幻想郷見聞録噺   作:ボイス

3 / 19
03 古道具屋と外来人

 からん――と来客を知らせる鈴の音が店内に響く。

 魔法の森の入り口に構えた古道具屋「香霖堂」の店主、森近霖之助は、店番兼暇潰しに読んでいた書物から顔を上げ、相手の姿を認識すると、にこやかな表情を浮かべていた。

「こんにちは、森近さん」

「やあ、加藤くん。待っていたよ。今日も色々と用意していてね……お茶も出さずに、来てもらって早々で悪いのだけれど、鑑定(使用方法)を頼めるかい?」

「構いませんよ。じゃあ準備してきますので」

 行李鞄を下ろしながら、彰人はそう応えていた。

 片手間の仕事(アルバイト)として彰人が香霖堂で働かせてもらっている上で、彼に当てられている本来の役割というのは、主に接客と商品管理の二種に分類される。だが、滅多に客が訪れることのない――忘れたように、人が来たりはするのだが――香霖堂故、彰人の仕事の割合は、もっぱら霖之助の話相手か、集められた外の世界の品物の鑑定がほとんどであったりする。人が来れば、当然もともとの接客もするのだが。

 霖之助自身が持つ中途半端な能力のせいによるところと、無類の蒐集癖(物集め)があるため、未知の商品が店内には多く、所狭しと置かれている。うち、半分以上が値札もない非売品であったりするが。

 例え商品が売れなくとも、ほぼ趣味で店を開いているため、生活上においては特に困ることもない。

 上白沢慧音の紹介で彰人が週に数度働くことになってからは、埃を被り「使い方がわからない」それら商品も日に日にではあるが、一応数は減ってはいる。

 とは言え、あくまでも眼につく範囲内での話である。倉庫にはまだ手つかずの品々が残っていた。

 蒐集兼商品補充のために、幻想郷でも危険地帯とされる無縁塚などに出かけては、見つけてきた品を持って帰ってくるので結果的には品数は増えている。

 作務衣に前掛け姿へ着替えた彰人の前に並べられた品々。

「昨日も無縁塚から結構集めてきてね。是非、君に鑑定してもらいたい品ばかりだよ」

 示す先――

 鑑定(使用方法)してもらいたいとして机に並べられた物、床に並べられている物を順に見ていく。

 だが、パッと見での正直な感想を彼は呟いていた。

「……ほとんど電気が必要だな。森近さん、期待を裏切って申し訳ないですけれど、大半は、たぶんこれはこのままでは使えないですよ?」

「そうなのかい?」

 少しばかりぽかんとした表情になる店主に頷き、彰人はひとつひとつを順に見ていく。

 懐中電灯、携帯ラジオ、一昔前に流行った携帯ゲーム機。型が古い携帯電話、ビデオデッキ。

 床に置かれているものは、扇風機やブラウン管型のテレビ、エアコンなど。

 さて、どれから説明していこうかと考えると、霖之助は扇風機に触れていた。

「じゃあ、これからお願いしようか。風を発生させるというのはわかるんだけれど、何のために風を起こすんだい?」

 霖之助に頷き、扇風機の前に屈むと、彰人は三枚の羽根を指し示し応えていた。

「これは、主に夏の暑い日とかに涼むための家電品ですよ。モーターを動かして羽根を回転させて風を発生させるんです」

 強弱と書かれたこの丸いのは何だいと訊ねられ、それはそこに書かれたボタンを押して風の強さを変えて涼むんですよと説明していた。

「なるほど。涼むため、と。そういう意味で風を発生させているわけか」

「ただ、涼むといっても風を送るだけであって、冷気が出るわけじゃないですから……予想以上のことは期待しない方がいいですよ」

「そうなのかい?」

 涼むという言葉に、霖之助の脳裏には、冷気を操る氷精チルノと寒気を操る妖怪レティ・ホワイトロックを思い浮かべていたが、どうやらそうではないらしい。

「……ふむ。じゃあ、次はこれをいいかい?」

 言って、次に霖之助が使用方法を求めたのは、掃除機だった。

「筒が繋がっているこの『掃除機』というのはなんだい?」

「それは、塵や埃を吸い込む、その名の通りの清掃道具ですよ。簡単に言えば、ほうきとちりとりが一緒になったものと捉えてくれれば……ここに開いている穴から吸い込んで」

 使うためのスイッチと、ホースが繋がるノズルを向けて説明し、掃除機本体を指さし彼。

「ここに吸い込んだゴミをためるわけです。ある程度たまったら中のゴミは捨てなくちゃいけないし、掃除機本体とノズルが入らな場所は掃除できないという欠点もありますけど」

