※再び甘粕成分無しです。ご注意下さい。
転校生がやってきた。
その言葉はつい最近聞いたばかりのものだった。あれはそう、鈴の時だったか。
あれは二組の話であり、一組とは関係ない話ではあったが、しかしこんなにも短い間に新たな転校生がやってくるなど前代未聞。
しかも。
「なんと、転校生は二人います!」
元気ハツラツ、と言わんばかりな山田麻耶の言葉に聖は耳を疑った。
連続的な転校生、しかもそれが二人。
IS学園は他の高校とは違う。ある種別格な学校だ。だが、それを差し引いたとしてもこんな異例は驚愕ものなのは間違いないはずだ。
ざわつき始めるクラスメイト達。そんな中、教室のドアが開かれた。
「失礼します」
「…………」
二人の転校生が入ってきた瞬間、ざわめきがピタリと止む。
同時にクラスの全視線がそちらへと向けられた。
一人は眼帯を左目にかけた少女。長い銀髪はその小さな背丈の半分程あり、腰まで伸びている。そしてその身体は華奢な、という言葉がしっくりくるものだが、体から出てくる雰囲気が普通の女子高生とは何か違う。歩き方、
姿勢、態度。どれをとってもきっちりしている。女性らしさ、というよりもどこかで訓練を受けてきたかのような
動き。まるで軍人のようだ。
「……、」
無言を貫く銀髪少女に替わり、もう一人の生徒から自己紹介が始まる。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、皆さん、よろしくお願いします」
濃い金髪の生徒。黄金色のそれを首の後ろで丁寧に束ねていることから、手先が器用なのかもしれない。人懐っこい顔立ちで、銀髪の少女とは違う、礼儀正しさを持っていた。こちらは背丈はそこそこあるのだが、同じく華奢そうな体つきであり、繊細な体のラインを醸し出している。
ただ、こちらは銀髪の少女とは大きく違う点が存在していた。
というのも……。
「……男?」
つい口走った言葉はそれだった。
そう。中性的な顔立ちの下に来ている服は織斑一夏が来ているのと同じ男子生徒服。
「はい。こちらに僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国より転入を―――」
と続けて説明をしようとしたその時。
「きゃ……」
「はい?」
「きゃあああああああっ!!」
唐突な黄色い声に少々驚きを見せるシャルル。それはそうだろう。一斉にこれだけの女性陣から歓喜の叫びをかけられれば、いやでもこうなる。
「二人目!! えっ、二人目!?」
「しかもかなり美形!! 守ってあげたくなる系の!!」
「織斑君と違うタイプ!!」
「かっこいいーーー!!」
「いや、あれは可愛いでしょ!?」
わいわいと声を立てて再びざわつく女性陣。そんな彼女達に呆れながらも千冬は一言。
「いちいち騒ぐな。HR中だぞ。静かにしろ」
瞬間、ぴしゃりと声が収まる。流石、というべきか。ブリュンヒルデの異名を持つ織斑千冬の言葉は生徒達にとっては影響力が大きい。
「そ、そうですよ皆さん。まだ自己紹介は終わっていないんですから」
麻耶が言うものの、しかしもう一人の転校生は無言を貫き通す。
銀髪眼帯の少女は騒いでいた女子生徒達を下らないと言わんばかりの態度で見ていた。しかし、それも一瞬のこと。今はただ目を伏せて腕を組んで立っているのみ。
「……挨拶をしろ、ラウラ」
「はい、教官」
言われた瞬間、まるで軍人が上司に対してするかのように敬礼する。その姿を見てやはり彼女は軍人関係の人間であることが匂える。
さらにいえば、千冬に呼ばれた途端に態度を変えた。それはつまり、彼女と千冬は知り合いであることを意味している。
「ここでその呼び名はやめろ。私はもう教官ではなく、お前も、ここでは一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
言うものの、ラウラはぴっと伸ばした手を身体の真横につけ、足を踵で合わせて背筋を伸ばしている。見事なまでの気をつけ、だ。
そして。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「……、」
「……、」
挨拶もこれまた見事なまでに清々しさだ。無論、悪い意味で、だが。
聖も長々しい自己紹介はあまり好きではないが、これはこれで問題があると思う。
「あ、あの、以上ですか……? もっとこう、好きな食べ物とか、これからの抱負とか……」
「以上だ」
あ、はい……と項垂れる麻耶。教師だというのに千冬とは全く別の対応だ。
無慈悲な即答に泣きそうになる教師を他所にラウラはある一点のみに視線を集中させていた。
「……貴様が」
その先にいるのは織斑一夏。
つかつかと足を鳴らし、彼の方へと距離を詰める。その表情は不機嫌、というよりある種の怒りが満ちていた。
そして。
迷いない平手が織斑一夏の頬を叩く。
「っ!? な、何すんだよ!?」
唐突な平手打ちに驚愕する織斑一夏。
そんな彼にラウラは殺気の篭った視線をぶつける。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認めるものか」
それは何かの宣戦布告だったのだろうか。
状況は混乱していた。叩かれた織斑一夏本人もどうして自分が叩かれたのか分からないと言わんばかりの表情を浮かべている。
しかし、確かなことが一つだけあった。
厄介事、襲来である。
*
1組と2組の合同実習が終わった後の昼休み。
聖は食堂にいた。
無論その目的は昼食を食べるためではあるが……しかし、今の彼女は何を食べても味がしない自信があった。
