幻想郷見聞録噺   作:ボイス

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13 幻想ブン屋と外来人

「女性のどこに魅力を感じますか?」

「……は?」

 口にしていたヤツメウナギを噛み千切り――何の前触れもなく唐突に、右隣に座る射命丸文からかけられた言葉に対して、彰人は思わず間の抜けた声音を漏らしていた。

「…………」

 しばらく文と対面するように顔を会わせていたのだが――

 何気なく背後を振り返るが誰かが居るわけでもなく、左隣に視線を向けてもやはり自分たち以外の者は居ない。

 客として訪れている彰人と文、菜箸でぐつぐつと煮込む具材の様子を見ている屋台の女将たるミスティア・ローレライの三名のみ。

 文が話かけた相手というのも女将ではなく彰人であることは疑いない。

 夜の帳に包まれ、深閑とした森の中――

 観念したかのように、彰人はヤツメウナギを齧っていた。

 新聞の売上が思った以上にあったことで、お礼と称して連れて来られたのは赤提灯がぶら下がる屋台である。

 もっとも、彰人にとって見れば新聞の売上貢献に協力したつもりなど毛頭無い。いいように文に利用され、理不尽な難癖を擦り付けられたために八坂神奈子に睨まれることとなったのだから。正直たまったものではない。

「いやー、あの号外以降、購読者が飛躍的に伸びましてねぇ……棚からぼたもち……予想以上とはこのことでしょうか。右肩上がりに増えましてねぇ。これも加藤さんのおかげですよ。ささ、今宵の此処(屋台)の勘定はわたしが持つので、どうぞ好きなものを遠慮なく食べてください」

「…………」

 文が言うには懐具合は十分潤っているので大丈夫だということもあり、タダ酒であるならばと考えていたことも在る。

 『夜雀』という妖怪が営む屋台と聴いてはいたが、実際に眼にしてみればなかなかどうして。こう言ってはなんではあるが、屋台の造りは意外と本格的であったことに彰人は内心驚いていたりする。

 炭の火を弄る女将にお勧めは何かと訊ねてみれば、焼きヤツメウナギだとの返答を受ける。ならばと酒とその自慢のヤツメウナギを頼み今に至る。

 補足を加えておくならば、『ヤツメウナギ』というその名前から連想されがちであるが、ウナギの仲間ではない。

 ヤツメウナギとは、円口綱ヤツメウナギ目に属する脊椎動物である。ウナギはウナギ目ウナギ科の別種であり魚類に分別されるが、種族的つながりはない。

 蒲焼にされ、たれの味が強いために食しているのはウナギのようでもある。だが、違いを挙げるとすればモツのような歯ごたえと僅かに泥臭さが残る点であろうか。あくまでも、彰人個人の感想である。