「ふうん……」

 顎をさする霖之助ではあったが、だがすぐに「ん?」と首を傾げる。掃除機の本体から伸びる絶縁物で覆われた――

「この『差込プラグ』とは何なんだい? 用途は『各種家電製品に使用される』というのはわかるんだが……この紐の先端についているのも、よく見かけるんだけれど……ああ、ほら。これとか……これもそうだ」

 言って、彼が指し示すのは、掃除機本体と繋がるコードの先端にある導体となる二刃。扇風機にも同じものが繋がれている。

 ああ、と声を漏らし、彰人は応えていた。

「この部分を、コンセントっていう電気を供給するプラグ受けの差込口に接続するんです」

 霖之助にとって『電気』という言葉は、以前説明してもらっていたので覚えていた。電化製品の類を動かすために必要な『動力』だという知識を得ている。

 だが――

「んん? 待ってくれ。ということは」

「ええ、最初に言ったように電気が無ければ、これら――扇風機も掃除機も動きません。そこのビデオデッキもエアコンも動かないですよ」

「つまりは……」

 こくりと頷き、霖之助の考えていることを代弁する。

「残念ながら、幻想郷においては宝の持ち腐れ……てところですかね。電気があれば動きますよ? 壊れていなければ、ですけどね」

 まだ説明もしてない品の名前まで彰人は口にしていた。

 電気が無ければ動かないという大事なことを聴かされはしたが、だからといって品々から興味を失ったわけではない。

 理解したのか、頷いた霖之助は――今度は、机にある長方形の箱を指さしていた。

「このビデオデッキとは? 用途は『磁気テープを用いて、音や映像の信号を記録や再生する装置』というのはわかるのだけれど」

「その認識通りですけど、これ単品じゃ使えませんよ……テレビと接続しないと見れないし……コードは?」

 接続に使うオーディオケーブルのことを訊ねたのだが、直ぐに彰人は思いとどまっていた。相手がわかるはずもない。案の定、霖之助は不思議そうな顔をする。

 いずれにせよ、繋げるコードとビデオテープがないとどうにもならないと説明していた。

「まぁ、もしかしたら何処かにコードやらがあるかもしれないから、それは後で探すとして」

 他には――電気を使わなくても動く品を見やる。

「電池があれば、こういった懐中電灯やラジオも動くと思いますけど……電池が生きていればですけどね」

 ラジオに関しては、果たして電波がこの幻想郷にも流れるのかどうかが怪しいところだと考えてはいたが。

 口で言うより実際に見た方が早いと判断すると、彰人は携帯ラジオを手に取り裏面を見せていた。ふたをはずし、空洞があることを示す。

「ここに空間がありますよね? ここに乾電池を入れて使うんですよ。このラジオは……単三型が三本必要だな」

「なるほど。何か形的には見たことがあるような気がするよ」

 乾電池についての用途は把握していた。主に円筒型が多く使われており、電力で動く機器に適し、安価で手に入る品という認識だった。

 用途を知っているだけで、確かそれなら仕舞っておいたはずだと言い――霖之助は棚へと歩み寄っていた。

「確かここらにあったはずなのだけれど」

 手近の棚の一角をがさごそと漁り……あったあったと声を漏らす。

「これかな」

 言って、差し出されたのは、確かに乾電池だった。液漏れも錆も見当たらない。

 だが――

「残念。それは単四ですね。欲しいのは単三形です」

「? これでは使えないのかい? 君の言う『乾電池』ではないのかな?」

 能力で名前と用途は確かに「乾電池」だと把握している霖之助は、首を傾げて彰人に訊ねていた。

「確かに『乾電池』に変わりはないんですけれど、電池は使用目的によって、電圧とか特性やら形状なんかで機器によっては使える形が決まっているんですよ。いいですか?」

 霖之助から電池を受け取り、ラジオの裏面に入れて見せる。

「電池を入れてもまだ隙間ができますよね? 此処にピッタリ挟まるタイプが欲しいんです。単四乾電池で使えなくはないけれど、本来の規格サイズじゃないと物持ち悪いし、その分の隙間を埋めるには伝導のためにアルミホイルでもあればいいですけど……」

