甘粕正彦が見た未来がISだった件   作:雨着

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ようやく本編投稿! 本当にお待たせしました。
※しかしやはりというべきか、甘粕成分全くなしです。ご注意下さい


第二十二話 教官

 時刻は放課後。

 自室への帰り道、世良聖は頭が痛かった。

 それは文字通りの意味ではなく、厄介事に対するストレスのもの。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ。ある意味において、あの甘粕と同じくらいの問題児と言っても過言ではない。彼女はとにかく周りに合わせる、ということをしない。それは別にいい。そこは個人の問題だ。聖がとやかくいう資格はない。だが、彼女の場合はそれが常識の範疇外すぎる。特に織斑一夏に対しての行動はそれを顕著に現れる。初日の暴行、そして練習での威嚇。何かにつけて彼につっかかっていくのはもはや習性なのかもしれない。

 

(まぁ織斑一夏が関わらなければ、ただの人付き合いの悪い女子生徒ってことになっていたんだろうけど)

 

 というか、ラウラは千冬と織斑一夏以外のことについては全く興味を示さない。初日のこともあってか、彼女に話しかける生徒など聖くらいしか存在していなかった。

 

(っていうか、あの甘粕が今のところ何も言ってこないのが何か恐いんだけど……)

 

 正直、ラウラの行動は甘粕の琴線に触れる行為だ。

 勇気、覚悟、責任……そういったものを重視する甘粕にとってラウラはかなりまずい立ち位置にいるといっても過言ではない。何があったのかは分からないが、彼女の行為は明らかに自分勝手なものであり、そこに信念なんてものは存在しないのは一目瞭然。そして、それをあの甘粕が見逃すはずはなく、何もしないわけがない。

 しかし、現実は何も起こっていない。それは安堵するべきこと、なのかもしれないが、逆に裏がありそうで疑問が湧いてしまう。

 

「全く、何考えてんだか、あの馬鹿は……」

 

 甘粕真琴という人間がどういう性格をしているのか、それは大体理解しているつもりだ。しかし、何を考え、何を思っているのか。それを把握することは未だ聖にもできないことである。

 どうしたものか、と考えにふけていると。

 

「何故です、教官!!」

 

 ふと曲がり角の先から聞き覚えのある声が響いてくる。

 誰の声か……それは言うまでもなく、ラウラのものだった。

 そしてもう一つ。

 

「やれやれ……何度も言わせるな。私には私の役目がある。それだけだ」

 

 どこか呆れた口調の千冬がそこにいた。

 

「このような極東の地で一体何の役目があるというのですか!?」

「何の役目、か……決まっている。私は教師だ。教師は生徒を教え、導く。それが仕事であり、全うするために私はここにいる」

「ここにいる連中に、それだけの価値があるとは到底思えません」

「……、」

「意識が甘く、危機感に疎い。ISをファッションか何かと勘違いしている。さらに言えば、ここの訓練は甘すぎる。以前の教官の教えとは比べ物になりません。あんなものでは、私がこの国へ来た意味がない。私は、もっと強くなりたいんです。己の力を磨き、貴女のようになりたいんです!」

 

 いつも冷静(クール)なラウラの必死な訴えは、ある種の叫びに近かった。そして同時に、それだけ彼女が織斑千冬に憧憬の意を持っていることを示している。

 世界最強のIS使いのようになりたい、という意味にも聞こえるがしかし何故だろうか。ラウラの言葉からはそんなものよりも「織斑千冬」個人のようになりたいという風に聞こえる。

 そんなラウラな言葉に千冬は苦笑した。

 

「私のようになりたい、か……随分と過大評価されているものだな」

「過大評価ではありません。厳然たる事実です……帰りましょう、教官。我がドイツで再びご指導を。ここでは貴女の能力は半分も生かされません」

「悪いが、いくら言われても答えは同じだ。私には、ここでやるべきことがある」

 

 少女の懇願を、元教官は変わらぬ表情で切り捨てる。

 

「確かに、お前の言うとおりISに対しての意識が低い連中がいるのは事実だ。だが、だからこそそういった連中の考えを改善させなければならない。そして、私にはそれをする責任がある。例え能力の半分が生かされないことであろうが、それが私がすべきことだ」

「教官……」

 

 千冬の言葉に最早ラウラは何も言えなかった。彼女の意思は硬い。それを崩す手段を今のラウラは持ち合わせていないのだ。だからこそ、余計に悔しいのか、握りこぶしを作りながら唇を噛んでいる姿は怒りを感じさせると同時にやるせない気持ちが見え隠れしている。

 

