甘粕正彦が見た未来がISだった件   作:雨着

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あったかもしれない未来

「一つ未来の話をしよう。

 俺が先頃、邯鄲で体験した可能性世界の話だおおよそ百年と数十年後にはこういったことも有り得るという一例としておまえにも聞いて欲しい。

 俺の目指す楽園(ぱらいぞ)とは如何なるものか、知ってもらうには必須のことだと思うのでね」

 

「まずはそう、ISというものについて説明する必要があるな」

 

「IS。正式名称インフィニット・ストラトス。宇宙空間での活動を想定し、開発されたマルチフォーム・スーツ……要は特殊な服のようなものだと思ってもらえればいい。宇宙空間を想定した……我々の現実では想像だにできない事柄だが、未来ではそれが可能となっている。人は夜空に浮かぶ満月にまで到達したのだ。それは素晴らしい。偉業と言っても過言ではないだろう。誰もが成し遂げないことをやってのけたのだ。それは尊敬に値する事柄だ。そしてISもまた人が宇宙へと飛び立つために生まれたものだと俺は思っている。

 だがそのISも開発当初は注目すらされなかった。しかしある事件によって世界中にISは知れ渡るようになり、各国がこぞって開発に取り組んだのだ」

 

「その事件というのが白騎士事件。日本を射程距離内とする軍事基地から何者かの手によって2341発以上のミサイルが日本へ向けて発射され、それを白いISに搭乗した誰かが半数以上迎撃したのだ。おかげで日本は救われた。その搭乗者はまさしく英雄なのだろう。いかにISが驚異的戦闘能力を持っていたとしても、だからと言って命の危機が無かった訳ではない。『彼女』は決断し、そして勇気を持って日本を守ったのだ。

 例えそれが『誰か』が仕組んだ芝居だったとしても」

 

「この事件をきっかけに各国はISという存在について興味を持った。だがそれは当時の宇宙空間の特殊服としてではなく、ISが持つ軍事的戦闘力として取り入れようとしたのだ。

 どれほど初志が良かろうと結局使い所によって兵器となる。いや、この場合そうさせられたというべきか。自然、または恣意的に、様々な要素が組合ってISはその本分たる機能を一個の兵器という位置づけにされたのだ。しかしある欠点があった。

 その欠点というのが、ISは女にしか扱えない、というもの。何ともおかしな話だろう? 俺達の現在で普及している車も女が運転することはないが、しかしできないということはない。だが、ISは違う。男ではそのエンジンをつけることすらできないのだ。

 ISの開発者である篠ノ之束。彼女は最初からISを兵器として認めさせたかったのか。それともISを世界に知らしめすために兵器としたのか。

 もしくはその両方か? それともまったく違うのか? 俺には分からん。だが何にしろ彼女が作ったISという存在は世の中を変化……いや、急速させたと言っていいだろう。俺にとっては快くない方向へ進んでしまったがな」

 

「前置きが長くなったが、これから俺が語る事柄について最低限これだけのことは知っていて欲しいのだ。だが、先に一つ重要なことを言うとだな、別段ISが全ての原因というわけではないのだ。ただあれは世間に蔓延っていた歪みを成長させただけにすぎん。

 おまえは怒るか? 笑うかな? 性質の悪い冗談だとさえ感じるかもしれないが、これは偽りなく邯鄲で見た未来であり、起こり得る人と総意(あらや)が判断した現実の延長なのだよ」

 

「その夜、俺は、東京の盛り場に存在した。

 亜細亜一の歓楽街として、眠らぬ街を歩いていたときに目にしたものだ」

 

「ふとな、怒声が傍らで弾けたのだよ。見れば自分の体に触っただの何だのと、通行人を捕まえて威勢良く吠えている女がいた。

 それだけならば、まあよくある光景と言えるだろう。吹っかけている女の格好が、あまりにも露出していて、俺達の感覚で言えばだいぶ奇異であり、それで触られて文句を言うのか貴様は、という突っ込みどころはあったがね

 まぁいいそれは問題ではない。

 俺が疑問を覚えたのは、絡まれているのは男であり、どう見ても強そうだったからだ。男女の違いは無論、身長差、体重差、身体の厚み、四肢の太さ……このままいざ殴り合いだの喧嘩だのになれば女が勝てそうな要素は微塵もない。一応言っておくが、この女が銃やナイフなどの武器を持っていた、などというオチは一切ない。

 にも拘らず、女の怒声は増すばかり。いや、怒りの中には何とも薄気味悪い喜びが混じっているのを感じたよ。だが、それでも男は何もせず頭を下げるだけだった。これは全体、どうした理屈のことだろう?」

 