「アルミホイル?」

 やはり首を傾げる霖之助に、アルミニウムという素材でできた薄い箔ですよと説明する。熱と電気の伝導性がよいとも応えていた。

 どちらにせよ、動かすのに不具合が出るならばしょうがないとすると――

「個人的にはこれに興味があるんだけれどね」

 めげずに霖之助が説明を求めたのは、エア・コンディショナー。通称エアコンと呼ばれる部屋内の空気の温度や湿度などを調整する機械だった。

「これは、空調設備のひとつなんだろう?」

「ええ。空気の温度とかを調整する機械ですね。リモコンは……ないか」

「実に興味深いね。話を聴いていると、気温を意のままに操れるということかい? 一体どんな術を使うというのかな?」

「術ってのには、ちょっと語弊がありますけれど……概ねその解釈で構いませんよ。快適な空間を維持するために温度の調整をするわけですけれど」

 一定の部屋の空間しか適用されませんから、外の気候を変えるとかは無理ですからね、とそこまで言って、彰人はエアコンに触れていた。

「基本、これは頭より高いところの壁なんかに取り付けられていて、そこから風を送るんです。夏は冷風、冬は温風」

「リモコンというのは?」

 先程、彰人が口にした言葉が気になり問いかける。

「手元で操作する道具ですかね」

「?」

 いまいちよくわからないという顔をする霖之助に対し、彰人はどのように説明すれば理解してもらえるものかと考える。

 自分は当たり前のようにわかっていながらも、相手にとっては見知らぬ品であるために。いざ口にするとなると意外と難しい。

「そうですね……例えば、温度を調整するのがこのエアコン自体にしかついていないと仮定します。森近さんがそこで本を読んでいるとして、少し肌寒いとしたらどうしますか? エアコンは入り口にあるとしましょう」

 香霖堂の入り口を指さす相手にひとつ頷き――

「その仮定で言うと、当然、僕は椅子から立ち上がり、エアコンが置かれている入り口まで歩いて、君の言う温度を弄るね」

「ええ、その通りです。でもリモコンてのは、極端に言えばそれらの無駄を解消するべく、離れた場所からでも操作できるんです」

 操作できる距離も無限ではないので、ある一定の限界はありますけどね、とも告げていた。

「飲み物を口にしながら、それこそ本を読みながら、ちょっと寒いな、暑いなと感じたら、そのリモコンで遠隔操作して自由に温度を上げ下げするんですよ」

 彰人の説明に感心したように……だが、それでいて霖之助は苦笑を浮かべていた。

「……外の世界の人間は、随分と横着なんだね」

「まあ、便利な『物』が身近にあることに慣れてしまうとそうなりますかね……こっちに来てから、どれほど自分が便利な『道具』に囲まれていたのかがわかりますよ」

 事実、お湯を沸かすにも、米を炊くにも手間がかかる。そういったことを身を以って知ったのだから。

「いやはや、聴いているだけで退屈しない話ばかりだ」

 君の話は全く持って飽きないよ、と霖之助は笑みを浮かべる。

 彰人にとっては当たり前の話でも、彼にとっては新鮮なのだろう。大妖精と同じ反応をするのだなと納得し――次の品に視線を向けていた。

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「そういえば聴いたよ? 大変そうだったらしいじゃないか」

