……はい。すみません。調子乗りました。ごめんなさい。
※ここから出てくるのは甘粕の子孫であって、甘粕本人ではないのであしからず。
新入生の自己紹介とは大体出席番号順と相場が決まっている。
だからこそ、『あ』から始まるその人間が最初の方で挨拶するのはごく自然な流れだったのだろう。
新米教師がはりきっているというか空元気というか、とにかく静まり返った空気を何とかしようとして各々の自己紹介を進めていく中で、そいつの番が回ってきた。 ――後にその人間の存在が大きな波紋を呼ぶとは知らずに。
「では早速だが自己紹介をさせてもらおうか。私の名前は
大仰な台詞だ、とそこにいる誰もが思ったに違いない。しかし誰もそのことを口にすることはおろか、邪魔する者は誰一人として存在しなかったのだ。何というか、似合っているというか、自然なのだ。ここにいる他の誰かが同じことをすればきっと芝居掛かっていると見抜かれるが、しかしその人物は違う。その言葉には一切の嘘偽りはなく、己の真を口にしているのだ。
「と、まあ本来ならばここまでにしておくべきか、あるいは己の趣味趣向を口にするべきなのだろうが、この場を借りて言っておきたいことがある。諸君らは今の世についてどう思う?」
だらこそ、だろうか。
これから喋る事柄について誰も口を挟まなかったのは一種のカリスマ性というべきなのかもしれない。
「ISという道具の出現において世の中は変わった。女尊男卑、という言葉が耳に入ることが多くなっているはずだ。ISは女にしか扱えない。だから女は男よりも価値があると。そんな馬鹿馬鹿しい論理を口にする輩が少なくない今の世界をどう見ている?」
「私は歪んでいると思う。誤解をしてもらっては困るが、私はISを否定する気は毛頭ない。人が宇宙へと飛び立つために作られ、そして今では自由に空を飛べる。何ともロマンと夢があるじゃないか。それを軽蔑するほど私は心の捻れた人間ではない」
「故に私が問いたいのはそれを扱う人間の方だ」
「ISは女にしか使用することができない。そこにいる一部の例外を除いてはそれは正しく真実だろう。ISという『武器』を所持する諸君らは確かにそれを使用することができない男からしてみれば脅威であることは変わらない」
「だがな、脅威であることと強いことは同じではない」
「例えばの話をしようか。小さな子供が実弾の入った拳銃を持っていたとしよう。それは周りにとっても子供自身にとっても脅威だ。いつ発砲されるか分からない状況というのは極めて危険と言えるだろう。だがな、この子供は果たして強いと言えるのだろうか? 私は否だと考える。自分が持っているものが凶器ではなく玩具だと認識している子供がどうして強いと言えるのだ? それは強いのではなくタチが悪いというのだ。そしてこれらは諸君らにも言えることだろう」
「何度も言うようだがISは素晴らしいものだ。それは認めよう。納得もしよう。だがだからと言って『兵器』にもなりうるということを忘れてはいなか?」
「数年前に起こった『白騎士事件』。それが全てを物語っている。ISがただの宇宙空間でのスーツではないと証明し、そして現在に至っているわけだ。スポーツの中に落とし込まれてはいるもののだからと言って脅威が完全に振り払われたわけではない」
「『絶対防御』? 『バリアー』? くだらん。そんなものがあるから余計に人は考えをこじらせてしまう。この世に絶対など存在しない。安全面が確実にある乗り物がないのと同じ様に、ISもまた危険な代物であることには変わりはないのだ」
「つまりは、だ。私は諸君らに責任と覚悟を持って欲しいのだよ」
「相手を殺すかもしれない。それと同時に自分は死ぬかもしれない。そういった覚悟を持たず、当たり前のようにISへ搭乗する。何とも度し難い光景だとは思わんかね? 軍人や警官が武器を玩具だと思いながら所持していたらどうだ? 私はゾッとする。我々はそういった立場にいるのだよ。それをまず認識して欲しい。力を有する者は常にその力に誇りを持っているように」
