幻想郷見聞録噺   作:ボイス

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19 超人、聖人、面霊気

「面霊気はわたしが創ったものだ。故に、わたしが教育するのが筋だろう」

「こころさんは物ではありません。創り出したという驕慢な考えに捉えている貴女に彼女をお任せするわけには行きません」

「わからないのかな? 邪教などを面霊気に吹き込まれては適わないと言っているのだが?」

「ご心配なく。こころさんは、わたしがしっかりと育てますのでお帰りください」

「育てる? これは異なことを聴いたものだ。洗脳する、の間違いだろう?」

「……どういうことでしょう?」

「偏屈な己の理想を一方的に押し付け、愚想を植え付ける妖怪寺になど面霊気を預けるわけには行かないのだよ。卑しく生にしがみついた結果、邪法に手を染めた者は言うことが違うじゃないか。さすがは魔界に封印されるだけのことはある。なぁ、聖白蓮?」

 びきり、と頬を引きつらせる白蓮ではあるが、決して笑顔は絶やさない。

 微笑を維持したまま彼女は口を開いていた。

「……貴女がそれを口にしますか? 不老不死に固執するあまり、他人を犠牲にしておきながらよくもまぁ言えたものですね。ご自分の顔を鏡で今一度ご覧になられてみてはいかがですか? 貴女こそ他者の欲は耳にできていても、御自身の欲に関してはまったく耳を貸そうとはしないようですね。ああ、非常に都合の悪いものを耳にするわけにはいきませんものね?」

 びきり、と今度は神子の頬が引きつる形となる。

「それに先から『面霊気』『面霊気』と仰いますが、彼女には『秦こころ』という立派な名前があるんです! それを汲みもせずに、彼女を道具扱いするなど不届き千万です」

「おや? おやおや? わたしは面霊気を一度たりともそのような呼び方でなど口にしてはいないのだが? その言葉を出す方が、面霊気をそう捉えているあらわれではないのかね、聖白蓮?」

「あら、ひとりと認識していない貴女にとっては偏り方も異質なのではないのでしょうか?」

「はははは」

「うふふふ」

「はっはっはっはっ」

「うっふっふっふっ」

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「で……何をしてんだ、()()()……?」

 境内で口論を続けているふたりに対し、彰人は呆れたように声音を洩らしていた。

 ひとりは、この命蓮寺の住職である聖白蓮。その彼女と対峙している相手も知っている。

 耳介じみた突出した羽毛を持つミミズクのような特徴のある髪形の女性は――豊聡耳神子である。

 御世辞にも、双方和やかな雰囲気であるとは思えなかった。離れたこの場所に居てもそれは十分感じとれている。

 言うなれば、抗争勃発中である不良同士のメンチの切り合い(睨みつけ)であろうか。

「あ?」

「お?」

「んだらぁ?」

「おおっ?」

 などとの掛け合いが聴こえなくもないし、相応しそうに思えてならない。すべて彰人の勝手気ままな偏見であるが。

 神子にとっては、いわばこの場所は敵陣であろう。にも関わらず此処に赴くとは余程の理由であるのだろうと単純に理解していた。

 どうみても茶飲み話に現れたわけではないのは明らかであろうが。

 本堂へ繋がる石段に腰を下ろすマミゾウは――その後ろの段には、これまた同じようにぬえがつまらなそうに座っているが――口に煙管を銜えたまま器用にカカカと笑っていた。

「どちらがこやつを育てるかで揉めておる、といったところかのう」

 こやつ、と称したマミゾウの片手は隣に座る少女の頭に乗せられていた。

「…………」

 自然と向けられる彰人の双眸。彼にとっては、はじめてみる顔である。

 一目見て、この少女も妖怪連中の御仲間なのだろうと察していた。その最たる理由としては、少女の周りに浮遊する面の数々である。

 狐や般若、女系に翁系といった能面――

「…………」

 とりわけ、その中でもひときわ異彩を放つ一面に眼が停まり――彰人はどのような顔をしていいのかがわからなかった。

「随分とまぁ……個性的な面があるな」

 彼が指先でつつく面は、豊聡耳神子を酷似した――いや、モデルは完全に神子なのだろうが。

 どこかこちらの神経を逆なでするようなデザイン。見つめ続けると殴りたい衝動に駆られる不思議感。

「…………」

 何とも言い難く、この上なく非常にシュールな表情。加えて、なにやらやたらとテカテカしている。

(もうちょっばかりなんとかならなかったのか、このデザインは……? やっばいな……コレ、夢に出そうだ)

