※少し分量が少なめです。ご注意ください。
結局夢の中でISを創造できるようになった聖であったが、しかしだからと言ってあの「影」を圧倒できたかと言われれば否であり、むしろ俄然やる気を出したかのように強くなり、ISを身に纏っているにも拘わらず、彼女は相変わらず土の味を覚えさせられた。
聖がISを未だ熟練者並みに動かせていなかったというのもあるが、それでも生身……なのだろうか……と仮定して考えるとやはり現実味が無さすぎる。ISが絶対、というわけではないが、それでも生身の人間が相手でああも圧倒されるなど、少々考えにくい。そんな状況を何故夢見たのか未だ不明ではあるが、しかしそれも考えている暇はない。
試合当日。
第三アリーナのピットには既に織斑一夏が聖、それから
いたのだが……。
「なぁ、箒」
「なんだ?」
「この一週間、剣道をみっちりしたわけだが……ISの事を教えてくれる話はどうなったんだ? そういう話だったろ?」
「……、」
「あっ、ちょ、目を逸らすな、目を!」
言われるもポニーテール少女はぷい、と視線を逸らした。とそこで聖は彼女の名前を思い出す。確か彼女の名前は篠ノ之箒。ISの開発した篠ノ之束の妹だ、ということでクラスが賑わったことがあったような無かったような気がしない。何せ、聖は常日頃からどうしようもない問題児に絡まれているため、周りのちょっとした出来事にそこまで注意を払えないのだ。
「し、仕方ないだろう。お前のISは届かなかったのだから」
「いや、そりゃあそうだけど、それでもISの基本的な知識とか色々とあるだろ」
「……、」
「だから目を逸らすな、目を!!」
どうやら会話から考えて織斑一夏は篠ノ之箒にISの基礎を学ぼうとしていたわけだが、結局それは教えてもらうことができず、剣道での練習しかしてこなかった、と。
それでいいのか、と思ったがしかし聖も他人のことは言えない。何せ、夢でイメージトレーニングをしていた、なんてことは笑い話にもならない。
「ええい、男がぐだぐだ言うな! 世良を見習え! 決闘前だというのにあの落ち着き。相当自信があるということだ」
いや、別にそんなんじゃないんだけど。これは単純に睡眠不足でダウンしているだけだ、とは流石に言えない。
「そういや、世良達は一週間何をやってたんだ?」
織斑一夏の疑問に聖ではなく甘粕が答える。
「何、そんな特殊な事はしとらんよ。朝のランニングに放課後の特訓、寝るまでにIS知識を頭に叩き込むなど……まぁ基本的なことだけだ。やってきたことはそちらと大差はないさ。まあ、私としても彼女を勝たせたいという思いが強いのでな。少々興が乗ってやりすぎてしまうこともあったが、しかし流石はヒジリ。私の
「なるほど、だから最近授業中に眠たそうにしてたのか……大変だったんだな」
「……まあね」
気のない声でぼそりと呟く。実際の睡魔の原因は他にもあるが、確かに甘粕が与えてくるメニューは地獄だった。よくこの一週間倒れなかったと疑問に思うくらいに。
しかしまぁ、付け焼刃ではあるものの以前よりは体力が向上しているのは確かなので一方的に責められないのがまた厄介だ。
「それにしても、甘粕は本当に世良の事が好きなんだな。自分が選んだからってそこまでするなんて」
今、物凄く、ものすごく、不快な単語が混ざっていたような気がしたが……ここは敢えて何も言わないでおこう。
「当然だ。選ばれた者に使命があるように、選んだ者にも責任が生じる。選ばれた者の応援は当然のことであり、支援や助言、協力は惜しまない。それが義理というものだ。まあ、昨今の選挙ではどちらにもその自覚が皆無であるのが多く、甚だ遺憾ではあるがな」
「そっか……甘粕は責任感が強いんだな」
「そういうわけではない。これが当たり前なのだ。そうでなくてはならない。誰かを選ぶというのは重大なことだ。何せそれは任すということであり、相手を認めたことと同義。決して興味本位などが理由であってはならない。そんなことが常になってしまえば、人は責任の在り方を忘れ、愚図の群れと化してしまう。そんな世の中は認められんだろう」
「まあ……確かにな」
甘粕の語りに一夏は少々圧倒されながらも耳を傾けていた。
「故に、だ。私がヒジリを支援し、応援するのは何の不思議もないわけだ。それにこれはそちらにも言える話だ。なぁ、篠ノ之箒?」