 他愛もない会話を交わしていたというのに、程よく酔いが回ったのか、酒癖悪く文は絡みはじめていた。

 十分咀嚼してから、ごくりと呑みこんだ彰人は改めて彼女へと向き直っていた。

「……酔っぱらったのか?」

「わたしは酔っていません」

「…………」

 文の頬はほんのりと紅い。随分な量の酒を飲んでいる彼女の眼も瞼が半分ほど降り、とろんとしていている。傍から見ても酩酊状態であるのは明らかだった。

 今もまた竹で作られた杯――竹の節を利用してコップに見立てたもの――に、なみなみと注がれた酒を口にしている。

 酩酊を通り越し、もはや泥酔ではないのかと思わせるほどの飲みっぷりである。

「酔ってませんよ?」

「…………」

 再度応えた文は手にする酒を口に運んでいた。彼女が告げる否定の言葉も、謂わば、酔っぱらい特有の常套句であろう。

 そうこうしているうちに、無言で見入る彰人の前で注がれた杯は空となっていく。

 空になればも一杯、という行為が繰り返され続け、既にそのやり取り回数は二桁は超えている。

 ふむとひとつ頷き――彰人は、ミスティアへ視線だけを向けていた。

「すみません女将さん、大根とコンニャクお願いします」

 煮込まれるおでんから二種を頼む。できれば昆布巻きもあれば頼みたかったところではあるが、無いものは無いとして仕方がないと割り切っていた。

 長時間醤油などで調味された出汁で満たされた鍋から、じっくりと煮込まれた厚切りの大根と板状のコンニャクが取り出される。

 それを小皿へと移し、ミスティアは彰人の手元へと差し出していた。

 軽く礼を述べた彰人は箸を使い、手ごろな大きさに割いた大根を口へと運ぶ。

「うん、美味い」

 酒の肴として供されているおでん種。

 やや濃い口醤油の出汁が利いている大根を食べ終え、次にコンニャクに箸を伸ばそうとして……その手は文に掴み留められていた。

「聴いてます? 聴いてますかぁ? わたしの話聴いてましたか?」

「聴いてる聴いてる」

「そうですか。聴いてますか。ならどうして箸を伸ばそうとしてるんですかぁ? わたしの話とコンニャクと、どっちが大事なんですかぁ?」

 空いた片手で管を巻く文を制しながらも、懸命に小皿に箸を伸ばそうとする彰人の手は――やはり掴み留められたままだった。

「……今はコンニャクだって言ったら怒るかな?」

「激しく」

「ちゃんと聴いてるよ」

 そう告げてからコンニャクを食べる彰人に対し、だが文の表情は不機嫌そうなままだった。

「……わたしにムラムラしませんか? 押し倒したいと思いませんか?」

「……阿呆だろ」

 言うに事を欠いて、コイツは何を馬鹿なことを口走っているのだろうか――?

 最後の一切れとなるヤツメウナギを口にすると、残った串を皿に戻し彼。

「寝言は寝て言うモンでしょう? 悪いこと言いませんから、もう帰った方がいいんじゃないですか?」

 厄介な話はこりごりだとして、帰宅提案を口にするのだが――文は聴き入れていなかった。

「男性であればそうは思いませんかっ!? こんなに見目麗しい女性を前にすれば、見境なく欲望丸出しに、本能という名の獣全開になるべきじゃないんですかっ!?」

「明らかに俺を異常性欲者に仕立て上げようという、悪意に満ち溢れた発言だというのはハッキリと理解した。そちらの勝手な想像観点から一方的に決め付けられているのは納得しないが、自分で自分を麗しいとかヌかすのは、厚顔無恥以外の何者でもないだろう?」

 洩矢諏訪子と同じように図々しい相手に彰人は辟易するしかない。

「…………」

 無言の文ではあったが、不意にとある考えが脳裏を掠める。

 その考えを実行するべく、首元に指を這わせ――

「熱いですねぇ……」

 白いシャツの衿を結う黒のリボンを解き、留めるボタンすら外す。

 当然のことながら――ゆるめられたことによってだが――胸元ははだけた恰好となる。ほんのりと桜色に染まる首筋、鎖骨がはっきりとあらわになっていた。

「もしかしたら、酔ったかもしれませんね」

 普段とは違い、どこか甘く艶のあるような声音で囁き彼女。首を少しばかり斜に構え、頬に手を当てる仕草も忘れない。

 しなだれかかるようなフリをして、ちらりと彰人を見るのだが――

「女将さん、厚揚げと……がんも、お願いします」

「はーい」

 当の彰人は文を一切見ていなかった。あろうことか背を向ける恰好でミスティアへ追加のおでん種を注文していた。

 文は激昂。

「なんですか? なんなんですか? おかしいですよ? おかしいですとも! 醸し出されるわたしの悩まし気な魅力に興奮して、だらしなく鼻の下を伸ばしているべき状況となるハズでしょう!?」

「露骨にあざとく、はしたない姿の相手に対して、どうして興奮せにゃならん? いくら俺にだって、相手を選ぶ権利があるだろう?」

「さり気なく酷いこと言ってませんか? 傷つきましたよ、わたし! あることないこと書き連ねますよっ!?」

「……それ、脅迫のつもりか? やってることは、いつものことだろう? それよりも――」

 ミスティアから受け取った小皿をそのまま見もせずに文の手元へと置き彼。

「いいからほら、がんもどきと厚揚げやるから」

「わあ、ありがとうございます」

 礼を述べ、箸を使い文は熱々のおでん種を口にする。

「味がしみてて美味しいですねぇ」

 もふもふと食し――

 大人しくなったのを気配で確認し、彰人はミスティアと談笑していた。

 ――が。

「――って、誤魔化されませんよっ!?」

「……さすがに無理か」

 律儀に二種のおでんを平らげ、口元を拭った文はもう片方の手を伸ばし彰人の肩を掴んでいた。

「無視? 存在無視ですか? ここまで露骨に甘遇したのに、わたしの存在完全無視ですか?」

「……自分で『露骨』にと口走っている意味を、ちゃんと理解しているのか?」

「いい加減にこっちを見てくださいよっ!」

「子どものお遊戯じみた茶番に、なんでわざわざ付き合わされにゃならないんだよ」

 だが――

「なら、訊き方を変えましょうか。そうですねぇ……わたしと椛であれば、どちらが魅力的ですか? まぁ、訊くまでもないと思いますが」

 やはりこちらの声を全く聴かず、彼女は話の方向性を変えてぺらぺらと語り出していた。

「ああ、これはわたしとしたことが、うっかりしていましたよ。椛とわたしとでは勝負にもなりはしませんでしたねぇ」

「……犬走さん」

「椛とわたしとでは、なんと言うんでしょうか……持って生まれた気品というものでしょうかねぇ……埋めようのない差……雲泥の差ともいいましょうか。どんなに隠しても、基から持つわたしの優雅さ、気高さはあらわになってしまいますからねぇ」

