うっすらと月明かりが射す茂みの中、がさりと音を立てる影がひとつ。
その輩は、この三日三晩というもの、まともな食事にありつけてはいなかった。
森の木の実を口にし、小川の水で喉を潤したところで飢えによる空腹は満たされぬまま。
「…………」
と――
双眸が捉えたのは、闇にぽつりと浮かぶ、とある一軒家の灯りだった。
耳を澄まして音を捉え、家屋には人間ひとりしかいないことに気づいていた。
極限の渇きに耐えられず、思わず開かれた口からは、自身でも気づかぬうちに、くふりと小さな吐息を漏らす。
鼻を刺激する匂い――
「…………」
己には、鋭い牙と長い爪を有している。たわい無い人間ひとりなど、如何様にも出来る
ぺろと舌なめずりをして――彼女は音もなく、それでいて力強く地を蹴ると、疾風の如く駆け出していた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「――――」
唐突に、耳に捉えたのは咆哮だった。
突然の事に、スプーンを手にした姿のままではあるが、彰人は何事かと視線を投げかける。
刹那――
時間にしてみれば、一瞬の出来事であろう。
気がついたときには既に遅く、眼前に迫ろうとしていたのは――黒い影。
身構える暇すらあるわけもなく、唯一視認できたのは、紅い軌道を描いた鋭利な爪。
だが――
「きゃんっ!?」
縁側を突き抜けてくるかと思われた影は、随分な勢いで衝突することとなる。小さくか細い声を洩らし、
一瞬の出来事に何が起きたのかわからずにいた彰人ではあるが、改めて地面に転がる相手へ視線を向けていた。
眼を回し、地面に伸びているのは女性だった。しかしながら、普通の人間ではないというのが一目でわかる容姿である。
「…………」
さすがに地べたに寝たままのもどうかと捉えた彰人は、少女を縁側へと引き上げていた。
倒れた少女を今一度観察するのだが、面識は無くはじめてみる顔である。
長いスカートの裾から見えるふさりとした尾に加えて、僅かながらにぴくりぴくりと動き反応する獣の耳が長い髪から覗いている。
毛並みを見て、なんとなく思いついたのは――
「……犬? 犬走さんの『お仲間』かなにかか?」
口にはするが、その割には犬走椛とは似つかわしくない恰好をしている。頭襟もなければ高下駄もなく、いわゆる天狗装束を身に纏ってはいない。天狗連中とは違い、動きにくそうな、赤に白と黒からなる三色のロングタイプのドレス姿。
「…………」
さて、これはどうしたものかと彰人はひとり考えていた。
何よりも、勝手に飛び込み勝手に気絶した相手だとは言えども、突然襲い掛かられた事実に変わりはない。
そもそも、結界が反応したということは、こちらに危害を加えるために襲いかかったためといえる。
仮に、多少なりとも世話になっている犬走椛の本当の仲間だとしても、さすがに何事もなかったで済ますつもりは毛頭なかった。これが人里に害を与えるような妖怪の類であるとするならば、場合によっては博麗の巫女にでも引き渡さねばならない。
「…………」
無駄に暴れられても困るだけでしかない。そう考えた彰人は、箪笥へ寄ると目当てのモノを取り出していた。博麗の巫女から売ってもらった札である。
札とは言えども、妖怪を滅するような効力はない。住居に施されている、害意のある妖類の侵入を防ぐ結界と同じ効果を有するものである。
この札が妖怪を拘束できるかどうかなどはわからない。巫女本人からもそのような説明はされてはいない。されど、用心に越したことはなく、やらないよりはやっておいた方がマシであろうと決めていた。
不意に――
身じろぐ少女の瞼が開かれる。
「……?」
真っ先に眼に映ったのは、こちらを見下ろす彰人の姿である。
彼女は眼をぱちくりとさせ、自分の身体と彰人を交互に視線を向けて見比べていた。特に注視していたのは彰人の手に握られている札であろう。
