※この場面の時間軸は前回の少し前に遡ります。ご注意下さい。
織斑千冬。彼女を一言で現すのなら、それは「最強」の二文字だろう。
最初期のIS乗りであり、第一回IS操縦世界大会「モンド・グロッソ」の覇者。その肩書きだけでももはや有名人やスターのレベルを超えている。さらに公式戦での無敗記録も保持していた。IS乗りの中で彼女を知らぬ者はおらず、目標にする者は数知れず。IS学園に入学したのも彼女に会うためという理由の者も少なくないだろう。
それがいけないことかと問われれば、別段悪いことではない。どんな理由があれ、誰かに憧れその背中を追う姿勢は素晴らしいものであり、かけがえのない事柄だ。
だが、IS学園の者達が抱く感情がただの憧れではない。
織斑千冬は最強であり、無敵。誰にも敗けない絶対者。実際、彼女がIS乗りを引退することになった第二回大会でも決勝戦に出ていれば確実に優勝すると言われていたし、そうなっていたと誰もが確信している。何故なら彼女は織斑千冬。負けることなど有り得ないのだから。
そんな彼女を見てみたい、近くにいたい。そうすることで自分もまた特別な存在になれるかもしれないから……そんな浅はかな感情によって彼女は見られている。要はただの追っかけファン。その後を追い、道を歩み、試練を乗り越え、いずれ彼女と同じ頂きに登る……などという覚悟はなく、意志も持ち合わせていない連中が数多く占めている。所謂ミーハーという奴だ。
簡潔に言って、彼女達は千冬を教師とは認めていない。確かに彼女がIS乗りを引退し、教師になったことで自分達は千冬に会う機会が訪れた。それは嬉しいことなのは事実。しかし、一方でその程度の器ではないのだと心の奥底で思っているのだ。教壇に立って授業をし、生徒に対して真剣に向き合う……そんな『くだらないこと』など彼女には似合っていない。
織斑千冬は
織斑一夏が男でありながらISを操縦できたのも、織斑千冬の弟だから。それだけで多くの者が納得するだろう。あの織斑千冬の弟ならばそれぐらいの奇跡が起こっても不思議ではない。
何故なら織斑千冬は特別だから。特別だからこそ、その弟も特別なのだ。
そして―――
「
ふとどこからか声がする。
「だってそうだろう? お前は最強無敵のIS乗りだ。これが特別でなくて何だという? 過大評価? 馬鹿馬鹿しい。これは的確な評価だ。それを他者に言われて何の問題がある? それにいつもお前は言うじゃないか。私の弟ならそれくらいできて当然だ、と。それは、自分が特別だと認めている証じゃないか」
それは右から左から、前から後ろから上から下から、反響するように位置の掴めないものでありながら、すぐ耳元で囁いているようにも感じる。呼吸や体温、これの持つ情念の濃さまでもが伝わってくるのだ。
「ISに関わってきた人間として? こんな世界を作ってしまった人間の一人として? 自分はここで教師をして生徒に教えていかなければならない? 馬鹿も休み休み言え。そもそも、お前に教師など不可能だ。それは、ラウラの時に思い知っただろう?