「……なにがですか?」

 軒先の掃き掃除を終え、今は雑巾を片手に店内の商品の拭き掃除を続けていた彰人は、振り返りもせず声だけでそう訊き返していた。

 霖之助は、おやと首を傾げていた。

「命蓮寺と紅魔館へ、頭を下げに行ったと聴いたよ?」

「……情報の早いことで」

 水を汲んだ桶に雑巾を入れ、絞りながら――

 苦虫を噛み潰したかのような表情で、彰人は陳列されていた壷を綺麗に拭う。埃が拭き取られ本来の光沢が映える品を元の場所へと戻していた。

 骨董品の類はこれであらかた終わりかなと判断すると、次の作業に移るべく主人へと向き直っていた。

「誰からの話ですか? 大方、あの化け狸あたりかな……話の腰をいったん折ってすみませんが、こちらは終わったんで、次はどうしましょう? 奥の掃除でも?」

「そうだね……では、奥の整理をお願いしたいのだけれど、頼めるかい?」

「わかりました。ところで、カセットコンロってあったりしますか?」

 彰人が口にした品の名前に、霖之助は、うーんと首をひねっていた。

「コンロ? さて、どうだったかな……あったような気もするが」

 椅子から立ち上がろうとした店主に、慌てて彰人は手で制していた。

「ああ、いや。なら、整理ついでに俺が探した方が早いかもしれないですから」

「そうかい? 手付かずの箇所もあるからね。できれば、珍しくて商品として売れそうな物があれば、教えてくれると助かるよ」

「引き受けましょう。給金分は働きますよ」

 まあ、それ以外でもね、と応えながら彰人。

「で? 狸からの情報ですか?」

「いや、鴉天狗からの情報だよ。『神妙な面持ちで、真摯に頭を下げる外来人』て触れ込みでね。命蓮寺の封獣と、紅魔館の吸血鬼との二重結納か、と面白おかしく書き叩かれているよ」

「…………」

 想像するのも簡単だが、情報源は霖之助が口にしたように鴉天狗、射命丸文が発行している新聞『文々。新聞』からだろうとあたりをつけていた。

 自称「清く正しい射命丸」――

 鴉天狗曰く、真実のみを記事にし、裏の取れない情報は新聞記事にしないという思想があるらしいが、その一方では、真実でさえあれば記事の内容を如何様にも自作自演することもあると聴く。

 半分本当で半分嘘の話の内容に、別の火消しでまた胃が痛くなるなと彰人は頭を悩ませていた。

「あの新聞記者め……」

 口を動かしながら手も動かし彼。

 本当に、あることないこと面白おかしく書きやがってるな、と漏らしながら整理を続けていく。

 乱雑に置かれているように見えるが、霖之助にとっては意図的な思惑があり、綺麗に並べて置かれているつもりなのだろう。

 商品の鑑定、ならびに整理をしながら、さらに区分けていく。

「で、正直なところはどうなんだい?」

 視界に映らず、奥で整理を続ける彰人へ声をかけながら、霖之助は手にする書物のページをぺらりとめくっていた。

「なにがですか?」

 今一度同じ台詞で訊き返し彰人。

 棚の一角に埋もれたカセットコンロを見つけ、嬉々として引っ張り出しながら――使えそうな品と分類して整理整頓を続けていく。

「吸血鬼と封獣、どちらが本命なのかなと思ってね」

 霖之助の声を耳にしながら、空の箱と思しき底に転がる数本の乾電池を拾い上げて彰人は口を開く。

「まだ言いますか? 話半分嘘の内容に、否定も反論も指摘もする気が全く起きないんですけれど、俺……」

「おや、これはつれないねぇ」

 ページをめくり、霖之助はそう返答していた。

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 フランドールとぬえを預かった翌日――

 まず先に向かったのは命蓮寺だった。フランドールに退屈だろうけれど家で留守番していてくれと告げると、彰人はぬえを連れて出て行った。

 命蓮寺の門をくぐると、般若心経を唱えながら境内を熱心に掃除している幽谷響子の姿が眼に留まる。

 相手も彰人の存在に気づくと、自慢の大声で挨拶をしていた。相変わらず有り余る元気のよさを感じながら挨拶を返し、寺の主に取り次いでもらえるように頼むと、すぐさま聖白蓮に出迎えられ――そのまま寺の客間へと案内されていた。

