※好きになった理由は機体も含めてです。決して作者はロリコンではありません。ご注意ください。
深く暗い、一筋の光もない闇。
そんな場所に、しかして届く言葉があった。
『教師とは生徒に迷惑をかけられるものだ。ここ最近じゃあ特にそういったが多い。だが、その度に思う。彼ら彼女らが問題を起こした時、それにどう対処し、向き合うのか。それが教師の務めなのだと。そして、私はラウラに対してそれができなかった。だから、あいつの問題は私の問題でもあるんだ』
詭弁だ。
『今度こそ、私は逃げない。真っ直ぐあいつと向かい合う。迷惑をかけられるだろう。面倒事にも巻き込まれるだろう。あいつのことだ。とんでもない勘違いで騒動を起こすことだってありうる。そういう諸々含めて、もう一度、教えていく。教官としてではない。教師として』
戯言だ。
『私は助けるぞ、クリームヒルト。一夏も世良も、そしてラウラも。自分の全てを懸けてでも、私は私の生徒を守ってみせるっ!!』
嘘だ。そんな事は絶対にない。
あれだけ迷惑を被られて、あれだけ傷つけられて。
それでも尚、見捨てず、見放さず、助けるというのか?
おかしい。それはおかしい。有り得ない。
彼女にとってラウラは他人。そのはずだ。だというのに教え子という理由だけで命を張るというのか。
分からない。分からない。分からない。
本当に、何を考えているのかが理解できなかった。
(でも……)
何だろうか。この胸の奥から湧いてくる感情は。
何だろうか。この頬を伝う涙が意味するものは。
ラウラにはやはり分からないことだらけだ。ただの兵士として生まれただけの彼女にはそれらを何と呼ぶべきなのか答えがでない。
ただ一つ言えることがあるとすれば。
それは、決して悪いものではない、ということだ。
「悪いものではない、か……曖昧な言い方だな」
ふと視線を上げるとそこにはクリームヒルトが立っていた。
「理屈がなく、非合理的な言い回し。具体的でなく、評価しづらい。はっきりとした答えではない」
だが、と彼女は続ける。
「それでいい。人間とは非合理的且つ曖昧な存在だ。善にもなれば悪にもなる。どっちつかずの不完全。だからこそ可能性があり、面白いのだと私は思う……いや、思いたい、というべきか。そして―――お前もまた、その一人になりつつある」
「私、が……?」
「今までのお前は私とは別の意味で機械だった。自分の世界に閉じこもり、考えることをしなかった。思考を放棄したものは人間とは言えないからな。織斑千冬に対する想いも一方的で相手や周りの事を見ていなかった」
「……、」
「しかし今はそれが悪いことだと自覚した。その上で織斑千冬の戦う姿や言葉に感化された。あまりにも小さい一歩だが、しかし前進したことには変わりない」
今までのラウラならば他者を傷つけても罪悪感を感じることはなかった。むしろ、自分の壁になったことが罪である、と言い張るかもしれない。
そんな彼女が己を見直し、そしてちゃんと他人を見た。
まだ彼女に課せられた課題は山のようにあるが、大きな変化である。
「故にもう一度問おう。ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前の願いは何だ」
「私の、願い……」
それは先程も問われた内容。
言われて改めてラウラは考える。
自分は本当に最強になりたかったのか。
自分は本当に無二になりたかったのか。
自分は本当に絶対になりたかったのか。
今なら分かる。本当はそんなもの、望んでもいないし、願ってもいないし、欲してもいなかった。
ただそうあらなければならないと想っただけ。
でなければ――――
「……ああ、そうか。そういうことだったのか」
苦笑しながらラウラはつぶやく。
ようやくここまで来てラウラは自分が求めていたものを見直す。
彼女は強くなりたかった。強くならなければならないと思っていた。そうしなければ千冬が離れていってしまうと思ったから。
では何故彼女は千冬と一緒にいたいと思ったのか。
それこそ単純明快。
「私は……ただ、自分を見てくれる誰かと一緒にいたかっただけだんだ」
暗い闇に亀裂が入った音がした。
「私は今まで一人だった。親もいない、友もいない。自分を大切に思ってくれる人もいない。だから教官は……あの人は特別だった。落第となった私を見捨てず、見放さず、ここまで成長させてくれた人だから」
小さなヒビはしかし徐々に広がっていく。
