甘粕正彦が見た未来がISだった件   作:雨着

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後半からはBGM「アラヤ」を聞きながら読むことを推奨します
※↑はあくまで作者の好みです。ご注意ください。


第十五話 奇跡

 ああ、自分は何をしているのだろうか。

 

 先程まで漠然と眺めていた光景。それは一方的な蹂躙劇(ワンサイドゲーム)。少し前までの苦戦などただのお遊びにしか見えない圧倒的戦力差。

 別にあそこにいた三人が最強とは思ってはいなかった。別に専用機という存在が至高とは考えてはいなかった。

 だがそれでも、少なくとも実力のあるセシリアや鈴が歯が立たず、そんなものは塵でしかないだろうと言わんばかりに彼女達を踏みにじる怪物の姿は、信じられるものではなかった。

 

 ああ、自分は何をしているのだろうか。

 

 目前にある現実はもはや現実ではない。非日常という名の地獄。もっと言うならあれは架空の登場人物(キャラクター)だ。二次元の存在を三次元にいる人間が何もできないように、彼らではあの怪物には勝てない。当然だ。これは格の差などという次元ではない。住む世界が違うのだ。

 いくら強くなろうと、極限にまで己を高めようとそんなものなど無意味。空想の怪物は強いのだ。そういう風に作られており、それを倒すのは同じ空想の主人公(ヒーロー)の役目。

 そして、ここに主人公はおらず、故に全滅は必至。

 

 ああ、自分は何をしているのだろうか。

 

 分かっていたはずだ。

 ISに搭乗している、しかも専用機持ちの三人が何の抵抗もできないまま、まるで雑魚のように薙ぎ倒されるその姿を見て、何の装備も準備もない自分が行っても無駄だということは。

 理解もしていたはずだ。

 生身の状態である人間が戦いに加わったところで何ができるわけでもない。むしろ、邪魔になるだけであり、足でまといになるだけだ。

 結論から言えば、彼女が持っていた選択肢はただ一つ。息を潜めてただじっと待つこと。そうすれば運良く助かる可能性も出てきたかもしれないのだ。

 それが普通。それが常道。それが当たり前の行動。

 

 ああ、だというのに。

 世良聖はこうして血反吐を吐き、体中の痛みに耐えながらも戦場に立っていた。

 

「せ、ら……ば、馬鹿!! 何してんだよ!!」

 

 織斑一夏は聖に向かって叫ぶ。当然だ。状況を鑑みれば彼の言葉は正しい。聖の行動は単なる自殺行為にしかみえないだろう。それこそ、阿呆で馬鹿な姿に見えたのかもしれない。

 しかし、だ。

 

「それは……こっちのセリフよ」

「え……?」

 

 聖から言わせてもらえば、一夏が取ろうとした行為は絶対に認められないものだった。

 

「分からないならもう一度言ってあげるわ……何簡単に諦めてんのよ」

 

 聖の言葉に一夏は呆然としていた。

 何を言っているのか理解不能。

 そんなことを言いたげな彼に対し、聖は続けて言い放つ。

 

「生き残るのが難しいから? 死んだ方が楽だから? だからさっさと諦める? ふざけるなよボケッ、人生舐めるのも大概にしろッ!!」

 

 怒気の混じった言葉の口調は少しいつもと違っていた。

 ああそうだ。自分は、世良聖は怒っているのだ。この程度(・・・・)のことで命を捨てようとしていた彼に対し、どうしようもないくらいの怒りを感じていたのだ。

 

「生きることは厳しいし、辛い。嫌なことだって沢山あるし、ロクでもないことにも巻き込まれる。死にそうになることだってあるかもしれない」

 

 それは今まさにこの状況のことだ。

 絶対絶命。四面楚歌。この絶望的状況において、それでも彼女は言うのだ。

 

「でもね……それでも生きるのが人生なのよ。生きて生きて、なんとしてでも生き続ける。あがき続ける。抗い続ける。続けなきゃいけない! それが人間なのよッ!!」

 

 可能性がわずかでもあるのならそれを掴み取る。ないのなら作り出す。それくらいの気概が無くて一体全体どうするというのだ。

 それがただの日常の中だろうと、命が懸かった非日常でも関係ない。

 全身全霊で生き続ける。それが人間という存在だ。

 だから……。

 

