Deathberry and Deathgame   作:目の熊

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お読みいただきありがとうございます。

第五話です。

今回は前半にリーナ視点を含みます。
苦手な方はご注意ください。

宜しくお願いいたします。


Episode 5. The dianthus and the strawberry

〈Lina〉

 

 第一層ボス討伐の報せは、瞬く間に広まった。

 

 一護がゲートをアクティベートして僅か十分後、第二層の主住区はすさまじい数のプレイヤーで埋め尽くされた。新しい街の散策を楽しむ人、早くも迷宮へと向かっていく人、売れる情報はないかと奔走する人で、夕方の街は一気に人々の熱気で満ち溢れた。

 

 中でも、今私がいる中央広場の活気は異常だった。

 多くの出店が並ぶ中、今回の攻略戦に参加したメンバーやそれを労いに来た職人クラス、記事を作ると言ってインタビューの真似事をする情報屋でごった返し、大規模な宴会になっていた。

 

「おーいこっち! エール二つー!!」

「炭焼きチキン串、おっ待ちー!」

「第一層攻略祝いに、ワインいかがですかー?」

「成る程、トドメとなったのはその剣士の猛攻だったと。では、その時の攻防について詳しく……」

 

 そんな人たちの喧騒を横目に、私は広場の隅のベンチに腰かけていた。目立たないようにローブのフードを目深に被り、手元に確保した大量の料理を摘む。今日はディアベルが大量の宴会料理を調達してくれている。「今日はオレの奢りだ、皆存分に食ってくれ!」と豪語していたので、御言葉に甘えて大皿四枚に山盛りに取ってきた。デザートもあるみたいなので、後でお代わりしにいこう。

 

 ローストビーフっぽい真っ赤なお肉を三切れまとめて口に放り込みながら、私は今日の戦闘を思い出していた。

 

 死者はゼロ、各隊の連携も良好。

 ボスの装備が事前情報と違ったのには一時混乱したが、ディアベルが欲を出さなければ、一旦部隊を後退させて再編成する余裕はあったはず。それぐらいの指揮能力が彼にはあったように思う。

 

 こうして振り返ると、特に敗走の危機になり得る要素は見当たらない、十分に想定内の戦闘だったと言えると思う。

 

 ただ唯一、予想外だったのは、

 

「……一護……ベータ未経験者なのに、あの動き。彼は一体…………?」

 

 私のパートナーの驚くべき戦闘能力の高さだ。

 

 一護自身も言っていたが、彼は確かにベータ未経験者だと思われる。

 攻略会議での啖呵から彼がベータテストの存在すら知らなかった可能性が考えられるし。持っている装備からも推測できる。

 彼が振っていた直剣は第一層の迷宮区一歩手前にあるNPCショップのもの。確かに威力はほんの少し高いものの耐久値は低くそのクセ高額。ビギナーなら少しでも高威力のものを求めて買ってしまいがちだが、ベータ経験者なら値段のわりに合わないことは誰でも知っている。防具も性能やレア度に統一性がなくてチグハグ。特定パラメータ特化とか、バランス重視とか、やり込んだゲーマーなら誰しも持つプレイスタイルのようなものが一切感じられなかった。

 

 それなのに、ボス戦で見せた動きは驚異的だった。

 

 そこらのベータテスターでは歯が立たないであろうレベルの体捌きや反射神経。

 状況に応じた的確なスキル選択。

 そして、巨大なボスを単身で相手取っても全く臆さない度胸。

 

 斬撃に刺突を合わせたり、蹴りで太刀筋を捻じ曲げたりという出鱈目な闘い方は見ていて心底驚いたが、不思議と危なっかしさは感じなかった。まるで、今までずっとそうしてきたかのような戦い方は、一か月やそこらじゃ到底身に付かないような安定感を持っていた。

 

 おそらく、他のVRMMOゲームでのプレイ経験か現実世界での格闘技、あるいは(彼の悪い目つきから考えて)ケンカの実戦経験が豊富なのだろう。それも、平均よりはるかに高いレベルでの。そうでもなければ、あの身のこなしの鋭さや攻撃の容赦の無さは説明できないと思う。

 

