for you   作:不皿雨鮮

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Who are you?

 この町で最も大きな家。もはや屋敷と言ってもいいような家には、少年が一人で住んでいる。

 幽霊屋敷、とも噂される程に人の気配はなく、ただただ静かで暗い。寂しがっている。それが私の最初の印象だった。

 最初の印象であり、疑問だった。

 

 私がその屋敷を訪れたのはただの好奇心だった。オカルト系の話が好きで、だから学校の休みの日には、幽霊が出ると噂されるところへと旅に出る。と言っても私は財力のない一般の学生であり、電車を二つか三つ乗り継いで行ける範囲にしか旅には出れなかった。

 だから私は遠くにある場所から順に回っていくことにした。最初にお金の掛る方を潰していき、最後には低予算で探検が出来るように考えたのだ。そしてその屋敷は学校の校区内であり、家から自転車で行っても数十分掛るか掛からないか程度の距離にあった。

 その日は丁度、夏休みが終わった頃で、旅に忙しくて済ませていなかった夏季課題をようやく片付けることが出来たという、精神衛生上とてつもなく素晴らしい日の土曜日だった。急いで学校に課題を提出し、家に帰ったのが大体午後一時過ぎ。

 風呂に入って、動きやすい服に着替えて、私はスマートフォンとスマートフォンの充電器とバッテリーチャージャーと、探検用に貯めていたお金の残り全てを持ってその屋敷に出かけた。

 

 自転車に乗ったまま、家の周りを一周する。

 門から玄関の扉までには少し距離があり、その道の左右には草花が伸び放題になった庭がある。庭は家本体を囲むように広々とあるが、しかしどこも手入れはされていない。広さ故にか虫や小鳥達の憩いの場になっている節もあり、心なしか空気は綺麗なように思えた。家本体は三階建てで、それぞれには大体八つくらいの部屋があるだろう。ぱっと見、二階と三階に幾つかの窓ガラスが割れていたのを鑑みて、恐らく人はいないだろう。

「でもまぁ、一応、っと」

 インターホンを押して待つ。それを三回繰り返す。

 ゴミ屋敷に住んでいるという変わった人間は意外といるのだ。あまり関わりたくない人種なのは当然なのだが、しかしオカルト系の話においてそういう変わった人間というのは貴重な情報源になる。変わった話を聞くには変わった人間がいいということだ。しかし、今回は予想通りそういった人間はいないらしい。

「犯罪は~、バレなければ~、犯罪じゃない~」

 と鼻歌交じりに歌いながら門を乗り越えて玄関まで直行。少し遠い所へ行く為に使う予定だったお金をケチって自転車で行ったりしていたおかげで、体力はそれなりにあるし、運動神経もそれなりに育まれていた。体育の運動測定の結果を比較してみたところ、そこらの野球部の男子くらいの体力と運動能力はあるらしい。イマイチ実感が湧かないが、そういうことらしい。

 玄関は鍵が掛かっていた為、壁の隙間を登って二階の割れている窓から侵入。

 中に入るとイメージ通り、暗く静かだった。暗いのは流石に困る為、明かりを点けようとするがどちらに動かしても明かりは点かない。どうやら電気が通っていないらしい。

「昔は懐中電灯とか、なんか色々と必要だったんだろうな……」

 と思いながらスマートフォンの電灯機能を使う。この機能で十分に懐中電灯の代わりになる。勿論、スマートフォンのバッテリーは普通よりも早く浪費する。特に私のスマートフォンは二世代程前のスマートフォンな為、普通でもバッテリーの消費は早いのだ。何せ、電灯機能を使ってから既に一パーセント減って残り七十パーセント。

