甘粕正彦が見た未来がISだった件   作:雨着

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巌窟王、全話見て感動しながら執筆していました……。
※巌窟王はアニメの方です。ご注意ください。


第十六話 奮闘

 物語に置いて、怪物とは強い生き物として描かれる。

『ベオウルフ』のグレンデルしかり、『大江山』の酒呑童子しかり、『西遊記』の牛魔王しかり。

 そして『彼女』もそれらに類する存在だ。

 

 獣であり、人外であり、化物。そう認識されることによって『彼女』の力は爆発的に跳ね上がる。そこに考える、などというものはない。獲物を喰らう行動に頭を使う必要性など皆無。あらゆる反射と本能で、持ち得た能力うを思うがまま撒き散らす。

 無論、人の矜持、などというものはあるわけがなく、けれどもだからこそ、『彼女』は人間では成し得ない力を兼ね備えていた。

 人性を捨て、理性を捨て、悪辣奔放な人食いへと堕天した『彼女』は、それ故に強い。例え全快ではなくてもその恐ろしさは既に証明されていた。

 ISという競技道具の名を持つ兵器とて、『彼女』には歯が立つわけがない。

 そしてISとは世界において世界最高の戦闘力を持つ。

 結論を言えば、今この世界において彼女以上の戦闘力を持った兵器はない、というわけだ。

 だからこそ、『彼女』は自分が負けることなどあるわけがないと確信していた。こんな堕落した世界の人間に敗れることなどありはしない、と。

 だというのに……。

 

『ナ、ゼダ……』

 

 口から出たのは疑問の言葉。

 自分は手を抜いていない。全力で目の前の獲物を狩っている。速さも強さも何もかも、人間などとは比べ物にならない。

 自分は魔獣。故に勝てる人間などいるわけがなく、有象無象を蹴散らすはずだ。

 だというのに……。

 

『ナゼ、貴様ハ私ト互角ニ渡リ合ッテイル!?』

 

 未だ倒れない敵に対し疑問を抱く『彼女』に聖は簡潔に言う。

 

「さぁね!!」

 

 言葉と共に銃弾を放つ中で彼女は思う。それはこちらの台詞だ、と。

 聖はこの前からずっと奇妙な夢を見続けている。最近ではその夢にもやっと慣れてきた状態で今、こうして戦えているのはそのおかげでもある。

 しかしそれだけではこの状況に説明がつかない。相手は常識の範疇など当の昔に食い破ったであろう存在。本来ならば、自分はとっくに惨殺されていてもおかしくはない。いや、そうでなければならないはずだ。

 この矛盾の答えがあるとすれば、それは……。

 

「あんたが弱くなったからじゃない!?」

『ホザケッ!!』

 

 叫びと共に放つ死の一撃。

 しかし、目前の少女はそれを意図も簡単に回避し、銃弾の嵐を浴びせてきた。無論それはただの銃弾ではない。自分と同じ法則の力によるもの。

 銃弾は『彼女』の体を貫通していく。そこまではいい、先程から何度も何度も食らっているため、当たったことに対し思うことはない。

 けれど問題はそこから。

 即座に傷は治癒されるはずだというのに、その治りが先ほどよりも遅くなっているのだ。

 

『コレ、ハ……』

 

 信じられない、と言わんばかりの声音。どうやら想定外のことが起こっているようだ。しかも、それは敵からしてみればその原因が全く分かっていないらしい。

 正直、聖にもどうして傷が治りにくくなったのか、それは分からない。だが、これは聖からしてみれば好機以外の何者でもない。

 再び攻撃をしかけようとした瞬間。

 

『チィッ―――!!』

 

 魔獣の眼光が光る。

 けれども、聖は造作もないかの如く、その不可視の一撃を避けた。

 

「それからもう一つ、言っといてあげるわ……さっきから『視えてる』のよ、そのデカ物がっ!!」

 

 今の聖の目にはっきりと認識できる。

 キーラの背後……彼女と繋がっているかのような人型の影。いいや、この際だ、はっきりさせておこう。そこにあったのは、肉の塊。十メートル、あるかないかの巨体はその各部、すべて『人間』で構成されていた。まるで一つの生き物の如く密集して組み合わさっている。

 ある者は顔の一部として。

 ある者は腕の一部として。

 ある者は足の一部として……。

 それは統率された獣の連携であり、真の姿。人の輪郭を帯びてはいるものの、この大怪物こそは人間を超え、さらには獣すら超えた魔獣……否、超獣と言うべき存在。

 もはや疑いようがない。これこそが『彼女』の本性だと理解する。そして同時に先程からの謎もすでに解けていた。

 