「…………」
無言のまま、己の置かれた状況を瞬時に理解したのか――
退治されるのを恐れると、転がるように脱兎の如く逃げ出そうとして……慌てて立ち上がったために、自前の長いドレスのスカートの裾を踏み足を滑らせる恰好となる。
「――っ」
声を洩らしたのは、果たして彼女か彰人か。
だが、どちらが声を洩らそうとも現状に変わりはない。浮遊感は刹那であろうとも、次の瞬間には落下している。
つまりは、
結果、そのまま床板に側頭部をしたたかに打ちつける彼女の姿を眼の当たりにすることとなる。
――鈍音。
くおおお、と呻き声を洩らして頭部を抱え鈍痛に悶える相手は、縁側をごろごろと転がっていく。
不憫に思った彰人は声をかけながらつい歩み寄ろうとしていた。
「……おい、大丈夫か?」
「――ッ」
だが、それよりも先に、少女はこちらへ鋭い眼つきで睨みつけていた。近寄るなと気迫に満ちていながらも、その両眼には僅かながらに涙を浮かべているのだが。
彰人もまた妖怪さながらの気配を感じてそれ以上は近づくのを止めている。
今一度睨みを効かせながら――さり気なく後退はしていたりするのだが――少女は口を開き言葉を紡ぐ。
「そ、それ以上迂闊に近づいたら怪我じゃすまないんだからっ! なにもしないでくれたら、今後一切危害は加えないと誓った上で直ぐに逃げ出すから……お、大人しく従った方が身のためよ! わたしの爪と牙は、な、何でも切り裂くんだからっ!」
「…………」
「フ、フンッ! こ、怖くて声も出ないでしょ? ひ、引っかかれたら真っ赤血どんどん出て痛いんだからねっ! わ、わたしは、怖い妖怪なんだからっ! 嘘じゃないわよっ! な、泣いたって許さないんだからっ! が、がおーっ!」
「……弱気なんだか強気なんだか、つまるところ、いまいちよくわからないんだが……?」
反応に困る彰人は意味もなく頭を掻くだけ。
もはやこの時点で、彰人の警戒が緩んでいるのは言うまでもなかった。
だが、相手が演技をしていないという確証が得たわけでもない。
八雲紫や風見幽香、八坂神奈子といった『威厳』を感じなければ、西行寺幽々子や洩矢諏訪子からの『怪しさ』も感じはしなかった。
どちらかと言えば……そう、チルノといった妖精連中のような枠組分類に近い空気を何故か感じていた。
が――
「つ、強いわよ! わたしの強さに恐れをなして、尻尾を巻いて逃げ出す妖怪だって、い、いっぱいいるんだからねっ!」
この発言に予想外だという顔をするのは彰人である。
「……強いのか?」
「強いわよっ!」
「…………」
ジッ、と相手を見やり――やがて、ふむ、と自身の顎先を撫でつけ彰人。
強い、という言葉に措いて、彼なりに真っ先に思いついたのは、ふたりの女性であった。
そのまま、なんとなく思いついたことを口にしていた。
「八雲さんや、風見さんよりも……か?」
「と、当然よ!」
「……そいつは確かにスゴイな」
ほうと声を洩らす彰人に対し、フフンと勝ち誇ったような笑みを浮かべる彼女であるが――
耳に聴き捉えた言葉を確認するべく口にしていた。
「ヤ、クモ……? カザ、ミ……?」
狼女の顔色は、徐々に血の気が引いていった。
「ちょ、ちょっと」
「ん?」
「い、一応訊くんだけれど……ヤ、ヤクモって?」
「? 八雲紫さん。ここの幻想郷を創ったっていう偉い人」
「…………」
口が開いたまま閉じられず。
心なしか、がたがたと小刻みに震え出している。
「?」
「……カ、カザミってのは?」
「風見幽香さん。太陽の畑って呼ばれる向日葵畑に住んでる女性」
「…………」
「人は見かけによらないってのは確かだな。あのふたりよりも強いのか……そうかそうか」
なるほどとひとり呟く彰人ではあるのだが、対照に狼女は気が気ではなかった。
当然であろう。