「逃げるな、甘えるな、立ち向かえッ!! 男だろうが女だろうが、関係ない。自分は人間だと言い張るのなら、生きてそれを証明して見せろ、織斑一夏ッ!!」

 

 その言葉に、信念に織斑一夏は混乱している。彼にとってみれば今のこの状況でそんなことを言い出す彼女の方が頭がおかしいと考えているのかもしれない。

 しかし、聖にとってはそんなことは関係ない。結局彼女はただ、気に入らなかっただけなのだから。

 死の恐怖。それを聖はよく知っている。死ぬかもしれないという状況を、彼女は何度も体験したことがあった。だから織斑一夏の気持ちもある程度は理解できているつもりだ。

 だが、その上で彼女は彼に生きろという。

 

「もしもここまで言っても分からないようなら……わたしが見せてやるわよ」

 

 激痛を押し殺しながらも彼女は敵の前へと立つ。

 それはただ単に我慢強い……というわけではない。むしろ、我慢の限界など当の昔に超えている。気概や勇気や覚悟……そういった諸々だけで動いているようなものだった。

 彼女はただの一般人だ。ISの適正が高いわけでも、この状況に対して何かしらの事情を知っているわけでもない。普通の価値観を持つ、病弱な少女に過ぎない。

 この状況をどうこうする技術どころか、鍛錬され訓練された肉体を持っているわけでもない。

 無論、恐怖を感じていないわけではない。今とて体が震えて仕方ない。

 しかし、それでも彼女は雄々しく言い放つのだ。 

 

「さぁ、かかってきなさい!!」

 

 それはものを知らないからという理由もあるかもしれない。ただの蛮勇であり、愚か者なのかもしれない。実際、戦闘の玄人ならばこんな馬鹿げた形で戦いを挑むなんてことは絶対にしないだろう。こんなことは誰にも褒められることでもないし、そんなことは彼女も望んでいない。

 ただ、ここで自分は立ち向かわなければならないと思ったから、しているだけなのだ。

 

『ヨク吠エル人間ダ。ソシテ愚カナ。ソコノ男ヲ見殺シスレバ、アルイハ助カッタカモシレント言ウノニ』

「ハッ、そんな真似、するわけないでしょ。だってわたしは……」

 

 そうだ。誰かを見捨てるようなことなど、できるわけがない。

 何故なら自分は――――

 

「わたしは『あの人』達に……千信館に育てられたんだからッ!!」

 

 

 

 

 

 その事に誇りを持ち、そして貫かんがために。

 これが、これこそが自分が彼らから、彼女らから受け継いだ心であり、間違っていないと確信したその瞬間、(きせき)は現実となる。

 

 

 

 

 

『何……ダト……』

「これは……」

 

 気づくと聖はいつの間にか奇妙な発光現象に包み込まれていた。

 そして理解する。これがこの場にいる誰かの仕業ではなく、とてつもなく大きな意思による干渉のためだということを。

 だが一方で、これは悪影響を及ぼす攻撃ではないことも何故だか知ることができた。

 何故ならば、彼女の体を蝕んでいた激痛が和らいくのだ。癒しというものがこういうものなのだと聖は感じていた。

 そこに害意はない。ただ真摯に厳しく、そして優しく見守るような。

 讃え、慈しみ、鼓舞するような。

 

 父のようで母のようで、兄のようで姉のようで。

 そして何より、どこか懐かしい暖かさがそこにはあった。。

 

 時代を超えた戦の真が、世良聖の中へと流れ込んでくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『それは人を思いやり、標にならんとする仁の心』

 

 

『愛し、守り慈しむ、生を敬う義の心意気は普遍でかつ不変ならば』 

 

 

『境界に礼を払うからこそ過たない。律する心は自己の誓いと共にあり』

 

 

『その真髄は慧眼に。あるがまま見通す覚悟を持って智の心を磨がいい』

 

 

『なぜなら誰がために己があるかを知る限り、忠の輝きに負けはなく―――』

 

 

『偽りなく己の真をさらけだせば、(あまた)(いのり)に晴らせぬ闇は存在しない』

 

 

『よって考心、継いで報いることを誇りとすれば俺は応える、いつだとて』

 