お前は誰かの憧れになることはあっても、誰かを導くことはできない」
この摩訶不思議な状況に千冬は分からないことだらけだ。本当ならば混乱し、戸惑うべき場面なのだろう。だが、そうならないのは皮肉なことではあるが、謎の声の言うように彼女が常人とは違うからか。
……いいや、そうではない。確かにその一面があるのは認めるが、しかし今ここに至って言うのなら別の要因があるからだ。
それはこの謎の声。
「……なるほど」
考えが追いつかない現状において、けれども千冬はただ一つだけ理解していることがある。
それは、この声が“己の内”から聞こえてくるということ。
それだけ分かれば十分だ。
「それで、一体何が言いたいだ、『
自らそう言い放った瞬間、彼女の視界を閉ざしていた闇が打ち払われる。
次いで千冬が立っていたのは見知らぬ宮殿の内部。そして、そこには黒いスーツに身を纏い、長い黒髪を纏め上げ、凛々しく腕を組みながら立っている女性――――織斑千冬が不敵に笑みを浮かべながらそこにいた。
「なんだ、驚かないのか。折角の演出が台無しだ……だが、それでこそ
けれど。
「だからこそ、気に入らない。お前があんな場所で教師などをやっているということが。そんなものは誰も望んでいないというのに」
憤怒の感情が表情を歪ませる。
「お前は世界最強のIS乗りだ。無敵の存在だ。多くの者がお前に憧れ、お前を崇拝している。千冬様千冬様。そう読んでくる連中に対し、お前はいつもイラついていたが、一方でこうも思っていたはずだ。それも悪くない、と。いいや、そう呼ばれるのが当然なんだと。何故なら、自分は世界最強のIS乗り。特別であり、唯一であり、絶対。大勢の人間がそう想い、望んでいる。そしてそれはお前も例外じゃあない」
写身の言葉に千冬は何も言わない。
それは彼女も理解していた。
自分がIS乗りをやめたせいで迷惑をかけた者は大勢いる。それまで応援していた者をひどく悲しませたのも自覚している。本来ならばIS乗りを続け、多くの大会に出場し、そして優勝する。それが大勢の人間が望んでいること。
そして、彼女自身もまた心のどこかでそのことを忘れられていないのも事実だ。
そのことを理解しているのか、
「だから、なぁ。いい加減茶番はやめにしよう。教師なんて下らないことは終わりだ。そんなものは他の奴がやればいい。本当は戻りたいんだろう? ISに乗ってまた戦いたいんだろう? 戦って、勝って、その度に喝采を浴びたいんだろう? 自分は普通じゃないんだ。選ばれた人間なんだと。そう示したいんだろう?」
だったら。
「私の手を取れ。そうすれば、お前の望みは叶う」
差し出される右手に千冬は視線を寄せる。
恐らくではあるが、彼女の言葉に間違いはない。どのような手段を取るのかは不明だが、この手を取れば千冬はまたIS乗りに戻ることができる。このIS学園の教師という役目を投げ捨て、かつての自分に返ることができるだろう。
故に。
「――――断る」
ただ一言。短い言葉で千冬は手を払った。
怪訝な視線に対し、けれども千冬は態度を改めない。むしろ、これが当然の答えであると胸を張るかのように続ける。
「この状況が何なのか、私にはよく分からない。何をすれば解決されるのか、理解できていない。だが、断言できることもある。お前は私で、私はお前だ。そして、お前が言ったことは正しい。私は教師に向いていない。本来なら他の者に任せるべきなのだろう。そして、私は未だIS乗りを続けていたかったと思ってもいる。それらは全て真実だ。否定はできない
だが……お前の言い分は間違ってはいないが、正確でもない」
そうだ。彼女の言い分は正しい。けれども、抜けているところがある。
それは重要で、そして何より大事なモノ。
「私はそれらを度外視してでも、教師をしたいんだ」
確かに織斑千冬は教師に向いていない。
それはラウラを見れば明らかだ。彼女は技術を教えることはできても、心を教えることはできない。それを自覚したのはラウラが自分に依存していると分かった時。もはや全てが遅かった。それが自分の過ちであり、教える者として失格だというのは理解している。
けれども。
それでも。
敢えて言わせてもらうのならば。
ラウラの教官であった時、千冬は嬉しかったのだ。
自分が誰かに何かを教える……その事実がどうしようもなく、今までにない何かが千冬の心を揺さぶったのだ。今まで戦い、勝ち抜き、他者を倒すことしかしてこなかった自分にも、こうして誰かに何かを教えることができるのだと、そう思えたのだ。