というのも、彼女と共に食堂へとやってきた連れ添いが問題。
いつもなら甘粕がついてきているはずだった。彼女なら、まぁ問題はなかった。人間という生き物は環境に適応するものであり、もはや甘粕の真っ直ぐするぎる、ある意味で斜め上からの言動には既に慣れた。
だが、今回の連れ添いは残念というべきか、喜ぶべきか、甘粕ではなかった。
聖の目の前にいる少女。
銀髪の長髪に左目の眼帯、小柄な背丈。
簡潔に言ってしまえば、ラウラ・ボーデビィッヒがそこにいた。
「……、」
「……、」
周りの雑音に比べてあまりにも静かな空間が聖の周りを支配している。そしてふと、先程不敵な笑みを浮かべながら見ていた馬鹿に聖はどうしようもない怒りを覚えた。いや、彼女のせいではないのは分かっている。が、完全にこの状況を面白がっていたことが腹立たしい。
そもそも、だ
こんな状況に陥っているのは聖の担任である千冬の一言。
『織斑、デュノアの面倒を見てやれ。同じ男子同士だ……そして世良。お前にはボーデヴィッヒの面倒を見てもらう。二人共、日本語は流暢に話せるが、日本の常識には不慣れだ。頼むぞ』
そんな何気ない言葉がこの現状の発端である。
いや、確かに転校生に対し、誰かを付けるという選択は間違っていない。言葉が通じるのはいいが、それでも右も左も分からないことに変わりはないのだ。それが外国人ならば尚更である。そして、男であるシャルルに織斑一夏を付けたのは正しい判断だ。この学園で男は彼しかいないのだから、必然的と言えるだろう。
だが、だ。どうしてラウラの担当が自分になったのか、聖は全く理解していなかった。あの千冬のことだから何か考えがあるのだろうが……しかしこの状況はかなりまずい。
母親からの遺伝なのか、聖は他人との付き合いがそこまで上手くない。現在では周りに変わった連中がいるため、そこまで意識してこなかったが、こうやって誰かの面倒を見る、なんてことはほとんどしたことがない。
故に無言が続くのは当然だった。
そして。
「おい」
「何?」
「いつまで私に付きまとう気だ?」
そろそろ言われるであろう言葉が聖に投げかけたれた。
睨みつけてくるラウラに対し、しかし聖は動じずに答える。
「しょうがないでしょ。織斑先生にあなたの面倒を頼まれたんだから」
「教官の指示に従うのはいい。当然のことだからな。だが、今回に限ってそれは無用だ。私に貴様は必要ない」
「必要あろうがなかろうが関係ないわよ。転校初日からクラスメイトに暴力振るう奴を野放しにしといたら、それこそ心配でしょうが」
その言葉にラウラの目元がまた怖くなる。
しかし聖は自分が言ったことはあながち間違いではないのだと思う。自分が選ばれた理由は定かではないが、それでもラウラ・ボーデヴィッヒには誰かがついていなければならないと何をしでかすか分からない……などという判断を千冬がした可能性は高いはず。
何せ初日、しかも自己紹介の時にやらかしたのだ。お目付け役は必要であるはずだ。
それに抜擢された方からすればいい迷惑ではあるが。
「貴様……私に喧嘩を売っているのか? ドイツの代表候補生であるこの私に対して」
「事実を言ったまでよ。それで腹を立てたってことは、図星ですって自分から言ってるようなものだって理解してる?」
「……貴様」
「それから、余計なお世話だとわかった上で言うけど、自分を代表候補生だって名乗るんなら、それに見合う自覚を持ちなさい」
「どういう意味だ。私には代表候補生の自覚がないと聞こえるが」
「……他国の専用機持ち、しかも世界で数少ないISを操縦できる男に暴力を振るった。これって結構な大事になると思うんだけど」
結構な、どころの話ではない。ラウラの行動が世間に出れば、ラウラは確実に非難されるだろう。さらに言えば、彼女はドイツの代表候補生。事が外に漏れればラウラだけの問題ではなくなってくる。確実にドイツは避難の的になってしまう。
大げさな、と思う連中もいるだろう。だが、代表候補生とはそれだけの立場にいるのだ。候補、となっているが代表であることに間違いはない。代表候補生は様々な特権を持っている。だがその一方でその責任は重大であり、意識を常に持っていなければならない。
「あなたと織斑一夏の間に何があるのかは知らない。嫌いな相手を無理やり好きになって仲良くしろとも言わない。けど、感情に任せて後先考えずに行動することが必ずしも良い方向へ進むとは限らない。特にそれなりの立場にいる人なら尚更、でしょ」
人間は感情を持つ生き物だ。だからこそ、感情に任せて動く時がある。それが悪いこととは言わないが、しかし一時の感情に流されて行動し、後で後悔するなどよくある話である。聖はそれを指摘したまで。
しかし。
「……貴様に、何が分かる」
聖の言葉はラウラの何かに触れてしまったらしい。
「あの男が何をしたのか、知りもしないくせによくもそんなことが言えるものだ。あいつさえ、あの男さえいなければ教官は―――――」
と、そこでラウラは言葉を止める。何か言いたげな表情ではあったが、しかし彼女は続きを言わず、聖に告げる。
「とにかく、これ以上私に構うな。迷惑だ」
きっぱりと言い放つとラウラは席を立つ。
たった一人で食堂を後にする銀髪の少女の後ろ姿は怒りと苛立ちに満ちていた。
そんな彼女を見て聖は、厄介事が増えたことに頭を悩ませるのだった。
そういうわけで、甘粕ではなく千冬からの試練に困惑する聖でした。
何故シャルには一夏をつけて、ラウラには誰もつけなかったのか、という疑問からこのような形になりました。
まぁ千冬が何故こんなことを言いだしたのか。それは次回のお楽しみということで。
それでは!