甘粕正彦が見た未来がISだった件   作:雨着

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大変長らくお待たせしました!!(何回目だよ
※久かた振りなのでご注意ください。


第三十一話 本音

 やめてくれ。

 

 ラウラは最強を願った。無二を望んだ。絶対を欲した。

 あの人のように。あの女性のように。

 強く、強く、強く。

 何者にも負けることはなく、何者にも勝利する。そんなものを手に入れたかった。否、そんな人になりたいと考えていた。

 

 やめてくれ。

 

 しかし、それは彼女に成り代わりたかったわけではない。むしろ、彼女を超えるなどとは考えたことはない。ただ自分に戦い方を教える存在として、自分という人間をここまで育ててくれた人として、尊敬できる教官として、ずっと傍に居て欲しかっただけだ。

 

 やめてくれ。

 

 だから、これは自分が願ったものではない。

 だから、これは自分が望んだものではない。

 だから、これは自分が欲したものではない。

 大切な人を、大事な人を、傷つけたいなどと、そんこと想っていない。望んでいない。欲していない!!

 

 だが、しかし現実は変わらない。否と答える。

 自らの身体を支配している女は死を振るいながら千冬を襲う。それを回避し、反撃するもクリームヒルトには意味を成さず、再び攻撃に転ずる。

 そんな、いつ終わるか分からない攻防を前に、ラウラは何もできない。

 身体は言うことを聞かず、クリームヒルトもこちらの言うことに耳を貸さない。それどころか、彼女の戦う姿はこう物語っている。

 これはお前の責任だと。お前はこれを見なければならない責務があると。

 

(違うっ)

 

 違わない。お前の身勝手な行動がこの状況を招いた。最強になりたい? 織斑千冬になりたい? 笑わせるな。そんなものを願っておいて、何の犠牲もなしになれるとでも?

 そもそも他人を蹴落とすしか能のないお前に、誰かを傷つけたくないなどという資格があるとでも?

 

(それ、は……)

 

 ドイツ軍にいた時も、IS学園に来てからも、お前は他人を他人と思わなかった。世界は自分と織斑千冬の二人だけ。後の者はどうでもいい。邪魔をするのなら消す。それが例え恩師の弟でも壁となるのなら潰す。そういう人生を送り、そしてこれからもそういう生き方しかできない。お前はそういう存在だ。

 故にお前は一人だ。孤独だ。誰も理解しようとしないから、誰からも理解されない。例え織斑千冬のことでもお前は都合の良いことしか見てこなかった。彼女が考えろと言ってもお前は考えなかった。思考を止めていた。そんなことはどうでもいい。私のことだけを見ててほしい。何とも無様で滑稽で憐れな女か。

 

(だ、まれ……)

 

 そうしてまた現実から目を背けるのか。理解していることを知らないふりをするのか。

 本当は織斑千冬がお前のことを鬱陶しいと感じているとわかっているのに。

 

(……ぁ)

 

 考えれば誰でも分かる。ちょっと指導をしてやっただけで、特別扱いされていると勘違いした愚か者をどうして鬱陶しいと思わないのか。

 その上、自分の後ろにやたらと付いてきて、あまつさえ問題行動を起こし続ける。これで好印象など持てるわけがない。

 それはIS学園に来てからではない。彼女がドイツから去った時お前は察していたはずだ。

 自分は見捨てられた……いいや、見放されたのだと。

 

(ちが……そんなことは……)

 

 では何故彼女はお前の前から姿を消した? 何も言わずに去った? IS学園に来ても事務的な事しか言わない? それはつまり、お前のことなどどうでもいいと思っている証拠だ。邪魔くさいと言ってもいいだろう。

 お前はそれを理解していた。けれど認めたくなかった。自分という存在を唯一育ててくれた人間に捨てられたという事実が受け入れられなかった。愚かにも程がある。

 それでもまだ認めたくないというのなら、現実を見せてやろう。

 

(やめろ……やめろ、やめろ、やめろぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!)

