!!」

 

 以前ディアベルに付き合わされて飲んだ時、ノンアルコールで酔っ払って惨事を引き起こしたことを持ち出してやると、ケイタは頬を紅潮させて大声を出した。反応から見て、まだ気にはしてるみてえだ。

 

 と、そんな風に俺らが駄弁っているところへバタバタと複数の足音が近づいてきて、

 

「おっめでとー! リィーダァーッ!!」

「ぅおっ!?」

 

 蹴破られるような勢いでドアが開き、ダッカーがミサイルみたいな勢いで突っ込んできた。ベンチに座っていたケイタは咄嗟に飛び退き、コンマ五秒遅れて

 

「グフッ!!」

 

 ダッカーが顔面から着弾。ベンチを片っ端からなぎ倒して停止して、そのままの体勢でへなへなと崩れ落ちる。

 

「お、オレの祝福のハグを回避するとは……さ、流石だぜ、リーダー……ガフッ」

「祝福のしの字もないだろ!? 僕を殺す気全開じゃないか! 祝う気ゼロじゃないか!!」

 

 お決まりのパターンに乗っ取ってツッコミをいれるケイタ。律儀なヤローだ。俺なら蹴り一発かまして放置してるトコだっつのに。

 

「お、いたいた。優勝おめでとう、ケイタ」

「いやあ、ほんと凄かったよ……お、一護さんだ。お久しぶりです」

「よ、テツオにササマルか。惜しかったな、オメーらも」

 

 この二人も、数日前までは勝ち残ってた組だった。

 テツオは盾メイスに加えて金属鎧を身に纏い筋力ビルドを極めた壁戦士(タンク)としてギルドの生命線になってるし、ササマルは猪武者を克服して敏捷タイプの攪乱型槍使いの立場を確立してる。二人とも着実に成長しているみてえだ。

 

「結局、俺もササマルも準々決勝で負けちゃったからなあ。ダッカーよりは、マシなのかもしれないけどさ」

「ああ、初戦でボコられて即敗退、だろ。この際言っちまうけどよ、オメー斥候の才能ないんじゃねえか?」

「ぐ、ぐぅ……」

「ぐうの音しか出ねえって言いてえのかこのドアホ。つまんねーギャグかましてねえでとっとと起きろ」

 

 自分で仕掛けたトラップに引っかかって自滅するとか敵の奇襲に一戦で三回も引っかかるという無様を晒したアホに、俺は容赦ない言葉を叩きつける。

 

 どうもコイツは、普段の戦闘じゃ全然問題ねえクセに、ああいう晴れ舞台だとアガっちまって使い物にならなくなるらしい。ちゃんとリーナ監修で敏捷特化のシーフとしてステータス鍛えてあるってのに、勿体ねえヤツだ。

 

 突っ伏したままのアホシーフに呆れていると、廊下からパタパタと軽い足音が響いてきた。

 

「……はぁ、はぁ、もー、みんな速すぎるよ……あっ」

「よ、サチ。一週間ぶりくれえか?」

 

 息を弾ませて現れた黒猫団の紅一点は、俺の姿を見るとパッと顔を綻ばせた。

 SSTAで事務仕事をするようになってから、サチの会ったばっかの時の気弱そうな笑みはなくなり、代わりに素朴な感じの笑顔を浮かべるようになった。シンプルなロングスカートにカーディガンって恰好は、学校で見る司書さんみたいな雰囲気を纏っている。

 

「えっと、うん、一週間ぶり、かな。この前はご飯食べに来てくれてありがとう。前に比べて少しは上達したと思うんだけど、どうかな」

「少し、どころじゃねえだろ。オメーの料理目当てに毎日行列ができるレベルなんだし、もっと自信持てよ」

「うん、ありがと。これも全部、一護さんのおかげだよ」

「ンなことねえっつの。俺は最初のコツ教えただけで、後は全部自分で頑張ったんだろーが」

 

 幼馴染なだけあって、思考回路がケイタと似てんのな、なんてことを思いながら、サチのはにかむような笑顔を見返す。陰の無いその表情を見てると、ホントに今が充実してるんだなってのが伝わってくる。

 

 あの日以来、サチは事務仕事と並行で料理スキルを徹底的に鍛え始めた。

 最初は黒猫団の連中とか、訓練の相手をしにくる俺やリーナにだけ振る舞っていた。だが、ひと月前に料理スキルがカンストした祝いってことでゲリラ的に料理の試食会ってのをやってみたところ、来た奴全員がその味を絶賛。

 その声に押されるようにして、半ば冗談だったはずのサチ食堂が出来上がり、今じゃSSTAの食堂の看板娘(ダッカー談)として、毎日忙しくしてるらしい。

 俺も何度か食べてはいるが、なんつーか、味付けが絶妙だ。流石にレシピは教えちゃくれなかったが、ジャンキーな味付けの多いこの世界の料理と違って、和風で薄味な「家庭の味」って感じがする。食ったヤツがその場で泣き出したとか、サチをおかん呼ばわりした奴がいるとか、そんな根も葉もないウワサも、あながち間違っちゃいねえと思えてくるような出来栄えだ。未だに熟練度九百ちょいで半分惰性でやってる身からすると、少し尊敬しちまう程だしな。

 

「あ、そうだ。サチ、お前この前来てた弟子入り希望の人、どうなったんだ?」

「前から弟子入りさせてくれって何人か来てたもんなあ。いよいよサチも先生になるのか?」

「え、えっと、一応ディアベルさんが全部取り計らってくれてて、今度、第一回目の講習みたいなことをする、かも」

「「「「おぉーっ!!」」」」

 

 問いを投げたケイタとテツオ、それにササマルと、あとなんか復活してきたダッカーの声がハモる。それに照れて、や、止めてよみんな、と笑うサチ。それを見てると、コイツがあの夜言っていたことを思い出す。

 

『『信じることから逃げるな』みたいな強い言葉は私には言えないけど、戦えなくてもできることはあるんだよって、伝えたくて。私がそういう人の助けに、ほんのちょっとでもなれたら、いいのかな……?』

 

 その願いが今、ようやく叶おうとしている。

 傍から見たら小さな、けどサチにしたら大きな一歩だ。暗がりで縮こまってた、あの頃の面影は、もうどこにもない。

 

 ふと、視界の端にアイコンが点滅する。クリックして、ウィンドウを開く。

 

 

『ヤボ用終了。

 ダッシュで行くから、ご飯とっといて。

                                       ――Lina』

 

 

 ……コイツもこの二年で変わってるようで、こーゆートコは変わんねえのな。

 

 なんとはなしにそう思うと、ガラにもなく笑みがこみ上げる。すぐに顔を引締め、更なるゲストの登場を告げるべく、俺は騒がしい五人組の方へと歩み寄っていった。

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

ディアベルさんのやり口が、なんとなく新興宗教っぽいですね……良い方向に結果が出ているので、無問題ではありますが。

あと、今話は久しぶりにリーナ不在でした。
その分、次話がリーナ視点になります。おそらく日常編ラストです。一人悶々としたり日常に一喜一憂したりする彼女の心境を書いていけたらと思います。

※残りのお話(予定)
Episode 30. ……日常編
Episode 31. 32. ……戦闘メイン
Episode 33. ……エピローグ


次回の更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。

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