Deathberry and Deathgame   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます・

三十一話です。

宜しくお願い致します。


Episode 31. Instant Death・Immortal Life

「七十五層フロアボス偵察隊が全滅した」

 

 血盟騎士団からその一報が送られてきたのは、十一月七日の昼頃だった。

 

 迷宮区の造りが異常に複雑だったもんで、フロア解放からボス部屋発見まで二週間以上が経っちまってる。迷宮区がキツイ時は大抵ボスは厄介だし、何より七十五層ってのは全百層のちょうど四分の三地点だ。

 

 リーナ曰く、こういう「クォーターポイント」ってのは、過去のボス傾向から見ても飛び抜けた強さを持つ可能性が高いという。確かに、二十五層の頭二つの巨人野郎も五十層の腕十本仏像も、かなり手こずった記憶がある。

 だから、今回のボスもサックリ討伐ってワケにもいかねえだろうし、ヒースクリフの奴もそれを見越して五ギルド合同、二十人の偵察隊を編成したらしい。

 

 だが、偵察隊がボス部屋に到達し、前衛の十人が先に入ってボスが出た瞬間、入口が閉じちまったらしい。残された後衛組がスキルやら打撃やらをいくら試しても扉は開かず、五分以上経ってからやっと開いたとき、中には誰もいなかったそうだ。

 転移で離脱した奴が一人もいなかった点から、部屋の内部は結晶無効化空間の可能性が高い。単純なボスの強さ以外の脅威の存在が考えられるため、貴方たちも十分注意されたし。メッセージはそう締めくくられ、続く二通目には十三時にコリニアの転移門広場に集合するように書かれていた。

 

「……まあ、だから特別何かするってわけでもないけど」

 

 そう言って、リーナは四枚目のステーキをナイフで切り分け、口に運んだ。オニオンソースをかけたそれを飲み込み、グラスに注がれた赤ワインを一口。苦戦の可能性が高いボス戦前でもこうやって淡々と大量のメシが食えるってトコを見る限りじゃ、不安とかは感じてなさそうだ。

 

「敵が強いのも、結晶が使えないのも、トラップ狩りやってる俺らには慣れっこだしな。いつも通り、回避と防御さえ徹底すりゃあアブねえ状況にハマることもねーだろ」

「いくら強くても、流石に一護の縮地に追いつけるとも思えないし……ごちそうさま」

「……はえーよ。一枚食うのに一分かかってねえじゃねーか。ちゃんと噛んでんのか? それ」

「うん、ちゃんと三回は噛んでる」

「そりゃ丸飲みってンだよ。せっかくのレア肉が勿体ねえだろ」

「いいお肉はのどで味わうのが、最近のマイブームだから」

「なんだそのビール感覚」

 

 半眼で見やる俺を余所に、リーナはナプキンで口元を拭うと自分の食器をさっさと片づけ始めた。

 今までは食ったらソファーに直行だったのに、今じゃメシの準備片付けはコイツの担当になっている。口元を汚しっぱなしにすることもなくなったし大した成長だ。とか、自分の食器を片づけながら、親父のような感想を抱く。

 

「……よし、片付け完了」

「さんきゅ。んじゃ、そろそろ行くかよ」

「ん」

 

 既に戦闘用の手甲と足甲を装備し、腰に紅色の刃を備えた短剣を帯びたリーナが首肯する。俺も各種防具を身に着け、背には『鎖坐切』を背負っている。確かに、今回の相手は強いのかもしんねえ。けど、気負いは微塵もない。相手が強かろうが弱かろうが、やることは変わんねえ。いつも通りに……。

 

「戦って、勝つ。そうでしょ?」

「……ああ、そうだな」

「あれ? いつもの『俺の心を読むな!』的なツッコミは?」

「ねえよ。二年も繰り返してると、流石にツッコむこと自体に飽きてくる」

「つまんないの。こうなったら、一護の心のボイスを常時実況でもして……」

「プライバシーの侵害も大概にしろよテメエ!!」

 