唐突に呼ばれたポニーテール少女はビクッと肩を震わせた。
「なっ、何故そこで私の名が上がるのだ」
「お前は確か、代表を決めるときに織斑一夏を推薦していなかった。にも拘らず彼に手ほどきをするなど、物『好き』と言えるのではないか?」
「す……ち、違う、違うぞ甘粕! それはだな、一夏にどうしてもと頼まれたから仕方なくだな、幼馴染のよしみというやつで……!!」」
言いながら赤くなっていく頬。そして視線を敢えて織斑一夏から逸している。
なるほど、そういうことか、と聖は納得した。幼馴染、と口走っていたがそういうわけか。
しかし、だ。織斑一夏に関してみれば「ん?」と首を傾げて何が起こっているのか理解していない模様。気づいていないのだろうが、しかしこの状況で分からないものなんだろうか。
そして最も厄介なことは、甘粕がそれに気づいていたという点。別に聖にとって箒は特別な存在でもなんでもないが、甘粕の行動に日頃から胃を痛めている身としては同情せざるを得ない。
言い訳をつらつらと述べる箒を他所に甘粕は再び織斑一夏の方を向く。
「織斑一夏。お前がここにいるのは不本意なことなのだろう。この決闘は男がどの程度のものなのかを見たいという連中の浅はかな考えが原因とも言える。だが、それでもお前は今日、ここに来た。それは何故だ?」
「何故ってそれは……」
そこで言葉が止まる。織斑一夏は自分が何故ここにいるのかを再度考えた。
イギリス代表候補生、そして小さな少女と闘う意味。
その答えはとても単純だった。
「このままじゃ嫌だからだよ」
「……、」
「確かに最初は他人から選ばれた流れで決闘するハメになったけど、それでも一度やると決めたことはやるべきだろ。それが甘粕が言う責任かどうかは分かんないけど、それでも何もせずに言われっぱなしで終わるのは嫌なんだ」
「ほう。ではお前は、自分の存在価値を見返すために戦うと?」
「ん~、どうなんだろ。俺、難しい話とか苦手だから何とも言えないけどさ……ただはっきりと言えることがある」
「それは?」
甘粕の問いに織斑一夏は聖を方を向いて一拍置いて答える。
「
それは少し前に『誰か』が言った言葉だった。
その言葉に箒はうんうんと首を縦に振り、聖は戸惑いを隠せず、そして甘粕は目を瞑りそしていつものように不敵な笑みを見せる。
「――――なるほど。そうか。
満足気なその表情はどこか少し安堵したように見えたのは気のせいだろうか。
「そうだな。男であればそれくらいの気概を見せて欲しいものだ」
「ああ。任せとけ。でも、世良に対しても俺は全力で行くからな」
「無論だとも。そうではなくては話にならん。全身全霊をもってぶつかってこそのせめぎ合いであり、闘争だ。そこに遠慮などというものは無粋というものだ」
などと会話が弾んでいるものの、ここで一つ疑問が。
「ねぇ、盛り上がってるとこ悪いんだけど……あなたの機体、いつくるの?」
*
「予定変更だ。織斑の専用機がまだ到着していない。そのため、先にまずオルコットと世良の試合を始める」
千冬の指示のすぐあとに聖はISスーツに着替えた。それはスクール水着……ではなくその形状をしたレオタードである。ISが普及している今だからこそ何も言われないが、正直二十年くらい前であればアウトだったかもしれない。
着替え終えピットへ再び戻ってくるとすでにそこには訓練機が用意されてあった。
ラファール・リヴァイブ。ここ数日夢の中で創造していたそれの本物が目の前にある。形状、肌触り、部分的な差異はあるが、しかし夢で扱ってきたものとの大きな違いは見受けられなかった。
いつもなら想像するだけで身に纏うことができるが、ここは現実、そうはいかない。
ラファールに搭乗し、起動。瞬間、解像度を格段に上げたかのようなクリアな感覚になると同時に数値の羅列が目前に広がった。それらは夢には無かった代物であり、全方向に視界があるのは聖にとって慣れない光景だった。
「ハイパーセンサーの調子は良さそうだな。世良、どうだ? ISに乗った気分は」
「試験の時にも動かしましたけど……やっぱりあれですね。『これ』はまだぎこちない感じはします」
「? そうか。気分が悪くなれば即座に報告しろ。武装は事前に申し出ていたもので間違いないな」
「はい。問題ありません」
武装データを確認するも異常は見られない。それらは何も特別な武器ではなく、あれば専用機を倒せる代物など一つもない。