「すまんが、これから仕事を済まさなければならない。この話はここまでだ」

「……分かりました。今日は帰ります。ですが……私は決して諦めません」

 

 言い残すとラウラは早足でその場を去っていく。その後ろ姿はどこか寂しげなものを感じたのは気のせい……ではないのだろう。

 これ以上自分もここにいる必要はないだろう。そう決断し、足音をたてないようにその場を去ろうとすると。

 

「立ち聞きした上、挨拶もしない気か。いい根性をしているな、世良」

 

 名指しのご指名とあってはもはや知らぬふりはできなかった。

 

「アハハハ……気づいてたんですか」

「まぁこれでも元最強のIS乗りで通っているからな」

 

 それは答えになっていないのだが……とツッコミを入れたいのは山々だが、相手が相手だ。滅多なことはできない。

 

「それより……これから時間はあるか」

「え? まぁ、はい。別段これといって予定はありませんが……」

「よし、なら少し付き合え。お前に話しておきたいことがある」

 

 問答無用の千冬の前で、「これから仕事なのでは?」という言葉を言えるほど、聖の神経は図太くはなかった。

 

 *

 

 噴水前のベンチで聖が座っていると、唐突に缶コーヒーが飛んできた。見事にキャッチをした聖が見上げるとそこには片手にブラックの缶コーヒーを片手に持つ千冬がいた。

 

「ブラックのコーヒーだが、大丈夫だったか?」

「あっ、大丈夫です。問題ないです」

 

 そうか、と言いながら千冬は己の缶コーヒーを開けながら聖の隣へと座った。そして、口の中を潤す程度の量を飲むとふぅ、と息吐く。

 

「さて……まずは最初に言っておかないといけないことがある」

 

 など言いながら聖の方を向くと千冬は唐突に頭を下げた。

 いきなりの出来事に聖は目を丸くさせる他なかった。

 

「お、織斑先生?」

「済まなかった。お前にボーデヴィッヒを押し付ける形になってしまって」

 

 あの元日本代表、そしてIS乗りなら誰もが憧れる女傑。そんな彼女が頭を下げるのはかなり珍しい類のものであることは聖にも理解できていた。

 けれど、それに対して「別に気にしていません」ときっぱり言えるほど、聖も物分りが良い性格ではない。実際頼まれたからとはいえ、彼女自身色々と迷惑を被っているわけなのだから。

 

「……質問してもいいですか? ボーデヴィッヒさんと織斑先生との関係ってどういうものなんでしょうか。教官、と呼んでいることから察することはできますが……」

「おそらく、想像通りだろう。あれは、かつて私がドイツ軍でISの教官として所属していた頃の教え子だ」

「織斑先生が、ドイツ軍に……?」

「疑問に思うのも無理はない。それも含めて、最初から話すとしよう」

 

 最初……それは第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』の決勝戦の出来事から始まった。

 第一回での大会で圧倒的なまでの力で優勝した千冬は、第二回大会でも同じくその凄まじい力量で勝ち進んでいった。

 誰もが千冬の二連覇を確信していた中、事件は起こる。

 決勝当日、千冬は試合に出場しなかったのだ。

 決勝戦棄権。それは誰も予想していなかった事態であり、当時の話題はこれで持ちきりの状態だった。何故、何が、どうして……誰もがそれを訪ねる中で、千冬は一切その理由を口にすることはなかった。だが、彼女とてIS乗り。何の理由もなく決勝を捨てるような女性ではない。

 しかし、逆に言えば当時の彼女には試合を捨てなければならない理由があったのだ。

 それが。

 

「誘拐、ですか……?」

 

 聖の言葉に「ああ」と答えながら千冬は続ける。

 

「私の試合を見に来ていた一夏が何者かに攫われたんだ。それを知った私は試合に出場せず、ISに搭乗した状態で一夏を助けにいった」

 

 そうして見つけたのは、小さなコンテナの中に閉じ込められていた自分の弟の姿。

 多少の衰弱はあったものの、傷らしきものはなく、命に別状がなく、無事であった。

 

「連中の目的も、理由も、今尚分かってはいない。何せ、犯人は未だ捕まっていないからな。まぁ、大方大会を二度も制覇されることを嫌った誰かだったんだろうが……私にとってはそんなことはどうでも良かった」

 

 ただ弟の無事が彼女にとっては何よりも大切な事実だったのだろう。

 そう言えば、と聖は思い出す。以前彼に「誘拐されるかもよ」なんてことを言ってしまったことを。そして、その時の彼の表情が凍りついていたことを。

 なんたる失態か。知らなかったとは言え、相手の傷を広げてしうとは。

 

