突然だが、聖は一夏に屋上に呼び出されていた。
屋上に呼び出された、と言われればまず何を予想するだろうか。
愛の告白? 何らかの脅し? 恐らくそういった類のものだろうが、結論を言えば誰か第三者に聞かれたくない話があるから、という理由は同じだろう。
今回、聖が一夏に屋上へ来て欲しいと言われたのもそういうものだ。ただし、彼の場合、愛の告白や脅しの類ではないのは彼女にもわかるし、その目的も何となく理解していた。
「で? 話って何?」
昼休み。昼食も終え、生徒達がごぞごぞと動き出していた時間帯ではあったが、屋上には聖と一夏以外、誰もいなかった。
一夏はいつになく真剣な表情のまま、口を開いた。
「ラウラと模擬戦をするっていうのは本当なのか?」
その言葉にやっぱりか、と聖は心の中で呟いた。
彼女がラウラに模擬戦を申し込んだのは今朝のことだというのに、噂というのは廻るが早い。特にここはIS学園。女子の溜まり場のようなもの。
そして、女というのは噂話が大好きな生き物なのだ。
「ええ。本当よ。それがどうかした?」
「どうかした、じゃねぇ! どうしてそんなことになるんだよ」
「どうしてって、何もおかしなことじゃないでしょ。あっちは第三世代型の専用ISの持ち主。IS学園の生徒として、戦ってみたいと思うのは当然じゃないの?」
実際、そういう生徒はIS学園に多くいる。とはいうものの、その目的は相手のISの情報を知るため。少なくとも、この学園にはイギリス、中国、ドイツ、フランス、それぞれの代表候補生が集まっている。故にそのIS機能を知るために模擬戦を申し込む者は少なくないと聞く。
まぁ、大概は即座に断られるのが常。それも当然だろう。わざわざ自国のISの情報を明け渡す者などそうはいない。
また、相手の国のISを探る云々関係なく、自分の力がどれだけ通用するか試したい、という者もいるはずだ。
しかし。
「分かりやすい嘘つくなよ。お前がそういう目的で模擬戦を申し込むような奴じゃないってのは分かってる」
ちっ、と舌打ちをする聖。しかし、それは同時に彼の言い分を認めたことでもあった。
というか、恋愛関係、特に自分のことには全く無頓着且つ鈍いくせに、どうしてこういうことに関しては勘が働くのか。
「……俺のせいか?」
顔を伏せながら一夏はたずねてきた。
「俺や千冬姉……織斑先生のせいで、お前が何か言われたのか? それで怒って模擬戦を申し込んだとか……」
「ハイストップ。何とんちんかんな方向で話を進めてるの」
「わ、悪い……だけど、世良が自分から模擬戦を申し込むなんてらしくないと思って」
全くもってあらぬことを考えていた一夏ではあるが、しかしらしくない、という部分に関しては聖自身も同じ気持ちだ。面倒事はあまり好きではない彼女が、その面倒事の塊でもあるようなラウラにわざわざ自分から申し出る、なんてことは本来考えられない行為だ。
「確かにね。自分でもそう思うわよ。まぁ織斑先生にボーデヴィッヒさん……ラウラのこと頼まれているからってのは否定できないわよ。でも、本当のことを言えば、これ以上彼女を放置しておけないとおもったのよ」
ラウラの行動はもはや度が過ぎている、という問題ではなくなっているのだ。
初日の言動、行動もそうだが、それからの彼女は周りに一切関与しようとしていなかった。それはまぁ、別にいい。他人と仲良くしろ、なんてことをいうつもりはない。けれど、彼女はあまりに周りと隔絶しすぎている。それは彼女の過去が原因であることは聖も承知している。だが、それを考慮してもこのままではまずい。ここはIS学園。様々な国からISの搭乗者や技術者を育成する場所でもあり、また交流の場でもある。
身勝手な行動、相手を挑発するような言動、そして専用機持ちという立場。彼女の行動一つで大きな事件が起こっても何もおかしくはなく、危険に晒される可能性は十分に高い。
それは彼女自身だけではなく、一夏や千冬、そして周りの生徒にもだ。
「彼女はああいう性格だから、口で言っても聞き入れないわ。例えそれがかつての教官の指示だとしても」
「だからってどうして模擬戦なんか……」
「だからこそ、よ。よく言うでしょ? 口で分からないなら実力行使しかないって」
ラウラはかなりの頑固者だ。入学当初のセシリア等、比べ物にならないほどに。そんな相手に態度を改めろ、と言ったところで何も改善されないのは、この数日で証明されている。
ならばそれ以外の方法を取るしかない。