 

 *

 

 剣戟が飛び交う。拳がぶつかり合う。殺気が荒れ狂う。

 人智という領域を一歩超えた先での戦いの中で千冬は未だに立っていた。額から血が流れ視界が半分朧げではあるが、拭っている暇もない。視界が不十分なら聴覚で、匂いで、殺気で相手の行動を見据える。それくらいのことができなければこの相手と渡り合えない。

 何故なら今この時も尚、必殺の刃が眼前に迫ってきているのだから。

 

「くっ……」

 

 既に顔面まで五センチ。

 これはよけられない。不可避の一擊。だが、ここから右手に握っている刀で防御するのもまた不可能。

 回避も防御もできない攻撃。

 故に千冬が取った行動は一つ。

 左手の拳で剣の腹を叩き、軌道を変えた。クリームヒルトの一擊は千冬から逸れ、そのまま地面へと激突する。

 その隙を見逃さまいと千冬は日本刀を振り下ろす。

 

「――ほう」

 

 しかし相手は怪物。感嘆の声を上げながら、日本刀の一擊を片手で白羽取りした。

 

「今のを拳で弾くか。中々人外じみた真似をしてくれる」

「……片手で軽々と受け止めておきながら何をいうか」

「それもそうか。しかし驚いたのは本当のことだ。まさかこの時代にお前のような人間がまだ残っているとは。……この感情を一言で言うのなら……そうだな。嬉しいのだろうな、私は」

 

 何食わぬ顔でそんな事を口にする。今もこうしている間にも刃を交わしているというのに自然体のままクリームヒルトは会話している。今までの戦い、そしてこの現状から千冬は再確認した。目の前にいるのは人間の皮を被った兵器なのだと。

 感情が全く読めない。ない、というわけではないのだろうが、読めないのだ。故に何を考えているのかを理解できず、把握できないままここに至る。

 

「そう怖い顔をするな。さっきも言っただろう? 私はお前ともっと語りたいのだ。友人がいない、というわけではないのだがな。こうして対等に戦いながら語り合うというのは中々ない機会だ。そしてお前は未だ死なず、私についてきている。これは私にとっても珍しいことなのだ。こんなことはミズキ以来だからな。故に聞きたいのだが―――お前はラウラ・ボーデヴィッヒをどう思っているのだ?」

「何……?」

 

 唐突な問いに思わず言葉が溢れる。

 

「様々な要因があるとはいえ、この状況を招いたのは彼女だ。彼女の勝手な願いのために我々はこうして剣を交えている。そのせいでお前の生徒は傷つき、お前自身もこうして苦しんでいる。私がいうのも何だが、彼女ほど傲慢で身勝手な人間はそうはいない。環境という問題もあっただろうが、しかしそれが全ての言い訳にはならない。それは君も分かっているはずだ」

「……、」

「私は彼女の記憶を見た。故にその生い立ちを知っている。同情に値する過去を持っている……のだろうな。先程も言ったが、私は理解ができても実感をもてない。故に彼女に同情し、可哀想だ、ということを口にはできるが実際にそう思えるわけではない。だからこそ、彼女の行為はただの八つ当たりであり、傍迷惑にも程がある自己中心的なものでしかないと思えてしまう。その行いは簡単には許されるものではなく、本人もまた罪の意識など持っていない。はっきり言おう。彼女のような人間に好意を抱く者は恐らくいないだろう。その上で、だ」

 

 剣を振り払った瞬間、クリームヒルトは己の剣先を千冬に向ける。

 

「今一度問いたい。お前にとって、ラウラ・ボーデヴィッヒとは迷惑な存在ではないのか?」

 

 それは悪意からの質問ではない。本当に純粋な疑問。

 ラウラ・ボーデヴィッヒは問題児だ。軍人としても生徒としても、そして何より人間としても。己の世界を勝手に作り出し、自分が中心で世界は動いていると思い込んでいる。だから周りのことも気にしないし、我が儘を言えば千冬が自分の元へと帰ってきてくれると信じている。その結果、周りがどれだけ傷つくか、千冬がどれだけ迷惑を被るか、考えきれていない。