「私の事を初めて見てくれた。褒めてくれた。よくやったと言ってくれたんだ……そんな言葉をかけてくれた者は誰もいなかった。だからあの人との時間は私にとって初めて訪れた幸福だった。だから強くなろうとした。強くなればそれだけあの人が褒めてくれると、自分を見てくれるのだと。だからあの人が自分の前からいなくなった時は悲しかった。どうして自分の前からいなくなったのか。私が弱くなったから? もう教官を務めるのが嫌になったから? それとも……自分の弟と一緒にいたいから? 分からなかった。だから私は織斑一夏を憎んだ」
やがてヒビは蜘蛛の巣のごとく闇に伝っていった。
「ああそうだ。今考えれば、本当にどうしようもない程愚かで馬鹿な逆恨みだ。モンド・グロッソの事など本当はどうでもよかった。私はただあの人の家族であるということに羨んでいただけなんだ。そして傷つけた。織斑一夏だけじゃない。世良聖や他の多くの生徒にも迷惑をかけた。本当に……本当にダメな奴だ、私は」
でも。
「それでも……あの人はまだ見捨ててなかった。自分を守ると言ってくれた。織斑一夏も世良聖も戦ってくれている。こんなどうしようもない、身勝手な愚か者のために。本当のことを言えば私がこれからどうしたいのか、定まっていない。けれどそれでももう殻に閉じこもることだけはしない。それは逃げだ。自分のために戦ってくれている者達に対しての侮蔑だ。だから私はもうここから出て行く。そして周りを見て、知って、触れていく。
そして許されるのなら―――私は誰かと一緒に生きていたいと思う」
次の瞬間、闇がガラスのように砕け散り、破片が小雨のように落ちていく。
それは自らの世界の崩壊。今まで彼女が見てきた己自身が崩れていく様だった。
ある種の訣別の言葉に、死神は不敵に笑みを浮かべた。
「―――それでいい。人とは決して、一人では生きていけない。誰かと共に励み、理解し、歩んでいく生き物だ。時には争いもするだろう。ぶつかり合うこともある。そういった不合理を繰り返しながら、それでも進んでいく。その姿にこそ輝きはあり、決して機械には真似できない代物だ。
おめでとう、ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前は今、歴とした人しての道を歩み始めた。私はそれを心から祝福する」
それはまぎれもなく祝いの言葉だった。
不思議な感覚だった。目の前にいるのは死を撒き散らす死神。機械のような理屈主義者。そのはずなのに、まるで全てを悟ったかのような表情を浮かべていた。
まるでこちらを導いているような気がするのは、どうしただろうか。
「しかし難儀なものだ。我々の国の子孫が、ここまで面倒な事になっているとは。これではおちおちしていられんな。今からでも対策を敷くべきか。私個人が口を出せる立場にはいないが、コネを使えばあるいは……っと、時間が来たようだな」
ふと見るとクリームヒルトの身体足先から薄くなっていっていた。身体からも光の粒子のようなものが出ており、消えかかっていた。
「これは……」
「何、不思議がることではない。お前が強くあろうとした結果、私はここにいる。その願いが無くなれば消えるのは自明の理だろう?」
クリームヒルトがラウラの身体を乗っ取れたのはいくつもの奇跡と偶然が重なった結果だ。そしてそれ故に脆い。例えば、ラウラが別のことを望めば簡単に消え去ってしまう程。
だが、それはあくまでラウラが自分の想いに気づかなければ意味がない。逃避からの願望ではダメだった。
しかし、彼女は今、己の在り方を振り返り、本当の願いを自覚した。
それは小さな、けれども確固たるモノ。
クリームヒルトはこれ以上ない結末を見て、納得した。
「あ、あの……」
「ん? どうした」
「お前……いいや、貴女は一体何者なんだ?」
それが名前や所属に関してのものではないことは流石のクリームヒルトにも理解できた。
だが、彼女は口元を緩め、言葉を紡ぐ。
「何、ただの通りすがりの死神さ」
*
「――――、」
その瞬間、僅かにクリームヒルトの動きがぶれた。
そして、今まで死線を乗り越えてきた千冬はその刹那の狂いを見逃さない。
「っ、世良、一夏、奴の身体を封じろっ」
応える間もなく、二人はクリームヒルトの身体に飛びつき、動きを封じる。本来なら一瞬にして吹き飛ばされるだろう。事実クリームヒルトは二人を引き剥がし、壁へと放り投げた。
だが、その大きな隙が勝機となる。