 本来は、ぬえ自身が住む場所であるはずが、彼女は何処か居心地悪そうに。先から下を向いたまま、誰とも顔を合わせようとせず、ただただ彰人の後ろについている。

 その際、ぬえは眼の前を歩く彼の服の裾を握り締めていたりするのだが。

 寺の主要の面々が一同に介する一室。

 離れたところにちょこんと座るナズーリンと寅丸星ではあるが、その表情は浮かなかった。

「ご主人、これは一体どういうことだろう?」

「……わたしに訊かれても困りますよ」

 何処か気まずい雰囲気に呑まれ、どうしていいかわからず困った顔をするふたり。

 縁側に腰掛ける二ッ岩マミゾウだけは、思わずにやりと意地悪い笑みを浮かべていた。

 ぬえが大人しく帰ってきたと知らせを受ければ、なかなかどうして。まさか、彰人を連れて来るとは思いもしなかった。てっきり不貞腐れてひとりで帰ってくると思っていたばかりに。

 彰人の視線に気づいたのか、マミゾウは軽く手を振っていた。相手もまた軽く頷いただけで、直ぐに白蓮へと向き直っていた。

「ぬえめ……知恵をつけおったのう」

 からからと笑いを漏らしはするのだが、彼女の呟きは誰の耳にも届いてはいなかった。

「楽にしてください」

 相手にそう促され、それではと用意されていた座布団に腰を下ろす。

 向かい合うように座るのは白蓮。彰人に対して、この度はご迷惑をおかけしましたと前置きし、今回の件の話を切り出そうとして――

 そうは問屋がおろさなかった。

「……あのさ、何か言うことがあるんじゃないの?」

「…………」

 声の主は村紗水蜜。ぬえも視線を相手へと向ける。

 が――

 怒りの表情のまま睨みつけてくる水蜜に、ぬえもまた思わずムッとなる。

 なにさ、なによ、と。

 態度が気に入らない、うるさい馬鹿、と。

 ぬえと水蜜が顔を合わせた瞬間に止める間もない。どういったことを伝えるかを事前に打ち合わていたのにもかかわらず。

 なにも喋らず、口を開かずにもいた、ぬえのその態度が水蜜の逆鱗に触れていた。

 食ってかかる相手に出鼻をくじかれ、謝ろうとしたタイミングを失ったぬえも感情的になった勢いのままに反論する。

 互いに一度火がついてしまえば、もはや止まることはない。後はあれよあれよと、言葉の応酬が続いていた。

 それぞれの個性がぶつかり合ってしまうとでも表現すべきか……

「だから謝るって言ってんでしょ! ムラサの馬鹿! ベー、だ!」

「その態度がなってないって言ってんのよ! 何その横柄な態度!」

 舌を出すぬえに、水蜜の表情はさらに怒りに染まっていた。

「うるさいうるさいうるさい!」

「だいたいなによ、関係ないコイツなんか引っ張ってきて! アンタ、ホントは謝る気なんてないんでしょ! 恰好だけってのが一番頭にくるのよ!」

 コイツ呼ばわりをし、水蜜が指さすのは、当然彰人である。

「うっ、うっさい! ムラサだってなによ、わたしがせっかく謝ってやろうとしてんのに、ごちゃごちゃとつまんない難癖つけないでよね!」

「だからさ……その態度が全然謝ろうって気になってないって言ってんのよっ!」

 白熱する弁舌に――彰人は心底頭が痛かった。それは白蓮も同様に。

 感情的な言い合いになることを危惧していたのだが、予想は嫌な意味で的中する。

 さらには、白い水兵服姿の小柄な少女――水蜜は、身の丈ほどある錨を手に掴み……

 ぬえは手に三又の黒い槍を生み出すと、それを構えて対峙する。

 各々得意とする得物さえ取り出す始末。白蓮の横に座る雲居一輪すら水蜜を宥めにかかっていたが、聴く耳を持たず。

「ダメだぬえ、やめるんだ」

「やめなさいムラサ、客人の前ですよ」

 仲介役も踏まえた上で、彰人と白蓮は、やめるように声を上げて制していた。

 ふたりをそれぞれ座らせ――彰人は、すみませんと頭を下げていた。

 ぬえも倣うように頭を下げるのだが、とって付けたように謝る姿が水蜜は気に入らなかった。

「コイツ全然反省してないよ」

 声を荒げる水蜜に対し、だが、ぬえも心外だという顔をして――面を上げ、食ってかかっていた。

「ちがう! 本当に悪いと思ってるわよ!」

「ハッ、どうだか……アンタねえ……言ってることと態度が全然なのよ! その態度が怒らせてるってのに気づいてないのっ!?」

