蒼天を焦がすほどに紅い、叛逆の旗を掲げよ   作:NoRAheart

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七歩踊る鶏、産むモノは何か

斬るぞ、殺すぞと脅されて。

何度目かも分からぬ、七歩歩き。

幾度も無理な綱渡りを繰り返し、明日も分からぬ命を繋いできた私でしたが、今回ばかりは無言で彼女に頭を差し出しました。

彼女は私に、無辜の民を殺す算段を立てよと言いますが。

できません。

できません。

だから死の覚悟。

それは私の命よりも、重たいものの為。

知らぬ誰かとはいえ、大勢の人間が死ぬような策なんか、手助けなんか絶対にしない。

その意思表示。

たとえ、己が死ぬことになったとしても。

………できない。

私には、できない。

できるわけがない。

その意思表示のつもりでした。

 

 

「………がっ!?」

 

 

ですが。

差し出した頭は次の瞬間、さらに下に、地に伏していました。

頭の裏に感じるのは、重圧。

表を上げる事の叶わず、地を舐める事しかできない。

そんな私に、かける重圧をそのままに、彼女は囁くのです。

 

 

「もう一度七歩歩きなさい」

 

 

それは命令でした。

 

 

「そのうちにまた答えないのであれば――――」

 

 

それは絶対的な命令でした。

 

 

「――――お前の大切な者を斬るわよ」

 

 

………私は、今も生きています。

『辟』も、帰る私を無垢な笑顔で迎えてくれます。

さらに汚れてしまった私を知らないままで………

 

一人の為に、大勢を殺す。

容易く覆した私の決意と決断は、まだ私が子どもで、未熟で、自分勝手で。

そしてこの世の誰よりも、愚か者であることの証明でした。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

目元以外を黒布で隠し、見事に鍛え上げられた体躯に黒装束を纏う男、黒山賊の頭目の一人である廖淳は、黒山賊の会合に出席するため、黒山賊大頭目、張牛角の拠点である中山国にある廃砦を訪れていた。

会合が行われる一室に集う一堂に、数年ぶりに顔をみせた廖淳であったが、そこに集う面々を見回し、おやっと思う。

やけに見知ったものが多い。

代理の名代ではなく、自ら出席する頭目が多いのだ。

 

 

「おや? これはこれは廖淳殿。貴殿が姿をみせるとは、珍しいことがあるものだ」

 

 

さては、貴殿も『これ』が目的ですかな?

頭目らの目が集まる中、末席に胡坐をかいた廖淳に、隣の頭目が指差すのは目の前の御馳走の山々。

廖淳が会合に顔をみせた目的はまた別にあるのだが、廖淳は「うむ」と適当に相槌を打つ。

 

しかし、確かに。

会合は毎回ふるまわれる食事を取りながら行うものであるが、廖淳の目の前にふるまわれるモノは、以前とは明らかに異なる。

終ぞ経験したことのない煌びやかな造形、香しき匂いを漂わせる目の前の馳走。

蠱惑的に趣向を凝らしたそれらは、洛陽にある高級料亭に勝るとも劣らぬそれは、賊である彼らが決して味わえないものだろう。

確かに馳走だ。

圧倒的馳走だ。

しかしそれは明らかに、毒。

頭目らを堕落せしめ、さらなる欲を駆り立てる、猛毒。

廖淳は、そう断じた。

 

――――定期的に行われる黒山賊の方針を決定する頭目同士の会合はここ三、四年、名代が立てられることがめっきり減っている

 

向かいの頭目が、いやそれだけでなく列する頭目のほとんどが犬のように涎を垂らしては、目の前の馳走を品なく貪る。

そんな情けない彼らを見て、廖淳はここ数年会合に寄越していた己の立てていた名代から聴いていた話を思い出す。

張牛角から任じられたお役目として、専ら洛陽に潜伏していることの多い廖淳だが、黒山賊の内情こそ、よくよく部下から聴いていた。

廖淳は会合の出席こそ久方ぶりであるが、もとより頭目らのこの体たらくは既知であった。

が、実際にその有様は、聞き及んでいたよりも酷いものだと廖淳は呆れる。

 

賊とはいえ、仮にも人を纏め上げる頭目ともあろうものが、飯一つに尻尾を振るとはなんと無様な………

いや、やはり賊は賊、卑しい野犬か。

廖淳は心のうちで、目の前の馳走如きに目のくらむ頭目らに侮蔑を吐きすてた。

 

さて。

我が主は何をお考えであるのだろうか?