「大会を欠場した私は、一夏の軟禁場所を提供してくれたドイツ軍に『借り』を返すため、ドイツ軍IS部隊で教官をすることになった」

「そうなんですか……でもどうしてドイツ軍がそんな情報を持っていたんですか?」

「彼らは独自の情報網を持っているからな。……ああ、ドイツ軍が怪しい、と言いたげな顔だが、それはほぼないと言っていいだろう。私も色々調べはしてみたからな」

 

 なるほど、流石は世界最強。頼った相手にしても調査するとは、ぬかりはないらしい。

 

「そんなわけで、私はドイツ軍IS部隊の教官を務めることになった」

 

 そして、千冬はラウラと出会ったのだという。

 やはり、というべきか。ラウラの言動や行動から考えてみれば彼女が軍関係者であることは明白だ。しかし、その答えは新たな問題を生じさせた。

 

「……これはただの私の知識不足かもしれないんですけど、ドイツだとボーデヴィッヒくらいの年齢なら軍に所属できるんですか?」

「いや、そんなことはない。女性の軍人もいることは確かだが、それでもほとんどが成人している」

「じゃあ……」

 

 聖の言葉に千冬は一拍を置いて言う。

 

「……ISが世に出まわる以前、ドイツは強い兵士を人工的に作り出そうとした。優秀な遺伝子を組み合わせてな。所謂試験管ベビーというやつだ。あまり口にはしたくないが」

「試験管ベビー……つまり、ボーデヴィッヒさんも……」

「ああ。その実験で生まれた一人だ」

 

 何とも予想の遥か上を行く回答。だが一方で納得する部分もあった。いくら外国人だからといって銀髪の自毛など珍しすぎる。恐らくではあるが、あれは実験の副作用的なものなのだろう。

 

「あいつは強い兵士になるための訓練を徹底的に叩き込まれて育った。銃の扱い方、ナイフの捌き方、体術武術、その他の戦闘における必要なものを全て」

「……」

「言いたいことは分かる。私も聞かされた時は呆れてものが言えないぐらいだった」

 

 聖の表情を見て言う千冬。彼女の口から出てくるのはあまりにも身勝手な事実だった。人権侵害どころの話ではない。人の人生そのものを踏みにじっている。

 

「だが、世の中にISが広まると同時に軍の連中は強い兵士よりも優秀なIS操縦者を欲した」

 

 それは当然の結果、というべきかのかもしれない。いくら兵士を育てても結局は人の領分を超えることはできない。しかし、ISはその戦闘能力は計り知れない代物。表向きは軍事利用できないとはいえ、どちらを重視するかは明白である。

 

「私がボーデヴィッヒを初めて会ったとき、あいつはIS適正の強化手術の副作用で落ちこぼれになっていた。無理やりIS適正を伸ばそうとした弊害なのだろう」

 

 皮肉な話である。元々軍人として育てたというのに、それを超える代物が出た途端、欠陥品の烙印を押す。

 何という傲慢。何という身勝手。

 戦場ならば、闘争の中ならば、武器も人材もより良いものを求めるのが普通なのだろう。だが、だからと言って一人の少女の人生を踏みにじり、挙句いらないものとして扱うことが許されるのだろうか。

 否。断じて否だ。

 そして、それは千冬も同じ意見だった。

 

「当時、あまりにも見ていられなかった私はあいつにISについて、ありとあらゆる事を教えた。それくらいしか、私があいつにできることはないと思ってな。そして、あいつもまた私の指導についてきた。結果、あいつは代表候補になるまでに力を付けた……だが、それがいけなかった」

「いけなかった、とは?」

「言っただろう? 私はISについてあらゆることを教えたと。しかし、逆に言えばそれしか教えなかった。いや……教えることができなかった、というのが正しいか」

 

 皮肉な笑みを浮かべる千冬。それがどこか、自嘲のように感じたのは恐らく気のせいではないのだろう。

 

「私はISについてなら誰にも敗けない自信がある……だが、人としては半人前だ。他人が何を考えているのかは想像がつくが、何を想っているのかは把握できん。その結果が今のボーデヴィッヒだ。こう言ってしまえば自信過剰に聞こえるかもしれないが、今のあいつには私が全てに見えている。それが目標としてならばいい。だが、あいつの場合は目標ではなく、依存であり執着だ」

 

 劣等生として扱われていた自分を再起させてくれた恩人。その人物に憧れや尊敬の眼差しを送るのは何も悪いことではないし、珍しいことでもない。だが、ずっと軍で生きていたラウラには世間の常識というものがなく、接点もない。だからこそ、自分という存在に再び価値を与えてくれた人間への想いが通常の者よりも大きく、深いものになってしまったのかもしれない。