 結果、この有様。

 結果、この状況。

 ならばこそ。答えは明白だった。

 

「―――ああ。その通りだよ」

 

 

 *

 

 

 分かっていた。

 

 その答えは簡単に予想ができた。

 ああ、そうだとも。当たり前ではないか。こんな自分の事しか考えない傲慢な女のことを好きになってくれる者がいるわけがない。自分が同じ立場でも同じ返答をするだろう。

 

 何を期待していたのか。

 

 詰まるところ、ラウラ・ボーデヴィッヒとはそういう女で、そういう存在なのだ。周りからは厄介者でそれを勘違いして周りがおかしいと決めつけた馬鹿な小娘。

 

 故に一人。故に孤独。

 

 当然だ。何せ自分から周りを否定しているのだから。最初の経緯がどうであれ、それで殻に閉じこもって世界を閉ざしていい理由にはならない。

 視野が狭いのなら、思考も狭くなるのも自然だろう。だから何度も外の世界をみろと言われ続けていたのに、それを無視しつづけたのは、自分が変わってしまうことを恐れたから。

 彼女は満足していたのだ。千冬が教官であり、自分を育ててくれる。その日常が好きで、それがいつまでも続くと信じていた。だが、自分が変わってしまえば千冬は自分の前から消えてしまう。この幸福が消えてしまう。

 

 嫌だ嫌だそんなの嫌だ。

 

 だが、彼女が変わらないままでも幸せは終わりを告げた。ラウラの前から千冬は去っていった。それでも諦めきれないから彼女は千冬を追った。そして再びあの日を取り戻そうと足掻いた。それがどれだけ馬鹿な事で呆れるほど未練たらしいことか。

 

 そして、その結末がこれだ。

 

 一般人のIS乗りに追い詰められ、よく分からない女に身体を乗っ取られ、挙句自分の憧れの存在に否定される。

 滑稽、ここに極まれりだ。呆れて言葉もない。

 だから涙を流す資格はない。

 ない、のだが―――

 

(うっ……うぅ……)

 

 理解していながらも頬に涙が流れる。

 自分が尊敬している人間に否定されるとは、こんなにも苦しいものだっただろうか。

 他人に見捨てられるというのは、これほどまでに哀しいものだっただろうか。

 それはかつて軍人として落第と見なされた時よりも深く、大きく、ラウラの心を抉った。

 だが、現実は変わらない。

 どれだけ後悔してももう遅い。ラウラは見放され、見捨てられた。それが事実で現実だ。

 

 誰かが笑う。哂う。嗤う。

 

 思い知ったか。これが答えだ。これが真実だ。誰もお前のことなど見ていない。必要としていない。鬱陶しいとしか思っていない。

 故に邪魔だ。もう消えろ。お前の存在価値などないのだから。

 

(……ああ、その、通り、だな……)

 

 クリームヒルトとは別の理解不能な声。その声の言うことは正しく、間違っていない。

 誰も自分を見ていない

 誰も自分を必要としていない。

 邪魔者、厄介者、問題児……ああそうだ。その通りだ。こんな自分が生きていい理由はどこにもない。

 だからもう―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

『だが、それがどうした?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那、『誰か』の声が聞こえてきた。

 

 

 *

 

 

「だが、それがどうした?」

 

 千冬の言葉にクリームヒルトは口を挟まない。

 その答えを最後まで聞くつもりなのか、真っ直ぐと彼女に視線を向けていた。

 そんな死神の眼光を千冬は真正面から受けながら答える。

 

「私はあいつの教官になった時、色々と思い知らされた。人に何かを教える事、誰かと向き合う事、その難しさを。おかげでこっちは手をやかされっぱなしだった。毎日どうやったら相手に伝わるのか、どうやったら理解してくれるのか、そんな事ばかり考えていた。迷惑をかけられたのも一度や二度じゃない」

 

 けれど。

 

「それがどうした。教師とは生徒に迷惑をかけられるものだ。ここ最近じゃあ特にそういった事が多い。だが、その度に思う。彼ら彼女らが問題を起こした時、それにどう対処し、向き合うのか。それが教師の務めなのだと。そして、私はラウラに対してそれができなかった。だから、あいつの問題は私の問題でもあるんだ」