「別に力で叩き伏せる、とかそういう意味じゃないわよ。っというか、第三世代を叩き伏せる、なんてことはとてもじゃないけど想像できないし」
「じゃあ……」
「それでも」
と言って聖は区切る。
「それでも、私は彼女と戦わなきゃいけない。勝てる、勝てないの話じゃないのよ、こういうのは。自分の在り方を、意思を伝えるためには、口よりもこういうやり方の方が手っ取り早い」
「そういう……ものなのか」
「そういうもの……らしいわよ。これも知り合いの検事をしているおじさんからの受け売りだけど」
苦笑する聖に、一夏は何も言わない。いや、もう言えなかった。
彼は最初、聖を止めるつもりだった。彼女が何をどう言おうとラウラのことは自分や千冬が関係しているのは間違いがない。自分達のせいで誰かを巻き込むのは嫌だった。特に、聖は今までのことがあるため尚更だ。
けれど、一方で一夏は理解していた。世良聖という少女がどれだけ諦めが悪いか。そんな彼女が一度言い出したことを曲げる、なんてことはそれこそ有り得ない。
「……分かった。世良がそこまで言うんなら俺もこれ以上余計な事を口にしないよ」
「そう。なら――――そこの三人組、もう出てきてもいいんじゃない?」
瞬間、ドンッ!? という痛い音が屋上に響く。見てみると、屋上の入口のドア付近で三人の少女、箒、セシリア、鈴が地面に倒れていた。
「お前ら、また盗み聞きしてたのか?」
「ぬ、盗み聞きだなんて、言い方がひどいですわよ、一夏さん!!」
「そうよ! 別に好きでしてたわけじゃなくて、何かこう、入りにくい雰囲気だったから、待ってただけよ!!」
「そうだ。別にお前と世良が屋上に行ったということを聞いてかけつけたわけではないぞ、絶対に!!」
それぞれの言い分、というか言い訳が全く意味を成していないと思うのは気のせいではないだろう。
彼女達が一夏が聖を屋上に呼び出した、ということを聞きつけてここにやってきたのは間違いない。何せ、全員一夏に想いを寄せているのだから。盗み聞きをされていたことは気分が良くないが、しかし分からないわけでもない。だが、その釈明はあまりにも杜撰すぎである。
しかし、しかし、だ。
相手は織斑一夏。そう、織斑一夏なのだ。
故に。
「ふーん。そうなのか」
この一言で終わってしまうわけだ。
嫌味でも、何か含んだ言い方でもない。ただ、本当に彼女達の言葉で納得していえるのだ。
正直、ここまで来るとわざとやっているのでは、と疑ってしまいたくなる。
「そ、それにしても聖さん。ラウラさんへの対抗手段は何かありますの?」
話題を変えようとしたセシリアの言葉。あまりに急な話題振りではあるものの、しかしてそれはこの場にいる誰もが気になることだった。
「相手は第三世代型。わたくしのブルー・ティアーズと同じ、あるいはそれ以上の注意をしなければならない相手であることは間違いありませんわ」
「そうね。とは言っても、ドイツの第三世代って確かまだトライアル段階って聞いてたし、情報が少ないのが痛いわね」
「どうするつもりなんだ、世良」
一同に質問される聖は。
「まあ、一応考えてはあるわよ」
不敵な笑みを浮かべながら答えたのだった。
*
時刻は廻って夕方。
聖は自らの部屋へと帰っていた。無論、そこに住んでいるのは自分だけではないため、既に彼女が帰ってきていることは予想できた。
できたのだが……。
「何やら面白そうなことになっているようだな」
開口一番でそれか、と思ってしまうのは仕方のないことだと言いたい。
けれど、驚くことでもない。甘粕のことだ、今回の件で絶対に何か言ってくることは目に見るより明らかなのだから。
「聞いた話では、ラウラ・ボーデヴィッヒと模擬戦をやるとか」
「耳が早いのね」
「まぁな。しかし流石は聖だと思っていてな。考えることが同じだとは」
「……ちょっと待って。今の、どういう意味?」
甘粕の言葉にさらっと流せない部分があったことを聖は聞き逃さなかった。
一方の甘粕はというといつものように不敵な笑みを浮かべながら返答する。
「何、別にラウラ・ボーデヴィッヒの態度に何かしらの対応をしなければならないと思っていたのがお前だけではなかった、というだけの話だ。
彼女の言動、行動、態度。それら全てがここにいる生徒とはかけ離れているものだ。しかし、それはいい。他の者と同列に物事を考えろ、などとは言わん。人間とは一人ひとりが違う存在。故にそこから生じる考えの違い、意思のぶつかり合いもまた、人間の美点だと私は考えているからな」