「私を含む諸君らは何の考えも持たない餓鬼ではない。責任と覚悟、そして誇りを持つ立派な少年少女だと思っている。そしてその上で己の力を磨くべきだ」
「私は差別が嫌いだ。争いも嫌いだ。故に女尊男卑などという言葉も唾棄すべきものだと考えている。だがそれをやめろとは言わん。何故なら人の歴史とは差別と戦争によって日々進化してきたのだから。その不条理に不平等に抗った結果、人は輝きを放つことができるのだから」
「ただこれだけは言わせてくれ。相手を差別するのなら自分もされる覚悟を持て。相手を殴ったのなら殴り返されるかもしれないという認識を持て。そこにいるのはただの案山子ではないのだ。心を持ち、異なる思考回路を持った人間なのだ。それを肝に銘じて行動することこそが相手に対する礼儀というものだろう?」
「我も人、彼も人、ゆえ対等。基本だろう?」
差別を否定しない代わりに対等を訴える。ひどく矛盾しているようでしかし納得のいく言葉だった。要は相手を嫌うのは結構だが最低限相手を一人の人間として認識しろ。そういうことだ。
「私の言葉に納得できない者もいるだろう。否定したいものも無論、不平不満をぶつけたい者もいるはずだ。その時は遠慮なく私に立ち向かってくるといい。私はいつでも相手になる。その怒りを憤慨を私は受け入れよう。そして同時に私は諸君に期待しているのだよ。諸君ならばきっと間違いなく人の輝きを見せてくれると信じている」
「……おっと。少々長くなってしまったか。いやはやつい熱が入ってしまってな。悪い癖だというのは自覚しているのだが性分なのでな」
「では、これにて『自己紹介』を終わるとしよう。最後まで聞いてくれた諸君に感謝を」
それだけ言うと『彼女』はそのまま自らの席に座る。
それ以降、静寂は「織斑一夏」の番が回ってくるまで続いたのだった。
*
時刻は夕暮れ。
寮へと足を運ぶ生徒達の中にいた小さな金髪少女はめんどくさそうに呟いた。
「狂ってる……」
特殊すぎる彼女の自己紹介を聞いた『
ただの挨拶であそこまで特徴的な意見を物申す輩は恐らく世界中を回してもそうはいな。しかもその内容が内容だ。一見挑発的なものであり、ISによって変化した今の世界に対しての意見は即ちここIS学園の批判にも聞こえた。しかし彼女は別段、そんなつもりで言ったのではないのだろう。ただ自分の想いを伝え、それによってクラス中のISへの見方を変えようとしたのだ。結果的には敵を増やすことになってしまったが、それも彼女は承知の上だろう。むしろよーしバッチコーイ的なノリなのかもしれない。
「非常識すぎ。馬鹿なんじゃないの」
いや馬鹿なのであろう。それも相当の。
しかし厄介なのは彼女が言っていることが間違っていない、という点だ。ISについて、世間について彼女が述べたことはほぼ合っている。問題は人間とは本当のことを言われても怒る者は怒る、ということ。現に今日一日聖は彼女とその周りを観察していたが、やはりというべきか当然というべきか、彼女を影で批判する者は多かった。ただ面と向かってそれを口にする者は一人しかいなかった。
そう。一人いたのだ。
名前はセシリア・オルコット。イギリスの代表候補生。典型的なお嬢様且つエリートタイプであり、それ故に甘粕の発言は許せなかったのだろう。
「にしてもあの異常者につっかかるなんて命知らずな奴もいたものね」
内容を要約するとこうだ。先程の発言を撤回して欲しい、とセシリアが言い放ったのだ。実際は高慢且つイラつく台詞のオンパレードだったが、それはここでは割愛する。
しかし一方の甘粕は不敵な笑みを浮かべていた。まるで待ってたかの様なその表情と共にまず出たのはセシリアへの賛辞。自分へ真っ先に挑みに来たことへの勇気は素晴らしいだの何だの。その上で彼女はセリシアの要請を断った。それはそうだろう。あれだけ大口を叩いた人間があっさりと自分の意見を曲げるはずがない。むしろセシリアの考え方に異論を唱え、偏っているとの指摘を与えた。それが火に油を注ぐ行為であると知りながら。