だが、いやだからこそ、聖にはそれが向いているのだ。
と、事前確認を大体終わらせた所で箒が聖に尋ねる。
「……なぁ、世良。今更なんだが、訓練機と専用機のスペックは違う。何か秘策でも用意しているのか?」
「秘策、ね。そんなものないわよ。これは訓練機で私はペーペーの操縦士。それに比べてセシリアは代表候補生にまでなったエリート。秘策だろうが奇策だろうが、潰されるのがオチよ」
これが織斑一夏のような専用機ならば話は変わってくるが、しかし現実は違う。聖が扱うのは一般学生が扱う訓練機であり、特殊な武装も能力もない。
勝ち目が薄い。それは分かっている。
しかし、だ。
「それでも、負ける気は毛頭ないから」
瞬間、どこぞの馬鹿がまた愉しげに笑ったのが見なくても分かった。
『それでは世良さん。準備が整ったのでピッドゲートに向かってください』
そうして世良聖は進みだす。
その背中を見る問題児はやはり彼女の予想通りな表情を浮かべていた。
「――――逃げずに来ましたのね」
既に空中で待機していたセシリアはそんな事を言いながら聖を出迎えた。
相変わらずの大きな態度にしかして聖は何も言わない。彼女が今、気にしなければならないのはセリシアではなくその彼女が搭乗している機体。
青一色で彩られたIS。その名を『ブルー・ティアーズ』という。
聖は一瞬で理解した。ああ、これが専用機なんだと。
装備、武装、そして風格。ありとあらゆるものからしても確かにこれは並外れたものだ。右手に持っている二メートルを有に越す長銃器は明らかにメインで遣う武器なのだろう。だが、何故だろうか。それがあからさまにすぎるように感じるのは。
「まさか、貴女が最初の相手だなんて」
「予想外?」
「いいえ、ただわたくしはあなたよりもあの男を倒したくてしょうがない、というだけの話です」
なるほど。どうやら彼女のご指名は織斑一夏であり、聖はただのオマケというわけか。
ああ、全く。完全に見下されている。
「そんなに祖国を馬鹿にされたことが悔しいの?」
「それもあります。しかし何より許せないのは男がISを扱っていて、それがわたくしよりも必要とされたという事実ですわ」
「なるほど。要するに未だ自分が選ばれなかったことが悔しいってことね。全く、いつまで根に持っているんだか。安い女ね、あなた」
「……前言を撤回しますわ。やはり貴女も粉微塵にして差し上げます」
敵意をむき出しにしながら睨みつけてくる。ああ、そうだ。そうでなくては始まらない。
自分を前座だと思い込まれていては困る。そんな奴を相手に全力を出したいなどと誰が思うだろうか。
「しかし、わたくしも鬼じゃありません。最後のチャンスをあげますわ」
「どうせあれでしょ、泣いて謝れば許してやる的な」
「いいえ、それに付け加えてやってもらうことがありますわ……えーっと、何でしたっけ、あれ、あれですよ……あの、ど、ど……」
「土下座?」
「そう、それですわ!」
「断固拒否よ」
即答である。当然だ。そんなものなど糞くらえだ。
大体、ここで聖が謝るというのはつまるところ自分が言った台詞が全て嘘になってしまう。それはできない。したくない。『あの人達』を穢す行為だけは何が何でも認められないのだ。
それに、だ。
「わたしはあなたと違って他人に選ばれてここにいるの。そう易々と勝負を投げ出すわけにはいかないのよ」
それが世良聖とセシリア・オルコットの決定的な違い。
聖は他人が望んだから、セシリアは自ら望んだから、ここにいるのだ。
その事実にセシリアはムッとなる。
「……愚かな人。そしてどこまでわたくしをイラつかせる人ですわ。貴女も彼女もそしてあの男も。本当、何故こうもわたくしを苛々させるのですか?」
「さぁ。ただ、一つ言えることがあるとすれば……」
言いながら両手に現れるのは二つの銃。
その銃口は目の前のイギリス代表候補生に向けられた。と同時に向こうもまた馬鹿でかい銃口を聖に対して向けてくる。
「わたしも、あんたのそういう態度がイラつくってことよ」
試合開始。
直後、激しい銃撃戦の幕が開かれた。
そういうわけで開幕です(闘うとは言っていない
今回は区切りがいいところで切ったので次回からセシリア戦になります。
さて、夢での特訓はどこまで活かせられるか。それはまた次回で。
それでは!