 

「私はあの時、ISのことよりも人として大切なことを教えてやるべきだった。視野を広げさせ、外の世界を見せる。そうしておけば、少なくとも今回のような事態にはなっていなかっただろうからな」

「織斑先生……」

「私は未熟者だ。教官どころか、教師として三流と呼ぶのもおこがましい程にな。だからこそ、かつて指導した者としてあいつと正面から向き合わなければならないのだが……いかんせん、教官だった頃の癖が抜けきれていない。あいつには教官はやめろと言っている癖にな。やはり、未熟者は未熟者のままらしい」

 

 自らを未熟者と断言する千冬。

 常日頃から毅然とした態度しか見ていなかった聖からしてみれば、今の彼女は珍しかった。しかし考えてみれば当然なのだ。いくら最強のIS乗りとは言え、彼女だって人間なのだ。完全無欠というわけではないのだから。

 

「さらに言えば時期が最悪だ。言い訳に聞こえるかもしれないが……私は今、別件で手が離せない状態にある。これが中々に厄介でな。だから……」

「私にボーデヴィッヒさんのお守りをしろ、と?」

「……生徒にこんなことを言うのは教師として失格なのは百も承知だ。それでも、頼めるのなら……ラウラのことを見てやって欲しい。そして、できることなら私が教えてやれなかったことを教えてやって欲しい」

 

 そういうとと千冬は再び頭を下げた。

 正直な話、これは聖にとって迷惑以外の何者でもない。これはラウラと千冬、そして織斑一夏の問題だ。それに対して全く関係のない聖が関わるというのがおかしな話なのだ。

 

「織斑先生」

 

 けれど、と彼女は思う。

 あの千冬が頭を下げたのだ。常に凛々しく、誰からも尊敬される彼女が、ここまで事情を話して、その上で自分を頼りにしているというのなら。

 それを無視することが果たしてできるだろうか。

 答えは―――否である。

 

「分かりました。自分が彼女に何ができるのか、どこまでやれるのか分かりませんが……できるだけのことはやってみたいと思います」

「世良……」

 

 聖の言葉に「すまんな」と言いつつ千冬は彼女の頭を撫でた。

 

「……織斑先生?」

「あ、ああ、すまん。撫でやすい位置にあったので、ついな。嫌だったか?」

「別にそういうわけではありませんけど……意外だなぁと」

「む? それはどういう意味だ?」

「いや、だっていつも織斑君の頭を叩いているイメージが強いので」

「あれはあの馬鹿が叩かれるようなことをするからだ……しかし、言われてみればそうだな。いつもの癖ですぐに手が出てしまう時が最近多いかもしれん。これでも公私混同はしないよう努力してきたつもりなんだが……これからはもっと気をつけるとしよう」

 

 あれで気をつけていたつもりなのか……というのは口にしないのはお約束。そも、それで迷惑を被るのは織斑一夏だけでなので、別段聖には関係ないのだから別にいいだろう。

 と、そこで聖は思い出したかのように口を開いた。

 

「織斑先生。一つ頼まれて欲しいことがあるんですが」

「私にできる範囲のことなら、何でもしよう。それで、私にして欲しいこととは?」

「えっとですね……」

 

 次の瞬間、聖の言葉を聞いた千冬は目を丸くさせた。

 

 *

 

 次の日。

 

「ちょっといい? ボーデヴィッヒさん」

 

 それは早朝の出来事。

 まだほとんどの生徒が教室に来ていない程、早い時間に聖はラウラに声をかけた。

 一方のラウラは当然というべきか、やはりというべきか、実に不機嫌そうな顔で聖を睨みつける。

 

「何だ。私は声をかけるなと何度言ったはずなんだが」

「ええ。ちょっとした用事があって」

「用事だと?」

 

 瞬間、眼光がさらに鋭くなる。流石は軍の出身。警戒心が強い。

 けれど、それで怯む聖ではない。

 彼女は不敵な笑みを見せ、挑発するかのように告げた。

 

「私と、模擬戦をしてくれない?」




そういうわけで、また模擬戦です。
ようやく千冬が聖にラウラを任せた理由がかけました。そして千冬の教師像もちょっとは見えたかな、と思います。彼女はまだまだ教師としては半人前。故に生徒に頼ってしまうわけです。
まぁ彼女が聖に頼らざるを得ないのはもう一つの厄介事のせいなんですけどね。
それもまた近いうちに本編で語れたらと思います。
それでは!!

追記

いつになったら甘粕が出てくるだ!!(黙れ

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