幻想郷で暮らす妖怪の身である者たちにとって、最低限の秩序を理解していれば、その両者の名を知らぬ輩は存在しない。否、存在するハズがない。仮に居たとするならば、それは知能を持たぬ類か、または幻想郷に流れ着いた新参者程度であろう。
八雲紫、風見幽香、ともに幻想郷屈指の大妖怪である。
片や、賢者の異名を持つ幻想郷最古参の妖怪――
片や、純粋な妖力、身体能力といった高い基本能力を誇る『妖怪らしい妖怪』――
そんな両名と肩を並べられるわけがない。
(こ、この人間、あのふたりと知り合いなのかしら……)
とんでもないところに来てしまったとひとり胸中で叫ぶ彼女であるが、それに加えて先より彰人が手に持つ札から意識は逸らさずにいる。
彰人もまた、相手が札に視線を向けていることに気がついていた。表情から察するに、どうやらこの札の効力を余程恐れているというのが窺い知れる。
攻撃能力に特化した札でもないのだが、相手が勝手に恐れてくれているのは逆に好都合であろう。
札をわざとちらつかせながら――それでいて、何かあった場合には対処できるように距離をとりながらではあるが――彰人は屈み目線を同じ高さに合わせていた。
「悪いけれど、博麗の巫女さんから貰った札だから、効果は折り紙付きだよ」
下手すぎるハッタリもいいところである。彰人にとっては、八雲紫と風見幽香よりも強いと聴かされてはこんな札が役に立つのかと不安を覚えてしまっている。
両者ともおかしな勘違いをしていながらも――
しかしながら相手には通用しているのだろう。案の定、『博麗の巫女』との言葉に必要以上に反応したのか、狼少女は獣耳をこれでもかといわんばかりに垂れ下げていた。
(強い妖怪といっても、彼女には恐れを抱いてるってことか、コレは……博麗の巫女さまさまか……)
こうまで恐れるとは、どれほど博麗神社の巫女の存在とは脅威なものか。
とはいえ、眼の前の狼少女の怯え方も異常であった。必要以上にガタガタと震え出しては、眼の焦点は定まっておらず「博麗の巫女、博麗の巫女」とまるでうわ言のようにブツブツと呟きを繰り返している。
(……というよりも、悪名が高いんじゃないのか?)
または、あの巫女のことであるから身体的外傷を受けたのかとそんなことを考えるのは余談であろう。
それはさておき、結界が張られている室内とはいえ、仮に暴れられてはどうなるかわからない。細心の注意を払いながらも、彼は問いかけていた。
「人食いの類であれば、悪いが放置は出来ない」
このまま見過ごして、里の人間――特に最悪寺子屋に通う子どもたちが被害にでもあったとなれば、笑うに笑えない話となろう。
人間が生きるために家畜を食すように、妖怪の中にも人を喰らう輩がいるのは知り得ている。
それを否定する気はないが、肯定する気もない。
幻想郷において、『生きるためならば已む無し』という括りで拘ってしまっては何も論ずることは出来なくなる。
人間は家畜を食べることは許されて、妖怪が人間を食べることが許されないというのはおかしな道理となろう。
知性を挙げるとするならば、例えとして人語を理解し話せる家畜が存在したとしたら、それは食べられるのかと別の問題が生じることになる。
大前提として、妖怪には人間の肉を喰らう輩がいれば、人間の心を喰らう輩も存在する。その上で、食用とされているのは外の世界から此処幻想郷に迷い込んだ人間、いわゆる『外来人』が主とされている。
彰人もまた該当する『外来人』ではあるが、だからといって、餌であるのだから大人しく喰われろと告げられたとしても、素直にはいそうですかと応じるハズもない。そうなればそうなったで、出来うる限りに抵抗は試みるつもりであろうが。
しかし――
「……人なんて、食べないわよ……」
「ん?」
「人なんて食べたら……退治されちゃうじゃない……」
「…………」
じっと見入るが、狼少女は居心地悪そうに視線を逸らしている。
人間に害を成す類の妖怪ではないのか――?