「男と女だから? 女は守るべき存在だから? 確かにな。男が女を平気で犯し殺す。そんな世の中は唾棄すべきものだ。だが俺は、それでも違和感を拭えない。

 どうにもな、その女には欠けているというものがあるように思えたのだ。やる気というか、本気というか、大声で叫んで男を罵倒しているのになんの気迫も感じられない。ただ、そうただ男に罵詈雑言をぶつけて遊んでいるようにしか見えなかった。

 何とも奇妙な話だろう? 仮に女が男に対して構って欲しいからそうしているのだとしても、吹っかけられた相手にとってはそんなことは関係ない。

 言ったように両者の単純戦力は男が一目瞭然で勝っているのだ。その丸太のような腕で軽く払えば、小うるさい女など手も足も出ず吹っ飛ぶ。そういう力関係の二人なのに」

 

「度胸試し……というわけではないのは理解できた。そもそもその女が男に対して怒声を浴びせている時に俺は分かってしまったのだよ。その女には危機感というものが全く見えなかったのだ。おかしな話だ。自分が不利な状況下にも関わらず。

 まるで、男が自分に手出しできんと最初から知っているのかのように。

 そして事実、絡まれている男は喧しい女を実力で排除することができずにいる。

 顔面を紅潮させ、拳を震わせ、間違いなく怒り狂っているだろうに男はただ謝るばかり。殴らない。殴れない。

 実に奇々怪々な二人だったよ。ゆえに俺は、彼らの心とその背景を読み取ってみることにした。ああ、夢の中ではそういうことができるのだよ。程度に個人差はあるだろうが、表層を掬うくらいならそう難しいことでもない」

 

「結果、見えた答えに俺は心底愕然とした。先に言ったIS,その歪みがこうした形で出ていたのだ。

 絡んでいる女はな、自分が男よりも上の存在だと思っていたのだ。ISは女にしか扱えない。だから女である自分はISを使用できない男よりも強いのだと。権利があるのだと。先に言っておくが、この女は別段、IS乗りというわけではない。というより、ISにすら搭乗したことはないのだ。にも関わらず、ISという存在を持ち出しそれによって自らはまるで王様にでもなったかのような気分だったのだ」

 

「そして、それは目の前にいる男も同じようなものだった。

 この時代ではな、ISは女にしか扱えないという概念によって男は女よりも価値が低いとされていたのだ。裁判になれば男か女かということで有利に働く。男はそれを理解していた。だから謝るという選択肢を選んだのだ。ここで反抗的な態度を取り、裁判にでもなれば最悪の場合、職を失い、生き場を失う。ゆえに眼前の、本来ならばたやすくひねることができる雑魚の一人も殺せない。

 無念だよなあ。理不尽だよなあ。そもそもこれでは男として生きている意味がない。彼が何のために己の肉体を鍛えに鍛え上げたのか。そこまでは敢えて言うまい。しかし、不当な侮辱や悪意を打破しうる力を持っていながらそれに勝利できないことというのは、何とも不甲斐ない話だ。

 単に強さと言っても色々あるが、その中でも肉体的なものを選んだのなら論をまつまい。我慢して血圧を上げるよりは、敵を殺すことに重きを置く価値観の持ち主だからこそ、五体を凶器に改造したのだ」

 

「少なくともこの男はそういう人種と言って良かった。

 ひどい矛盾を抱えた生き物であり、この時代、そういう男はまったく珍しくないということが俺にとっては衝撃だった。

 そして、それに付け込む卑怯者の存在も。

 いいや、単に卑怯なだけならまだ分かる。俺が許せんと思ったのは、この女が恥すら知らぬ屑だったからだ」

 

「なぁおい、信じられるか我が友よ。この女はな、これをさも当然の如く自慢し、誇っていたのだぞ。

 自分は強そうな男をこうまで罵倒しても何もされない。だから自分はこの男よりも価値があり、そして優位な存在であると。相手が先の事情により手が出せんのを知った上で、己が何か偉大なる存在であるかのように吹き上がっていたのだ。目眩がするほどの愚劣さだろう。

 何なのだこれは、どうしたことなのだ、この時代は。

 近年世に生まれた概念……婦人参政権というものがある。あれはいい。女は常に男と家の所有物。いわば人として格下であるという扱いからの変化は素晴らしいものなのだろう。

 女も同じく人間である。生きとし生ける権利がある。愛した男を己で選び、子を産み育てる自由はもちろん、男のように社会で戦う自由もある。

 参政権とはそれが公に認められた第一歩だ。憲法で保障されたことを皮切りにこの時代では男尊女卑はすでに過去ものへと変わっていた。

 ああ正しいとも。女が弱者として物のように扱われる。そんな世の中が正しくあろうはずがない」

 

「しかし、その果てにあるのがこれか? 自分は守られ、殴られず奪われず殺されず、ISという存在があるから男よりも女のほうが権利を持っているからと、なんらの覚悟もなく思いあがった愚図を湧かせるこんな未来が? これではただ男尊女卑が女尊男卑に変わっただけではないのか?