「確かに私はラウラに対し、肝心なモノを教えることができなかった。その結果がこの様だ。自分が三流以下の教師であることは自覚はある。教師をやりたい理由だって他人から見れば些細なことなんだろう。
それでも、それが私にとっては重要なんだ。やらなければならない……確かにその想いもある。何をどう言い訳したところで、今の世の中を作ったのが私であることには変わりない。そのことへの責任も含まれている。だが、それ以上に私は誰かに何かを教えるということをやりたい。それが大きな理由なんだ」
分かっている。それが単なる我が儘であることは。
理解している。それがエゴから来ているものであることは。
それら全て承知の上。それでも自分はこの道を歩くと決めたのだ。ならばそれを貫き通すのが筋というものだ。
その答えに、けれどももう一人の千冬は納得しない。
「なんとも馬鹿馬鹿しい。やはりお前は邪魔だ。私の在り方を、私の願いを否定する。どうしようもなくつまらない現実に、私を引き戻そうとする。
させるものか。それは許さん。邪魔をされる前に潰してやるッ!」
瞬間、二人の千冬の眼前にひと振りの刃が出現する。日本刀。鋭い輝きを放つ人殺しの道具が各々一本ずつに渡るかのように地面に突き刺さっていた。
「抜けよ。説得は無意味だろう? なら決着がこうなるのは必然だ。私はお前を殺してもっと私らしい『
だから安心して殺されろ!!」
純粋な殺意が篭った凶刃が放たれる。
瞬間。
「―――っ」
無言で千冬はその一擊を受け止めた。
重い。相手の一擊もそうだが、自らが握っている日本刀。命を奪う道具の重さはいつ手にしてもやはり慣れないなどと思いながら千冬は自分をにらみ返す。
「全く……こうして見ると、私という人間は何とも捻ているな」
そこに宿るのは殺意ではなく、自嘲であった。
まるで苦い思い出を振り返るような、そんな表情は彼女は告げる。
「いいだろう、相手になってやる……かかってこい!!」
*
まるで鏡だ。
それが千冬が戦っている最中に思い描いた印象。
実際問題、当たっている。何せ、目の前にいるのは正真正銘、自分自身。何が原因なのかは全く理解できていないが、しかしそれが真実なのだ。
だからこそ、力が拮抗するのは当然だった。
剣筋も、素早さも、防御も攻撃も何もかも。全てが同じ。故、考えることも同じであり、対処の方法もわかりきっている。自分ならばどうするのか。それを考えればいいだけなのだから。
「そらどうした。この程度か、織斑千冬!?」
真上からの一閃。それを紙一重を避けながら、千冬もまた左真横から刃を振るう。確実に捉えたであろうその一擊は、しかして刃によって阻まれる。
「そうだ。そうでなくては、お前じゃない。これくらいやれなければ織斑千冬ではない!!」
「一々喚くな鬱陶しい!!」
自らの声音であるため余計に腹立たしい。けれども彼女は理解していた。それが間違いなく己自身の声であることは。
自分ならばこれくらいやれる……そう思っているのは事実なのだから。
「ああ、ほらみろ。お前は分かっているじゃないか。そうだ。私の声はお前の声。私は戦いを望んでいる。もっと言うのならISに乗り、敵を叩き潰し、皆から賞賛されることを願っていると!!」
「ちっ、ぐっ―――」
言葉と同時に放たれた蹴りが千冬の胴部に直撃する。先読みができなかったわけではない。読めていたにも関わらず、それより早く敵が動いたのだ。
それは相手の言葉の動揺からか。それとも相手が強くなっているのか。またはその両方か。
答えを出す前に。言葉が続いていく。
「いいじゃないか、それで。その方がお前らしい。何度も言うが、お前に教師は向いていない。誰もそんなことを望んでいないんだ。楽になれよ。そうすれば、お前はお前らしくなれるんだから」
「―――勝手に決めるな、馬鹿者が。さっきから同じことを何度も繰り返すな」
「お前が納得しないからだろう? だから私は何度でも言うぞ。お前に教師は不可能だ」
千冬は理解している。これは相手の戦略だ。
同じ力を持っている。ならば、その心を乱せばいい。心の乱れは戦いの乱れに直結する。先程の蹴りに関してもそうだ。
「そもそもお前には他人の心を分かろうとしていないだろう? 分からない、じゃあない。分かろうとしてこなかった。だから束以外、誰もお前に着いて来なかった。一夏にしてもそうだ。自分ができるのだら弟にだってできて当然。何故なら自分と同じ血が流れているんだから、と。
そして、それでいいとお前自身思っている」