 でも、その経緯は今は捨て置く。私が目を付けたのは、彼の『装備はビギナーなのに立ち振る舞いは戦いに慣れた強者のそれ』という在り方。

 それは、私が求めていたベストな相棒(パートナー)そのものだった。

 

 私はベータテスターの一人として、こうして最前線に出てきている。生きて帰って、何の変哲もない私の日常をぶち壊してくれた忌々しい茅場晶彦(クソインテリ)をこの手で殴り倒すために。そしてそのためには、誰かがクリアしてくれるのを待っていてはいけない。自分の力で生き延びて、自分の足で迷宮を踏破し、自分の手でボスを打ち倒さなければ。そう思い、独りで高みを求めて攻略に邁進してきた。

 

 しかし同時に、独りでの攻略に無理があることを感じてもいた。

 スイッチができるだけで攻略の幅は格段に広がるし、役割分担を行うことで、ソロプレイヤーである場合に欠かせない『ステータスのバランス意識』を過剰に気にする必要がなくなり、自身のステ振りに明確な方向性を持たせることが容易になる。意見の食い違いや経験値の分散、大所帯故の行軍速度低下などのデメリットが大きいためギルドに入る気はないが、一人くらい、私と相性がいいバトルスタイルのプレイヤーがいたら、と最近の攻略で感じることがあった。

 

 そして、私の理想を満たす、彼と出会った。

 

 初の攻略戦に出てくるという、攻略意識の高さ。

 私と同じ、機動性を活かした立ち回り。

 手数重視の私に欠けている、一撃の威力重視の攻撃。

 

 そして、私が彼と組むことで、互いにメリットがある。

 

 彼は私にその戦闘力を、そして私は彼にMMOのノウハウを、それぞれ与えられる。

 幼少期からネットゲームに明け暮れていたおかげで、レベル上げ、スキル構成、武器選びに至るまで、一通りのコツは掴んでいる。彼自身は強いが、そういったステータス面でのロスが大きいように思う。闇雲にプレイするだけでは、いかに技術に長けていても、いつかはステータスという数字の暴力に屈してしまう。そうならないために、私の知識は彼に有用であると思う。ただ強いだけならベータテスター含めて何人か当てはあるけど、そういった知識面に欠けているのは一護しかいなかった。

 

 ちょっと押しつけがましい気もするけど、でも悪い話ではないと思う。

 

『強くなれる奴が強くなって、俺等はそれを手本に追い越しに行きゃいいだけの話だろうが』

 

 攻略会議の場で、彼がそう言っていたのを思い出す。私が彼の『手本』になれるかは分からないけど、彼が強さを求めるのなら、私にはその手助けができる。

 交渉の余地は十分にある。後は一護次第だ。この喧しい宴会の中でそんな話をするのも嫌なので、ここから北西にいったところにある噴水のところに来てもらおう。彼が乗ってくれるといいんだけど。

 

「……と、その前に」

 

 取ってきた料理も食べきったし、デザートを取ってこなきゃ。

 

 空になったお皿を重ねて持ち上げて、私は喧騒渦巻く宴会会場へと戻っていった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「…………ということで、一護、私とコンビを組んで欲しい。暫定じゃなく、このゲーム攻略のための」

 

 第一層ボス討伐祝いの宴会からの帰り道、リーナに呼び出されてやって来た小さな噴水の前で、俺はそう言われた。

 

 相変わらずの無表情のままリーナが言うには、俺のネットゲーム慣れしていない部分を自分の知識と経験で補うかわりに、迷宮区攻略に俺の力を貸してほしい、ってことだった。ソロでやっていくにはキツイけど、二人いれば役割を分けることができる。自分の能力を特化させて、より一点で強くなれる、彼女はそう言って俺を誘った。

 

 悪い話じゃ、ないとは思う。

 確かに俺はこういうゲームには不慣れだし、コツを教えてもらえるのはありがたい。強い武器とかの在り処も知りてえし、欲しいスキルの取り方も見過ごせない。

 

 断る理由は、見当たらない。

 けど同時に、俺には一つ、疑問があった。

 