 ちょっとした恐怖を覚えながらも彼。

「育てる……? 要はなんだ、つまるところ……親権争いってなトコか――ッて、おい……アレ、停めなくていいのか?」

 彰人の呟き通り、口論をかわしていたふたりの状況は一変していた。

 腰のベルトに括りつけられていた鞘から抜刀した凶器を握る神子と、なにやら読めぬ七色に光輝く文字で防ぎとめている白蓮――

「…………」

 刀剣を両手で受ける防衛方法である『真剣白刃取り』というものは知っているが、どういう原理で、どのように押さえ込んでいるのかが理解できぬ彰人だった。

 明らかに物理的な攻撃を、一体全体如何様な屁理屈で――オカルトじみたモノはまったくわからぬ故に――捕らえているのだろうか。

 もっとも、彰人にとって見れば、白蓮ならば例え巻物など無くても平気で剣を素手で捕らえるだろうとも思っていた。ついでに言えば、彼女ならば歯ででさえも受け止めることなど容易であろうとも。

 とはいうものの、直刀で斬り伏せんとする神子に圧されてか、白蓮は片膝をついている。

 しびれを切らし、どちらから手を出したのかもわからぬが。

 それはさておき――

「なぁ、おい……穏便な話し合いから、とんでもなく物騒な武力行使がはじまってんぞ?」

 眼の前で傷害事件が今まさに起きようとしている。さすがにこれは停めねばならぬだろうとする彰人ではあるが、それをマミゾウは煙管で制するのみ。

「心配あらん。なぁに、いつものことじゃて。然して気にすることでもなかろうに」

「……俺の認識によれば、此処では女性同士の揉め事の場合、確か『弾幕ごっこ』とかいうもので決着つけるんだろう?」

 ちらりと視線をマミゾウへと移し彼。

 これはさすがにマズイだろうと指摘をするのだが……マミゾウは格別聴き入れるわけでもなく。額を掻きながら呑気にそうじゃなぁ、と洩らすのみ。

「いわんとすることはわかっておるが、こればっかりは当人同士の合意の上じゃて。ワシらが手出しするでもナシに。それに、言うたじゃろ? いつものことじゃて。然して気にすることでもなかろうに」

「……そういうもんか?」

「そういうもんじゃ」

 頷くマミゾウから視線を逸らしてみれば――状況は、またもや変わっていた。

「…………」

 今度は、神子に白蓮が纏わりついている。

 単純極まりない言葉の表現だけでは状態を理解することは出来ぬだろう。

 詳しく説明するのならば、白蓮は自分の右脚を神子の左脚に絡めている。そのまま相手を前屈みの恰好にしたまま、右腕の下から白蓮自身の上半身を出すと、そのまま神子の首部分にこれまた白蓮は己の左脚を引っ掛けた状態で、神子の右腕を神子自身の背中側に直角に曲げては、白蓮は自らの左腋に抱え込んでいた。更には空いた右手は拳をつくり、神子のわき腹をガスガスガスと連続殴打しまくる始末である。

 長々と説明したが、要はプロレス技である一種の『卍固め』をかけられているのだが。

 今の神子は、肩と脇腹にかけて最大の激痛を伴っていることであろう。次いでというわけではないが、腰と首筋にも痛みを与えられている。

 現に、ぎゃあああと悲鳴を上げているのは技をかけられている神子本人の口からである。

 加えて、完全な形で極まっているのか、神子の身体の上に乗り上げる状態になっている白蓮自身の両足は地面に着いてはいなかった。

「…………」

 卍固めで関節を極められ、悲鳴を上げている神子が視界に映る。

 見入る度見入る度、逐一状況が変わっているのはどういうことなのか。

 双方が手にしていた刀や巻物は地面に散乱している有様である。

 地図記号で『寺社仏閣』を示す『卍』になぞらえて――もとより、先の世に生まれている白蓮が意図的にこの技を知っているハズはないのだが――敢えてこの関節技を選んでいるのはなかなか妙だと感心するのは彰人の胸の内だけでの秘密であろう。