 いやはや困ってしまいますよと洩らす彼女に――今一度彰人は同じ台詞を口にしていた。

「犬走さん」

「いやいや、やはり訊くまででもなかったようですね。やはり、加藤さんもわたしの魅力に――」

「だから犬走さんだっつってんだろうが。なに聴こえないフリして続けてんだよ。そっちこそ、こっち向けよ。眼ェ逸らしてんじゃねえよ。哨戒任務に就いている白狼天狗の犬走椛さんだっつってんだろうが」

 さすがに彰人も酒が入っているために口調は荒い。

 役職と種族、フルネームを告げたところで――文はバンとカウンターを叩き彰人へと向き直っていた。

「どうぉぉしてですかッ! わたしの方がッ! 圧倒的にッ! 完膚なきまでにッ! 魅力的じゃないですかッ!? 一体全体ッ、何がッ、不満だというんですかッ!? 事細かく、完全に納得できるように、わたしに説明してくださいよッ!」

「知るか」

 軽く手を払い、自意識過剰な輩の相手などしてられぬと割り切った彰人は、再度ミスティアへ視線だけを向けていた。

「女将さん、ご飯ものって何かありますか?」

 酒やおでん種を口にしてからどうにも白飯が食べたくなったために訊ねてみたのだが――

「たけのこご飯ならありますよ?」

「ああ、ならそれをお願いします」

「わかりました」

 夜雀という妖怪ながらも手馴れた手つきでしゃもじを使い、お椀に米をよそい彼女。

 どうぞと差し出されたのは、米にたけのこと大根の葉、細かく刻まれた油揚げを混ぜ、醤油で軽く味付けされたシンプルなご飯である。

 さっそく頬張り――あぶら揚げの油と香りが、たけのこのうま味を引き立てる。

 彰人は料理人でもなければ美食家でもない。調理にうるさいワケでもなく、口の中に広がる程よい味に堪能するだけだった。

 しかし――

 ひとり『食』を愉しんでいる横では、相手にされない文がカウンターをバンバンと叩き続けていた。

 まるで駄々をこねる幼子のように。

 うるさいからやめろと制するが、不貞腐れた彼女は聴き入れはしなかった。

 女将も迷惑がっているだろうとして、ちらと盗み見れば案の定、苦笑を浮かべているミスティアではあるが、些か困惑した双眸――こちらは客という立場上ではあるのだが――を捉えた彰人は申し訳なさにより酷く心がいたたまれない気持ちでいっぱいだった。