 耐え切れずツッコミをいれると、リーナはさも満足したような微笑を浮かべた。変にカチコチになってねえのはいいことだが、こうも緊張感がねえってのもなんかアレだな。

 

 短くため息を吐いた俺は、既に玄関を大きく開け放って外へ出て行ったリーナに続いて、ホームを後にした。

 

 

 

 

 

 

 一時三分前に集合場所に着くと、既にたくさんの攻略組連中が集まっていた。聞いていた人数は三十二人だが、そのほとんどはもう来ているように見える。

 

 意外と場の空気は柔らかかった。悪条件下でバカ強いであろうボスと戦うってことにメンタル弱めの連中が緊張を強いられてるんじゃ、なんて勝手に予想してたんだが、杞憂だったらしい。

 

 まあ、それは多分、

 

「――無私の精神はよーく解った。じゃあお前は戦利品の分配からは除外していいのな」

「いや、そ、それはだなぁ……」

 

 広場のど真ん中で呑気に駄弁ってる連中――キリト、アスナ、エギル、クライン――のせいなんだろうが。

 

「よぉ、そこのウルセー四人。もうちょい自重しろよ」

「同意。新婚バカップル(キリトとアスナ)は、特に」

「おう、一護とリーナじゃねえか。バカップルって、おめえらが言えたことじゃないだろうに」

「そうよー、リーナの誕生会で貴方たちが桃色の空気をまき散らしたの、忘れてないんだから」

「お、桃色の空気だあ? おりゃあ知らねえぞそんなの――」

「死ねヒゲ」

「ガフッ!?」

「お、おいクライン……生きてるか? 圏内とはいえ、今の蹴りでお前の男の尊厳が潰れたように見えたんだが……?」

「心配すんなキリト。ヒゲ生やしたヤツってのは殺したって死なねえっつう決まりがあんだよ。第一、使う予定のねえモン潰したって、誰も損はしねーだろ」

「い、イチの字てめえ……」

 

 リーナの脚撃をモロに受け、その場で蹲ってガクガクしながら怨嗟の籠った目で見てくる野武士野郎に俺は情け容赦のない視線を返してやる。いっそそのままリーナの足甲に踏んづけられて、ドMにでも目覚めちまえばいいのに。

 

 益体もねえことながらそうやって喋ってると、転移門から新しい一団が出て来て、こっちに歩み寄ってきた。全員が騎士装で、後ろ四人は白地に赤の装飾、戦闘の奴は赤地に白の装飾。ボス戦で散々見てきた攻略ギルド、血盟騎士団の連中だった。

 

「……欠員はないようだな。よく集まってくれた、諸君」

 

 先頭に立つ男、ヒースクリフが低いテノールボイスで呼びかける。コイツにも、やっぱり緊張の色は欠片ほども見当たらない。律儀に敬礼するアスナに首肯で応えたあと、ヒースクリフは俺とキリトを見、いつものナゾ微笑を送ってきやがった。相変わらず、腹の読めねえ奴だ。

 素直に首肯を返しているキリトの隣で、俺はリアクションをこめかみをピクッと動かすだけに留めた。ヒースクリフはそれを見て微笑を微苦笑に変化させた後、手を後ろに回し、一つの結晶を取り出した。

 

「それでは、目的地直前までのコリドーを開く……コリドー・オープン」

 

 そう言って、奴は手に持った濃紺のクリスタルを掲げた。結晶はすぐに砕け散り、その場に即席のゲートを作り出す。街にしか飛べない上に対象が一人限定の転移結晶より高級なレアアイテム、回廊結晶だ。

 登録した場所なら街でもダンジョンでも一発で飛べるし、効果時間内なら複数人が使える。その辺じゃ滅多に手に入んねえ代物だから、買おうとすると異常に高くつく。が、まあ今回のボス戦は相当以上にキツくなるのが目に見えてるから、道中の余計な消耗を避けるためにはこのアイテムの利用は妥当なトコだろう。