「ほぼレスラーだろ、ああまで来たら」

 打撃はもとより、関節技にも優れて得意とするレスラーであるというのも、どういうわけかしっくりくるなとも考えていた。

「あのひょろい子じゃ、ギブアップして終わりってなところか?」

 極めた各箇所を粉砕するかのごとく――実際、折ろうとしている――力を篭める白蓮に対し、一際高い悲鳴を上げて悶絶する神子を見るとも無しに眺めながら、この勝負もそろそろ終わりに差し掛かっているだろうと読む。

 と――

「それで」

 マミゾウの声音に、彰人の意識は戻されていた。

「命蓮寺入門者の(ぬし)さまは何用かのぅ?」

「……だから、何度も言うが、違うっつってんだろうが。こないだも村沙さんと雲居さんが同じこと口にしてたし」

「おや、違ったかのぅ? 足繁くよう通っとるもんじゃから、てっきりそうであろうと思っとったんじゃがなぁ? ワシの勘違いかのぅ?」

「オマエ、わかってて言ってんだろうが」

 彰人が頻繁に命蓮寺に通うのも何のことはない。ぬえの様子見である。マミゾウもまたそのことは十分理解した上での発言である。

 まったくと呟きを洩らしつつ、彰人もまた改めてマミゾウの隣に座る少女を見入っていた。

 と――

「……この子」

 そこで彰人は、見知らぬ子だというのは早計であったと理解する。

 記憶を頼りに遡り――よくよく思い返してみれば、博麗神社や人里で能楽を舞っていた子かとあたりをつけていた。

 なるほどと胸中で呟くと、確認も踏まえてマミゾウへと問いかける。

「此処に居るってことは、この子こそ命蓮寺の入門者ってワケか?」

 妖怪を受け入れ、保護する命蓮寺であるだけに、新参者も日々居るのだろうとしてのことだが。

「半分あたりで半分ハズレじゃのう。付喪神の一種で、名は『秦こころ』というてのぅ」

 付喪神と聴き、分類はあの化け傘の子の御仲間かと彰人は解していた。

「立場的には……ほれ、(ぬし)さまと同じじゃて」

「だから、俺は入門者じゃないって言ってんだろうが。耳がないのか? オマエは」

 指をさして笑うマミゾウに辟易しながらも、彰人は手にしていた風呂敷包みを渡していた。

「なんぞ?」

「甘味物。貰った物のおすそ分けで悪いけどな。数に限りはあるが、皆で食べてくれ」

「そんなことはあらん。ご丁寧にありがたく頂戴いたそう」

 言葉を添えて両手で受け取るマミゾウから、住職に用件があるのならしばし待てと告げられはするのだが、彰人は空いた片手を軽く振っていた

「他には特にこれといった用事はないよ」

「帰り足だったかのぅ?」

「今日は里での仕事(寺子屋)だけだったからな。後は家に帰ってのんびりするつもりだ」

 言って、彼の視線は隣に座るこころへと向けられる。

「新入りさんは、此処(命蓮寺)には慣れたかい?」

「うむ。此処の者は、皆わたしによくしてくれている」

「ほう」

 皆、との言葉に彰人は横目でちらりとぬえを見るのだが、当の彼女は直ぐにプイと視線を逸らしていた。

 これは意外、と思うところが正直な感想である。新参者に対し、ぬえはぬえなりに思うことがあるのであろう。それ相応に世話をしているのだろうと彰人は汲み取っていた。

(ぬえにとっては、いいとこ『妹』といったところか)