話を信用したわけではないが、ならば何故此処に居るのか彰人は訊ねていた。
と――
「……いい匂いがしたから」
眼を逸らしたままの恰好は変わらずに、狼少女は小さな声音で応えていた。
「嗅いだことのない香りが気になって……なんだか美味しそうな食べ物があると思って……ちょっと脅かせて人間を追い払えば、それが食べられると思って……」
「…………」
香り、と聴いて真っ先に思い立ったのは、卓袱台に乗せられている器であろう。
夕餉として準備をしたのは、お湯で温めて食べられるお手軽なレトルトカレーである。調理するのも面倒くさく、簡単に済ませられるという理由で選んだ結果であったのだが。
少女が口にした『香り』のもとも、スパイスやハーブを示している。
コリアンダーやシナモン、ナツメグといったカレー特有の少々甘い香り。おそらく、はじめて嗅いだ匂いなのだろうと結論付けていた。であれば、嗅覚を頼りに匂いに連れられて此処に来たというのも頷ける。
「いい匂い、ねぇ……」
事実、彰人の呟きに肯定するかのごとく、くるるるる、と可愛らしい音が鳴るのは彼女の腹部から。
「…………」
「…………」
双方無言。
彰人は何も考えておらず、だが彼女は恥ずかしさからによる。
無言の空気に堪えられなかったからなのか、少女は顔を真っ赤にしたまま、眼を逸らしてはバツが悪そうにぼそりと呟く。
「……ち、違うわよ?」
「?」
「お、おなかの音じゃないわ」
「…………」
「こ、これは……」
「これは?」
刹那――
狼少女は、然も名案を思いついたといわんばかりの顔となっていた。
「…………」
逆に、彰人にとっては古典的な表現であるが、彼女の頭に豆電球が点灯したかのように見えていた。
無論の事、実際に豆電球など存在しないのだが。
何かを閃いたと言わんばかりの表情を崩さず、少女は口を開き告げていた。
「これは……そうっ! で、出物の音よっ!」
「…………」
彰人の眉間に、とても深い皺が刻まれていく。
言うに事を欠いて、なにを口走っているのだろうか?
出物、いわゆる『おなら』のことである。
よりにもよって、まさかそう切り返されるとは思いもよらず。
「腹の虫よりも、そっちの方が普通は恥ずかしいモンじゃないのか?」
予想のはるか斜め上を超えた返答に、彰人は額に指先を添えていた。同時に、軽い眩暈さえ覚える始末である。
対照に、狼少女はこれ以上ないぐらいに自信たっぷりな笑みさえ浮かべていた。フフンと吐息を漏らしながら十分満足気に。
「……いや、まぁ、なんと言うか……君がそれでイイと思うんなら、イイんだろうけれど……俺には、仮にも女性が恥じらいもなくそう言い切ることの方が驚かされたというか……答え方なんて、それ以外にもあると思うんだが……」
やり遂げた感に満ち溢れる彼女の姿は、しかしどうしてか、逆に酷く哀れみさえ感じ取れるほどに。
見た目はしっかりした女性に見える。そう、
紅魔館の門番、紅美鈴のような大人の女性かと覚えれば、だが、その実、見た目とは裏腹に、中身はかなり残念な人狼の少女だった。
「…………」
無言のまま立ち上がる彰人であるが、対照に少女は恐れ縮こまっている。
乱暴されると思い、ギュッと眼をきつく瞑らせるだが……何のことはなく、彰人は手にした札をヒラヒラとさせたまま離れるだけだった。
「……?」
いつまで経っても何もされることなく、不安に駆られながらも少女は恐る恐ると瞼を開いていた。
だが、そこには己が想像していた光景など広がってはおらず、あろうことか今まさに卓袱台が置かれている場所の一角に腰を下ろそうとしている彰人の姿を捉えていた。
そこでようやく少女は、解放されたということを理解し、眼をぱちくりとさせるだけ。
「とりあえず、害意がないってのはわかった。なにもしないから、後はもう帰ってくれても大丈夫だよ」
そう言葉をかけながらも彰人の意識はスプーンで掬ったカレーに向けられている。
既に冷めたカレーに若干諦めながらも、決して食べられなくはない状態であるため口へ運ぼうとして――その手は停まることとなる。
彰人の双眸は、自由の身になったというのに、どこか落ち着きがなくそわそわとしている狼少女へ。
『直視』というよりも、これはもはや『ガン見』であろう。
「…………」
さすがの彰人も、じっくりと見られている他者からの視線に対しては気まずさを感じている。これでは食事を続けられはしない。気にせず食べればいいだけのことであるのだが。