 

 先頭切ってその光の渦へと入っていく血盟騎士団の連中。それに続くようにして、俺たちも中へと足を進める。転移特有の光で視界が埋め尽くされ、次に目に飛び込んできたのは、薄暗い迷宮の壁面と、最奥の巨大な門だった。アレが、今回のボス部屋の入口だろう。

 

 後から続々と攻略組連中が転移してきて、各々ボス戦に向けて装備の最終調整に入っていく。とうの昔に済ませていた俺とリーナは、揃ってボス部屋の大扉を睨む。心なしか、いつも以上に重苦しい空気を放出するそれを見ていると、自然と脳内が戦いのそれへと切り替わる。

 俺は手にした『鎖坐切』を鎖を揺らしつつ持ち上げ、一振りして自分の思考をさらに鋭化させる。リーナも似たような心境らしく、短剣を既に抜き放ち、いつもの戦前と同じように順手逆手に持ち替えて玩んでいる。

 

「……さて、皆。準備はいいかな」

 

 しばらくして、十字盾を実体化させたヒースクリフが全体に呼びかけた。

 

「今回、ボスに関する情報はほとんどない。そのため、基本的には血盟騎士団が前衛で攻撃を食い止めるので、諸君はその間にできるだけ攻撃パターンを見切り、柔軟に対応してほしい。厳しい戦いになるだろうが、諸君の力なら切り抜けられると信じている――解放の日のために!!」

 

 最後の力強い一言に、この場にいるほとんどが大きな歓声で応えた。後ろの方でキリトとアスナが密着してんのが見えたが、まあデカい戦の前だ。イチャついてんのを茶化すのは止めとくか。

 視線を戻すと、俺の左隣に陣取ったリーナが俺を見上げていた。微かな笑顔を浮かべ、聞こえるか聞こえねえかの大きさで「頑張ろ」とだけ言う。俺はそれに肯定の頷きを返し、扉の前へと足を進める。雄叫びが響き渡る中で、扉正面に陣取ったヒースクリフと目が合った。

 

「一護君。今日は期待しているよ。死神の二つ名に違わぬ神速、存分に発揮してくれたまえ」

「エラソーな口利きやがって。オメーに一々言われなくても分かってるっつの」

「そうか、それは何よりだ」

 

 再びのナゾ微笑を俺に返した後、ヒースクリフは後ろを向き、扉に手を掛ける。耳障りな低い金属音と共に扉が開くのを見ながら、ゆっくりと刀を構える。

 

「――死ぬなよ、みんな」

 

 いつの間にか、俺の右横に立っていたキリトが、白黒二振りの剣を構えながら言った。その横には、日本刀を手にした武士装備のクラインと、両手斧を握り締めるエギルの巨体がある。

 

「安心しろ、頼まれたって死んでなんかやらねえよ」

 

 そう返してやると、キリトはニッと笑って見せた。クラインたちも「へっ、お前こそ」「今日の戦利品で一儲けするまではくたばる気はないぜ」とふてぶてしく言い返す。

 

 そして、ヒースクリフが十字盾の後ろから長剣を抜き放ち、頭上高くに掲げて叫ぶ。

 

「――戦闘、開始!!」

 

 その言葉と同時に、開き切った扉の内部へと俺たちは雪崩れこんだ。瞬時に半円状に展開して、臨戦態勢を取る。

 

 部屋の中は、かなり広い円の形をしていた。コリニアのコロシアムと同程度の面積の床が広がり、周囲には真っ黒い壁がそびえ立つ。ボスの姿は、まだ見えない。

 そのまま、俺たちは警戒態勢を維持する。視界の端で秒数がカウントされていくが、何か起こる気配はない。

 

 だが、ボス特有の嫌な気配は確実に感じる。もうこの部屋のどっかにはいるはずだ。視界に入らなくても、どこかに潜んで――いや、違う!