気づくと千冬は懐へ入り込み拳を振りかざしていた。だが、それに気づいたクリームヒルトは素早い反応で先に拳を突き出す。
だが、千冬はそれを避け、拳の下へと潜り、そのまま相手の勢いを逆に利用しながら腕を掴む。その格好は正しく背負投のソレだった。
「っらあああああああああっ!!」
雄叫びと共にクリームヒルトは身体を床に叩きつけられた。
響き渡る轟音と崩れ割れる床。渾身の一擊はもはや人間の業からかけ離れており、故に大きな一擊だった。そんなものを受身も取らずに叩きつけられた死神は、ようやくその動きを止めたのだった。
「っ、づ、はぁ……はぁ……」
千冬はその場に膝を折る。身体のあちこちから血を流し、息を切らせ痛みを感じながら……それでも千冬は生きていた。
それが結果、勝敗は言うまでもない。
「勝った……のか?」
「……ええ、どうやらそうらしいわね」
ボロボロな身体で千冬の傍までやってきた二人がそんなことをつぶやく。
まるで現実感がない言葉だった。当然だろう。あれだけの化物を倒せたと突きつけられても納得していない、というべきだろうか。
最後のクリームヒルトの動き。あの一瞬が全ての分かれ道だった。動きを止めたあの瞬間が勝因だったのだろう。
何故止まったのか、何が起きたのか、正直なところ不明だ。
しかし、とにかく乗り切ったのだ。あの死神相手に自分達は生き残った。
安堵の息をつこうとする三人だったが。
「これは……参ったな」
死神が苦笑を浮かべて口を開いた。
「まさか……ミズキと同じやり方をされるとは……全く、やられたよ、チフユ。お前は本当にミズキによく似ているよ。
とはいえ、結果は認めなければな。私の負けで、お前達の勝ちだ」
身体は動かないはずなのに、まるで健全な状態であるかのような口調でクリームヒルトは自らの負けを認めた。
だが、それでも三人は未だその事実を受け止めていなかった。特に千冬は理解していた。あんなものはクリームヒルトの全力ではない。半分の力すら出していないはずだ。彼女は重い枷を持ってこの場に顕れ、自分達と戦った。その理由はわからないし、聞いたところで答えてくれないだろう。
だからお前の勝ちだと言われても、笑みを浮かべることができなかった。
「―――しかし、ここまで似ているとなるとチフユ、お前相当面倒な性格をしているだろう? それは改めた方がいいぞ。人間関係もそうだが、男関係でロクな事にならないのは目に見えているからな」
「……まるで、見知ったような言い方だな」
「よく知っているさ。友人に同じような面倒な性格をしている者がいるからな」
まるで世間話のような言葉に千冬は鼻を鳴らしながら答える。
「余計な世話だ……それより」
「心配するな。ラウラは無事だ。私が消えればこの場と共に全て元通りになる。お前達の傷もな。とはいえ、多少の痛みは残るだろうが、そこは我慢してくれ」
と言いながらクリームヒルトは視線を移す。
その先にいたのは―――。
「しかし、あの『仙人』程ではないにしろ、何とも面倒なことをしているものだ。しかも、何やら混ざった形で行っている。もしや壇狩摩の仕業か? それとも別の誰かか……どちらにしろ、質が悪い」
「? 何を、言って……」
「気にするな。今のお前達に言っても理解はできないだろう。私が言えることは、これで終わりではない、ということだけだ」
それはつまりこういう事がこれからも起こるという宣言だった。
その言葉に三人は顔を曇らせる。
そんな三人を見ながらクリームヒルトは最後の言葉を告げた。
「さて……では私はここらで退場するとしよう。何、そう暗い顔をするな。お前達の先にあるのは絶望だけじゃない。希望があると信じて進めばいい。あの男の言葉を借りるようでむずがゆいが―――諦めなければ、いつかきっと夢は叶うのだから」
言い終えると同時、三人の視界は光に包まれる。
こうじて死神の試練は幕を閉じたのだった―――。
ここまで来るのに何と一年以上も費やすとは……難産とはこういうことをいうのでしょう。
というわけで、クリームヒルト戦これにて終了です。
クリームヒルト戦といいながら、ほとんど千冬とラウラの成長物語ですが。
言いたいことがある人もいるかもしれません。それは感想にてお願いします。
しかし、後悔はしてません。自分の書きたかったものはこれなのですから。
さて、クリームヒルト戦はここまでですが、後日談的なものを次回あげます。
それでは!!