 何も俺はこの女だけに憤慨しているのではない。ここでは煮え湯を飲まされた男にしても、男としての矜持を忘れているからこのような無様を見るのだ。そうした腑抜けた及び腰が、屑を増長させる結果になっているのだから同罪と言えるだろう。

 無論、これは極端な一例だとも。この出来事に眉をひそめる人間は数多く、この女にしても裏では馬鹿にされていただろう。

 だが、それだけに病理は深い」

 

「己もまた、大差ない醜さを普段発揮しているということにほとんどの者が気づかないのだ。気づいていても、目を逸らすのだ。

 殴り返される覚悟もなしに人を殴る。極端に言えばそういうことで、もっと言えば別に殺されはしないだろうと勝手に高を括っている。その証拠がIS学園という学園だ」

 

「現代でいうところの、いわば戦神館のようなものでな。IS操縦者育成用の特殊国立高等学校であり、ISの技術、ないし操作を学ぶ場所だ。先ほどISは驚異的な戦闘力を持っていると言ったが、普及しているこの時代では競技の枠に落とされていた。それによって争いが持つ陰惨さを薄れさせたのは勇気ある決断だと思っている。

 だがな……だからといってISが兵器の側面を持つことを忘れていいわけではない。

 なぁ、我が友よ。信じられないことだが、IS学園の生徒はな、自分たちの所持する物の危険性を全く理解していないのだ。ISには「絶対防御」というものがあってな。これがある限り、例えIS同士が戦っても何の危険もないのだと。

 俺は彼女達の正気を疑った。ISが優れたものだということは理解できるし、納得もしよう。だが、どうして絶対に安全などと言えるのだろうか。男と女が戦争すれば一週間も保たないと自分たちで口にしているにもかかわらず。高を括っているとは、つまりそういうことだ。

 自分たちが操縦する存在が兵器でもあることを忘れ、覚悟なく搭乗する。子供が凶器を玩具だと言っているのと何が違うというのだ?」

 

「これも平和という概念によって湧き出した蛆の一つ。平和で平和で銃も刀も持たないから、それ以上に危険な存在を所持しても危機感を全く持たない。持てない。

 実に素晴らしき日々……なのだろうかなあ。俺は悔しくて泣いてしまったよ。人間とはそんなものでよいのだろうか」

 

「権利とは、自由とは、夢とは、そして尊厳とは――そこまで安く下卑たるものか? 何尊く光り輝くものは、時代の流れや見方使い方の些細な変化で、容易く醜態を晒す程度か? 男が女を守ることが古臭いと吹聴され、それを受け入れる男共。覚悟を持たず兵器を操縦し、また当人でもないにも関わらず甘い蜜を啜ろうとする女共。そんな奇形児が蔓延する……ISという存在一つで世界は、人間は、こうまでも堕落するのか?

 俺は違うと信じている。普遍でかつ不変たれと、人の歴史(あらや)に謳いあげたい。盧生としてこの身が描く夢はそういうものだ。

 掴みとり、勝ち取ってこその生ではないか。だからこそ勇気の賛歌がまぶしく諸人を照らすのではないか。

 お前なら分かるだろう、友よ。

 生きるということに誰よりも真摯なおまえなら」

 

「俺は魔王として君臨したい。人の輝きを永遠のものとして守るため、絶対不変の災禍となろう。

 そこに男女の差などない。俺に抗い、立ち向かおうとする雄々しい者たち、その勇気を未来永劫絶やさぬために。男が自らの矜持を忘れず、女は彼らに対して尊敬を忘れない。誰も彼もが自らの輝きを発せられる、そんな世にするために。

 それこそが我が楽園(ぱらいぞ)。生涯かけて追い求める、我が悲願にして夢である。

 セージ、そういうことだよ。理解してもらえただろうか」

 

「甘粕……」

 

 熱のこもった、しかしどこまでも当たり前のことを述べているだけという態度の男に対し、彼の友である逆さ十字―――柊聖十郎による率直な感想をもってこの話は終わりを告げる。

 

「貴様、やはり狂っているよ」

 

 そして勇者は今日も魔王への階段を上っていく。




一発ネタ。続きません! IS見てたら思いついただけなんです!!
甘粕なら恐らくこれくらいは言うんじゃないか、と。
でも実際のところ、甘粕はISの世界は嫌いでもISそのものは嫌いじゃないと思うんです。そして奴なら気合と根性と勇気でIS動かせそうな気がする……。

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