幻想郷見聞録噺   作:ボイス

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06 覚妖怪と外来人

 暇である。

「…………」

 今一度述べるが、加藤彰人は暇であった。

 彼が今居る場所は、働き口として雇わせてもらっている古道具屋の香霖堂。

 その日、香霖堂の主人たる森近霖之助は不在であった。

 体調が優れず、店舗兼住居を備えた奥の部屋で病床に臥せる……というわけではない。

 平常通り、彼は何事もなく日々を過ごしている。

 そもそも、妖怪と人間のハーフである霖之助は病気に罹りにくい。

 人間にしか罹らない病は身体の病、妖怪にしか罹らない病は心の病。半人半妖の彼には両方とも無縁とは行かないが、相応に免疫を持つとでも言うべきか。

 では、何故、本来の経営者である香霖堂店主は今この場に姿を見せていないのか?

 答えは至極簡単である。

 彼――霖之助は、いつものように無縁塚へ蒐集に出かけてくると告げてから、未だに戻ってはこなかった。

 時刻は昼過ぎ。

 午前中には戻るよと言い残していた彼ではあったが、時間を過ぎても帰っていない。

 なにかあったのかと考える彰人だったが、瞬時に思い直していた。

 自分ならまだしも、人妖とは言え、森近霖之助が妖怪に襲われるなどとは考えにくい。

 なによりも、『無縁塚』という無縁仏のための墓地とされる危険な場所に赴く以上は、それなりの装備はしているのだろうと考えていた。現に、一振りの刀を携えていたのを眼にしている。

「…………」

 再度、彰人は腕時計に視線を落としていた。

 ならば他に何かあるかと黙考しかけ――考察の間さえ必要とはしなかった。彼の蒐集癖が自然と頭に思い浮かんだからだ。

 余程熱が入り、ついつい時間も忘れて蒐集に精を出している、というのならば大いに納得できる。

 興味の惹かれる品がそれほどあったということか。

 縁者のいない者が弔われる共同墓地――

 彰人が『無縁塚』について教えられていたことは、外の世界から忘れさられて流れ着いた『物』が落ちてきたり、外の世界の人間が迷い込むこともある場所であり、結界の綻びがあるため、冥界や三途の川とも繋がることがある処とも聴かされていた。

 幻想郷の中でも最も危険がはびこる場所とされており、日頃訪れる者は少ない。決して興味本位でひとりでは近づかないように……『妖怪の山』に脚を踏み入れるものとはワケが違うと知り合った者――主に慧音、霖之助、白蓮、文――から常々再三に渡り忠告されていた。

 そんな話を聴かされては、さすがに好奇心も起こりはしない。何かしらの手伝いの同行を求められれば応じるが、ひとりで向かう気などはなかった。

 無縁塚はさておき――

 しかし、霖之助の蒐集癖を差し引いたとしても、彰人は己に店番を任せるのはどうだろうか、と考えさせられていた。

 店の管理とまだ見ぬ外の世界の品々とを秤にかけ、なおかつ働き手(彰人)が居る以上、霖之助にとっては『外の世界の品』の方が勝ったのだろう。

 それほどまでに、信用も信頼もしているということなのだろうか……?

 であれば、正直に言って荷が重過ぎると彰人は思うところがある。

 好意的な眼で見てもらえるにことに関しては感謝こそするが、不遜な態度をとる気は全くない。だが、ひとり残されるというのは、伴う責任感も半端ではない。無論、金銭や貴重品などはどこか手の届かないところにでも片付けてもらえればとさえ思う。

 彰人の心配事を汲み取り、考慮したのか出かける直前に霖之助は声をかけていた。

「どうせ人も来ないんだ。形だけでも居てくれて構わないよ。もし客が来ても適当に応対してくれて構わないからね」

 物を売る道具屋として、それはそれで問題ある発言だったりするのだが。

 販売してよい物、ならない物は大体はわかるが、それでも不安は残るものだ。

 非売品兼蒐集品の類は売らないでくれと霖之助に念押しをされたので、そちらには一切手をつけないで居る。

 仮に客に売ってほしいと頼まれても、適当にはぐらかしてくれと言われもしたが、販売品と非売品を同じ棚に置いていたりするのはいかがなものか、とも彰人の頭を悩ませていた。