「わ、わたしは本当に悪いと思ってるもん!」

 売り言葉に買い言葉――

 謝ってるからそれでいいでしょといわんばかりの表情でぬえ。

 この態度のまま、事が進まれてはどうにもならない。

 なにより、ぬえが考えてきちんと気持ちを伝えることに意味があるため、約束を口にした手前、それには協力する気でいる。

 いい加減な態度で謝らせるつもりはない。

 さすがにこれ以上はマズイと判断すると、再び彰人はふたりの会話に割り込んでいた。

 座布団から腰を上げ、横の畳に直に座ると、彼は身を正し――

 手をつき、頭を下げる彰人に慌てたのは白蓮だった。客人として迎えた彼に、頭を下げられる覚えはない。

 ぬえと水蜜も同様に。一輪、星、ナズーリンも驚いている。例外はマミゾウのみ。

 顔を上げてください、と声をかける白蓮ではあるが、彰人は微動だにせずそのままに。どうか、ぬえの話を聴いてほしい、と続けていた。

 何かを言おうとした水蜜だったが、それを制したのは白蓮だった。

「……俺が口出しできる義理もありません。関係ないというのも重々承知です。余計な事をして、勝手なことを言っているのもわかっています。ですが、ぬえはぬえで、自分で考えて、自分で決めたことです。ここにも、俺が無理やり連れ帰って来たわけではありません。ぬえの意志です。ですから、村紗さん、感情的にならずに話を聴いてあげてください。どうか――」

 お願いします――と告げる。

「…………」

 水蜜は無言ではあったが、代わりに口を開いたのは白蓮だった。

「彰人さん、正直に言えば、あなた自身が仰るように、あなたが口出しすることではありません。ですが、聴かせていただけますか? なぜ、ぬえの肩を持つようなことをされたのですか?」

「正直に言えば、頼られたから、というのがあります。ですが、今で言えばそれは半分です」

「では、残りのもう半分とは?」

 問いかける言葉に、彼は迷うことなく即答していた。

「放っておくことができなかったからです」

 ぬえも水蜜も、例え妖怪の身とはいえ、生まれも育ちも違う者同士であるだろう。だが、今は命蓮寺に住む者同士、いわば「家族」ではなかろうか。

 喧嘩したままの姿を見ているのも忍びない。ならば、できる事をしてあげたいと思うのが彰人の本音である。それが余計なお世話だとしても。

「…………」

 じっと彰人を見入る白蓮ではあったが……

 やがて、ふうと息を吐くと、彼女の視線はぬえへと向けられていた。

「ぬえ」

 その声に、びくりと身体を竦ませるぬえはそのままに。

「ほんの出来心、悪戯だと言うのでしょう。ですが、この際それは置いておきます。本当に、自分が悪いと思っていますか?」

「…………」

「彰人さんに謝ってもらえばそれでいい、この場だけを切り抜ければそれでいい、と思っていませんか?」

「…………」

「どうなんですか、ぬえ? 『相手に申し訳ないと思って謝っている』というよりは、『許してもらうために謝っている』という気持ちではないのですか?」

 厳しい白蓮の声音に、ぬえはびくびくと身体を震わせていたのだが――

 しばし無言でいたのだが、のそのそと身体を起こすと――まず彼女は、彰人の背に視線を向けていた。手をついた姿の彼は動かぬまま。

 直ぐに視線を動かし、白蓮を、水蜜を、一輪を順に見る。その顔は、至極真剣な表情だった。

 昨夜、ならびに命蓮寺に来る前に教えられていたこと。

 「許してもらおう」「許してもらおう」と思って話してしまうと、相手はさらに怒ってしまう。

 「許す」「許さない」という考えは一度置き、誠心誠意、謝罪の気持ちを伝えることで、相手の人の「気持ち」は治まるものだと教えられたことを思い出す。

 ぬえは、ぬえなりに考えた上で――彼女の雰囲気が変わったことに、白蓮は気がついていた。

 ようやくして、ぬえは、ゆっくりとではあるが言葉を紡ぎ出していた。

「……最初は、カトーが謝ってくれればいいと思ってた。でも、ひとりじゃ不安だったから……ひとりでは怖かったから……巧く言えないし、何を言えばいいのかはわかんない。手伝ってもらったことは言い訳しない。聖にムラサに一輪に、そう思われてもしょうがないと思う。でも、わたしが悪戯して悪いことをしたのはわかってる。謝りたいと思う気持ちは嘘じゃない。だから――」