 

「上だ!!」

「上よ!!」

 

 俺とアスナが叫んだのは、ほぼ同時だった。

 

 遥か頭上高く、ドーム状の天井に、()()はいた。

 

 骨でできた全身。何十本あるんだか数えきれないような、先の尖った足。長い胴体。両手の大きな鎌。髑髏を模した頭部。そして――顔の右半面に広がる、見覚えのある放射状の紋様。

 

 名称『The Skull Reaper』。

 

 百足に巨人の骸骨の上半身を組み合わせたようなソイツは俺たちを見ると、奇声を発しながら一気に落下してきた。

 

「固まるな! 距離を取れ!!」

 

 ヒースクリフから指示が飛んだ。それに合わせて、全員が一斉に散っていく。

 

 だが、中央付近にいた数人が動けずに固まったままだ。どっちに逃げたモンか逡巡してんのか、それとも恐怖で動けねえのか、あるいはその両方か。どれかは知らねえが、今はどうでもいい。

 

「チッ!」

 

 俺は舌打ちしつつ、助走を付けて跳躍。同時に『縮地』を発動し、落下してくるボス目掛けてミサイルのように突っ込んだ。

 

 『縮地』のスピードを乗せた渾身の蹴りを腹部に叩き込んで、ボスの身体を足場に再度跳躍。刀を水平、次いで垂直に振り抜き、

 

「――ブッ飛べ、百足野郎が!!」

 

 月牙十字衝に似た十字斬撃、《過月》を撃ち出した。

 

 青い十字架が高速で飛び、ボスの胴に叩き込まれた。その衝撃で落下機動がねじ曲がり、真下にいた数人の真後ろに落ちるはずだったボスの巨体は、そこから二十メートルほど離れたトコへ轟音と共に落っこちた。

 

 それを上空で確認しながら、俺は体勢を立て直しつつ着地する。地味に食らった落下ダメージを回復するために、腰に括りつけたポーチから回復ポーションを取り出して一気に飲み干す。

 

「一護、怪我ない?」

「ああ。連中は無事か?」

「ん。多分、貴方以外は全員無傷」

「そうかよ」

 

 駆け寄ってきたリーナの言葉に少し安堵していると、横からアスナが食いかかってきた。

 

「ちょ、ちょっと一護!? いきなり無茶苦茶しないでよ!! 下手なことすると冗談抜きに死ぬわよ!?」

「あ? いいじゃねえか。別に死んでねえんだし、死ぬつもりもねえよ」

「それは結果論でしょ!? 貴方は主戦力なんだから、もう少し慎重に――」

 

 喧しくアスナが言葉を続けようとした時、落下したボスがこっちを見て、両手の鎌を大きく振りかぶったのが見えた。そこに紅い光の煌めきを見て、俺は反射的に駆け出した。

 

「ッチィ!! 退けアスナ!!」

 

 アスナを押しのけ、同時に刀を振りかぶる。

 

 そして、俺が飛ばした《残月》と、ボスが飛ばした二つの()()()()の一方とが、相討ちになって消し飛んだ。

 

 光の収束の仕方といい、あの速力といい。六十一層でやり合ったフィールドボスと、いや、現世や虚圏で戦った破面連中の技と、よく似ている。見間違うハズもない。

 俺の仮面に似た紋が刻まれてるから、またなんか仕込みがあるんじゃねえかと警戒しちゃあいたが、まさかあの技の模倣を――霊圧を押し固めて虚閃の二十倍のスピードで敵に叩き付ける凶技『虚弾』を――使ってきやがるとは思わなかった。

 

 またしてもクソ忌々しいカーディナルに記憶を読まれたことに滾る怒りを感じながら、防ぎ損ねたもう一方も撃墜すべく、刀を振りかぶる。

 

 ――が、一歩遅かった。飛翔した虚弾モドキが、さっき真ん中でモタついていたうちの二人に直撃した。揃って大きくふっ飛ばされ、HPがグイグイ削れていく。咄嗟にクラインたちが動き、せめて落下ダメージを減らすべく受け止めようと身構えた。

