甘粕正彦が見た未来がISだった件   作:雨着

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書いてて改めて思う。甘粕って性別関係ないんだな、と。

※↑は本編に一切関係ありません。


第三話 懸念

 昼時の学食はやはりというべきか混雑しており、人が賑わっていた。

 しかし一方で。

 

「最悪……」

 

 どんよりとした空気を漂わせながら昼食を摂る聖だったが、あまりの気分の悪さに味を全く感じなかった。

 一週間後の対戦。それに無理やりな形で参加させられたのだ。しかも対戦相手の二人の内、一人はイギリスの代表候補生。一方の聖はというと試験でISを操縦したくらいであり、実質ISを動かすのは初めてに近い。勝てる確率など皆無である。

 この状況で浮かれろという方が無理な話だ。

 

「ん? どうした、ヒジリ。先程から箸が進んでいないな。早く食べねば飯が冷めるぞ」

「誰のせいだと思ってんのよ……」

 

 全ては目の前でカレーライスを食べている馬鹿のせいだ。いや、確かにあの場面で目立った言葉を口にした聖も聖であり、あんなことを言えば甘粕が調子に乗って自分を選んでくるという可能性を考えなかったのは痛手と言えるだろう。

 だが、そもそもにして疑問が一つある。

 

「あんた、どうして何も言わなかったのよ。あんたの性格上、ああいうのは見るに耐えないんじゃないの?」

「ああ、そのことか」

 

 言いながら最後の一口を食べ終えると、甘粕はスプーンを置いて語りだした。

 

「確かにその通りだ。あれは酷い有様だったな。興味本位で推薦する愚か者。そこに責任感などは皆無であり、選んだ後のことなど考えてはいない。恐らく織斑一夏を選んだ連中は彼に一切の協力も助力もしないだろう。ただ面白がって試合を観戦するのみ。いやはや頭に蛆が湧いているのかと疑いたくなった」

 

 呆れた口調の彼女の顔はしかして真剣であった。

 

「それに対して反論したセシリアはある意味正しいと言える。その上で自分の優位性をクラスの連中に発言したのも勇気ある行動だ。そこはいい。そこまではいい……だが、あれの悪いところは他者を他者として認めていないという点だ。自分は偉大な存在であり、それ以外の人間は見下す。対等、などという言葉は彼女の中には存在しないのかもしれん。特に男がどうのこうのと言っていたが、あれは少々見るに耐えなかった。何とも今風の歪みを受けて育った典型的な女というべきか」

 

 セシリアの正しさを認めつつも大きく歪んでいる点を指摘する甘粕の意見は腹立たしいことではあるが、しかして認めざるを得なかった。

 

「そして何より私が落胆したのは彼……織斑一夏。あれはダメだ」

「ダメって……セシリアの悪口に対して罵倒し返したこと?」

「いや、そこは別に何とも思っていないとも。あれはセシリアが最初に仕掛けたことであり、彼にはそれに対して罵倒し返す権利があった。口喧嘩というものは見ていて呆れるものだが、しかしそれもまた一つの争い。否定はせんよ」

「じゃあ……」

「私が言っているのは、セシリアが決闘を持ち出した時の彼の台詞だ」

 

 その言葉に聖は首を傾げた。セシリアが決闘を持ち出した時、織斑一夏は何を口にしたのだったか。

 考えている彼女に対し、甘粕は答えを述べた。

 

「彼はこう言ったのだ。『ハンデはどのくらいつける』、と。何ともおかしな話ではないか。今から相手にするのはイギリスの代表候補生。性格は確かに難であるが、しかしその実力は本物のはずだ。にも拘らず、彼はまるで自分の方が上のような態度で物を言っていたのだ。私はつい思ってしまったよ。お前は一体何様なんだ、と」

 

 苦虫を噛むようなその言葉に感じられたのはある種の怒り。

 

「もしかすれば彼には凄まじい実力があるのかもしれない。何かしらの秘策があったのかもしれない。しかしな、その発言はあまりにも相手を馬鹿にしている。まるで相手が自分より弱いと言っているようなものではないか。セシリアも他者を見下しているが、奴もまたセシリアを見下していたのだ。自覚しているかどうかは、分からんが」

 

 聖の考えでは恐らくはしていないと思う。あれは何気ない一言であり、彼の素。つまり日常的に女は対等ではないと考えているのだろう。

 そこに悪意があるかないかなど甘粕には関係ない。相手を対等だと思っていないことに腹を立てているのだ。

 