 言って、手をつくと、ぬえもまたぺこりと頭を下げていた。

「ムラサ、一輪、聖……本当に、ごめんなさい」

 ぬえがぬえなりに考えた、心から告げるそれだけの言葉。

 離れた場所で見入るマミゾウだけは、ひとりニヤニヤとした面持ちで。

「…………」

 頭を垂れるふたりを前にし――ふうと息を吐き白蓮。だが、その表情は優しいものだった。無類の悪戯好きのぬえが自分の非を認め、言い訳をしなかったことを重点としていた。

 白蓮も自身は甘いなと感じながら。

「……わかりました。彰人さんを頼る、ということは感心しません。ですが、きちんと心から反省していると捉えた上で、わたしは、許しましょう。ふたりはどうですか?」

 白蓮に話を振られた一輪と水蜜ではあるが、いまだ頭を畳にこすり付けるような姿勢を崩さないふたりに――互いに顔を見合わせていた。

「ま、まぁ……姐さんが言うなら……それに、ぬえも反省してるようだし」

「うん……きちんと反省してくれてるんなら、わたしもそれ以上は別に……」

 先まで言い合っていた水蜜でさえ、ぬえが口にする内容も棘がなく、素直に謝る姿に拍子抜けしてしまう。

 そうですか、と微笑むと白蓮は再度向き直っていた。

「ふたりも許してくれるようです。ですがぬえ、あなたにはきちんとしてもらうことがあります」

「な、なにかな?」

 そう返答するぬえではあるが、顔は上げることができなかった。

 白蓮は、震える少女の背に視線を向けたまま告げていた。

「布教を手伝うこと、それがあなたに課す罰とします。いいですね?」

「う……わ、わかった。カトーも手伝ってくれるってことで、ちゃんとやるから」

「おい待て。何を、さり気に俺が含まれる前提で話を進めてるんだ? やめろ。助けるのはこれきりだからな」

 顔を上げずに――手を畳についたままの恰好で――そう言い合う彰人とぬえのふたりに、白蓮はくすりと声をもらして笑うのだった。

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 いったん休憩しようかと誘われ、整理に一区切りをつけての茶飲み話――

 命蓮寺での一連の話を聴き終えた霖之助は、声を上げて笑っていた。

 恥ずかしさと居心地の悪さを誤魔化すかのように彰人は頭を掻いていた。

「……森近さん、笑いすぎです」

「いや、すまない」

 そうは言うが、くつくつと含み笑いはいまだ続く。

「他人の――それも妖怪のために、関係のない君が謝るんだよ? どこまで人が好いんだ君は……くくっ、笑わずにはいられないだろう? いやしかし、本当に君は、お人よしというか、馬鹿正直というか……」

 机に置かれていた正方形の物体を手に取りながら、霖之助の視線は彰人へと向けられていた。

「それが悪いとは言わないけれど、自分から厄介ごとに首を突っ込んでしまっては身が持たないよ?」

「いや、違うでしょう? 好んで問題事に突っ込んでるわけじゃないですよ? 向こうから問題事持ってきて巻き込まれてるんですから。いわばこちらは被害者ですよ」

「ふむ、それは災難だね」

「人事ですね」

「ああ、人事だとも」

 視線を逸らし、お茶請けに出された羊羹に手を伸ばして彰人は反論していた。

「森近さんも似たようなものだと思いますけれど? 同じ場に直面していたら、むしろ、もっと巧く効率よく対処しそうな感じがしますし」

「どうかな? 僕は得にならないことには関わる気はないからね」

「……そういうことにしておきますよ」

「ああ、そういうことにしておいてくれ。しかし残念だ。真実を君の口から是非聴かせてもらいたかったのにね。はてさて、実に残念だ」

 霖之助は折りたたまれていた、号外と打たれた『文々。新聞』を差し出していた。

 真っ先に視界に飛び込んだ文面に彰人は眉を寄せていた。

 新聞を手に取り、眼を通していき――

「……あー、うん。もうなんて言うのかな? 話が飛躍しすぎて、予想の遥か斜め上を行ってるコトに対して、もうなにがなにやらどうしていいかがわからない。何から突っ込んでいいやらわからないんだが?」