だから聞く耳をもつ必要はない。
そう断じて切り伏せるべき……なのだろう。少なくともかつての千冬ならばそうしていた。
「話を聞かなければすぐに手を出す。だが、お前のそれは愛の鞭でも何でもない。ただ、そうしなければ相手が自分の思うようにならないと思っているからだ。そんな奴に、そんな人間に、誰かを教える資格があると思うか? 今はいいかもしれない。世界最強のIS乗りとしてお前の元にやってくる連中は多くいるだろう。だが、それが長く続くわけがない。いずれ気づくだろう。お前という人間性に。誰も見ず、己しか見ようとしないお前の傲慢さを!!」
だが、しかし。千冬はその言葉を聞き逃さない。
彼女は自分。そう、自分なのだ。今まで見て見ぬ振りをし、押し殺し、知らぬ存ぜぬを通してきた己。故に見る。聞く。前を向く。己との対話ができない人間に教師など務まるはずもないのだから。
剣戟は互角だった。そう、それはもはや過去。今では少しではあるが、徐々にその差に開きができている。
ひと振りの速さ、突きの鋭さ、正確さ、それら全てが同等だったはずだが、もう一人の千冬に天秤が傾き始め、威力を捌けなくなりつつある。
腕が切られた。足を突かれた。首筋を掠った。僅かな、けれども確固たる負債が千冬の体力を奪う。
血が流れ、骨が軋み始める。もはや身体へのダメージは同じでは無くなっており、千冬は防戦一方の状態になりつつあり、彼女自身それを自覚している。
だが。
「―――だからどうしたっ」
もとより傷など些細な事。これしきの差を見せつけられたところで何だというのか。むしろ、この痛みを忘れないよう心に刻みこんでいた。
ああ、そうか。これが自分か。織斑千冬か。何とも歪んだ存在だろうか。普段は凛々しいだの格好良いだの祝われているが、何のことはなに。その実中身は自分勝手で我が儘で周りのことなどお構い無しの自己中。他人だけではなく、身内や家族にまで迷惑をかける愚か者。実力が少しあるからといって他から褒めたてられ、それが当然だと思い込んだ大馬鹿者。
何とも無様。
何とも滑稽。
これ以上ない自らの醜態を前に自嘲を浮かべる。
「ああ、認めよう。お前は私だ。紛れもない織斑千冬だ」
そしてそれ故に。
「だからこそ、問う。お前は、甘粕の言葉に何も感じなかったのか? 世良の姿に何も感じなかったのか? 生徒達の成長に何も感じなかったのか?」
甘粕真琴の言葉。
世良聖の勇姿。
看過されていく生徒達の姿。
そして教官として、教師としての日々。
あの日常の中の出来事に、生徒達に、希望に。
「本当に、何も感じなかったというのか!!」
そうではない。そうじゃないはずだと千冬は信じている。
「私は―――私は彼らが輝いて見えた」
共に励み、共に歩み、共に成長していく生徒達。
中には仲が悪い者もいるだろう。いがみ合い、対立し、時には喧嘩だってするかもしれない。だが、それでいい。甘粕のような事を言うつもりはないが、それは互いが互いを認識し、一個の人間だと理解しているからこそのもの。
「私は勇気がなかった。そして、それ故に何もできずにいた」
結局のところ、千冬は一人だったのだ。
親友と弟。二人以外、自分にとって他人とはそれしかいなかった。後はどうでもいい連中。そういう認識だった。親に捨てられ、その後もISを使える人間としてしか見られなかった日々。大会に優勝しても『ブリュンヒルデ』などという妙な異名で慕われ、世界最強などと謳われた。
そんな自分に友はいても仲間はいなかった。
そんな自分に弟はいても戦友はいなかった。
ずっと一人で戦い、一人でこなしてきた。
それが当然。それが当たり前。
織斑千冬とはそういう人間なのだと自分でも認めるようになってきていた。
だが、だ。
そんな自分にも、そんな自分でも、生徒達の成長を嬉しく思う心はあったのだ。
「女尊男卑。そんな言葉が蔓延したこの世界でその中心とも言えるこの学校。そこに集まった連中はやはり世界の毒に侵されいた。それはもはやどうすることもできないのだと私は諦めかけていた。だが、甘粕の言葉が、世良の在り方が、私に勇気をくれた。それだけじゃない。彼らに影響され、意識を変えようとしている連中も出てきた。そんな状況に、そんな光景に、私は笑みを浮かべたくなった」
最早自分が何をしたところで世界は変わらない。そう思っていた矢先に光が現れた。そして輝きは他の者も巻き込み始めた。
小さな、本当に小さなその光は、けれども千冬に可能性を示してくれたのだ。