「正直な話、私は彼に興味を持っていた。ISを初めて動かした男。そんな存在ならば世界の歪みに対して抗うことができるのでは、とな。だが、蓋を開けてみればどうだ。自分は無理やりここに連れてこられた被害者だ、などという面構えで平然と日々を無駄に過ごしている。ああ、確かに彼がここに来たのは自身の希望ではないのかもしれない。しかし、それでも彼がここにいる意味は大きい。その責任を全く感じていないあたり、もはや論外というべきだろう」

 

 それはあんたが勝手に期待して勝手に失望しただけでしょ、とは言えなかった。

 織斑一夏がIS学園に来たのはISに適合したからだ。そしてたったそれだけの理由で入学できた彼だが、しかして他の生徒が同じというわけではない。何十、何百という倍率の中を必死で勉強し、合格を勝ち得た女子がIS学園に入学できる。しかし、彼が来たことによって本来入学するはずだった一人の少女は不合格となったのだ。

 抗いがどうのとかは置いておくとして、少なくとも織斑一夏にはその一人の少女の夢を奪った責任を感じるべきである。だが、実際はISの勉強はおろか、教科書を間違えて捨てるなどとはっきり言って無自覚すぎる。

 

「あのような奴が世間一般的な男だと思われるのは確かに認めることはできん。故、お前の語らいに私は大きく賛成すると同時に感激を受けた」

「またそんな大仰なこと言って……」

「大仰などではない、真実そう思っているのだ。あの場で起こった争い、嘲笑、空気……なんとも度し難い。嗚咽を吐くどころか、怒りでどうにかなりそうだった。そして悔しかった。人間とはここまで堕ちたのかと。悔しくて泣いてしまうかと思った程だ。もしお前が何も言わなければ私は人間そのものに失望していたのかもしれない……だが、そこにお前が現れたのだ」

 

 それは彼女にとっては暗闇の中にあった一筋の光明だったのだろう。

 

「小さな体で一身に連中の視線を受けても尚、それを歯がにかけず自らの心根を口にする勇気。己が関わってきた人々を貶すまいとする誇り。そして周りに流されない強さ。ああそうとも。私が求めていた人間とは即ちこの女なのだと、あの時私は実感した。自分を律し、誰かが輝きを見せてくれると信じたかいがあったものだ、とな」

「……ちょっと待って。じゃああんたは自分以外の誰かが反論するのを待ってたってわけ?」

「ああそうだ。お前の輝きは実に眩しかったよ。尊敬に値する。

 だから言わせて欲しい―――本当に感謝する。お前のような人間がいて、私は真実救われたのだ」

「……あんたに褒められても全然嬉しくないんだけど」

 

 そう言いながら水を啜る聖。

 甘粕の口から出てくる言葉。それらは一つの嘘偽りはない。彼女は全て真実を語る。故に心の底から世良聖という少女に感謝しているのだろう。

 そんなことを真正面から言ってくるなど常識では考えられず、そしてそれは聖が苦手とする分類だった。そして何より気に食わないのは自分が甘粕の策略に嵌ってしまったこと。当人は策などとは思っていないだろうが。

 

「つまりあんたがわたしを選んだのは、つまるところ自分が理想とする人間像だったからってこと?」

「そういうことになる。私の悪い癖の一つでな。気に入った相手にはどうにも試練やら何やらを与えたがる。そして同時に期待しているんだよ。一週間後にお前が見せてくれる輝きをな。何、心配するな。選んだ以上は私としてもその責任を果たすさ」

「それはつまり……?」

「この一週間の訓練に付き合う、ということだ」

 

 その後、聖が全力で断ったのは言うまでもないことである。

 

 *

 

 放課後、聖は職員室にいた。もっと詳しく言うと職員室の隅っこの簡易応接間。椅子と机とコロコロ付きの壁があるそこは正直居心地は悪い。

 

「すまん、遅くなった」

 

 言いながら現れたのは担任教師の織斑千冬。

 元日本代表のIS操縦者であり、第1回IS世界大会『モンド・グロッソ』で優勝した超が付くほどの有名人。彼女が目的でIS学園に入学した生徒も少なくないとか何とか。

 着こなしている黒スーツは彼女の凛々しい顔立ちにぴったりだった。

 

「いえ、わたしもさっき来たところなんで」

「そうか……早速で悪いが本題に入らせてもらう」

 

 聖とは真反対の椅子に座り、数拍置いた後にようやく口を開いた。

 

「一週間後の試合だが、お前は出なくていい」

「……は?」

 