 空となる杯に酒を注がせた文は一気に呷る。酒臭い息を吐き出し、眼が据わる文は不服そうに文句を洩らす。

「いいですか? そもそも椛なんて、職務に忠実、定格(じょうかく)なだけの堅物ですよっ!?」

 飲みすぎですよとミスティアに咎められるが、文は杯を突き出していた。

 酒を注げと告げていることにミスティアは一瞬彰人へ視線を向けるのだが、彰人も観念したように注いでやってくれと手で合図する。

「仕事熱心でいいことじゃないか。どこかのガセネタ書きまくるカラスよりは、ひたむきに努力してて、凛とした女性ってのは十分魅力的だと思うんだがなぁ……」

「…………」

「犬走さんに凛々しい表情が似合うっていうのも、決して悪いことではないと思うし……女将さん、このお酒美味しいですね。よければ、俺にももう一杯頂けますか?」

 彰人が二杯目を頼んだ酒は、先から文が水のように飲んでいるものと同じ『雀酒』と呼ばれる酒である。

 この酒には、その名に有るようにちょっとした謂れがあった。

 諸説存在するが、酒を最初に作ったのが雀であると伝えられている。

 要約すると、雀は墓に供えられていた米粒をくわえて持ち帰り、青竹の切り株に貯め込んでいた。だが、雀は貯めていた米粒を忘れてしまう。

 やがて放置され続けた切り株には水が溜まり、米粒が発酵して酒になったとされる。

 この酒を飲んだ雀たちはあまりの美味しさに踊らずにはいられなかったという。

 諺にある『雀百まで踊り忘れず』の起源はここから来ているともされている。

 その伝説とされた酒を同じように雀を使って復活させたのが彼女、ミスティアだった。

 味もさることながら言い伝えに在るとおりに、この酒を飲んでは踊らずにはいられなくなる現象が起こることを彰人は当然知りもしない。

 閑話休題――

 『雀酒』の話はさておき、ガンと杯をカウンターに叩きつけた文は彰人を睨みつけていた。

「なんでですかっ!? 納得できませんよっ!? なんですか、なんですか、それじゃあなんですか? わたしよりも椛の方が魅力的だと言うんですか」

「……頼むから、俺に絡むのはやめてくれ」

「その間は何ですかっ!?」

「うるさいなぁ」

「うるさい? うるさいって言いましたか? うるさくさせるのは何処の何方ですか?」

「やかましい」

 ぴーちくぱーちくと喚く文に彰人は頭が痛かった。

 本来、カラスは鳴き声によるコミュニケーションをとる鳥である。相手の確認や集合、自己主張、警戒等。

 鴉天狗とて基の正体はカラスなわけであり、あながちルーツによる血のつながりは如何ともし難いことなのかと彰人はひとり勝手な結論に至っているのだが。

 そんな偏見黙考に耽る彼を知る由もなく、鴉天狗は喚き散らす。

「どーして聴いてくれないんですか!?」

「いいから口を閉じろ。だいたい、随分と突っかかりますけれど……犬走さんが嫌いなんですか?」

 彰人から見た文と椛のふたりの間柄は、雰囲気から感じ取った程度ではあるが決して仲が良いようには思ってはいない。さりとて、だからと言って嫌い合っているかと思えばそうでもないようにも感じ取れていた。

 疑問に応えるように、文はフンと鼻を鳴らす。

「別に嫌いというワケではありません。椛は苦手なだけです。そんなことより、ほらほら、わたしのヤツメウナギあげますから」

「結構だ。既に自分のを食ったから」

 ヤツメウナギ一串程度で、こちらを安易に懐柔できるという考えに至る御粗末過ぎる文の頭に呆れながらも、彰人は酒を一口喉に流す。

「それに、『白狼天狗だから鴉天狗に敵わない』なんてことはないだろう? 俺から見ればおかしな話でしかないよ」

「?」

 相手が口にした内容の意味をいまいち理解しかねた文は小首を傾げ疑問符を浮かべる。

「天狗社会において、白狼天狗は末席だってのは知ってるけれど、そんなのは所詮は種族的なものだけだろう? そこに個々の強さまで同義とは限らないだろう?」

「それは……まぁ、そうですけれど」

 彰人が指摘するように、白狼天狗の中には純粋な一戦闘力においては上位天狗種族を超える者も存在する。

 事実、文もその類の連中を知っている。犬走椛はその中のひとりでもある。白狼天狗の中では飛び抜けた戦闘能力を有しており、そんじょそこらの鴉天狗には引けを取らぬ強さを兼ねている。

 鴉天狗を上回る白狼天狗が存在するように、白狼天狗を下回る鴉天狗もまた存在する。

 一概に、天狗種族では上位たる鴉天狗だからとて、全てが全てを上回るとは限らないのだ。

 戦闘能力でそういった結果があるように、他者から関心を持たれるような優れた性質を白狼天狗が持たぬ道理はない。

「つまり、加藤さんが仰りたいのは、魅力であれば椛でも十分わたしを上回るということですか?」

「ああ、魅力であれば、だよ」

「……これでも、身なりには自信があるんですがねぇ」

 己の胸に手を当てブツブツと呟く文を敢えて視界に収めず、彰人は酒を呷る。

「そもそもだ。大前提の話として、女性の魅力なんざピンキリだろう?」

「……ピンキリ?」

「『ピンからキリまで』て俗語の略だよ。つまりは、『最小値から最大値まで様々』といった意味の言葉だと思ってくれ」

「はぁ……」

 いまいち釈然としないといった表情を浮かべる文に対し、彰人は苦笑を洩らし口を開く。

「スタイルだけが良くても、内面が伴っていなければ、それはそれで問題だとは思わないかな?」

「……その言い方からすると、外見は二の次ということですか?」

「一概にそうだとは言わないけれど、極端な例を挙げるとすればだ。例えば、見た目はすごく綺麗で美人だとしても、その実すごく暴力的で常に誰かを殴るような女性は魅力的と言えるかな?」