「セシリアをやったのは、そいつの仕業だったってわけね」

 

 最初のセシリアを吹き飛ばした不可視の脅威……指先一つ動かさずに、彼女を戦闘不能にまで追い込んだ異能の正体。

 種を明かせば何の不思議もない。ただ自分達はあれが見えていなかっただけなのだ。あれだけの巨躯が見えない状態で殴りにくれば、なるほど、見えない衝撃波で攻撃されたと思うのは道理だ。

 けれど、それももう通用はしない。不可視の正体を見破った時点で、それはもう不可視ではないのだから。

 

『薄汚イ人間風情ガ……ヨクモ……私ノ姿ヲ……見タナァァァァァッッ!!』

 

 激昂と共に超獣は猛威を振るう。

 しかしそれに対抗するかの如く、聖もまた空を駆ける。

 

 

 

 

 さて、そろそろネタばらしをするとしよう。

 この場にいる誰もが気づいてないが、聖が言った言葉はある意味で正しかった。

 

 かつての『彼女』……キーラ・ゲオルギエヴナ・グルジェワならば、こんな状態にはなっていなかった。かつて彼女を倒した少女でさえ、相性の問題があったからこそ、何とか倒せたようなもの。

 当時なら再生が遅れることも、本来の姿が見られてしまうことも有り得なかった。特に後者はキーラにとっては十八番のようなもの。その巨大な姿を隠蔽・偽装するのは高度な技術であり、ある程度の実力が無ければ感知すら不能なはずなのだ。

 けれども現実は、未だ力を持って間もない聖によって簡単に看破されてしまった。

 それは何故か。

 

 答えは単純明快……ここにいるのはかつてのキーラではないからだ。

 

 聖が相手をしているのはあくまでキーラの死体であり、残骸だ。その力はまさしく残りカスそのもの。本来の十分の一……それ以下の力しか残っていない。それだけでもISを相手に圧倒的な力の差があるのは事実。そもそも十全の彼女ならばISのシールドなど関係なく、軽く殴っただけで搭乗者ごとミンチにしているのだ。

 

 問題だったのは、彼女が自分の力が劣化していることに気づかなかったということ。

 そして、そんな状態なのにも拘らず、わざわざ大ダメージを受けた、ということ。

 

 確かに織斑一夏の一撃はキーラにとっては何ら痛くもない代物だった。あの程度のものなどかつていくらでも味わったことのある彼女からしてみれば虫に刺されたようなものだ。

 しかし、破損した自らの体を治癒するにはそれなりの力が必要であり、劣化した彼女ではそれをカバーできる程の力を持っていなかったのだ。治癒はしたものの、力そのものがさらに衰えたことにキーラは気づくことができなかった。結果、治癒能力は下がり、隠蔽していた己の姿まで曝け出すハメになった。

 

 

 結論を言えば、だ。今の彼女はダメージを受ければ受けるほど、力が大幅に劣化していく、ということだ。

 例え『急段』という力で怪物のように成長しても、劣化の方がそれを上回ってしまう。

 

 そして、彼女はもう一つ見落としていたものがある。

 ここにいるのは、何も聖だけではない、ということを――――――。

 

 

 

 

 聖はキーラの力が衰えてしまっていることに気づいていた。しかし、同時にそれでも尚次々と繰り出される連撃を避け、その中で隙を見つけ、銃弾を当てることが精一杯でもあることも理解していた。

 ダメージは与えている。けれども、それだけではダメだ。聖の纏うのは夢から現出されたIS。本来のラファールよりも高性能であり、彼女の思うがままに軌道を描き、銃弾も限りなど存在しない。

 しかし、思うがまま、というのにも制限と限度がある。例えば破壊力。これは本来のラファールと同等しか発揮できない。貫通はするものの、結局それだけ。再生が遅くなっているとは言え、治癒そのものはしているのだ。

 決定的な一打が足りない。

 歯がゆい感情はやがて焦りを生じさせる。

 そしてそんな隙を、しかしてキーラは見逃さない。

 音速を超える拳が聖の目前に迫る。

 

「しまっ……」

『貰ッタァァァァアアアアッ!!』

 

 叫びと共に放たれる一撃。そこからはどう足掻いても回避することは不可能。ならば防御かと問われれば、それは賢くない選択。衰えて続けているとはいえ、それでも一撃でISもろとも聖を戦闘不能にすることくらいわけはない。