 なんだかんだと面倒見がいいのがコイツらしいと彼。

「なるほど。で、アンタにとっては、さしずめ娘ってトコか? ああ違うか。その口調で言えば祖母と孫って間柄か」

「この口調は慣れであって、(おうな)ではないんじゃがなぁ?」

 ジロリと睨むマミゾウに冗談だと詫びながら彰人はこころの隣に座る。

「でもまぁ、アンタとこの子の組み合わせは親子に見えなくもないんだがな。お似合いだと思うよ」

「言うとれ」

 そんなやりとりをかわすふたりであるが、一方で、マミゾウが受け取り膝の上に乗せていた風呂敷包みを興味本位に勝手に解いていた者がいた。こころである。

「――おお」

 中からは紙に包まれた団子や饅頭が顔を覗かせる。

 『喜』を表す福の面をかぶる彼女は、内の一本の団子を取ろうと手を伸ばす。

 だが――

「これ!」

 ぺしんとその手をはたくのはマミゾウであった。

 なにをされたのか、どうして手を叩かれたのかわからず、こころはきょとんとしたまま。

 まったくと一息洩らし、マミゾウは続ける。

「人さまから貰ったら、なんと言うんじゃったかな?」

「……ありがとう」

「うむ。では次に、食べる時には、果たしてなんと言うんじゃったかのぅ?」

「いただきます」

 いただいた包みを、渡した本人の眼の前で開くというのは菓子折りのマナーではNGであろう。

 そこは勘弁してやってくれとマミゾウがアイコンタクトで示す中、彰人は無言のまま頷いていた。

 了承されたと判断したこころは、さっそく団子をほうばり食していく。

 もぐもぐごくりと飲み込んでは――次の二本目となる団子を手に取り口にする。

 容姿に見合わぬ見事な食べっぷりではあるが、彰人はひとつばかり気になる点を見つけていた。

 串にささる二個目の団子を食べようとしていたところを「ちょっと待て」と制した彼はハンカチを取り出していた。

「口の回りを醤油だれまみれにしてるわけにはいかないだろう? 服にでも垂れて汚したら大変だろうに」

 動かずジッとしてろと告げると、こころの口元を拭っていく。

「むぐぅ」

 言われたまま団子片手に動かぬ彼女はされるがままに拭かれていたが、然したる時間もかからぬうちに顔を綺麗にされては彰人からいいぞと声をかけられる。

 ふたりのやりとりを見るともなく見ていたマミゾウは、煙管からそっと喫った煙をゆったりと吐き出していた。

「まぁ、なんじゃ。先の話に戻るが、どちらもこやつをなんとか懐柔しようと必死になっとってのぅ」

「その言い方からすると、どちらも人心掌握は失敗してるということか?」

 マミゾウの言い分から、あの手この手と策を弄するふたりの姿が見て取れる。

 しかし――

 そこで待てよ、と彰人の胸中には引っかかりを覚えていた。マミゾウはいわば命蓮寺側の分類であろう。であるならば、白蓮に協力するのが普通ではないのかと推測するのだが――