「……そういった人が好みだという御仁にとっては、堪らぬ御褒美なんじゃないでしょうか?」

 文の言葉に彰人は軽く頷く。

「そうとも言えるな。だが、生憎と俺ならパスだ。偏見視するワケじゃあないが、そういう系統の特殊性癖は持ち合わせていない」

「……ちなみに、その例で挙げている女性は、フラワーマスターでは――」

「ほぅ……鴉天狗さまは、彼女をそういう風に見ているワケか?」

 したり顔で笑う彰人に対し――

 文は慌てて言葉を選ぶこととなる。迂闊であり、失言であると瞬時に悟っていたからだ。

「ず、ずるいですよ!」

「別にずるくもなんともないだろう? そもそも、俺は例え話をしたに過ぎない。彼女(・・)を引き合いに出したつもりもなければ、意味もなく誰彼構わず暴力を振るっているとは思っていないし。あくまでも例え話でしかない。それをそちらは、フラワーマスター(風見幽香)さんが該当すると思うわけだ」

「そ、そういう言い方をすれば、誰だってそう思うじゃないですか!」

「言ったろう? 俺は、あくまでも例で挙げただけでしかないって。そこからどう思うのは自由であって、そちらがそう思いたったということは、そちらの偏見でしかないだろう? ねぇ、女将さん?」

「ええ、わたしもそう思います」

 おでんの種を煮込みながらミスティアは彰人の言葉に頷くのみ。

「…………」

 二対一では分が悪いと理解したのか、文はひらひらと片手を振り降参を示す。

「……わ、わたしの軽率な発言は認めましょう。ですから、どうか御内密にお願いしますよ?」

 こんなことが風見幽香の耳にでも入ってしまっては、それこそ面倒事になる。

 何とか話の矛先を変えようとして文は口を開いていた。

「話を戻しますが、それじゃ、加藤さんが魅力を感じる女性というのは、どんな人ですか?」

「……そんなことを訊いてどうするんだ?」

 訊いたところで無意味だというのは重々承知している彰人である。大方、新聞にでも『とある外来人は女性に対してこう言っていた、こう思っている』などと書き叩くつもりなのだろうと推測していた。

 酒を片手に、文は指を一本すいと立ててみせる。

「純粋なる好奇心です。やっぱり男の人は、一番には胸の大きな女性が好みなんですよね? そうなんですよね?」

「…………」

 ストレートに聴きすぎであろう。

「あのなぁ……」

 どう返答していいものやらと頭を痛める彰人ではあるが、相応に言葉を選びながら口にする。

「人の見解なんてどうでもいいだろうに。それに、どうせ新聞のネタにでもするつもりなんだろう?」

「ネタになるかどうかは話の内容如何ですかねぇ。面白ければネタにもなりますし、面白くなければネタにはなりません。ネタにするのならば、是非面白くなるような内容にしてください」