「?」
帰りもせず、未だこの場に留まっている理由もないハズなのであるが。
どうかしたのか思う彰人だったが、彼女の視線が仕切り無しに向けられているのは……卓袱台へ。
「…………」
視認しているものがズレていることを理解させられていた。
スプーンを手にしたままの彰人など見ていない。彼女が見入る先は、器である。
じゅるり、と涎をたらしている顔を見て、更には先程と比べてより大きな音を腹から鳴らしている。
こうまで露骨な状況であれば、否が応でも答えなどひとつしかない。スプーンを器へと戻し彼。
ああ、やはりそういうことかと納得したのは、洩矢諏訪子や氷精チルノに負けず劣らず食い意地が張っていることについて。
「……冷めてて悪いんだが、それでもよかったら……食べるか?」
「食べる!」
許可を得たことに眼を爛々と輝かせ、耳をピコピコと動かし、尾っぽも激しく揺さぶりながら、鼻息も荒い少女は滑り込むように卓袱台の許へと移動していた。
「……迅速だな」
しかし――
座卓についた彼女ではあるが、一向にカレーを食べようとはしなかった。
「?」
食べ方がわからないのかと捉えた彰人ではあるが、彼女は卓袱台に置かれたスプーンを握り締めている。
スプーンが食べ物を掬うというものであるということを理解はしているようだった。ならば何故と思考するが――
ちらちらとこちらを見ている意味を悟っていた。その眼は『まだ食べちゃ駄目かしら?』と訴えているのがわかる。
「……あー、気にしないでいいよ。食べてくれて構わない」
「――ッ♪」
その声にひとつ頷き、彼女は器を手に取っていた。
無心――
余程お腹が空いていたのか、少しばかり冷めたカレーを事も無げに食していく。
はじめて口にする香辛料に若干驚きはするが、彼女の食欲は止まらぬままに。がふがふとかっくらっては、ものすごい勢いで平らげていく。
「…………」
その光景には彰人はただただ唖然。
あっという間に空となり、名残惜しそうに器まで舐める始末である。
挙句の果てには――
「おかわりは?」
申し訳なさそうにこちらを見る彼女の眼は、切実にそう訴えているのがわかる。
「…………」
ならば、簡単に何か用意できるものであれば問題もない。
「なにか食べたいものがあれば――」
「お肉!」
「……即答すぎるだろう」
見た目通りの肉食系であることに頭が痛い。
「……なら、少し待ってくれ。持ち合わせがあるか確認するし、用意に時間がかかるから」
調理に詳しい知識など持ち合わせておらず、炭火を使った囲炉裏で焼きでもすればいいかというぐらいの安易な考えであり、味付けに関しては、適当に塩でも振りかけて食べれば十分だろうという短絡な結論に至っている。
なんの得にもならずに食事を与える自分も自分だが、食べる彼女も彼女であろう。
(餌付けか、コレは……?)
警戒ぐらいはするべきでありながらも、これではまるでペットに餌をあたえているようなものだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ふにゅう……」
焼かれただけで味付けは塩のみという肉ではあるが、雑で手抜きであるとは言えども、『肉』であることには変わりはない。彼女にとっては、肉を食べることができたのが久しぶりであり、重要なことであった。
満腹になったのか、幸せそうに表情をだらしなく弛ませた彼女は畳に寝転がっていた。食後に出されたお茶すら残すことなく口にして、である。
もっとも、三日間まともなモノを口にしていなかった手前、食べてお腹が膨れるのであれば、もはや味など二の次であろう。
スカートの裾から覗く尻尾がゆらりゆらりと左右に揺れる。自分の家のようにくつろぐ相手に彰人は既に何も言わなかった。放っておけばそのままうたた寝しそうな雰囲気すら感じながら。
はっきりと言って、食事を終えてから直ぐに横になって寝転がっているなど、ひどくだらしがない恰好であろう。
加えて、今更になってだが、彰人は彼女の名を知りもしない。
「そういえば、まだ名前を訊いてなかったな……俺は、加藤彰人っていうんだけれど、よければ名前を教えてもらえるかな?」
「ん? あれ? 言ってなかったかしら? わたしは――」
むくりと身体を起こし、紅い瞳が彰人へと向けられる。
今泉影狼――
三色のドレスを身に纏った狼少女は、自身の名をそう告げていた。