 そんな彰人の考えを悟ったのか――単に顔に出ていたのだろが――マミゾウはさらりと応えていた。

「こやつは、自分自身に感情を身につけ能力を安定させるべく此処(命蓮寺)におるワケであって、わしはその面倒を見ておるだけじゃ」

「…………」

 何が違うのか、一瞬考察する彰人ではあったのだが――

「つまりは、この子のためであって、聖さんのためではないと?」

「然り」

「…………」

 脚を組み、彰人は顎先に手を当てふと考える。

 聖白蓮、豊聡耳神子、秦こころ――

 この三人を組み合わせるとなると、一番しっくり来る構図は「父親」が豊聡耳神子、「母親」に聖白蓮、「娘」として秦こころが最も似合う。

 神子と白蓮、双者の思考思想は違うだろうが、互いの欠けた部分を補うという形であれば、このふたりこそ親に相応しく感じよう。

「なら、この子本人に選ばせれば手っ取り早いんじゃないのか?」

「それが出来ておれば苦労はせん」

「?」

「論より証拠と言うじゃろう? そやつに直接訊いてみた方がよかろうぞ」

「…………」

 言われるままに、彰人はこころへ視線を向けていた。

「なぁ、新入りさん? ひとつ訊くけれど、聖さんと豊聡耳さんのふたりのどっちが好きかな?」

「きらい」

「……嫌い?」

「きらい」

 辛辣な即答に加え、これは些か予想外だと感じ彰人。

「……もうひとつ訊いていいかな? どうして、嫌いなんだ?」

「ふたりはいつも喧嘩してる。顔を会わせるとすぐ喧嘩する。だから、きらい」

 言って、こころはもぐもぐと団子を口にする。

「…………」

 親の背を見て子は育つ、とはよく聴くが、この子もこの子なりに見ているのだなと彰人は感じることとなる。

 マミゾウに視線を向けてみれば、つまりはそういうことだという顔をしていた。

「なら尚更だ。アンタが教育係になるべきだろう」

「放っておけんのも事実であるが故に言い返せん」

 ふたりの会話を耳にすることもなく、ばくばくと団子にかじりつくこころの口元はすぐまた醤油で汚れていたのだが。

 一方で――

 先から構ってもらえず、相手にされていないぬえは仏頂面のまま。

 そんな彼女に彰人も気がついていないわけではない。振り返り声をかける。

「お前も食べるか?」

「……いらない」

 一瞬の間を置いたぬえではあるが、ぷいとそっぽを向いていた。

 と――

「もったいない。いらないのならば、せっかくだからわたしが貰おう」

 言って、もっちゃもっちゃと食すこころは更に団子に手を伸ばすのだが――

 盗られてたまるかと瞬時にぬえは背後から団子を三串ほど奪い取っていた。

「誰も食べないとは言ってないでしょ!」

「いらないと言ったではないか」

「いらないとは言ったけれど、食べないとは言ってないわよっ!」

「むぅ」

 もっと団子が食べられると思ったこころは残念そうに口を膨らませる。

 再度口元をハンカチで拭ってやる彰人の姿に――

「…………」

 どうにも面白くないぬえは、こころの頭を叩いていた。

 勢いあまり、団子にかぶりつこうとしていたこころの頬から鼻がたれで汚れることとなる。

「?」

 こころにとっては、どうして自分が叩かれたのかわかっていない。

 対照に、今のぬえの行動に意見するのは彰人であった。

「おい! 何も叩くことはないだろう? それにお前……この子の眼にでも串が刺さったらどうするんだ?」

「…………」

「ガキじゃないんだから、少しは考えろよ」

 まったく、と洩らす彼はハンカチでこころの頬と鼻先を拭っていた。

 彰人に強めに注意されたぬえは、より一層ふくれっ面が増すことになるのだが。

「なによっ、さっきからソイツばっかり! アンタ、こいつの父親にでもなったつもりっ!? そんなに世話がしたけりゃ親にでもなったらいいじゃないっ!」

「……お前は、何を言っているんだ?」

 見当違いとしかとれない発言に彰人は辟易するしかない。

 実際、さすがに危ないと感じたから注意しただけである。それに対して癇癪を起こされるとは思ってもいなかった。

「バーカ! バーカ、バーカ」

「……おい、このアホに何とか言ってくれ」

 罵倒を繰り返す相手などしてられぬととった彰人はマミゾウに声をかけるのだが――

 当のマミゾウは一串の団子を手に取ると、視線すら向けることなくつまらなそうに返答する。

「知らん。強いて言うならば、(ぬし)さまに非があろう」

「なんでだよ」

 と――

 そんな三人のやりとりを眼にし、手にする団子を食べ終えたこころはじっと彰人を見上げると――

「おとーさん」

 唐突に告げられた言葉に――彰人は『ぶふっ』と息を吐き出し、罵倒を続けていたぬえの口は固まり表情は引きつっていた。

「おとーさん」

 今一度呟き、こころは彰人にぎゅっと抱きつく。

 これに慌てたのは――彰人よりも、原因を口にしたぬえである。

「ちょっと! アンタ、カトーから離れなさいよっ!」

「……どうしてだ? この人間は、わたしの『父親』なのだろう? そう言ったではないか」

「いいから、離れろって言ってんのよっ!」

 こころを無理やり彰人から引き剥がしたぬえは、縄張りを死守する猫のように威嚇する。

 再度彰人に抱きつこうとするこころであるが、やはりぬえは牙を剥いては『ふしゃー』と声を荒げていた。

 煙管を口に銜えるマミゾウは笑いを漏らす。

「クカカカ、これは傑作じゃ。こやつ(面霊気)も満更ではなさそうじゃなぁ? (ぬし)さまが父君とあらば、当然母君も必要じゃてなぁ? となると、ここは無難なところで命蓮寺住職といったところかのぅ?」