 

 だが、それは無駄に終わった。

 

 飛ばされた奴の一人とクラインが触れ合う直前、そいつのHPが尽きた。硬質な音を立ててポリゴンをまき散らしつつ爆散。次いでもう片方の奴も同じ道を辿った。

 

「う、嘘……だろ……!?」

「一撃で、死亡だと……!?」

 

 エギルとキリトが絶句する。ボスの情報が皆無に等しい戦いに備えて、今回は高レベルプレイヤーだけが召集されているはずだ。なのに、連続技どころか単発技を一発喰らっただけで死ぬなんて、最上級トラップ並の理不尽さじゃねえかよ。

 

 ボスが喜悦を含んだような奇声の絶叫を上げる。それを睨みつけながら、俺は刀を握る手に力を込めた。

 

「……クソッ……調子に乗ってんじゃねえぞ、クソ百足!!」

 

 速攻で縮地を発動。巨体にそぐわない俊敏さで更なる獲物を刈るべく突進する奴目掛けて、刀を引っさげて肉薄した。

 鎌が俺を刈るより一秒早く間合いの内側に入り、全力の斬撃を一撃、二撃。僅かに後退したボスの鎌をスウェーバックで躱しつつ、縮地のスキル制限の四秒を消化。直後に近距離で《残月》を発動し、

 

「他人の記憶を、勝手にパクるんじゃねえよ!!」

 

 ガラ空きになった顔面に叩き込んだ。

 

 体勢を立て直す時間はやらない。縮地で鎌の反撃を回避し、横っ腹から突貫。斬りつけ、今度は槍みたいな尻尾の薙ぎ払いを跳んで避け、着地と同時にさらに縮地。ボスの頭の下に潜り込んで、

 

「ブチ割れろおおおぉぉッ!!」

 

 ブーツの底で、顎を思いっきり蹴り上げる。ガキィンッ! という音が響き、奴の上体が大きくのけぞる。鎌への赤い閃光の収束を見た俺は、縮地を発動して大きく後退。射線上から退避した。

 

 攻撃を躱されたボスは俺の姿をすぐに捕捉。唸るような声を上げつつ、体勢を沈めて突進体勢を取る。

 

 だが、ヤツが動くよりも早く、俺の背後から複数の人影が突撃していった。

 

 先陣をきったヒースクリフが初撃の鎌を十字盾で弾き返し、二撃目はキリトとアスナの同時防御で軌跡が変わり、地を抉るだけに終わる。そして、空いた正面へとリーナが躍り込み、

 

「――くたばれ!!」

 

 真紅の光を引きながら、顔面中央に短剣の刺突を叩きつけた。

 さらに逆手持ちで剣閃を、六、七撃と高速で続け、最後の斬り払いと同時に緑に輝く拳打を二発。シメとばかりにボスの額にストレート一発。計十連撃のコンビネーションで、ボスのHPを削り取った。

 

 だが、俺とリーナの攻撃を食らっても、ボスは全く揺らがない。削れたHPは、五段あるうちの最初の一つ、その五分の一かそこらだ。

 

 放たれた似非虚弾をサイドステップを駆使して躱しながら、リーナが後退。俺の横へと着地する。

 

「一護、手柄の独り占めはダメ。私も一緒にやるから」

「……そうかよ。んじゃ、せいぜい気ぃつけて戦えよ」

「単騎突撃した貴方が気を付けて、とか言っても説得力ない。それに、そろそろ縮地の制限時間がくるはず。カバーするから、早くシステムウィンドウで停止コマンド使って」

「っと、そういやそうか」

 

 互いに武器を構えたまま、システムウィンドウを表示。残り十秒くらいで尽きそうになっていたゲージの減少を止める。熟練度をカンストさせた今、回復にかかる時間はだいたい二分。その間は、縮地が使えなくなる。

 

 そのことに気を引き締め、刀を構え直した俺とリーナの前に、ヒースクリフ、キリト、アスナが並んだ。

 