 ぎしぎしと床は笑い、冷たい風が私の背筋に息を吹きかける。そうそう、こういう雰囲気が好きなのだ。

「……何か出ないかな……?」

 ごとん。

 私が呟いたと同時に、そんな音がした。いや、むしろ私の声に反応したといった感じだろうか。

 何かは分からないけれど何かがいる。

 喉が鳴る。ごくり、とつばを飲み込む。多分私は露骨にテンションが上がっているのだろう。思わずにやぁっと笑ってしまう。この瞬間が私は最も楽しいのだ。この前でもこの後でもなく、今、この瞬間が楽しいのだ。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。なんて言葉があるが、つまりはそういうことだ。実のところ私はオカルト系の話を微塵も信じていない。幽霊、妖怪、化け物、魔法、魔術、使い魔、その他諸々、そんなものを私は信じていない。ならば何故オカルトが楽しいのかと言えば、あり得ないはずなのにあり得るのかもしれないと思わせる程の説得力があるところ、つまりは未知であるところ。未だ知らずと書いて未知。つまり未知である今この瞬間が、とてつもなく楽しいのだ。

 何なのか分からない。だから怖い。怖くて怖くて仕方がない。その恐怖を感じている瞬間を私は生きている瞬間と思えるのだ。

 しかし、分からないことを知りたいと思うのも人間の性。だから私は一歩を生み出してしまう。生きていると唯一思える瞬間を私は自ら壊してしまうのだ。

 床が一回声を挙げる。すると街灯が届かない場所から同じ声を挙げた。

 繰り返しだ。ゆっくりとゆっくりと私は分からない何かを追い詰めていく。何故私が逆に追い詰められないのかと言えば、前途の通りオカルト系の話を全く信じていないからだ。大方、いるのは動物だろう。大きさは大型犬くらいだ。となると、実際問題こんな都会にいるのは大型犬くらいなのだ。そして私は大の犬好きだ。ならば私が追い詰められる訳がない。むしろ追い詰められても大歓迎である。

 閑話休題。

 いくら広い家とはいえ、廊下にだって限界がある。相手もどうやらそれに気付いたようだが既に遅い。窓の位置関係から考えて逃げられるような部屋はもうない。だから私は一気に追い詰める。

「さぁっ、捕まえた。――あれ?」

 ぎゅっと抱きしめる。しかし私の予想していたような毛の感触はなく、あったのは布切れの感触。飼い主が服を着せる趣味でもあったのだろうかと他の部分を触ると、直に肌に触れた。その時点でようやく気付く。

 最初から予想は外れていたのだ。スマートフォンを手に取って、捕まえたそれを確認する。

「あなたは、だれ?」

「……やっぱり」

 そう、そこにいたのは人間だ。大きさは大型犬くらいの、小柄な男の子だった。

「あなたは、だれ?」

 もう一度同じ質問をして、その男の子はふっと脱力して倒れた。

「……っ」

 慌てて男の子を支えて、抱きかかえ、明かりのある場所へと連れて行く。事情を聞く為にも逃げられては困る。念の為に二階の部屋の中で最も日当たりの良い部屋に運んで、様子を見る。

 男の子の体は、治りかけの傷ばかりだった。治りかけの重症の傷ばかりだった。

「……虐待、なのかな」

 殴られた跡、なんてものは分からないけれど、どことなく酷すぎる。それに虐待だとしてその上育児放棄なのだとするならば、今の状況にもある程度の納得がいく。要するに夜逃げしたのだ。この子を置いて。

「……っ」

 分からない。分からない。そんな人間の思考なんて分からない。分からない。怖い。怖い。ただただ怖い。そこに面白さなんて、楽しさなんてなかった。

 そうだ。私も知っているのだ。この世界で一番怖いのは人間なのだ。

「んっ……、っ、だ、だれ? あなたは、だれ?」

 怯えたその子は、私から逃げるようにして距離を取る。

「私は、ただの暇人だよ」

 私は男の子を捕まえて優しく抱きしめる。男の子は少しだけ抵抗をしたけれど、抱きしめるだけだと分かったのかすぐに抵抗を止めてくれた。

「ひま、じん?」

「そう、とっても暇な人」

「そう、なの?」

「うん。だから、君のお話を聞かせて欲しいな。君の名前は?」

「ぼくの、なまえ? えっと、ぼくは、えっと、えっと……わすれちゃった」

「忘れた?」

 自分の名前を忘れた。その発言が何を意味しているのか、理解が少し出来なかった。

 名前を忘れるという意味が、私には分からなかった。

 ゆっくりと、長い時間を掛けて、具体的には日が暮れて、バッテリチャージャーで充電をしながら明かりを確保する必要があるくらいには時間を掛けて、男の子から男の子の境遇を聞き出した。