 未だ不毛な争いを続ける一画――主に白蓮に――へ視線を向けて告げるマミゾウではあるが、こころが指差す相手はそうではない。

「おかーさん」

 こころが指さし、示すのはマミゾウだった。

「は? わ、わしかや?」

 意外な指定にマミゾウ自身も眼をぱちくりとさせる。銜えていた煙管すら地に落とすほどに、些かばかりか困惑しているといえるだろう。

 そうこうしているうちに、こころはマミゾウにぎゅっと抱きついていた。

「おかーさん」

 今一度呟くこころに対し、マミゾウは「参ったのぅ」と声を漏らす。

 そんな中――

 ひとり、とんでもない顔をするのは、誰であろうぬえである。

 彰人がちらりとぬえに視線を向けてみれば――

「…………」

 無言ではあるが、双眸には憎悪という名の炎を灯し、歯を食いしばってはギシリギシリと軋らせていた。

(どうしてそんな顔をしてんだ、お前は……)

 彰人に加えてマミゾウまでとられたことにより、ぬえの機嫌は一気に悪くなる。そんな彼女が下した行動はといえば――

 なんのことはなく、マミゾウとこころの間に無理やり割り込んでは座っていたのだった。

 フンとそっぽを向くぬえではあるが、そんな態度にマミゾウは胸中愉快そうに呟くのみ。

(カカカ、まさか『やきもち』とはのぅ。ぬえも可愛いところがあるもんじゃて)

 対して、ぬえの行動の意味がわからぬこころは不思議そうに瞬きするだけ。

「?」

 ムスッとするぬえに、クツクツと笑うマミゾウ。困惑し疲れたような顔をする彰人。

 三者三様の表情に、こころは小首を傾げるのみ。

 意図を理解できずにいる彼女に説明すべくマミゾウは口を開いていた。

「今のぬえは、些か虫の居所が悪いようじゃて」

「……どうして?」

「さぁ? どうしてじゃろうなぁ?」

「?」

 マミゾウの指摘に、やはりこころは小首を傾げるだけ。瞬時にぬえは耳まで顔を真っ赤にしたまま反論していた。

「ちょっと! 余計なこと言わないでよねっ!」

「…………」

 彰人もまた便乗してか口を挟む。

「ついでに言えば……今の君のポジションが、コイツにとってはすごく羨ましいわけだからな」

「だからっ! アンタも余計なこと言うなっつってんでしょ! 別にわたしは拗ねてなんかいないし、羨ましくなんかないもんっ!」

 彰人とマミゾウの会話を聴き入り、無言であったこころではあるが――ひとつ思いついたと手を叩いていた。

「……つまり、寂しいのか?」

「はあっ!? アンタ何言ってんのっ!? 誰が寂しいってのよッ!」

「……寂しいのは、嫌だな」

 ぬの抗議を無視したこころは今一度呟いていた。

 そのまま――

「おねーちゃん」

「はあっ!?」

 ぬえにぎゅっとだきつくこころは再度呟く。

「おねーちゃん」

「ちょっ、なにくっついてんのよっ! 離れなさいよっ!」

「おねーちゃん」

「誰がお姉ちゃんよっ! ふざけんなっ!」

 顔を押さえ引き剥がそうとするが、こころはより一層――ひと際強くぎゅっと抱きついていた

「このっ――」

 思った以上に力が強く引き剥がせない。どうしていいかわからず、赤面のまま困惑するぬえの視線は彰人とマミゾウへ助けを求めるが如く彷徨うのだが――見事なまでにふたりとも意地の悪い貌をし、口には三日月のような笑みを浮かべていた。