廖淳は頭目らの体たらくを許す己が主の考えの所在が分からず、主である張牛角を疑う。

 

 

「………あの、張牛角様」

「あら、どうしたの波才?」

「いい加減、おろして欲しいのですが」

「だーめ」

 

 

その張牛角の膝の上に乗せられ、頭を撫でられて、困った顔をみせるのは齢12、3ほどの灰色髪の少女。

 

 

「おや、もしやあそこにいる娘が気になるのか、廖淳殿」

「………おう」

「は、は、は。相も変わらず廖淳殿は無口だ。さてさて、あそこに座るあの者、名は波才という張牛角様の奴隷でな、じつはこの馳走もあの娘がつくったものらしいぞ」

「………波才」

 

 

なるほど。

あの者が、波才。

波純の連れていた娘かと、廖淳は合点する。

 

 

「それにしても大頭目殿は何を考えておられるのだろうな」

「………それはどういうことか」

「いや文句ではないが、大頭目の子は()()()()、常山を仕切っている張燕殿だけだろう。てっきり張燕殿が跡目かと思っておったが、実際に寵愛を受けているのは大頭目の膝上におる何処の馬の骨とも分らぬ小娘だ。これでは誰が跡目になるか分かったものではない………まあ、料理の腕が良いのと、我々より可哀そうなほど機警である点は認めるが」

「ほう」

 

 

寵愛を受けている。

個人で可愛がるならともかく、頭目らの、それもこの会合の場で。

そのあたりの事実と所以は、廖淳は実のところ以前から把握しているとはいえ、やはり事情を知らない頭目らからしたら不思議で仕方ないだろう。

しかし、波才と呼ばれた場違いな小娘は嫌われるよりも、自尊心の高い賊の頭目のひとりにまさか己よりも頭が廻り、悟りが早いと認め言わせるかと、廖淳は波才と呼ばれた少女にただの受動的把握ではなく、能動的関心を寄せた。

ただ一点、気になることがある。

 

 

「可哀そう、とは?」

「まあまあ廖淳殿、すぐわかる」

 

 

会合という名の宴会が暫くすると、各頭目が上座から順に各々張牛角に報告に向かう――――この報告が面倒で、更に言えば恐怖政治的の傾向が強い張牛角との接触を避けるため頭目らのほとんどが今まで名代を立てていた。賊が何を官僚のまねごとをと思うであろうが、張牛角の出自はもともと名のある貴人であり、漢の役人、それも洛陽勤めの高官であったからか、体制を整えたがる節があった。官僚のまねごとを強いられる頭目らに不満がないと言えば嘘になるだろうが、張牛角が大頭目になってからというもの、黒山賊は飛躍し、頭目らも旨い汁を十分に吸えているので文句は今のところ出る事はなかった。

 

さてその時の張牛角の様子だが、報告を受ける時でさえ膝上に抱えている波才を放す素振りはみせず、むしろ進んで波才を同席させて報告を同じく聴かせている。

それは異例の事である。

そもそもこの会合は黒山賊の結成当初から続いてきたもので、頭目とその名代のみしか参加できないという暗黙の了解が長くある。

決まり事ではないが、だとしても、そこをおして波才を参加させているあたり、張牛角の波才に対する寵愛ぶりが分かるというモノ。

 

廖淳は考える。

あれを見る限り、張牛角様の真意は――――

 

 

「おい、始まるぞ」

 

 

頭目の誰かがひそりと言うのを廖淳は聞く。

すると何という事か。

一心不乱に馳走をほおばっていた頭目らはそれを合図にぴたりとその手を止めて、みな張牛角らの、正確に言うならば、波才を見る。

その波才は張牛角から解放されて、俯き震えながらも二本足で立っている、立たされている。

 

 

「始まるか」「ああ、始まるのか」「さてさて『七歩鶏』は、今日は何歩で答えるか」「賭けるか?」「当然」「俺は五歩だ」「四歩」「七歩だ」「おう、七歩は駄目では無かったか?」「いや、七歩までよいと聞く」

 

 

立ち上がった波才を横目に、頭目たちはひそひそと賭け事の相談。

 

 

「可哀そうに」

「………何が、始まる?」

 

 

廖淳は、波才の耳元で囁く張牛角の口の動きから目を離す事なく、言葉は同情、しかし顔は嗤う隣の頭目に問う。

頭目は問われて嗤いながら、答え。

張牛角も波才に笑いながら、囁く。

 

 

「「七歩歩くうちに解決策を述べよ。答えなければ、お前の大切なあの子を斬る」」

 

 

奇しくもそれはまったく同じもの、同じタイミング。

 

 

「………それは、真か?」

「真? ええ真だとも。あの小娘………いや波才は、提示された問題を全て七歩歩くうちに、まるで鶏が卵を産むがごとく容易く答えてしまう」

「故に『七歩鶏』、か。ちなみに、あの子とは?」

「さあ? ただ、当初の条件は違ったらしいと聞くが――――お、始まったぞ」

 

 

歩み始めた波才。

ゆっくりと歩む彼女を目で追いながら、廖淳は張牛角の意図するところ、そして此度自身が呼び戻された所以を察する。

張牛角の意思は、大方見えた。

故に廖淳は、目の前の波才に。

そして同時に常山にいるであろう張燕に、同情する。

 

 

「最低限の信頼を得、そして知は示された。後は――――武、か」

 

 

さて、波才よ、波純の娘よ。

貴様は張牛角様の期待に期待に応えられるか?

我らの悲願を、叶えられ得るか?

 

七歩歩き、張牛角に振り返り、答えを述べる波才。

彼女の目には、隠しきれずに漏れる、僅かな殺意。

 

それ見て廖淳は、思う。

確かに我らは親の敵。

憎むのも、無理なからぬこと。

しかし知っているか、波才。

我らの敵は、より大きいぞ、と。

目の前の彼女よりも大きいぞ、と。

 

もっと、もっと。

大きな、おおきな――――

 

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