 売る気があるのかないのか、それはそれで、経営に関してどうなのだろうかと考えるところでもあるが。

 さりとて、客も居らず、主人も居ない。故に、暇だからといって、ぼけっとしているわけにもいかない。曲がりなりにも店を任された以上は仕事をするかと、彼はいつもの業務をこなしていた。当然ではあるが、ひとりでできる範囲も限られている。

 さも、店を任された午前中から暇だったと思われがちではあるが、正確には、暇になったと述べておく。

 午前中に、客はふたり店に訪れていた。とはいっても、客と見なすかどうかは微妙なところであろう。

 やって来たのは、チルノと大妖精。

 家に遊びに行ったが誰も居なかったと告げるチルノに彰人は頭を痛めていた。

 なにもしていないだろねと訊ねてみれば、お菓子は食べたが他にはなにもしていないと応える氷精に、彰人は額に手を添えることとなる。

 悪びれる風でもないチルノの代わりに、大妖精がごめんなさいと頭を下げるが、気にするなとしか言えなかった。大方、大妖精は止めてはくれたのだが、チルノを制御することなど叶わなかったのだろう。

 容易に想像がつきながらも、遊びに来た――店の中で騒ぐチルノを適度に構い、店の品を氷精が壊さないかと冷や冷やとする大妖精を相手にしながら彼は几上に、とある物を取り出していた。

 店内を片付けていた際に見つけたのは、カードを使用する室内用玩具のトランプ。複数人でできる簡単なルールをふたりに教えるとゲームに興じていた。

 チルノを大人しくさせる目的も兼ねての意味もあったが。

 ゲームに満足したのか、それとも飽きたのか、散々好き勝手したチルノは帰っていく。振り回された大妖精に労いの言葉をかけ、彰人はふたりの妖精を見送ると、時おり聴こえる鳥の声を耳にしながら、外の掃除をはじめていた。

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 軒先と店内の掃除を終え、陳列する売れる気配のない商品の埃を拭き取り、たまっている外の世界の品を鑑定し区分けていく。

 大雑把にではあるが、もし客が来て売っても構わないと分類されている括り。その括りの中には、本の山も入っていた。

 霖之助自身もあらかた眼を通した本の数々。それらの埃を払いながら、一冊一冊を丁寧に扱っていく。

 比較的保存状態も悪くなく、読むことにおいてなんら問題のない『良品』があれば、逆に破れや汚れ、傷によって売り物にならない品は間引いていく。

 事前に売値の金額に対しては霖之助と取り決めてはいるが、状態如何によっては、相応に値段を変えてくれても構わないとも告げられていた。

 絵本や図鑑、百科事典、いつの年代かもわからぬ週刊誌、漫画雑誌にその系統の単行本、文学小説―― 

「…………」

 たまたま眼についた図鑑を開いてみれば、海の生物に関して書かれていたものだった。フランドールが喜ぶかなと一瞬思うが、文字が多くどちらかといえば絵で楽しむイメージがあったので、こういった類は彼女にとっては難しいかなと首をひねる。