「冗談じゃない」

 ミスティアはこちらを見てはいないが、会話に聞き耳を立てているというのがわかる。彼女もまた話の内容には興味があるのだろう。

「まあまあ、こうまで話を引っ張っているんですから、是非とも加藤さんの意見をお聞かせいただきたいんですが。酒の席だということでイイじゃないですか」

 文の言い分に、彰人は露骨に眉間をしかめるのみである。

 酒の席でのことだから何を話しても許される、などということはない。気を緩ませて話す内容が、本音を洩らしているとも捉えられるからだ。

「……酒の席だからってことでもないだろうに……大体、根本的に、魅了的な女性像なんてモンは、女性目線と男性目線からして違うからなぁ」

「そういうものですか?」

「必ずしも同一てことはありえないだろう? 捉え方は人それぞれなんだからな」

 退かぬ相手に対し、当たり障りのない言葉を選びながら彰人は続ける。

「なんの役に立つかはわからないが、俺個人のどうでもいい偏見ということで言わせてもらうとすると……そうだな……」

 人差し指を立てて彼。

「例えば……ひとつめとして、自分らしさを持つ女性……いわゆる個性ってヤツだな。その人らしさっていうものは、十分魅力的だと思うよ」

「……ふむ」

 小さく頷く文に見せるように、彰人の右手は更に二本目として中指を立てていた。

「ふたつ。他には、女性らしさを感じさせてくれる女性。仕草や言葉使いといったものでも魅力的だと思う」

「…………」

 彰人の話に文は杯を傾け無言のまま。

「あとは、そうだな……定番だけれど、料理の上手な女性も魅力的だと思う。料理だけでなく、家事に関わる部分は結構重要なんじゃないかな」

「…………」

「包容力の豊かな女性、気配りのできる女性、謙虚な女性……挙げればいろいろと出てくるモンだよ」

 例として六つを挙げたことにより、片手の五指では一本足りていないのだが。

「…………」

「……って、聴いてるのか?」

 先から何の返答も相槌も無い相手をいぶかしみ視線を投げてみれば、文はカウンターに突っ伏し静かな寝息を立てていた。

 眠りこける彼女にしばし無言となった彰人ではあるが、諦めたように口を開いていた。

「……人に言うだけ言って、騒ぐだけ騒いで、話をさせておきながら自分はさっさと夢の中か」

 ひとり勝手に酔い潰れては、後に残るのは文字通り面倒事だけでしかない。

「……女将さん、彼女、このまま此処に置いていったらマズイですか?」

「出来れば、連れて帰ってもらえますか?」

 二コリと微笑み、言葉も丁寧なミスティアではあるが、顔は『邪魔だ』と物語っていた。

「…………」

 このまま放っておくわけにもいかず、さりとてどうにかしなくてはならないのもまた事実。

 酔い潰れた文を無視することも出来なく、ひとり酒を飲み続ける気も失せた彼が下す判断は決まっていた。

 それは、支払いを済ませてこの場から引き揚げることに。

「女将さん、お勘定お願いします」

 だが、そう声をかけてはみたものの、実のところ、彰人の財布の中身は思ったよりも手持ちが少なかった。ついでに言えば、提示された金額が予想よりも高かったという二点が禍する。

 結果、ミスティアに手持ちで払える分だけを払い、足りない残りの分は、後日必ず払うという誓約を一筆したためることとなる。

 呑気に眠りこける文に肩を貸すと――

「ごちそうさん」

「はーい、またいらっしゃーい」

 背後からかけられる声に片手を挙げて応えると、彰人は屋台を後にした。

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 静かな寝息を立てる文と、川辺を流れる水の音を耳に捉える。

 森の中、黙々と歩を進める彰人は背におぶる彼女を取り落とさぬように、また、起こさぬようにと細心の注意を払いながらも納得できぬことに頭を痛めていた。

 文の驕りのはずが、なぜか自分が金を払っている。しかもふたり分をだ。

 無理やりにでも彼女を叩き起こすべきだったかなとも考えはするのだが、直ぐに、いやと首を振る。

(……なんとなくではあるが、予想できたことでもあるか。そもそも、彼女に素直に奢ってもらおうという考え自体がおかしいことで、当てにしているってのもどうかしてるか)

 と――

「加藤さん」

 ぼそりと呟かれる文の声音。

 彰人は返答もせず、立ち止まることもなく歩き続けたまま。

 大した反応を示すことのない相手に構わずに、文は言葉を紡いでいた。

「わたしって、そんなに魅力ありませんか?」

「…………」

 まだその話を引っ張るのかと胸中で呆れながら、ようやくして彰人もまた口を開いていた。

「起きてるなら、自分の脚で歩いてくれ」

「今のわたしは寝ています。したがって、これは寝言です」

「……便利な寝言だな」

 相手の言葉に付き合うというつもりではないが、ふうと一息洩らし彼。

「どういう容であれ、新聞に取り組む姿勢に関しては一目置くよ。それが良くも悪くも別として、新聞の売上を伸ばそうとする向上心は見事だと思うよ」

「新聞の姿勢、ですか?」

「ああ」

「…………」

 互いに無言。

 文にとって見れば、求めた『答え』とは別の返しを受けたことに表情に変化を生じさせていた。

 彰人も彼女の機嫌が僅かに悪くなっていることを、なんとなくではあるが雰囲気で感じ取っている。

 そのために――

「……酔っぱらいには言っても聴こえていないだろうが、ここからは俺の独り言だ」

「…………」

「射命丸さんの黒髪は、十分魅力的だと思う」

「……髪、ですか?」

 思わず訊き返す文に、彰人はひとつ頷き続けていた。

「ああ。髪程度、と思うかもしれないが、その艶のある黒い髪は、今のところ俺の知る限りでは引けをとらないと思う」

「……『ずばぬけて』とは言わないんですね?」

 彰人は他者を褒めることに長けているわけではない。相手の心情に呼応するような器量は乏しい。ただたんに、思ったことを口にしているだけでしかない。

「同じ黒髪持ちの博麗の巫女さんや、竹林に住んでる姫さん(蓬莱山輝夜)には負けてないさ」

「……大目に見て、概ね及第点としましょうか。ですが、いいんですか? そうまでハッキリと言い切ってしまっても?」

 後でどうなっても知りませんよと含みのある言い方をする彼女に――だが、それこそ彰人は気にしていなかった。

「言ったろう? その髪は魅力的だって。黒い翼と相まっては、映えり、尚更だ」

 くっ、と笑う彰人に対し、文もまた些か満足そうに口角を吊り上げていた。

「……ところで、話は変わるんですが」

「ん?」

「酔い潰れている女性を背負っているというのに……加藤さんは、ムラムラしないんですか?」

「…………」

 双方無言。文は不思議そうに、彰人は呆れて、である。

「……本物のド阿呆か、アンタは?」

「そこの草陰に連れ込むとかしないんですか?」

「よし、わかった。いいから黙れ。そこの川に放り捨てられたいんだな? 火照った身体に冷たい水はさぞかし気持ちいいだろうし、頭からかぶればイイ酔い醒ましになるだろう。もしくは、その頭を地面に叩きつけて無理やり酔いを醒ましてやろうか?」