 名前は分からないまま。年齢は十二歳。両親は「ここでお留守番をしていなさい」と告げたっきり、帰っていない。告げたのがいつなのかは分からない。ご飯は、缶詰がまだ幾つか残っていて、それを食べている。

 ここに来たのは私が初めてで、だからとても嬉しかったらしい。

 それを聞いた私は、迷わずに言った。

「ねぇ、明日も会おうか」

「あしたも? どうして?」

「缶詰ばっかりじゃ体に悪いからね。私が沢山、栄養の一杯あるもの作ってきてあげる。お弁当を作ってきてあげる」

「おべんとう? ほんと!?」

「うん。だから、明日も会おう?」

「うんっあう。ぜったいにあう!」

 とりあえず、出来ることをしよう。私が決めたのは、そういうことだった。

 

 翌日。とりあえず私は作れるだけの料理を作って、それを抱えて再び男の子の待つ家へと向かった。

 そして男の子を発見して、お弁当を見せたが、帰ってきたのは。

「あなたは、だれ?」

 という最初に掛けられた声と同じ声だった。

「誰、って言ったでしょ。昨日、私とここで一緒にお弁当を食べる約束をしたでしょ?」

「……そうなの? ……わすれちゃった」

 忘れた。と言った。私のことを、私との約束のことを、忘れたと言った。

 これまで誰も来ておらず、私が来て嬉しかったと言っていた。そんな男の子が、私のことを忘れたと言ったのだ。

「忘れ、た? 昨日のことを、私ことを分からないくらいに忘れた、ってこと?」

「うん。えっと、ご、ごめんなさい」

 困惑のまま謝る男の子を見て、私はようやく気付いた。

 そうか、そういうことか、と内心で納得する。

「……ううん。謝らなくていいよ」

 この子は、記憶が一日しか持たないのだ。そうすることでこの子は壊れないようにしている。本能的に忘れているのだ。

「とりあえず、お弁当を食べよっか。お腹空いているでしょ?」

「……うん。その、たべていいの?」

「勿論。君の為に作ってきたんだよ。沢山、沢山、食べていいからね」

「ありがとう、おねぇちゃん!」

「どういたしまして」

 嬉しそうに食べている姿を見ながら、思考する。

 この子は、笑っているが内心には物凄いストレスを抱えているのだろう。そのストレスで押し潰されないように、一日一日しか覚えないようにして生きている。

 名前を忘れているのもそうだ。名前を思い出せば、同時に両親の虐待のことを思い出すのだろう。いつからここで両親を待っているのか覚えていないのは待ち続けた時間はそのまま孤独の時間だからだ。まだ心が成長しきっていないこんな子どもが、常に独りであるという孤独に耐えられる訳がないのだ。

 たった一日、一人でいる。電気も通らない、暗い場所で、たった一人でずっといる。その孤独も、私には分からなかった。分からず、怖くて、そして楽しさや面白さなんて微塵も感じられなかった。

 純粋なる恐怖。孤独という恐怖。それをこの子はたった一人で、長い時間ずっと経験し続けてきたのだ。ひっそりを、一日一日を忘れながら。

「こんなことが、あっていいの?」

 呟く。

 呟かずにはいられなかった。そして決めたのだ。

「えっと、ごちそうさま、でした!」

「うん。偉い偉い。それじゃ、今日も沢山お話しよう」

「おはなし?」

「そ。沢山話そう。私は幾らでも聞いてあげるからね」

「わかった! えっとねー!」

 そうして私は、男の子の話を聞いた。同じ話を。

 