 教師に対してその反応は叱られるべきものなのだろうが、あまりの予想外な展開に思わず口が滑ってしまった。しかし実際は違う。これは彼女が忘れていただけであって、本来はそういう流れ(・・・・・・)になるものなのだ。

 千冬の言葉の真意を理解した聖は敢えて質問した。

 

「……それは、わたしの体が原因ですか?」

「ああ、その通りだ」

 

 端的に千冬は応える。

 

「お前の体は数年前の手術によって改善がされたのは知っている。だが、それでも万全というわけではない。中学も保健室に通いつめる程だったのだろう?」

「……ええまぁ」

「そんな奴をISの試合、それも一方は代表候補生を相手にすることなど担任として認められることではない」

「じゃあ、何でさっきは否定しなかったんですか」

「……お前が、自分の体のことをクラスの連中にわざわざ聞かせたいような性格をしていない、と判断したからだ」

 

 その通りだった。

 自分は体が弱い、なんてことを吹聴するような真似は聖はしたくなかった。それは自らが周りよりも劣っていると知らしめる行為であると同時に自分が弱いことを認めることでもあったから。そして何より周囲の目。人間というのは大半が弱者に対して気を遣う生き物だ。

 目の前の教師のように。

 しかし、だ。

 

「お気持ちはありがたいですが、わたしは試合に出ます」

「ダメだ認めん。万が一のことがあればどうする……」

「では、先生はこれから先もわたしにISに搭乗するなと、そう言うんですか?」

 

 千冬の言葉を遮りながら聖は強く言い放つ。

 別に彼女の言い分は間違っていない。正しい。常識人として正答を口にしている。病弱な人間がいればその心配をするのが当たり前。そんなことは聖も言われなくても分かっている。そういう対応は生まれてこの方何十回もあったことだ。特に彼女の教師になった者のほとんどは千冬と同じ反応をしている。

 ああ、そうとも。何度も言うようにそれは正しい。正しいとも。

 けれど、正しいことが相手を傷つけることもあるのだ。

 

「確かにわたしの体は普通の人間よりも弱いです。だけどそれを理由にしてしまえば、わたしはこれからISを操縦する時に毎回同じことを言われるでしょう。貴女は体が弱いんだからISに乗るのはやめなさい、と。IS学園に来たというのにISを操縦できない。これじゃあ本末転倒じゃあないですか」

「論点を変えるな。そういう話ではない」

「そういう話なんですよ、これは」

 

 試合なんて最初は嫌だった。今でも嫌だ。こんなとばっちりな形で決められたものなんて誰が喜んでやるものか。面倒臭いし、他の誰かが出るのならそれに越したことはない。

 だがしかし。

 自分の体が弱いから逃げることだけはしたくない。

 

「織斑先生、わたしの知り合いにかなりスパルタな検事がいるんですけどね、その人に言われたんですよ。『体が弱いことを理由に物事から逃げるな』って。その通りだと思いますよ。そんな程度で逃げ出すような人間はどんなことからも逃げ出す。私はそういう輩にはなりたくないんです」

 

 ここで逃げてしまえばそれこそクラスの連中と同じではないか。

 それに。

 

「こんなわたしでも゛一応゛は推薦された身なんで。おいそれと辞退するわけにはいかないんですよ」

「……、」

 

 聖の言葉を真剣な眼差しで聞き入る千冬。その顔は無表情、というか強張っている。正直このまま拳骨の一つや二つ飛んでくるのではないかとさえ思われた。

 しかし現実はそんなことはなく、帰ってきたのは拳でも反論でもなく溜息。

 

「……はあ。もしやとは思っていたがお前も相当な問題児だな。甘粕といい勝負だ。何故今年はうちのクラスにこうも変わり者が集まるんだ」

「先生、それは聞き捨てなりません。あの馬鹿……甘粕さんと同じというのは心外です」

「それはお前だけが思っていることだ。周りからしてみればお前も甘粕も同じくらい異質な存在だと自覚しろ」

 

 それはそうなのかもしれない。少なくとも聖にとってあのクラスは普通ではない。それを逆に考えるとクラスからしてみれば聖が奇妙な存在に見えるのも仕方ないのだろう。

 

「そして一番の難問は、お前たちのような問題児が一番真っ当であるという点だな」

 

 自嘲のような笑みを浮かべながら千冬は言う。

 

「お前も甘粕もあの場の歪みに気付いたはずだ。だからこそ、あんなことを言ったのだろう。しかしそれでもあいつらの考えはそう簡単に変わらんよ。何せ小さい頃から刷り込まれた認識だ。それが当然だと考えている。全く、こればっかりはどうにもならん」