「……一護、リーナ。アイツの鎌は俺たちで食いとめる。二人はあの遠距離攻撃を防ぎながら、ボスのHPを削ってくれ」

「リーナは一護の傍にいてあげてね……なんて、私が言わなくてもいいかもしれないけど」

「無論」

 

 こっちに背を向けたままキリトとアスナが言い、それにリーナが短く答える。ヒースクリフだけは無言で盾を構え、敵を見据えたまま動かない。

 

 いつの間にか、俺たちの周りには他の連中も集まってきていた。クラインたち風林火山や、エギルの姿もある。皆の顔には緊張と士気が半々で宿っていた。が、恐怖に震えてる奴は、一人もいない。

 

「……ああ、上等だ。俺は、俺たちは絶対に、コイツをブッ倒す!!」

 

 俺は刀を振り上げ高々と宣言し、猛然と向かってくる骸骨百足へ三十人の仲間と共に突撃していった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 ――どれほどの時間が過ぎた頃か。

 

「おおおオオオオオオッ!!」

 

 何十回発かの俺の《残月》がボスの顔面にクリティカルヒットし、HPの最後の一段が赤く染まった。同時に、さっきまでとはまるで異なる弱弱しい叫びが木霊す。

 

 その様子を見たヒースクリフの目が、僅かに見開かれた。

 

「――全員、突撃ッ!!」

 

 その号令の下、俺たちは一斉に飛びかかった。赤青緑、無数の色のエフェクト光が迸り、最早無抵抗となったボスの身体へと殺到する。

 

 そして、何十、何百発目かの誰かの攻撃が叩き込まれた瞬間、ついにボスのHPが尽きた。断末魔を上げ、上体をのけぞらせ、ボスの身体が大きく揺らめく。

 

 そのままポリゴン片と化し、ボスの巨体は四散する――かと思われた。

 

 だが、ボスの目はまだ死んじゃいなかった。

 

 ぽっかり空いた眼孔に燃えるような赤光が灯り、歪な口が大きく開かれる。

 

 まさか――まさか!

 

「マズい! 全員、奴の正面から離れろ!!」

 

 俺がそう叫んだ、その直後。奴の口に紅色の閃光が収束、半秒と経たずに射出された。

 

 射線ギリギリにいた数人は俺の声ですでに動き出してたらしく、なんとか回避することが出来ていた。地面にそのまま転がり、最後の最後に繰り出された凶悪な一撃に目を見張っていた。

 

 だが、躱せなかった奴が、一人だけいた。

 常に敵の正面に陣取り、キリトやアスナが攻撃側に回っても単身鎌を捌き続けていた男……ヒースクリフだ。驚愕の表情を浮かべた奴は咄嗟に盾を正面に構えた。だが、ボスの放った極大の似非『虚閃』はそれを真正面から打ち破った。

 

「だ、団長――!!」

 

 アスナの絶叫が空気を裂くように響き渡る。

 

 けど、ヒースクリフは回避行動を取れなかった。紅い閃光に身体を飲まれ、ギリギリグリーンにとどまっていたヒースクリフのHPが減少し、ついにイエローゾーンへと落ち込む――直前で停止した。

 

 減るはずだったHP。イエローで表示されるはずのそれは依然グリーンのままで、代わりに、奴の頭上には小さな()()()()()が表示されていた。

 

 

 『Immortal Object』

 

 

 不死存在。

 

 環境アイテムとか、「絶対破壊できないもの」を攻撃したときにしか表示されないはずの、システムメッセージ。それが今、この男の頭上に淡々と輝いていた。

 

 ボスの最後の一撃が終わり、そのまま骸骨百足は今度こそ砕け散った。正面にデカデカと『Congratulation!!』の文字が表示されるが、それに歓声を上げる奴は一人もいなかった。

 

「システム的、不死……? どういうこと、ですか、団長……?」

 