 翌日。月曜日。学校終わりにそのまま男の子の家へと向かった。

 やっぱり男の子は。

「あなたは、だれ?」

 と言った。

 だから私は、少し嘘を吐いてみることにした。

「私は、ゴーストバスターだよ」

「ご、ごーすとばすたー? えっと、なに、それ」

「この世界にはね、良い幽霊と悪い幽霊がいるの。だから私はいい幽霊の味方になって、悪い幽霊を倒すお仕事をしているんだ」

「そうなんだ! すごい!」

「じゃあ、ちょっと待っててね。すぐに悪い幽霊を倒したら、いい幽霊さんの為に色々と君に話を聞かないといけないから」

「うん、わかった!」

 私はそのまま、空いた部屋で数分ばかりの一人芝居を扉の向こうで演じた。具体的にはドタバタして戦っている雰囲気を醸しだしただけだ。

「ふぅ……、倒したよ。さて、それじゃあ、お話を聞こうかな。どう? 私、お弁当作ってきたんだけど、君もいる?」

「うん! いる!」

 そうして私は、男の子の話を聞いた。また同じ話を。

 

 更に翌日。火曜日。同じく学校終わりにそのまま男の子の家へと向かった。

 やっぱり男の子は

「あなたは、だれ?」

 と言った。

「私は、マジシャンだよ。今日は君に特別なマジックを見せてあげようと思って、ここに来たんだ。見る?」

「う、うんみる! あっ……、でも、だけど、おかね、もっていないの」

「そっか……。じゃあ、君のお話を聞かせて欲しいな。一緒にお弁当を食べながら、君のお話を聞かせて欲しいな。それでいいよ」

「ほんと!? ありがと! それじゃあみせて!」

 幾つかのありきたりなマジックと、調べて練習した少しだけ科学を応用したマジックを披露した。

「それじゃあ、お話を聞こうかな。はい、一緒にお弁当を食べよう」

「うん!」

 そうして私は、男の子の話を聞いた。また同じ話を。

 

 何日も何日も、私は色んな人になって男の子を楽しませて、お弁当を一緒に食べて、そうして何回も話を聞いた。

 何回も何回も何回も、同じ話を聞いた。

 

 ある日。同じように学校終わりに、その男の子の家に向かったのだ。

 さて、今日はどんな人になろうかなと思って家の扉を開けると。

「あっ! おねぇちゃん、またきたんだね!」

 と、男の子が嬉しそうに飛びついてきた。

 驚いて、私はそのまま倒れ込む。

「……今、なんて言ったの?」

「ぼくね! おもいだしたんだ! おねえちゃん、きのうもおとといもまいにちまいにち、ぼくにあいにきてくれたんだよね! ぼく、ぜんぶおもいだしたんだ!」

「…………」

「あれ? おねぇちゃん? どうしたの、おねぇちゃん?」

「……ううん、なんでもない」

 なんでもない訳があるか。

 こんなにも、こんなにも、嬉しい事なんて、私はこれまで体験したことがない。

「そうなの? ……へんなおねぇちゃん!」

 快活に笑う、記憶を取り戻した男の子の姿がよう見えない。涙が溢れてくる。

「ねぇ、それじゃあ、君の名前も思い出したの?」

「……うん。ちゃんと、おもいだしたよ」

「そっか。じゃあさ、私の家に来ない?」

「……え?」

「私の家に来て、私の家族と、私と一緒に暮らそう。私が本当の家族に、本当のおねぇちゃんになってあげるから」

「ほんとっ! いいの!?」

「いいよ。いいに決まってるじゃない。それじゃあ、改めて、自己紹介をしよっか」

「うん」

「あなたは、だれ?」

「僕は――――。よろしく、おねぇちゃん! えっと、あなたは、だれ?」

「私は――――。これからもよろしく、私の可愛い弟君」




久しぶりに英語タイトルなのは初心に戻ってとかそういうたぐいのアレです。いつもとは少し雰囲気の違う作品だと思います。
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