 まずい……そんな言葉が彼女の頭を過ぎったその時。

 

 一発のレーザー攻撃が、キーラの体に直撃した。

 

『ナ、ニィッ……!?』

「これは……」

 

 驚くキーラとは裏腹に聖はそのレーザー攻撃の正体を知っていた。

 ふと見ると、先程壁に激突し動けなくなっていたセシリアが、スターライトmkⅢを構えながら、不敵に笑っていた。

 

『援護はお任せ下さいな。微力ではありますが、動きを一瞬封じるくらいのことはできますわ』

「あんた……どうして……」

『どうもこうもありません。あれだけのことを言われて、黙っていられるほどセシリア・オルコットは情けなくはありませんわ』

 

 倒れながら、意気消沈した状態。絶望という地獄の中で、聖の言葉(ひかり)がセシリアを奮い立たせた。

 あの少女が、自分に道を示してくれたあの人物が、再び覚悟を決めて戦場に立っている。何の装備もなく、何の策もないのは明白。

 それでも、世良聖の叫びは、セシリアの心に確かに届いたのだ。

 そして、それは何もセシリアに限った話ではない。

 

「全くその通りよッ!!」

 

 声がしたと同時、見覚えのある壊れかけの青龍刀が、背後からキーラを襲う。

 顰めっ面で回避し、距離を取るキーラ。

 そこにいたのは、額から血を流しながらもやはりというべきか、笑みを浮かべる鈴がいた。

 

「鈴……」

「人が倒れているところに、色々と言ってくれたわね……でもまぁ、あんたの言葉は確かにあたしらの心に響いたわ。ええ、そうよ。こんなところで死ぬわけにはいかないものね」

 

 言いながら、片方が既にイカレてしまった青龍刀をまるでバトンのように回す。

 そして、勢いよく地面に突き刺すと、鈴は高らかに告げた。

 

「あんたもそう思うでしょ、一夏!!」

 

 瞬間。

 自らが持つ刀を杖のようにしながらも、呼ばれた少年は震えながらもその場に立った。

 その震えは積み重なった痛みのよるものか。それとも目の前にある脅威によるものか。

 それは少年自身にも分からない。けれど、一つだけ言える……言いたいことがあった。

 それは……。

 

「ああ……そうだ……そうさっ、俺は、俺たちは……まだ……諦めるわけにはいかないっ!!」

 

 その瞳にはまだ絶望の色は存在する。恐怖はそう簡単には拭えるのもではない。

 しかし、今の彼には別のものも宿っていた。

 それは熱く、強く、光輝くもの。未だ小さく、微かなものではあるが、しかし確かにあったのだ。それだけ確認できれば、もはや聖が言う事はない。

 セシリア・オルコット。凰鈴音。そして織斑一夏。

 彼らは応えてくれた。自分の言葉を、叫びを、覚悟を、確かに聞き届けてくれたのだ。

 ならば、ここから先、やることはただ一つ。

 少女は機械の翼を広げ、高らかに言い放つ。

 

「行くわよッ、あんた達ッ!!」

『「「―――応ッ!!」」』

 

 そして銃弾が、刃が、レーザーが、衝撃砲が――――――乱れ舞う吹雪のように撃滅の鳳仙花を咲かせ続けた。

 連携しての攻撃。それは未だぎこちなく、ところどころ合っていない部分もあった。それはそうだ。何せ彼女達は個人戦のスペシャリストであっても、チームプレイなどしたことがなかったのだから。

 だが、それでも彼らは共に戦うことで補い、隙は埋め、機会を作っていた。

 無論、聖を除く、三人の攻撃はキーラにとっては微々たる痛み。だが、それでも体が傷つけば傷つくほど、彼女はますます劣化していく。

 

『邪魔ダァァアアアアッ!!』

 

 咆哮する超獣。

 狂乱しながら絶叫し、突撃する。その全身は少しずつではあるが、崩れ始めていた。もはや彼女の体は限界に誓い状態だったのだろう。しかし、それすら見えていないのか、それでもキーラは暴走し続ける。

 それは怪物ゆえの矜持、というべきなのか。例え自分が劣化していることに気づいたところで本能を抑える必用などない。

 好きなように獲物を喰らい、貪りつくして蹂躙する。暴虐こそが自分の存在そのもの。

 故にこの程度の連中に敗けるわけがない。

 

『ミクビルナヨ子兎ィッ! コノ程度……草食獣が哂ワセルナァッ!』

 