「おお、こわいこわい」

「それよりも、いい加減に降りて自分の脚で歩いてくれっての。いつまでおぶられてるつもりだ、アンタは?」

 無理やり下ろそうとするのだが、文は嫌ですよと抵抗を示していた。

「せっかくの機会ですし、なによりも、加藤さんの匂いは個人的に好きですよ? イイ匂いしますよねぇ」

 そう言うと、文は彰人の首元に頬をすりすりと擦り寄せていた。

 最近は残る本数も限られているために彰人は煙草を極力控えている。だが、身に染み付いている臭いは残ったまま。それを差し引いたとしても、文にとっては彰人自身の『匂い』を気に入っているのだった。

「やめろっ! 必要以上に密着するなっ! だから身体をすり寄せるなって言ってるだろうがっ!」

「あはは、テレてるんですか? テレてるんですね? 顔を真っ赤にしちゃって可愛いですねー」

「うるさいっ!」

 振り落とし、捨ててやろうと執行する彰人ではあるが、振り落とされてなるものかと文は背にしがみついたままケラケラと笑う。

 嫌がりムキになればなるほどに、そんな相手の反応を心底愉しみ――

「――あ」

「今度は何だ?」

 不意に動きを停めた文に対し、彰人は訝しく思いながらも訊き返す。

「吐きそうです」

「…………」

 告げる文の言葉に、彰人はゆっくりと肩越しに振り返っていた。

 呼吸は深く、速く、それでいて不規則になり安定していなかった。あれだけの酒をかっくらい、酔ったところに不用意にはしゃぎ過ぎれば当然の結果であろう。

「嘔吐しそうです」

「ちょっ――待て」

「下手に揺すらないでください……わたしの井堰(いせき)という名の『口』が、これでもかといわんばかりに決壊しそうです……」

 口元に手を当て、うぷと息を漏らす顔面蒼白の彼女。

 つられて彰人の顔色もまた蒼ざめていくこととなる。だが、こちらは別の意味で、ではあるが。

「言い方変えりゃイイと思ってんじゃねぇぞっ!? おまっ――待て! 今、直ぐに降ろすから我慢しろって――おいッ、馬鹿ッ、ふっざけんなよオマエ! なに襟首掴んでんだオイ馬鹿ヤメロ! どこに吐く気だ、お前――引っ張るな! 顔を寄せるんじゃねえ!」

「無・理♪」

「なに満面の笑みで応えてんだオマエ――ッ、本気でやめろっつってんだろうがっ!」

 なんとしてでも引き剥がそうと躍起になる彼ではあるが、下手に振り払おうとする行為は、同時に文の吐き気に拍車をかけるだけでしかなかった。

 結果――

 限界を迎えた彼女の口から胃の内容物が吐き出されることとなる。

「うぶぉぇぇっ」

「オマエぇぇっ!?」

 夜の静寂に――

 生々しい水音とともに、男の怒りの叫びが響き渡っていた。 

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 ちゅんちゅんと朝を告げる雀の鳴き声に、射し込む陽光。寝ぼけ眼にむくりと起き上がった文はあくびを噛み殺し、ひとつ大きく伸びをするが、表情は酷く上機嫌だった。

「いやー、よく寝ました。ぐっすりと寝られるなんて、何時以来でしょうか。ここ最近いろいろと忙しかったですからねぇ」

 新聞のネタ探し、記事の製作、時間に追われる彼女にとって安眠など久しいものだった。

 と――

「あや?」

 そこで文は、寝入る布団が愛用するいつもの自分のものではないことにようやく気づく。次いで周囲を見渡してみれば、客間と思しき畳部屋。

 仕切られた障子は開かれ、縁側に座るのは背をこちらに向けた着流し姿の彰人。

 竿竹(さおだけ)に干されている衣類が風に吹かれて僅かになびいていた。

「…………」

 無言のまま、文は視線を逸らさずにじっと見入っていた。だが、ようやくして彼女は今一度部屋と彰人を交互に見比べ――

「あ、あややや!? こ、この場、この状況……もしかして、わたしは、いわゆる『お持ち帰り』されてしまったのでしょうか!?」

「…………」

「ヤツメウナギだけに飽き足らず、わたしまで食べられてしまったんでしょうか。あ、もちろん性的な意味で、ですよ?」

「…………」

「わたしの妖艶的で甘美な魅力に我慢できなかったんですね。嫌がるわたしを手籠めにしたんでしょうか。その割りには、身体の違和感はありませんねぇ。だるさもなければ、どこか痛いと感じるところもありませんし、何よりも衣類がはだけていませんし、乱れてもいませんね」