 

 故に。

 

「今度こそ、私は逃げない。真っ直ぐあいつと向かい合う。迷惑をかけられるだろう。面倒事にも巻き込まれるだろう。あいつのことだ。とんでもない勘違いで騒動を起こすことだってありうる。そういう諸々含めて、もう一度、教えていく。教官としてではない。教師として」

 

 だから。

 

「私は助けるぞ、クリームヒルト。一夏も世良も、そしてラウラも。自分の全てを懸けてでも、私は私の生徒を守ってみせるっ!!」

 

 拙い言葉だ。どこかで聞いたことのある台詞。

 ああそうだとも。千冬は口が達者なわけではない。どちらかというと口下手だ。だからこういう時、本当はどんな言葉を言うべきなのかも分からない。

 けれど、先程の言葉に嘘はなく、それを必ずやり遂げる覚悟もあった。

 逃げない。迷わない。向かい合う。そう決めたのだから。

 そして。

 

「―――そうか。それがお前の答えか。ああ……何とも難しいものだな、教師というのは。私には到底できない代物だ」

「だろうな。私もまだまだ未熟者だ。教師と言い張ることすら憚られる」

「そうか? 私はそうは思わないぞ? 少なくとも―――お前の気持ちは、生徒達には伝わっているようだからな」

 

 言葉の意味が一瞬理解できなかった千冬は死神の視線の先を見る。

 そこにはボロボロの状態で未だ己の剣を持つ弟と血塗れになりながら銃を構える小さな少女が立っていた。

 

「お前達……っ!?」

「何をしてるのか、っていうのはナシですよ織斑先生。そういうの、この状況だと野暮ですよ」

「そうだぞ千冬姉。俺はともかく、世良は止めても全く耳を貸さないぞ。むしろ逆効果だ」

「そりゃどうも。っというか、人の話を聞かないのはお互い様だと思うけど?」

「うぐ……まぁ否定はしない」

 

 それを素直に認めるくらいは成長したと見るべきか。

 

「まぁそういうわけでわたし達も混ぜさせてもらうわよ。っというか、最初にやり合ってたのは私達なんだから文句はないでしょ?」

「俺は自分の家族が戦ってるんだ。それ以上の理由は必要ないよな?」

「ふふ……ああ、いいとも。そういうノリもまた、悪くない」

 

 二人の言葉に笑みを浮かべる死神。

 それを他所に千冬は己の生徒達に向かって口を開く。

 

「二人共……」

「言いたいことは分かります。けど、自分達のために戦ってくれている人がいるのに黙って見てるわけにはいかないでしょう? それに私もラウラに色々と言いたいことが山のようにあるんで」

「文句は後でたっぷり聞く。説教だってちゃんと聞く。だから……今は一緒にラウラを助けさせてくれ、千冬姉」

 

 助ける、と。

 倒すでも、戦うでもなく。二人はラウラを助けるために手を貸してくれるという。

 本来なら教師として大人としてそれを突っぱね、一人で事を成すべきなのだろう。それが責任であり、役割。教え子に協力してもらうなど言語道断。

 それらを理解し、わかった上で千冬は一言。

 

「……行くぞっ」

「「はいっ!!」」

 

 そして三人は死神と相対する。

 殺すためでも、倒すためでもない。

 自分の生徒を、友人を、クラスメイトを、助けるための戦いに身を投じたのだった。

 

 

 




皆さん、仕事は忙殺される前にきちんと片付けましょう。
はい、今のでこの数ヶ月間何があったのか、察してください。

というわけで続くラウラ回。
ここら辺は本当に難産でした。ラウラに己の在り方をどう見つめ直させるのか。その答えはやっぱり千冬だというのが自分の答えです。
今のラウラは千冬の要因が大きい。だからこそ、まずは千冬を真っ直ぐ見せるということが大切なのだという結論に至りました。

さて、次回は早めに投降するつもりです。
それではっ!!


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