 

『我も人、彼も人。己があるからこそ忘れてはならない(きずな)を守れ』

 

 

『それこそが―――――』

 

 

『仁義八行、如是畜生発菩提芯

 ―――愛する我が子孫よ。この朔を切り払え』

 

 

 唐突に頭の中に響き渡る誰かの言葉。

 けれども聖はこれが自分に向けられた言葉ではないことをすぐに理解する。

 彼女は今、立ち聞きしているに過ぎない。この奇跡の主がここにはいない『別の誰か』に送っている言葉だからこそ、自分には聞き取れないのだ。

 しかし、それでも聖には分かる。

 それは祝福であり、激励であると。今、希望でもある究極域の夢が今ここに顕象したのだと。

 

 

『眷属の許可を与える』

 

 

 力が沸く、体が軽い、魂が震える。

 己の変調に戸惑う聖。けれども、最後の言葉はそんな彼女に向けられたものだった。

 

 

『そして君にも感謝を――――ありがとう、俺達の心を受け継いでくれて』

 

 

『さぁ行け。そしてあの夢の残骸に戦の真を見せてやれ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、聖は自分の身に何が起こったのか、それを真実把握してはいなかった。否、聖だけではない、一夏も鈴もセシリアも……敵でさえ理解した者はいないだろう。

 だが、それでも聖は確信していた。

 今ならば、できる、と。

 意識を統一し、集中させる。

 

 想像(イメージ)想像(イメージ)想像(イメージ)

 

 それはいつも夢の中で行っていること。ああそうだとも。ここは夢ではない現実だ。(あちら)の中のできごとを現実(こちら)へ持ってくることは不可能だ。傍から見れば目の前にある恐怖に対し、現実逃避をしているだけのように思われるかもしれない。

 しかし、そうではない。そうではないだ。

 何故ならば、聖は理解していたから。

 この光は、そんな不可能を可能に変えてくれる、唯一の希望なのだと。

 

 創造(イメージ)創造(イメージ)創造(イメージ)

 

 想い、念じ、そして確信を現出させる。

 ああ、そうだとも。今の自分にならばこれくらいのことはできて当然なのだ。

 何故ならば、これは自分一人の力ではない……名前も知らない、『誰か』が自分を認め、信頼し、その上で授けてくれた希望(きせき)なのだから!

 光が彼女を包み込み、現実のモノとなっていく。

 聖が顕現させたのは『ラファール・リヴァイヴ』。夢で彼女がいつも使っている機体。しかし、いつもとは違い、その色合いは黄色に染め上げられていた。

 正直なところ、聖にとって把握しきれないことが多すぎる。

 けれども、そんな中でも彼女は確信していた。

 自分は勝てると―――こんな奴に負けなどしない。今、そのための力を貰ったのだと理解したのだ。

 

『カッ、ハ――――――』

 

『ハハハ、アハハハハハハハハ――――――ッ!!』

 

 怪物は、化物は、人外は嗤う。

 それはまるで喜ぶかのように。懐かしむかのように。そうではなくてはと言うように。

 それこそが、『彼女』が待ち望んでいたモノだと言わんばかりに。

 

『久シイナ、コノ感覚ハ……ダガ、ダカラドウスル? 所詮ハ同ジ土俵ニ立ッタニスギン。貴様ガ勝利スルコトナド、出来ハシナイ』

「だからどうしたっていうのよ。無駄口叩いてないで、さっさと来なさい!!」

 

 そんな聖の言葉に、しかして『彼女』は笑みを浮かべる。

 そして―――。

 

『行クゾォォォッ!!」

「来ぉぉぉい!!」

 

 次の瞬間人外と奇跡が、激突した。




そういうわけで、見事眷属入りできた聖ちゃん。良かったね!
……はい。色々言いたいことがあるでしょう。文句もあることでしょう。ご都合主義だと思っているでしょう。それら諸々は感想にて。
でも、私は後悔していません。だって最初からこれがやりかったのだから。

ちなみにミイラキーラの実力ですが、本来の力はありません。ただし、ISのバリア越しでダメージ与えるくらいの力はあります。
聖が無事だったのは、軽く腕でなぎ払った程度で、全く力は入っていなかったためです。

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