 長時間の戦闘に息絶え絶えになっているアスナが、キリトに支えられつつそう問いかける。他の連中も疲労困憊しながら、驚愕と疑問の視線をヒースクリフに向けている。俺にもたれて整息しているリーナも同じだ。

 その視線を受け止めながらも、ヒースクリフは無表情のままだった。代わりに左手を振って手元にシステムウィンドウを出し、手早く操作する。

 

「――ッ!? 一、護……!」

「リーナ!?」

 

 不意にリーナが崩れ落ちた。倒れ込みそうな相方を咄嗟に支えたが、その身体にはまるで力が入ってない。そのまま倒れるリーナをどうにか抱えて、地面に横たわらせた。HPバーの上には黄色のアイコン。麻痺だ。

 どよめきが聞こえ周囲を見ると、同じように皆が麻痺にかかって倒れていた。唯一、俺だけが麻痺にかかっていない。そのどれもが、理由不明だ。

 

 だが、この状況の元凶だけは分かった。

 さっきから立て続けに起こったイレギュラーな現象。その出発点にいた、一人の男。

 

「……テメエ、リーナに、皆に何をしやがったんだよ。ヒースクリフ……!!」

 

 殺気を籠めた俺の言葉と視線に、奴は場違いな微笑みを浮かべる。その余裕綽々の態度が、俺の神経を逆撫でする。

 さっきまで散々振るっていた刀を握り直し、思わず飛びかかろうとした、その時、

 

「……そうか……やっと分かったぜ。あの時、デュエルの時に感じた、違和感の正体」

「……キリト、君?」

 

 麻痺に倒れたキリトが仰向けのまま首から上を起こし、こっちを、いやヒースクリフを睨みつけていた。戸惑うアスナには答えずに、静かな声音で言葉を続ける。

 

「決着がつく直前、その最後の一瞬だけ、アンタは余りにも速すぎた。それこそ、そこの一護の縮地並に。その時は、俺の実力不足だと思ってた。でも、今は違う。あれは、あのコマ送りしたかのような急加速は、明らかに既存のシステム下で許された動きじゃない。

 環境アイテムやNPCにしか許されないはずのシステム的不死。ゲームの制約を超えた動き。そして、俺たちを一瞬で麻痺させた異常な事実。この三つが表すことはただ一つ。お前が俺たち『プレイヤー』側じゃない、『管理者』側の存在だということだ。

 

 ……そうだろ、ヒースクリフ。いや、()()()()

 

 空気が、いやこの場の全てが、凍り付いたかのように静まり返った。

 

 キリトが告げたことの重大さに、俺は思わず絶句する。

 誰一人として次の句を出せずにいると、ヒースクリフはふむ、短く唸り、視線を俺とキリトの間で往復させ、

 

「――確かに私は茅場晶彦だ。付け加えれば、最上層で君たちを待つはずだったこのゲームの最終ボスでもある」

 

 あっさりとキリトの言葉を認めてみせた。

 

「……趣味がいいとは言えないぜ。沢山のプレイヤーを護ってきたアンタが、一転して俺たちの生還を阻む最悪のラスボスになるなんてな」

「なかなかいいシナリオだろう? 盛り上がったと思うが。予定では九十五層地点までは秘密にしておくはずだったのだが、まさか四分の三地点で明かすことになるとはな」

 

 目つきを鋭くするキリトに、ヒースクリフは、いや茅場は苦笑を交えつつ答えた。そのなんてことのない話し方が、返ってこの男の異常性を強調しているように感じる。

 

 ――だが、そんなことはどうでもよかった。

 

 二年間、俺たちをこの世界に閉じ込め、何千人もの人を殺した。

 

 その主犯が今、俺の目の前にいる。

 

 あの日、リーナと「必ず殴る」と誓いあった奴が、目の前に立っている。

 

 そのたった一つの事実が、俺の脳内を支配した。

 

「……この、クソ犯罪者がああアアアァッ!!」

 

 回復したばかりの縮地を発動し、怒りに身を任せて俺は斬りかかった。

 

 インチキシステムで返り討ちにあうとか、不死存在にダメージは絶対通らないとか、ンなことはどうでもいい。ただ、コイツをなに食わない面で突っ立ったままにしておくなんて、絶対にできねえ!