 故に獣は彼らの攻撃をもろともせず、特攻を仕掛け続ける。

 牙が、爪が、凶刃が、嵐のように振り回される。

 

『死ネヨ、極東ニ棲ム下賤ノ猿ガ。

 私ハ、我ラハ鋼牙、狼ダ! 見下スコトナド断ジテ許サンッ!』

 

 既に彼女は攻撃を見抜くのをやめていた。そんなことよりも単純な力押しで責める方が実に合理的であり、この束縛めいた状況から脱出できると考えていた。なるほど、確かに施錠された扉の鍵をどうにかして開けようとするよりは、扉ごと壊す方が彼女のやり方に合っている。キーラという怪物だからこそ出来る技、というべきか。

 

 しかし、それこそが勝敗を分かつ一手となる。

 

 確かに『生前』の彼女ならば自壊を厭わない突破は何の問題も無かった。それこそ超回復能力によってどうにでもできたのだろう。

 けれど何度も言うように、彼女はもはや劣化品。既にその治癒は無いにも等しいものに成り下がっていた。

 

 四肢を撃たれ、胴体を斬りつけられる。

 傷を負う度にキーラは弱くなっていく。先程まで全く効いていなかった攻撃も通用するようになり、速度も硬度も落ちるところまで落ちていた。

 

『何故ダ、何故ダ、何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故――――――』

 

 自分が追い詰められていることが信じられない怪物はそんな言葉を吐き続ける。

 しかし、彼女がこれまでに追い詰められるのは別に劣化していたから、という理由だけではない。そもそも劣化するならそれなりの戦い方をすればよかったのだ。劣化状態であろうが、ISや力を開眼させたばかりの少女達など敵ではなかったのだから。

 しかし、キーラはそれをしなかった。

 何故なら、そんなものは人間のやることだからだ。自分の状態を鑑みて、それにあった戦法を取る。そんな人間らしいことなど、獣の誇りを持つ彼女にできるわけがなかった。

 人間など所詮下らん生き物。下劣で下賤でどうしようもなく醜い存在。

 そんな考えだから、彼女は才能はありながらも『■■』になれなかったのだ。自分が掴み取ろうとしているものを自分自身で否定している彼女に本当の意味での勝利などありはしない。

 

 そして何より彼女は一つ大きなことを忘れていた。

 物語の中で強い怪物が出てこようとも、その怪物は最期には必ず倒されるということを。

 そして。

 

「セシリアッ!」

『はいっ』

 

 セシリアのスターライトmkⅢが右足を打ち抜き。

 

「鈴ッ!」

「分かってるわよっ!」

 

 鈴の青龍刀が左腕を切り裂き。

 

「織斑ッ!」

「任せろぉぉぉおおおお!!」

 

 織斑一夏が左足を真っ二つにした。

 

 もはやキーラの体は治らない。両腕両足を切断、破壊された彼女は無防備そのものだ。

 そして。

 

 

「行けぇッ、世良!」

「やっちゃいなさい、聖!」

「後は任せましたわ、聖さんッ!」

 

 

 送られる声援。

 それらに温かみを感じ、感謝をしながら、世良聖は駆け抜ける。

 

「これで、終わりよッッ!!」

 

 両手に握られるのは、彼女が創造した一本の日本刀。

 名も無く、歴史も無く、ただ今の一瞬で造りだされたそれは、しかして彼女の魂が宿っていた。

 直進し、加速し、そしてそのままその日本刀を―――――突き刺す。

 

『ア、ガ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 断末魔を上げる獣に対し、聖は最後に言い放つ。

 

「死人はあの世で大人しくしてなさいッッ!!」

 

 その言葉が届いたのかどうか、聖には分からないまま、怪物であった死者は崩れ、そのまま塵のように消えていく。

 瞬間、訪れたのは静寂。

 先程まで阿鼻叫喚の戦闘がまるで嘘のようなまでの静けさがそこにあった。

 あまりにもあっけからんとした状況に、一同が驚く中でけれども分かっていることが一つあった。

 

 悪夢(じごく)は、終わったのだ。




これにてキーラ(ミイラ)戦は終了です。
短く感じた方もいるかもしれませんが、あまり長くやっているとどこぞの馬鹿が暴れだすので……。
次回か、その次かで一巻部分は終わります。

PS
感想にていくつか前話の伏字部分が読みづらいという意見がありました。もしも他にもおられるようなら、伏字ではなく普通の文章に直そうと思っています。
ご意見がある方は感想にてお願いします。

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