ヒートアップするセシリアを止めたのは授業のチャイム。あれがなければどうなっていたのか分からない。
明日からどうなるのやら。
……そう言えばセシリアは甘粕だけでなく、他の『誰か』に食ってかかっていたような気もしたが……まあいい。覚えていないということはそれだけ
「ま、何にしてもわたしには関係ないことだけど」
結局のところそこにたどり着く。
世良聖にとっての目標とは『生きること』である。抽象的であるもののそれ故に単純明快。具体的な案などは存在せず、彼女にとって学校生活とは平穏に暮らすことが第一なのだ。
面白味の欠片もない目標であるが、しかしそれは彼女の家系が関係してくる。彼女の両親は共に病弱であり、特に母親に関しては重病と言われる程のものを代々継ぐという奇妙な家系となっていた。そしてそれは聖にもしっかりと受け継がれている。小さい頃から病院通いは当たり前。何度か命の危険が伴う手術もした。しかし母親曰く「アンタはうちの家系じゃ間違いなく一番恵まれてるわよ」とのこと。これで恵まれているのなら一体先祖はどれだけ病に侵されていたのだろうか。
とにかく、そんな家に生まれた彼女は普通に生きることですら大変なのである。中学では保健室通いの病弱女などと
ここはIS学園。彼女にとって危険分子がうじゃうじゃいる。その中でも一等気をつけなければならないのはやはり甘粕真琴。あの女には何が何でも接点を持ってはいけない。
「同じクラスという繋がりはあるけど……結局それだけ。普通にしてればあんなのがわたしに目をつけることなんてありえないし」
などと口にしていると目的地まで到着していた。
「ここがわたしの新しい住処、ね」
一年の女子寮。自分がこれから住む部屋の前に彼女はいる。IS学園は寮生活が当たり前であるとは聞いていたが、しかし聖の気持ちは未だ憂鬱のままだった。
その原因はルームメイト。聖の人生の中で人付き合いとは最も苦手とする類だ。何故相手の顔を伺いながら生きていかなければならないのか。そんなことを考える彼女だからこそ両親はIS学園へと入学させたのだが。
……否。正確に言えばそれは父の意見であり、母は別にあった。
「全く、父さんを詰っていじって嬲りたいからって、娘を寮へと放り込むなんて。我が母やながら凄まじいゲスっぷりね」
自分の目的のためなら平気で他人を利用する母。そしてそんな母に魅了され、母すら惚れてしまったどうしようもない草食系の父。そんな家庭環境で育ってしまえば彼女が捻れた性格になったのは必然かもしれない。
まあ、周りに優秀な検事や天才だけど馬鹿な叔母、面倒見の良い蕎麦屋の看板娘、小さな自衛隊員、お調子者のお笑い芸能人、百の顔芸を持つ右翼の娘とその幼馴染である手ぬぐい男、しまいには好奇心旺盛な歩くラッキースケベ女などなど……個性豊かな面子が揃っていたために彼女の捻くれがこの程度で済んでいるのかもしれない。
ともあれだ。
今はもうその人達はいなわけで自分でどうにかしなければならない。
これから会うルームメイトについてもそうだ。
(とにかく最初の挨拶くらいはちゃんとしよう……面倒くさいけど)
などと愚痴を心の中で零しながらドアを開けた。
この時、聖が犯した過ちは二つ。
万が一、億が一にもルームメイトが『彼女』である可能性を考慮しなかったこと。並びに自分の部屋とは言え、ノックの一つもしなかったこと。
それらの原因から聖の目に飛び込んできたのは。
「ん? ああ、同室になった者か。このような格好で失礼だとは思うが、これから一年よろしく頼む」
バスタオル一枚で牛乳を飲んでいた
「……、」
無言のまま直立不動な聖が思ったことはただ一つ。
自分の高校生活はこの時点で確実に詰んだ、ということである。
再びやってきた息抜き。
甘粕の子孫とどこぞのゲスヒロインの娘が主役です。
ちなみに容姿のイメージは
甘粕真琴=チトセ・朧・アマツ(シルヴァリオ・ヴェンデッタ)
世良聖=ゲスヒロインと同じ
という感じです。
超不定期の亀連載になると思いますが、どうぞよろしくお願いします。