※今回
「どうして彼らはああなのか。どうして彼女らはああなのか。
どうして世界はこうも歪んでいるのか」
真っ暗な視界の中、聞こえてくるのは覚えのある声。しかし何故だろうか。それが誰なのかがはっきりとしない。
「だから私は、お前を――――」
「お前を――――」
*
「……、」
目を覚ますと知らない天井が広がっていた。
そんな在り来りな台詞が頭に浮かんだと同時に聖は自分が試合をしていたことを思い出す。そして自分はその途中で気を失ってしまったことも。
「わたし、は……」
「ようやくお目覚めか」
傍らから聞こえてくるのは担任教師のものだった。
ふとそちらを向きながら辺りを確認する。どうやら聖は保健室にいるようだ。
「織斑先生……一体何が……」
「それはこちらの台詞だ。急に動きな妙になったかと思えば、意識が途絶え、そのまま墜落しそうになった。オルコットに感謝しておけ。あいつがお前を助けなければ死ぬことはなかったかもしれんが、それでも重傷を負っていただろう」
「セシリアが……」
「医者の話では無理をしすぎた過労ということだが……概ね事情は理解できる。この一週間何をしてきたかはしらんが、それで試合に負けるなど笑い話にもならん……まぁそれだけ試合に勝ちたかったということは評価するがな」
全くもって返す言葉がなかった。
だからこそ、聖は話題を別へと切り替える。
「……あの、試合の方は……」
「お前とオルコットの試合はお前の戦闘不能によってオルコットが勝利した形となっている。その後のオルコットと織斑の試合だが……まぁ同じようなものだ」
「同じようなもの……?」
「……織斑があと一歩というところまでオルコットを追い詰めたんだが、その瞬間にシールドエネルギーが切れた。要は自滅というわけだ」
はぁ、とため息を吐いているその姿は弟の失態を嘆く姉のものだった。それを見た聖は、織斑千冬という存在は姉でもあるのだと改めて理解した。
「しかし、奴がオルコット相手にあそこまで善戦したのはお前の功績が大きだろう」
「わたし、ですか?」
「お前があの
「随分と厳しめな評価ですね」
「奴の戦い方は専用機に救われた要素が大きい。確かにISを動かしたのが二度目とは思えんほどの動きではあったが、まだまだ穴だらけだ」
正論であるような言い分に聖は何とも言えなかった。織斑一夏の戦いを見ていないというのもあるが、どうにもこう、千冬の身内に対する厳しさが混じっているように思えてならなかったからだ。
「それに、お前の戦いを見た後だ。どうにも比べてしまう。確認だが、世良。お前はISを動かしたのはあの時が二度目なんだな?」
「ええまぁ。試験で動かした以外は、あれが初めてですよ」
現実では。
その言葉を付け加えなかったのは、当然と言うべきか。夢の話をしたところで、どうせ信じてもらえず、くだらんの一言で済まされそうだった。
「しかし、だ。大事には至らなかったから良かったものの、自分の健康管理もできんようでは操縦が上手かろうがIS乗りとして失格だ」
「あはは……すみません」
「笑い事では済まされんぞ……まあ反省しているのならばいい。今後は気をつけろ」
すると保健室のドアがコンコンとノックされた。
「失礼しま……お、織斑先生!?」
「ん? ああ、オルコットか。世良の見舞いか?」
「え、あ、いや、その……はい」
セシリアの表情には驚きと戸惑いが混合していた。それだけ千冬がここにいることが予想外だったというわけだ。
彼女の顔を見て千冬は立ち上がる。
「では、私は仕事があるためこれで行く。お前も少し休んだら自室に戻っていいぞ」
それだけいい残すと千冬はセシリアの横を通りながら保健室を出て行った。後は二人で語り合え、とでもいいたかったのだろう。
「……、」
「……、」
だが訪れたのは無言。聖はもちろん、セシリアも何を喋っていいのか分からない、といったところか。そもそも彼女たちの間柄はあまり宜しくない。試合中でも互いに言い合った記憶も新しい程だ。
しかしだからといってこのまま、というのも聖にとってはいただけなかった。
「……取り敢えず、座ったら?」
気まずい雰囲気の中、提案した一言にセシリアは無言で頷き、先程まで千冬が使っていたパイプ椅子に腰をかける。
そして、それから一分程の沈黙があった後、聖が口を開いた。
「試合、結局あなたが勝ったんですってね」
「……そのことですが、少しお話があります」
ようやく喋ったかと思われたが、しかしセシリアの表情は未だ芳しくない。