「ほうほう、これはこれは。滅多に御眼にかかれるモンではないのぅ」

「いやいや、そんなにめくじら立てるものでもないだろう? なぁ、ぬえお姉ちゃん?」

 顎をさすり、ニタリとした笑みを浮かべるマミゾウ。

 ぽんぽんとぬえの頭を撫で付ける彰人。

「……カトー、後で絶ッッ対に、ぶん殴るからねッッ!」

 覚えてなさいよと睨むぬえだが、顔からは火が出るほどに赤いままである。

 おお恐いとおどける彰人ではあるが――ふと、視線を感じた彼は首を動かしそちらの方へと向き直る。

 そこには――

 髪はボサボサとなり、衣服はところどころが破れボロボロ、または土で汚れている白蓮と神子のふたりが立っていた。

 どうやらかなり劣勢であったはずのあの状況から、神子は何とか抜け出すことが出来たのだろう。

 逆に言えば、ああまでがっちりと極めていたはずの白蓮はそのまま決めることが出来なかったらしい。

「こころさんが、ぬえにあんなに懐くなんて……」

「感情を理解したのか面霊気よ……素晴らしいぞ……」

 眼元を指先で覆おう白蓮と、腕を組んでうんうんと頷き神子。

 各々動作は違うが、共通しているのは一点だけ。両者とも感激のあまりに泣いている。

「わたしの教えが良かったからなのですね」

「わたしが創った希望の面の出来が完璧だからなのだな」

 刹那に――

 双方とも挙動が一瞬停まりはするが、やはりそれはほんの僅かな出来事である。

「わたしの教えが良かったから――」

「わたしが創った希望の面の出来が――」

 ふたりとも口を開き――

「わたしの――」

「わたしが――」

 瞬時に、白蓮と神子は互いの顔を己の拳で殴りつけていた。

 しかしながら、純粋な素手による格闘戦のみでは白蓮の方が上手(うわて)であろう。鼻を赤くし、涙目になった神子が叫ぶ。

「うおのれぇぇぇぇッ! この性根の腐った邪教者がっ! もはや生かしてはおけぬっ! 我が正義の名の下にっ、キサマら邪教徒一族諸共、肉片ひとつ残さず消し去ってくれるわっ!!」

「……とても正義を語る輩が口にしていい台詞じゃねぇだろ」

 悪鬼のごとき形相の神子を見て、これではどちらが悪者だかわからぬといった顔をする彰人ではあるが――

「理不尽な暴力とあらばやむをえませんね。不本意ではありますが、降りかかる火の粉は払わねばなりません。この世から、その血の一滴、髪の毛一本の存在すら残さず駆逐して差し上げましょう。いざ、南無三!」

「この人はこの人で、さらりと攻撃的なこと言ってる上に顔が完全に能面じゃねェか……」

 彰人が指摘するように、白蓮もまた述べる口上と顔がまったく合っていない。

 超人「聖白蓮」――

 光符「グセフラッシュ」――

 両者のスペルカードが発動し――周囲一帯で、暴れまわる。

 面倒くさいことに変貌していく境内を目の当たりにし、彰人は視線を逸らす。

「もう、このふたりで世話すりゃいいだけの話じゃねぇか?」

 そうすれば万事解決するだけの話ではなかろうか……?

 なぁ、と話を振る彰人ではあるが、マミゾウ、ぬえともに応えるわけでもなく。

 こころ自身もまた我関せずを決め込んだまま、幾本目ともなる団子を口に含んでいたのだった。

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 ひとり彰人は、眼の前の問題事に関して額に手を添えていた。

「…………」

 席の向かいに座るこころが口いっぱいにご飯をほうばり――挙句は米粒すら口元につけている始末であるが――タクアンを貪り食しているのはどうでもいい。

 横から箸を伸ばし、彰人の器からひょいと油揚げをくすねて食べているぬえもこの際どうでもよかった。

 マミゾウが蕎麦をすすっているのは気にすらしない。

「…………」

 命蓮寺で用件を済ませ、後は帰るだけでしかない彰人であったが、マミゾウに食事はどうかと誘われる。

 格別断ることもなく、ぬえとこころが同席することも了承し、彰人の家に伺うということにも承諾していた。

 特にこの三人に厄介事は感じていない。ならば、何が問題であるのかといえば――

 それは、こころの左右に座るふたりに対してであった。

「…………」

 存在を無視するわけにもいかず、観念したかのように彰人は視線を向ける。

「ほら、面霊気よ。こちらの蕎麦の方が美味しいぞ?」

「こころさん、こちらの蕎麦のほうが美味しいですよ?」

 もぐもぐと米を食すこころの両脇に陣取り、それぞれの蕎麦を勧めようとする神子と白蓮。

「……なんで、このふたりもくっついて来てんだ?」

 ぼそりと独りごちる彰人であるが――その呟きはふたりの耳にしっかりと届いていた。

「面霊気を誑かす愚民が。そこに直れ」

「こころさんを誑かすというのであれば、いくら彰人さんといえども感心しません」

 ギロリと睨みつけてくる神子と白蓮を前に、彰人は大変居心地が悪かった。

「……どうして俺はそんな眼で睨まれなくちゃならないんだ?」

 そういうところだけ利害が一致し、共感するのが納得できない。

「度の超えた過保護なだけでしかないだろ、これ」

 ぬえとマミゾウに同意を求めるのだが――ふたりは黙々と食事を続けるだけだった。

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