 とりあえず保留としておき、次へと進む。

 童話や絵本といった児童文学物は、好きそうかもしれないなと分けていく。

 数が多いのは小説だった。

 通俗恋愛小説、冒険小説、推理小説、時代小説、歴史小説、ファンタジー小説、ホラー小説、官能小説など。

 不良品の正式な処理は霖之助の判断を仰ぐとして、さて、次はなにを片付けるかと顎に手を当て――

 不意に鈴の音が鳴り、扉が開かれていた。

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

「いらっしゃいませ」

 入店した相手に声をかけ――彰人は、人が来ないとは思っていなかったが、逆に言えば人が来るとも思っていなかった。

 普段自分が働いている時に来客を見ることがなかったために。そんな矛盾した思考のまま――

 店内に足を踏み入れたのは、ひとりの少女だった。一瞬眼が合い、お互いに会釈する。

 少女は再度店内を見回すが、彰人は見るともなしに視線を向けていた。

 やや癖のある薄紫のボブに深紅の瞳。フリルが多くあしらわれた水色の服に、桃色のセミロングスカート。頭には赤いヘアバンド姿。

 見た目はどこにでも居る少女。外の世界に居ても、遜色のない女の子である。

 だが、やはりこの世界が幻想郷であり、眼の前の少女が人間ではないということを理解させられていた。一際異彩を放つのは、少女の左胸部に浮かび、その存在感を示す『眼』。

 玩具や装飾品の類かと思えば、その瞳がギョロリと動き彰人を捉える。

「…………」

 ああ、生きているのかと納得して……瞬時に彼は、この『単眼』に似たようなものをどこかで見たような覚えを感じていたりする。

 それは、つい最近のことであり、だが、それがどこであったかが思い出せない。

 しかし、確かに見覚えはあった。

 そんなことをぼんやりと考えながら少女へと歩み寄る。

 少女自身が気づくよりも――こちらの存在はわかっているのだろう――胸元の『眼』は彰人を捉えたままであるために。

「…………」

 つい顎に手を当て思案に耽りかけたが、遮るように少女本人もこちらに視線を向け――

 完全に彰人を正面から視界におさめると、少女は改めてぺこりと一礼していた。

「先日は、妹がお世話になったそうで」

「……妹?」

 唐突の言葉に首を傾げる彰人ではあったが、じっと見入った先は少女の胸元にある単眼。複数のコードと少女のヘアバンドに繋がっている。

「…………」

 何処でこれと似たようなものを見たのかを、記憶を頼りにさかのぼり――

「申し遅れました。わたしは、さとり……古明地さとり、と申します」

 コメイジと聴き、彼は、ああと声を漏らしていた。もやもやした気分がすっきりし、ようやくして合点がいく。

(この子、古明地こいしのお姉さんか――)

 そう口にするよりも早く、さとりは笑みを浮かべていた。

「はい。こいしは、わたしの妹です」

「……ん?」

 おやと彼は口ごもっていた。自分は今、口を動かして声を発してはいないのに、何故思ったことが相手はわかったのだろうと考えていた。

 同時に、脳裏では以前にこいしが口にしていた言葉を思い出していた。

 心を読む妖怪が『覚』であって、眼の前の少女がそうなのだろうと彰人は理解する。

「…………」

 なるほど、これが心を読むということなのかと声を出さずに胸中で呟いていた。

 彰人の考えを肯定するように、さとりは頷いて見せていた。

「ええ、その通りです。わたしは、あなたの思考を読むことができます。はじめまして、アキヒトさん」

「…………」

 彰人の心に『表れる』驚きと動揺。率直な感情の変化にさとりは内心愉しんでいたりする。

 人間、妖怪、はては怨霊にさえ『心を読む』という能力を疎まれはするが、彼女にとっては、感情の変化を文字通り眼にできるのは爽快でもある。覚妖怪たる自分の存在を認識でき余韻に浸れる瞬間でもあるからだ。

「ええ。その認識であっていますよ」

 ふむと考える。心を読むという以上は、会話を口にしてもいいのだろうか。

 だが、このこと(思考)に関しては彼女は何も言ってはこなかった。口にしても大丈夫という暗黙の了解だと勝手に認識し、彼は話しかけていた。

「古明地さん」

「さとり、で構いません」

「では、さとりさん。今日はこちら(香霖堂)に何か御用があって、ご来店でしょうか?」

 どういう理由にせよ、店にわざわざ足を運んだということは、紛れもなく客であろう。

 買い物に来たのか、もしくは店主に用があってか。後者であれば、霖之助は帰っていないので待ってもらうべきかと考えていたのだが、直ぐに、いやと思いとどまっていた。店主がいつ帰ってくるかもわからない。