真剣と戸惑いを合わせながら彼女は続けて言う。
「わたくし、クラス代表を辞退しようと思っておりますの」
へ? と聖が口に出さなかったのは奇跡に近かった。
しかし、その言葉の裏側を考えた途端、彼女の頭はスッと冷えていった。
「織斑先生から何か聞いた?」
「……ええ。貴女の体のことを少々……ごめんなさい」
「別にいいわよ。言いふらすつもりがなかっただけで、知られてまずいようなことでもないし……でも、それが原因で辞退するっていうのなら……」
「違いますわ!」
聖の言葉を遮りながらセシリアは必死に否定した。
「あなたの戦いぶりは見事でしたわ。イギリス代表候補生のわたくしに訓練機であと一歩まで追い詰めたあなたの実力は本物です。それはあの試合を見ていた誰もが思うはず。だからこそ、あのような形で決着がついたのは確かに心残りです……ですが、それを理由にしてしまうのはあなたに対する冒涜だということも理解しています」
その言葉には偽りが見当たらなかった。
セシリアとてイギリス代表候補生まで上り詰めた人物だ。エリート思考があるものの、そこにはISに対する誇りや信念があるのは確かだ。そんな彼女だからこそ、相手の体調が充分でなかった。だから自分は納得いかないから辞退する……それが相手に対しても自分に対しても何の意味もないことを知っているのだ。
「じゃあどうして?」
「……わたくし、あなたに言われて色々と考えていたんです。自分の考えが正しいのかどうか、と。それについては今でも答えは出ません。ただ、戦っている最中のあなたの言葉にはどこか眩しいところがありました……そして思ったんです。わたしもあなた言う『あの人達』に会ってみたい、と……そして同時に自分の心の何かが揺らぎました。そんな中途半端な人間が代表など務めるべきではないと思ったのです」
「……そう」
何かが揺らいだ。それはつまり、聖の言葉が彼女に通じていたという証拠だった。それはそれで良かったのかもしれない。それはつまり、聖の考えにセシリアが少しでも共感したということなのだから。
「……本当のところを言うとわたしはあなたが羨ましいのかもしれません」
「羨ましい?」
「ええ。わたくしは、出会ったことを誇れるような男性に会ったことがありませんから……」
笑みを浮かべるセシリアだったが、それはどこか自嘲気味であった。
「わたくしの父はISが生まれる前から母の言いなりでした。そして、両親が亡くなってから近づいてくる男性はどれもこれもわたくしの両親が残してくれた財産が目当てだった……そんな男ばかり見てきたせいでしょうか。わたくしはいつの間にか男とは『そういうものだ』と思い込んでいたんです」
近づいてくる男どもは自分の財産が目当て。そこに誇りも名誉も何もない。あるのはただの金が欲しい、地位が欲しいという名誉だけ。
男は女よりも価値がない……セシリアがそう思うのも無理はないだろう。そんな連中のどこに惚れろというのか。誇ることなど天地がひっくり返っても有り得ない。
しかし、聖はそれでも言いたいことがあった。
「……あのさ、わたしも散々言ってきた身で言うのもあれだけど……わたしの父親もだいたいは母親の言いなりよ?」
「え?」
「いや、言いなりというか脅されているというか……っていうか、わたしの父さん、草食系男子なのよ。普段はどうしようもなく温和な平和主義者。争いごととかは大ッ嫌い。娘のわたしですら情けないなぁと思う時なんて一杯あるわ」
「では……」
「でもね」
と一拍置いてから聖は言う。
「娘から見た父親ってそういうものでしょ? どれだけ偉い人でも外で威張っている人でも家の中では娘の言うことに一々わたふたする。あなたが父親を情けないって思うのは娘として当たり前だったってことよ」
「そう、なんですか……?」
「少なくともわたしはそう思うわ……でもね、だからといって見下すべきではないとも思っているの。だって、わたし達がこうして生まれてきたのって父親のおかげでもあるわけだし。それに対してわたし達は感謝しなきゃいけない。それに娘が見る父親って一方的なものだから、本当の姿を見れるなんてそうそうないわけだし」
「本当の、姿……」
「セシリア。あなたは、あなたの父親の本当の姿を知ってるの?」
その言葉にセシリアは言葉が詰まる。
父親の本当の姿……そんなものは知るまでもない。情けなくて弱々しい、どう見ても頼りない存在。そう思う。思っていた。
だが……本当にそうなのか?
本当に自分の父は、そんな男だったのか?