「無理? 無駄? 不可能? 知るかそんなもの!! 生徒ができると示してくれた。ならばそれを信じずして何が担任か。何が教師か!! 戯言も大概にしろ!!」
「戯言を吐いているのは貴様だ!! どれだけ吠えようが、貴様に教師は務まらん!!」
「かもしれん。だが、やれることとやりたいことは別だ。例えそれが手に届かないものだったとしても、その過程にあったもとは決して無駄じゃない。自分にも何か伝えられることがあるのなら、それを後世に残せるのなら、それは決して、無駄じゃないんだ!!」
戻りたいと思ったことは何度かある。
確かに最強のIS乗りの選手として続けることはできるかもしれない。
『ブリュンヒルデ』として世界中から称えられる功績を残すことはできるかもしれない。
だが、最早それはやらない。
出来ない、ではなくやらない。見たいものを、信じたいものをその目にみることができたのだから。
「戦って戦って戦って……それで何が残る? 守るためでも、何かを求めるでもない。ただ最強になり続ける。そこにどんな意味があるんだ? 何もない。何もないんだよ、千冬……」
守るためなら、大儀あるかもしれない。
求めるのなら、意義があるのかもしれない。
だが、千冬はどちらも望んでいない。ただ目の前の彼女がそちらの方が楽だから誘っているに過ぎないのだ。向いているから、性にあっているから。そんな理由で。
だが、それは認められない。
断じて認められないのだ。
何故ならば。
「私はあの光景をもっと見たいと感じてしまったんだよ。これもまた、私の我が儘なんだろう。だが、それが私だ。織斑千冬だ」
故に。
「私は―――自分を曲げるつもりは毛頭ない!!」
瞬間、電光石火の一刀が振るわれる。
一瞬の甲高い音。それと共に白刃が空を舞い、地面へと突き刺さる。
見ると千冬の刃がもう一人の己の喉元へと向けられ、あと数センチ、いや数ミリというところで寸止めされていた。
「……何故、斬らなかった」
刹那。天秤が僅かに逆転した好機。
だというのに、千冬はその機会を見逃した。逃したのではなく、自ら手放したのだ。相手を一刀両断できるその一瞬を。
意味不明。理解不能。
そんな表情をするもう一人の自分に千冬は微笑する。
「言っただろう。お前は私だ。どれだけ醜くとも、どれだけ否定したくても、お前が私であることには変わりない。故に切らない。認める。そして受け入れよう。お前という私を。居心地が悪いかもしれないが、それは当然だ。人の想いというのは何も一つではないのだから」
こちらの自分とあちらの自分。どちらも織斑千冬の心であるのは間違いない。かつての自分ならば一方を容赦なく切り捨てていただろう。だが、それではダメだ。何の解決にもならない。それはただ逃げであり、一歩も前に進んでいないのだから。
だから決めたのだ。どれだけ難しくとも向き合うと。
「―――そうか。それが
小さなその言葉と同時、影法師の身体が薄らいでいく。
驚きの表情を見せる千冬に消えゆく影は笑みを浮かべる。
「不思議な事ではない。こちらが負けを認めた。そして、敗者は消えゆく定め。いや、この場合は元ある場所に戻るというべきか? まぁそれだけの話だ」
「お前……」
「何をぼやけている? さっさと行け。私がお前の中へと戻る今現在、見えているはずだ。あちらの状況が。教師だなんだと言うのなら、その責務を果たしてこい」
「……ああ。無論だ」
言うと千冬はそのまま駆けていく。後ろを一切振り向かず、己が守るべき、導くべき生徒達の下へと。
それはかつて『ブリュンヒルデ』と呼ばれた者の背中ではない。
それはかつて世界最強と謳われた女の姿ではない。
そこにあったのはただの―――そう、ただの一人の教師の姿だった。
「―――ああ、全く。本当に『
呆れたような、けれどもどこか嬉しそうなその言葉と同時、もう一人の
英霊剣豪七番勝負、無事終了。そして私の財布も無事終了。いや、無事ではなかったが。むしろ大事故に遭ったが。
そういうわけで千冬回でした。
原作ではクールな彼女ですが、その心の中を私なりに考え、苦悩や葛藤、そしてそれを乗り越える一人の人間として描きました。
前から言うように、彼女は未熟ですが、それでも良い先生になれると思うんです。
向いていないかもしれない。けれど成りたい、やりたいという気持ちがあれば十分だと思うんです。
だっていつも馬鹿が言うじゃないですか。諦めなければいつか夢はきっと叶うって。
そんなこんなで、次回からいよいよ終幕に向けて走ります。
あのヘルとどう戦うか……私の答えを次回、書きたいと思います。
それでは!!