 しかし、火急の用事であればどうしようかとも思い込み、とりあえず、言伝を受けておこうかと口を開きかけ――

「いえ、こちらの店主にではなく、あなたに用向きがありまして」

「…………」

 用件が自分にあると告げられた途端に、また彼は脳裏でいろいろと考えていた。

 まさか知らない人からお菓子をもらったことでこいしが怒られたのだろうか。

 それとも、夕飯前に勝手に食べさせたことか。はたまた団子を食べさせたことかと考える。

 見ず知らずの相手から食べ物をもらうなどとは問題となるだろう。そのことでもしかしたらこいしが怒られてしまったというのならば申し訳ないことをしてしまった。

 ひとりうんうんと唸る相手に、さとりはくすくすと笑い声を漏らしていた。

 忙しなく思考が入り乱れ、うち半分以上が食べ物のことに関した情報が流れ込んでくる。

「すみません。まさか、そうまで食べ物のことで考えるとは……つい笑ってしまいました」

「ふむ」

 相手の反応からすると、菓子や夕食のことで怒っているようなことではないのがわかる。

 ええと漏らし、さとりは言う。

「先も言いましたが、本日はお礼を言いに。あの子に良くしていただいてありがとうございます。それと、チョコレートなる甘いお菓子もいただきまして。ありがとうございます」

 わざわざそんなことで出向いてくれたのかと胸中で申し訳ない気持ちになりながら、今一度彼は軽く頭を下げていた。

「ああ、どうやら食べていただけたようで」

「ええ。程よい甘さで。外の世界には、あのようなものがあるとは……お燐とお空も……ああ、お燐とお空とはわたしのペットですが、ふたりとも美味しいと喜んでいました」

「それはなにより」

 そう応え、ふと、チョコレートをペットに与えて大丈夫なものかと考えていた。

 詳しくはわからないが、犬や猫に食べさせると中毒を引き起こすと言うのを聴いたことがあるのを思い出す。どんな中毒症状かまではわからない。ただ、食べさせてはダメだとしか覚えていなかった。

 彼女の言うペットというのも、オリン、オクウとの名前から、おそらく猫の類なのだろうと想像していた。

 食べさせてから何ではあるが、大丈夫だったのかと訊こうとしたが、それよりも先に、さとりは苦笑を浮かべていた。

「ええ、ご心配なく。お燐もお空も、むしろ美味しい美味しいといって食べていましたから」

「…………」

 そう言われれば安堵はする。幻想郷に生息する犬や猫は外の世界とは違うのかと彼は考えていた。

 八雲藍の式、橙も猫ではあるが、尾っぽがふたつあるのを思い出し、そういうものなのかと彰人はひとり納得するのだった。

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 ふたり分のお茶を淹れ、椅子に座るさとりに湯呑みを手渡し、彰人は話を本題へと戻していた。

「…………」

 さて、と彰人もまた椅子に腰掛け、改めてさとりへ向き直っていた。

「こいしから、あなたの話を聴きまして。『外来人』ということが珍しいというのもあるのでしょうが、その、わたしとしては、興味がありまして」

「というと?」

 片眼を瞑り、じっと見入る相手に些か緊張する彰人ではあるが、程なくして、さとりは口を開いていた。

「わたしたちは心を読みます。故に、わたしたちは忌み嫌われる。それは人であろうと妖怪であろうと。にもかかわらず、あなたは、こいしに優しくしてくれたと聴きます。それは何故でしょうか?」

 わたしたち、とさとりは告げる。

 妹のこいしが『覚』の能力を封印し、心を読むことができなくなっていることは説明していない。言う必要がないことは、彼女は口にしないでいた。

「…………」

 何故と訊ねられてしまっては、彼はうーんと首をひねり考える。

 その思考は先日こいしに話した内容を思い浮かべてのこと。当然さとりには垂れ流されていることであり、そのことに彼は気づいていない。

「そんなに大した意味はないですよ? チョコレートもあげたかったからあげただけですし」

「…………」

 無言で聴き入っていたさとりではあるが、ふと口を開いていた。

「あの子は直ぐどこかに遊びに行ってしまって……気がつけば何事もなく帰って来ていて……わたしとしては心配なんです。さながら、風に吹かれてあちらこちらへと自由気ままに流れる風船のようで」