 

 たとえ何が阻もうが、絶対に茅場を斬る!!

 

 俺の真っ正面からの一撃を、茅場は盾で受け止めてみせた。構うことなく再び縮地発動。茅場の左に回り込む。

 

 俺の縮地に、茅場は即座に反応してきた。素早く身を翻してこっちを向き、盾で正面に持って身構える。だが、このまま突貫するつもりはない。立て続けの縮地で今度は右へ、と見せかけてさらに飛び、茅場の背後を取った。

 

 直接斬っても、俺の剣はシステムによって止められる。けど知ったことじゃない。ただ斬る。その一心で、俺は動いていた。

 

 砕かんばかりの力で握った刀を上段にかかげ、俺は満身の力と激怒を籠めて降り下ろし――。

 

 突如出現した、深紅に輝く盾に止められた。

 

 尚も力を込め続けるが、破れる気配はない。だったらと盾をすり抜けるようにして再度斬撃を叩き込もうとしたが、また別の盾が出現して止められた。

 こんなスキルは見たことがない。クソッタレ、やっぱりシステムのインチキ防御を使いやがったか。悔しさじゃなく、更なる怒りの炎が滾るの感じた直後、

 

「――オーバーアシストではない」

 

 いつの間にか後ろへ振り向いていた茅場が、感情の籠っていない声で告げた。

 

 反射的に縮地を発動して距離を取った。茅場は俺の行動を無表情で眺めた後、憎たらしいぐらいにゆっくりとこっちに向き直った。数秒前に出てきた宙に浮く盾は既に消えていたが、再び斬りかかればまた出現することが容易に予想できる。

 ……だけど、その盾はオーバーアシストじゃない、つまり、茅場専用のシステムのインチキではないという。コイツの言葉を鵜呑みになんてするつもりはなかったが、全否定することもしなかった。

 

 予想外の出来事で幾分か頭ん中が冷えたのを感じながら、俺は構えを解くことなく茅場を睨み付ける。

 

「君の気持ちは理解できる。『縮地』が――いや、君の記憶では『()()』となっていたか。それが君の人並み外れた動体視力と合わさることで、ここまで凄まじい性能を叩き出すとは予想していなかった。現に先ほどの三撃目も、私は全く反応できなかった。

 だが、反応できなければ防げない、ということはない。私が反応せずとも他の要素で攻撃に対処できれば、防御は可能だ」

「茅場テメエ……どういう、ことだよ……!」

 

 再燃した怒りを込めた声で問いかける。対する茅場は至極冷静に、かつ事もなげに滔々と答えた。

 

「その問いが私のどの言葉に向けてのものなのか、判断しかねるな。なので、この二つをその回答として提示させてもらおう。

 まず一つ。私は映像化された君の記憶を見ている。ソードアート・オンライン正式チュートリアル開始から二千時間経過後に始動した、クエスト自動生成プログラムの発展系『メモリー・リアライジング・プログラム』。その最初の被験者にカーディナルによって選ばれたプレイヤーである、君のね。

 そしてもう一つ。先ほど君の攻撃を防いだ盾は、キリト君に行使したようなシステムのオーバーアシストの類ではない。これは純粋に、私の持つユニークスキル『神聖剣』に設定されているソードスキルの一つだ。今までお披露目の機会に恵まれなかったのだが、一護君がこの世界で初めて私の背後を取ってくれたことで、ようやく見せることが出来たよ。

 

 名称は『神聖剣』最上位剣技《イージス》。

 

 有する能力は――()()()()だ」

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

茅場さんの、というか「神聖剣」の真の力お披露目でした。

次回は最終決戦です。

更新は今週金曜日の午前十時を予定しております。

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