「なあ、お前、本当に俺とコンビ組む必要あんのかよ?」

「あるから頼んでる」

「そうじゃなくて、何もカッチリコンビ組む必要もねえんじゃねえかって言ってんだ。本当にキツイクエストとか、ボス攻略の時くらいで良くねえか? お前みたいに知識も経験も豊富で、自分を強くしていきたいってんなら、一人のほうが効率いいんじゃねえか? 別にお前と組むのがイヤってわけじゃねえけど、何となく、そう思った」

「……確かに。普通にレベル上げをするだけなら、私一人でもやっていける」

 

 けど、それじゃダメなの。そう言って、リーナは腰掛けていた噴水の縁から立ち上がった。弾みで被っていたフードが脱げ、真っ白い髪が街灯の明かりを反射して眩く光る。

 

「普通にレベルを上げてたら、普通の強さしか手に入らない。それじゃ足りないの。私が望むような力を手にするには、他の人と同じことをしてるわけにはいかない」

「……お前、なにをする気なんだよ」

 

 思いつめたような、どこか危なっかしい表情を見せるリーナに、俺は真剣な声で問いかけた。

 

「一護は安全マージンって言葉、知ってる?」

「確か、ここまでレベルがあればそうそう死なないライン、のことだっけか」

「そう、このゲームにおいて、レベル上げの狩りの際には必ず安全マージンを取る。蘇生方法がない以上、それが当たり前。

 ……でも、私はそれを放棄する。現段階で戦える一番厳しいレベルの戦闘に飛び込む。格上との戦闘で、大量の敵との乱戦で、自分の戦闘技術と経験値を稼ぐ」

「……お前、そんなにまでして、強くなりてえのかよ。なんで、そこまで自分を追い込んでんだ」

 

 俺がそう訊いた瞬間、リーナの目が一気に険しくなった。涼やかだった翡翠の瞳に、怒りの炎が灯ったように見えた。

 

「……このゲームは、茅場晶彦は、私の世界を変えた。変えてしまった。現実のことを話すのはタブーだけど、今なら言える。

 私、病気で寝込んで中学を一年留年してて、やっと今年高校に入ったの。お父さんやお母さん、周りの人にいっぱい迷惑をかけた。だから、その恩を返したくて、学校でずっと頑張ってきた。

 だけど、誕生日祝いにこのゲームを買ってもらって、家族三人でログインするはずだったのに、私だけ先に行っておいでって言われて、そして、私がログインした五分後に、この世界から出られなくなった。

 あの時、現実世界の中継映像が流れたでしょ? その中に、私の姿があったの。病院のベッドに寝かされてる私と、その隣で泣いてるお母さんとお父さんが映ってた。あの優しい二人を泣かせちゃって、すごく申し訳なくて、涙が止まらなかった。でもそれ以上に、その原因を作った、茅場晶彦が憎くて憎くて仕方なくなった。私の優しい世界を、こんな仮想(ハリボテ)の世界に塗り替えたあの男を、殺したいくらいに私は憎悪した。いつか必ず、目に物見せてやる、そう決心した。

 だから、私は強くなる。

 強くなって、強くなって、この世界の何もかもを叩き壊せるくらいに強くなって、百層のボスを、茅場が作った世界の主を殺す。茅場が心血を注いだという、あいつの現身のようなこの世界を、私がこの手でぶっ壊す! そして、必ず現実に返って茅場晶彦を殴り倒す! それが叶う強さが身に付くというのなら、私はなんだってできる!!」

 

 すっかり暗くなった人気のない噴水広場に、リーナの大声が木霊した。まるで、この世界に飲み込まれていくかのように、残響が消えていく。

 息を弾ませるリーナが落ち着いてから、俺は静かに質問を重ねた。

 

「……わかってんのか、リーナ。安全マージンを捨てるってことは、一歩間違ったらすぐやられちまうような地獄に行くってことだぜ? 負けたらもう、生きて現実(アッチ)には戻れねえぞ」

「勝てばいいだけの話でしょ」

 

 すっぱり言い切ったリーナを見て、俺はコイツのイメージを改めることになった。

 

 コイツは第四十刃(ウルキオラ)なんかじゃない。アイツみてえな冷めた表情をしてても、その翡翠の瞳の奥には想像以上の激情が宿ってる。大の男でも気圧されちまうような迫力が、今のリーナにはあった。