 しみじみと呟きながら、そのため、どんな形であれ他人に関心を示しかけたことは喜ばしかった。

 それは、ある意味、心を閉ざしたこいしが僅かに――本当に極々僅かではあるが――他人を受け入れてくれる何かしらの足がかりにでもなってくれればと願え得たものでもある。

 『覚妖怪』でありながら、妹の閉ざされた心だけは読むことができない。

 ひとりで転んで怪我でもしていないかしら――?

 ひとりでおなかをすかせてないかしら――?

 ひとりで夜を歩いて寒そうにしていないかしら――?

 ひとりでさびしくて泣いていないかしら――?

 姉の心配をよそに、風の吹くまま気の向くままに、こいしは無意識で行動してしまう。

 いつも何処で何をしているのか、よくわからないし、知ることもできない。

 そんなところに、たまたまこいしから彰人の話を聴かされたことに、彼女は本当に驚いてしまっていた。

「…………」

 妹から彰人の話を聴かされるたびに、こいしは本当に楽しそうに話す。接した時間は些細であれど、優しくされたことがとても嬉しかったのだろう。他人に興味を示すなど珍しいことであり、さとりも嬉しく思うことである。

 姉のさとりと同じように、相手の心を読む能力を持っていたが、その能力のせいで周囲から忌み嫌われることに耐えかね、読心を司る『第三の眼』を閉じ、自身の心も閉ざしてしまった妹が、外来人とは言え、人間に興味を示したことは、やはり喜ばしいことではあった。

 だが、それと同じように彼女は不安も覚えていた。

 さとりにしてみれば、話の外来人に対して興味本位であったのは事実。だが、件の相手が何かしらの邪な考えを持って接触したとなれば話は違う。

「失礼ですが、あなたは、わたしたち『覚』のことを知り得ているようですね」

 読んだ思考からさり気なく触れてみる彼女だが、彰人はこくりと頷いていた。

「ええ、教えてもらうために人から訊きました。ああ、人って言うのは……」

「いえ、口に出さずとも結構です。里の守護者と……なるほど。ここの店主から聴かれたようですね」

 説明しようとした相手に、さとりは軽く首を振る。

 話に聴く外来人が、害を及ぼす類であれば、愛する大事なこいしを、はては地霊殿を護るためならば、鉄槌を下さねばならない。そのためにも、こいしが口にしていた男の素性を己が『眼』で確認し、知り得ておく必要があり、『聴く』だけではなく『視る』ために接触に至ったのだった。

 相手の言葉に耳を傾けながら、相手の心を読んでいく。

 そんなさとりの思惑になど気づくはずもなく、愚鈍なままに彰人は思うこと口にしていく。

「妹さんにも言いましたけれど、そりゃまあ隠しておきたいこととか黙っておきたいことが筒抜けってのはこちらにはツライでしょうけれど、だからって、さとりさん、あなた方が嫌われるってのとは違くないですか?」

「…………」

「例えばですよ? 思考を読むということで、その人が隠していたい後ろめたいことを知って、誰彼構わず吹聴してるってなら話は別ですけれど……でも」

「……でも?」

 思考は読み取っている。この男が何を考えているのかがわかってしまった。知る必要はないのだが、それでもさとりは直に声で言葉を聴きたく先を促す。

「その力で、知りたくもない、聴きたくもないと悩む場合、果たして被害者となるのはどちらだろうか?」

 慧音や霖之助から『覚』という妖怪についていろいろと教えてもらい、彰人なりに考えてはいた。

 だが、それはあくまでも聴いた話によるところである。よりよく深く詳しくまで知ったわけではない。

「忌み嫌われる理由ってのも、大まか程度ですけど知りました。同情するってわけじゃないし、それはある意味失礼かもしれない。俺が『覚』という妖怪について、まだまだ知識不足で偉そうなことは言えないし、考えていることも一方通行で間違っているのかもしれないけれど」