また随分と大仰な、けれども甘粕らしい言い分だった。
「私が言いたいのはだな、彼女が他人を全く見ていない、という点だ。
転校初日から私はラウラという少女を観察してきたつもりだ。何せ、初日から早々、やらかしたのだ。気になるのが人情というものだろう?」
それはアンタだけよ、と言うのも面倒だったため聖は何も言わず、そのまま聴き続ける。
「実際、織斑一夏をぶった彼女にはある種の意思を感じた。目の前にいる男は絶対に許さない。それ故の宣戦布告。暴力は決して好きではないが、しかしああ、認めるとも。それが憎悪であろうが、嫉妬であろうが、それもまた他者へ己の意思を伝える手段の一つだ。拳で分かり合う、という言葉があるように時には力と力をぶつけなければ分からない時もあるものだ」
けれど、と甘粕は言う。
「ラウラ・ボーデヴィッヒの場合は違う。あれはただの八つ当たりだ。そも、彼女は織斑一夏を見ていないように私は思ったよ」
「織斑一夏を、見てない?」
甘粕の言葉に聖は復唱しながらどこか納得した部分があった。
確かにラウラは一夏のせいで千冬が決勝戦に出られなかったから憎悪している。けれど、一夏がどんな人間なのか、全く知ろうとしてはいなかった。憎い相手。その事実さえあればいい。それだけあれば自分は織斑一夏に憎悪する権利があるかのように。
「彼女が何故、あそこまで織斑一夏に憎悪するのか。それは知らん。まぁ何となくではあるが、予想はつくがな。だが、それが単なる一方的なものであるのは彼女の態度からして明白だ。まるで子供が欲しいものが貰えず癇癪を起こしている様だ」
辛辣な言葉だが、しかし確かにその通りなのかもしれない。
結局のところ、ラウラは自分の教官である織斑千冬の二連覇ができなかったことが許せないのではない。自分の理想とする千冬の完璧性を傷つけれたのが許せないのだ。故に千冬が気にしていなくても理想を汚されたことで彼女は怒っているのだ。
そして、さらに言ってしまえば彼女は千冬すら見えていないのかもしれない。
結局彼女は自分中心にしか物事を判断できていないのだろう。
「私は常々思う。自己中心的な輩であろうと他者を助けようとする偽善者だろうと別に構わない。そこに意思や覚悟、確固たる己の考えがあるのなら善であろうと悪であろうと素晴らしいものなのだと。だが、彼女の場合、意思や覚悟が存在しない。ただ自分の考えを他者に押し付け、それが通ると信じている。他者を認めないどころか、そもそも見てない。己の世界で全てが終わっている。そんなもの、見ていられないだろう?
だからこそ、私は感謝している。お前が立ち上がってくれたことにな。そうでなければ私自らが申し込んでいただろうからな」
それはまた間の悪いことだ。いや、実際ラウラにとっては幸運だったのだろうか。
甘粕は専用機を持っていない。だが、彼女がラウラと戦ったらどうなるのか、正直想像したくないという気持ちになるのは何故だろうか。そして、絶対にロクなことにならず、ラウラにとって不幸なことになると思えるのはどうしてだろうか。
そして、それが現実になると考えると……ゾッとする。
そんな気持ちを振り払うかのように聖は首を左右に振った。
「……別に。あんたのために模擬戦するわけじゃないわよ」
「それでも、だ。私の意思を任せられるのはお前しかいないと想っている。故に期待しているぞ、聖」
「喧しい、この馬鹿」
これ以上ない程して欲しくない期待をする甘粕に、聖はただただ大きな溜息を吐きながら、そそくさと準備を整え部屋を出ていこうとする。
「ほう。早速練習にでも出かけるのか?」
「違うわよ」
「ふむ。ならばどこへ?」
甘粕の問いに聖は一拍開けて答える。
「簪のところにちょっとね」
お久しぶりです。天城です。違った雨着です。
ようやく甘粕が登場。そして狙いを定めていたという事実! まぁ大体の人は予想していたとは思いますが。
さて、ここからは言い訳をさせてください。
作者が筆を止めていた理由。それは仕事が忙しいというのもありますが、聖とラウラがどのように戦うのか、という点が大きな問題でした。複数なら原作通りにいけばいいですが、一対一なのでどうしようかな、と。
一応対応策的なものが浮かんだので再び筆を取らせてもらっています。
投降がこれからも遅くなると思いますが、作品が面白くなるよう努力しますので、何卒よろしくお願います!
それでは!!
PS
感想多くくれたら速度上がるかもですよ!!(シャラップ