 けど、俺がそれを見て感じたのは、感心でも驚愕でも、ましてや恐怖でもない。

 

 ただ、懐かしかった。

 

 似てるんだ、どうしようもなく。

 死神の力を手にしたばかりの、俺に。一人の恩人を救うために仲間と一緒に敵の本拠地に乗り込んだ、十五の俺に。

 

 自分の世界を変えてくれた人を助けるために強くなった俺。

 自分の世界を変えちまった人を倒すために強くなろうとするリーナ。

 

 境遇は少しばかり違うかもしれない。持ってる感情(モン)も別物だと思う。

 

 けど、その向こう見ずな自信だけは、俺と似ていた。

 

 だから、

 

「……上等じゃねえか」

「……え?」

 

 かつての俺によく似たコイツに、俺は右手を差し出した。

 

「手伝うぜ、お前の地獄行き。二人で強くなって、この世界をぶっ潰して、そんであの赤ローブをぶっ飛ばしにいこうじゃねえか」

「……いい、の?」

「そう言ってんだろ。お前から頼んできたクセに何言ってんだよ。

 実際、俺もアイツが気に入らねえんだ。お前みたいに重たい理由の持ち合わせはねーけどよ、何の罪もない連中を自分の身勝手で閉じ込めたその卑怯さが、俺には我慢ならねえってだけだ。

 絶対にこのゲームを生きて終わらせて、アイツをぶん殴る、このゲームに閉じ込められて、俺はそう決めたんだ」

 

 目的の一致ってヤツだろ。そう言って、俺は差し出した右手の掌をリーナに向ける。

 

 リーナは俺の掌と俺の顔との間で数度視線を彷徨わせていたが、やがて自分も右手を差し出して、俺の手に重ねた。

 

「……一護。改めて、よろしく、ね」

「ああ、こっちこそな」

 

 そう言うと、リーナは少しだけ笑顔を浮かべた。本当に淡い微笑で、でも確かに笑っていた。真っ白い肌に、ほんの少し、朱が差したように見えた。

 

 このゲームに囚われてから一か月。俺とリーナは今日この瞬間に、臨時ではない、本当のパーティーを組んだ。面子はたった二人だが、不安は欠片もなかった。コイツなら、きっと本当に強くなるし、俺ももっと強くなれる。根拠もなく、俺はそう思えた。

 

「ところで、一護。一つ頼みがある」

「なんだ」

「明日の朝ごはん、例のバケットサンドがいい。売って」

「それ今言うか普通。さっきまでのいい雰囲気が台無しじゃねーか」

「え、雰囲気とか気にするの? 意外」

「……ホント、口のわりー奴」

 

 ……ただ一つだけ、コイツといると食費が嵩みそうなのが気がかり、なんだけどな。

 

 




感想やご指摘等頂けますと、筆者が欣喜雀躍狂喜乱舞致します。
非ログインユーザー様も大歓迎です。

前話以上に短くなってしましたが、第五話でした。
そして、第一章はこれにて終了です。読んでくださり、本当にありがとうございました。

※11/7 14:50
文の流れがおかしかったのでリーナの台詞を一部修正しました。申し訳ありませんでした。

11/12 20:34
再度加筆修正を行いました。

この章のタイトルは、51巻の銀城の台詞から取ったものです。この一文を読んで、筆者はこの小説を書こうと思い立ちました。
ちなみに、今回のサブタイトルにある"dianthus"は撫子のことです。これをBLEACHでよく見かけるスペイン語に訳すと"clavelina"となります。リーナの名前はこの単語の後ろから取りました。白髪翠眼と外見は奇抜ですが、大和撫子らしい彼女の芯の強さを書いていけたらと思います。

書き始めてまだ五話目。未熟な点も数多くありますが、今後とも精進して参りますので、どうぞよろしくお願いします。

次章からは週二投稿となります。詳細な日時は活動報告にて。

次回から一護とリーナの戦いの日々が始まります。二人には安全マージンかなぐり捨てて頑張ってもらいますので、楽しんでいただけると幸いです。

次の更新は、来週金曜日の十時頃を予定しております。


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