「だから諦める、と? 歪みをそのままにしておくと言うのですか?」

「それは違うさ。ただ相当の時間がかかる、と言っているだけだ。三年間という限られた時間で認識を変えられる生徒は少ないだろう。それで世間の見解が変わるわけでも世界そのものが変化することはないのかもしれない」

 

 けれど、と目の前の教師は続ける。

 

「それでも私はしなければならない。ISに関わってきた人間として。こんな世界を作ってしまった人間の一人として、な」

 

 それは元日本代表のIS操縦者として、という意味なのだろうが、何故だろうか。聖には他の意味も含まれているように感じ得た。それが何かは分からない。しかしそれでも確かなことは一つ。

 目の前にいる女性は教師なのだと、心の底から理解したのだった。

 

「織斑先生……」

「無駄話が長くなったな。要するにお前たちが言わなくても今後、ああいうことは私が注意する。それだけのことだ。とは言っても、お前たち二人に何を言っても無駄だろうがな」

「だから先生、わたしとあの馬鹿をセットにするのはやめてください。不愉快です」

「ふふ、そういうな。私はお似合いだと思うぞ。というか、私からしてみればああいう奴は一人にしとくと何をしでかすか分からん。だからストッパーが必要だ」

「そのストッパーにわたしがなれと? 無理ですね」

 

 そんなこと不可能だ。

 あれはストッパーとか重石とかそういうものを全て突破して前に進む人間なのだから。

 

「それはそうと、試合の件ですが……」

「ああ、分かった分かった。試合に出ることは許可する。が、私が無理だと判断した場合は即座に中止してもらう。これは絶対だ。いいな」

「ありがとうございます。あっ、ついでにお願いがあるんですけど」

「何だ?」

「試合までに一度ISを操縦しておきたいと思いまして。訓練機を貸し出しして欲しいんですが」

「……すまんが、それは難しいな。訓練機の貸し出しは予約制なんだ。そしてお前が行う一週間後の試合まで予約は埋まっている状態だ」

「そうですか……」

 

 予定外の答え、ではない。IS学園はISの操縦を主に学ぶ場所なのだから訓練機が貸し出されない場合も普通なのだろう。

 しかしこれは困った。ISを使用した試合を行うのにISを使用した練習ができないとは。

 

「余計な世話かもしれんが、ISを扱うに当たって重要なのはイメージだ。ISの構造を理解した上で臨めば何もしないよりはマシになるはずだ」

「つまりはイメージトレーニングをしろと」

「そういうことになる。後は肉体的なトレーニングも欠かさないことだ。いくらイメージが大切とはいえ動かすのはお前のその体なのだからな」

 

 基本的だが、今の聖にとってはそれしか策は無かった。

 しかしここで一つ疑問が生じる。

 

「あの……教えて貰っていうのも何なんですけど、いいんですか? わたし一人にそんなこと教えて」

「別に問題はないだろう。何せお前が一番不利なんだからな」

 

 その言葉には少々首を傾げた。それはどういう意味か。

 確かにセシリアは代表候補生で勝つ確率はかなり低い。しかし織斑一夏に関して言えば少なくとも同じ土俵の上に立っているはずだ。

 

「勘違いするなよ。お前の体のことを言っているのではない。先ほど連絡があってな。ISを使う男がどれだけのものなのかというデータを取るために織斑には専用機が用意されることになった。つまり、訓練機で戦うのはお前だけということになる」

 

 専用機。代表操縦者および代表候補生や企業に所属する人間に与えられるIS。つまりは特別というわけだ。織斑一夏はその希少な存在から専用機を与えられ、また代表候補生であるセシリアも無論専用機を持っている。

 と、ここで聖は思う。

 あれ、これって完全にやばいんじゃないだろうか。




はい、というわけで甘粕が名乗り出なかったのは獲物を探してたからですね(オイ
実際のところ、甘粕が試練に挑むより、試練を与える印象が強いためこのような結果になりました。

そしてようやくIS勢の一人に絡ませることができた。千冬さんだけど。
個人的に千冬さんはいい教師だと思うんです(暴力的だけど
厳しいけど責任感があって、IS世界の歪みもどうにかしなければならない……そんなことを考える教育者だと私は思っています(暴力的だけど

さて窮地に陥った僕らのヒロイン聖ちゃん。果たしてどう乗り切るのか……一応は考えてあります。突拍子もないやつですけど……

では次回までおさらばです!

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