「…………」

「それにしても、昨夜は随分とお酒を飲んだ覚えはあるのですが、気分が悪いわけでもなく、逆に不思議とスッキリとしているんですよねぇ」

「…………」

「なぜでしょうか? 普段からの行いがイイわたしだからでしょうか」

「…………」

 そこまで言い終え――

 文は、先から無反応のままの彰人の背へ再度視線を向けていた。

「……ノリが悪いですねぇ。先からわたしがとぼけてみせているのに、一言も口を挟まないというのは。これでは、ひとりでべらべら喋ってるわたしがまるで馬鹿みたいじゃないですか」

「……自覚はあったのか?」

 そう応えて彰人。だが、振り返りはしない。

「……ところで、さっきから何を吹きかけているんですか?」

「…………」

 彼女が指摘したように、彰人は己の身体にスプレーを吹きかけていた。

 忙しなく動かし続けていた指が不意に停まり……ゆっくりと彰人の双眸が向けられる。表情には、一目で『疲労』が窺える。

 ようやく返答した彼の声音は静かに、それでいてぼそりとしたものだった。

「……消臭剤」

 その名の通り、『消臭剤』とは特定の悪臭を除去するための薬剤である。

 『雀酒』は白米、(こうじ)、水を原料として製造された清酒である。それら原料を発酵させてアルコールを得ている。

 吐瀉物まみれの大惨事となった彰人の身体から臭いが取れていない原因というのも、『雀酒』に含まれる一際強い成分によってである。

 吐いたことにより気分は落ち着いたのか、文はぐうすかと眠りこけていた。

 このまま此処(森の中)に放置していってもよいのだが、さすがに仮にも女性ということもあり、問題事の張本人であることもわかっていながら要らぬ世話を焼こうとしている自分に呆れながらも彰人は文を抱えて――背面はえもいわれぬ事故によっておぶることが出来ぬため――家へと帰っていたのだった。

 文自身は衣服が汚れることもなく、唯一口元だけは拭ってやるとそのまま布団に寝かせていた。

 彰人は納屋で寝ることになるが、先にも述べたが身体を洗いはしたが、取れぬアルコール臭によって寝るに寝られずそのまま朝を迎えることとなったのだが。

 そんな一連の流れなど、当然のことながら文は知るはずもなく呑気なまま。

 微かに漂う酒の臭い――これでもまだ幾分かマシになった方だといえよう――に、文は露骨に眉をしかめていた。

「二日酔いの迎え酒ですか? さすがに朝から飲むのは感心しませんねぇ」

「……本気で引っ叩きたい衝動に駆られるんですが……」

「何もしていない女性に暴力を振るうのは如何なものかと思いますが、まぁ、それはさておき、加藤さん」

「…………」

 返事はせず、顔だけで『なんだ?』と問いかける。

 文はニカリと笑みを浮かべ――

「昨夜は愉しかったですよ。よろしければ、また一緒に飲みましょうね」

「…………」

 笑顔とは、感情表現である。

 邪推することもなく、純粋でいて、花が咲いたかのような屈託のない笑顔の文は、不覚にも、まさしく魅力的だった。

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 その日――

 妖怪の山、主に天狗連中の間で、とある一部の新聞が話題となる。

 噂の新聞の名は、姫海道はたてが発行している『花果子念報』――

 売上発行部数も下位、いわゆる『弱小新聞』と比喩される彼女の新聞は、取り上げる記事の内容もどちらかと言えば人間よりのものが多く、人気もいまいちで普段全く相手にもされていない。

 だが、そんな彼女の新聞が注目されたのは、とある記事が載せられたからだった。

 『念写をする程度の能力』を有するはたてが発行した新聞に、彰人の背におぶられて、よだれを垂らすだらしのない顔をした文の写真が掲載されることとなる。

 普段滅多に目にすることが出来ぬ締りがない文の顔に、ある者は呆れ、ある者は笑いを洩らし――

 その新聞を眼にし、書かれた記事を読んだ文が顔を真っ赤にして――普段は新聞のネタに対象者を面白おかしく書き連ねているくせに、いざ自分がその役に当て嵌められれば慌てるこことなる――はたてを追いかけ回すという珍しい姿が目撃されるのは、どうでもいい余談である。




当作話のミスティア・ローレライは『おかみすちー』スタイル。
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