 自制していた口調も思わず忘れて彼。

 霖之助も彰人の喋り方にこだわりはない。話しやすい喋り方で構わないよ、とは常々口にしていた。

「もっと砕けてくれて構わないよ。畏まった話され方は慣れていないんでね」

 そう告げられはするのだが、彰人からすれば見た目は若い青年でも、中身は倍を生きている相手である。

 ならびに、道具屋店主兼雇い主に対して、ぬえやマミゾウに接するような口調で話すつもりはない。礼節は弁えているつもりだった。

 だが、霖之助本人からすれば、素であれば彼の本質が見れて面白いこと、目上の者に対する心構えはわからなくもないのだが、どうにも敬語では壁一枚隔てられたように感じてしまう。

「気にしなくてもいいのだけれどね」

 無理強いさせるつもりもなく、少しずつ馴れていってくれればいいよと伝えながらも、礼儀に関したそういったところは、是非とも魔理沙に見習わせたいものだとも感じていたのだが。

「食事も振舞ったそうだね。料理も得意なのかい?」

 腕に自信があるなら店でもどうだい、と持ちかけるが、彰人は苦い顔をしていた。

「たいそうなものなんて作れませんよ」

「謙遜かい?」

「違います。そのままですよ。自炊できるように、少しは作れます。でも、それはあくまでも簡単な種類に限ったことであって、食べれれば良いとした場合、うどんを茹でるのに、米を炊くのに、口にできる程度であれば、何か問題はありますか?」

「…………」

「つまりはそういうことですよ」

 変な推測はしないで察してくれと彼。だが、霖之助も引かない。

「外の世界でも自炊していたんだろう?」

「森近さん、ここの自炊と、向こうの自炊では意味は違いますよ。向こうでは、電気やガスを使っての調理が当たり前ですし、時間と手間のかかる料理から、お湯を注いで三分でできる種類もある。元々料理なんて得意でもない俺が食べることに難しい方法と簡単な方法、主にどちらを選んでいたかは言わなくてもわかるでしょう?」

「いや、それはどうかな? その言い方だと、簡単な方を強調しているようだけれど、僕は自炊に関して訊ねただけであってね。難しい方法を主にしていたとも思えなくもないよ」

「……わたしは、ものぐさなもので、料理なども極々簡単な種類しかできません……といえば満足ですか?」

「そうだね。そこまで口にするのならば納得しよう」

 そう応えながら、さきから忙しなく霖之助が手を動かしているのは、彰人が整理がてらに見つけた立方体パズル。

 各面九個の色の付いた六面体正方形。六色に塗り分けられた部分を合わせる玩具であり、遊び方も説明していた。

 キューブを回して色を不規則な配置に崩し、それを再度揃えるだけという簡単なものだ。しかし、簡単ではあるが、一度揃えた箇所を崩さないようにして他の箇所を揃える方法に気づかなければ、いつまで経っても完成はしない。

 カセットコンロも、ガスボンベが見つかりはしたが互換性がないので使うことはできなかった。

 あの後乾電池も各形を幾本か見つけ、懐中電灯や携帯ゲーム機は作動することができたが、ラジオは雑音のみで何も受信はしなかった。

 場所が悪いのかと思いもしたが、その点に関してはいずれ考えるようにして……

 電池も永久に使えるわけではなく、使い捨ての消耗品なので商品として販売するならその点も注意しなくてはならないことを説明していた。

「しかし」

 湯呑みを手にしながら、彰人は閑古鳥の鳴く店内をぐるりと見渡す。

「今日も、相変わらず人は来ず、か」

「わかっていることを敢えて口に出すというのは、無粋というものだよ?」

 かちゃかちゃとパズルを弄る指先から視線も顔を上げず、霖之助はそう応えていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。