今のセシリアが言えることはただ一つだった。
「分かりませんわ……」
「そう。なら、それを調べてみたら? 例えこの世に存在しなくても、その人がどんな人物でどんな性格で、そしてどんなことを考えていたのか。それを知ることくらいはできるんだから」
聖は思う。調べたところで、結局何かが変わるとは限らない。
もしかすれば父親が実は凄い人間だったと分かるかもしれないし、思っていた以上に最低な人間だとわかるかもしれない。どうなるかだなんて、神様でもない彼女に示すことなど不可能だった。
けれど、それでも。
セシリアは父のことををもっと知るべきだと思った。
その結果が彼女に対して幸福をもたらすか、あるいは不幸を招くか。分からない。
ただそれでも、自分の父親が本当はどんな人物だったのか。それを知る責任が娘にはある。
「……あなたという人は、本当におかしな方ですね」
「織斑先生にも同じようなことを言われたわ。自覚しろ、みたいなことも言われたけど」
正直な話、心外である。確かに聖は自分とクラスの連中……いや、IS学園に通うほとんどの生徒と考え方が違うというのは理解しているが、それでも問題児だのおかしな人物だのと言われる筋合いはない。
「さっきの話だけど、それだとわたしと織斑一夏のどっちかってことよね……だったら、わたしも辞退するわよ」
「ど、どうしてですの……!?」
「どうしても何も、わたしはこんな体だしね。言い訳に聞こえるかもしれないけれど、やっぱりクラス代表が病気持ちじゃ締まらないでしょ」
「そんなこと……」
ないですわ、と口にしようとしたのだろうが、しかしセシリアは続けず、代わりにため息を吐いた。
「……分かりましたわ。あなたがそれでいいというのなら、それを無理に変えろという資格はわたくしにはありませんもの」
「そういうこと。まぁ、一つ気に入らないことがあるとするなら、織斑一夏が代表になるってことだけど」
「聖さんは一夏さんのことが嫌いなのですか?」
「嫌いというわけじゃないわよ。ただ気に食わないってだけ」
「そう、ですか……」
と呟くセシリアだったが、何故かその表情には安堵が見られた。
「ところで用事はそれだけ?」
「いえ、実はもう一つあるのですが……くどいようなのですが、聖さん。もう一度聞きますが、一夏さんのことは気に食わないと思っているのですね?」
「ええ、そうよ。それがどうし……一夏さん?」
そこでようやく聖は気づく。
男嫌いであるはずのセシリアが織斑一夏を下の名前、しかもさん付で読んでいることに。よく見ると今の彼女の顔はどこか頬が赤らめている。
それは、つまり……。
「……まさかとは思うけど、あなた織斑一夏のことが好……」
「そ、それ以上は言わないでください!!」
顔の赤みを耳まで到達させながら手を交差させるその姿からもう答えは分かっていた。
別に人の色恋沙汰に文句を言うのは聖の趣味ではないが……それにしても織斑一夏とは。
「一応、理由、というかきっかけのようなもの聞いてもいい?」
「そ、それは……」
と戸惑いながらもセシリアは語り始める。
彼女を追い詰めたその瞬間、熱い決意の篭った瞳を見たという。それは今まで出会った中の男達にはないものであり、それにセシリアは惹かれた。
たったそれだけのことだったが、しかし織斑一夏のことを意識すると胸が熱くなる。彼の顔を思い出すだけで胸がいっぱいになるのだ。彼のことをもっと知りたり、彼ともっと一緒にいたい。今のセシリアの胸にはそれで埋め尽くされているという。
その話を最後まで聞いていた聖は確信する。間違いなく、恋をしている、と。
確かにセシリアの育った環境の中で織斑一夏は初めて出会った『まとも』な少年なのだろう。彼女に対して顔色を伺うこともなく、あろうことか反論までしてくるというのがまたスパイス的な意味をもったのかもしれない。それが悪いとは言わない。ちょろい、と言えば一言で済まされてしまうが、しかし初恋とはそんなものだろう。
それにしても、織斑一夏か……聖が知っている限りでは織斑一夏に好意を寄せている女は既に一人いる。入学してそうそう二人の少女に片想いされるとは、織斑一夏にはそういった才能があるのだろうか? 聖には全くいい男には思えないのだが。
「それで? つまりあなたはわたしが織斑一夏に気があるのかを確かめたい、と」
「そ、それもありましたが、重要なのはもう一つの方で」
「もう一つ……?」
「その……もしよろしければ聖さんにアドバイスというか、相談を聞いて欲しい、と……」
「却下」
即答である。
「な、何故ですの!?」
「何故って、あなた、わたしが他人の色恋沙汰を聞いてやるほどの善人だとでも? そもそもどうしてわたしなわけ?」
「だって言っていたではありませんか。わたしは男性経験豊富な女だ、と」
「いつよ! いつわたしがそんなことを言ったのよ!!」
「クラス代表を決める際にわたくしに言っていたではありませんか!!」
「いやそんなこと言ってないし! そもそもあれはわたしが知っている男の人ってだけの話で色恋沙汰には全くしてないでしょ!! そもそもわたしだって未だに――――」
とそこで正気に戻った聖はハッとした顔で口を紡ぐ。
ふとセシリアを見ると縋るような眼差しを向けていたた。
正直このまま話が続けば余計なことを言い出しかねない。その前に、何とかこの話を終わらせなければ。
「……はぁ。わかったわよ。時々でいいなら相談に乗るくらいはしてあげるわよ。ただし、手伝いとかは一切しないからね」
「はいっ、それで構いませんわ!!」
嬉々として感謝を述べるセシリア。
こうして世良聖の厄介事はまた一つ増えたのだった。
皆さんに言っておきたい。一夏とセシリアの戦いを書かなかったのは流れてきにぐだると思ったからで別に面倒だったからとかではないことを!
……はい。白々しいですね。すみませんでした。
セシリアは今まで出会ってきた男がダメダメで初めて強い意思を持っていた男が一夏だったわけですね。だから惚れてしまうのも無理はない……のか?
ちなみに聖のタイプは草食系だが一本筋が通っていて、一緒に地獄へ行く覚悟を持った男性です。え? どっかで見たことがある? ワカラナイナー。
そして次回は甘粕との対話ですが……どうすればいいんだ!!