「…………」

 彰人の心に浮かぶ表層意識を汲み取りながら、さとりは無言のまま。

 表層意識(躇在意識)とは、端的に言えば自分で認識できている思考のことをさす。

 虚言ではないことを確認すると、彼女は眼を瞑り頷いていた。

「ふむ。他意はないようですね」

「ああ……」

 彰人も頷き返し、そう応えて……心が読めるのならば、口にする意味はないのではないかとつい思ってしまう。

 その思考を瞬時に読み取ったのだろう。さとりはくすりと笑っていた。

「意味はあります。本音と建前を、どのように仰るのかが」

 嘘、偽りを口にしようとする輩を『視て』愉しめるじゃないですかと彼女は言う。

「……なるほど。『覚』という妖怪はなかなか曲者だということか?」

「あら? お嫌いになりました?」

「まさか」

 軽く手を振る相手の思考が揺らぎ、表層意識が変化する。さとりはそれを捉えていた。

「要は、隠し事無く接すればいいってわけだろう? 極端な言い方をすれば、嘘をつかないことに越したことはないってことだと思うんだけれど」

「……見事なまでの綺麗事ですね。口では簡単に仰いますが、それがどれほど大変だということかは、ご理解されていますか?」

「ああ、自分で言っておきながらなんだけれど、すごく難しいと思ってる。『言うは易く行うは難し』てね」

 手にした湯呑みに口をつけ、喉を潤し、彼は続ける。

「俺は、此処に来てから幻想郷の歴史とかは疎いし、人間と妖怪の間柄もよくわかっていない。互いが対等だってのは難しいことなんだと思う」

 そう言いながら、彼はさとりたちが忌み嫌われたという立場を己に当てはめていた。

 人間であるが、外来人とされる自分に対しても、今でも人里での風当たりはまちまちであったりする。普通に対応してくれる者もいれば、明らかに疎んじる者も居る。それらはあくまでも微々たる水面下でのことである。

 しかし――

 上白沢慧音は気にすることはないと接してくれはするが、何かの弾みで手がつけられぬほどに表面化し、彰人自身が厄介者扱いされるのはまだしも、慧音にまで被害が及ぶ事には抵抗があった。

 世話をしてくれることに感謝はするが、それ以上に迷惑をかけることには気が乗らず、そのために早々に彼女の元を離れたのが自活する原因でもあった。

 そんなことは気にしないでくれ、と寂しそうな表情を浮かべた慧音を、彼は思い出していた。

「…………」

 それら思考はさとりへ全て流れ込む。彼女もまた、自然と流れ込んできた彼の心の隅に存在する一面に微かに驚きはしたのだが。

 彰人の考察は続く。

 外来人の自分でこんな扱いを受けるともなれば、妖怪は陰ではそれ以上の迫害をされているのではなかろうか?

 妖怪全てが綺麗な面を持つとも思ってはいない。人に害する一面によって、疎まれることに関してはまた理解しているつもりであろう。

 だが、考え方としては、まだまだ稚拙で甘い。

 だからこそ、口にした言葉は、理想であろうか。

「ただ、対等に行かないからといっても、お互いが仲良くするってことに関しては、別に悪いことではないんじゃないかな?」

「…………」

 無言のまま、さとりも湯呑みを手に取っていた。

 彼が口にしているのは、想像上に描かれた理想的な世界(理想郷)である。人間、妖怪、誰もが仲良しこよしでなどやっていけるわけもない。

 妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を恐れる。それは、まがうこと無き、幻想郷の理。

 真実をわかっていないのが、外来人たる所以であろう。さとりにとっては、呆れが強い。

 だが同時に、外来人だからこそ、そのように考えるのかとも、さとりは思う。

 濁る緑茶を見つめながら――

「あなたが仰るその言葉は、愚かな理想であり、夢物語でしょう」

「……難しいもんだね」

「ですが……」

 湯呑みに口をつけ、温くなったお茶を一口喉に流し込んでいた。

 僅かに首を傾げ、相手の言葉を待つ彰人に視線を向ける。

「その考えは、個人的な意見ですが……わたしは、嫌いではありません」

 片眼を瞑り、さとりは真っ直ぐに彰人を見入り――

 さり気なく彼の心に流れた、とある情報を見逃しはしなかった。

「あなたに兄弟は……ああ、妹がひとり居るのね。名前は……なるほど」

「待て待て待て。読むな読むな」

 慌てたように手を振る彰人ではあるが、さとりは然も残念そうな表情を浮かべていた。

「あら、好きで読んでいるわけではないの。望むわけでもないのに、あろうことか、思考が流れてくるんだもの。本当に、困ったものだわ」

 ふうと息まで吐く相手に対し、だが彰人は指を突きつけていた。

「待て。その口はなんだ? 笑ってんじゃねーかよ」

「ふふ、そういう『顔』もするのね、あなたは」

「…………」

 さとりの指摘に唇を噛む彰人ではあるのだが――

「……意識しないようにすればするほど、逆に思考は漏れるものですよ? そうですか。こいしの話を聴いてから、あなたの妹さんが今はどうしているか心配と……」

「……頼むから勘弁してくれ。少なくとも、漏れているなら口にしないでくれ……面と向かって言われるのは恥ずかしい」

「なかなか難しいことですね。わたしは『覚妖怪』ですから」

 口元に微笑を浮かべ、さとりはそう告げていた。

 

   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 他愛のない話をしていた双方ではあるが、さとりの双眸は店内へと向けられる。

 首を動かして見入る彼女に、彰人は手にしていた湯呑みを几上に置き訊ねていた。

「なにか、お探しの品でも?」

 長話で忘れていたが、『客』として香霖堂を訊ねたのならば、彼女の求める商品を提供しなければならない。

 店番を任された以上は、業務をこなすべきであろう。だが、反面、彼女が求めるような品がこの店にあるのかどうかもわからないところではあるのだが。

 さとりも向き直り、それならばと口を開く。

「そうですね……では、なにか面白そうな本でもありますか? 心理描写の書かれているものなどがあればいいのですが」

「本、ですか……となると、推理小説……ミステリー系かな」

 せっかくのお客さんなんだから、くつろいでいてくれと告げると、椅子から腰を上げ本の山へと歩み寄る。

 種類ごとに分けた書籍から、彼女が気に入りそうな本を幾つか取り出していた。

(推理小説と……心理学書も有りか……)

 他には何かあったかなと胸中で呟きながら彼。

 いずれもさとりに筒抜けではあるのだが、構いもせずに、彰人は希望に添える本を見繕っていく。

 趣味は悪いが、さとりの視線は湯呑みへ。耳は彼の心へと傾ける。

 流れ込んでくる思考――

 これは違う、ああこれはいいかもしれない、と聴こえる『声』。

 妖怪など適当に相手をすればいいのにと思うのが、さとりの本音である。

 第三の眼が、彼を見つめる。

 面倒くさがらず、本当に自分が求める本を探しているのが、彰人の表層心理に思い浮かべる『内容』を捉えてわかる。

「…………」

 嘘も偽りもない本心。

 ぼんやりと眺めていたが、気づけば数冊の本を手にした彰人が戻っていた。本の内容を軽く説明し、そこからさとりの御眼鏡にかなった本を購入する。

 提示された金額を払い、数冊の本を受け取り彼女は彰人へと向き直る。

「機会があれば、またここに伺ってもいいかしら?」

 ふと思いついた言葉をさとりは口にする。見れば、彰人の口角は上がっていた。

 その意味は、言わずもがな。

 社交辞令でもなく、本音と建前、偽りのない彰人の『声』を黙って聴き入り――

 この先、いつ、この人間の心が変わるかはわからない。

 だが、それでも今この瞬間の相手の純粋な好意は喜びや嬉しさといった感情に近い。無論、知ったところで表情に出すさとりではない。

「またのお越しを、お待ちしています」

 相手の返答に――さとりは静かに頷いていた。

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